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【so.】大和 栞蔓[4時間目]

 教室に入ってヨシミと別れ、自席へ戻る途中でつぐちゃんに小声で話しかけた。

「つぐちゃんさぁ、朝に言ってたこと、他に誰かに話した?」

 制服に着替えていたつぐちゃんは、ワンテンポ遅れて返事をした。

「ううん、言ってない」

 まあ、あれだけ強く口止めしたしね。

「それがいいよ。ホラ、誰が足を引っ張ってくるかわかんないしね」

 ハナスにはわたしが出るんだ。こんな子には出て欲しくない。念押しして安心して、わたしは制服に着替えると、道具を持って廊下に出た。


「やまちさあ、今朝の面談、何を聞かれた?」

 選択授業の書道のために視聴覚室へ歩いていたら、後ろから同じバドミントン部の橋本に声をかけられた。うんざりしてわたしは言った。

「あんまクラスで話しかけないでって言ったじゃん」

「廊下だよ」

「そうじゃなくて」

 わたしは高校から編入した時にバドミントン部に入ったから、唯一同じ部活の橋本とはよく話す。けれど、わたしがクラスの階層を上がっていくにしたがって、クラスの中で橋本と話すのを意識的に避けるようにしてきたのだ。

「面談。何答えた?」

「何でそんなこと聞くのよ」

「知りたいから」

「何で答えなきゃいけないの」

 部活以外で違うグループに属する橋本と話しているところを、あまり誰かに見られたくはない。次の書道は幸いにもAグループに属する人が誰もいないから、その点ではまだ安心だけれど。

「やまちさあ、終業式の朝、他に誰かいたんじゃない?」

「えっ」

「やまちが自分で発見して、自分で判断して先生に知らせに行ったの?」

 わたしは誰にも漏らしていない。ナオが誰かに喋っていなければ、そんなの分かるはずがないのに。

「何か隠してない?」

「隠してないよ」

 だいたい、隠したからってなんなんだ。

「先生には実際に知らせに行ったみたいだけど、その最初のところがね…」

「なによ」

「やまち、疑われてるよ」

「誰に」

 視聴覚室へ着いてしまって、橋本は何も言わずに中へ入っていった。クッソ気になる。誰なのよ。わたしが何を疑われなきゃいけないのよ。先生だってあれは事故だって言ってたし、わたしはやましいことなんて何もしてないんだ。


「このクラスに必要なもの」

 授業が始まって、書道の坂倉先生が新年最初の授業で出したお題だ。みんなそれぞれ思い思いの場所に散らばって、書き初めをしている。バドミントン部もそうだし、書道もそう、わたしは選択を間違った。もっと上を目指すべきだったんだ。
 中学3年のとき、1学期のはじめ頃の些細な勘違いが原因で、クラスの女子から無視されたことがあった。女子の行為を見てから男子も相乗りをしてくる。ただの無視が嫌がらせにエスカレートし、いじめのような、いない人扱いを卒業するまで受け続けた。それでも学校には通ったけれど、彼らの進学する高校には行きたくないと思った。だから僅かの定員でも今の学校に入るために受験勉強を頑張った。
 そして高校デビューするにあたって、中学の時よりマシであればいいと高望みをしなかったのがいけなかった。選択授業は美術を取っておくべきだったし、バドミントン部には入らなくて良かった。もうワンチャンスないものかと、わたしはいつも思っている。

「革命」

 その2字を書いてしっくりきた。トランプの大富豪で繰り出した時の快哉を叫びたくなるあの感じだ。わたしが書けた用紙を提出すると、みんなの書いた言葉が貼りだされた。

「平和」「行動」「友愛」「協調性」「真実」「理解」「断罪」「革命」

 著しく不穏な「断罪」って、どういうことだろう。罪を罰するってこと? このクラスに何の罪があるんだろう。そう思うと、さっき橋本の言っていた「疑われている」という言葉が、妙に胸をかき回しだした。わたしが何かしたのか…? そんな覚えは露ほども無い。

「ちょっと先生、パンドラの箱を開けちゃったみたいな申し訳なさがあるから、次はこのお題で同じように書いてみて」

 坂倉先生は「このクラスの誇れるもの」というお題を次に出した。何よその取って付けたようなお題。視聴覚室の中を見回しても、誰一人としてすっと書いている人はいないように思えた。
 クラスの誰に力があって、誰と仲良くなると得なのか、逆に誰と付き合っても意味が無いか、わたしはこのクラスに加わってからずっと分析していた。混濁した絵の具のバケツの中から、なんとか強い色に馴染んで行こうという生存策だった。そんなことをしていたら、クラスに誇りなんてものを持てなくなってしまった。

「なし」

 そう書くしか出来ないし、みんなまともに書けないに決まってる。そう高をくくっていて貼りだされたのが次の言葉だった。

「親切」「人柄」「熱意」「なし」「平穏」「平和」「無関心」「距離感」

 「なし」と書いたわたしと「無関心」と書いた人物だけが、このクラスで汚れている…わたしが思うよりもみんな単純で無垢で良い人たちなのかもしれない。そりゃ、何かの疑いをかけられるのも無理はないのだろうか。わたしは終業式の朝のことを、橋本に話すことに決めた。

 授業を終えて視聴覚室を出ようと靴を履いている橋本に声をかけた。

「ハシモー。終業式のことなんだけど」

「うん」

「あの日は朝、たまたま外でナオと一緒になったから、ふたりで教室まで行ったんだ」

「細田さん?」

「そう。で、その…アレがあって…腰が抜けちゃって…そしたらナオが、先生に知らせてきてって言って、それで何とか知らせに行けたんだ」

「そっか。大変だったね」

 ずっと秘めてたものを解き放つ安堵感か、涙が出そうになってくる。恥ずかしいからけっして泣くまいとこらえながら廊下を歩いていると、大きな悲鳴が響き渡った。

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