経済制裁下でロシアに渡ったビジネスジェット(2023年)

2022年のウクライナ侵攻以降、ロシア連邦は様々な経済制裁下にあります。特に航空機関連はその代表例で、機体そのものだけでなく部品の供給も制限されているため、比較的早い段階から「共食い整備」が発生するという見通しが示されていたほか、最近も整備状況が悪化している故にトラブルが頻発しているとか、制裁を科さないイランに整備を委託するといったニュースが見受けられます。

さて、そのような状況であるにも関わらず、少なくとも2機の中古のビジネスジェットが欧米からキルギス経由で取得され、似たような経路でロシア籍として登録されていることが2023年10月上旬時点で確認できました。


注意事項

筆者は本件を「第三国の正当な購入者を装ってロシアに航空機を転売した」事案であると推定しており、当該機材の過去の保有者がロシアの制裁逃れに関与したことを意味するものではありません。もし、ご自身で過去の保有者の情報を調査し、公表・言及する場合は入念な確認をお願いします。

RA-73573 (Global 6500)

機体情報

  • 機体記号: N63GX(アメリカ籍)→T7-AAAA(サンマリノ籍)→N63GX(アメリカ籍)→EX-????(キルギス籍)→RA-73573(ロシア籍)

  • 機種: Bombardier Global 6500

  • シリアル番号: 60016

  • 製造年: 2020年

N63GXとして登録、その後T7-AAAAとして運用

N63GXとして登録後、サンマリノ籍に移り、T7-AAAAとして運航されていました。FR24の履歴を確認したところ、ビジネスジェットとして世界中を飛び回っていたようです(ちなみに、成田への飛来実績もあります)。

Flightradar24によれば、T7-AAAAとして確認できる最終フライトは2022年12月1日で、カザフスタンのアルマトイ国際空港からイギリス・ロンドン(London Biggin Hill Airport)でした。

ADS-B Exchangeによれば、Biggin Hill Airportに到着後、何度かボンバルディア社のハンガーでトランスポンダがONになっていることが確認できるため、売却に向けた整備がなされていたものだと推測されます。

2022年12月11日にもT7-AAAAのトランスポンダがONになっている

N63GXとして再登録後、キルギスへ売却

その後、ロンドンにて再てN63GXとしてアメリカ籍に変更されます。おそらくこれは売買を担当する航空機ディーラーの関係などで便宜的にアメリカ籍になったものであり、アメリカを拠点として運航することを意味するものではありません(実際、後述する売却までの間、アメリカ籍のままロンドンに留まり続けます)。

2023年1月7日にN63GXとしてボンバルディア社のハンガーで信号が確認された

航空機の売買情報を完全に追跡することは難しいのですが、少なくともN63GXが「Jetcraft Corporation」という航空機ディーラーによって取り扱われていたと思われる情報が見つかりました。

2023年6月7日、ロンドン(London Biggin Hill Airport)からビシュケクに向かいます。

https://www.flightradar24.com/data/aircraft/n63gx#309ee36b(要課金アカウント)

連邦航空局(FAA)のデータベースを照会しても、次の登録先はキルギスであると書かれています。少なくとも書類上はキルギス籍であるEX-*****の機体記号が付与されたはずですが、具体的な番号は不明です。

連邦航空局のFAA REGISTRY N-Number Inquiryの照会結果

ロシア籍RA-73573へとしてモスクワへ

ADS-B Exchangeの記録によれば、2023年7月2日にロシア籍のRA-73573(Mode S Code: 151F65)となり、ビシュケクからモスクワ(ヴヌーコヴォ国際空港)に飛行しています。

https://globe.adsbexchange.com/?icao=151f65&lat=47.498&lon=53.812&zoom=5.3&showTrace=2023-07-02&trackLabels

数日後の7月5日には、ニジニノヴゴロドへ飛行しており、運用が開始された様子が確認されています。

RA-73533 (Global Express XRS)

機体情報

  • 機体記号: M-UNIS(英領マン島籍) →EX-????(キルギス籍)→RA-73533(ロシア籍)

  • 機種: Bombardier Global XRS

  • シリアル番号: 9371

  • 製造年: 2010年

M-UNISとして運用

ボンバルディア社からデリバリー後、2010年12月にマン島籍のM-UNISとして登録されました。

こちらのM-UNISもビジネスジェットとして世界中を飛び回っていた機材です。
過去のフライトを見ていると、主にNUM701というコールサインを用いて飛行していることが分かります。NUMはスイスに拠点を置くNomad AviationのICAOコードです。

キルギスへ売却

マン島の記録を見ると、M-UNISは2023年7月28日付で登録解除(deregistrated)され、キルギスに移転したことが分かります。しかし、移転後のレジスタは確認できていません。

マン島政府のWebサイトより入手
https://www.gov.im/about-the-government/departments/enterprise/aircraft-registry/

ADS-B Exchangeを参照すると、2023年7月23日にコールサインNUM701として、ドバイ(アール・マクトゥーム国際空港)からビシュケクにM-UNISとしての最後のフライトが記録されています。

https://globe.adsbexchange.com/?icao=43e88b&lat=31.368&lon=62.630&zoom=5.7&showTrace=2023-07-23&trackLabels

また、7月19日と8月26日で機体にM-UNISと表記された状態の写真がビシュケクで撮影されています。

ロシア籍RA-73533へとしてモスクワへ

2023年9月21日、ロシア籍のRA-73533(Mode S Code: 151F3D)となり、ビシュケクからモスクワ(ヴヌーコヴォ国際空港)に飛行します。

https://globe.adsbexchange.com/?icao=151f3d&lat=48.129&lon=54.663&zoom=5.0&showTrace=2023-09-21&trackLabels

9月29日にはモスクワからマガダンへの飛行が行われるなど、運用を開始したと思われる様子が確認できます。

中央アジア諸国が制裁逃れの温床に?

既に各メディアで報道されている通り、やはり中央アジア諸国が対露経済制裁逃れの拠点となっていることが今回の個別ケースからも確認できます。

筆者は他にも同様のルートでロシア向けに調達されている可能性がある航空機をいくつか確認しており、RAレジスタでの登録が確認され次第、共有いたします。

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