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【so.】中島 来未恵[4時間目]

「今日は人物デッサンをしよう。先生が指名した人は教室の真ん中で10分間ポーズを取って、みんなはそれを描くだけ。じゃあ早速、田口さんがモデルでやってみよう」

 美術の宮原先生はとにかく人物デッサンをさせる。デッサンと言っても、何時間も掛けてじっくり書き込むようなのじゃなく、10分間でサーッと描く。とても難しくて10分間じゃ全部なんて描けやしない。

「写実はカメラに任せて、僕らは人にしか描けない絵を描けばそれでいいんだ」

 なんて先生は言うけれど、全然上手い絵なんて描けないからもどかしい。タグっちゃんが真ん中に立ち、モデルみたいな挑発するようなポーズを取った。

「いいねえ! でも10分間持つかな?」

 先生が楽しそうにぐるぐるとその周りを回り、斜め前に場所を決めるとさっさと描きだした。みんなも思い思いの場所から描いている。タグっちゃんの後ろから描くことに決めてデッサンを始めると、隣で描いているさっちんが耳元でボソッと言った。

「何パン買うかきめたぜー」

 それを無視して描き続けていると、さらにボソボソ低音を響かせてきた。

「グラターン~デニッシュー」

「うるせぇ」

 反応したら先生に注意された。

「そこ、お喋りするなら外でやってー」

 恥ずかしさと怒りで顔が真っ赤になったと思う。さっちんは涼しい顔で描き続けている…と思ってちらっと見ると、滅茶苦茶リアルなパンの絵を描いていた。何だこいつ。
 さっちんに妨害されてまたも描ききれないまま、次のモデルはバスケ部部長になったジンさん。ポーズに困って、ただ腰に手を当てただけなのに、背が高くてシュッとしてるからサマになる。私が男だったら惚れてるな。
 その後はノリカ。恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてポーズを取ってた。体育の時間に相談されたことはちょっと意外だったけど、同志としては応援したいな。
 最後のモデルはナオ。タグっちゃんみたいにキメポーズをしたけれど、途中でしんどいのかふらふらしていた。
 結局全員最後まで描けなくってがっかり。さっちんのを見せてもらうと、すべてさっさと描き終えて、その紙の裏に超リアルなパンの絵を描きまくっていた。

「あんたさあ、意外な才能あるよね」

「わたしパンの為だったら何だって出来るよ」

 授業が終わって廊下を歩きながら、さっちんは自信満々に言った。4時間目が終わって一刻も早くパンを買いに行きたくってウズウズしているのが分かる。私も今日はお母さんが弁当作ってないから、パンを買わなきゃなあ。

「パン賊王に、おれはなる!」

「何だよパン賊王って」

 前の方を歩いているタグっちゃんとナオが何やら揉めているようだけど、巻き込まれないといいなあ。教科棟を出て渡り廊下に差し掛かると、音楽クラスや書道クラスのみんなも混じって足を止めている。ザキオカが出てきて上を見上げて固まったので、何だろうと思ってその視線の先を追うと、校舎棟の屋上から誰かが飛び降りるのが見えた。

「きゃああああああああああああああ」

 何人もの悲鳴が聞こえ、思わず目を背けた。それがコンクリートに叩きつけられる音だけが耳に飛び込んできて、いつまでも反響しているかのように耳から離れなかった。

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