見出し画像

色を纏うということは書くことと似ている

子どもの頃、紫色の服がぜんぜん似合わなかった。

ブドウの色、茄子の色、さつまいもの色。身近にある色なのに、嫌いじゃない色なのに、紫色の服が着れなかった。手が届かないバリアがあるようで、色が私を受け入れてくれないような、お互いに理解できないような不思議な距離があって、紫色を身につけるとその部分だけ自分でないような気がして不安だった。

紫色の服を着たからといって、誰も、「似合わないよ」と言わなかったし、「似合ってるよ」とも言わなかった。でも、私には似合わないと自分自身で決めつけていた。

小学校4年生のある日、近所に住む一つ年上の幼馴染のまみちゃんが、「お揃いのパジャマを買おう」と言い出した。親同士も仲が良く、泊りがけの旅行もしたことがあるので、理由は覚えてはいなのだけれど、お泊り計画を立てていたのかもしれない。放課後に、親から貰ったパジャマ代を握り締めて、二人だけで買い物に出かけることになった。

お菓子や文房具を買うのではなく、初めて自分で選んで買う自分の服。心なしか緊張しながら近所の大型スーパーへ自転車を走らせた。お目当てのパジャマは、エスカレータで3階に上がってすぐ前の「本日のお買い得品」回転スタンドにあった。タオル地のTシャツと短パンのパジャマセットには、三匹のクマのアップリケが胸元についていた。

「アタシ、これにするわ」

まみちゃんは一瞬にして、薄紫色のパジャマに決めた。同じデザインでは他に、黄色と水色とピンク。私は、悩みに悩んだ末、ピンクを選んだ。黄色も水色も似合わなかったからだった。だからと言って、ピンクが似合うと思っていた訳でもなくて、何となく、ピンクなら大丈夫だと思った。

この時、「紫、好きやねん」と言い切るまみちゃんに嫉妬した。私がピンクを選んだ理由があまりにも曖昧だったし、私が苦手な紫を好きだと言えることもチクリと胸を刺した。

**

『お揃い』を持っているということがグループバッジのような役目を果たす中学時代。仲良し3人組で手作りバッグを作って学校に持っていくことになった。

気合を入れて、女子3人でわざわざ阿倍野橋まで近鉄電車に乗り、地下鉄で心斎橋まで布地を買いに行った。リバーシブルで両面使えるデザインは型から起こしたオリジナルで、内布は3人同じで、外側だけ同じ柄の色違いでと言うことに決めた。

それなのに、ここでもまた、色選びに悩むことになった。

一人は青、もう一人は黄色。私は好きだというわけでもないのに、また、ピンクになった。好きな色を選べばいいのだから、他の色もあったはずなのに……。

気がついてしまった。

私は、ピンクに逃げていた。

優しいピンクは女の子っぽくて、「可愛いわ」「似合うわ」と言ってもらえる確立が高い。三つ違いの姉と色違いの服は、いつの間にか、姉が青系、私がピンク系になっていた。無意識のうちに、ピンクが自分にとって一番、無難な色だと思っていた。ピンクならとりあえず守ってもらえると。

なんて、計算高い女の子だったんだ、私って……。

けれども、ピンクは、甘くはなかった。
高校生になると、私ではなく色のほうが私を見放しはじめた。鮮やかなショッキングピンクが流行り出してしまったのだ。

セクシーで大人っぽいショッキングピンクは、どう足掻いても私には着こなせないと思った。そればかりか、悲しいことに、それまで私を守ってくれていた普通のピンクとも、次第にしっくりいかなくなってしまった。

守りのなくなってしまった私の洋服タンスの中は、カーキ色や茶色、黒、グレーなど、地味な色ばっかりになっていった。新しい色に遭遇するまでは……。

新しい色との出会いは突然やってきた。大学生になった最初の夏に、母がレモンイエローのワンピースをプレゼントしてくれたのだ。Aラインで胸元がV字型に少し深く切り込んだ大人っぽいデザイン。自分からは選ぶことのなかった色とデザインだった。

着る前から似合うと思った。似合いたいと思った。呪文を唱えると、お腹が痛いのも治ってしまうほど絶対の信頼を寄せる母が言うのだから間違いないと自分を納得させた。本当のことを言うと、初めてのレモンイエローを纏うのは不安で、そう思わないと自分がレモンイエローの中に消えてしまうような気がした。

その日から、レモンイエローは私の大好きな色のひとつになった。同時に、好きな色が似合うとは限らないことを知った。私には、紫色と一緒で、レモンイエローもやっぱり似合わなかった。


**

あれから何十年も経ち、次第に好きな色は増えていった。今でも新しい色を試す時は不安になる。それでも、歳を重ねる経ごとに、似合わないと思っていた色の服だって纏えるようになった。驚いたことに、避けていた紫色やショッキングピンクの服が、今は一番好きな色になっている。「自分に似合うと思うか」と聞かれたら、きっと「似合う思う」と答える。

好きな色なのに纏えない色も、まだまだ残っている。レモンイエローは、今でも「似合うと思えない色」の一つのままでいる。



ある色が「自分に似合うと思えるかどうか」というのは、その色と「自分らしさ」をシンクロさせて、自分だけの色として纏えるかどうか、ということだと思う。

色を纏うというのは、文章を書くのとよく似ている。

執筆の世界にはいろんなジャンルや形式、スタイルがある。いくら書くのが好きでも、最初に自分か思い浮かべていたような素敵な文章を書けるとは限らない。自分では最適だと思っていても、実際には他のジャンルの方が向いていることもある。やっと自分らしく書けるジャンルが見つかっても、文章の形式やスタイルが違うと全く違う作品になる。

そうやって、試行錯誤しながら文章を書いていく。

そのうちに、思いがけない色を見つける。今までは見向きもしなかったような色。似合うかどうかなんて考えもしなかった色。同じ色でもトーンの違う色。そんな色が、自分の色と混ざり合って独特の色彩を放ち、その色を纏った新しい自分を発見し高揚する。それでようやく「この色、私に似合うんだよ」って言えるようになるのだと思っている。そう思えるまでに、長い時間がかかることもあると知っている。

色の数は果てしない。
自分に似合う色を一色、一色、大切に増やしていきたいと思っている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?