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雪山に紡ぐセーター 6

雪の上で目が覚めた。

雪の上といっても、テントの中。パサパサと、雪がテントに当たる音が聞こえる。
雪山でテント泊をするというと「寒くないの?」「凍死するよ」と言われることがある。
それはそうだ、普通に考えたら雪の上で布一枚のテントで寝るなんて自殺行為だ。

しかし、キャンプの情報がかなり一般的になってきて、グランピングなんていう言葉まで出てきたりするようになり。「テントも意外といける」という情報が一般的になってきたようで、昔ほどは言われなくなってきた。
キャンプブーム(?)は、コロナ後に顕著になったようだが、コロナ前からその予兆はあったような気がする。ゆるキャンってコロナ前から始まったよな?ロハスなんていう言葉も影響しているのかな。

実は、雪上テントは割と快適なのだ。もちろん装備が貧弱であれば寒くてつらいのだが、
・登山用の厚手の下着
・フリース
・ダウンジャケット
雪山3種の神器で重ね着をすると、かなり寒さを防ぐことができる。さらに寝袋だ。
 ・エアーマット
 ・シュラフカバー
 ・ダウンのふかふか寝袋
この3段防御をすることによって、暖かく快適に寝ることができる。

雪山の夜は、恐ろしいくらい静かだ。

雪は音を吸い取る機能があるので、雪山の夜に発生するわずかな物音もかき消されているのだろう。もちろん明かりも無い。

ヘッドライトを消すと、テントの中は真っ暗になる。
家の中で夜に電気を消してカーテンを閉めてもこんな暗さにはならない。普段気づかないが、実は町の中には光があふれている。
暗く冷たく澄んだ空気、雪がパサパサと降る音だけが聞こえる中で寝袋に潜り込み、冷たい外気を感じながら寝袋の中の暖かさにくるまって眠る。この不思議な感じがとても好きだ。
360度真っ暗な空間で寝転ぶと、上下の感覚も怪しくなってくる。暗闇の空間の中に浮いているような気がしてくる。
そのまま暗闇に沈むようにして眠る。

そして、目が覚める。暖かい寝袋の中で感じる冷たい空気。時間の感覚が全くないが、周囲が明るいので朝なのだろう。暖かくて気持ち良い。。。
いま、自分が置かれている状況を思い出し。もう一回寝たら、目が覚めたら家に戻ってないかなと思いながら寝袋に潜り込む。

残念なことに眼が冴えてしまって、2度寝することはできなかった。寝袋にくるまったまま芋虫のようにモゾモゾと寝返りを打つ。
起きても仕方なさそうだが、起きよう。。
寝袋の中で手をゴソゴソと動かす。あった。
水の入っているペットボトルを寝袋の中に入れておいたのだ。水を一口飲む。身体に染みわたる。寝起きの水はうまい。

「起きました?」 後輩の山内くん
「おー、起きてたのか。今起きたわ」
「ていうか全然寝れませんでしたよ。よくこの状況でスヤスヤ寝れますね。」
「こういう状況だからこそ寝ないと。体力維持しないともたないよ」
「わかるんですけどね。。。」
「ちょっと外見てみようか。意外と雪やんでるんじゃない?」

寝袋から出る瞬間は勇気がいる。暖かく守られた空間から、厳しく寒い外界に出なければならないのだ。暖かい空間にいたい気持ちが、ものすごい力で身体を寝袋の中に引きずり込む。
全力を振り絞って寝袋という重力から脱出する。

「寝袋に入る人たちは、魂を重力にひかれて、飛ぶことができない。」
サングラスの人の名言が頭をよぎる。

「ララア、私を導いてくれ」

そう言いながら寝袋という重力から決死で脱出し、さぶいさぶいと言いながらテントの入り口のチャックを開き、スノーフライの入り口を少し開く。結果は言わずもガーナ。昨日と同じ吹雪が渦巻いていた。
スノーフライの入り口を閉め、テント本体のチャックも閉じる。

ダメだこりゃ。と言いたかったが、思わず
「だっふんだ」 と言ってしまった。

「何すか?だっふんだって?」

「全てを包み込み、物語をきれいに終わらせることができる魔法の言葉さ。まるで今降っている雪のように」

「余計わからなくなりました。」
後輩 山内は理解をする気も無いようだ。
これだから平成生まれは。

「まあいいや、とりあえず、コーヒー飲もうよ。朝はコーヒーから始まる。」

「それはちょっとわかる気がします。」
そういいながら、頼もしく生意気な後輩 山内はバーナーを取り出した。
テントの入り口を少し開き、天井の空気穴も広げる。

「祖父江さん どうしましょう?水使います?」

「うーん。雪でやってみるか。」

再びテントの入り口を開き、コッフェルで雪を集める。カリカリカリ。
コッフェルに満載した雪をバーナーにかける。
雪がジュワジュワと溶けていく。

「ダメだこりゃ」

祖父江は、今度こそダメだこりゃを宣言した。
コッフェルに満載したはずの雪が、水になった瞬間ほんの少しの量になってしまった。
これではコーヒーを沸かすまでに、かなりのガスを消耗してしまう。

雪山での遭難において、一つだけ救いになることは、水に困ることがないことだ。
夏山で道に迷って泥水をすするしかない。 という状況に比べると、そこら辺にある雪を口に含むことで水分の補給だけはすることができる。
しかし、これにはデメリットもある。雪を口に含むことで相応の体力を消耗する。体温が奪われるのだ。

さらに、雪は多くの空気を含んでいるので見た目ほどの水分を補給することはできないのだ。二人が試したように、雪を溶かしてお湯を沸かそうとすると、かなりの量の雪を集める必要があり、貴重なガスも大量に消耗してしまう。

とりあえず、手持ちの水を使ってコーヒーを入れることにした。
空になったペットボトルに雪を詰め込み、寝袋の中に入れることで温めて水にする。
水になると、容積が減るので、空いた空間に再び雪を詰め込む。
これを繰り返すことで水を蓄積しようということになった。

コーヒーの香りがテント内に広がる。
コーヒーの熱が逃げないように手で包み込み、少しずつ飲む。

「コーヒー、うますぎじゃね?」

「わかります。」

チョコレートを開けて、朝ごはんにすることにした。
山で疲れた時に、コーヒーとチョコレートのコンビネーションは無敵だ。
チョコレートをコーヒーで溶かすように口に含み、少しずつ流し込む。

「ぐはー、生き返った気がする。」

チョコレートの甘味と、コーヒーの苦み、そして糖分がカラダにいきわたり、脳を活性化させる。
吹雪に巻かれて道に迷い、必死でテントを張って逃げ込んだ。
冷静に考える余裕は無かったのだが、今なら考えることができそうだ。というか、この状況ではテントの中にこもるしか無いため考えるくらいしかやることはない。。。

今の状況でできることはないか?
これからどのような事が予想されるのか?
そもそも、なぜ道に迷ったのか?何がダメだったのか?

いま、考えても仕方がないことなのだが出発してから今までの道のりを振り返ってみた。
登山口を出発し、アイゼンを装着し、じわじわと登山をした。
それほど難しい山でもなく、登山道はしっかり整備されている。他の登山者とも何回もすれ違った。1時間ほど歩いたころ、雪がチラチラと降り始めた。
この時点で少しの迷いはあったが、このくらいの雪ならいけるだろうと判断した。
フードをかぶり、ジャケットのジッパーを閉め、歩き始めた。
いざとなったら引き返せばよい。 そんな思いもあった。

しかし、雪は徐々に強さを増し、それにつれて視界もせばまってきた。
「この坂を登り切れば、視界が広がるはず。」
登っている坂は、視界の先で見切れていた。この坂を登り切れば開けた場所になるはずだ。開けた場所で周囲の状況を観察することもできるし、テントを張ることもできる。
そう考えていたが、甘かった。

見通しの良い開けた場所は、すなわち遮蔽物も無く、容赦なく雪が直撃する場所ということなのだ。普段であれば、眺めの良い高台だったのだろうが、殺伐とした雪原になってしまっていた。平らな場所はあるが、風が強くとてもテントを張れるような状態ではない。
引き返す決断を下し、来た道を引き返した。
一縷の希望をもって登る道と違って撤収戦の足取りは重い。
足跡も雪であらかた消えてしまっている。

こっちから来たはず。そう思いながら下り道を踏み出した。


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