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シンポジウム開催報告!「人権」という言葉の作用(4月22日)

みなさま、こんにちは。VCラボ特別研究員の山本です。
4月22日にVCラボ主催シンポジウム『「人権」という言葉の作用~ビジネスの現場視点で考える~』を開催いたしました。
当日は、たくさんの方にご参加いただき、お礼申し上げます。誠にありがとうございました。
今回は、シンポジウムの内容をぎゅっと凝縮してお届けいたします。


1.はじめに

松本(司会):企画したのは、「人権って何?」「人間尊重って何?」って思うことが増えてきたからです。人間尊重の反対語を考えると、人間を尊重しないこと、つまり人間よりも利益や自分の立場を優先することでしょう。人間尊重とは多様性であったり個々の考え方を優先することだと思います。では、ビジネスの現場ではどうなのか。今回は3名の方のそれぞれの立場から話題提供いただいて、ディスカッションを進めていきながら、人権とは人間尊重とは何かなど、人間を俯瞰する形で進めていきたいと思います。

2.伊藤文秀さん『ADR・法律相談の現場から考える』

司法書士/伊藤司法書士事務所

ビジネスと人権に関して、国連と企業・団体がネットワークを組んで自主的な取り組みを始めたのは、国連のアナン事務総長が「ビジネス・リーダーと国連で、共有する諸価値と諸原理によるグローバル・コンパクトを提唱し、グローバル・マーケットに人間の顔を与えよう」と呼びかけ、2000年に「グローバル・コンパクト」が誕生してからです。

非司法的救済の中で、裁判外紛争解決手続(ADR)、法律相談の立場からお話していきます。
メディエーションというのは、日本ではあまり聞きなれないものだと思うのですが、欧米ではADRと呼ばれるものの中心的なものです。
日本の調停というと、法律や裁判の規範を中心にして話し合いで解決していくのですが、メディエーションは全く正反対の方向です。
法的な解決という場合には、必ず要件があって、その法律効果を導くための要件が当てはまるかどうか、そこに事実を限定して、そこに事実があるかないかそこに真意があるかないかに向かっていきます。

しかし、法律問題は紛争があった場合のごく一部であって、紛争が起こる原因はそれだけではありません。感情的な人間関係の問題であるとか、さまざまな要因があって、その中のもつれたものとして紛争が起こるのです。
そういう法律的な側面で切り取ってしまっては、何の解決にもなりません。
プロセスとしては正反対で合理的な要件に関わらず、その背後の事情とかに立ったプロセス、それから感情的なもの。 幅広くお聞きして、紛争の実態をなしている本質的なものは何だろうか。そこにたどり着くことを目標として話を進めていきます。
そこにたどり着いたところから、そういった状況の中で望ましい方向にいくために、合意に向けて話をしていきましょうか。という風に、話をしてまいります。

メディエーションの立場から、「人権」という言葉の意味は、いろんな捉え方がある。人権を具体化した権利主張が多いが、私たちは真正面から受け取ることはしません。
そうすると自己の主張を正当化するために、何も言うことはないでしょうと、相手に何も語らせないと、コミュニケーションを断絶させてしまうような作用があるように思います。
背景にはいろんな事情があるのに、法律問題だけ切り取ると、紛争の本質にいきつきません。
極力法律的な言葉をそのまま受け取るのではなくて、まずはお互いに全体像を共通に認識して、その中で法律の権利をどうやって折り合わせるのかを、大切にしております。

3.手塚昌之さん『ビジネスの現場における人権』

株式会社日立ソリューションズ東日本 人財統括本部

企業では人権とは重要なもので、人は人材、財産です。人を守っていくだけでなく、社員だけではなく、家族、ステイクホルダーなど、全ての人が財産です。
人権に関し、一番重要なのは採用選考で、以前は人の信条を質す質問が多かったが、今では絶対してはいけません。なので、リクルーター、面接官に対しての教育は、かなり強くやっております。
入社後の様々な研修に加えて、毎年の人権週間のeラーニング、人権啓発者に向けた研修などもやっております。
社員研修では、セクハラ、パワハラ、マタハラ、パタハラなどハラスメント問題をしっかりやっていくことが重要になっております。

ニューノーマルの働き方として、当社でも半分くらい在宅勤務が進んでいる中で、リモートワークをやっている中で、ハラスメントに繋がるような言動が増えております。
上長はそう思っていないけど、部下にとっては苦痛に思う。顔が見えないがゆえのハラスメント対策が重要になっております。
それぞれ家庭環境が違う中でのリモートワークをやっている中、どう理解しあえるか、考え方の相違をどううまく埋めるかが、重要になってきております。
1on1ミーティングなど、お互いを尊重しあう。特に管理職に対しては、今までとは全く違うんだよと、個人を尊重するんだよと、教育を始めてきております。

2014年3月設定「日立グループ人権方針」は、全社に対して適用しております。
全ての人権尊重の責任は、当社の全ての役員、従業員が負っているということで、日立グループの行動規範にしっかり寄り添っていきますよということで、つくっております。
人権デューディリジェンスと言われていて、海外の事業で仕入れなどやっているから、労働など問題ないかどうか、日本国内から見ていかないといけないという広い視点でやっていくのが日立グループの責任ということで、やっております。
海外事業に関わっていない従業員にも、毎年eラーニングで日立グループの人権に対する方針を、トップダウンで厚く語っております。

これからはSDGs、持続可能な世界をつくっていくということで、差別などの過去の黒いところではなく、企業活動を通じて世の中をよくしていく方に、人権問題はいくのではないかと思っております。
労働者の働く環境も1つの人権だと思うので、社員の働きやすいということが人権を守ること。人権って、悪い方に捉えずポジティブに捉えていく。
働く人の権利を守ることも人権の1つかなというのが、我々の考え方であります。

また、最近の取り組みとして、今年4月から役職関係なく、「さん付け」で呼ぶことを徹底しました。かなり浸透してきていて、呼びやすいと声が上がってきております。
在宅勤務が増えてきた中で、名字の呼び捨ては威圧感がある。語り口調が変わるだけでも人は変わる。これは、かなりインパクトがあります。

4.さきみ『ビジネスの現場・ハラスメント対策から考える』

臨床心理士/公認心理師/1級キャリアコンサルティング技能士
ビジョン・クラフティング研究所

EAPの現場からは、「現場のハラスメント対策」から考えていきます。
2020年6月、改正労働施策総合推進法、いわゆる「パワハラ防止法」の施行により、パワハラの法的定義、雇用上の措置の義務化がなされたことで、各組織でパワハラ対策が一層推進される状況になりました。
ただ、この法律の目指すゴールは、パワハラ対策の徹底ではなく、ハラスメントがない職場、さらには労働者の皆さんが安心して力を発揮し生きがいを持って働ける職場社会の実現というビジョンがあってほしいなと思います。
現状、厚生労働省などの調査結果からも、ハラスメント対応の難しさがうかがえ、法律の施行だけでは、労働者が安心できる社会職場づくりに寄与しているとは言い難いようです。

また、日々の相談では、自分の立場を守るために「ハラスメント」という言葉を多用した結果、周囲を脅かしてしまうような事例もあります。一方で、勇気を持ってハラスメント被害を訴えても、認められず納得いかない気持ちがわだかまりとなったり、つらい状況を打開する手立てがなくなったり。ハラスメントの法的定義があって、線引きを皆が知っていても、こうした相談が寄せられ続けています。

知識は同じ言葉・定義であっても、実は人によって理解が異なっています。人や集団には、氷山のように暗黙知のルール、所属集団の風土や価値観、そして無意識の自己と奥深い違いが潜んでいます。そのため、氷山の一角だけを見て線引きやラベル付けをしても共通理解は得られず、変化や改善が期待できないばかりか、分断を生じてしまう可能性もあります。行為者も被害者も安心して働ける職場にするには、形式上の加害被害関係が解消されるだけでなく、線引きという対応以外にも大切なことがありそうです。

ハラスメントが含まれる人権も同様に、法律などのルールは共通認識を持つための最低限の線引きであり、やはり線引き以外にも大切なことがありそうです。自分の立場を守るために「ハラスメントか否か」「人権侵害か否か」と、定義された言葉をラベル付け、線引きの目的に使ってしまうと、二極化や対立構造を招きやすくなります。 EAPでも相談を受けていると、ついご相談者のつらい思いに寄り添って、この対立構造を助長してしまうリスクがあるのですが、私たちカウンセラーは常にご相談者の相手の視点、ご相談者の存在するコミュニティの視点と複数の視点を持って、事実や状況を理解していきます。
そして互いの認識が乖離していること、重なっていることを明確にし、その重なり合いを大きくする糸口を見出していきます。そのことがご相談者の生きやすさや元気の回復につながるからです。
ハラスメント、人権という言葉も、線引きをするものというより、相互理解の手がかりとして活用し、お互いの認識や立場、思いの重なり合いを大きくしていく流れができたらと、ひとりの臨床家としては願うところです。


今回は「人権」や「人間尊重」をテーマとして取り上げ、様々な現場の視点からどのように向き合い、今後どのように取り扱っていくのか対話を重ねてみました。
「人権」という言葉のもつ意味を、私たちで対話から新たにつくり出せることができるのではないか。
私たちが提供したいのは、ハラスメントのような被害者と加害者の線引きやルール策定ではなく、複数の視点を持ちつつ生きがいをもって安心してはたらける職場をつくることではないか。
法律や規則では割り切れないものにも、大切にしたい価値観があります。
これからも、VCラボは、言葉で重なり合いを見出すために、みなさまと私たちの間に「問い」を置き、向き合い、考えるシンポジウムを提供していきたいと考えております。

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