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【so.】栗原 信子[2時間目]

 生物係のわたしは、現代文の授業が終わるとすぐに生物準備室へ行かなくてはいけなかった。次の実験の準備を手伝わなきゃいけないからだ。荷物を持って席を立つと、たまきが一緒についてきた。

「許せない。ジョーのクソ野郎」

 一部の女子の間では、三条先生の呼び名が「サンジョー」から「ジョーサン」へと変化し、更に呼び捨てにするときは「ジョー」と呼ぶように、1~2学期の間に変化していた。授業中に飛んできたFILOからもそれはなんとなく想像できたけれど、三条先生との面談から帰ってきたたまきは、随分と腹を立てているようだった。

「栗原にも手伝って欲しいんだ」

 わたしとたまきは属しているグループが全然違うけれど、幼稚園からの幼なじみで、学校になんとなく馴染めていない点でも共通の友人だった。

「何を?」

 生物準備室に入ると、島田先生からメダカを1匹ずつすくってビニール袋に入れるように指示をされた。たまきも一緒に入ってきちゃったけれど、先生は別に気にしていないようでトイレへ行ってしまった。

「考えるから。もう時間がないし」

 わたしがメダカをすくい、たまきの開いたビニール袋の中へそれを移した。2人でやったらすぐに終わった。袋に多めに入ってしまった水を捨てて均一にしている間、たまきは人体模型をぼんやりと眺めていた。

「はい。じゃあ今日はメダカの血流の観察をしますねぇ」

 ざわざわした教室でメダカの観察が始まった。さっきわたしの準備したメダカを顕微鏡に乗せて、わたしの右隣では川部さんが顕微鏡と格闘していた。その様子を斜め向かいの埋田さんは見つめていて、わたしの向かいの岡崎さんは自分の一眼レフをいじっていた。岡崎さんとは同じ写真部だけれど、何か別の生き物のように感じる。出席番号順の班分けって、いとも簡単に噛み合わない歯車を寄せ集める。川部さんとは話すが、あとの2人とは何を話すこともなかった。

「思いついた!」

 わたしのスマホが机の上で震えて、画面にはFILOのメッセージが映し出された。たまきが授業中にもかかわらず、ばんばんとメッセージを投げてきた。それは荒唐無稽な内容だった。

「騒ぎになるよ」

 文字を打ち慣れていないから、そう打ち込むだけで精一杯。顔文字や細かいニュアンスを込めたりといった芸当は、わたしには難しかった。

「望むところよ。お願い。協力して!」

 そのあと何だか変な鹿のキャラクターのスタンプが送られてきて、あまりの間抜けさに頬が緩んだ。

「栗原には迷惑かけないようにする。私だけの仕業ってことにする。だからお願い」

「ちょっと考えさせて」

 そう打って、スマホをポケットに入れた。

「うーわーきもい」

 顕微鏡を覗き込みながら岡崎さんがそう言った。わたしは観察結果をやる気なく書きながら、たまきの計画は確実に騒ぎになるなと考えていた。

 授業が終わって、たまきと2人で全ての机の上の顕微鏡をしまい、メダカを水槽に戻した。

「答えは?」

 たまきが聞く。

「やる」

 生物準備室の机と棚の間には、死角となっているスペースがある。わたしはたまきと2人、身を寄せあってそこに隠れ、チャイムが鳴るまで息を潜めていた。

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