【so.】神保 昌世[2時間目]
移動教室で4人掛けのテーブルに付く度に、サトミちゃんの事を思い出してしまう。
「はい。じゃあ今日はメダカの血流の観察をしますねぇ」
島田先生が今日も穏やかな調子で授業を始めた。いつもニコニコしていて動きがマスコットっぽい、島田先生のそんなところが私は好きだった。
「ビニール袋に少量の水とメダカを入れた物を用意したので、各テーブルからひとり、取りに来てくださいねぇ」
一番教卓に近い斜め前のノリカが考え事をしているみたいにじっとしているので、私の隣のさっちんが教卓まで取りに行ってくれた。
「こいつ動くわ」
かははとさっちんが笑う。その右手に掴まれたビニール袋が右へ左へ揺れる度、窓から入ってきた太陽光線が反射されてきらきら光っていた。
「動かないと困るでしょ?」
続いて先生が頑張って、ちょっとだけ大きな声で呼びかけた。
「各テーブルに顕微鏡を用意しているので、メダカの尾ひれが見えるように置いて、スイッチを入れてピントを合わせてください」
さっちんが顕微鏡の上にメダカを載せて、顕微鏡ごと押してきた。
「ジンさんやってよ。わたしゃレンズでメダカ突き破っちゃいそ」
「しょうがないなー」
一瞬ノリカと目が合ったけれど、すぐに目を伏せてしまった。生き物が苦手なのかもしれない。私は小さいころ、お兄ちゃんとメダカを採ったりしていたから平気なのだ。
片目でレンズを覗き込んでダイヤルをくりくり回すと、半透明の物が見えた。慎重にビニール袋を動かすと、血流が見て取れるようになった。
「はいどうぞ」
「ありがとうジンさん」
さっそく覗き込んでしばらくそのまま見つめていたさっちんは、ぼそりと呟いた。
「メダカって、食えるのかな?」
「もーやめてよさっちん。可哀想」
「うーん食べる所もほとんどなさそうだしねぇ。カラッと揚げてポリポリ食べれるかな。ノリカ! どう思う?」
「えっ」
虚を衝かれたみたいなノリカは目をぱちくりしている。
「メダカ食えると思う?」
「え、いま食べるの?」
「ばか。こんなんじゃ腹の足しにならないわ!」
またかははとさっちんが笑う。ノリカも少し笑みが出た。
「おばあちゃんの田舎で、メダカの佃煮が出てきたよ」
「ノリカのおばあちゃん、どこの人?」
「新潟」
「ふぅん」
先生がまた声を上げた。
「はい。見えましたかぁ? 見えないテーブルは、他のテーブルの人に手伝ってもらってくださいねぇ。見えたテーブルは、観察した絵をプリントに書いて、観察結果も書いてくださいねぇ」
先生の声は、後ろの方の席まで聞こえているのだろうか。指をぺろっと舐めた先生が、プリントを3枚机の上に置いた。ノリカからプリントを渡されて、ひとまず名前を書き込んだ。
「佃煮は不味いなあ」
さっちんはまだぶつぶつ言っている。
「ノリカ、大丈夫みたいで良かった」
「えっ、何で?」
「うつむいてるから、体調悪いのかなって心配だったよ」
「お腹空いたんでしょ? わかるわー」
「もー、さっちんは食べ物のことばっかり!」
その後、メダカの観察結果をプリントに記入している間ずっと、さっちんは食べ物の事ばかり喋っていた。だけどこうやって笑いを提供して場を和ませてくれるさっちんは、良いキャラクターをしているなと改めて思った。
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