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【so.】佐伯 則佳[2時間目]

 キミちゃんたちがトイレの外へ出て行くので、慌ててその後へついて行った。どんな会話が交わされていたのか、私は細田さんに見せられたスマホの画面で頭を埋め尽くされてしまって、全然聞いていなかった。

「私、ナオ苦手だわ」

 キミちゃんがそう言った。

「でもナオは前にクリームパンくれたからいい子」

「あっそ」

 さっちんとキミちゃんの会話を聞きながら、私はさっき見せられた「行動で示せよ」という言葉に酷く衝撃を受けていた。細田さんのスマホに表示されていたあれは、一体何の言葉だったんだろう。面談とか終業式のことが書いてあったということは、うちのクラスに関することなんだろう。FILOの画面じゃない、何かの会話のようだった。あれを私に見せて、細田さんはどうしたかったんだろう。私の煮え切らない様子に活を入れるために持ってきたんだろうか? 一つため息をついたら廊下の寒さで白く着色されて、フヮと後ろへ溶けて消えた。


「はい。じゃあ今日はメダカの血流の観察をしますねぇ」

 生物室では、島田先生が今日も小さな声で話している。私は最前列の右側のテーブルの左前、先生に一番近いところへ座っているけれど、その声は耳を澄まさないと聞き取れない。私の向かいにはさっちんが座って、ノートを広げてたまに何かを書き込んでいる。珍しく勉強熱心な様子はちょっと意外だ。その右隣に部長が座って、先生の話に耳を傾けている。生物室は誰かの話し声がして少しざわついている。

「行動で示す」

 その言葉を反芻してみる。行動なんてダメだ。だって許されるはずないじゃないか。だいたい、どう行動したらいいのかも分からない。もし変な行動をして、今までの関係性が壊れてしまったら最悪だ。それが怖いんだ。
 でも。私は今まで行動したことがあっただろうか。いや、ない。何もしていないから関係性も変わらずに、こうやって悶々と悩み続けているんじゃないのか。情けない。私は小さなため息を吐いた。

「しょうがないなー」

 突然、部長の声が耳に飛び込んできて、びっくりして顔を向けたら目が合った。私はとっさに目を伏せた。私の頭の中を読まれて、たしなめられたのかと思ってドキドキしたけれど、そんな心配はなさそうだった。部長は顕微鏡を調節している。

「はいどうぞ」

「ありがとうジンさん」

 部長から顕微鏡を受け取ったさっちんは、しばらく眺めた後に呟いた。

「メダカって、食えるのかな?」

「もーやめてよさっちん。可哀想」

 部長が笑う。さっちんは誰とでも楽しく会話ができるから羨ましくもある。

「うーん食べる所もほとんどなさそうだしねぇ。カラッと揚げてポリポリ食べれるかな。ノリカ! どう思う?」

「えっ」

 いきなり話を振られて戸惑った。

「メダカ食えると思う?」

「え、いま食べるの?」

「ばか。こんなんじゃ腹の足しにならないわ!」

 さっちんが笑ってくれたから、私も自然と微笑んだ。

「おばあちゃんの田舎で、メダカの佃煮が出てきたよ」

 何年も前に、メダカの佃煮を食べたことを思い出しながら、そう言った。

「ノリカのおばあちゃん、どこの人?」

「新潟」

「ふぅん」

 見た目的にも気持ち悪かったし、あんまり美味しくはなかったな。

「はい。見えましたかぁ? 見えないテーブルは、他のテーブルの人に手伝ってもらってくださいねぇ。見えたテーブルは、観察した絵をプリントに書いて、観察結果も書いてくださいねぇ」

 先生がそう言って、テーブルの前へやって来ると指を舐めた。そして手にしたプリントを3枚、机の上に置いて去っていった。私はそれをさっちんと部長に配る。

「佃煮は不味いなあ」

 さっちんは独り言を言っている。

「ノリカ、大丈夫みたいで良かった」

 部長が声をかけてくれた。

「えっ、何で?」

「うつむいてるから、体調悪いのかなって心配だったよ」

 見られていたんだ。そう意識すると急に恥ずかしくなってきた。

「お腹空いたんでしょ? わかるわー」

 さっちんが適当なことを言ってきたけれど、やめて欲しい。ますます恥ずかしい。

「もー、さっちんは食べ物のことばっかり!」

 部長が怒っても、さっちんはその後も食べ物のことを延々としゃべり続けていた。

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