小説【アコースティック・ブルー】Track9: Desperado #1

 懐かしい歌声がヘッドホンを通して聞こえる。目の前に座るタスクはカフェのテラスからぼんやりと空を眺めているが、その横顔はどこか緊張していた。

「まだ持ってたんだ。恥ずかしいから消してよ」
「え、嫌だよ、良く録れてるのに」
「自分で歌えばいいじゃない。Mor:c;waraの曲にするんでしょ」
「いやいや、曲作りは兄貴とイチロウ君のセンスには遠く及ばないよ。
 あの二人は天才だからね」
「うん、何度も聞いた」
「兄貴がいなかったら今の俺もいないから」

 タスクは同じMor:c;waraメンバーのSEIICHIとICHIROUの音楽的な才能を尊敬して、いつもそんなことを言う。しかしユウコにとってはタスクも十分天才だった。学生の頃、適当に歌っただけの鼻歌をすぐに譜面に書き起こして曲に仕上げてしまったことは今でも忘れられない出来事だ。
 プロになるつもりも音楽で身を立てたいという思いもユウコにはないが、音楽という共通項で繋がっている以上、お互いの才能の差に引け目のようなものをユウコはいつも感じていた。
 タスクの音楽活動が忙しくなり、ユウコも大学が忙しくなって来たことで会う時間は以前に比べて減ってしまったが、二人の心のすれ違いの理由は時間的なことだけではないとユウコは感じている。

 カフェの前を楽器を背負った女子高生の一団が通り過ぎていく。その手にはインディーズバンドを特集した雑誌が握られていて、表紙にMor:c;wara の写真が掲載されていた。
 Mor:c;waraのメンバーとして活躍するタスクは、今や友人と呼ぶにはあまりにも遠い存在のような気がする。こうして同じテーブルについていること自体が不自然で、ユウコにとっては心苦しい現実だった。

「最近人気出てきたよねMor:c;wara」
「まだまだだよ。みんな俺の卒業を待っててくれてたから、これから頑張らないと」

 そう言ってタスクは通り過ぎていった女の子達の背中を見送った。その横顔を見てユウコはずっと思っていたことを唐突に告げる。

「ファンが沢山いるんだから、彼女なんていちゃダメだよ」
「えっ?」

 タスクは何か言おうとしたがそのまま口籠った。ユウコが切り出そうとしていた話の内容をあらかじめ察していたのだろう。二人の間に沈黙が訪れる。

「そろそろ次の講義が始まるから、戻らないと」
「あ、……うん。大学忙しそうだね」
「まぁね。……バンド頑張ってね」

 タスクとの小さな恋が終わった瞬間だった。



 ほんの三分ほどの録音が終わり再生が停止する。
 ラップトップに繋いだデジタルプレイヤーから流れる懐かしい自分の歌声を聞いていると、なんだか少し恥ずかしい気がするものの、胸の奥にホッとする懐かしい温かさが宿るのをユウコは感じた。

 昨夜セイイチはタスクのデジタルプレイヤーをユウコに託した。理由はこのデジタルプレイヤーの本当の持ち主はユウコだからだということらしいが、それがどういう意味なのかユウコにはまだ解らなかった。ユウコはずっと昨夜のセイイチの言葉の意味を考えていた。

「君が持っていてくれ」
「え、いいんですか?」
「ああ、この曲の本当の持ち主は君だろ?」
「でも、Mor:c;waraの新曲だって……」
「いや、多分違う」
「え?」
「よく聞いてみな。君にもわかるはずだ」

 昨夜から何度も繰り返し聞いてみたが、結局その意味は解らずユウコは諦めてベッドに寝転がった。
 二年の時間を経てようやく戻ってきたギターが視界の端に映り、ピックガードが貼られていた部分に薄っすらと白い汚れがついているのが目に入る。掠れてしまって今では何と書いてあったのか読み取ることはできないが、それはユウコにとっては忘れられないタスクとの思い出の一つで、ギターが戻って来たことは素直に嬉しかった。
 手元に残った二枚のピックガードを眺める。一枚は学生時代にタスクが張り替えたもの。もう一枚は昨夜、タスクのギターから剥がしたもの。
 二枚めのピックガードの裏に書かれた文字列を眺めながらその意味を考えていると、ふいにラップトップのミュージックプレイヤーのインターフェースが目に留まりユウコはハッとした。アプリケーションとリンケージされたプレイヤーの容量が何かのファイルで大きく占領されていることに気づき、ファインダーでプレイヤーのディレクトリに直接アクセスしてみる。画面に表示されたものを見てユウコは小さく驚きの声を上げた。ユウコは慌てて部屋を飛び出すとTom&Collinsへと走った。

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