【so.】荘司 直音[昼休み]
「なんでしょうかね?」
不可思議な衝突音の後の沈黙が耐えきれずわたしは口を開いた。
「すごい悲鳴でしたね」
川部氏は心配そうに述べたが栗原氏は口を閉ざし俯いている。このままここに立ち尽くしていてもどうしようもないので両人へ促すように言った。
「参りますか?」
「様子を見ながら…」
川部氏が歩き出しわたしも歩き出すと栗原氏も後列を成してくれた。渡り廊下へ出た辺りで誰かの大きな声が耳に突入してきてわたしは思わず再び歩みを止めた。
「人じゃない!」
続いて委員長の声も響き渡った。
「みんな安心して、これは人体模型です」
恐る恐る渡り廊下へと出ると同窓生がめいめい落下した物体を見物する御仁もあれば教室棟へ向けて歩き出している御仁もある。人体模型の左腕が肩甲骨のところで分離して傍らに落ちていたものをわたしは一瞥した。
「悪趣味ですよね」
無意識に口に出していたわたしは栗原氏にそれを問い質されてもしばらく何のことか分からなかった。
「人体模型が?」
「い、いえ、その、落下せしめたことなど…」
何やら人体模型を批判したことが栗原氏の癇に障ったのではと思い取り繕おうとしたものの言葉が上手く出てこなかった。
「戻ろう」
そう言うや栗原氏は去っていった。
「わたし何ぞ、栗原氏の機嫌を損ねるような事を述べました?」
小声で川部氏に尋ねてみたが要領を得ない。
「いえ、特には…」
川部氏も栗原氏の様子に困惑している様子であった。この場にいても何の益もないので教室へ戻ろうと歩き出したところ三条先生が疾走してきて大きな声で叫ばれた。
「おいっ! 教室に戻れ!」
この場にいる全員へ向けられているようでわたしも川部氏も思わず歩みを早めた。
「教室で待機だ! いいか堀川、指示があるまで全員を教室から出すなよ」
そう委員長へ言いつけて三条先生は人体模型の残骸の方へ近づいていった。わたしと川部氏は先を行く栗原氏に追いつかないような速度で教室へと帰還した。
教室へ戻ると既に戻られていた方々が昼食を摂って良いものかについて委員長へ談判をしている。話の内容からどうやら待機と言われたので買いに行ったりするのは不可ということだった。
「お弁当の人は、食べていいんですかね?」
当然昼食を持参している側からするとそう理解するので川部氏はそう口にした。
「お尋ねしてみましょうか?」
そう口にはしたものの委員長へお尋ねするのは心の準備と呼吸を整える時間とが合計で数十秒は必要になるのでまごついていたところ校内放送が教室へ響き渡った。
「臨時の全校集会を行います。生徒の皆さん、教師の皆さんは至急、体育館へ集合してください」
難易度中上級のミッションをこなす必要がなくなり安堵してわたしは川部氏と体育館へと歩を進める。今日の氏はたまにスマートフォンを取り出しては画面を確認されている。川部氏は確か学外の知己とFILOで繋がっていて年末の漫画祭りに於いて合同の製本を販売されていたはずなのできっとその御仁と会話を繰り広げておられるのだろうかと邪推したものの川部氏は何か文字を入力するような事はせずにスマートフォンの表示確認をしてはすぐにポケットへしまっている。その事について問うのも野暮な気がして見ていないふりをしてわたしは別のことを考える。1時間目の時に勢い余ってFILOのユーザー登録をしてしまったもののフィー友のいないわたしにとって川部氏というのは限られたフィー友候補である。しかし今更フィー友になってくださいと要請するのも面はゆい。体育館へ到着して出席番号順に一列に座ってもまだインストールしてしまったFILOについて考えあぐねていた。伊村氏とmPlate proについて歓談したいしあわよくばもっと触らせていただきたい。しかし伊村氏とそのような仲になるのは難易度上級のミッションではないか。
「それが、本日、先ほど起こりました出来事で、顔に砂をかけられたような思いがいたしました」
校長先生は段々と興奮されてきたのか口調が速まり声も大きくなってきている。
「命を、天の主より授かった命を、愚弄するような行いです!」
そう仰って校長先生は号泣の時間に入られてしまった。たまに鼻を啜る音が聞こえるけれど恐らく貰い泣きのような美しいものではなくて体育館の床が冷たすぎて鼻風邪となった御仁がおられるだけのように思われる。やがて平静を取り戻された校長先生は再びお話をされたものの断片的にしか覚えていない。わたしの頭の中はスマートフォンをもっと活用したいという想いとFILOの処遇についてとmPlate proへの憧憬が鼎立して三つ巴紋のようにくるくると回転していた。
全校集会が終わり教室へ戻る道すがら誰かの言い合いの声が聞こえて顔をあげると埋田氏が田口氏の頬を打つ瞬間を目撃した。頬を抑えている田口氏の背中を撫でている細田氏の姿からわたしは1時間目の後にトイレで細田氏が田口氏の悪口を吹聴していた事を思い返してその軽やかな二面性に恐れ慄いた。
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