【so.】平 安代[昼休み]
ヒロさんと恐る恐る渡り廊下へ出ていくと、何人もが足を止めて立ち尽くしていた。怖いからその人たちより前に出て現場を見たいとは思わない。なんとなく固いものが落ちたんだろうなと思ったけど、誰も何も喋らない。
「人じゃない!」
伊村さんが叫んで、え、じゃあ何なの?と不気味に感じた。
「みんな安心して、これは人体模型です」
クラス委員らしく部長がみんなに説明するように言って、あたりの緊張は一気に解けたみたいだった。和泉さんたちが囲んでいる輪に少しだけ近づいて見てみたら、顔の半分が解剖状態の人体模型が、制服姿でこちらを見ていた。気味が悪かった。
「おいっ! 教室に戻れ!」
すごい剣幕の三条先生が走ってきて、部長に指示を出した。
「教室で待機だ! いいか堀川、指示があるまで全員を教室から出すなよ」
普段は落ちついた雰囲気の先生がひどく焦った表情で、初めて見るその顔は新鮮だった。わたしたちは静かに教室へと戻った。
教室に戻って荷物をロッカーに入れて、机にお弁当を広げて蓋を開けた。卵焼きが2個と、きゅうりとプチトマト、それからウインナーとポテトフライ。ごはんの上には錦松梅。大好き、錦松梅…そう思いながらケースから箸を取り出していると、斜め前のもじゃがびっくりした顔で言ってきた。
「ちょっとタイラー、何考えてるの~!?」
えっ。わたし何かマズイことしただろうか。いや、錦松梅はマズくないけど、お弁当に入れるのは世の中的にマズいんだろうか。前に部長に「あなたは少し人とズレてる所があるから、注意したほうがいいわよ」と言われたことをふっと思い出した。
「委員長、お昼食べていいの?」
新藤さんがわたしを指差しながら部長を問いただしている。あれっ、お弁当、食べちゃマズかったの?
「教室から出るなってことなんで、買いに行ったりはダメです」
「えええー!!!」
大声を上げて崩れ落ちる新藤さん。買いに行く派の人に悪いような気がして、わたしはそっとお弁当に蓋をすると、袋にしまって机の脇にかけた。その様子をずっともじゃが見つめていて、恥ずかしくなった。
「臨時の全校集会を行います。生徒の皆さん、教師の皆さんは至急、体育館へ集合してください」
校内放送が流れ、部長の指示でみんな教室を出ると、歩いて体育館へ向かった。
「タイラー、わたしが止めなきゃ、食べてたでしょ!」
もじゃが意地悪そうにそう言った。
「もじゃー、ありがとう」
わたしはお礼を言いながら、錦松梅がダメだったわけじゃないらしいことにホッとしていた。
体育館に入ると、集会の時のように縦一列に並んで体育座りをした。冷たい体育館の床は、グーグーのお腹を壊しそうな気がして不安だった。
教頭先生の紹介のあと、校長先生が壇上に上がってお話を始めた。わたしの前にはそねちゃんの背中。3時間目の後で地理準備室から出てきた理由は聞けていない。気になるし聞きたいけれど、いまはそのことよりもお弁当を食べるよりも、4時間目の直後の人体模型が落ちてきたことの方が重要らしい。4時間目に教室棟の屋上に見えた人影を思い返してみる。長い髪が風になびいていて、それだけ。校長先生のすすり泣きが聞こえてはっと我に返る。でも年に1回は何かしら、たとえば凶悪事件や災害の後には「被害者の方を慮ると~」と始まって泣いてしまうから、ああ、また泣いちゃった、という感想。口の悪い先輩たちは、校長先生のことを「聖オモンパカール」って呼んでいるらしい。
お腹が鳴って、午後1時。屋上の人影と、地理準備室から出てきたそねちゃんと、ごはんに山盛りの錦松梅の、どれに順位をつけたらいいのかがわからない。お腹がすいてくらくらする。
「非力ながらわたくしも力になります」
校長先生はいつの間にかまたお話を再開している。
「それこそが天の主の思し召しであり、本校に通われる皆さんの属する学び舎、本校が神の家であるという、先々代の教えでもあります」
あ、これは脱線するパターンのやつだ。お腹がぐるると大きく鳴った。
「先々代…初代校長は、愛の人でございました」
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