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【so.】山浦 環[昼休み]

 ちょうど今日の4時間目が移動教室だってことは知っていた。授業が終わって教室へ戻ってくる面々の集う渡り廊下の真ん中で、爆弾が爆発したら皆殺しだなと考えたことがあった。勿論そんなことを行う知識も意欲もなかったけれど、私の起爆した悪意の爆弾は、昼休みへと向かう日常の中で見事に炸裂した。
 悲鳴を背に浴びながら、私は清々しい気持ちで屋上を後にした。階下へ降りると廊下を突き当たり、非常階段の扉を開けて外へ出た。海と公園を見下ろす見慣れた眺望を、最後に味わうようにゆっくりと階段を降りていった。遠くで誰か先生の叫ぶのが聞こえるけれど、その内容までは分からない。きっと生徒は教室へ帰らされているだろうと想像できるから、鉢合わせしないために非常階段から脱出している。非常階段のひび割れたコンクリートは、履いているローファーで踏みしめるごとにコーンコーンと乾いて響いた。
 何事もなく1階へと辿り着いて、昼休みなのに静まり返った廊下を進んで保健室の中へと入った。保険の宮本先生と話していたらしいサヨが、こちらを振り向いて驚いた顔をした。

「えっ、たまき?」

 無理もない。黒髪ロングのはずだった私が、金髪のベリーショートに変貌しているんだから。

「お待たせ。久しぶりだね」

 声をかけたけど、サヨは驚きすぎたのか半笑いのまま立ち尽くしている。その隣の宮本先生が、まじまじと私を見て言った。

「山浦さん…よね? また随分と攻めたわねぇ…」

「先生、私、今日で学校やめるから」

三条先生から聞いたわよ」

 どこまで先生方に言いふらしてんだあの野郎。

「三条先生は、自らやめる生徒には寛大ですねー」

 サヨが言って、私も宮本先生もハハハと笑った。

「さっき、復学を促されてたわよね?」

 宮本先生が解説するかのように言うから、サヨが学校に来ている理由が分かった。

「話はついたの?」

「まさか。決裂」

「そっかー。私もさっき、決裂したよ」

「たまきも揉めたんだ! 気が合う!」

 はしゃぐサヨをたしなめるように、宮本先生が口を開いた。

「私が現役の頃には考えられなかったわー。はしたない、とか、やめなさい、とか、すぐに言われたものよ」

「先生は、私たちを怒ったりしないね」

「しないよ。私はあなたたちを叱れるほど、立派な大人じゃないから」

「先生も、ここの卒業生なの?」

「ええ。もう12年は前だけど」

 ざざざ、と保健室の天井についたスピーカーが鳴って、放送が入った。

「臨時の全校集会を行います。生徒の皆さん、教師の皆さんは至急、体育館へ集合してください」

 天井を見上げてそれを聞いていた宮本先生は、放送が終わると私の方を向いて尋ねた。

「山浦さん、さっきの悲鳴と、今の放送と、原因はあなたじゃないの?」

 マンガでギクって効果音が書かれる時って、きっとこんな瞬間なんだろう。平らな地面をガツンと殴られて、そばに置いてあった重い物が飛び上がったみたいな感覚。

「山浦さん。あなたが今日で学校を去ると言っても、籍が残っている以上はあなたはうちの生徒だし、私も立場上、何かの問題ごとにあなたが関わっているならそれを責めないといけないの。それにね、さっき放送であったように、あなたを連れて全校集会へも行かないといけない」

「はい」

「厳密に言えば、細川さん、あなたも」

「…はい」

 和やかな雰囲気は一瞬で破られてしまった。何も言えない私とサヨを交互に見つめて、宮本先生は椅子に腰を下ろして言った。

「まあ、座りましょ。山浦さんには、正直に、何をしたのか話して欲しいの」

「先生も、結局は大人の側なんですね」

 サヨが吐き捨てるように言った。

「二人とも、座って」

 私とサヨは、近くの丸椅子に腰掛けた。

「大人はね、時にオトナを演じなくちゃいけない時があるの。でもね、12年…あなたたちと同じなら13年前か。その時には私もあなたたちと同じで、オトナではなかったわよ」

「違いますよ」

「だから正直に聞かせて。それが13年前の私だったら分かることなら、全校集会の間に帰ったらいいわ」

 顔は動かず、動かした目線だけがサヨと合った。サヨは軽く頷いた。

「実は、さっき屋上から、自分の制服を着せた人体模型を落としました」

 私の起こした事件までは知らないサヨは、ぎょっとした顔で私を見つめている。

「なぜかしら?」

 宮本先生は穏やかな口調のまま。生徒がぞろぞろと廊下を体育館へ向けて歩いて行く音が聞こえる。私は観念して語り始めた。サトミのこと、終業式のこと、三条やクラスの反応のこと…。私は俯きがちにそれをひとつずつ話していたけれど、たまに相槌を返してくれていた宮本先生が、いつの間にかハンカチで目頭を抑えているのに気がついて、それ以上何も言えなくなってしまった。
 私とサヨに不思議そうに見つめられている事に気がついた宮本先生は、苦笑いなのか、なんとも曖昧な表情で口を開いた。

「郷 義弓は、私の同級生だったのよ」

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