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雪山に紡ぐセーター番外編 ~オープニング~

ここはラスベガス。
目を見張るばかりの豪華なホール。これ以上は無いというほどの豪華な出席者。そう、世界を代表する音楽の祭典。グラミー賞の授賞式が行われようとしていた。
世界中から集まった報道陣、受賞候補者。受賞候補者の取り巻き。音楽関係者。授賞式を見たいだけのヒマな金持ち。これらにぶら下がり、儲け話を探るハイエナ達。

自分は控室でギターを抱えて座っていた。
控室といっても、もちろん、パイプ椅子が置いてある雑然とした場所ではない。広く落ち着いた空間に、革張りのソファーと、よくわからない幾何学的な形をした机が並んでいる。

音楽とは何なのだろうか?

自分を表現するためのもの。
人の心をいやすもの。
無限にコピーされるデジタルデータで、巨大な富を産み出すためのもの。

5年前。おれには何もなかった。
一本のギター。ギターケースに投げ銭された1ドル。
汚れたリュックサック。やぶれたジーパン。
古いiPod。
iPodの中の音楽ライブラリが一番の資産だった。

ニューヨーク。といっても、なんとかスクウェアガーデンですらない、小さな公園の片隅。
ただひたすらに青い空。この国特有の、果てしなく広がる自由と自己責任。
無限に広がる世界と、無限に縮小する自分。

無限に小さくなる自分の下限を探るようにギターを弾いていた。
自分と同じような、やぶれたジーパンを履いた小汚いオッサンが立っている。
おれのギターを聞いているのだろうか?
あごの下に手をあてて、何かブツブツ言っている。
公園には、整然と切り出された石畳が敷き詰められていた。

大学を卒業して取りあえず就職した石材屋。営業マンといえば良く聞こえるかもしれないが、要は石工職人のご機嫌を取ることが仕事の大半だった。
営業といっても、新しい顧客を開拓すべく走り回るわけでもなく、売り先は大昔からの取引先と決まってしまっている。
決まりきった取引先からの注文に、納期通りに石を切り出して納品すること。これが全てだった。

墓石や石碑、建材用の石材など注文が入ると、下請けの職人に依頼をして石を切り出してもらう。しかし、絵にかいたような昔ながらの職人たちで、腕はいいのかも知れないが、気分次第で仕事をしたりしなかったり。納期も何もあったもんじゃない。

朝一番に缶コーヒーを買い込み、職人の作業場に行く。
「おはよございまーす!」
職人好みの大声であいさつしながらコーヒーを渡し、世間話をする。
「お忙しい所申し訳ありませんが、来週の納期までに、何卒お願いしまーす!!」職人たちの作業場を出ると、次は顧客訪問だ。

「祖父江君の会社、儲かってるんでしょ。うちの会社、厳しくてさあ。お値段、もうちょっと何とかならないの?」
「いやいやいやいや、部長、うちもギリギリなんすよー。勘弁してください。」

お決まりのやり取りを繰り返す。

「じゃあさ、祖父江くん、値段は仕方がないとしてさ。接待費切れるんでしょ。また、あのお店連れて行ってよ」

当時の自分は24歳。あの部長は50歳近かったのではないだろうか?
20歳も下の男に飲み代をたかる下劣さに、軽蔑からの一周回って尊敬すら感じてしまう。

「社会の歯車」

使い古された表現だが、グルグルと回る歯車の一部分となる感覚はリアルだった。

何とか歯車から抜け出したくて、アメリカ行きの飛行機に飛び乗った。
ニューヨークの安宿に泊まり。路上でギターを弾く。歌う。
もちろん、開いたギターケースに、生活できるほどの投げ銭を集めることなんてできない。
所持金は少しずつ減っていく。明るい未来が見ているわけでもない。
自分の成功を確信できるほどの音楽センスも自己肯定感も無い。

しかし、その不安定感が心地よかった。何が起こるかわからない不安と戦いながら世界を切り開いてきた人類。人類としての本能が刺激され、満たされるように感じた。
自分の足で歩く人生の始まり。ニューヨークの青空に広がる可能性。
そんなイメージを、純度100%でメロディーに変換し、ギターを弾いていた。

我が人生のオープニング。

穴の開いたジーンズを履いたオッサンが自分に話しかけてきた。
「私の会社に来てくれないか?君の音楽を使いたい。」

それから5年が経過した。

グラミー賞授賞式の会場がひときわ盛り上がる。
「今年の特別賞は!世界で最も多く再生された、この曲に送られます!」
「演奏はもちろん、ヒロ祖父江!!!!」

人類史上、どれだけ控えめに計算しても、自分の曲以上に演奏されたメロディーは無いらしい。もちろん素直にうれしい。誇らしい。
純度100%で作ったはずのメロディーが、繰り返されるうちに希釈されるのではないか?自分がかつて組み込まれていたような歯車にはさまれ、薄まり、流されていくのではないか?
そう思った時もあったが、今は前向きに考えることができる。
希釈されるのではなく、新しい可能性が追加され、自分の手から離れて自由に膨らんでいくように思えるようになった。おれも、メロディーも、広く自由に羽ばたけ。

ギターを片手に、赤いカーペットに乗り込んだ。
拍手と歓声に迎えられる。

伴奏には、ベルリンフィルハーモニー交響楽団。
無理を言って、旧友の青山に指揮者として参加してもらった。
青山らしい、能天気な前奏がはじまる。

ギターのチューニングはバッチリ。おれの心はこの世界との協和和音にチューニングされているだろうか?ピックを握りしめた。

テケテンテンテン、テンテンテンテン、チャチャンチャン、テケテンテンテン、テンテンテンテン

丸いメガネをかけた、穴のあいたジーンズを履いた男の顔が空に浮かぶ。
その男、スティーブは、いつも裸足で歩いていた。
その日、招かれた会社の広いofficeの一室。
スティーブは何も話すでもなく、目をつぶって自分のギターを聞いていた。
「目をつぶって瞑想することを、君の国ではZENと言うんだろ。」
これだけ言って、彼はじっと目をつぶっていた。

彼がこれから発売する新製品、彼が言うには。
間違いなく世界を変えるものだそうだ。
彼が産み出した新製品が世界に羽ばたき、世界を塗り替えていくイメージが、自分が感じたニューヨークの青空のイメージとピッタリ合ったようだ。

自分の産み出したメロディーが着信音となり、人と人をつなぐ。新しい世界を切り開く。
家族からの着信、恋人からの着信。ビジネスの始まりと終わりを告げる会話。
時には歓迎されない呼び出しもあるだろうが、それもまた新しい世界だ。

彼の産み出した新製品は、瞬く間に世界を塗り替え、人々の生活を一新させてしまった。

しかし、彼は変わらない、自分も変わっていないと思う。
彼の右手には、アルミとシリコン、液晶で作られた小さな世界が。
左手には、かわいらしいリンゴ。

自分の左手には、あの時と変わらないギターが。
右手にはピック。

いつもせっかちで、怒りっぽい。そのくせZENを愛するスティーブは一足先に新しいステージに旅立ってしまったが、あちらでもフルスロットルで活動しているんだろう。

おれはこっちでもう少し頑張るぜ。聞いてくれ、俺の曲。「オープニング」

(着信音 オープニング で検索してみてください。)


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