小説【アコースティック・ブルー】Track9: Desperado #2

「ええーっと、確かこの辺にぃ~」

 ガレージの中でケンジが残された荷物の山をかき分けていた。

「まだ見つかんねぇのか?」
「うるさいなー、セイイチ君も手伝ってよ」

 店の備品やMor:c;waraの遺産が数多く残されている箱の山は無秩序に積み重ねられているので、どこに何が入っているかが解らず、きちんと整理しておくべきだったとケンジは心から後悔した。

「お前に解らないなら俺が入っても同じだろ」

 セイイチは煙草をふかしながら、一人悪戦苦闘するケンジの背中をただ黙って見ている。

「あった。これだ!」

 ケンジが目的の箱を見つけるとセイイチは吸いさしの煙草を捨てて、ようやくガレージの中に入ってきた。
 箱の中にはMor:c;waraの未発表曲を収録したデモCDや古いパンフレット、雑誌のインタビュー記事のゲラなどが無造作に詰め込まれていて、その中に表紙も何もないまっさらなクリアケースに収められた一枚のCD-Rが入っていた。セイイチが「これだ」と得意げにそれを取り上げる。
 CD-Rの表面には何も印刷されておらず、”アコースティック・ブルー(仮)”とだけ書かれたラベルが貼り付けられている。

「そのCD-Rにもあの曲が?」
「ああ、デジタルプレイヤーは昨日あの子に渡したけど他にも音源があったのを思い出したんだ」

 ケンジが額の汗を拭いながら、散らかしたガレージの箱を適当に整理すると、過去の遺産が詰まった箱を二人で覗き込んだ。

「へー、機械に疎いセイイチ君がコピーを残しておくなんて今日は雪が降るかもね」
「ちがうよ。あの子のギターケースに入ってたんだ」
「え? じゃあユウコちゃんに渡すためにタスクが入れておいたってこと?」
「さぁな。あの録音と同じものが入ってるだけだぜ。特に意味は無さそうだけどな」

 手書きのラベル以外、何も目印になるものがないCD-Rは、以前セイイチがギターをスタジオから回収した際に見つけたものだった。歌声に関する情報が何か得られるかと思ったものの、中に収録されていたのはデジタルプレイヤーに記録された音源と全く同じ音声だけで、それ以外には何も聞き取れなかった。声の主を見つけた今、セイイチにとっては胸に秘めた計画を進めるための資料として必要なものだ。

「あ、セイイチ君見てよコレ」

 箱の中を漁っていたケンジが一枚のチラシを引き抜いてセイイチに見せる。

「二年前のオーディション?」

 ケンジが箱から取り出した古いチラシには次世代を担う新たな才能を発掘するオーディション開催の知らせがプリントされていた。日付は二年前で、主催していたのはまだ設立間もない頃のEclipsRecordsだ。時期的にはツアーが終了して間もなく―― TASKが事故で亡くなりMor:c;waraが解散を発表した直後だった。
 独立したばかりの会社を盛り上げていくため、Mor:c;wara以外のアーティストも育てていくことを目的としたオーディションだったが、タスクの訃報を受けてバンドが解散し結局開催されることはなかった。その後、再起をかけて改めて開催したオーディションでは、TASKの録音データの女性を探し出すという別の目的がセイイチの中にはあったが、偶然にもKANONを見出し会社は立ち直った。

「懐かしいねーこれもスタジオにあったの?」
「多分な。この箱に入ってるのはSeaNorthとの専属契約が終了したときに、スタジオに残ってたものをとりあえずまとめて突っ込んだだけだから」
「いいかげんだな~」

 セイイチの大雑把な仕事ぶりにケンジが呆れながら苦笑する。

「でもスタジオにあったってことは、これもタスクがユウコちゃんに渡そうとしてたってことなのかな?」

 ケンジがしげしげとチラシを眺めながらそんな疑問を口にするが「考えすぎだろ」とセイイチがそれを否定した。

「オーディションに呼ぶなんてそんなまわりくどいことするか?
 直接紹介してくれればいいじゃねぇか」
「いやぁ、それは……」

 ばつが悪そうにケンジが言葉を濁すとセイイチは「なんだよ?」と不満げに口を尖らせた。

「セイイチ君、自分が認めた人以外認めないじゃん。
 だから直接紹介したくなかったんじゃない?」
「そんなことねぇよ!」

 セイイチは思わずそう否定したが、つい昨日の海老名とのやり取りを思い出して急に後ろめたくなった。自分の頑固さが招いた今回のことにはきちんとケリをつけなければいけないと思い返す。

「イチロウ君から聞いたよ。会社辞めるって啖呵切ったんだってね」

 海老名とのやり取りを思い出しているのを悟ったかのようにケンジがその話題に触れる。いつもニコニコと和やかにしている割には他人の心の内を見通すのが上手いので、ケンジには嘘をつけないとセイイチはいつも思う。

「二人が喧嘩するのはいつものことだから、心配はしてないけど、ちゃんと謝らなきゃダメだよ」
「解ってるよ、うるせぇな」
「君達二人が居なきゃMor:c;waraは存在してなかったんだよ。Eclipseも二人で作った会社なんだし、どっちが欠けても上手くいかないのはお互い解ってるでしょ」

 そんな恥ずかしくなるような台詞を平気で口にできるケンジがセイイチは少し羨ましかった。偽りや飾りが無く本音で思ったことを言えるケンジの存在は、衝突の多かったセイイチとイチロウにとってかけがえのない存在だった。
 自分達だけじゃない。誰が一人欠けてもそれはMor:c;waraではなかったとケンジに伝えたいと思うが、すでにそのバンドが存在していないことにセイイチは歯痒さを覚える。そのまま二人はガレージを後にして、箱を持ったまま店内に戻った。

 カウンターに段ボールを乗せて中を漁りながらケンジがもう一つ気掛かりなことをセイイチに尋ねる。

「K君とは?」

 昨夜ユウコを探しに出たKは、セイイチ達と一緒に警察から戻ったケンジが連絡を入れるまで、街のあちこちを探し回っていたらしい。そもそもKとユウコにそれほど深いつながりがあるわけではないので、全くお門違いな場所を探し回っていたらしく、ケンジが連絡すると、はじめは抗議の声を上げはしたもののユウコが見つかったことを素直に安心しているようでもあった。
 そして店が終わりユウコやスタッフ達も帰宅した後になってようやくKが戻ってきた。
 セイイチはKの姿を見るや否や、いきなり掴み掛かろうとしたが、いつものようにケンジが止めに入り冷静に話し合うように促した。しかしKはなぜセイイチが激昂しているのか全く思い当たらないといった様子で、困惑しながら申し開きをする。

「社長に聞きましたよ。ひどい誤解ですよ」
「誤解だと?」
「確かに、サエちゃんのことについては話していなかったこともありますけど、その必要が無いと思ったから言わなかっただけです。」
「ふざけるな!KANONのCMがなくなったんだぞ!」
「……それは、悪かったと思ってます。だけど  
 サエちゃんの親が誰か知ったところでセイイチさんは考えを変えたりしませんよね?」
「どういう意味だ?」
「セイイチさんにはフェアに判断してもらいたかったんです。
 彼女が誰の娘だろうと、才能だけを純粋に評価してもらいたかったんです。」

 セイイチの表情は憤然と怒りを湛えているが、Kの説明を聞いて微妙に変化するのがケンジには分かった。

「お前がサンライズの連中とつるんでるって話は?」
「そりゃ、昔の同僚ですから飲みに誘われることくらいありますよ」

 怒りに顔をこわばらせているセイイチとは対照的に、Kは落ち着いた様子で事実だけを語っているのが穏やかな表情から読み取れる。

「向こうが俺に紹介してきたんですよ、路上に面白いやつがいるってね。
 多分そのころからサンライズも目をつけてたんですけどサエちゃんがセイイチさんのファンだったからこっちを優先してくれたんです」

 Kの話を聞くうちに、セイイチはとんでもない勘違いをしていることにだんだんと気付き始めているようだった。しかし一度振り上げた拳をすんなり下すのが気に食わないのか、依然として表情には怒りの色を顕したままでいる。

「なんで電話に出ないんだ?」
「言ったでしょ、今日は家の用事があるって。
 忙しくてそれどころじゃなかったんです」

 そう言うとKは不服そうに眉間に皺を寄せるとケンジに向かって抗議を始めた。

「ケンジさんもケンジさんですよ。約束すっぽかして俺にだけ片付けさせるなんて」
「いや……本当すみません。反論の余地もありません……」

 ケンジがあっさりと非を認めてKに謝罪すると、その様子を見ていたセイイチは理解が追いついていないといった怪訝な眼でケンジを睨みつけた。

「俺がセイイチさんを裏切るはずないでしょ。
 Mor:c;waraに憧れたからEclipseについてきたんですよ」

 「周りを信用しろ」といったイチロウのセリフがセイイチの脳裏に蘇る。
 WEBニュースの記事を鵜呑みにして自分を信頼してくれている人間を裏切るような真似をしたのはどうやら自分の方らしいと気づき始めたセイイチは、腹の底で煮え滾っていた怒りが徐々に鎮まっていくのを感じる一方で、その怒りの矛先は自分の早合点による不注意へと向っていった。

「セイイチさんが信じてくれなかったのは残念です……」

 苦しい胸の内を吐き出すように、緊張した様子で遠慮がちにそう切り出したK。怒りに任せて裏付けのないままKを糾弾してしまったことを思えば、セイイチはどんな批判を受けても仕方ないと思った。

「俺にだって夢がありました。
 自分のバンドはうまく行かなかったけど、この仕事をはじめてからほかの誰かの背中を押してやることがもう一つの夢になったんです」

 いつも飄々としているKの顔つきには沈鬱な影がはっきりと表れている。

「彼女の歌声は俺が出会った才能の中でもダントツで輝いて見えました。
 だからセイイチさんにも理解してもらえると思ったんです」

 感情をあまり表に出さないKが、切々と訴える深刻な瞳をセイイチに向ける。それは心の底から吐き出した悲痛な叫びに聞こえた。

「明確な理由があって、プロデュースを断ったなら俺だって納得します。
 ……だけど、今のセイイチさん見てると、ずっと過去の亡霊にしがみついてるようにしか見えなくて……」

 自分でも気づいていたことだが、いつも近くで見ていたKの言葉だからこそ、その鋭さが胸に深く突き刺さる。ただひたすら理想を追い求めるあまり、周りが見えなくなっていたのは事実で、最大の理解者を信頼していなかった自分が呪わしかった。Kはそのまま少し言い淀むように間を置くと、覚悟を決めたような厳酷な眼差しでセイイチを見澄ました。

「セイイチさんが俺の夢を壊したんです」

 鈍器で殴られたような重い衝撃がセイイチの肩に圧し掛かる。いつも楽天的なKのそんな大らかさに甘えて、必要以上に傷つけてしまっていたと思うと、セイイチは自分が許せないと感じた。

「悪かったよ……」

 ただ一言、そんな言葉しかセイイチは言えず、それ以上何か言おうとしても下らない非難の言葉しか出てこない気がしてセイイチは臍を噛んだ。

「二人とも本音で話すのが下手すぎるんだよ」

 暗い顔で対峙する二人を見かねてケンジが仲裁に入った。

「セイイチ君は何でもかんでも自分の責任みたいに背負い込みすぎるし、K君はセイイチ君に遠慮しすぎ」

 ケンジの容赦ない指摘が二人の緊張状態を和らげた。
 痛いところを衝かれた二人は、悔しそうに、それでいてどこか照れ臭そうに表情を緩めると、二人の様子を見て取ったケンジが「まだ言い足りないことがあるなら、とことんやるといい」と言って二人をカウンターに座らせた。

 並んで座る二人の前にジャックダニエルのボトルをドカンと置くと「店のおごりだ」とケンジが苦々しく笑った。



「今日から三日間特別休暇だってよ」
「休暇?」
「イチロウの妙な誤解のせいでKには迷惑かけたからな。責任感じてんだろ」
「君も少しは責任感じなさいよ」
「言われなくても感じてるよ」

 煩わしそうにセイイチがそう言うと、店の扉が開きカラカラとベルが鳴った。「おはよぉございまぁ~す」というのんびりした挨拶が聞こえてセイイチとケンジが目を向ける。

「あれぇ、セイイチさぁん。いらっしゃいませぇ」

 相変わらず鈍い喋り方をする金髪の店員に「ああ、邪魔してるよ」と応じるセイイチ。平静を装ってはいるものの、セイイチが彼の話し方が気に食わないのは明らかで、ケンジは面白そうにニヤついた。

「土井君、今日は早いね。開店までまだだいぶ時間あるよ」
「はいぃ。早く目が覚めちゃってぇ。
 昨日忙しくて、やり残した仕事がまだあるのでぇー
 早めに準備しようかと思いましてぇ」
「助かるよ。ありがとう」

 こういう人間は体感している時間の流れものんびりしているんだろうか?と二人のやり取りを聞きながらセイイチが考えていると、再び店の扉が開き、今度は勢いよくベルが鳴り響いた。

「ハァ、ハァ—―……! セっ……セイイチさん……っ!
 よかった――……ハァ。ここにいて……っ!」

 肩で大きく息をしながら切れ切れに言葉を繋ぐユウコ。彼女の突然の登場にセイイチもケンジも呆気にとられて返事をするのも忘れてしまっていた。

「ユウコちゃん、どうしたの? 今日、休みだよね……?」

 驚くケンジを他所にユウコはセイイチに焦ったような眼差しを向け続けたまま何か伝えようとしていた。何度も大きく息をして、ようやく呼吸が整ってきたところで、切羽詰まったように声を上げる。

「セイイチさんっ―― 大変ですっ!!
 メッセージの意味が解りました!」

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