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【so.】曽根 興華[始業前]

 寒い日に、わざと大げさに息を吐くのが好き。口から白い息が煙のように広がっていくのが楽しいから。それからマフラーと手袋が好き。フワフワと包まれている気がするから。真冬には真冬の楽しさもある。そう教えてくれたのは中学の時の彼だった。
 私は女子高に行かされたから、もう2年近く彼とは会っていない。中高一貫校に高校から転入したのは、私を含めて3人だけだって聞いたけど、他に誰かと付き合ってた子はいたんだろうか。

「橘女子学院前。橘女子学院前。お出口は右側です」

 定期券をピッとやって路面電車の電停に降りると、口元からまた白い息が舞い上がっていった。道路を渡ってお堀に掛かる橋を越えるとすぐに学校の正門だ。同じ電車に乗っていたらしい田口さんが前の方を歩いているけれど、話す仲ではない。ヒエラルキーの頂点にいる人に、平民はおいそれと話しかけるわけにはいかないのだ。

 正門をくぐると、教室へ行く前に道着を置いておこうと思い、弓道部の部室へ行くことにした。体育館の半地下に並んだ運動部の部室の一室。弓道部も運動部に入れてもらって良いのかなとたまに思うことがあるけれど。
 中では1年生がジャージに着替えていた。1時間目から体育とは寒くて可哀想だね、などと話しながら自分の荷物を置いて外へ出ると、遠く体育館の裏の方から伊村さんが出てきた。このままだと下駄箱で鉢合わせそうな距離感で嫌だったので、行きたくもないけれどトイレへ行った。
 別にケンカをしているとか、仲が悪いとかってわけじゃない。同じ部活だし、普通に話もする。けれど、伊村さんは頭が良すぎるだけに人間味がないというか、切れ長の眼に何か不気味なものを感じるというか、単純に相性というだけかもしれないけれど、まあともかく私は彼女が苦手だった。
 トイレの鏡を見ながら必要もないのにヘアピンを留め直し、それからゆっくりと下駄箱まで歩いて行った。もう伊村さんはいなかった。

 教室へ入ると、もじゃが、タイラーヒロさんを伴って寄ってきた。

「ちょっとそねちゃん大ニュース! タイラーに好きな人がいるんだって」

 野田繁美は、名前の「しげみ」と髪が天然パーマ気味なところから「もじゃ」と呼ばれている。平安代はそのまま苗字の「たいら」から「タイラー」で、橘ひろ子は下の名前から「ヒロさん」。3人とも吹奏楽部で、朝練を終えた所のはずだ。

「もじゃー、やめてよー」

 タイラーは、何だかぼーっとしていて掴みどころがないけれど憎めない、私たちの癒やしキャラだった。

「タイラー色気づいちゃってー。相手は相手は?」

 とりあえず話に乗った所で、三条先生が入ってきた。

「はいホームルームやるから座れー」

「あーもう、ガッデム」

 噂話が大好きなもじゃは、不満そうに席へ戻っていった。先生が出欠を取っている。私はさっきのもじゃの話を考えてみた。女子高で好きな人がいるって言ったら、同性か、先生しかいないじゃないか。たぶん、後者だろうなあ。

「曽根興華」「はい」

 そうするとだいぶ絞られる。まさかそんな単純で最低なオチじゃないだろなあと思いながら、出欠を続ける三条先生を見つめていた。

次の時間


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