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第五回こむら川小説大賞結果発表 大賞は ぷにばらさんの『BREMEN』に決定 1

第五回こむら川朗読小説大賞結果発表2

 令和4年7月7日から令和4年8月20日にかけて開催されました第五回こむら川朗読小説大賞は、選考の結果、大賞・金賞二本、銀賞を一本、各闇の評議員の五億点賞が以下のように決定しましたので報告いたします。

大賞 ぷにばら『BREMEN』

受賞者コメント
この度は大賞をいただき、ありがとうございます!
ただいま指先を震わせながらこの文章を打っています。

当小説は祖父の乳首を弾く話で、その演奏シーンを想像しながら一人でニヤニヤしながら書きました。
そんな風に書いた小説が、いろんな人に読んでもらえて、沢山感想をいただけて、すごく幸せなことだなと思いながら、こむら川小説大賞開催期間中を過ごしました。
頭の中の妄想を形にすると、こんなに人に楽しんでいただける。その事実が、なによりもありがたく素敵なことだと感じました。
本当にありがとうございます!!

ただ、この話を書いた代償として、「乳首の話を書くのにまともなこと言うじゃん」とか「この曲、乳首で作ったんですか?」とか言われるようになりました。
用法用量を守らない乳首の使用は身を滅ぼす……皆さんも乳首のオーバードーズにはくれぐれも気を付けていただければと思います!

イラスト:もちうささん

【第五回こむら川朗読小説大賞 大賞作品】BREMEN【朗読】


 大賞を受賞したぷにばらさんには、もちうささんによる表紙風ファンアートと鹿さんによる朗読動画が進呈されますました!

BREMEN feat.アリア

 作者のぷにばらさんによるセルフFAソング。歌はアリアさん

金賞 モリアミ『ウルトラ・エクストリーム・マキシマム・シャイニング・グラビティ・サチュレイテッド・スーパー・ムーン・フォール・アウト・アット・トゥナイト』
◆金賞 古川 奏『正しい救世主の飼い方』

◆銀賞 くろかわ『消失、』

◆五億点賞

・謎の有袋類賞
有智子『遠き国より』

・謎のお姫様賞
椎名ロビン『成金探偵 堂田明太郎の事件簿』

・謎の原猿類賞
いぬきつねこ『夏のおわりの天狗の子』

◆朗読作品のご紹介

※自作朗読の方は別記事で紹介するかも

小野塚一派 さん

・隣の部屋が事故物件になった/佐楽
https://youtu.be/Za8QulMXINY
・旅行の約束を女にすっぽかされた話 縊鬼/こむらさき
https://youtu.be/iUdw3Ot3Qes
かんぱーい!/惟風
https://youtu.be/0hxnHuS7nVc
・あたしはか・わ・い・い/赤井風花
https://youtu.be/iS16cs4rOLQ
・高校三年生 /神澤直子
https://youtu.be/jEdD3E_xcyM
・ウルトラ・エクストリーム・マキシマム・シャイニング・グラビティ・サチュレイテッド・スーパー・ムーン・フォール・アウト・アット・トゥナイト/モリアミ
https://youtu.be/aTNVPLP0TmE

青木双風 朗読館 さん

・にせもの/ジュージ
https://youtu.be/KnstKXPG_YI
・隣の部屋が事故物件になった/佐楽
https://youtu.be/J_kkxpMWZn8
・母が生きてるんですよ/鏡 竟金
https://youtu.be/vBBi_GXg0Jw
・薮問答/草食った
https://t.co/7WoaZ3NlZd
・ノロイを鳴らす/白木錘角
https://youtu.be/wtLKf-TpHAI

りぃ@うまのしっぽさん

・白鷺慕情/@futagogames
https://t.co/NhZsi63Q19

にゃーん さん

・めちゃくちゃたくさん読んでくださっているのでこちらのURLでご確認ください
https://twitter.com/search?q=%40keina_art%20%23%E7%AC%AC%E4%BA%94%E5%9B%9E%E3%81%93%E3%82%80%E3%82%89%E5%B7%9D%E6%9C%97%E8%AA%AD%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E5%A4%A7%E8%B3%9E&src=typed_query&f=video

夜詠 ねむ(よなが ねむ)さん

・母が生きてるんですよ/鏡 竟金https://twitter.com/YonagaNemu/status/1556585375703126016?s=20&t=vb1bbMZOF_SyofrHOzXJPQ

◆ファンアートのご紹介

神喰の男木古おうみ

イラスト:ジュージさん

母が生きてるんですよ鏡 竟金

イラスト:ジュージさん

※必要な条件が不足しています目々

イラスト:さん

約束現無しくり

イラスト:さん

金魚が茹だって首が腐る木古おうみ

イラスト:さん

蛇神様と供物ちゃんこむらさき

イラスト:もちうささん

旅行の約束を女にすっぽかされた話こむらさき

イラスト:にゃーんさん

陽炎墨也

イラスト:へるっちゃんさん

消失、くろかわ

イラスト:そうてんさん

水底に棲まうものごもじもじ/呉文子

イラスト:そうてんさん

クレンザー KILL!!KILL!!KILL!!電楽サロン

イラスト:そうてんさん

かんぱーい!惟風

イラスト:さん

恢复 ᴚƎƆOΛƎᴚ柚木呂高

イラスト:さん

池中さんは池の中いぬきつねこ

イラスト:さん

はさまれ 情欲の百合和田島イサキ

イラスト:さん

14へ行こう、二度とは来ないあの特別な季節を生きよう和田島イサキ

イラスト:さん

 というわけで、素人創作草野球大会、第五回こむら川小説大賞を制したのはぷにばらさんの『BREMEN』でした。
 おめでとうございます。
 以下、闇の評議会三名による、全参加作品への講評と大賞選考過程のログです。

◆全作品講

謎の有袋類
 みなさんこんにちは。伝統と格式の本物川小説大賞のオマージュ企画。こむら川小説大賞です。
 第五回はいつもとは少し主旨を変えてみまして「朗読」をしてもらってみよう! と軽率に思い立ってVtuberさんに協力をしていただいた結果、第五回こむら川朗読小説大賞という企画名にさせていただきました。
 初速がエグかったですが、なんとか無事に終了しました。
 エントリー作品数204作の内初参加の方が70名、二作書いた方が53名、最終日のエントリー作品は30作でした。
 川系列の伝統?に従って、大賞選考のための闇の評議員を一新しまして、今回は謎のお姫様と、謎の原猿類さんに協力していただきました。
 今回の議長も前回と引き続き主催である謎の有袋類が行います。よろしくお願いします。

謎のお姫様
謎姫ちゃんです。私自身、川に飛び込んでからまだ一年程度しか経っていない若輩者ですが、みなさんの"好き"や"癖"の詰まったアツい作品に負けないようなアツい講評を書いていきますので、どうぞよろしくお願いします!

謎の原猿類
謎の原猿類です。ここにブロマンスを読みたいと書くとブロマンス小説がいっぱい読めるらしいと聞いてやってきました。初めての講評となりますがどうぞお手柔らかにお願いします。あなたの物語をお待ちしています。

謎の有袋類
 こむら川大賞でも、本物川小説大賞と同じくそれぞれ独自に講評をつけた三人の評議員の合議で大賞を決定し、その過程もすべて公開します。
 
 以下から、エントリー作品への講評です。

1:高校三年生 /神澤直子

謎の有袋類:
 今回の一番槍レースを制したのは神澤直子さんです!おめでとうございます!
 BSS!僕が先に好きだったのに!良いですね。
 ほんのり苦い思い出と、大人になってからの強がり。仲良しの親友と幼馴染みの関係性。
 動きはあまりないのですが、すっきりと読めるお話でした。最後の締めで作品がキュッと引き締まるようなまとめ方がすごく好みです。
 神澤さんの作品にしては棘が少なめというか、以前書いていたカレーや縄師のおじさんの話、サイケデリックみたいという作品で見られたようなするっとめちゃくちゃソリッドなワンセンテンスが飛び出してくるような作風も好きだったので個人的には少し寂しいです。
 ですが、新しい作風というか「こういう作品も書けたんだ!」という幅の広がりや、お話を構成する力というものは着実に増しているのではないでしょうか?
 お話の構成力、内容のおもしろさ、そして筆の速さも十分なので、気が乗ったら中編などにもっと挑戦しても面白い作品が描けるんじゃ無いかな?と思いました。
 今後もどんどん作品を描いて欲しいなと思ってます!参加ありがとうございました。

謎のお姫様:
 あの頃と今。変わったものと変わらないもの、変わった人と変われない自分。神澤直子さんの高校三年生です。
 リアリティとファンタジーの塩梅が上手すぎて、ぐいぐい引き込まれて読みました。
 きっと多くの人が一度は抱いたことのある、好きな人の気持ちがわからない苦悩、モテる友人への友情と少しの嫉妬、自分では正当にできているつもりの低い自己評価などが伝わってくるようでした。
 秀逸な心理・人物・情景描写に、今回のお題である”男性の一人称”も相まって、激しい展開や感情の昂ぶりは描かれていないけれど、じわじわと心が揺さぶられました。
 私は目を閉じている間にキスされる経験も、同窓会で再会して両思いを確認する経験もないので世の中のみなさんもないだろうと思っているのですが(ない……ですよね?)それらのリアリティライン限界のファンタジー要素が、この物語の強度を高めていると思います。
 余白がある分、いっそう春樹に共感できる構造になっているんだなと感じました。
”この一文で終わらせることに意味がある小説”なのは重々承知したうえで、さらに欲張りなことを求めてしまうのですが、自分は春樹が最後にどんな顔をしていたのかが知りたかったです。
 30歳になった春樹の抱く奈津葉への想いが絶妙に隠れているからこそ「もっと知りたい」と思いました。
 一人称語りだからこそ、春樹の気持ちが隠れているという構造がこの作品の魅力を際立たせているんだとも思いますし、私は、恋心四割、諦め六割で全然吹っ切れてはいないんだろうなあと予想してみました(外れていたら申し訳ございません)
 登場人物に対して読者を共感させる力がとても高く、諒サイドの大学生活なども読みたくなる、キャラクターに命を感じる小説でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 川恒例の一番槍競争を制したのは神澤さんでした。バカな、早すぎる……!
 神澤さんといえば芦花公園百物語参加作「サイケデリック」や第一回こむら川小説大賞の「トイレの神様」の印象が強く、ねっとりしたホラーを書く印象が強かったので今回もホラーかなと思ったら、エモ全開。健康にいいですね。
 幼馴染の関係性って良いですね。たまたま家が近かった、公園デビューが一緒だった、親同士が仲良かった……きっかけは色々あれど、当事者たちの自我があまり芽生えていない時期での出会いであり、では成長したらどう変わるのかが幼馴染ポイントだと思います。
 家族みたいな、そこにいるのが当たり前の関係だった存在を異性であると認識し、そして何らかの想いを抱いたとき、高校三年生の「僕」は素直になれない年頃で、想いを受け取ることも渡すこともできないまま、別れる。ここで素直に泣いていたらさぁ!とは部外者の戯言なのでしょう。
 そしてそんな奈津葉との再会。ファーストキスの思い出を大事にして、一歩踏み出せなかったあの日あの場所に帰れたら、もしかしたら、という想いを抱きつつ、好きな相手の今の幸せを願う姿...。
 奈津葉の最後の告白は、あの日の行動を彼女なりにケジメをつけたかったのではないでしょうか。やり残した想いを相手にぶつけたかった。だからどんな答えがかえってこようとも良かった。そう考えたりしました。
 僕が奈津葉を好きだと認識した瞬間のエピソードなどあれば、エモ力がさらなるパワーになったと思いました。ですがなんと言っても一番槍でこのエモ力。とても良かったです。

2:旅行の約束を女にすっぽかされた話/こむらさき

謎の有袋類:
 えっちな黒髪長髪イケメンおにいさんが暴力を奮われるのは美味しい

謎のお姫様:
 私も官能的な怪しい男に誘われたい。こむらさきさんの旅行の約束を女にすっぽかされた話です。
 ミステリーチックな怪異譚ということで、短編ながら序盤中盤終盤と違った読み味になっているのが印象的でした。恐ろしいのが、それらの繋ぎがあまりにもシームレスすぎて、読んでいる最中は味が変わったことに気が付きませんでした。信頼できなさそうな一人称視点がもっと怪しい男に出会う導入パート、中盤の山場のえちえちなパート。最後の謎解き&マダラ登場の見せ場パート。展開はあくまで一本道ですが、味を変えることによって、続きを読む手が止まらない物語になっているのですね。
 そして特筆すべきは中盤のえちえちなパート!
 私は寡聞にしてあまり殿方同士の官能小説を読んだことがないのですが、なんというか、すごくドキドキしてしまいました。
>艶っぽい嬌声が耳から染みこんでいき、上等な酒を飲んだときのように酩酊したような感覚に陥る。
 この一文が特に好きで、直接的な言葉は一切使われていないのに、主人公の感覚が伝わってきてシンクロしてドキドキしてしまう。
 そういう表現がいくつも散りばめられているおかげか、中盤パートがただの終盤への繋ぎになっておらず、一層物語としての強度が上がっているんだと感じました。
 艶っぽい男と、飼っている(?)怪異マダラの関係性や誰のセリフかが若干飲み込みづらく、もう一行だけ補足があってもいいのかな、と思いました。が、それが男の怪しさを一層際立たせているし、短編だからノイズが増えるのも喜ばしくないので、今のままが最適なのかもしれません。
 短編だからゴールが面白いだけでも十分なのに、道中もめちゃくちゃ面白い小説でした。死角がない。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 恋愛、ファンタジー、ホラーなんでもござれのこむらさきさん。
 タイトルとタグの時点で「お、メンヘラの話か」と思っていたら、マダラじゃないですか、ヤッター!
 主人公のいきなりの首絞めで「やばい人では……?」と震えていたら、麻縄がでてきて「やばい人じゃん!」となりました。
 そんなやばい男を誘うマダラのエロさときたら。漆黒の花を想い浮かべて天を仰ぎました。このまま行くか!?という期待はあったのですが、そんなことはなかった。知っていた。
 静さん召喚魔法の呪文を相手に唱えさせるための、マダラの誘導はお手のもの。無性に水が飲みたがっていたのも、後で「すでにあの時点で憑かれていたのだな」と分かる親切設計。
 また静さんの数少ないセリフから、今回の件は人助けではなく本人の都合によるもで、別に主人公のことを助ける気は一切なく、彼の目的のためになら手段は問わないヒヤリとした性格が分かるのがとても良かったです。
 でも静さん、ももちのことは友達だと思っていたのですね。マダラさん以外にも己のテリトリー内に入れられる相手ができたのだと思うと、「静さーん」となりました。
 私個人としてはマダラ本編を読んでいたので、すぐに登場人物たちを把握できたのですが、もし読んでいなかったらと考えると、登場人物の行動原理が分からないままバシバシ展開が進むので、映画の冒頭シーンのような印象を受けたと思いました。主人公がどうして憑かれたのか、縊鬼とは何なのか、もう少し詳しい説明があると更なる満足感があったと思います。
 ですがやはり知っているキャラが出てくると嬉しいものです。川が終わった頃に加筆して頂けると、主に私が喜ぶのでぜひお願いします。

謎の有袋類:
 えへへ……実は不親切すぎるなと1000字ほど加筆していたので後で読んで貰えると僕が喜びます。

3:どこまでも、どこまでも/赤井風化

謎の有袋類:
 小説を書き始めて一ヶ月と少しとの赤井さんが参加してくれました!ありがとうございます。
 書き始めて間もないとは思えない筆の速さがとにかくすごいです!文章もグイグイ引っ張り込まれるような読みやすさでした。
 これはわざとだと思うのですが、主人公の想い人の性別をぼかして女性だとミスリードさせようという試みもめちゃくちゃ良いと思います。
 読んでいく中でどっちだろうなーと思いながらワクワクして読み進めることが出来ました。
 これは僕の好みなので、合わないようだったら気にしなくても良いのですが、モノローグ的な話の運びになっていて、話の内容が単調になりがちなのでエンタメ性だとかハラハラ感、読者に刺激を与えたい場合は主人公を行動させてみるのも良いと思います。
 例えば、告白したシーンから開始して、主人公に行動させながら気持ちをリアルタイムで追いかけると臨場感が増して作品がさらに魅力的になるかもしれないなと思いました。
 ですが、別れた相手との思い出を語る形でここまで引き込まれる文章を書くのは本当にすごいので自信を持ってどんどん作品を生み出していって欲しいなと思います!
 これからもがんばってください。

謎のお姫様:
 現代のジョバンニは本当の幸せを見つけることができるのか。赤井風化さんのどこまでも、どこまでもです。
 男の一人称というお題の強みを存分に使って、”お前”の魅力を語りつくすパートが、飽きさせない文章になっているという印象を受けた作品です。
 登場人物紹介という部分を自分は選手入場パートだと思っているのですが、つい「早く試合をはじめろ!」と思ってしまうことが多いです。しかし、本作は薫の比喩やちょっとしたエピソードが非常に魅力的で焦れることなく読み進めました。
 ”お前”の魅力が次々と描写される中で「そうだ、パン祭りの皿だ」「ネタAVを見たり」などの語りがハンバーガーに挟まれているピクルスのようなアクセントを生んでいて、美味しかったです。
 そして二人の歯車が少しずつ狂っていく告白のパートなのですが、印象的に繰り返される銀河鉄道の夜のセリフを使った告白は名シーンだと思います。薫がぐちゃぐちゃになっている悲痛さは、とても私の心に刺さりました。
「俺達は泣いていた」ではなく、「俺は泣いていた。お前も泣いていた。(中略)俺達は泣き続けた。」というところも、あえてワンテンポ置くことで、薫の感情によりシンクロできる工夫された描写だと感じました。
 二人の決別までの流れも、登場人物の感情の導線が自然で、私はとても読みやすかったです。
 薫は自分をジョバンニに、桂伍をカムパネルラに重ねていますが、客観的に見れば重なっていないかもしれないと思う部分も、本作の最後の一行を引き立てていると思います。
 応えが返らないのは原作と同じですが、本作のカムパネルラは死んだのではなく、前へ進んだ。でも、薫の世界から退場したということは、薫の中では死んだことと同義なのだろうと私は感じましたし、そういう性格だから、二度と応えが返ってこないのも致し方なしと思いました。
 ここは作者の方が意図していた部分なのかは私には判断が出来ないのですが、決別後からの薫へのヘイトコントロールが秀逸だったと感じました。
 あと少しでも薫へのヘイトがたまったら「ただ嫌な奴が切り捨てられる話」に転んでいたところを、本作はそうではない薫の人間的な魅力を描くことで阻止をしていたと思っています。そのおかげで私は最後まで薫サイドとして感情移入をしながら読むことができて、面白かったです。
 一人称であることを最大限に生かした相手への魅力の描写と飽きさせない語り口、そして決別までの丁寧な導線が敷かれた小説でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
「お前の顔はパン祭りの皿だ」で吹きました。いや、本人的には言葉にならない想いを何とか言語化しようと試みた結果だと思うのですが、白い顔を褒めたつもりでこのセリフがきましたら私もフレーメン顔になりますとブンブン頷きました。この冒頭での告白で、主人公のどこまでも真面目だけれど不器用なところが伝わり、またそれが物語全体に関わってくるのだと感じさせるのは職人芸。え? 小説書き始めたばかり? 何ですと?
 刀剣女子のワードが出てきたあたりまでは相手がてっきり女性だと思っていたのですが、すっかり騙されました。
 何と言っても、この二人のやりとりが好きです。
 同じ物語を共有していて、必ずかえってくる言葉がある。当人同士でしか伝わらない、ある種の秘め事。とてもエモい。
 しかし告白の日以来、この二人の間にズレが生じてしまった。
 このままの関係性を望むお前と、それ以上のものを求める俺。
 相手が嫌がることを知っていながらあえてやってみる、そのラインをはかる行為こそ、曖昧だったボーダーに線を引くものだったのではないでしょうか。
 これは運命だと言い始めた時には、主人公の焦りが感じられました。
 そんな言葉に頼らなくても、かつては繋がっていられたのですから。
 何度も行われる同じ言葉のやりとりが、どんどんと離れていく心の距離を繋ぎとめたい行為に見えて最後はもう叫びではないか、と。そして物語の終わりに訪れる永遠の別れ。最後の一行にうおーとなりました。とてもよかったです!

4:Lemon/大澤めぐみ

謎の有袋類:
 大澤めぐみさんが参加してくれました!ありがとうございます!
 1行目からいきなり家に米津玄師が家に訪ねてくるスピードスタートが本当にお手本のように綺麗に決まっていると思います。
 僕も米津玄師さんについては曲をふんわり知っているだけなので、米津玄師に詳しくない人は共感するし、詳しい人はツッコミに回れるみたいなバランスがすごいなと思いました。
 米津玄師だぞ! と思わず突っ込んでしまう程の妹の塩対応、お世話好きなおばあちゃん、星野源に間違えてくるおっちゃん……米津玄師がいたたまれなくなってくる。
 無駄なところをええい!と思いきり省いて、こうなんじゃ!と叩き付けてくる手腕は本当にお見事という他ないです。
 めちゃくちゃ捻り出して何かを言うんだとしたら、お兄ちゃんと妹の関係性がもっとあるとエモだったのかな? とも思うのですが、この距離感で、この関わり方でちょっとしたきっかけで不登校から脱する一歩を踏み出せたという部分も好きなので好みの問題だと思います。
 大澤さんの描く老人とか、こういう小さなきっかけでなにかが変わるみたいな展開がすごく好き。
 本当にスタートの仕方とか、構成、読者の感情のコントロールなどなどお手本になる部分が多い作品だと思うのでみなさん講評と一緒に本編を是非読んで欲しい作品です。

謎のお姫様:
 夢ならばどれほどよかったでしょう。いまだにあなたのことを夢に見る。大澤めぐみさんのLemonです。
 私は川系企画を知るずっと前から個人的に大澤先生のファンだったのですが、今日はそういうのを抜きにして講評させていただきます! と意気込み、作品を読ませていただいて、無事ノックアウトされました。
 インパクトのある最初の一文で、「設定の提示」と「読者の関心を惹くこと」、そして「リアリティラインをズラすこと」の三つをまとめて行っているのが素晴らしいと思いました。その一文あと、歌い手好きの引きこもりの妹を紹介してから、米津を家に連れて帰る描写を行うことで、あり得ないはずの設定がさも起こりうることのように読めてしまう、その構造が素晴らしいと思います。
 ズラして、歩み寄って、ズラす。途中で歩み寄ってもらったことで、私は自分の基準がズレたことに気が付けませんでした。
 そのあとは、基本的には押しの強いおばあちゃんや思春期の妹が喋る日常の平凡ともいえるシーンなのですが、そこに米津玄師という異物が混じることで急激にコメディめいた雰囲気になっていると感じます。私は米津が「そっすね」ってぼそりと応えたシーンがとても好きです。
 おばあちゃんに詰められ、商店街で星野源と間違えられる米津を見て、主人公と妹は誰の人生にも悩みがあるという、当たり前ながらも認識するのが難しい真理に辿り着きます。このお話は、端的に言えば引きこもりの妹が人と関わることで少しだけ勇気を出すという作品なのですが、そこに米津玄師を絡めることで重くなりすぎず、少しだけ勇気を出すことへの説得力も増していると私は感じました。
 出オチ的なマクガフィンとして米津玄師を用意したのだと思っていたのですが、最後の妹や主人公の心の動きが鮮やかで「いい話を読んだな」という気分になりました。すごく面白かったです。
 妹にとって、米津玄師がただの「いまだに夢見る光」にならず、いつかまた出会えることを祈りたくなる小説でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 タグの米津玄師を二度見しました。あらすじを読んでも一体どういうことなのか何も分かららず、ロケットスタートで始まる本編に驚きました。
 何らかの経緯を経て、米津玄師を家に連れてくることができた超絶豪運兄。
 米津玄師が家に来たのに、コロコロとボンボンを間違って買ってきた時のような反応をする妹。
 怒涛のマイペースで米津玄師を圧倒するばあちゃん。
 星野源と間違えるおっちゃん。
 そんな彼らに特に何をするわけでもなくどこまでも受け身の米津玄師。
 この人たちは米津玄師を一体何だと思ったのですが、その瞬間、私の方こそ米津玄師の一体何を知っているのかと考えました。
 描かれているのは何でもないある日の日常の風景ですが、米津玄師がそこにいるだけですべてが非日常と化す。けれど米津玄師を非日常だと扱ってしまうのは、こちらの認識によるものです。
 彼が世間一般で売れていて誰でも知っている歌手という共通認識がみんなにあると思い、米津玄師という言葉に伴った概念だけしか見ていない。米津玄師もまた米津玄師の日常があり、同じ人間であることをおざなりにしているあたり、米津玄師を星野源と間違えたおっちゃんとそこまで大差ないと気づきました。米津玄師が芸名でなく本名であるというのも肝だと感じました。
 文字それ自体は記号の一種なのに、言葉となると不思議な力を持つ。そんなことを感じさせる物語でした。

5:かんぱーい!/惟風

謎の有袋類:
 前回のこむら川では、現代和風ファンタジーを書いてくれた惟風さんです。参加ありがとうございます。
 剣と魔法とお姉ちゃん、僕と魔物と親友とのようなアツい王道展開のものから、真夜中、愛の焼き鳥事件のように短くてパキッと怖く決めてくる短編まで幅広い作風の惟風さんの作品です。
 僕は惟風さんの作品をよく読ませて頂いているのでニュートラルな判断は出来なくて、すごい警戒しながら読んだのですが中盤から後半で真相が判明する下りがすごくかっこよく決まっていて面白かったです。
 初見の方の感想は、他の評議員の方にまかせた!
 二人称小説に近い手法のセリフ語り、朗読に映えそうなのもすごいいいですね。
 最初に娘さんの可愛さを語っている部分が後半じわじわ聞いてくる構成は本当に美しいなと思いました。
 これは完全に好みの話なのですが、個人的には真相がわかっても基本的に敬語は崩さないでニコニコされて目が据わってるみたいな方が最悪さが増すのかなーとも思いました。基本敬語で一瞬一瞬言葉が荒くなるみたいな演出が僕好みというだけで、このままでも十分わかりやすいのと、後輩の急な荒い口調がヘキに刺さるという方もいるので!
 インプットもアウトプットも精力的にがんばっている惟風さん、一緒に長編連載に漕ぎ出しませんか?
 今後も色々なことにチャレンジしてみて欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 このあとのことはいったん忘れて、とりあえずかんぱーい! 惟風さんのかんぱーい! です。
 短編×飲み会ということで、ただ楽しく飲み会をするだけで終わることはないんだろうな、とは思っていたのですが、予想からさらにもうひとひねりあったのが驚きで、素晴らしかったです。
 飲み会の席のテンションで、後輩が結婚していかに良かったかを語るところは、本当に幸せそうで、特に立ち合い出産のところは私には経験がないのに「いいものなんだ」と伝わってくる素晴らしい描写でした。
 そして、出産前後で妻の様相が変わるところも楽しく読ませていただいていたのですが、その分そこからの急展開が深く突き刺さりました。
 口調の変化で読み手を一気にホラーの世界へ誘う手法、シンプルながら高火力で凄く怖かったです。豹変後も少しだけ共通するノリや語尾が、後輩が別人になったわけではなく単純に後輩のままキレているということがわかり、一層恐怖が増しました。
 構造としても、単純に不倫を問い詰めるのではなく、楽しい会話パートを経てから情報を開示することで落差が際立ち、大きく気持ちを揺さぶられます。
 ただ不倫を問い詰めるのではなく、後輩がもっとやばいやつだったという二段目の捻りのあるラストもきれいに決まっていると思いました。
 慰謝料がもう必要ないってどういうことだろう? 会いに行ったって……? と思いながら読んでいるところへの「俺達、独身に戻った」という発言が特に好きです。
 間違っていたら申し訳ないのですが、私はこれを後輩が両家とも殺害したと解釈してました。殺害を前提にして冒頭を読み返すと、確かに遅刻の理由として片づけに時間がかかったなどと言っています。
 自分の娘が奥さん似の二重だとか、デキ婚だとか、読んでいる最中は特に違和感がないものの、後から振り返ると「そういうことか!」となるような描写が多く、何度も読み返したくなる面白いお話でした。
 こういった深い考察のできる布石が結末を一層際立たせているのだと思います。
 個人的には、”読み返して気付く描写”に加え、いくつか”読んでいる最中にも違和感が残る”ような描写があると、さらに読み返したくなり度が高まるような気がします。
 これから先輩はどうなってしまうのでしょう。私としてはぜひともこの世界の司法に頑張っていただきたいなと願っています。上げて落とす構造が大変面白い小説でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 KUSO小説やホラーも書く惟風さんの物語の中でも好きなのは、おでんです。何とない日常の中にある、ほっこりエピソードがとても好みです。
 今回のかんぱーい!はタグに現代ドラマがついており、それも後輩から飲みに誘われたというシチュエーションなため、ほっこり系だと思いました。同僚、しかも後輩からというのが、先輩として頼られるのだと分かり嬉しいですね。そんなことを思って読み始めて、初めて父親になる同僚の子育てエピソードに、がんばれがんばれと応援していたらいきなりの急展開。ほっこり系じゃなかった。朝ドラじゃなくて昼ドラ方面の現代ドラマだこれ。
 読み直すと、冒頭の片付けるのに時間がかかった話とか、二重の話とか、伏線が巧妙に貼られていて、あー……となりました。あー……。
 自分や先輩の妻子に手をかけるのに、先輩にはこれまでと同じ日常をおくろうと言うあたり、復讐というよりは、独身の状態に戻りたかったのか、と思いました。いなければなかったことにできるという発想が彼の狂気を語っており、幸せになろうとしていた一人の男の変わり果てた姿に、かんぱーい!という言葉がどこか虚しく響きました。
 ほっこりと見せかけて、いきなり表と裏がくるりと変わる物語、とても良かったです。

6:にせもの/尾八原ジュージ

謎の有袋類:
 長編のホラーを立て続けに連載をしつつ、短編や掌編もガンガン書いているジュージさんのエントリーです。ありがとうございます。
 にせものというタイトルの通り、自分の霊を見る力を頑なに偽物だと思う男の話でした。
 頭にマンガのページを詰めたという荒唐無稽にも思える対処がきっかけで霊が見えるようになったという導入は「どういうことだ?」と読者を惹き付ける良いスタートだと思います。
 それが事実かどうか曖昧にしてるし、そこが核心部分ではないのが美しいワザマエ!となりました。
 すごい綺麗でまとまっているお話なのですが、まとまっているのでエンタメ性というか物語の中の動きは少なくなっています。主人公をもう少し動かしてあげると更に臨場感溢れる作品になると思います。
 主人公が自分の能力を偽物だと思いたい。偽物でなければならないという種明かしの部分はめちゃくちゃ脳が気持ちよかったです。気持ちよくダマすということってかなり難しいのですが、ジュージさんはどんどんそれが上手になっている印象があります。
 ホラーの長編など然るべき賞に送って羽ばたいて下さい!後方腕組み古参顔を出来る日を楽しみにしています。

謎のお姫様:
 いつから狂っていたのか、誰が狂っていたのか。尾八原ジュージさんのにせものです。
 ホラーでありつつも、とても綺麗な”願い”の物語でした。それと同時にとても残酷な物語でもあり、独自の読後感を味合わせていただきました。
 いきなり穴のあいた頭蓋骨に漫画雑誌を詰めた結果霊能力を得るという、とんでもない設定を公開されて、一気にこのお話に引き込まれました。
「たしかに穴のあいた頭蓋骨に雑誌詰められたら霊能力くらい得るか……」という謎の説得力も併せ持っていて、設定に詰め込む狂気と説得力と意外性のバランス感覚が素晴らしいと思いました。
 淡々とした主人公の語り口調が静謐な狂気を助長していて、唯一まともに見える洋平が実は幽霊(もしくは幻覚)だったと明かされた瞬間に、物語の狂気が一気に加速したように思います。
 ふたりの会話から洋平のまとも度合いが伝わってくるのに、そのまともなキャラクターをポジショニングで狂気の世界に引っ張っていく采配に、ホラーの真髄を見た気がしました。
 そして、それなのに、そんな歯車のズレた主人公が抱いている願いが、酷く人間臭いものだったということが明かされるラスト。
 私は、主人公の能力は本物だと思っていますし、そう受け取るよう描写されていたと思います。だからこそ胸を打つ読後感に仕上がっているんだと感じました。読者側に「主人公が見ているものが幻覚の可能性もあるかな?」と思わせる余地を潰していく丁寧な物語つくりのおかげで、最後まで読んで物語の残酷さをしっかりと味わえました。
 設定提示、ポジショニング、読者の感情操作のバランス感覚が素晴らしいお話でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 一部で連載ジャンキーという言われているジュージさん、私の中ではホラーが強いイメージがありますが、もうあらすじの時点で訳のわからない不穏さが漂いまくりで、お家に帰りたい気持ちになりました。
 ちょっと驚かしてやろうと思っただけなのに、不運が重なりとんでもない過ちにつながる事故は度々起きますが、でもいやまさか息子の頭蓋骨に穴が空く展開になるとは……。穴が空いたなら塞げばいいという発想は、誰しも思いつくこと。だが漫画雑誌はアカン。でも結果的に、頭に穴の空いた息子は見た目は元通りになり、日常に戻る。
 もし後頭部の膨らみという、あの時の思い出を嫌でも思い起こす瘢痕がなければ、このまま終わったのかな。
 けれど残念ながら、おれの日常と非日常の行き来が始まる生活が始まる。
 成長したおれは、霊視能力を過信することなく、どこまでも冷静で本当に見えるのか疑っている。私だったら三回当たった段階で事務所設立を考えるかもしれない。
 見えるようになったきっかけは確かに悲しいものですが、持たざるものにとっては、事前に危険な場所を察知できる能力は洋平と同じように羨ましいと思える。
 持つものには分からない苦悩があるんだなと感じていたところへ、くるりとひっくり返る日常。おいでませ非日常の世界。前言撤回、羨ましくも何ともないと心の底から思いました。そしておれの霊視を信じない理由が明かされた時には「んげぇ」と声がでました。
 彼が住み続けているのは、おふくろが本当におれを愛しているのか確かめるためなのでしょう。彼が本当に見たいものが見えないからこそ、実際に見えていることをにせものだと言わざるを得ない。何とも物悲しい物語でした。

7:隣の部屋が事故物件になった/佐楽

謎の有袋類:
 初参加の方です!ありがとうございます。
 隣の部屋で殺人事件になり、怖い話が好きな同僚やテレビ番組のせいで色々と気になってしまう男性のお話でした。
 怖いので更に隣の部屋へ引っ越すという根本的な解決にはならないが、気は楽になるみたいな結末、すごく好きです。
 わざとかどうかわからないのですが、実際に起きていることなのか、それとも主人公の予想でしかないのかわからない描写が恐怖と混乱をとても良く表現できていて読んでいてどきどきしました。
 高橋、お前犯人なのか? と怪しんでいたのですが、そうではなかったのでホッとしました。何かギミックを見逃していて、実は犯人だった! みたいなことがあったらすみません。
 個人的には、真相や音の正体を少し知りたかったのでもう少し詳しく説明してくれる方が好みかもしれないのですが、ホラーはわからなくてなんぼなところもあるので難しいですよね。好みの差なので他の方のフィードバックを受けて色々な手法を試したり、今後もたくさん作品を書いて欲しいなと思いました。
 最後の壁を叩く音、そして「引っ越そうかな」の一言で終わる結末、長編だと、引っ越した先でも音が聞こえて来てどんどん人が死んでいったり霊障がエスカレートするやつだ! 的な終わり方もとても綺麗な作品でした。

謎のお姫様:
 子どものころ押し入れに抱いていたあの気持ちが呼び起こされる。佐楽さんの隣の部屋が事故物件になったです。
 霊感もなく、幽霊が出てくるわけでもないのにしっかりと恐怖心を煽るホラーになっていて、怖かったです。
 特に私は、作者の方の改行の使い方が素晴らしいと感じました。
 横書きのWeb小説ならではの強みを最大限に生かして、読者の読むスピードや感情の動きにリンクさせるように行間を開けている工夫が素晴らしく、恐怖を煽るだけではなく、読みやすくなっていると思いました。
 やりすぎるとあざとくなりがちな手法ですが、適度に使うのはとても効果的なんだなと改めて実感しました。
「やけに耳につく時計の音」「壁」「真っ暗なテレビ」という特に隣の部屋で人が亡くなっていなくても怖い、万人に刺さる普段は気にならないけどよくよく考えたらちょっと怖いもののチョイスが的確だと思います。
 物語に描かれている情景・主人公の心理描写が本当に素晴らしく、怖いけど続きを読みたい気分になりました。
 これは私の読み方が悪いというか読み取れていない部分も多いせいだと思うのですが、結末の部分が少し弱く感じました。
 私の好みの部分が大きいのですが"実は本当にいたことがはっきりわかる"もしくは"全部勘違い!あっはっは"といった、ホラーがコメディのどちらか極端に振ったオチにするとわかりやすのかなと思いました。
 あくまで個人的な悪い読み方に起因するものですので、ひとつの意見として参考にだけしていただけますと幸いです。
 今日眠るのが少しだけ怖くなる、日常に潜む影を切り取った面白いお話でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 ニュースになるほどの重大な事件は、どこかで起きているものにも関わらず、どこか非日常に感じられ他人事と思ってしまうものです。
 でもそれが自分の身近で、しかも家の近くで起こったものだったら。
 事件関係者たちとはまったく無関係で、たまたま地理的に近い場所にいただけで巻き込まれてしまった、そんなニュースでは語られない裏側の物語。
 家という場所は日常に深く関わってくる存在であるため、不安定化すればすぐにメンタルにきます。安全地帯だと思っていた家が、じわじわ非日常に侵食されていく様は、まさにホラーの醍醐味。
 普段だったらただの雑音だと思うものを、何か意味のあるものだと錯覚してしまう。
 くだらない、馬鹿馬鹿しいと思っているのに考えるのをやめられない。何もない場所から視線を感じる。聞こえるはずのない音が聞こえる。見えないものが見えてくる。
 そんなホラーの定番ポイントを過不足なくおさえており、主人公の理性的であろうとしながらも不可思議な現象に右往左往する姿に、このままあちら側に連れていかれるのではないかと読んでいてハラハラしました。
 けれどそんな恐怖の夜を過ごした主人公のその後の選択は、正しかったのでしょうか。すべて主人公の妄想によるものであればいいのですが、これが本物の仕業であれば個人的には付け狙われてしまった時点でアウトだと思うので、ただただ主人公の平穏を祈るばかりです。
 ここからはただの憶測によるものなので間違っていたら「全然違うぞ!」と無視して頂きたいのですが、作者の方は、頭に浮かぶ映像を書き起こすタイプなのかと思いました。
 映像タイプは自分で見えているもの、聞こえているものがあるため、描写が少ない、あるいは多いところがあると考えています。
 読んでいて一番、「もしや映像タイプでは?」と感じた部分は、壁 真っ暗なテレビ 騒音 音楽 シャワー トイレの言葉の羅列部分です。多分作者の中では明確に音が流れているのだと思うのですが、個人的には、「これは実際、どんな音がしているのかな」とふと疑問に思い、一旦物語から現実に引き戻される感覚がありました。もし擬音で表現されていたら、読者という安全位置にいるはずの立場にも聞こえてきそうで、ホラー感がアップし心理的ダメージが上乗せされたと思います。
 描写、個人的には苦手な類ですが、作者の描く世界へと読者を引き込ませるには、とても重要な部分だと思っています。
 ですがあくまでこれは一人の意見に過ぎず、もしやりたかったことが伝わっていなかったら、こちらはただの素人だと寛大な目で見ていただけたら幸いです。他の評議員たちが受けた印象や感想もまた違ってくるので、これはいい、と思った意見をズイズイ取り入れたり、取り入れなかったりして、色々さぐってどんどん物語を紡いで頂けたらと思います。

8:千年龍の龍殺し/神澤直子

謎の有袋類:
 神澤さんの2作目です。
 今回は神澤さんには珍しいファンタジーでした。
 文字数の上限も厳しい中で、出会いとトラブルが起きてから解決までを描ききるのはすごい!
 ユージンの黒髪長髪で胡散臭くて強い男という設定、めちゃくちゃよかったです。最高。
 6000字以下という制限なので仕方が無いのですが、主人公の影が少し薄くなりがちだったのと、何故ユージンが主人公を選んだのかがかなり省かれているのでそこをなんとか織り込めると更に魅力的な作品になったかもしれないです。
 中編や長編の導入としてはめちゃくちゃ最高の設定なので、これをプロトタイプにして続きを書いてみるのも良いのではないでしょうか?
 黒髪長髪イケメンおにいさん、とても良いのでまた書いてください。よろしくお願いします。

謎のお姫様:
 今まで私が読んだことのないテーマで描かれるドラゴン殺し。神澤直子さんの千年龍の龍殺しです。
 一番槍からほとんど間を置かずに二本目の作品です。こういったお題やレギュレーションがある企画で作品を複数出せる時点で凄い。
 一作目は思わず共感してしまう緻密な人間関係の過去から現在まで描いた作品でしたが、今回はなんとファンタジー!
 ドラゴンのいる世界観で、巻き込まれ系主人公がIQ50,000の男と出会うお話でしたが、着目点は私の予想と違っていて驚嘆いたしました。
 こういった冒険者が日銭を稼ぐ話ではドラゴンを倒すというのがお決まりだと私は思っていたのでマクセルに自分を重ねて作品を読みました。
 私はマクセルと同じく、ユージンの言動に「?」となりますし、ドラゴンが産気づいているということが明かされた部分で驚きました。
 そのお陰でファンタジーという6000字という条件下では内容が伝わりにくくなってしまいそうなジャンルでも、私にも非常にわかりやすいと思いました。
 マクセル、ユージンだけでなく、換金所のセクシーなお姉さんもすごく魅力的なキャラクターで、この世界観でもっと別のお話も読みたいなという気持ちになりました。
 唯一気になる部分としては、キャッチコピーの「IQ50,000の男」という部分でした。
 ユージンが本当にIQ50,000もあるのかわからないですが、もし続編があるなら、千年龍殺しという異名と共に、IQの下りも掘り下げて欲しいな……と期待しております。
 起承転結がわかりやすく、続きが読みたくなる魅力的な作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 名前を見て一番槍がもう2作品目を出してきた事実に驚愕しました。筆が早い。
 今回のレギュ的に恋愛、ホラー、現代ドラマあたりが多いだろうと予想していたのですが、異世界ファンタジーがついにきた。
 長い黒髪を見ると、無条件に思い出す人物がいるのはさておき、無闇にモンスターを討伐するのではなく、観察を行いなるべく血の流れない方法を探る姿や、普段は飄々としているのにいざという時には本気を出すユージンはとても好印象。さすが自称IQ50,000の男。異世界ファンタジーにIQ概念?考えるな、感じるんだ。
 出産シーンにて破水や出産後に胎盤をもしゃもしゃ食べる生態に即した描写に思わずニヤリとしました。
 男二人物語に加えてドラゴン(人外)要素に、もしかして狙い撃ちされた……!?(トゥクン)となりました。盛大な勘違いだったらすみません。
 ただ読み終わった時に、どうして千年龍殺しの二つ名を持つユージンがマクセルを相棒に選んだのか疑問を感じました。ここらへん、戦闘シーンでマクセルにしかない動きや能力を発揮したり、あるいはユージンとの邂逅エピソードにもっと詳しい描写があれば補強できるのではないかと思います。
 また細かいかもしれませんが、ドラゴンの出産に一週間かかることが少し気になりました。陣痛に一週間かかったのち、第一次破水が始まるのでしょうか。詳しい出産描写があっただけに、通常であれば数時間から半日ぐらいの出産がどうして一週間かかるのか、そこらの動物とは違うドラゴンの特性が個人的に知りたいと思ったポイントでした。
 心優しいユージンと、やれやれと思いながらなんだかんだ付き合ってくれるマクセルの二人のコンビはとても好きです。良き物語でした。

9:トキシックレコード/秋乃晃

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます!
 こちらの作品は多分、何かの作品のスピンオフ的な存在とのことです。
 忠弘という主人格からなんらかの事情で喜怒哀楽にちなんだ人間が生まれて喜び担当のヨシ、楽しさ担当のハル、怒り担当のカツ、語り手であるノブに分裂し、普段は兄弟のように振る舞っているというお話でした。
 コミカルなやりとりの中に、なんらかの事情がありそうな説明や、伊予さんという方に告白をしたことがあるという情報が盛り込まれていたりと、幕間のキャラクター紹介のような印象を受ける作品でした。
 ばーっとまくしたてて終わってしまうと、読んでいる方もぽかんとしてしまいがちなので何も知らない登場人物が、似た見た目の四人に困惑するようなお話だとすんなり情報が入りやすいのかもしれません。
 分裂体である彼らは痛みはあるけれど、死なないとうい設定や、他にも分裂体はいて治療薬なるものが開発されつつあるなどの設定がとてもおもしろかったです。
 作者さんが登場人物や、ご自分の作品をとても大好きで、大切にしていることが伝わってくる素敵な作品でした。

謎のお姫様:
 コメディ要素だけではなく、切ないテーマを内包していつつも、全体としてはコミカルな物語。秋乃晃さんのトキシックレコードです。
 情報開示のタイミングが適切で、動画撮影をしていること、語り手は自分をまともだと思っていること、四人の自己紹介ときてさっそく本作の核である【分裂】に触れるという流れがテンポよく繰り出されるので、特殊な設定にもかかわらずどんどんスクロールしてしまうお話でした。
 キャラクターの情報提示の後に「なぜ動画を撮っているのか」や「いや【分裂】ってなにー!?」あたりの答え合わせはせず、コメディパートを継続するところも好きです。
 コメディパートが一段落したころに、忠弘が元に戻ると喜怒哀楽の四人組は消えることが新たに明かされ、動画を撮る動機が判明します。私はこの部分で「ただのコメディではないな」と感激しました。
 冒頭でも触れましたが、私が特にいいなと思った部分は作品全体の雰囲気はコミカルである部分です。
 設定はシリアスな部分もあるのですが、重くしすぎずにコミカルな雰囲気の作品として書ききることで、物語に深みが増しているように感じました。自分が消されてしまうかもしれないという状況に立たされているのに、それでも動画撮影をわいわいとした雰囲気で行っているからこそ、キャラクターの命がより輝いていると私は感じました。
 私自身の好みなのと、喜怒哀楽の喜と楽の違いは日本語的にかなりわかりにくいので、高度なことを作者の方に求めてしまっているとわかるのですが、喜と楽担当の人格をもう一歩踏み出して描き分けてくださると、四人の関係性が読者により一層伝わるかもしれないなと思いました。
 ただのコメディじゃない、でもやっぱりただのコメディだっていう不思議で深みのある作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 朗読映えとキャプションにあったので、どういうことだろうと読み始めたら、同じ人物から派生した五人の人物(兄弟ではない)が現れ、なるほど!と思いました。それぞれ性格が異なるように、声のニュアンスも似ているようで似ていない感じに朗読するのかな、動画にしたらセリフが喜怒哀楽を示す色で別れるのかなと想像しながら面白い試みだと思いました。
 なんといっても元々は同一人物なのに、それぞれの人格が個性豊かでダラダラわちゃわちゃしている姿が微笑ましいです(一人欠席ですが)
 しかし、そんなところへ明かされる衝撃の真実。世界から見れば、確かに彼らはバグのような存在であり、修正しなくてはならないものなのでしょう。忠弘が虚弱体質なのも生来のものというよりは分裂した結果でしょうか。
 いずれ消えゆく彼らが、そこにいたのだと記録するための物語だと思うと少し物悲しいですが、どこまでも明るい彼らは消えるその日まで笑顔でいるのかなと思いました。
 題名であるトキシックレコードは、世界の過去の記録が刻まれているアカシックレコードから由来するものだと思うのですが、素直に訳すと毒性、あるいは中毒性のある記録になります。
 治療薬が完成したら、消える存在だから毒の記録なのか。
 もしくは、治療薬により健康になった一方で、ただ一人残される忠弘にとって、あの日の思い出を何度も再生してしまうから、中毒性の記録なのか。色々と想像の余地がありました。
 ただ一点気になるのは、今回は映像ではなく小説であるところです。そのうえ黒一色。
 映像であれば五人の同じ顔(一人は右上の写真)が映るだけでも面白いですが、文字だけだと誰が喋っているのか、どこにいるのか、読む側として把握するのは少し難しかったです。
 ただのコメディではなく、ところどころにある奥行きのある気になる設定。面白かったです。

10:憧れの女子更衣室の壁に転生したのに明日校舎が取り壊される/双葉屋ほいる

謎の有袋類:
 ちんちん!ちんちん!のような勢いの良いKUSOの呼吸からヤンデレもの、甘酸っぱい百合まで幅広い作風のほいるさん。今回は癖のある異世界転生ものでエントリーしてくれました。参加ありがとうございます。
>気がつくと俺は女子更衣室の壁になっていた。
 という「とにかくこうなんだよ」というパンチのあるわかりやすいスタートダッシュをしてくれると、読む方として心構えが出来るので親切だなと思いました。
 物語を通して、主人公の出来ること、出来ないことがわかるのもテクニカル!
 か、壁さん……あんた……かっこいいよ……と思わず唸ってしまうラストもすごくよかったです。
 動けない壁なので周りを動かすしかないのですが、最後に奇跡を起こすことでカタルシスを発生させる手法もお見事。
 このまま壁として長い壁生を過ごすのはきっと彼に取っては幸せなことなのでしょう。
 これは多分僕の読み解く力がないことが悪いのですが、新築の更衣室に飾られているけれど背中は外に面している部分だけちょっと混乱してしまったので、その部分を細かく描写してくれると更に親切かもしれないです。
 最初は飾られているとのことだったので、壁の破片が室内に飾られていると思っているのですが、多分、新築の壁の一部が旧式の壁のままというのが正解なのでしょうか?
 でもぶっちゃけ細かいことはどうでもええ! 壁さんは奇跡を起こしたんじゃ! と思えるくらい良いお話でした。
 朗読のために控えめにしてくれたとのことで、ここでセーブしてくださった分はいつもの運動会などで発散してくだされば良いなと思います!

謎のお姫様:
 出オチの皮を被った、緻密に計算された青春小説。双葉屋ほいるさんの「憧れの女子更衣室の壁に転生したのに明日校舎が取り壊される」です。
 初めに、私が思ったことは「タイトルがずるい」です。
 講評を書かせていただくにあたり、タイトルを口に出したのですが、語感がすごく気持ちよかったです。
 しかし、出オチ小説ではありませんでした。
 壁の目は両面対応ではないので、女の子の顔が見えないというところや、壁に書かれている文字は見えないけれど、それが大切なメッセージであることはわかるという、主人公に共感して物語に引き込まれるポイントに、壁であることを活かしたギミックが仕込まれていて、すごく読みやすかったです。
 最後、マナカとにゃんきちを守ったところも、壁だからこそできたことであり、主人公が壁に転生していなかったらもしかするとそのまま……という可能性を思うといっそう胸が熱くなりますね。
 設定開示から、大きな山場までの運び方、熱い展開の描き方がとても上手で、これぞ短編小説! というものを読ませていただきました。
 そんな熱いお話ですが、あくまで主人公はちょっとやらしい男の子というのはブレていないのも好きです。主人公一人がしっかりキャラ付けされていて、その人を好きにさせれば、その時点で無敵の小説になるんだなと感じました。
 作中に出てくる言葉選びも好きで、個人的には「壁心」が好きです。
 短編小説のお手本のような導入、キャラクタ、事件解決も高い完成度でとても楽しく読めた作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 私が川に参加するきっかけとなった「しごけ!耐えろ!偉人対抗イキ我慢選手権」 の作者のほいるさん。KUSOを書かせれば他の追随を許さぬレベルですが、ホラーも百合も強いです。
 今回は朗読とあって、まさかあの低音のとてもいい声のお兄さんボイスに「うんこ、ちんちん、おっぱい」を言ってもらおうなんて試み、考えついても実際やるのはハードルが高いだろうなと思っていた時期が私にもありました。タイトルをみました。
 KUSOだ!!!!!!!(大歓喜)
 昨今、転生ものはバリエーション豊かですが、女子更衣室の壁に転生したパターンは、私は今まで見たことがありません。壁なのに五感があるのだろうかと疑問を感じた時にすかさず挟まれるモノローグが好きです。トンデモ設定は読んでいる側に疑問を感じると、読む流れが止まってしまうことがありますが、この自然に読ませる技術は神業。そして壁に耳あり障子に目あり、に笑ってしまいました。
 転生した矢先に、解体されることになった壁。もうこれだけで「一体どうなってしまうのか」と気になってぐいぐい読んでしまうのに、マナカが現れ、KUSOに絶妙な甘酸っぱさが加わります。
 ボロいだの、設備が古いだの、散々文句をいっていても、いざ本当になくなってしまうのは寂しいもので、先輩たちの想いが詰まっているなら尚更です。あったはずの思い出まで一緒になくなってしまうようで、しかし、もう決まってしまったことはどうすることもできず、諦めるしかない。
 そんな、なくなってしまうはずだったもの達が、俺の「マナカを助けたい」という気持ちを後押ししてくれる絶大なるパワー(不純物混じり)へと変わる展開はめちゃくちゃ良かったです!
 題名は勢い溢れるKUSOなのに、その中身はKUSOだけではない。
 とても面白かったです。

11:池中さんは池の中/いぬきつねこ

謎の有袋類:
 第三回こむら川小説大賞の覇者。透明感のあるお話や不思議なあやかしのお話を書く印象の強いいぬきつねこさんです。参加ありがとうございます。
 第三回の時の「やがて空より帰る」と近いようで遠い水に関わるお話です。やがて空より帰るが澄んだ水なら、こちらは作中に出てくるとおり濁った水という印象の作品でした。
 上限一杯に文字数を使っているとはいえ、6000字と短いお話なのですが、満足感がすごいです。
 出会いから別れ、そしてラストまでギュンッと一気に読ませる筆力は本当に素晴らしいなと思います。
>池中さんはもう池の中にいない。僕の隣にいる。
 この締めの一文がすごく美しくて、朗読にするとすごい映えそうだなと思いました。
 本当に僕好みの作品でいうことが特にないので重箱の隅を楊枝でほじくるようなことを言ってしまうのですが、ここまで構成も良くて文章として面白いと、あとはユーザビリティの話になるのですが、段落はじめの一時下げがあったりなかったりするのでそこを統一すると文句の付け所がないパーフェクト短編になると思います。
 カクヨムはめちゃくちゃ親切で左のサイドバーに「本文を整形→段落先頭を字下げ」というものがあって、それを使うと「」がない部分だけ一律で段落を下げてくれるのでそういう便利機能も使って楽をして最強短編を書いていきましょう!
 本当にあえて一つ何か言うとしたらそれくらいしかない中身は完璧な作品でした。連載している「アクジキ」も完結楽しみにしています。
 今後も素敵な作品をたくさん描いてください!

謎のお姫様:
 コメディ調シュールホラーに見せかけた本格ホラー。いぬきつねこさんの池中さんは池の中です。
 いじめられっ子の男の子が、ひょんなことからちょっと特殊なお姉さんに出会うボーイミーツガール作品です。
 序盤で特に素晴らしいと思ったポイントは、池中さんの人物像と設定開示を並行して行っている部分です。
 タピオカやガラケーの小ボケを挟むことで、池中さんの生きていた時代が少し前であることを明示しつつ、ちょっとズレていて可愛い池中さんの魅力を描いていて非常に巧みだなと思いました。電話の子機の説明もすごくわかりやすかったです。
 私は平成生まれなのですが、作中の「平成生まれがよ」で一気に池中さんのことが好きになりました。
 憑依の能力もすっと理解できました。
 巻き込まれ系ボーイミーツガールの序盤を読み進めていく時、私のモチベーションは「キャラクターが好き」と「何かが起きそうという期待」の二つなのですが、その二つの要素を千文字で満たしている部分がすごいと思いました。
 主人公の生活が開示される部分から占い師が登場する場面にかけても、「セクハラババア」という部分が特に好きなのですが、こういった軽快な会話劇で進行しながらも、少し不穏になっていく様子をとても楽しく読み進めることができました。
 起承転結でいう転だと私は判断しているのですが、「転」である池中さんが消えてしまう部分では主人公と共に池中さんの魅力に取り込まれていたので、主人公に自分を重ねながら読みました。
 だからこそ、私の中で「池中さんはもう池の中にいない」が本当に輝いて見えました。
 終盤まで私はこの作品をコメディ調のシュールホラーだと思い込んでいたのですが、この瞬間一気に私の中で池中さんへの認識や作品への印象が本格ホラーに変わりました。
 本作は、私がホラーにとって重要だと思っている「あげて落とす」の落差が完璧だと感じました。池中さんは、こういうことをやりかねない人なんだと私は思っていたのですが、最後の章を読むまでは、まさかそこまでのことをするとは思えていませんでした。
 タイトルの回収も鮮やかで、キャラクターの魅力の描き方や構成が素晴らしい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 第三回こむら川小説大賞であるいぬきつねこさん。
 恒川光太郎先生のファンなので、いぬきつねこさんの書く幻想ホラーがとても好きです。
 今回は昭和生まれの池中さんと僕の、不気味だけどどこかポップなホラー。
 ふとした行動が、知らず知らずに人外と契約してしまったという始まりが好きです。スマホを落としまうことは誰でも一度はやってしまいがちですが、それが幻想世界の入り口へとつながる展開は、幻想と現実は繋がっており、きっかけさえあればあちら側はいつでも侵食してくる存在で、強固であると思っていた現実は脆いものだと感じられ、這い寄る恐怖にじわじわきました。
 なんといっても池中さんのキャラが好きです。海ではしゃいだり、僕をいじめていたケイをとっちめたり、幽霊なのにおどろおどろしいことなく感情豊かで、僕が一緒にいたい気持ちになるのがとても分かりました。
 ですが出会いがあれば、別れもあります。
 池中さんの過去が明かされた場面では、ヴァイオレット燈子さんが「現実にでかい未練を抱えた悪霊」と言っていた話と少し食い違うなと思ったら、この時の違和感が戦慄に変わる急展開に驚きました。
 けれど、僕としては望みが叶ったので、たとえ池中さんに生気を吸われて死ぬことがあっても幸せなのだろうと思いました。私個人としては、ヴァイオレット燈子さんに何とかして欲しいですが、いずれ池中さんが彼女を超える力をつけてきそうでとても怖いです。
 時折、セリフが交互に行われる会話の場面は、もし私が朗読するのだとしたら難しいと思いました。セリフの後にではなく合間に動作があるとなお良かったと思います。
 池中さんはもう池の中にいない。ということは、池中さんは池中さんではない別のものになったのでしょうか。そもそも、あれは池中さんの記憶を食った何かが池中さんの皮をかぶっているだけではないのでしょうか。
 生きていた頃の池中さんや山瀬さんがおばけ沼に飛び込んだのは、死を求めるものた ちを引き寄せる要因が何かあったのか、清掃されていないのは本当に財源不足なのか。
 考えれば考えるほど、ドツボにはまっていく怖さがありました。とてもよいホラーでした。

12:あたしはか・わ・い・い/赤井風化

謎の有袋類:
 モンスターエンジン!進捗力はもう何も言うことなし!赤井さんの2作目です。ありがとうございます。
 今回のお題は「男性の一人称小説」なのでそれを知ってる人にとっては見えているオチなのですが、それを知らない人にとってはサプライズになる作品です。
 いわゆる「信用できない語り手」のお話でした。
 ところどころで「あれ? 語り手の認識がおかしいのかな」となっている部分が伏線になっていて、最後に回収をしようという試みは素晴らしいなと思いました。最後でグルンって回転するお話、小説を書くならやってみたい!と思うのはめちゃくちゃわかります。
 今回の場合は本当に見えているオチになってしまうので、非常に難しい環境の中、新しいことをしてみようという試みは本当にとても素晴らしいと思います。
 こういうギミックがある作品は本当にやってみないとわからないし、フィードバックが来るまでわからないので怖いですよね。
 こちらはレギュレーションが「女性の一人称小説」という時の大澤めぐみさんの作品空の底なのですが、赤井さんとやりたいことが近いので参考になればいいなと思います。
 ギミックとしては、男性なんでしょとわかっている場合はそこを逆手に取ると見えている真相でも相手を驚かせることが出来るっぽい。
 こういう自主企画の場で新しいことにチャレンジしてくださることは本当にめちゃくちゃうれしいので、次回もし参加するときも実験的な作品や試してみたいことを試す場として使って欲しいです。
 我らを踏み台にして大きく羽ばたいてください!

謎のお姫様:
 でもそういう、自分は可愛い、もっと可愛くなりたいと思う気持ちがすでに可愛いんですよ。赤井風化さんのあたしはか・わ・い・いです。
 一作目では銀河鉄道の夜になぞらえて二人の関係から決別までを痛々しく描いた青春小説を読ませていただいた赤井さんの二作目です。
 終始不穏な「信頼できない一人称視点」による、最後の一撃が痛烈な女装少年のお話でした。
 前作の時も感じましたが、赤井さんは「人の目から見た他人」の描写が素晴らしいと思いました。特に本作ではキョウコお姉ちゃんの描写が私は好きです。
 キョウコお姉ちゃんはボーイッシュで、男の子が好きそうなものを好んでいて、リアリストだという風に見受けられます。そしてエイスケはきっとお姉ちゃんを見下しているのだと感じました。
 だからこそ、最後の一撃を放つのはキョウコお姉ちゃんしかいないという納得感が私の中でありました。そういう、人物像の描き方とポジショニング采配がとても優れている作品だなと感じます。
 少しだけ残念な点としては、レギュレーションによってオチが明確にわかってしまっている部分です。
 今回は、男性の一人称小説というお題のため、私は読む前に「主人公は自分を女の子だと思っている男の子」「男の子だと分かった上で可愛い恰好をしている男の子」のどちらかだと予想をして読み始め、語り口で自分を”キュートな女子”だと言っているので、私の中では作品を読み始めてから「主人公は自分を女の子だと思っている男の子」だと思いながら読んでいました。
 このレギュレーションではなければ、どんでん返しも素直に受け取れたと思いますが、レギュレーションを逆手にとって「男の子である」ことは早々に情報開示して、もう一つ大きなオチがあるとよかったのかもしれません。
 レギュレーションがなしに読めば、十分に素晴らしい作品なので、今後も色々なことを試して欲しいです。
 エイスケ、お手洗いとかどうしていたんでしょうね……。
 最初に触れたとおり人物像の描き方や、ポジショニングがとても優れているおかげで、主人公の嗜好がお花畑でも非常に読みやすい作品でした。
 これからもエイスケには”可愛い”を目指してほしいと応援したくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 二人目の二本目勢です。小説を書き始めたばかりなのに、この短期間で二つ仕上げてくるスピードにとても驚きました。
 一本目とは打って変わって、今回は可愛いもの好きのあたしの物語ですが、読み終えてすぐに「非常にもったいない」と思いました。
 今回、レギュレーションが「男性の一人称小説」なため、男性ボイスを脳内で再生しながら読んでおります。なので、この物語のオチが冒頭で予想できてしまうのです。
 もし今回のレギュでなければ、徐々に増えていく違和感に不安がどんどん募り、ラスト一行で「ああ、そうだったのか!」となるカタルシスがあったと思います。ですが、オチが予想できてしまうと答え合わせをしながら読むことになり、どれだけ工夫を凝らしていても、オチにたどり着いた段階で予想通りだったという感想が初めにでてきてしまうのです。想定されたオチからさらに一捻りあると、評価が爆上がりしていたと思います。
 理想と現実の自分に多大なギャップがあると気づいてしまった時、主人公はなお見えないふりをして進むのか、もがくのか、折り合いをつけるのか、諦めるのか、今後が気になりました。
 他の二人の評議員の講評もまた違ったものになると思いますので、いいなと思ったところを栄養に、これからも小説を書き続けていただければ幸いです。

13:妹世界/ぷにばら

謎の有袋類:
 前回はアオハルSFものお小惑星日和を描いてくれたぷにばらさんの参加です!ありがとうございます。
 自分にだけ見える妹と成長する僕、そして新しく出来た友人のお話。
 上限ギリギリの6000字という作品で、自分にだけ見える妹の奇妙さ、愛着、そして変化を描いてくださいました。
 妹の変化の描写や、友人である中田との関係性がすごく丁寧に描かれていておもしろかったです。
 最後だけ駆け足というか、急にふわっとして終わってしまったので文字数が足らずに締めたのかな?という印象を受けました。
 6000字って思っているよりもかなり短いので、登場人物を出し過ぎたり出来事を複雑にするとすぐに上限が来てしまう長さだと思います。
 人間関係の描き方、設定、そして登場人物を魅力的に描く力は十分高いと思うので、字数と物語の規模感の感覚を掴んでいくともっと最強になれると思います。
 ぷにばらさんの作品は、小惑星日和も、今作の妹世界もどことなく切なさを感じるような、なんとなく薄く青みがかった空気感があって独特だと思います。
 良さを生かしつつ、今後も色々な作品を生み出してくれるとうれしいです。

謎のお姫様:
 出会いと別れを通して世界と妹の意義を知る名作SF。ぷにばらさんの妹世界です。
 6000文字ピッタリの作品でしたが、最初から最後まで飽きることなく読み終えました。めちゃくちゃ面白かったです。
 どうしてこんなに面白いと感じたんだろうと自分なりに考察させていただいたのですが、細かい”転”が繰り返されていたこと、謎解きパートが理解しやすくなるような話の展開・理解の導線がしっかり引かれていることの二点が大きいのではないかと考えています。
 細かい”転”とは、例えばパピコを分け与える回想シーンでの「触れるの!?」や、中田が家に遊びに来たシーンのことです。
 大きなわかりやすい事件のない物語は、読者を退屈させないようなモチベーション管理がとても難しいと思うのですが、脳内の妹という面白そうな設定から間を置かずに「触れるようになる」「妹の存在が不安定になる」と、不思議でワクワクする描写を提供し続けることで、最後まですいすい読めるのだと感じました。
 そして、わくわくする描写たちは後半の謎解きで重要なシーンでもあります。
 これは私だけかもしれないのですが、ミステリなどを読んでいて「あれは伏線だったんだ!」と公開されたときに「……どのシーン?」となることがたまにあるのです。
 しかし、本作では「俺が妹を定義した」という最大のギミックがどれも印象的なシーンで使われています。そのお陰で、「妹というふわふわした概念を自分が定義して、さらに破壊したことで消失」という、受け取りかたによっては哲学的で難解なオチでも気持ちよく理解できるのだと感じました。
 ただ置いてあるだけの伏線ではなく、伏線自体が物語を読み進めるうえでのモチベーションとなるパーツとして機能している、そういったところが本作の強みだと思います。
 あとは個人的に、「概念に形を与える」だとか「共通認識」だとかそういったテーマが好きなだというのもありますが……。
 伏線・布石の置き方が大変秀逸で、一瞬たりとも目が離せないミステリSF作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 僕にしか見えない妹の物語です。
 最初は触れることさえできなかった妹がどんどん実体化していったり、友人の中田が家に遊びにきた瞬間に消えたり、中田の妹の造形に合わせようと顔を変える妹は、非常に怖かったです。主人公が誕生日に名前をプレゼントしようとした場面では、名のないものに名を与えることで恐ろしいものが誕生し、大変な事態に発展しないかと不安を感じながら読んでいましたが、そこから真実が明かされ、ホラー世界からSF世界が切り替わった瞬間がたまりませんでした。
 怖いと感じた要素は、俺と妹だけであれば閉じていた世界が、他者との関わりにより開き、妹の中の妹の定義が崩れたから、という種明かしがとても好きです。
 気になるのは、「妹とは世界であった」と認識した後の、主人公の今後です。
 今回のレギュである6000字にぴったりおさまっていたので、削ってしまった続きが実はあるのではと感じました。
 俺の中にしかいない妹は、世界は世界でも内的世界の存在ではないでしょうか。
 妹世界はマイワールドの中にありますが、マイワールドは主人公の成長と共に、このままでいたいと願っていても今まで以上に拡張していくと思います。また誰かのワールドにも接する機会も増えてくるため、今後も影響を受けざるを得ないではないでしょうか。妹世界を守るために、やらなくてはいけない課題がどんどん積み上がっていった時に、主人公はどうなるのでしょうか。
 非常に魅力的な妹という世界のお話、とてもおもしろかったです。

14:火花/木船田ヒロマル

謎の有袋類:
 かっこよいSFやロボものといえばこの人!ヒロマルさんの参加です。ありがとうございます。
 暗い箱の中で眠っていたおもちゃたちに起こる変化、そして主人公であるアリエカイザーにもたらされた大きな転機を描いた作品でした。
 お話の区切りが本当に巧みで、この短い文字数の中で何度もハラハラする場面がありました。処分されてしまうのか、それとも……という読者の気持ちをコントロールする手腕は本当に素晴らしいなと思います。
 一点だけ気になったことと言えば、アリエカイザーたちの知識がどうやって蓄えられたかです。なんとなく脳内でモチーフにされたキャラクター相当の知識はあるってことなのかな? と補完はしたのですが、一文だけでもそういう設定があると親切なのかもしれないなと思いました。
 自分を買った大人への評価の部分だけで「このキャラクターのこの思想はどこから来たのかな」と気になっただけなので、本当に些細なことですし、僕の好みのお話なのでこのままでも非常に面白く、完成度の高い作品です。
 終盤のパーツとして利用しようとしていた男の「鳴るの聞いちゃったら捨てらんねーじゃん」が本当にめちゃくちゃ美しくて、それまでの鬱憤とか不安をその一言で反転させたのが本当に美しい流れでした。
 プラモデルなども趣味にしているヒロマルさんならではの作品という印象です。本当にすっごくおもしろかったです!

謎のお姫様:
 旬を過ぎたおもちゃ視点で描かれるロードムービー。木船田ヒロマルさんの火花です。
 私は特撮番組のおもちゃではないので、幸いにも子どもに一年で飽きられた経験もなければ中古ホビーショップに並べられた経験もありません。
 そんな私ですが、本作品は「すごくリアリティのある作品だ」という感想を抱きました。
「おもちゃは二度死ぬ、だから本当の死を受け入れやすい」「ほんの数回でも再び手に取ってもらえてうれしい」「マニアか……」というセリフたちはおもちゃならではの視点だと感じられてすごく好きな描写です。
 こういった、私が人生で夢想すらしたことない視点でも、説得力のある文章で「あ、そうだったんだ!」と思わせる描写力が本作最大の魅力だと感じます。
 ほんのり哀愁の漂う硬派な文章というのも、遊ばれなくなって中古ホビーショップに売られてしまうおもちゃの語りとマッチしていて、とても没入しやすい小説でした。
 最終章の叫びでは、解体される恐怖と、火花というタイトル回収、そしてマニアの人間性を開示してハッピーエンドに向かう、という感情のジェットコースターをたった1,500文字程度でやっているところが凄まじく、アリエカイザー(語り部の)にシンクロして私もハラハラしていました。
 こういったロードムービー的な小説は、読む人のモチベーション維持が難しい印象があるのですが、本作はそこを「今まで持ったことのなかった興味深いおもちゃの視点」で引っ張っていて、そのお陰で最終局面がいっそう感情移入のできる名シーンになっているんだと感じました。
 アリエカイザーと一緒に私も思わず叫びたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 主人公のアリエカイザーは玩具であり、持ち主から飽きられ収納され闇の中におり、物語の始まりから不遇の身。
 いずれ死ぬ有機物とは異なり、無機物は破壊されないと永遠に終わりを迎えられず、自分で自分の生を終わらせる選択ができないため、どれだけ絶望してもただただ死を見つめるしかできないという設定はヒヤリとした怖さがありました。
 また、かすかに見えた希望が絶望に変わり、否認・怒り・受容と、死を受け入れていく心理変化が生々しく、心理的ダメージが非常に大きかったです。この場面を朗読で聞いたら、ダメージが倍増されると感じました。
 けれど奇跡が起き、もう二度と出なかったはずのアリエカイザーが声を出した瞬間、男の中ではただのジャンク品で過ぎなかった目の前の玩具が、生のあるものにうつり、また音が出るよう修復を始める展開は胸が熱くなりました。
 男の頭には、かつて夢中になった物語がまざまざと思い出されたのではないでしょうか。始まりは闇にいた主人公が、再び光ある場所に戻ってきた終わりは心からよかったと思いました。
 ただ気になるのは、主人公のこれからです。
 男のパーツ取りの手慣れた様子から、もしかしたら過去にこの部屋で数多くのおもちゃたちの存在意義を奪われてきたかもしれないと考えると、どこからか叫び声が聞こえてくるようで、主人公の今後にも一抹の不安が残りました。もし男にとってこれが初めてのパーツ取りだったり、あるいはこれを機にパーツ取りをもうやらないと決心する描写があればさらによかったと思います。
 いつか子供に飽きられてしまう運命だと知りながらも、一身に愛を受け止め、たとえ機能が壊れても、その傷を誇りに思う主人公はどこまでも真っ直ぐでとても心がゆさぶられました。
 飽きられてしまった玩具の、絶望と希望の物語。とても面白かったです。

15:食堂のおばちゃん/武州人也

謎の有袋類:
 耽美な美少年やサメ小説を多く書いている武州さんのホラー作品です。
 食堂のおばちゃんというキャッチーなタイトルですが、きっちりと怖いホラーでした。
 本編は七不思議の七つ目がある学校のお話。一つだけ明らかに浮いている「食堂でたくあんを残すと、食堂のおばちゃんによってひどい目に遭わされる」という七不思議を、主人公の友人が好奇心から試してしまうという導入です。
 僕も「まあ言ってもちょっと怪我をするだけとかかな」と思っていたのですが、酷い目がマジで酷いというか、予想を越えたモノでここで一気に怖くなったのが印象的でした。
 めちゃくちゃ身近にいるけど、認識されていない怪異、怖すぎる。
 作中で「たくわんが滅多に出ない」と書かれていて、そこが「七不思議の七つ目を試す人が今まで主人公の周りにいなかった理由」なのだと思うのですが、もう一つくらい明確に試す人がいなかった理由があると、お話に没入するためのノイズを減らせるのかなと思います。
 後半の変わり果てた友人、そして無気力になってしまった主人公が半ば自棄になって真相を追おうとする流れもすごく好きです。
 振り返った食堂のおばちゃん……アレは主人公にだけ見えていたのか、それとも……。
 食堂のおばちゃんについては何もわからないけれど、そこがすごく怖い良質なホラーでした。たくわんを残すというついやってしまいそうな部分もすごく嫌でよかったです。
 武州さんは連載も短編もコンスタントに書いている印象が強いです。このまま好きなことをモリモリやっていってどんどん最強になって欲しいなと思います!

謎のお姫様:
 お残しが許されないことなのだとしたら、そこには一体どんな罰が待っているのでしょうか。武州人也さんの食堂のおばちゃんです。
 多くの子どもが聞いたことであろう印象的なあのセリフ「お残しは許しまへんでぇ!」を、ギャグとして消化するのではなくホラーとして昇華させた、着眼点・展開・描写のどれをとっても隙のないお話でした。
「七不思議」の章はかなりコミカルで、永山君と一緒に七不思議について考察し、実際にたくわんを残すところまでの、ホラー映画でいえば湖畔でカップルがいちゃいちゃしているような前振りのパートなのですが、次章で永山君の「残さなきゃよかった」から一気にストーリーが動きます。
 ここで永山君の身に起きたことは描写せず、あくまで酷い目にあったという結果だけ見せる、そこが恐怖心の一層煽る仕掛けとなっているように思えてすごく好きです。
 最後まで食堂のおばちゃんに何をされるのかということや、残したことに対する罰とは何だったのかが明かされない部分も気味の悪さ、後味の悪さを演出していて、完成度の高い短編ホラーとして仕上がっているんだなと感じました。
 個人的には「三時ババア」をはじめとする残りの都市伝説や、ナマズ姿煮定食などのメニューと、本編と直接関係ない部分も大変興味を惹かれていて、この学校全体での物語も読みたくなりました。
 主人公と永山君だけでなく、学校自体のキャラクターも立っていたので、余計に何もわからない七つ目の不思議が不気味に映るのでしょう。
 果たして罰とは何だったのか、結果だけ見せることで恐怖をいっそう煽るホラー作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 学校を舞台にしたホラーでは定番の七不思議ですが、たくあんを残すと食堂のおばちゃんによってひどい目にあうという話は今までに聞いたことがなく、驚きました。
 たくあんを残すと起こる七不思議をあまり怖くないと思ってしまうのは、他と較べると非日常感がなく、たとえやってしまってもそこまで酷い目に遭わないだろうと思ってしまうからかもしれません。
 ですが、あえて実行してしまった永山は結果、悲しい最後を迎えることになり、あまり怖くないと油断していた私も思わず戦慄しました。この七不思議を知らなかったら、とんでもないトラップです。
 古田さんは謎の人物ですが、きちんと法則の中で動いており、ルールさえ破らなければ手出ししません。そのため主人公は直前で回避し、永山の二の舞になる危機を脱することができます。
 これは私の好みなのですが、守れば安全だと思っていたルールが実は間違っており、気づいた時には取り返しのつかない事態に発展しており、主人公がもう安心だと一息ついたところへ、更なる恐ろしい展開が待ち受けていたら、ホラー度がさらに倍増していたと思いました。
 学校という身近な場所で一般人だと思っていた存在が、ルールを破ってしまった者に対して急に牙を剥いてくるのは恐ろしいです。現実とあちら側はいつでもつながっている怖さのあるホラーでした。

16:液晶越し、好きならば盲目に愛せ。/@宮野花

謎の有袋類:
 はじめましての方です!参加ありがとうございます。
 今回、Vtuberの方に大賞作品を朗読してもらえる&Vtuberの方が読める作品置き場を作りたいなと言う趣旨で企画をしたのですが、Vtuberを主題にした作品のエントリーです。
 この主人公はいわゆる深夜アニメが好きなオタクの方で、Vtuberにハマってから自分もVtuberになったという流れなのかなーと思いながら読ませて頂きました。
 多分、主人公の方はそれなりに登録者数がいる方で推しマーク的なものを付けている人もたくさんいたり、配信タグがもりあがる系の方なのでしょう!というのはなんとなく個人Vtuberを追いかけていたり、自分も配信をしているのでわかるのですが、全然Vtuberというものを知らない人にはちょっと伝わりにくいかもしれない内容かもしれないなと思いました。
 ターゲットを「Vtuberを知っている人やVtuber当事者」と決めているのなら、内容をもう少し踏み込んだり生々しい要素を入れてもいいかもしれないなと思ったのでターゲットを決めて内容を寄せると更に魅力的な作品になると思います。 
 いわゆる「中の人の葛藤」という内容は、Vtuberに限らず様々な人が共感するテーマだと思います。
 中盤にある活動を続ける上での葛藤や憂鬱から、終盤でのファンの言葉で救われるという流れはとても素敵で色々な人に勇気を与える作品だなと思いました。
 他の作品も読ませていただいたのですが、読んだ誰かが何かを感じて前向きになって欲しいというテーマを描きたい方なのかな?と感じました。
 テーマや、作品を読む人に何を思って欲しいのかをしっかり据えているということは創作をする上で非常に強い武器だと思います。
 まだカクヨムには2作品しかない作者さんなのですが、今後もどんどん作品を書いて欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 あちら側の視点で私たちの背中を押してくれるお話。@miyanohanaさんの液晶越し、好きならば盲目に愛せ。です。
 配信者サイドで描かれる苦悩ということで、私はアンチが付くほど人気になった経験がないので正確なところはわからないのですが、すごくリアリティのある描写だと感じました。
 最初はただただ楽しくて、見てもらえるだけでうれしかったのに、数個の批判コメントに傷ついてしまう。
>痛くて。
>痛くて。
>仕方ないのだ。

 の部分が特に悲痛で、そんな立場に立ったことのない私にも苦しみが伝わってくるようでした。
 辛い部分が印象的に描かれているからこそ、最後の救いのコメントを見つけてから立ち直るまでの心の動きが際立っています。下げて上げる、下げの部分が丁寧に描かれている部分が素晴らしいです。
 悲痛なパートに入るまでの導入の部分だけ、どの立場の人が何について話しているのかが少しわかりにくかったので、最初に設定を開示するといっそう引き込まれると思います。(紹介文が丁寧でしたのでそこで補完できましたが、レギュレーションとして本来はキャプションを読まないことになっているので)
 私は音楽の作詞作曲が趣味にしているので、作詞作曲をする者の視点で思ったことなのですが、お話の展開や言葉の選び方がとても詩的だと感じました。
 途中で文章を区切ることでより感情を魅せる手法や、繰り返し使われる印象的な擬音は作詞でもよく使用します。
 中盤までの少し辛い展開から、一気に立ち直る最後のパートはまるでラストのサビで転調したかのような気持ちのいい音楽を聴いている気分になりました。
 今後小説を書く際や、もしかすると作詞をする際に参考になりましたら幸いです。
 ポップソングに乗せて歌いたくなるような、悲痛でいて希望を抱ける作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 ていねいに綴られた心情の物語だと感じました。
 画面の向こう側で光輝く存在に憧れて始めたVtuber。
 いろんなサイトや動画を参考にして努力し、出来なかったことがどんどん出来るようになっていく日々は楽しかったと思います。
 けれど続けていくうちに、今まで見えなかったものも見えてきてしまうものです。
 フォロワー数、評価数、再生数、お気に入りチャンネル数などは数字としてはっきり現れる一方で、どれだけ頑張ったのかは数値化されません。その上、運という未知数も関わってくるので、望んだ評価に結びつかなければ、はたしてこれは本当に実力に見合った数字だろうかと考えてしまいます。最初はそんなものは関係ないと思っていても、どうしても目に入ってしまいますし、心のないコメントがあれば尚更です。
 発言した側はただ感想を言ったつもりでも、そのたった一言が心を深く傷つけてしまうことがあります。
 けれど何がダメなのか分からないまま、見えない壁の前でもがき続けていたら、ふと、どれだけ努力してもなりたいキラキラの存在に届かず、何者にもなれないのかと考えてしまい、虚しさに覆われてしまう主人公には共感を覚えました。
 この閉塞感漂う空気感は出そうと思っても出せないもので、実はVtuberをやったことがあるのではと思わせるほどでした。
 周りには才能に恵まれた人たちがいっぱいいる中、それでも俺がいいと言ってくれる存在が現れ、まだまだ頑張れると立ち上がるラストは非常に良かったです。
 一つ気になったのは、物語の流れです。
 今回の物語は、楽しいかった日々と悲しい日々を交互に思い出しながらも、力不足なのは仕方がないことと感じていた時に、誰かの声が届くという流れでしたが、もしこれが、Vtuberに憧れて始め、苦労しながらも楽しい日々が続けていたが、やがてVtuberの活動の限界を感じ、このまま続けていてもいいだろうかと感じていたところへ、心ないコメントをもらい落ち込んでしまい、一度はやめようと思ったけれど、誰かの声をきっかけに立ち上がる、という一直線の流れでしたら、心情の変化が分かりやすく、起承転結がよりはっきりし、最後のコメントでまだやれると決意する場面が、さらに盛り上がり心迫る者になったと思いました。ただこれは私の好みによるものです。他の評議員の講評も違いますので、これがいいと感じたものをどんどん取り入れていただければと思います。
 インターネットという無数の人が画面越しに交流する世界の中で、どこかにいる誰か一人の声がきっかけで、見失いかけていた者の再生の物語。きっと誰かの背中を後押ししてくれるだろうと感じました。

17:水底に棲まうもの/ごもじもじ/呉文子

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 ある日、兄が連れてきた女が主人公の生活も大切な存在も破壊する話。その女は脚に酷い傷を負っていた遊女だったというお話ですが、それを人魚だと断じているという不思議な感覚のお話です。
 結局、女は人魚だったのか、それとも……と思わせる不思議な感覚のお話でした。
 これは僕のアンテナが低いからなのですが、水底に棲まうものというタイトルは、主人公の思い違いなのかそれとも本当に人魚なのかが物語から読み取れなかったので、アレは人魚だと人に「人魚と会った」と言うくらい強固に思わせる何かを明確に書くと読者にも「そうかもしれない」と思わせやすいのかなと思いました。
 読者と作者では物語に対しての情報量にどうしても差が出てしまいます。こう思わせたい! というものがある場合、少し書きすぎかもしれないというレベルまで情報を開示するとちょうどいい情報量になることが多いです。
 隠したいことと開示したいことを意識してコントロールして読者に寄り添うと、さらにごもじもじさんの書く魅力的な世界や物語が他の人にももっと伝わると思います。
 男が狂ってしまったのは、人魚の色香なのか、それとも遊女の色香なのか……。信用のならない語り手が話す執着、懐古、そしていつか自分も思い出の中にいる女に水底に引きずり込まれるのではないかという恐怖……ない交ぜになったやるせない気持ちの表現が非常に巧みで素敵な作品でした。
 まだカクヨムに置いてある作品は少ないのですが、今後も色々な作品を書いて欲しいと思います。

謎のお姫様:
 ポップカルチャーとして定着しつつある人魚を、もう一度恐怖の象徴に。ごもじもじさんの水底に棲まうものです。
 人魚と聞くと、煩悩まみれの私の脳裏には美しい姿と声の、心優しい女性が思い浮かびます。
 しかし、このお話にはタイトルと一段落目でいきなりそうじゃないぞと突き付けられました。私の持論に「著者のセンスはタイトルに現れる」というものがあるのですが、本作は本当にセンスあふれた名タイトルだと感じます。
 見栄えと語感は言うまでもなく、それ以外の役割として、この「水底に棲まうもの」というタイトルは私に「本作に出てくる人魚は、ポップなものではないおどろおどろしいものだ」と教えてくれました。
 タイトルで読者にどういう世界観かを冒頭で提示することは非常に大切だと思っています。
 本作はタイトル・一段落目の描写・語り口調で「これはホラーです」と明確に提示しているのでその分世界に入り込みやすく、読みやすかったです。
 兄が乱心して弟を殴るシーンや、最後の夢の描写など、全体を通して主人公がどこか他人事として事実を語っているのも、語り口から主人公の諦めたような思いが表現されていて素晴らしいと思いました。
 本作は、冒頭で「人魚はいる」というゴールに至るまでの物語となっていて、読みやすい構成でした。
 これは短編ホラーの好みなのですが「人魚はいる」というゴールにたどり着いた後、「そして今、〇〇になった」といった風にもう一歩踏み込んだ結末だと更に心に残るお話になったかもしれないと思います。
 人魚は悪意を持っていない、という部分が人間サイドから見ると不気味で、展開にあった語り口や物語の運び方も含めて、背筋がゾッとするような怖い作品でした。

謎の原猿類:
 始まりが好きです。どうして主人公が人魚にそこまでこだわるのか、過去に兄は人魚と何があったのか非常に気になり、これから語られる物語へすぐに引き込まれました。
 働き者であった兄が、見ず知らずの怪しい魅力をもった女を家に連れ帰ったのをきっかけに人が変わってしまう展開はホラーだと思いました。
 いずれ女が正体を表すに違いないと考えていたところ、女は思いの外優しく、主人公を弟のように扱う姿に驚きました。
 主人公目線だと女が兄をたぶらかしたように思えましたが、女を海へ帰そうとする主人公に手をあげてしまう、兄の度を超えた執着の方がかえって恐ろしく思いました。
 けれど体の悪い父親とまだ幼い弟を抱えた兄は、大変苦労をしていたと思います。
 もしかしたら、彼はこの生活から逃げたいと時折考えていたのではないでしょうか。女に出会ったのはそんな折であり、彼の中の引き金を引いてしまう原因になってしまったのではないかと思いました
 一方で、主人公は働き盛りだった兄がいなくなり、生活はかなり苦しくなったと思います。
 兄に捨てられたという現実から目を背けようとした結果、女が実は人魚であるのだと思い込んだのではないでしょうか。
 また終盤、俺も兄のように人魚とともに海へ向かいたいと思う姿は、今の生活を捨て、己の作り上げた幻想へと行きたいのでは感じました。主人公にとって、人魚は現実から幻想の世界へと誘ってくれる象徴であるために、存在しなくてはいけないのでしょう。
 主人公が女を人魚と考えた要素には、初めて会った時にびっしょり濡れていた、歩けない、海が故郷である、などが挙げられると思いますが、もし、主人公が女の足にびっしり鱗が生えているのを一度見たなどの具体的な描写があれば、女を人魚であるのだと考えた理由がより納得しやすく、また、本当はそんなものはなく、主人公の思い込みや目の錯覚ではないかと読者には感じられ、現実と幻想の境界が曖昧さがさらにましたと思いました。
 いろんな解釈の幅が生まれる不思議な魅力があるため、他の評議員がどう読んだか気になります。
 どこか物悲しい、物語と現実を行き交う幻想的な恋愛談でした。

18:押しボタン式NOMURA/崇期

謎の有袋類:
 前回は羇旅歌という不思議な体験を目撃したお話を書いてくれた崇期さんです。参加ありがとうございます。
 今回は押しボタン式で1時間だけ稼働するロボットがいる世界のお話を書いてくれました。
 押しボタン式ロボットのNOMURAは、ヒト型をしているけれど小さく折りたためるというもので、それについての意義を主人公が考えながら食事を待っていると、自分の注文が持ち逃げされるというお話。
 NOMURAのいるなんでもない日常のワンシーンを抜き出して描いたという印象を受けました。
 タイトルにもなっていることですし、NOMURAの見た目や、どんな音声なのかを描いてくれるとより深く楽しめたのかなーと思います。
 どことなく笑ってしまうような、でも店側からすると一大事の熱い日に熱いうどんを持ち逃げする事件や、それでも変わらずに稼働しつづけるNOMURA……。ロボットのある日常が遠すぎるわけでもない現代にぴったりの素敵な作品でした。

謎のお姫様:
 こんな食い逃げ、現実はもちろん物語ですら見たことがない!祟期さんの押しボタン式NOMURAです。
 私個人的に、こういう発想の始点がわからないお話が好きなので、終始「これどこから考え始めたんだろう!」とどきどきしながら読ませていただきました。
「うどんを強奪する話を書こう」なのか「NOMURAのいる店を書こう」なのか、どこから考えたのかいまだに気になっています。
 どういうジャンルのお話なんだろう、ご当地レポ? それとも近未来SFなのでしょうか、などと想像しながら読んでいたら「バッテリー非搭載店員さん」で笑ってしまって、こういう楽しい言い回しのあるコメディなんだと理解しました。
 こういった強い言い回しを最序盤に配置出来るのはとても強い武器だと思いますし、俗にいうパワーワードが的確に差し込まれているのも好きです。
 そんな中で起こる本作最大の事件、うどん強奪事件はとてもびっくりしました。
 珍事件を扱った作品の中には「主人公にとっては珍事件だけど読者から見たら普通に起こりうる事件」というものもあり、私の場合は主人公への感情移入がしにくくなってしまうこともあります。
 しかし、本作では身近に感じる事件で主人公と似た気持ちになれました。
 一点だけ気になることといえば、NOMURAという目立つ設定のロボットの出番を多くしてもよかったのかもしれないという点です。
 最後にうどん事件の犯人やNOMURA、分身イメトレのおばちゃんなどのいろんな要素がつながってひとつの大きな物語になれば、さらに物語としてまとまりが出て面白さにもう一段階深みが出るのではないかと思います。
 楽しく読める地の文に、共感できる主人公と、感情移入できる面白い事件が絡まり合う大変楽しいコメディ作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 アンドロイドの物語といえば、創造主である人の想像を超えていく姿が描かれることが多いと思いますが本作に出てくる押しボタン式NOMURAは違います。
 色々な機能やコンパクトに収納できる便利さはありますが、動けるのは頭のボタンを押してから一時間だけです。おそらくまだ何らかの課題をクリアできないから一時間しか動けないのではと推測します。
 一点特化型ではなく色んな家事をできるようにしてあったり、あえて押しボタン式にするあたり、開発者のこだわりが感じられます。
 ネットでの情報ではとても頼もしい存在に感じられますが、実際のNOMURAは一時間の稼働時間がネックとなり、給仕中に固まってしまいます。
 この労働を任せきれず結局人がやらなくてはならない場面が、ガストで見かける猫型配膳ロボットを見ているようでほっこりしました。人の労働を任せられるアンドロイドの登場はまだ先の未来かもしれません。
 このままではおうどんが伸びきってしまうと思っていたら、まさかのトンビに油揚げが攫われる展開になり、ここからNOMURAが実は搭載されていた撃退機能を使い活躍するのではと期待しましたが、仕様書通りボタンを押されない限り沈黙したままで、あとで何もなかったかのように復活する姿には思わず笑ってしまいました。
 稼働には早いと思いますが、開発者が知り合いに「試作段階のものをちょっと試しに置かせて欲しい」と言われたのかと想像しました。
 主人公のはずのNOMURAの影がやや薄く、肉ごぼう天うどんの方が印象が強く感じたため、終盤にNOMURAが何か行動をして、私がアンドロイドとの明るい、もしくは暗い予感を感じるなどの心理変化があれば、よりNOMURAの存在が強くなったと思いました。これは私の好みかもしれません。
 現在、NOMURAは新参者ですが、改良され大量生産される日が来れば、傍にいることが当たり前の存在になるかも知れません。そう考えると、この物語は彼の成長期を描いたものかもしれないと思いました。
 創作で語られるアンドロイドにはまだまだ遠い、身近のどこかにいるかもしれないNOMURAにはこれからも頑張ってほしいと思いました。

19:星降りの夜、少年は虹の輝きを得て。/アリクイ

謎の有袋類:
 そうそう!こういうのでいいんだよこういうので!ガハハ!
 アリクイくんの作品です。
 タイトルと前半を読みながら、エモい感じのアオハルっぽい作品なのかなーいいねいいねーと読んでいたら、急に来るスーパースター。
 テンテンテテンテンテンテテンテン♪じゃあないんだよwいいぞ!
 こういう方の力を抜いてガハハ!と笑える作品、大好きです。
 前半の真面目ターンを吹っ切るように後半で弾ける芸風、今後も振り切ってやっていきましょう!
「そう、流星のように」とちょっとかっこよく締めようとしているのがじわじわボディーブローのように効いてきますねw
 これは完全に僕の好みなのですが、KUSOはやはりキレが良い終わりなのがいいかもしれないので、街とかをあらかた破壊したあと、ラストにお母さんを吹っ飛ばして「母さあああああああああああああああああん!!!!」で終わらせてもよかったかもしれない。
 なんにせよ完結は正義です! ナイスKUSO!

謎のお姫様:
 哀愁漂いつつも笑える、シュールコメディの到達点。アリクイさんの星降りの夜、少年は虹の輝きを得て。です。
 私は、シュールコメディに一番重要な要素を「本人たちは真面目にやっていること」だと考えています。
 本作は、序盤のいたって普通の男の子二人が、軽口をなどを叩きながら流星群を見に行くというなんともロマンチックで青春的なパートが印象的です。
 バンプパロや子牛の話など、少し笑える文章を挟みながらも、直哉の夢や二人の関係性についてが語られる真面目な前半があるからこそ、後半が文字通り無敵のシュールコメディになったのだと感じています。
 星形の星が近づいてきて、いったい何が起こるんだと思った瞬間の無敵BGMで、私を含めた読者の多くは「ああ、その星か、と」全てを察したでしょう。
 それでも正樹と直哉は最後まで真面目です。真面目に心配して、真面目に弾き飛ばして、真面目に困惑する。母親も町の人もみんな。
 当人たちはいたって真面目なのに、挟まれる半角カタカナの無敵BGMと敵を吹き飛ばした音が完璧にミスマッチをしていて、私の頭には光り輝く正樹がモブを吹き飛ばし続ける映像が浮かびました。
 そんな面白映像が流れているのに、目から得られる情報は哀愁漂う正樹の心理描写です。
 このズレが本作最大の強みで、最高に面白いポイントだと感じました。
 これは私だけな気もしますが、あまりに鮮明に映像が浮かびすぎたせいで、途中で若干「正樹の無敵時間はいつ終わるんだ?」と気になったりもしました。そこに突っ込むのは無粋かもしれません。
 凄く綺麗なタイトルだな、文学的でロマンチックな小説なんだろうなと思いながら読ませていただきましたが、凄まじいタイトル回収力を見せつけられました。笑いながら読み終わり、「酷いタイトル詐欺だ」と思いながらタイトルを見返した瞬間、何一つ噓を言っていないところがわかって私の心はめちゃくちゃになりました。
 シュールギャグのお手本のような作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 恋愛とKUSOの印象が強い、アリクイさん。
 物語の舞台は少年二人がこっそり家族に内緒で流星群を見に行くところから始まります。
 カラオケで天体観測を誰が歌うか奪い合いなり、最終的にオーイェイイェーイアアーが合唱になった世代にとってはたまらない冒頭で、これからどんな青春物語が描かれるのだろうとワクワクし、二人が駄弁りながら裏山を登り、流星群を釘付けになる姿には「なんていいアオハルなんだ」と呟かずにはいられませんでした。
 ですがいきなりの急展開。宇宙人の到来かと思われたその光は例の星でした。
 文字列を見ただけだというのに、頭の中で軽快に流れるBGM。
 青春モノと思っていた物語は、青春の皮を被ったKUSOでした。
 まさかそちらの世界に接続するとは思わず、吹き出しました。不意打ちにとても弱いです。
 恐ろしいのはそこからの阿鼻叫喚の展開。ゲームで吹き飛ばされるのはキノコやカメといった敵ですが、現実世界では人間です。ポコポコと吹き飛ばされる姿は、とてもシュールでした。
 無敵状態を知っているかどうかで、この物語の面白さがまったく変わりそうですが、説明を入れてしまうとこの怒涛の勢いをなくしてしまいそうです。
 青春モノからのKUSOへの大変貌を遂げた物語。とても楽しかったです。

20:懺悔/海野しぃる

謎の有袋類:
 クトゥルフといえばこの人! と言える海野しぃる先生です!参加ありがとうございます。
 明智光秀が信長についての愚痴を山の神的な存在に愚痴るお話でした。
 しぃる先生は商業作家なので、逆贔屓の対象! というわけで、かなり厳しめな意見を言ってしまうのですが、詰め込まれたセリフの石版芸、切羽詰まったというか、一方的にまくし立てているという表現にはぴったりだと思うのですが、多分これは評議員以外とかパッと来た人だと読み飛ばしてしまうのでは? というのが正直な印象です。
 現代風に例えているのも個人的にはちょっと騙す意図が見え見えだと思ったのでもう少し気持ちよく騙すつもりで書いて欲しいなと思いました。
 ワンドロとのことですが、そういう事情は初日の一番槍レースの時以外考慮しないよ!
 とはいえ、舞台設定や発想、構成自体はしっかりとしていて、字数と物語の規模が合っていないなんてことはない部分は流石の手腕だなと思いました。
 一気にまくし立てているセリフ部分も少し気合いを入れればすらすら読めるので基礎の力は本当に高くて面白い作品でした。でもプロは面白い作品を書いて当たり前という逆贔屓の場。それをぶっちぎってほめちぎってしまうくらいのものを期待しています!
 新しい試みをしてくれるのはとてもうれしいので、今後も核実験場としてお使いください!

謎のお姫様:
 現代に蘇った太宰治の一息。海野しぃるさんの懺悔です。
 ホラーかな、と思ってしまうような美しくもどこか恐怖を覚える文章が、「言え、全て言え」あたりから急な展開を見せます。
 私もわなびとは言え物書きの端くれ。長文のセリフというものがどれほど難しいものかはわかっているつもりです。数行程度の長台詞ですら書いている途中で自分が何を言っているのかわからなくなることすらあるのに、本作は3,000文字にも及ぶ長セリフが展開されます。そこに挑戦したこと、それをストレスなく読み進められる形に落とし込んだこと、全てに驚きました。
 太宰治の駈込み訴えを下敷きにしているのだと理解しているのですが、下敷きがあるとはいえ語られるストーリーは全くの別物でした。それを書ききった海野さんには、明智光秀に対する大きな愛を感じました。
 最後に歌を詠ませて締めるのも最高にクールです。私はこの歌を存じ上げなかったのですが、明智光秀が謀反を起こす時の心変わりをうたったという説があるんですね。
 この「クソ上司に悩む人が仕事を辞める」というお話を締めるピースは、確かにこれしかないと思わせられるものでした。
 一点だけ無理にでも何かを申し上げるのだとすれば、美しいくらい一息でセリフが流れていくので、(重々承知だとは思いますが)駈込み訴えを知らない方や知っていても小説に慣れていない方にとっては少々とっつきにくいかもしれないという点です。
 しかし、男性の一人称というテーマに対して真摯に向き合い、書ききった点は本当に素晴らしく、さらにそれを最後まで読んですっきりとするエンタメに仕上げている手腕は素晴らしいと思います。
 リスペクトと愛とエンタメが高水準で融合した挑戦的な作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 主人公の告白がはじまった場面で太宰治の「駆込み訴え」のオマージュだと思いました。
 もしあの小説のオマージュなら、最後に名乗るだろうと予想し、主人公が山を焼けと命じられたと嘆いた場面で、これは比叡山焼き討ちの話ではないかと思い、上司を魔王だと言った時に告白者の正体を確信しました。
 そこから遡ると、幼なじみは帰蝶さんのことだったのか、お家騒動は斎藤家の話だったのか、などアハ体験のような楽しさがありました。
 一方でオチが早い段階で分かるため、最後にオリジナルとは一味違うアレンジが加わっていればさらによかったと思いました。
 海野さんといえばクトゥルフに強いイメージがあるため、子供の正体はクトゥルフにまつわるものかと考えましたが分かりませんでした。このあたりを補強するとぐっと印象が変わったと思います。
 愛憎嫉妬の交じる、中年男性の気迫に満ちた告白。死に向かっていた者が、やがて歴史を大きく揺るがす事態を引き起こす前に何を思っていたのか。歴史の裏側を見たような物語でした。

21:今までの呪い、これからの呪い/白木錘角

謎の有袋類:
 前回は予知能力持ちの少女のラブコメを書いてくれた白木さんです。参加ありがとうございます。
 今作は、強力な霊が見えてしまう男性のお話です。前々回、前回と毎回違うジャンルで参加してくれて嬉しい限りです。
 相談という形で自分のみの周りに起きた恐怖体験を語っている男……どんな相手に相談しているのかと思ったら二話でそれが霊的な存在だと明かされます。
 この相手の正体を明かすタイミングがすごく良かったと思います。それは気のせいでは? と読者も思っているタイミングで「お前の思い違いだ」と畑中さんが主人公に突きつけるシーンがめちゃくちゃ気持ちよかったです。
 このお話の巧みなところはそこで主人公が反省したり怯えずに、あまりめげないスーパー鈍感力の持ち主な部分でした。
 こいつ……と読者に思わせておいて、ラストで畑中さんの言った通り報いが起こる。
 これは完全に僕の好みになってしまうので、あまり気にしないでも良い部分だと思いますが、畑中さんがヤバい存在だというヒントを前半にもう一言あると、事実が判明したときの脳の気持ちよさポイントがあがるかな? と思いました。
 ですが、このままでも十分に面白くて、すごく不気味で良い作品だと思います。
 本当に素晴らしいホラー短編をありがとうございました。今後も色々なジャンルの作品を書いて欲しいと思います。

謎のお姫様:
 主人公が主人公である所以のテンプレートを逆手に取った怪作。白木錘角さんの今までの呪い、これからの呪いです。
 主人公である「僕」が心霊現象専門家のようなポジションの畑中さんに自分語りをしながら話が進行していく形式ですが、その設定開示パートに当たる自分語りの中にも様々な仕掛けが打たれていて、大変ワクワクしながら読み進めることができました。
・変なものは見えるが、それは”普通の幽霊”ではない。
・校門から瞬間移動する女性を原因とする事件
・その女性も自分にしか見えていなかったこと。
 これらの要素に私は好奇心がとてもくすぐられました。何が起きているかを知りたいという気持ちが読み進めるモチベーションへとつながり、大体主人公の能力を掴んだところで、今まさに事件に巻き込まれている最中だということが明かされ一章が終わります。
 終盤の展開の衝撃が大きすぎて、そこと比較すると導入のように見えてしまう序盤ですが、序盤だけでも十分ホラーとして完成されている作品だと感じました。
 これは書かれていないからこそ不気味なのかもしれませんが、第一章がどういう背景で話されているのか、屋外か屋内か程度でも描写があると、どこまでが回想でどこが現代かがさらにわかりやすかったかもしれません。
 過去のエピソードが女性型一人による教室壊滅事件だったのですが、その直後に明かされるスケールの大きさが大規模な交通事故という点がとても良いなと思いました。
 これが「国を揺るがす大事件」というレベルまでスケールが上がってしまうと、私は少し感情移入しにくいのですが、大規模な交通事故という自分の身に起きるかもしれない事象を選択するのバランス感覚は見習いたいなと思います。
 その後、主人公の呪いの正体が明かされるのですが、一つ目の呪いの正体は、主人公というバイアスを逆手に取ったとても秀逸なギミックでした。
 主人公はそういうものを引き寄せる人物であり、主人公は人より何かが優れているから主人公足り得るのだ、と私は思い込んでいたのですが、引き寄せているのではない、攻撃されていないわけでもないという真実が明かされたときにとても驚きました。発想力と、表現力がとても素晴らしいと思います。
 小学生の頃の主人公はもう少し感受性が豊かだったような。とすると、霊的には鈍感でも人間としての心は、徐々にすり減っていく程度には敏感だったのでしょうか。そんな描かれていない間も想像してしまうほど引き込まれる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 事件という単語から取り調べの最中かと思わせる、二人の男の会話から始まる冒頭。数少ない情報で、彼らは今どこで何をしているのか想像ができ、すぐに物語に引き込まれました。
 そこから語られるのは主人公の特異体質で、どんどん状況が悪化していく予感を感じながらも、死にきれない主人公。もし心のない人間であれば、周囲に何が起きようとも自分に関係ないならば無関心でいられますが、簡単に割り切れない彼は、自分で思っているよりも人間味があると思いました。
 そして主人公が助けを求めた畑中さんの口から語られる、衝撃の事実。
 例え何が起きようと自分は安全地帯にいると思っていたらそんな法則はどこにもなく、鈍感なために受ける影響が少なかっただけで、いつでも彼らは好きな時に手出しできるという事実には、心の底からゾッとしました。
 信じていないほうがおかしいでしょう、と畑中さんが冒頭に言っていたのは相手に話を合わせるためではなく実は本物側で、主人公は最初から蜘蛛の巣の中にいたのだと分かり非常に恐ろしかったです。
 ラストの、結局どうしようもないため今までどおりやっていこうと自分に言い聞かせるような主人公は、思考を放棄したようにも見える一方で、案外鈍感力を発揮し大丈夫なのではと感じました。
 これは私の好みなのですが、最後に追い討ちをかけると、「どこにも逃げ場がないこの主人公は一体どうなってしまうのだろうか」と暗い未来を感じさせ、ホラー度が増したと思いました。
 知らずにいられたら、後ろめたさを感じながらもどこか傍観者の立場でいられたのに、知ってしまったばっかりに続くこれからの恐怖の日常。
 とても面白かったです。

22:夢限軌道限界進撃/ラーさん

謎の有袋類:
 第四回こむら川小説大賞の覇者! 艶やかな色の描写とカッコいい女性主人公の活躍する物語「赤眼のセンリ 零」を書いてくださったラーさんさんです。参加ありがとうございます。
 第四回の時のバンドマンとのお話も好きでした。
 今作はセンリとも、スペランカーとも違うニュアンスのお話です。めちゃくちゃサイケデリックな夢、そして空白、空白から生まれるいろとりどりの世界……ぐるぐるとめまぐるしく変わっていく情景と、可愛らしくも蠱惑的な夢魔の描写がすごく美しかったです。
 夢のお話なので、夢らしく荒唐無稽でめちゃくちゃな部分もきっちり再現されていて、その再現度が高い分読者への脳の負担も大きくなってしまう鋭すぎる刃がデメリットになってしまったという一面もあったように思えます。
 これは僕に消化酵素がないのが大きな理由なので、がっつり文学的な作品を読む人はめちゃくちゃ好きな作品だと思います。
 過去作でも夢を題材にした方はいるのですが、五三六P・二四三・渡さんの夢ゾンビ牧場や、鍋島小骨さんの糸の震えなどに近い夢の理不尽さや荒唐無稽さを的確に表現しつつ、尚且つその文章を読ませる力のある作品だと思います。
 途中でバーフバリが出てきたのめちゃくちゃ好きでしたw
 作風の幅が本当に広いラーさんの新たな一面を見ることが出来てとてもうれしいです。これは解説を聞いて読み直したい(僕の消化酵素が足りないことが問題なのでラーさんが悪いわけではない)作品だと思いました。
 こむら川で新しいチャレンジをしたり、実験をしてくれるのは本当にうれしいです。今後も開催したときはまた遊びに来て下さい。

謎のお姫様:
 理解してしまっていいのか、理解してしまった瞬間、そちら側に引きずり込まれてしまわないか。ラーさんの夢限軌道限界進撃です。
 高熱に浮かされているときに見る悪夢を思い出しました。
 本作は基本的にはまさに夢を体現したかのような支離滅裂なストーリー展開で、支離滅裂な単語がどんどん並んでいくので一見目が滑るかと思ってしまいそうなのですが、実際に読んでみると字面のインパクトとバランスがすごくまとまっていて、全く目の滑らない文章でした。
 目が滑らないにも拘わらず、書いてある内容の意味を全く理解できなくて、読めるのに読めないというちょっとしたホラー体験をさせていただきました。
 これは、理解していい類の文章なのでしょうか。
 と言いつつ、冒頭で主人公により「これは夢だ」と教えてもらっているので、私も「ああ、夢なら確かにこんなことも起きるかも」と納得することができて、かなり親切に設計されている作品だと感じました。
 アルパカが「寝るパカ」って言ってばたばた倒れるところが一番好きです。
 さて、そんな文章(夢)が明け、いよいよ主人公が目覚めます。
 ボタンを押すとどうなっていたんだろう、という疑問の答えは睡眠薬と主人公のモノローグで明かされました。
 高熱に浮かされているときに見る悪夢みたいだな、という私の感想は大きく外しておらず、辛い現実に浮かされた主人公のお話だったことが分かり、お話的にはすっきり、主人公的にはどんよりとした気分で物語の幕が降りました。夢パートの衝撃が強すぎたので、私的にはすっきりした気分で読み終わることができました。
 これが分かった状態でもう一度悪夢のパートを読むとなんだか死を暗示するようなパートや単語が多い気もしてきましたが、一個一個の描写が何を暗示しているのかは、考察班の皆様にお任せしたいと思います。
 支離滅裂な文章をここまで読みやすく、人に伝わる形で書き上げているその手腕に感動した作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 第四回こむら川小説大賞で大賞受賞をしたラーさん。ラーさんは豪華絢爛な圧倒的な描写力が強いイメージがあり、今回はどんな物語だろうとワクワクしていたら、ヨーイドンと始まりと共に、洪水のような描写が流れてきて驚きました。
 荒唐無稽な光景が繰り広げられる中、これは夢だと冷静だった僕も、すぐに光の渦に巻き込まれる。
 ミッキ○(美少年)が「夢の世界へようこそ!さぁこちらへ!」とエキセントリックパレードの舞台から手を伸ばしてきたら、その誘惑に勝てる人間がいるでしょうか。いやいないでしょう。
 そこから始まる怒涛の描写は、先ほどまでのは準備運動だったのだと言わんばかりの勢いで、一体何が起きているのかまるで分からないのですが、時折、意味がつかめるようなしないようなと思っていたら、「寝るパカ」と言ってバタバタ倒れるアルパカたちに「アルパカーー!!」と叫ばずにはいられませんでした。
 理解できないのに読めてしまう恐ろしさ。音で読ませてしまうのか、リズムで読ませてしまうのか、何も分かりません。講評はボイジャーと共に恒星間空間を旅しています。
 果たしてこの物語を理解できたかと言われると、非常に難しいです。
 かろうじて分かったような気がするのは、物語の始まりと共にいたガラパゴスゾウリクガメが主人公の投影した親父の姿で、彼の力で夢魔の手から逃れることができた、ということでしょうか。
 夢の国にいつまでもいたいのに、父親に手を引かれて現実に戻り家に帰ってきた時の、どこかホッとした感じが似ているのかなと思いました。
 そうして夢から覚めた少年が自然の光を温かく感じる様子にどこか明るい希望が見えます。けれど夢魔は眠りの向こうで待ち構えていて、隙を見せればまた夢の世界へと誘うのでしょう。もしあの時ボタンを押していたら、あの世界のキャストの一人になるのではないかと思いました。カオスながらも、どこか秩序を思わせるような夢の世界。頭にひたすら流し込められる描写にお腹いっぱいになりました。

23:やり残したことは、ありませんか。/水神鈴衣菜

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 今作は、霊的な存在が見え、意思疎通も出来る主人公が、そのことを活かして霊の後悔を晴らす仕事をしているうちの一場面というお話でした。
 オムニバス形式で連載を続けられそうなので、この作品を中、長編にして欲しいなと思いました。
 これは好みの問題も大きいと重いのですが、主人公である幻斗が、こういった呑気というか穏やかな依頼を受けることが例外であることは後半で明かされているのですが、前半でその情報を提示した方が幻斗くんのパーソナリティや、海未さんに対するちょっとした戸惑いのようなものを読者がより感情移入して読めるのかなと思いました。
 設定や、霊との交流、そして主人公の魅力は抜群の作品で、連載の一話として見ても完成度の高い作品だと思います。
 全体的に短編の作品が多い作者さんだと思うので、これをきっかけに中編の完結作品にチャレンジしてみてはどうでしょうか?
 お話を作る基礎力はとっても高いと思いますし、魅力的なキャラクター作りも得意だと思うのでぜひチャレンジしてほしいなと思います。

謎のお姫様:
 果たしてそれは、仕事人が依頼に応えただけだったのか。水神鈴衣菜さんのやり残したことは、ありませんか。です。
 本作のテーマである幽霊との疑似恋愛を展開すると、幽霊との恋愛・疑似恋愛の二つの項になると思いますが、その二つのテーマの強みが非常にうまく融合した作品だと感じました。
 私は、幽霊と恋愛する作品を読むとき「きっと最後は消えてしまうんだ」という切なさを常に抱えながら読み進めてしまいます。本作は、ごく普通のデートスポットである水族館に幽霊というスパイスを加えることで、日常から半歩だけズレた切なさを感じることができました。すべて非日常で覆うのではなく、あくまで日常にひとつのスパイスを足しているので、思いを巡らせることができ、感情移入がしやすかったです。
 疑似恋愛については、これも私の場合なのですが「最後は本物の恋愛になるんだろうな」と思い、そうなるまでの心変わりの描写を期待して読み進める傾向があります。
 本作は、そういった主人公の心の動きに関しての描写も丁寧で素晴らしかったです。
 ―俺にも今のが本音なのか、建て前なのか、よく分からない。
 名前を呼んだ後、気持ちを描写して、名前を教えてキスをする。
 再び目を開けた時には夕焼けだけが映っている。
 この流れるような気持とシーンの展開がとても美しく、やはり最後は少し切なくなりました。
 本作のカタルシスうを私は最後のキスシーンにあると思っています。
 これはあくまで私の好みなのですが、カタルシス部分はもう少し長く描写してもいいのかもしれません。文字数・心理描写を増やしたり、少しギミック的な手法かもしれませんが、ひと段落開けてみたり。
 心理描写やシーンの運びがとても素晴らしかったので、カタルシスを意識して伝えることができれば、さらに切なくなっていたと思います。
 幻斗さんの設定も、短編のみの登場には惜しいくらい作りこまれているように感じました。(魂はお金を払わないからバイト三昧、の設定が特に好きです)
 是非、彼のいろんな短編やもしくは長編も読んでみたい、そう思える世界観だと思います。
 海未さんと幻斗さんの二人の気持ちがしっかりと伝わってくる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 心残りがあるために現世に留まる魂の願いを聞き届け、あの世へと導く悔恨屋の仕事をする主人公。今回の依頼者は若くして病に倒れた女性で、彼女の願いは恋をすることだった。
 冒頭が好きです。これから始まる疑似恋愛の行方が非常に気になりました。
 そして始まる水族館デート。興味があるものや見る速さが違うために、どちらかに合わさないといけない場面はあるあるで、相手がどこにいるのか目に見えなくなるくらい彼女は心の底から楽しんでいるのが伝わり、それにやれやれと付き合う主人公にはほっこりしました。
 彼女の中では「恋」とはこういうものだという形があり、おそらくそれはベッドの上で小説などの物語から得たもので、憧れを持ったまま世を去ったのだと思いました。
 どこか冷めていたはずの主人公が、依頼を達成するために真似てやっていたはずの疑似恋愛に、別の感情を抱くシーンはたまりませんでした。
 こういった仕事をしている人間は、名前を知られることが禁忌な場合が多いですが、ためらいもなく教えるほど、知らず知らずのうちに彼女に気を許していたのでしょう。
 自覚してしまった時点で想いは変質しているのに、彼女が成仏してよかったと思う場面は、これは仕事だったのだと自分に言い聞かせているようで、少し寂しさを感じました。
 どうして主人公が依頼をこなしているのか気になりました。この世界が続く限り、心残りを残した魂は際限なく現れると思います。陰陽師の血筋であり、他にやる人がいないからだとしても、彼らの願いを聞くのはとても大変であり、強い決意がなければこなせないと思います。文字数にもまだまだ余裕があるので、今の主人公の核となる過去の話などあれば物語にさらに引き込まれたと思います。
 どこまでも無邪気な魂の物語。彼は、あの日の思い出を胸に、これからも魂たちの願いを叶えていくのだろうと思いました。

24:逆光の樹影、ガラスのリノウ/故水小辰

謎の有袋類:
 第四回こむら川小説大賞では武侠中華ファンタジーで金賞を獲得した小辰さんの作品です。参加ありがとうございます。
 エモ!超エモ!好き。僕は関西弁フェチなのですが、後半のダンスシーンの地の文が本当にすばらしいです。大好き。
 登場人物のやりとりも素晴らしいのですが、作品としても読み始めてすぐにわかる舞台設定、「看護婦さんの案内で俺の部屋に現れたあいつ」でわかる主人公の状態ととても読者に親切な導入でとても読みやすかったです。
 あえて和人さんの死を描かずに後半、死の直前に見る幸せな夢のような描写のまま終わる部分が僕はとても好きです。
 悲惨な死を描く作品なのですが、どことなく美しく幻想的で晶の考えた「リノウ」という言葉もきらきらと光っているように感じます。
 これは僕の好みなのですが、最後の部分にせっかくなので前半描かれていた桜を足しても良かった気がします。死後の幸せな夢なので盛りに盛ってしまってもいいかも?
 朗読小説大賞ということと、今回大賞作を読んでくださる鹿さんが関西弁ということもふまえているとても良い作品でした。
 和人さん……めちゃくちゃ好き。よかった。年上病弱男はいいぞ……。

謎のお姫様:
 間違いなく悲劇ですが、最後には暖かいものが残る。故水小辰さんの逆光の樹影、ガラスのリノウです。
 序盤を読んでいてまず初めに感じたことは、キャラクターの見せ方、伝え方が素晴らしいということでした。私が物語を読み進める時の大きなモチベーションの一つに「キャラがわかり、かつ好きになれる」というものがあるのですが、本作ではたったの千文字足らずで和人さんと昌の二人の関係性、口調や性格、卒業することと病を患っていることが明かされます。
 説明口調的ではなく、”お見舞いに来る”というアクションに紐づけて紹介しているところが鮮やかすぎて最初からとても引き込まれました。
 キャラクター性と関係性を明かし、登場人物を好きになってもらってから本筋である卒業後の進路の話などに入っていく部分や、進路の話の中でもまた人物像が掘り下げられて……と、物語と人物が絡み合うことで、双方の魅力が加速度的に深まっていっていると感じました。
 そして作中で六月になると魅力的に描写されていた昌の死が、とてもあっさりと描写されています。しかし、そのたった三行の描写だからこそ、主人公の喪失感や驚きと自分の気持ちをシンクロさせることができました。
 序盤のパートもですが、必要な描写、不要な描写の取捨選択と調整がとても上手な作品でした。
 昌の死後の和人さんの描写も鮮明で、苦しみがこちらにまで伝わってくるようでした。そしてその苦しみを共有できたからこそ、ラストのダンスシーンでカタルシスを感じられました。
 和人さんとシンクロして私も喪失感、苦しみを味わったから、和人さんが昌に身をゆだねたように、私もただただこの美しい文章に身をゆだねることができました。
 余談ですが、初めにタイトルを見た時、「リノウってなんかよくわからないけど綺麗な単語だな」と思いました。そのイメージが合致していたおかげもあり、より二人と共感することができました。
 レコードの音楽に合わせながら踊る二つの影が頭に浮かぶような作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 中華BLファンタジーの印象が強い故水小辰さん。今回は昭和BLであり、死が隣合わせの時代。
 和人と昌の二人の関係性が好きです。
 昌が誰よりも早く卒業を報告しにきたのに、すっかりお見通しの和人がからかう姿には、どれだけ二人が想い合っているのか分かり、男二人の関係性大好き侍にはたまりませんでした。
 昌の口を尖らせる姿はどこか背伸びをしている様子で、これからも成長していくのだろうと思うのに、私は冒頭でこれが最後の日だと知っている。そして訪れるあまりにも早すぎる別れ。それも、生まれつき体が弱く、だんだんと死に近づいている昌が取り残される側なのは、世の理不尽さを嘆かずにはいられませんでした。
 それから和人が弱っていく様子は、じわじわと真綿で締め付けられていくようで、「死んだ直後であろう昌の姿」が夢にでるようになるのは、昌という光はもうどこにもいないのだと自覚した和人の絶望が形になったようで、そこから心も急激に弱っていくように感じました。
 ですが、最後の夢に出てくる彼は思い出の中と同じで、軽やかに笑いながらダンスする姿は、生前には果たせなかった二人の思いをようやく果たせたようで、とてもよかったです。
 気になったのはリノウという言葉です。
 何やら不思議な音がして存在感があり、題名にもなっているので重要だと思うのですが、キラキラしているらしいという以外はよく分からず、結局リノウって一体なんなのだろう、という気持ちが残りました。
 もしかしたらクラムボンのようなものかもしれませんが、個人的にはもう少し補強があるとより物語に没入できたように感じました。
 日本で結核が不二の病ではなくなるのは、第二次世界大戦後に抗生物質が普及してからの話で、この二人も時代が違えば若くして亡くなることはなかったのだろうと思うと、どこか無情を感じられずにはいられませんでしたが終始、死の漂いながらもガラスのキラメキを感じさせる、とてもよい物語でした。

25:神喰の男/木古おうみ

謎の有袋類:
 「戦うイケメン」中編コンテストで優秀賞を納めた木古おうみ先生が参加して下さいました。ありがとうございます。
 来客に対して男が語りかけてくる形のお話。神喰の男という一族に連なる因縁の物語でした。
 雰囲気たっぷりの方言と、どことなく卑屈な印象の男が話すのは、恐ろしい一族のお話でした。
 頭の瘤、流行り病、そして恐ろしい風習……。
 どんな思いで、何を考えて男は来客にこのような話をしたのか想像が膨らみます。懺悔なのか、それともこの後来客の男を……。
 普段なら作品紹介欄やキャプションを読んでから作品を読むのですが、今作のレギュレーションではキャプションを考慮しないので、物語内だけでは人物の関係性や人物像を掴みきれませんでした。
 闇の兄弟ブロマンスということで、語り手である現当主の三男と次男の関係性がすごくよかったです。
 父譲りの時折乱暴な気性を抱えながらも、弟のために字を教えている次男……。
 寒い村に根付くじめじめとした陰鬱な雰囲気、たくさんの血や犠牲の上に残った二人の神喰いの男達……。
>いっとうおっかねえ男が最後に残る。
 こういった三男、豊雄はどんな心境だったのかに思いを馳せたくなる良いホラーでした。

謎のお姫様:
 背中にじんわりと嫌な汗をかく読書体験。木古おうみさんの神喰の男です。
 本作の中で語られる神喰の男のエピソード一つ一つは、全編通して少しずつ描かれる主人公のものを除き、基本的に短くまとまった構造になっていましたが、その短さの中に兄弟それぞれの個性がくっきりと描かれているところが素晴らしかったです。
 たとえば勝四郎兄さんの、犬殺して「ほかしとけ」というシーン。たったの二段落とは思えないほど濃密でインパクトのあるストーリーでした。
 正太郎兄さんのエピソードも短いながらも「優しい男は生きていけない」という村のルールを教えてくれます。
 このエピソードはただ正太郎兄さんの紹介になっているだけじゃなく、一見優しそうに見える語り手も”生きている”ということは”優しくない”と逆説的に教えてくれる構造になっています。このあたりから語り手が信用できなくなってきて、間髪入れずに放り込まれる瘤の話で一気に話が深淵へと入り込みます。
 この読者を飽きさせず惹きつける構造が、大変計算されつくしたものだと感じました。
 私にとってこういう方言で書かれた文章は、読みにくさが勝ってしまって文章に集中できないものという印象があるのですが、本作はそのデメリットをはるかに上回る”嫌な、じんわりとした恐怖”を味わうことができ、文章の強みを理解した作品を書かれているなと感じます。
 作之治の印象コントロールも大変巧みでした。優秀でいい人、人面瘡のことを教えてくれる、もしかすると仲良くなれるかもしれない存在ときて、やはり神喰の男だと描写される一連の人物像が、起伏がありかつ統一感があって読んでいてハラハラしました。
 親父の死のシーンも、親父を焼くところが最高潮かと思いきや、作之治に鋏を振り下ろすシーンまで右肩上がりに物語が疾走していくところが大変読んでいて気持ちよく、一番書きたかったであろう最後の一文がより強い一文になったと感じました。
 書きたいシーンがとても伝わってくる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 流行病がはやり物狂いも多く、地主の息子たちはみなおっかねえ男ばかりが生まれる。
 住みたくない村要素満載で冒頭の時点でもう嫌な予感がひしひし感じられるのに、そこから語られる話は予想を遥かに上回るものでした。
 優しい人間であるために、生きていけなかった長男。
 頭のよい人間であるために、病んでしまう次男。
 本来、人が村をつくっていくものなのに、村というものが人を変質させていくような恐ろしさがありました。
 そんな中、村に来た作之治は、この村を変えてくれるのではないかという淡い期待を持たせてくれる人物でしたが、どうして外部の人間である作之治があっさり受け入れられたのか、勝四郎は作之治の飯をなぜ食べなかったのかという理由が明かされた時は思わず戦慄しました。
 主人公の瘤は、兄につくか、作之治につくかのどっちつかずの心情を表しているようでした。もし、瘤を覆ってくれたのは母ではなく兄だったと思い出していなければ、結末はまた違ったと感じました。
 また瘤があれば、燃えている家を見て笑ったことを自分ではなく、瘤の仕業だと責任転嫁ができますが、なくなってしまえば豊雄は己もまた神喰の男である事実に向き合わなくてはなりません。鋤をとったのはその意識の変化の表れではないかと考えると、この物語は豊雄が神喰の男として完成していく様を描いたものだと思いました。
 6000字以内におさまるのにとても驚きましたが、一方でややみっちり詰まっているようにも感じました。個人的には一万字を越えでもいい内容だと考えています。レギュにより6000字と定められているため致しかないと思いますが、もし省いた部分などありましたら、川が終わった頃に文字数縛りなく書いていただけたらぜひ読みたいと思いました。
 どこまでも暗く、閉塞感に満ちた物語。とても面白かったです。

26:あれから彼には会っていない/草食った

謎の有袋類:
 男同士の巨大感情といえばこの人と言っても過言ではない。草食ったさんの作品です。参加ありがとうございます。
 ピアノのライバル二人、背中を追い続ける側の葛藤と怒り、そして挫折とむなしさを描いた作品でした。
 めちゃくちゃよかったです。でも、よく読み直してみると、瀬戸口から声をかけているのですよ。ねえ、瀬戸口、君は罪な男だね?
 これは解釈がわかれるというか、僕の好みなのですが、瀬戸口、意地悪で名前を覚えていない振りをしていたのなら本当に性格がカスすぎる男として僕は好みだなと思いました。
 本当に顔とこんなピアノを弾いていたなってことだけなんとなく覚えていて声をかけたけど、自分はそこまで人間の個体に興味は無く、名前を知らないパターンでも最高です。つまりどっちにしても最高ってワケ!
 下限ギリギリのこの作品は、今のままでも最高なのですが、文字数に余裕もあるのでもう少し浩孝の瀬戸口への感情とか具体的に比較されてキツかったエピソードを一つくらい盛り込むと更にエモが重なったかもしれないなと思いました。
 僕が苦しむ浩孝を見たいだけというのもあります。このままでも十分エモで素敵なお話です。
 この作品の個人的にめちゃくちゃ好きポイントは片側……遠山浩孝側の一人称であることを最大限に活かしている作品だと思います。クソデカ感情を向ける男との再会をして、相手に少しだけ褒められて、ピアノを演奏して貰って、俺にとって特別なアイツにとっても自分は少しは特別だったのか? と思わせておいたところでの「ごめん、君の名前なんだっけ」で勝手に姿を消す男、瀬戸口。罪な男ですね。最高ですありがとうございました。

謎のお姫様:
 天才と秀才が再び見えた時、彼らは何を思うのだろうか。草食ったさんのあれから彼には会っていないです。
 私も例に漏れず「天才と秀才」が大好物なので、とても楽しく読ませていただきました。天才と凡才じゃなく、天才と秀才という対比構造が素晴らしいですね。
 短い文字数ながら、瀬戸口の天才さと、遠山も並外れた才能(しかし秀才の限界点)を持っていることがきっちりと伝わってきました。秀才の目線から見た天才という構造になっているため、瀬戸口の不気味さが一層演出されていて天才感が増し、遠山には心境を語らせることで感情移入しやすくなっているのだと感じます。
 男子大学生ながらも、パチパチアイスで喜んでいる無邪気さにも私は天才肌だと感じて最高でした。
 ラストシーンの感想なのですが、私はある種の希望のエンドだと捉えました。
 もちろん、遠山にとっては最悪の展開です。彼が数分あるいは数時間立ち尽くしていたのも当然だと私は思いました。
 ですが、瀬戸口は遠山の名前は覚えてくれていないのに、ピアノの音と顔は確かに覚えていてくれているところに私は着目しました。
 瀬戸口には悪気がないし、むしろ遠山の努力にある種尊敬や好感を抱いていたんだと感じました。
 この小説は一見、遠山から瀬戸口への憧れを通り越した憎しみ、諦めの感情を切り取った一方通行のものに見えます。それが大きすぎるせいで隠れていますが、そこに確かに瀬戸口→遠山の感情も見えるからこそ、この作品は芯が強く、引き込まれるものになっているんだと思います。
「天才と秀才」は、ただ秀才からの一方的な感情があるのではなく、本当に時々でも天才が秀才を意識することで完成するんだと思います。
 本作は、一人称小説でありながらも逆方向の矢印がくっきりと描写されている作品だと私は感じました。素敵な作品をありがとうございました。

謎の原猿類:
 アマデウス(映画)大好き侍としては冒頭で一億点でした。天才と秀才の物語、大好きです。
 秀才が天才に向けるクソデカ感情はどうしてこんなに美味しいのでしょうか。いくら努力しても、どこまでも立ちはだかる壁を前に、どんどん心は削れていく。そして完全に心が砕ける前に止めようとしたら、ある日、突然壁がなくなる。どうして天才はいなくなったのか、とても引き込まれる導入でした。
 しかし、真相はこちらの想像の斜め上をいくものでした。
 アマデウス(映画版)は才能ある者ゆえの苦労をしていましたが、瀬戸口くんは飽きたから止めたという、追いかけていた者にとってはとても残酷な理由でした。
 でも、君がいたから続けられたのだという瀬戸口くんの言葉に、素直な心情を伝える遠山くんに一億点がプラスで追加されました。
 ここからをきっかけにまた何か再び始まるのかと願いましたが……ここまで絶望に突き落とす一言があるでしょうか?
 五年間、血を吐くような努力をして隣の席にはいられたと思っていたのに、当の本人には名前さえ覚えられていない。ああ、無情と思いました。五億点ボタンを押しました。
 けれど、スポーツ競技などで二位の名前を私が知っているかと言われると首を振ってしまいます。遠山くん目線であるために彼の努力や葛藤する姿に共感を覚えますが、そうでなかったら一位になれず瀬戸口くんの隣にいる存在としか見ないだろうという事実をヒヤリと突きつけられたようでした。百億点ボタンを押しました。
 どこか人間味がない瀬戸口くんへ感情を向けるのは、底のない壺に水を注ぐようなものに思えたので、今回の出会いは遠山くんにとって執着をあっさり捨ててしまえるきっかけとなり、よかったと思いました。そう思わないとやっていけないです。
 これが3000字ピッタリにおさまっている恐ろしさ。とてもよいものを読みました。ありがとうございます。

27:恐るべき女たち/クニシマ

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 どこか違和感を覚えさせる語り手が、最終的には彼女と別れる話です。
 最初から違和感マックスの語り手で、自己中心的で他者を見下している男が彼女に「正しさを教えてやる」という姿勢で相手と関わっているのを文章だけでパッと表現する部分、この語り手はヤバいということを現わすための飲食店でのエピソードというチョイスはとてもわかりやすくておもしろく読ませていただきました。
 僕の察しが悪いせいなのですが、最後の結末だけ、ふわっとしているのでちょっとよくわかりませんでした。
 物語は、作者の持っている情報量と読者の情報量にどうしても差が出来てしまいます。思っているよりも含ませた意図や比喩表現が伝わらないことも多いです。
 少し書きすぎかもしれないな? というくらいに仄めかしや露骨かもしれない表現を書くとより多くの人にクニシマさんの書きたい意図が伝わるのではないかな? と思います。
 自己中心的な男にDVのようなことをされているあや羽さんが友人の助けを借りて救われるというスカッとした話でおもしろく読むことが出来ました。
 人物像の表現の仕方や、登場人物の性格を際立たせるためのエピソード選び描く能力がとても高い作者さんだと感じています。
 これからも創作を続けていって欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 表題の恐るべき女たちを際立たせるクズ男の描写力。クニシマさんの恐るべき女たちです。
 一行目のゆうくんのセリフ、句読点の使い方が効果的過ぎて一気に「もっとゆうくんを見せて!」となりました。
 引き込まれる短編小説の鉄則に、冒頭で心を掴め、というものがあると私は考えています。そのために冒頭で奇を衒った設定をぶつけたり、印象的なラストシーンを描いたりすることが多いと思うのですが、本作は”キャラの魅力”で心を掴むというある種最強の方法で私を引き込みました。
 もちろん魅力と言ってもマイナスの魅力ですが非常に強力な武器だと思います。
 一行目だけでは、ただ虫が入っていたことの報告に見えなくもないのですが、句読点を効果的に使うことでねっとりとした印象を与えられ、「ああ、これは嫌味で言っているんだな」ということがばっちりとわかりました。
 それに対して主人公から見て愚かだと感じる反応を見せるあや羽の描写から、二人の関係性がわかる非常に高い描写力の作品だと感じました。
 あや羽がお金を払ってしまうシーンや、ゆうくんのあや羽に対する「僕の顔を見つめてはいやみっぽくなく笑うから、愛している」という描写、「きみ、かわいそうにね、いじめられてるんだな」という出会った時からゆうくんの態度はあや羽を見下すものだったという部分など、一つ一つのエピソードがどんな関係性であるのかを印象付けています。
 読み進めれば読み進めるほどこの二人が命を持ち始め、ある種愛おしく感じすらしました。
 個人的に、カズキさんが来て、主人公が殴られるところに物語の最大風速を感じていたのですが、ちょっとだけゆうくんを好きになってしまったせいか「ざまあみろ」とも思いきれない部分もありました。
 もし、「ざまあみろ」エンドを意識されていたのなら、もう少しゆうくんを愛おしくないクズ男として描いてもいいのかもしれません。
 そんなゆうくんが倒れるときに見える虫が、冒頭のファミレスの虫を想起させて、その伏線回収や構成が素晴らしいと思いました。
 キャラクターが確かに物語の世界で生きていて、愛おしく思える作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 ファミレスでカップルが食事をしている場面から始まる物語。
 男が食事に虫が入っていたから一銭も払わないとクレームをつけたり、恋人を頭が悪いと決めつけ、俺がいないとダメだと心の中で思う姿は、そばにいて欲しくないと思えるほどすばらしい描写で、読んでいるこちらまで心にダメージを負いました。
 主人公のどこかずれた描写は、物語が進むにつれ加速していくようで、
 彼女であるあや羽はどうして彼と付き合っているのだろうかと思っていたら、あや羽とカップルであると思っているのは主人公だけで、頭を撫でようとする主人公から逃げる様子は、彼女自身は怖くて付き合わされていただけだったのでしょう。男が日常的に暴力を振るっていたと思われる様子に、あや羽にカズキという強い味方がいてくれてよかったと感じました。
 自分で自覚しなければ、認識はいつまでも変わることはありませんが、これからも主人公は、あや羽へのストーカー行為を止めることはないのだと思いました。
 気になったのは虫の描写でした。
 最初に出てきた虫も彼にしか見えないものだと思いました。主人公が、過ぎた行動をする時に現れるようだと感じましたが、何を暗示しているかはわかりませんでした。すみません。
 人は自分で持っているもの以上のことを評価することは難しいですが、
 何も持っていない人間は、他者を下に見ることでしか自分の存在を保てないのだと感じました。

28:本を読む話/@styuina

謎の有袋類:
 前回はある島のお話を描いてくれた@styuinaさんです。
 本を読み話とあるからかもしれませんが、既存の物語や伝承のほぼコピペのような文章を少なくとも三点載せていることに関して、文字数稼ぎのような印象を覚えます。
 http://donan-museums.jp/archives/1857 、https://donan.org/history-legend/moheji.htmlhttp://www2.town.nanae.hokkaido.jp/rekisikan/pichari/backnumber/H20/dayori2.pdfhttps://ameblo.jp/asitatusin/entry-12417667200.htmlhttps://nwikija.cyou/wiki/Nanumea、https://dananet.jp/?p=2012など、元ネタと思われるものがヒットします。
 伝承をアレンジするなり、参考にするのはとても良いと思うのですが、僕が羅列したサイトからではないだとか、書籍を見て写したのだとしても、ほぼそのままコピペをしてちょっとアレンジしたり、ちょっとだけ漢字を変えて改編をするような真似で字数を稼ぐのはやめましょう。
 引用の場合は概要欄などに引用元を書いた方がお行儀も良いので次回似たようなお話を書く際は引用元をどこかに記載するのがオススメです。
 死神が無理な約束をして、取引をした男のために少女を助けるために時間稼ぎをするという発想まではいいのですが、その時間稼ぎで「本を読む」という目的があるとしても他作品や伝承からコピペや引用をしてきたものをそのまま張り付ける以外でそれを表現する方法はあったのではないでしょうか?
 鹿の侵入で列車の発進が遅れて立ち往生したことと、少女を脱線事故から救えたことの関連性も薄いように思えます。
 他者の逸話を引用して字数稼ぎをすることしか出来ないのならば、無理をして自主企画に参加して頂く必要はないです。
 次回、こういった他の伝承や他作品からの引用がほどんどを締める作品を投稿された場合出禁という措置をさせていただきます。

謎のお姫様:
 様々な物語が並び、ひとつの物語になる。@styuinaさんの本を読む話です。
 有袋類さんが触れているところは置いておいて、こういうギミックのある小説は挑戦的でいいと思います。
 男性の一人称限定の企画ということを逆手に取り、キャッチコピーのとおり、「誰が見ているの?」というモチベーションで読者を惹きつける発想は素晴らしいと思いました。
 もう少し羅列された個々の作品に意味があって、それが最後ひとつにつながる構造をとれていると、感動が数倍に膨らんでいたと思います。
「少女を守らなきゃいけなくなった死神」という設定がとても美味しくて面白いと思いましたので、正統派で王道ですが不条理から少女を守っていく死神の話をメインに短編を描いてもかなり面白い作品になっていたと思います。
 物語の羅列、視点のギミックともども挑戦的な作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 線路内に鹿が侵入して列車が立ち往生してしまい、車内にいた少女が本を開く場面から始まる物語。
 そこから語られる逸話たちは地域も時代もバラバラで、読み終えた時に列車は動き出す。けれど実は少女は脱線事故で死ぬ運命にあり、死の瀬戸際にいた兄が死神に頼んだため助かったのだ、という風に読みました。
 一番気になったのは、どうやって死神が脱線事故から彼女を助けたのかという点です。物語の半分以上を占める逸話に何やらヒントがあるのかと感じたのですが、何回か読んでもどうしてこの逸話が本編にどう繋がっていくのか読み取れませんでした。すみません。
 挿入されたバラバラの逸話には実は隠された意味があり本編へと繋がっていく、という物語の構造は、芦花公園先生の読めに似ていると思いました。
 読めでは、由美子という強烈なキャラクターが本編を引っ張っていきますが、この物語は本編が逸話に追いやられてしまい、存在感で負けてしまっているように感じられました。この点を強化していただくとさらに良くなると思いました。

29:※必要な条件が不足しています/目々

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 男性二人が家で思い出話を語るお話です。近所にあった怖い家の話から始まり、今語り部たちがいる家の怖い現象の話になる。
 そして、怖い現象が起こるけれど因果がなくて怖いから因果を作ろうというようなお話でした。
 怖い!のですが、タイトルの「※必要な条件が不足しています」や話タイトルの「好きな因果を代入してください」にもある通り、読者の想像力で補ってくださいと言う目的のお話なのだと思いました。
 語り口調だけで話されていることと、意図して弟(かな?読み違えていたらすみません)のセリフが省かれていることで想像力をかきたてる仕組みになっているギミックのお話でした。
 めちゃくちゃ雰囲気も良く、多分ホラーが好きな方だと色々な要素が思い浮かぶのだろうなと思うので、これは不要な意見かもしれませんが、間口を広く取るのであればもう少し「これだと情報をあげすぎかな?」というくらいに親切に色々と書いてしまってもいいかもしれません。
 作者の持っている情報と、読者の持っている情報にはどうしても差が出来てしまいます。その差は思っているよりも大きいので、語り部と一緒にいる相手との関係性や、いわくを作る相手に弟を選んだ理由など「これだと想像の余地がないかも?」くらいに親切に書いてみると、読者にとってはちょうどいい情報量になったりすることも多いです。
 でも、ホラーだとわからないことも怖さの一つなので、難しいですよね……。
 キリンハウスの怖さ、そして、そうではないのに怪奇現象が起こる語り部の住む家の怖さや奇妙さ、いわくがないのなら作ってしまおう!という狂気じみた発想と、そのあとに見せる妙な優しさなど、じめっとした嫌な雰囲気の漂い続ける部分が素敵な作品でした。
 こういう暗くて怖い雰囲気を描く力はめちゃくちゃ高い作者さんだと思うので、今後も色々なお話を書き続けて欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 このタイトルに偽りのない、必要な条件が不足しているおうち。目々さんの※必要な条件が不足していますです。
 キリンハウスという心霊スポットの効果と、それに対する周りの人たちの印象をねっとりと描写する序盤だけでも十分不気味で、最初はキリンハウスに関する何かが出てくるのかと思うくらいの迫力でした。
 それは完全に私のミスリードで、本作の根底にあったのは「理由のない現象が一番怖い」という人間の抱く根源的恐怖だったということが分かった時にとても気持ち良かったです。
 序盤は若干語り手の目的が見えにくく、読み進める中で少しだけ窮屈感があったのですが、本筋が明かされた瞬間にその窮屈感が一気に解放され、物語がはじける感覚を味わいました。
 私自身「家の鍵が開いているのに何かが入ってくるほうが怖い」という感覚から家の鍵を開けっぱなしにして眠るタイプですので、兄にとても共感していました。
 恐らく本作は「理由のない怪奇現象」に加え、「不気味な兄」を描くことで二重のホラー構造をとっていると思うのですが、兄が完全な狂人ではなく、微妙に理解ができてしまうが故に、より兄の不気味さが際立っているのだと感じます。
 本筋からするとあくまで副菜にあたる兄の体験した個々のエピソードも相当不気味で好きです。薬指の欠けた手痕なんて絶対何か因縁があると思うのに、それがない。
 それなら因縁を作りたくなる兄の気持ちも十分理解できます。
 最後の最後まで、兄の思惑はわかっても兄の本心が分からないのが素晴らしいと感じました。
 私はよくホラー映画などで、「理由づけされることで不気味さがスケールダウンする」と思ってしまうことがあるのですが、本作は、信用鳴らない語り手として語り部の本心を隠すことで、理由付けがあるにも拘わらずスケールダウンをしない恐怖を描いていると思いました。
 キリンハウスの怪異譚から兄の思惑、そしてこの後弟をどうするのかを完全に描写しないと恐怖の質を変えることで、何度も味の変わるとても素晴らしいホラー作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 引っ越したての兄の元へ弟が訪ねることから始まる物語。
 キリンハウスにまつわる何らかの怪異が、取り壊されたことをきっかけに範囲を拡大させ、安全圏にいたはずの兄もまた怪異に取り込まれてしまい、冒頭の時点ですでに自覚のない地縛霊となっていた、という風に読みました。弟にいわくを作るのを手伝って欲しいと誘う姿は、見知った顔を装った怪異がさらに被害者を増やそうとするように思え、ゾッとしました。
 キリンハウスのことを知っている兄弟たちの会話、という物語の構造のため、読んでいる側がこういうことだろうかと想像する必要があるのですが、前提となる情報が少なく少し分かりづらい点がありました。
 何が原因か分からない怖さはホラーの醍醐味だと思っていますが、分からないことが多すぎると、これはこういうことだろうかと考える方に意識がいってしまい、肝心の怖さを実感するのが二の次になったと感じました。ここの加減は私も難しいと思ってはいますが、分かりやすく怖いところ、分からないゆえに怖いところのバランスがあるとさらに怖く感じたと思いました。
 いわくがあるなら警戒もできますし対策を練ることができますが、それは人の考えた安全弁に過ぎず、怪異がルール無用でやってくる恐怖。
 色々と解釈のできるホラーで他の評議員の講評が非常に気になりました。

30:たとえあなたが願っても/山本アヒコ

謎の有袋類:
 第二回こむら川小説大賞では「やわらかい指」で金賞を、前回のこむら川では「カースメディエーター」というカッコいいダークファンタジーを書いてくれたアヒコさんです。参加ありがとうございます。
 今作は人工知能が、愛する人を介助しながら過去を振り返るというお話でした。
 静かな語り口で、生い立ちや今までの道程を語り、最初に話していた「それなのにあなたは、僕の感情を消去しようとしている」という結論を最後に述べるしっとりとしたSFチックなお話です。
 モノローグ的な構造なので、大きく盛り上がるはずのシーンも良くも悪くもスッと読めてしまうのでハラハラ感は少ないのですが、もう、なによりラストのタイトル回収が良いーーーー!
 僕が「僕」という一人称である点、お題の「男性の一人称小説」とのマッチ具合も個人的にははちゃめちゃに良かったです。ありがとうございます。
 戦争シーンから始まって、ハラハラドキドキだとお話に動きも出たのかな? とも思うのですが、穏やかな博士の息子に似たAIという側面を考えると、こういったすぎさったことをもうすぐ人生を終える博士を見守りながら振り返るという形の方がよりマッチしているのかもしれません。
 現時点ではお題の活かし方が頭一つ抜けていると思っています。めちゃくちゃよかた……。
 アヒコさんはファンタジー作品を書くイメージが多いのですが、こういったSFやAIのお話を書く新たな側面を見ることが出来てうれしかったです。

謎のお姫様:
 人工知能と愛の物語。山本アヒコさんのたとえあなたが願ってもです。
 本作は、最初の二行でいきなり引き込まれました。
 最初の一、二行で読者を引き込む手法として「誰も予想していなかった斜め上のめちゃくちゃな設定を投げつける」というものがあると思います。オノマトペで表すと「ボカーン!!」という感じです。それはとても効果的である種短編小説のテンプレだと思うんですが、対する本作はとても静かで、綺麗で、それでいて心を掴む出だしになっていると感じました。
 二行で読みやすい文章な上、多くの情報が含まれていて、色々な過去と未来を想像できるという部分に、私は心を掴まれたのだと思います。
 そこから、老人と人工知能という、個人的には絶対泣いてしまうような設定が開示され、過去回想に入るという展開は、私のテンションが上がる素晴らしい構造でした。
 SF要素もとても面白く、「複製の際、あえて軽微なエラーが発生するよう設定された」という部分が斬新だと感じました。そんなスタートだったにも拘わらず、最終的には攻撃的な個体と従順な個体が喜ばれるという部分で人間や戦争のやるせなさが浮き彫りになり、心が痛くなりました。
 最後の軍事基地掌握シーンは、淡々と描くからこそ人工知能の優秀さが伝わってくるのだと思いました。
 個人的な好みでは、淡々とした描写の中に一瞬無力さを叫ぶ人間などが出てきたりするのと更にカタルシスを大きく出来るかもしれないなと感じました。
 そして最後の『僕』のモノローグは、まっすぐ人工知能にとっての愛を描いた物語はいままであっただろうか、と思いを馳せてしまうほど素晴らしいシーンでした。
「愛とは不合理で不条理だ」と共通して記憶されている。という、”記憶されている”という部分が好きです。
 理解しているわけではないけれど、そう記憶されている。だから悲しいし、だから距離を置くことにした。と、人工知能らしさが詰まった表現だと思います。
 それでも『僕』はあなたを愛しているんですね。
 導入と結末が素晴らしく、含まれているSF要素も大変面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 感情のもつ人工知能の物語。
 冒頭が好きです。
 『僕』がそうであるように作った『あなた』がどうしてそのような行動を取ろうとしているのか。この時点で『僕』と『あなた』の間に認識の断絶があるのが感じられ、これから語られる『僕』の物語が非常に気になりました。
 たとえどこかの国と戦争状態にあっても、ブレイクスルーを喜ぶ研究者たちの、技術の進歩がよりよい世界へと導いてくれるだろうという場面では私もそうであればといい願いました。
 けれど研究者たちの想いを裏切り、『僕』は戦線へと投入され、更なる戦争拡大へと導いてしまう。
 そして混沌としていく世界に『僕』が愛するそれぞれの『あなた』を守るため行動を起こす。
 そこから『僕』が縦横無尽に暴れ回る、あまりにもスケールのでかい規模の大作戦は文字なのに轟音爆音が響き渡るような描写でした。
 感情があるとはいえ、本来、人に備わっているはずの身体的・精神的な制限がないために、どこまでも加速する様は、いっそ清々しささえ感じました。
 これから世界はどうなるのかと不安を感じたかと思えば静かに収束していきます。でも『僕』視線の平穏が、人間の考える平穏と果たして同じなのでしょうか。
 『僕』の『あなた』への愛は、『あなた』に対して限られたものでありそれぞれの『あなた』が愛する者たちには向けられることはないと感じました。
 沈静化というのは、人口の半分ぐらい減って結果的に人口密度が少なくなったからではと考えたりしました。
 『僕』をつくった博士である『あなた』を守ることができた『僕』は、勝者側の『僕』であり、『僕』と『僕』が争う展開も中にはあったのではないかと思ったりもしました。
 たとえあなたが願っても、『僕』が『僕』であるために手放せないもの。感情を持ったとしてもどこか分かり合えない、物悲しさを感じるとてもよい物語でした。

31:僕はまだ僕を知らない/墨也

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 アオハル! 演劇部(同好会)の体験入部で初めて演劇に触れた男の子のお話でした。
 作中で演技と演劇の違いという物語の根幹に関わることをスッと説明的になりすぎずに明確にしてくれるのはとても親切だなと思いました。
 反面、登場人物がどんな人なのかわからない部分が少しもったいないなと感じました。
 墨也さんの中では、檜山先輩や水門先輩、そして主人公の朝倉くんの見た目がなんとなく浮かんでいるのかもしれませんが、読む側にとっては書いてあることが全てです。
 僕の察しが悪い部分もあるのですが、檜山先輩の性別はどちらなのだろうと中盤くらいまでふわっとしながら読み進めました。
 序盤に髪型や性別がわかる描写(スカートがはためくという仕草など)を入れてあげると、墨也さんの描いている世界が読者に伝わりやすくなるのではないかなと思います。
 演技と演劇の違い、楽しかった反面、先輩についていけるかどうか不安に思う気持ち、多感な時期らしい理想とコンプレックスの吐露など瑞々しく描けていて読んでいて主人公を応援したくなりました。
 迷った後に背中を押してくれる先輩たちの優しさなど、温かい世界が描けていてすごく素敵な作品でした。
 カクヨムに置いてある作品は5作ですが、他のサイトで書いていたりするのでしょうか?
 これからもたくさん色々な作品を書いて欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 あの頃の輝き、気持ちがダイレクトに呼び起こされるド直球青春小説。墨也さんの僕はまだ僕を知らないです。
 これは私自身が青春小説好きだというのが大きいと思うのですが、「青春小説が好きだ」というはじまり方がとても好みだったので嬉しく思いました。
 プレゼンテーションのコツの一つに「冒頭やオーディエンスが飽きそうなタイミングで問いかけを差し込む」というものがありますが、本作の一文目はそれと同じ効力を持っているように感じました。「青春小説が好きだ。(君はどうかな?)」と語りかけられているように感じ、ついつい「私も!」と思った瞬間には気持ちが半分以上この小説に引き込まれました。
 青春小説が好きではない人には刺さらない可能性もありますが、個人的にはとても素晴らしい導入だと思いました。
 そこから続く演劇勧誘パートの作りこみ方もとても好みです。
 どうしても、物語の前提知識を説明するパートというのは退屈になりがちです。本作はここを「演劇に対する(トリビアというほどではないものの)ちょっとした知識」をテンポよく解説することで飽きさせない工夫がなされていると感じました。
 朝倉くんが演劇の知識を持っておらず、同じく私も持っていないので、私が「ほぇええ」と思ったタイミングで似たようなリアクションをしてくれる。その構造が気持ちよく、一行目で惹かれた主人公にもっと共感できました。
 演劇に精通している人や、演劇にあまり興味のない人がこのあたりをどう捉えたかはわかりませんが、少なくとも私にはとても深くこの描写が刺さりました。
 最後に水門先輩が朝倉くんを褒め「自分はキラキラしている側にはなれない」と半ば諦めていた気持ちが変わるシーンも面白く、主人公の成長・心変わりを描く青春小説として一本軸が通っていると感じました。さらなるカタルシスを得られるようにするため、もう少し序盤も主人公の卑屈ポイントを押し出してもよかったかもしれません。
 キュー! 以降の演劇シーンでは、主人公の心の声と演技が入り混じった読みやすくもアツい展開が繰り広げられ、墨也さんが本当に魅せたいシーンがバチバチに伝わってくる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 先輩に誘われて演劇部に見学する場面から始まる物語。
 演劇部には二人しかいないのかとがっかりした朝倉くんが、体験を通して、好きになっていく過程が好きです。先日見に行った劇を思い出しながら、あの動きはそういう意味があったのだと非常に勉強になりました。
 また台本通りに演じていた樽山先輩の、リアルな心情が垣間見えた時は、こんなにも楽しいことを誰にも伝えられず力量不足のために、自分の代で途切れてしまうのではないか、という不安がひしひしと感じられました。
 楽しかったからこそ、そう思わせてくれた先輩たちの情熱に応えられるだろうかと悩む姿は、彼の誠実さな性格を感じさせ、そんな不安が先輩たちの言葉でやってみようと前向きになる心情がとても良かったです。
 彼らの人物描写があまりないのが少し気になりました。
 樽山先輩を最初、男性だと思って読んでいたのですが、もしかして女性なのかと途中で気づきました。叙述トリックを狙ったものではなかったのであれば、冒頭で樽山先輩が女性であることが分かる描写があればさらによかったと思います。
 初めての体験を通して、自分の知らなかった感情に向き合い、そして前に進もうとする、どこまでも真っ直ぐなアオハル小説でした。

32:蛇神様と供物ちゃん/こむらさき

謎の有袋類:
 人外と不遇少女の組み合わせ、美味しい。

謎のお姫様:
 供物になるのが不幸だなんて誰が決めた。こむらさきさんの蛇神様と供物ちゃんです。本企画二作目ですね。主催し、講評を進めながらこのペースで二作書き終わるの、その時点でただただ尊敬の念しかありません。
 さて、本作は供物になりたい少女と別に食べたくない神様という、生贄文化に対するアンチテーゼのようなものを主題としております。その世界観が最初の二行ですっと頭に入ってくるので、そのあとの文章が読みやすくなり、短編小説の構成として巧みだと感じました。
 また、本作には悪人が一人も出てこないところが好きです。(唾棄、と名付けた人や蛇神様を蛇神様にした村人たちは悪ですが、あくまで私の中では”過去”という位置づけです)
 この物語は蛇神様とタキの二人の物語なので、その二人の人間以外のせいで不快に思わせないという配慮が伝わってきました。連れ戻しにきた僧侶たちが物語に深みを与える役割もしっつ、コミックリリーフとしても機能していてこのシーンで誰も不快にならないというところが、さりげないながらも素晴らしいと感じました。
 二章に入り、時間が飛んだあとの、若いころのタキとの対比となるいくつかの表現も好きです。それは髪の色や肌の色もですが、前章では「蛇神様!」とはつらつに呼びかけていたところが、「蛇神様、」という表現に代わっており、細かいところが徹底されているからこそ美しいんだろうなと感じました。神は細部に宿る、と言いますか。
 ちなみに、章タイトルで展開を予想させることは狙っていたのでしょうか。個人的にはループすると知らずに読みたかったので、少しだけそこが気になりました。
「もっと早く本当のことを打ち明けたかった」というタキの願いが蛇神様に託され、本作はループするところで終わります。「もっと早く打ち明けたかった」という願いを叶えるということは、若いころの姿でタキが復活したのではなく、文字通り時間が巻き戻ったんだと思うのですが、時間が巻き戻ってしまったら「もっと早く打ち明けたかった」というタキの想いも消えてしまったのでしょうか。
 この二人に幸せな最後が訪れることを祈りたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 神様と生贄。とても大好物な組み合わせです。
 生贄と言えば、村の存続ために命を捧げなくてはならない悲壮さを持つ存在であることが多いですが、この物語に出てくる生贄は異質です。
蛇神様に「食べて欲しい」とズイズイ迫り、しかも女だてらに山の獣にも勝てる力を持ち、精神面でも身体面でもとても強い。
 かえって、人を畏怖させる側の蛇神さまが押し負けており、神と生贄の立場の逆転が非常に面白かったです。蛇という名を持つのに漬物が好きというチグハグ感も好きです。
 また、旅の途中であろう僧侶たちの「拐われた可哀想な娘だと思っていたのに、なんか違う」と茫然とした姿がなんともおかしく、笑ってしまいました。
 そして続く第二話はなんと四十九年後で、人目線ではとてつもなく長い年月でも神目線では少し長いぐらいの認識なのだと感じました。
 蛇神さまが人間を食べたがらない理由は、かつて愛した人間を食ってしまった記憶が蘇るから、そして神になったのは、大蛇様に生きてほしいためにみんなを守って欲しいと彼女から願われたからであったから。この呪いとも思える願いにより、今日まで生きていたのだと分かるシーンはとてもよかったです。
 また、タキの本来の名前が唾棄であり、この生贄強い……!と思っていたのに、本当は弱い面を隠していたためで、蛇神様の呼びまちがえによる名づけにより、彼女は救われており、だから蛇神さまを心から慕っていたと分かった瞬間、おおお……!と思いました。
 気になったのは、この四十九年の間のエピソードがお預けになってしまったことです。
 けれどこれから神様と生贄であった二人の、また新たな弍周目が始まると思うと些細なことかもしれません。とても好みの神と生贄の物語でした。

33:星辰は堕ちて泥に塗れ/故水小辰

謎の有袋類:
 1作目は戦下での美しくも儚いBLを描いてくださった小辰さんの2作目です!
 作品以外から読み取ってしまったことを書くのは良くないのですが、Twitterで字数に苦しんでいらっしゃった通り、盛りに盛った中華武侠BL!
 6000字上限では本当にカツカツどころか美味しい部分が削られてしまってるのだろうな……と思えたので字数制限のない条件でのびのびと書いて欲しいなと思いました。
 アクションシーンもですが、南六と北辰斗の情事もじっくり読みたかった……。
 とはいえ、これだけたくさんの人物と出来事を詰め込んでも、何が起きているのかがごちゃごちゃにならずに6000字内に収める筆力は本当にすごい。
 ルビの使い方も親切で大哥に「兄さん」と書いてある部分はとてもわかりやすかったです。
 死んだはずの南六が語り部で、嘘と言っていたということは北辰玄は……。最後のどんでん返しも含めて面白い作品でした。

謎のお姫様:
 英雄の生きざまへ真っ向から立ち向かった挑戦的な作品。故水小辰さんの星辰は堕ちて泥に塗れです。
 本企画二作品目ですね。一作品目では和人さんと昌の悲劇的で暖かい人間関係を丁寧に描かれておりましたが、本作からは何やら物騒な気配がするな……と思いながら読みました。
 一作品目でも感じたのですが、故水さんは本当に”短い文章でキャラの個性・関係性・魅力”を描く能力がずば抜けていると思いました。特に南六と北辰玄に関しては、最悪の出会い方をしてから仲が深まるまでの過程がたったの一章半で描き切られています。3000~6000文字という短いお話では、この二人の関係性を描くだけで埋まってしまう作品も多いと思うのですが、そこをこの文字数で処理しつつ、絶望感を抱くことができるその手腕が素晴らしいと思いました。
 本作は最序盤からそれらが描かれているわけではないので、導入としては遅めかもしれない、と個人的には感じました。
 ラストシーンは剣王だけでなく、古今東西様々な英雄に対する挑戦に見えました。何故殺すより惨いことをするのか、という何も知らない英雄の発言に対して、南六は何も知らないやつがしゃしゃり出てくるなとぴしゃりと応えます。
 今までさんざん南六が酷い目にあわされてきたことを知っているから、私も南六にとても感情移入しながら読みました。
 理屈的には剣王が正しいことはわかりつつも、南六に感情移入して読んだので、単なる勧善懲悪ではない作品として、私の心に残りました。
 どれだけ語れば南六は救われるのでしょうか。本人は望んでいないかもしれませんが、彼に幸せが訪れることを祈りたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 どこかの町の片隅で男の語り部が語る貪狼剣王の物語。
 リズムのある男の語り口は、スルスルとした読み心地でした。
 男たちの愛憎渦巻く物語の中で、誰よりも悲劇性を感じたのは北辰斗です。
 天下一の剣客の弟でありながら、両親を早くに亡くし、兄にも顧みられなかった不遇の身で、その美貌ゆえに、数多の男を引き寄せてしまう。それでも兄がいつか己を見てくれると願う姿は健気なのに、その夢が叶うことなく、嫉妬に狂った呉衡廉により殺される。その後、弟の死を知った北辰玄が乗り込んでくる場面では、兄貴、来るのが遅いと思わずにはいられませんでした。
 また語り部が実は死んだと思っていた南六だったと知った時はとても驚きました。
 この物語は彼の目線で語られる嘘の講談なため、どこまで本当なのか分からず、南六のタマも竿がないこと以外は真実は闇の中です。
 もしかしたら、北辰玄が弟のために乗り込んできた件は事実ではなく、南六が、北辰斗のことを想って加えたエピソードかも知れないと考えたりしました。
 これは個人の好みなのですが、六千字という限られた文字数の中では、登場人物たちに感情を抱く前に退場していってしまうため、男たちの悲哀を誰か一人に絞った方がより感情を揺さぶられたと思いました。講談という物語の形態をとっているため難しいと思うのですが、私は北辰玄の、北辰斗の美貌に狂う様子と死を知った時の嘆きが見たいです。(強めの妄想)(強欲)
 愛と欲に塗れた中華BL。とても面白かったです。

34:推しと最も近く最も遠い……なんだこれ。/(゚、 。 7ノ

謎の有袋類:
 前回では壮大な宇宙冒険譚を描いてくれた(゚、 。 7ノさんです。参加ありがとうございます。
 今作は推しの家の排水管に転生してしまった男の一人称小説です。男性の一人称小説というお題を満たしつつ、百合を書いた第一号でした。
 排水管になってしまった嘆きや、どんな能力があるかの説明や、単推しからカプ推しになる過程など面白かったです。
 少しもったいないなと思うのは、読み始めてからしばらくしないと推しがどんな人なのかわからない部分です。
 女神、翻訳、鑑定と異世界ファンタジーっぽいスキルがあることから、ミスリードをさせたかったのかな? とも思うのですが、水洗トイレの排水管という比較的近代的なものに転生しているので、一行目から「グラビアアイドルの家にある排水管に転生した」くらい勢い良くスタートしてもいいかもしれません。
 排水管であることをもったいぶるよりは、推しがどんな風に魅力的かということや、後輩との関係性を描いた方が作者である(゚、 。 7ノさんの書きたい物に近い気がするのですが、どうでしょうか?
 話の発想はすごくおもしろいですし、文章も軽快で読みやすい作品でした。
 自分が書きたいこと、読む相手に見せたいことを意識して構成を考えていくと更に魅力的な作品になると思います。
 これからも創作を続けてつよつよ短編マンになっていきましょう!

謎のお姫様:
 汚っ……くない!? むしろ大きな愛に溢れた物語。(゚、 。 7ノさんの推しと最も近く最も遠い……なんだこれ。です。
 冒頭でいきなり「転生した。」という端的かつ本質を突いた一行目から駄女神という言葉を交えつつ、”転生先が無機物”だったということまでがシームレスに明かされる設計が、とても親切で読みやすい出だしだと感じました。
 私は「どういうテンションで読めばいいかわからない」小説が少し苦手なのですが、本作は最初から「コメディだから頭を空っぽにして読んでください!」と言っていただけたので、トイレの排水管に転生したと分かったシーンで遠慮無く笑うことができました。
 短編は一、二行目のインパクトが大切だと私は考えているのですが、本作は少し溜めることでより主人公の苦悩がうかがえ、惹きつけられる構成になっていたように思います。
 トイレの排水管に転生するという出オチかと思って読み進めていくと、「トイレが一番人間のことがわかる」という論が展開されて、私すごく感心しました。確かに腸内環境は人間を表す気がしますし、完全に無駄なスキルだと思われていた鑑定が便利スキル(トイレだけに)として生き返るのも発想の勝利だと感じました。
 アイテムボックスを使って声を出すところの説明が若干冗長に感じたので、そこはサクっと流してもよかったのかな、と思いましたが、伝えられる文字数に制限があるというもどかしさが絶妙な葛藤につながっていて面白かったです。
 推しと推しのライバルが同居し始めてからは、間に挟まりはしないけど一番近いポジションを確立し、話が主人公周りから推し周りに移動しました。
 こっちが本編でもそれはそれで力のある短編になったのではないかと思えるほどに強い関係性が描かれて、一粒で二度美味しい体験をすることができました。
 なにより、めちゃくちゃ汚い話なのに全然汚さを感じさせず、ある種美しささえ感じる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 こむら川参加作品、二作品目の無機物転生です。
 女子更衣室の壁に転生した物語が来たときもびっくりしましたが、こちらは推しの家のトイレの排水管。男性の一人称小説というお題には、女性の近くの無機物に転生した物語を書きたい欲が湧き上がるのでしょうか。今まで一度も考えたことのない発想に驚きました。
 アイテムボックスや声の出し方など、どこまでも細かい設定と、読んでいて「お、おう……」と思わせる描写の数々は、こだわりの強さがなせるワザマエだと思いました。
 推しのところへ後輩が同居する展開は予想の斜め上をいくもので、彼の悲哀に満ちた叫びには思わず笑ってしまいました。
 気になったのは、俺たちの戦いはこれからだ!という打ち切りのような終わり方です。
 彼の日頃の努力によって彼女たちが変わったという明確な描写があればまた違ったと思うのですが、せっかくの設定が羅列で終わってしまった感が否めませんでした。設定をうまく活用していただければ満足感を得られたと思いました。
 トイレの配管に転生した男の、推しを見つめる日常。これからも続く彼の前途多難な祝福あれ。

35:一夏/川谷パルテノン

謎の有袋類:
 前回は心霊探偵ものである「I know」を書いてくださった川谷パルテノンさんです。参加ありがとうございます。
 前回はエンタメ寄りの作品だったのですが、今回は夏の思い出や日常を噛みしめるような作品でした。前々回の春ピュアとも違う雰囲気で、作風の幅広さがすごい……。
 今作は、ある夏の日、少年達と共にカブトムシを探す大人のお兄さんという前半、そして過去と向き合う後半のような構成のように見えます。
 爽やかな昼と少し不安な夕暮れという時間の経過と主人公を取り巻く状況や気持ちがマッチしていてすごく良い雰囲気だなと思いました。
 これは僕がこういった作品を読み慣れていなかったり、人の気持ちの機微に疎いから読み取れていない部分なのですが、主人公は、何故、一人残った少年に自分の過去のことを話したのかが最初わからなくて混乱しました。
 少年は主人公が見た幻のようなものなのか、お化けなのか考えさせる目的なのかなとも思うのですが、ちょっと判断が出来ませんでした。すみません。
 昼と夜、少年と大人という対比がとても美しく、物語全体を通して夏の良さも悪さもないまぜにしたこの季節に読んですごくよかったと思える作品でした。
 今後も色々なテイストの作品をどんどん書いて行って欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 夏、セミ、子どもというエモさの欲張りセット。川谷パルテノンさんの一夏です。
 本作は爆発的な導入やスピード感のある展開が続く作品ではないものの、綺麗な文章で紡がれる流れるような語り口に思わず目が吸い寄せられました。
 生々しくセミを描写することで夏が表現されていて、暑さや入道雲を描かずとも夏って表すことができるんだなと驚きました。
 私はセミの羽化を何度も見たことがあるので最初のモノローグに共感し、鮮明に映像が浮かび上がってきたのですが、セミの羽化を知らない人でも映像が浮かぶんじゃないかなと想像できるほどに高い描写力だと感じました。
 そこからセミ→カブトムシ、一人→子どもたちと一緒と場面が静かに展開していきますが、さきほどのセミと違い私は大人になってから木登りをしたこともアイスを分け合ったこともありません。それなのにはっきり頭に映像が浮かびました。
 小説を読むときに基本的に文字を文字としてしか認識できない私でも映像が浮かんだ描写力はすごいなと思いました。
 その後、子どもたちと昔の自分を重ね、苦々しい気持ちを思い出しながらも、子どもの願いを叶えようと少し付き合うシーンは心理描写も凄まじく、まるで私のあの頃の苦々しさまで現れるように感じました。ありがとうございます。
 そうして解散した後出会った子どもは、一夏の奇跡が起こす時空のゆがみだったのか、ただ主人公の思考整理のための幻覚なのか……。
 そこに突っ込むことはきっと無粋で、ただ主人公の胸が空いた。その結果だけが彼にとって重要なのだと思いました。この主人公は色々な想いをしてきたと思うんですけど最初に恋と受験、そのあと母親の話を思い出すのも等身大の私たちという感じがしてすごく好きです。
 そしてラストシーンの文章がとても綺麗で、本当に素晴らしい小説を読んだな、という読後感に包まれました。
「それが土色に塗れたなら一人前だ」
 セミの羽化と泥んこになった主人公。この二つを交わらせ、主人公が一人前になったことを表現する部分は本当に天才だと思いました。
 高い情景描写と心理描写が融合し、最後に一番強い文章が待っている、幸福な読後感に包まれる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 夏の季節の、とある男が公園へと出かける場面から始まる物語。
 カブトムシなんてどこを探してもここにはいないだろうと思いながらも男が子供たちを手伝う姿にほんわかしました。
 そして、どれだけ探しても見つからず、ここにカブトムシなんていないかもしれないと諦めモードの中、子供たちに選択を任されて言い淀む男が、かつてお化けなんていないと言ってしまい、辛い思いをしたかつての僕を重ね合わせる場面は、とてもよかったです。
 結局、奇跡は起きませんでしたが、やりきったからこそ子供たちにとって今日という日は思い出の一ページとなり、大人になっても頑張ってカブトムシを探した夏の日があったなと思い出す日があるかも知れないと感じました。
 そんな大人の俺の前に現れた僕は、蜃気楼のようでした。男の、あの時ああすればよかったという想いにより現れた幻覚なのか、それとも、何かの巡り合わせによるものなのか。
 もし後者であれば、たとえ子供がこの時の出会いを忘れてしまっても、何かのタイミングでふと思い出してくれたらいいなと思いました。
 もし一つ言うならば、私が朗読をしたら男と子供のセリフが続く場面の声の切り替えや男の地の文の表現が少し難しいかなと思った点でした。
 子供の世界の大変さと成長して初めて分かる大人たちの想い。
 読後感が素晴らしかったです。この夏だからこそ読みたいと思える物語でした。

36:ウルトラ・エクストリーム・マキシマム・シャイニング・グラビティ・サチュレイテッド・スーパー・ムーン・フォール・アウト・アット・トゥナイト/モリアミ

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 こちらエクストリーム・マキシマム・シャイニング・グラビティ・サチュレイテッド・スーパー・ムーンをノリでウルトラ・エクストリーム・マキシマム・シャイニング・グラビティ・サチュレイテッド・スーパー・ムーンがフォール・アウト・アット・トゥナイトするというタイトルそのままのお話です。
 ウルトラ・エクストリーム・マキシマム・シャイニング・グラビティ・サチュレイテッド・スーパー・ムーン、何度でも書きたくなるウルトラ・エクストリーム・マキシマム・シャイニング・グラビティ・サチュレイテッド・スーパー・ムーン、本文でもたくさん言われているのですが、ウルトラ・エクストリーム・マキシマム・シャイニング・グラビティ・サチュレイテッド・スーパー・ムーンの使い方が本当に上手ですね。
 テンドン、大体何度か続けられると飽きてしまう部分もあるのですが、このウルトラ・エクストリーム・マキシマム・シャイニング・グラビティ・サチュレイテッド・スーパー・ムーン・フォール・アウト・アット・トゥナイトは、そのテンドンを非常にうまく利用しています。
 小説としてはどうなの?と思う人や好き嫌いはわかれるかもしれないのですが、僕はめちゃくちゃ好きです。
 これは朗読と言うよりもコントや漫才で見て見たいなと思いました。
 最後の「今宵、月が、落ちる。」がいきなりめちゃくちゃ美しくて、コミカルに見せつつもキメるところはバッチリキメるメリハリの効いた作品だなと思いました。
 すごく面白かったです。誰か朗読で読んで欲しい。ありがとうございました。

謎のお姫様:
 モリアミさんのウルトラ・エクストリーム・マキシマム・シャイニング・グラビティ・サチュレイテッド・スーパー・ムーン・フォール・アウト・アット・トゥナイトです。
 めちゃくちゃ面白かったです。
 頭を空っぽにして勢いで楽しむことができました。
 細かい部分を掘り下げるのも無粋な気はしますが「なぜ面白かったのか」を私なりに分析してみようと思います。
 まずは語感がいいと考えました。
「ウルトラ・エクストリーム・マキシマム・シャイニング・グラビティ・サチュレイテッド・スーパー・ムーン」このどこかのゲームに出てくる必殺技のような単語がニュースキャスターの口から飛び出る、というミスマッチさが、世界観提示が鮮やかで素晴らしいと思いました。
 そして、主人公が気持ちよく私の頭を代弁してくれるところも好きです。全編通して主人公は物語を動かす役割ではなく、おそらく読者の代弁者として君臨しています。それが気持ちよく読める要因の一つだと感じました。
 説明が理屈っぽいのもめちゃくちゃ面白い要素だと思いました。
 一番最初だけ正しい(ですよね?)説明をしていて、そこからはあくまでそれっぽい説明がされているだけです。そしてそれがそれっぽい説明だと作中でも明示することで、不条理ギャグ度が高まっているように感じます。
 月が地球にぶつかって終わるというオチ(直接の描写はありませんが)も、変に気を衒わずまっすぐに落とすことで「ストレートでぶん殴る」ことの力強さを改めてわからせられました。
 ボカーン!!というコミックチックな映像が頭に浮かぶところも好きです。
 いっそ、落とすところまで書いてしまっても変なカタルシスが生まれたりしたかもしれません。
 ワードセンスと共感系主人公のツッコミがとても面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 こむら川参加作品をこれまで順番通りに読んでいましたが、題名の時点で尻込みしたのはこの物語が初めてでした。ウルトラ……な、何?となり、ウナコーワクールの名前が毎年パワーアップした世界線があれば、十年後にはこのように長い名前になっているのではと思いました。
そして僕の困惑から始まる導入は、まさに読んでいる側の心情とリンクしており作者の手のひらで転がされている感がたまらず、物語の導入として百億点だと思いました。
 それからの僕のツッコミはひたすらに気持ちがよく、また僕の隣でこの専門家とアナウンサーのニュースを見ているようでした。
 この専門家の、理論だった説明を聞いた時の、分かったような気がするものの、その実よく分かっていない感はまさにあるあるで、またアナウンサーの理解力把握力のよさに笑ってしまいました。界隈や業界、その道の人間が己の狭い範囲を指して使ってしまう用語感……!
 ここまで来てしまうと、どんなヘンテコ理論でも、なるほどな?!と乗せらてしまい見事に術中にハマってしまったようで、専門家の現象事態について聞いたはずなのに、ラストの主人公がもう一度、改めて言うその時まで、深刻さに気づきませんでした。
 この界隈の方々は月が落ちるその時まで、名前の呼び方をめぐってああでもない、こうでもないと討論しているのでしょう。ものすごく面白かったです……!

37:ヤッチー&カンちゃん/只野夢窮

謎の有袋類:
 前回は歴史学のお話と、退魔師の夢を描いてくれた只野夢窮さんです。参加ありがとうございます。
 某ジャニーズの曲を思わせるラストと、僕の知っているタイプの頭脳明晰でも品行方正でも無い暴走族のお話でした。BLというか、どちらかというとブロマンスよりだなと個人的には思いますが、僕もBLに造詣は深くないので判断は識者にまかせたいと思います。
>俺たちが一緒にいれば、なんだってできる。
 ここのセリフが破滅に向かっていくとしても美しい友情という感じですごく好きでした。
 全体的には主人公が淡々と語っていることを、読者として読む形なので盛り上がるはずのシーンでもスンッとなりがちで少々もったいないなと感じました。
 6000字では多分カツカツの物語だと思うので全部を詰め込むとどうしてもあったことを羅列しがちになります。
 只野夢窮さんが描きたいのは、ヤッチーとの出会いなのか、再会してからなのかを決めてから、見せ場がどうすれば輝くかを考えると、お話に大きなメリハリがついて更に作品が魅力的になるかもしれません。
 男同士の友情や、社会の厳しさ、カンちゃんが会社の後輩に優しい理由が「人を殴るとヤッチーと喧嘩に明け暮れた日々を思い出して懐かしくなるから嫌だ」だったり、なにかにつけてヤッチーの生い立ちを気にしてあげたりと、細かいところで描かれるクソデカ感情が美味しかったです。
 色々なチャレンジをこれからも続けてくれるとうれしいです。

謎のお姫様:
 立場が変わっても、関係が変わりつつあっても、あの頃の輝きを取り戻したい。只野夢窮さんのヤッチー&カンちゃんです。
 私個人的に男と男の友情や、時が変えてしまうものなどのテーマが大好きだということもあり、凄く楽しく読ませていただきました。
「チャリを盗んだ現行犯」という、作中でも触れられている通りつまらないことで運命が分かれてしまった二人ですが、「チャリ泥棒で運命が分かれた」→「その程度で親父に半殺しにされた」→「親父は常日頃ヤッチーを殴っていた」→「俺と出会ったときとんでもないやつだった」→「ぶん殴った」という序盤の構造がとても分かりやすく、一気に世界に引きずり込まれました。時系列は前後しているんですが、人間が回想する順番として自然なところがとても理論的だと感じます。
 本作は不良モノですが、カンちゃんは”曲がったことが許せない”というアツい気持ちを持っている主人公ということで、私は高い好感度を抱くことができ、感情移入ができるキャラだと思いました。物語全体の好感度調整が素晴らしかったです。
 本作には明確な敵がおらず、時の流れに憤りを感じ、最後に少しだけあの頃の希望を取り戻すという構造になっていると感じましたが、その「時の流れ」の残酷さを浮き彫りにするために、人間にはあまりヘイトを向けないという設計が、ノイズレスで話に強い芯があると思いました。
 社会人編で、主人公にはやっぱり強い軸があり、比較的常識人だということがはっきり再描写されることでぐっと主人公に共感できるようになるのが素晴らしいです。
 そこから物語が一気に、ヤンキーに縁のなかった私にとっても身近なものへと変わりました。
 久しぶりに再会した昔仲良かった人に対して、なんか違うな、でも仲良くしたいなと思う経験は多くの人が直面する切ないものだと思います。
 本作はそこのやるせなさ(主人公はあまりやるせなさを感じていないように見え、そこがまた、やるせなさを助長させているように感じました)の切り取りがとても巧みで、すごく心を揺さぶられる現代ドラマだと思いました。
 漫画の見開きページのようなカタルシスを感じるシーンが少ないように感じましたが、それもまた本作の魅力を底上げしているのかもしれません。
 この先この二人はうまくいかないような気がしてしまいますが、本作は希望を抱くエンドで終わります。あの頃の光を取り戻してくれ、前だけ見て進めと二人を応援したくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 あんなに一緒だったのに、夕暮れはもう違う色から始まる男たちの物語。
 子供の頃の万能感が、世間のルールで押しつぶされ、結果主人公であるカンちゃんは、大人の道を歩むきっかけとなり、ヤッチーは行方知れずになる運命の別れ道から始まる導入が好きです。
 カンちゃんの、今まで本気でやってきたことをくだらないと切って捨てたような物言いは、大人になるんだと言い聞かせているようでした。
 一方で、目の前にかつての相棒であったヤッチーがいないために、幻の彼への想いがどこまでも肥大していく様は凄まじく、息子がヤッチーに似てくる気配がないと思ってしまう場面では、あまりのクソデカ感情に慄くほどでした。
 けれど十三年ぶりに再会した本物のヤッチーは、あの日のヤッチーに見る影もありません。
 ヤッチーでなければ首にしていたとカンちゃんが思う姿は、大人であるがゆえの判断と子供の頃の思い出を天秤にかけて迷っているように感じました。
 ヤッチーのこれからやろうとすることへの並々ならぬ決意を聞いて、カンちゃんが、あの日運命の別れ道なんてなかったんだ!俺たちはどこまでも一緒だぜ!とすべてを放り投げて突き進む姿は爽快感さえありましたが、ガキの頃の思い出を胸にといえば聞こえはいいものの、どこか現実から逃れるためのやけっぱちな行動に見え、向かった先は破滅の予感しかなく、残された家族や会社の今後を思うと、なんとも言えない読後でした。
 ただそう感じてしまうのは、私が大人の目線で読んでしまうからだとも思いました。
 あの日、大人の世界のルールによって壊されたガキの世界を再び取り戻す、男たちの物語。たとえその先に何があっても二人ならどこまでもやれると想い合うクソデカ感情が非常に美味しかったです。

38:恢复 ᴚƎƆOΛƎᴚ/柚木呂高

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 この世界と似ているようで、似ていないお話でした。
 主人公はなにかの手術をして、耳と口の機能が反対になるところから話が始まります。
 人気者になれると思って学校へ行ったら気持ち悪がられてしまい、一度は疎遠になったクラスで腫れ物扱いしている女子と再び仲を深めていく甘酸っぱいお話で、面白く読むことが出来ました。
 浅学なものでタグに書いてあったマジック・リアリズムや、スペキュレイティブ・フィクションを知らなかったので、そういったものを描くジャンルでのお約束を見逃してしまっていたら申し訳ありません。
 浜本さんが自殺するシーンではぐちゃぐちゃの死体よりも犬に夢中になるクラスメイトなどの描写で「この世界ではそこまで重大な事件では無いらしい」とわかるのもおもしろかったです。
 最後のシーンだけ、これが主人公の比喩表現なのか実際に起きている物事なのかわからずに混乱してしまったのですが、ロマンティックなシーンだということは伝わってきました。
 作者と読者には、持っている情報量にどうしても差が出てしまいます。作者の比喩表現や、何かの暗喩は伝わらないものだと思って親切すぎるかなと思うくらいに状況を説明した方がいいかもしれません。
 作中の世界説明や状況の深刻さを、しっかりとクラスメイトたちの反応で読者に示してくれたり、スルッと入って来る耳と口が逆になる後遺症や、天と地が逆に見える後遺症などの設定はとてもおもしろかったです。
 現実に似たそうではない世界をのぞき見出来たようで素敵な作品でした。

謎のお姫様:
 ズレた世界観の上に乗っかる綺麗で切ない恋の物語。柚木呂高さんの恢复 ᴚƎƆOΛƎᴚです。
 病弱な主人公が手術を受け、以降何故か人気者になれるだろうという妙な自信を持っているので「なんでだろう」と気になりながら読んでいると突然耳からご飯を食べ始めて悲鳴をあげそうになりました。
 非常に突飛な発想であり、一瞬どういうテンションで読み進めればいいか迷子になりそうでしたが、すぐに尾瀬くんが私の心を代弁するようなリアクションをとってくれ、先生が事情を説明してくれたので流れるように世界観を理解できました。
 突飛な描写をぶつけて混乱した瞬間に世界をぬるりと忍ばせることで、リアリティラインを調整する手腕は素晴らしいと思います。
 読み返すと、セミの鳴き声で口がムズムズしたりと丁寧な布石が置かれているのもわかり、奇妙な設定だからこそ理解までの導線が丁寧に描かれていると感じました。
 本作はこれ以降もなのですが「突飛もない描写」→「リアクション」→「補足説明」という流れが徹底されているように感じます。
 この流れがテンポ良く繰り出され続けるので、最後までこの世界観に惹きつけられたまま読み終えることが出来たんだと思いました。
 ただ、私モブキャラは読者目線に近いポジションだと思っていたんですけど、クラスメイトがバラバラになっているのに犬の方へ群がっているモブは耳からご飯を食べる僕に「気持ち悪りぃ」っていったり浜本さんの家庭を憐れむ資格はなくないか? となりました。今作では本筋に関係ないので詳しく描く必要はないと思いますが、この世界の住人がどういう価値基準で動いているのかがもう少し明確だとさらに深みのある世界になっていたかもしれません。
 耳と口が入れ替わったということでキスのギミックは仕込まれるんだろうと思ってはいましたが、一度目は至近距離で吐息がかかるドキドキ感で留め、大オチのほうでしっかりキスをするという構成が、よりラストシーンのカタルシスを拡大させていて、柚木さんの描きたいシーンがバシッと伝わってきたように思います。
 6000文字弱でズレた世界観の作り込みと特大カタルシスを浴びせられる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 体の弱い少年が容態が悪くなるところから始まる物語。
 無事退院した彼は、誰も持っていない特別の何かを得たから人気者になれるだろうとワクワクして学校へ行きますが、教室のみんなは彼の異質さに驚き恐れる。
 彼がみんなに得意げに披露したのは、耳からご飯を食べること。後遺症により耳と口の機能が変わったためですが、もし僕がいきなり目の前で食事したら、大人である私もギョッとして、なんとか取り繕った笑顔を浮かべただろうと感じました。
 自分とは違うものに対して人間は排他的で、子供は素の感情で表現するために、どこまでも分かりやすく残酷です。
 みんなとどこか違う立場になり、一人ぼっちになった僕が仲良くなったのは、家庭の複雑な坂本さん。
 お互いどんな夢を見るのか、語り合うシーンは彼らの心境や今後を暗示しているようでもありましたが、読み取ることができませんでした。すみません。
 自分がいなければ家族が元に戻ると考え自殺を試みて失敗してバラバラになった坂本さんが喋る場面や、血を舐めている子犬に子供たちが群がる様子は、私のいる世界とは根本から異なる異質さを感じ不安感が募りました。物語の始まりは普通であったのに、どんどんと異次元へと突入していくようで、最後に空に落ちていくシーンは、どうしてそうなったのか分からないものの、世界を締めくくるにはこうするしかないのだとも感じ、この物語から脱出できたことにホッとしたのが本音です。
 不思議な魅力と恐ろしさの孕んだ物語でした。

39:陽炎/墨也

謎の有袋類:
 1作目はアオハル作品を書いてくれた墨也さんの2作目です。
 あやかしと人間!人外×人間はいいぞ!
 家に転がり込んできたあやかしを殺す話です。
 燃える髪を持つ美形と、一緒に暮らしはじめた人外に親しみを覚え始める人間の物語、とても大好物なのですごく美味しく読むことが出来ました。
 全体的に回想が多く、めちゃくちゃ良い造形である穂村のキャラクターや、穂村と太陽のやりとりが少なかったことが個人的には少し残念です。
 これは僕の好みでワガママなのですが二万字規模の作品や長編では刀の説明も必要かもしれませんが、6000字しかない場合は思い切って刀の説明を省いてでも穂村が主人公を選んだ理由(あるのなら)や、主人公と穂村のやりとりに割いた方が読者を物語の中へ当事者として引き込めるかもしれないなと思いました。
 穂村の美しさや、気高さ、そして太陽の優しさがとてもよく描かれている作品なので、スッと数行で終わらせてしまうのは非常に勿体ないですし、連載とか字数の上限が無い状態で二人の半年間のやりとりを読みたいなと思いました。
 ビターなエンドは、二人が幸せであればあるほど輝くものだと個人的には思っています。
 めちゃくちゃ尊いやりとりを重ねたり、大きなトラブルを乗り越えさせて絆を深めた二人を引き裂いて読者の心臓も引き裂きましょう!
 本当に穂村がめちゃくちゃかっこよくて、絵になるあやかしですごくたのしく読むことが出来ました。
 太陽と穂村、二人とも炎にまつわる名前だったり、本妖に「ほんにん」とルビがふってあったりと細かな描写でニヤニヤできる素敵な作品でした。
 万能感に溢れる美形の男が無力感を覚えて死を願う尊厳陵辱っぷりも素晴らしかったです。
 墨也さんのこういう系のお話、また読みたいです!

謎のお姫様:
 同時に抱く矛盾する気持ちは、どちらかが嘘ということではない。墨也さんの陽炎です。
 墨也さんは本作が本企画2本目ですね。一本目では主人公が演劇の体験を通してキラキラとした側へと足を踏み入れるまでを丁寧に切り取った青春小説でした。
 それに対して本作は、もうある程度人格の完成している主人公と妖の関係性と、相反する気持ちを抱く主人公の葛藤のお話です。全く違った読み味となっていて、この短いスパンで全然違う味の小説を出力できるのはそれだけたくさん頭の中に世界があるんだなと感じます。
 今作のサブアイテムは刀でした。挟まれる刀の雑学が面白く、人を惹きつけながら論理立てて説明をする能力がずば抜けて高いと思いました。
 また、前作と読み味こそ違いますが二つの思いで揺れ動く葛藤というテーマは共通していて、そのどっちの気持ちも嘘じゃないという主人公の内面の描き方が素晴らしいです。
 一点だけ気になるところなのですが、一行目から心を掴んできた一作目と比較して、本作はややスロースタート気味に感じました。
 斬ってくれと頼まれた主人公がそれを躊躇するところまではある意味予定調和で、そこに「反面、刀の切れ味を知りたい」という要素が加わることで本作唯一無二の魅力が立ち、ラストの切なくも共感できるカタルシスに繋がっているので、その部分をもう少し早めに押し出してもよかったのかなと思いました。
 ラストシーンの二人の会話は、二人の気持ちがダイレクトに伝わってきて、内心の描写はもちろん、セリフの選び方が素晴らしいと感じました。
>「違う。お前の願いを否定するわけではない」
>「なお俺が生きていたならば、そうだな」

 この辺りの言い回しが、読んでいていい意味で引っかかり、半年とはいえ募らせたお互いの信頼感、お互いの性格を映し出していてとても格好良いシーンでした。
 墨也さんがここを書きたくてこのお話を書いたんだなというのがとても伝わってくる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 学芸員と妖の会話から始まる物語。
 この刀で斬ってくれと頼む穂村が、俺が研究が終わるまでの間は待とうと契約を結ぶ、二人の関係性の始まりが好きです。
 また「俺」の、逃げる時に真っ先に研究資料をつかむところや、たとえ未知の存在でも観測した以上は認める切り替えの早さ、そして一緒に暮らした相手に情が湧いて斬れるだろうかと迷う一方で、本当に妖が斬れるのか試したいと思ってしまうのは、研究者ならではの冷徹な本音が垣間見える場面であり非常に良かったです。
 何百年と生きてきた妖怪が、人の積み上げた歴史と技術により、押しつぶされる描写は人外好きにはたまらず、喝采をあげました。時代の流れにより、人と人外の関係性が変わるのが大好きです。
 そして契約の終了とともに訪れるラストはこれが書きたかったのだ、という熱いものを感じました。
 一方で、全編駆け足になったような印象も受けました。彼らの行く末を何も言わずただ見守る館長がとても好ましい人物だと思うだけに、穂村と出会った時の会話などをもっと詳しくみたいと思いました。文字数縛りがなくなった時にぜひ書いていただきたいと思いました。
 死を望む妖と学芸員の日常とその終わりの物語。人外好きとしてたまらず、非常に好きな物語でした。

40:無事に出られる病院/只野夢窮

謎の有袋類:
 BLチャレンジをしてくれた只野夢窮さんの2作目です。
 こちらは只野夢窮さんお得意のホラー! 廃病院の中、遺体安置室で目覚めた主人公がなんとか食料を手にした……と思ったらそこは通常の病院で、自分は病気の治療をするために冒頭で見た夢を何度も繰り返し見ていた! という作品でした。
 薬で見た幻覚は本人のトラウマに基づくものという情報で、遺体安置室で目覚めるあたりめちゃくちゃ不穏でよかったです。
 これが長編だったらきっとここから真相を追究するための転機が主人公に訪れ、色々な謎を紐解いていくのでしょう!
 読者に想像の余地を与える作品なのですが、もう少しヒントなどがあってもいいかもしれないなと思いました。
 読者と作者には情報量の差があり、さらにそこに物事のイメージの差や、連想するものの差が加わってくると思っています。
 ヒントが少なすぎると、比較的多くの読者は考えたり想像をやめて、結末だけ眺めてしまうので、想像したくなるようなヒントを多めに設置してあげるといいかもしれません。
 どことなく不気味で、なんとなくホラーゲームや脱出ゲームの冒頭を思い起こさせる不思議な作品でした。
 安置室や廃病院が関係してくるトラウマ……なんだろう……。本当に一度死にかけたことがあるのかな。それとも治療は嘘で、これはなにかの実験だったりするのでしょうか? なんて考えると色々不穏に見えてくる面白い作品でした。

謎のお姫様:
 記憶喪失や霊安室といった人を不安にさせるワードが並ぶホラー。只野夢窮さんの無事に出られる病院です。
 本企画2本目となる只野さん。前作はヤンキーバディモノに見せかけた時の流れの無情さを悲痛に描く青春を取り戻すお話でしたが、本作は目まぐるしく場面が展開されていくアクションホラーでした。この短い期間で全くの別ジャンルを2本も書く筆の速さ、世界作りの速さはとても強い武器だと思います。
 本作はいきなり、袋詰めにされた記憶喪失の主人公が目覚めるところから始まります。情報は出ているのになにもわからないという状況から、主人公に一体なにがあったのかというモチベーションで読み進めることができ、(少しメタ的ですが、多分主人公が何かやらかしているんだろうなあという予想もしました)一気に引き込まれる導入だったと感じます。
 主人公が病院を徘徊していくパートでは、三点リーダーの使い方が大変効果的でした。
>「カイボウシツ……ちょっと怖いな……入りたくはない……
 このモノローグが特に好きで、読んでいる私のドキドキした気持ちに呼応するかのように、いい意味で間伸びするので恐怖感が助長されました。
 そしてそのあたりから、主人公がもう死んでいるのではないかという疑念が浮上し始めます。ここで探索型アクションホラーから自分が信じられないサスペンスホラーに、ジャンルが変化したように感じました。
 最後全てが明かされてからは信用できない医療に身を投じるしかない、医者という対象に恐怖を感じるホラーになると、ホラーという大枠の中で恐怖の対象が違和感なくシームレスに移り変わり、味が変わっていくという構造がずっと怖くて面白い所以なのだと感じました。
 地の文が特徴的なので感情移入自体は難しいとも感じましたが、だからこそサードパーソン視点で現象を捉えることができ、怖い動画を見ているような感覚で読むことができました。
 ホラーのジャンルが滑らかに移り変わっていく作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 目が覚めると暗闇が広がっており、自身を包んでいる袋を開けると、どこかの暗い一室にいると認識から始まる物語。
 読者と同じく、何も情報を持ち合わせいない主人公が、手探りでここはどこなのか探索するシーンはホラーゲームのようで、この先に何があるのかと不安を抱きながら読み進めました。そもそもこの主人公はすでに死んでおり、未練を残して徘徊する霊なのではと感じていたら、生きた人に邂逅するシーンでホッとしました。
 けれど、この主人公の主治医を名乗る安本はどこか不気味で威圧的で不安をさらに掻き立て、彼の説明は本当なのかと疑わしくなり、また田中太郎という主人公の名前は与えられた偽名のようにも感じられ、うすら寒いものがありました。
 何か田中が病院に閉じ込められている理由の背後に、別の真実ががあるのではと思いましたが、よく分かりませんでした。すみません。
 また、どんな一日を過ごそうとも必ずリセットされるのは、本人に自覚がないために、心理的にはいいかも知れないと感じました。
 もし探索の途中で、この場所や状況をどういう訳か知っている、知らないはずの記憶がなぜかある、という描写があれば、心理的負担が日に日に蓄積されていき、たとえ無事にでられたとしても、なんらかの見えない障害を負うであろう予感をさらに感じたと思いました。
 探索ホラーのループの果ては本当にあるのか。不気味でよく分からない不安に苛まれるような物語でした。

41:彼女と話す/@styuina

謎の有袋類:
 @styuinaさんの2作目です。
 誰かの手紙を読み、それについて男女が話すという物語でした。
 以前までのお話と違って、@styuinaさんが得意なたくさんの擬音もなく、すっきりとした印象を受けるお話です。
 手紙の内容は、好きな人に対しての別れを告げるものなのですが、話の中でこの手紙を誰が書いていたのかということや、何故、少女が手紙を語り部に見せたのか、何を残念がっていてるのか、そして「こうして僕と彼女が二人で話をしているという事実こそが、ひとつの可能性を示しているではないか」という文章が指している「可能性」とはなんなのかがよくわかりませんでした。
 そういうわからないという目的で書いていたらすみません。
 一度、書いてみた話を読み直してみて、通じにくい部分はないかや、自分の頭の中だけで描いてある書き忘れた部分がないかなどを探してみると更に良いお話になるのかもしれません。
 やわらかな男性の語り口や、少女のかわいらしい仕草や口調はとても素敵で魅力的に描かれているので、どんどん長所を伸ばして欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 時にはすべてを話さないほうがいいこともある。@styuinaさんの彼女と話すです。
 本作は、その人が死んでしまってから愛を自覚する悲しいラブレターからはじまります。
 一行目の「わたしが殺そうとした彼女が」という入りが特に好きです。この時点ではまだミステリーなのかホラーなのか、はたまた殺したいほど愛しているというテーマの恋愛なのかはわかりませんが、それでもぐっと惹きつけられました。
 短編はできるだけ早い段階で世界に引き込むことが鍵となると私は考えているので、ここの言葉選びは素晴らしいと思います。
 そこから紡がれる恋心の自覚と、ごめんなさい。からはじまる祈りのような叫びも、あえて短い文章を多用することでわかりやすく、気持ちがダイレクトに伝わってきました。
 そこから一転して手紙の書き手の少女とそれを読んでいる男の話になるのですが、すみません、ここ以降は登場人物が誰で、誰が話しているのかなどが分かりづらい場面がありました。
 そのせいで、手紙の最後が血(?)で染まっている事がバレなくてよかったという大オチも若干分かりづらいように感じてしまいました。
 男の一人称ということで、基本的には男から見えているものしか描写できず、難しいテーマであることは重々承知の上で、頭の中に映像を浮かべながら書くともう少し伝わりやすくなるかもしれません。
(私の読解能力のせいでなにか重大な読み違いをしていたらすみません)
 人物の内心を抉り取るように描く心理描写が素晴らしいので、こういった何かを抱えた2人の心を深堀りするような作品は、ご自身の強みに大変マッチしていると思います。
 心の叫びが悲痛に伝わってくる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 詩的なわたしと彼女の会話から始まる物語、と思いきや、それは彼女宛に書かれた手紙の内容だった。
 この手紙にはどういう意味を持つのか僕とわたしは探るが……という物語だと受け取りましたが、何かラストにホラーの味がする、ということ以外分かりませんでした。すみません。
 ふゆのふしぎなはなしを読んだ時から、@styuinanさんは頭に浮かんだ情景を物語にするタイプではないかと感じています。
 情景を文字に起こすのは口でいうのは簡単ですが、自分の理解できる範囲でしか書けないため、本来の美しい情景が己の力量不足により損なわれてしまう苦しさがあると考えています。なので@styuinanが書いた今までの物語は、音で表現をすることが多いのではと思っていました。
 ただこれは私が勝手にそう感じただけで、まったくの検討違いであればすみません。
 情景を物語にする過程は楽しく苦しいものですが、書きおわった時点で一旦立ち止まり、この物語を読んだ人の心の中にどんなものが生まれるか、その先まで考えていただけると、さらに良くなると感じました。
 これからも、どこかにある世界を書きだして頂きたいと思います。

42:ナルシストな鏡/果燈風芽

謎の有袋類:
 前回はカラスと少年のお話を書いてくれた果燈風芽さん。参加ありがとうございます。
 今回はめちゃくちゃ自意識過剰な鏡の一人称で語られるお話でした。
 自分に色目を使っているという前提の鏡が徐々にそうではないということに気が付くお話で、ギミックも僕のように察しの悪い個体にも優しい仕組みでした。
 セリフの最後を組み合わせると「報われる恋」となるというギミックが今作にはあるのですが、何故そのギミックが必要なのかが弱いので、そこの強度を強めると更に最高の作品になるのではないかと思いました。
 物語も面白いですし、ギミックも親切なのですがどうしても「ギミックのために辻褄を合わせた物語」という印象が強いです。
 物語にギミックを馴染ませることが出来て、尚且つわからなくてもおもしろくて、わかると更に面白いあたりのバランスを目指してどんどんがんばっていって欲しいなと思いました。
 講評企画などの反応を踏み台にして、たくさん強くなって欲しいです!

謎のお姫様:
 手を伸ばしても届かない、そもそも伸ばす手すら……果燈風芽さんのナルシストな鏡です。
 女子トイレの鏡による一人称視点という挑戦的な語りで進んでいく本作ですが、鏡の語りが終始一貫していて強い芯のある作品だと感じました。
 鏡の言動がその細かいところまで傲慢でナルシズムに溢れていて、腹立たしさすら覚えました。
 女子トイレを利用する様々な女性たちは(鏡はそう言いませんが)それぞれ魅力があり、髪留めを選ぶ少女や恋人への贈り物を忘れる女性など、短いシーンながらそれぞれの人生が想像できるようで引き込まれました。
 ただ、これはあくまで私の受け取り方なのですが、少し鏡の言動が傲慢すぎて、最後の「自分が報われぬ恋をしているんだ」と自覚するところに対して自業自得のような感想を覚えてしまい、感情移入先がない作品になっていると感じました。
 最後の言葉をつなげるギミックについては、その必然性こそないものの思わず読み返してしまうほど力のあるものとなっていて、今までバラバラだった女性たちの世界が一つに繋がったようでした。
 もしかすると、作品外にも沢山女子トイレを訪れた人がいたけど、描かれた女性たちは主人公が無意識のうちに美しいと思ってしまっていた人たちなのかなと想像すると、そういう人たちに"報われぬ恋"を突きつけられる鏡は少しだけ可哀想ですね。
 ラストの解釈はいくつか受けとりかたがあると思いますが、私は鏡が絶望して割れたとかではなく、手を伸ばそうとあがいた結果割れたんじゃないかと思います。そう受け取ると完全なバッドエンドではないように思えて、言葉遊びのギミックも含めて受け取り方次第で味が変わる大変面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 まさかの無機物主人公三作品目。女子更衣室の壁、推しのトイレの配管と続き、今回は女子トイレの鏡。こむら川が終わる頃には、無機物主人公のパーツだけで家が建つのではないかとひしひし感じる今日この頃です。
 題名通りナルシストな鏡が語り部です。
 女が自分に対して語りかけてくると勘違いしたまま、次々に現れる女たちを評価する姿は、他に出来ることが何もないために、やっているように見え、少し哀れさを感じました。
 女たちのセリフの最後の一音を順に追っていくと報われる恋になるという謎解きでしたが、一方でどうしてギリシャ神話に出てくるのナルキッソスが日本の女子トイレの鏡になっているのか、非常に気になりました。謎を作り出すための設定であり、そこまで深い意味がないのでしょうか。
 謎探しは、一度読んでは分からなかった場合、何度か読む必要が出て来ますが、物語に面白さを感じなかったら二周目をする前に諦め、せっかく作った謎が報われない可能性があると思います。謎のためにつくられた物語ではなく、物語の中に謎が溶け込んだように作られたものであれば、さらに良くなると思いました。
 どこか悲哀を感じる女子トイレの鏡の物語。
 最後に男の魂の宿った鏡は割れましが、水仙を見つめるしかできない体をバラバラにして触れたように感じられたため、ある意味彼にとってはハッピーエンドだと思いました。

43:朝食勇者のドラゴンステーキクエスト/佐楽

謎の有袋類:
 1作目は自分にも起きそうな日常に潜むホラーを書いてくれた佐楽さんの2作目です。今回は剣と魔法のファンタジー世界のお話でした。
 好き嫌いはあるかもしれないんですけど、こういう剣と魔法の世界大好きで、便利ワープ魔法とかすごく好きなんですよね。ちょっと浮遊感があるという数文字の描写も世界観に奥行きを与えてくれる大切な要素という感じがします。
 ドラゴンのテイルステーキ、絶対めちゃくちゃ美味しそう……。あと、ヌシアユヌスというモンハンをしているとスッとどんなモンスターなのか思い浮かぶ名前めちゃくちゃ大好きですw
 文字数が下限ギリギリなので、せっかくですしステーキの味とか焼き具合をガッツリ描写すると容赦の無い飯テロファンタジー小説として更に火力があがったと思うので、講評が終わったあとに追記してもいいかもしれません。
 お約束ですが、主人公のピンチにかけつけてくれる仲間、すっごく熱い展開で大好きです。
 これからも主人公達にはおいしいごはんを食べて欲しい……。肩の力を抜いて読める素敵なファンタジーでした。

謎のお姫様:
 夜中にどうしてもラーメンが食べたくなって遠出する行事のLv100。佐楽さんの朝食勇者のドラゴンステーキクエストです
 無性にアレが食べたくなる、というのは多くの人が経験ある感情だと思います。本作は純度100パーセントのファンタジーですが、最初の問いかけでぐっと主人公との距離が近づいた感じがしました。
 タイトルでパロディを交えつつ「これはファタンジーです」と明示し、されど一行目で「これは身近な感情の話です」と教えてくれる設計が、大変話に入り込みやすくなっていると感じました。
>しかし今の俺は食欲に突き動かされた哀れなモンスターなのだ。
 など、言葉選びも大変私好みで、肩の力を抜いて気軽に読み進めることができました。
 後に繋がってきますが、冒頭の友人に扉を閉められるタイミングで、リジューの名前は出していてよかったんじゃないかな? と思いました。そのほうが駆けつけた時により「うおお!」となりやすかったかもしれません。
 名前関連で、モンスターの名前がわかりやすくて素晴らしいと思いました。ファイアドラゴンもヌシアユヌスも、なんとなく映像として頭に浮かぶ命名がなされているので「ん?」と詰まるシーンが一つもありませんでした。
 戦闘シーンについて、ハイテンポかつ、見捨てられたはずの仲間が戻ってくる熱い展開で面白かったです。そこからの食事も戦闘で苦労したことがくっきりと描かれているから、読んでいる側にも達成感のようなものが共有されるようでした。
 終始一貫してアレが食べたい! という主題に乗って突き進んでいく、芯の強い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 どこかモンハンを思わせる世界観の物語。
 一般村人がヌシを倒せるレベルなため、この世界のモンスターたちはより過酷な世界を生きているかもしれません。
 朝食に尾ステーキが食べたいという理由でまっしぐらに向かう主人公は、直情径行な性格を窺わせ、友人のリジューの日頃の苦労が見え隠れするようでしたが、主人公がファイアドラゴン相手に油断してしまい。危うく、死因:空腹及び尻尾を狙いすぎた、になりそうだったところを、リジューがわざわざ助けに来てくれた場面は、彼らの絆の深さが分かるとてもいいシーンで、二人揃ったところで猛攻が始まろうとする場面は熱血漫画を思わせました。
 一方で、せっかく手に入れた最高級食材を焼くだけだったのは少し味気なさを感じました。下ごしらえやスパイス、付け合わせをどうするのかなどがあればグルメ小説としてより満足感があったと思いました。
 朝食に情熱をかける男たちの物語。彼らのグルメを求めた戦いは続くのでしょう。

44:夜空に瞬く幾億の金玉/ぬ

謎の有袋類:
 はじめましての方です。ありがとうございます。
 初参加でいきなりパワーのあるタイトルで殴り込んで来てくれたぬさん。
 こちらのお話は、星という単語が金玉の世界に異世界転移した星くんと、その友人である成瀬くんのお話でした。
 6000字という長さですし、視界を切り替えなくても金玉くんこと星くんの視点だけでも物語を引っ張れる気がします。
 成瀬くんのターンで折角の大加速が落ち着いてしまうので、字数が半分でもいいので星くんのターンだけで走り抜けても十分戦える作品だと思いました。
 でも、これは講評なのでそれっぽいことを言おう! と思っただけで、星が金玉に置き換わった世界の発想だけでめちゃくちゃ大勝利です。
 僕が好きな部分は「金玉と万光年は相性が悪いんだ」「金玉薫になるんだよ。金玉が薫るってさ、なんかさ……オシャレじゃない?」です。
 初参戦の場所に金玉というパワーワードで突っ込んでくる胆力、そして星が金玉に置き換わっているという一本槍で6000字書ききるスタミナ、言葉遊びの巧みさは本当にすごいと思います。
 めちゃくちゃおもしろかったです。これめちゃくちゃ良い声のVの方に是非読んで欲しいです!
 カクヨムにはまだ作品が一作しかないのですが、どんどん作品を書いて欲しいなって思いました。

謎のお姫様:
 ギミックによってより浮き彫りになる友情と恋愛の切ない苦悩。ぬさんの夜空に瞬く幾億の金玉です。
 第一章、第二章と消えていた友人が戻ってきて、体験したことを話すパートが続くので話の出だしとしてはややスロースタート気味ですが、キャッチコピーが大変キャッチーで読みたくなり、盤外から心を掴まれました。
 そして本編は、ただ名前が入れ替わるパラレルワールドというわけじゃなく大城さんが生きている世界ということで、単純なコメディワールドじゃないところがとても面白かったです。
 本人たちは至って真面目に悩んでいる、というところにシュールな笑いは発生すると私は思っていて、真面目にパラレルワールドで生きるかどうかを検討しているけど向こうの世界は星が金玉になるっていう丁度いいくだらなさが好きでした。
 私は淑女なのであまり大きな声で言えませんけれど金玉と万光年の下りは腹を抱えて笑わせていただきました。
 恐らく男の子を金玉と呼ばせよう、というアイデアを膨らませて、星と金玉って入れ替わったら面白いなとなったんだと思うんですが、(全然違ったらすみません)万光年のギャグはどのタイミングで思いついたんだしょうか。こういう、発想のタイミングは違うはずなのにバッチリハマるギャグが私とても好みで、この設定をすごく深く考え抜いたためだと想像します。
 金玉くんが向こうの世界で生きることを決めるまでの思考段階がとても丁寧で、ラストもただ切なく終わるだけじゃないとても作り込まれた作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 主人公成瀬が久しぶりに友人である星の家を訪れる場面から始まる物語。
 数ヶ月ぶりにあった彼はやつれており、どこか挙動がおかしい。その理由を尋ねると、彼が異世界帰りだったと明かされる。
 そこは、こちらの世界では死んだはずの人間が生きているパラレルワールドで、定的に違うところがある。それは――星と金玉の言葉が入れ替わっているのである!
 トンチキ小説だ!!(歓喜)でも題名の時点で知っていた!!となりました。
 けれど、言葉がちょっと変わったぐらいでそんなそんなと油断していたら、金玉野源で撃破されました。続く、金玉新の清潔感に轟沈し、いれ替えで、ここまで面白くなるのかと非常に驚きました。
 もう笑わないぞと構えていても、畳み掛けるような金玉に息絶え絶えでした。金玉薫はとてもずるいです。
 その後の別れのシーンも、本人たちはいたって真面目なだけに、情緒がぐちゃぐちゃになりました。
 トンチキ小説なのにどこかしんみりとした物語。異世界では、かつて星であった金玉と大城さんの二人の未来を幾億の金玉が明るく照らしているのだと思いました。めちゃくちゃ面白かったです。

45:母が生きてるんですよ/鏡 竟金

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 街中で突然出会った男が身の上話をしてくれるホラーでした。男の語り口が地の文になっているホラーは方言が映えますね。
 こういう突然話しかけてくる系、メタな話をしてしまうと人を殺したのか、それとももう生きていない存在かどっちだろうな……とわくわくしながらお話を読ませて頂きました。
 方言にルビとして標準語の意味が書いてあるのもすごい親切で、とても読みやすかったです。
 大好きな母が病気で亡くなったはずなのに生き返ったという大筋で、語り部は倉庫で死んだ母の遺体を見つけてしまい、そこに呪術の痕跡があったことまで発見してしまう……。とても面白い話でした。
 個人的には語り部が抱いた違和感の正体や、語り部に語りかけられている主人公の動機なども明かされると、よりお話に深みが生まれるのではないかなと思いました。
 主人公のどことなく不気味な雰囲気、方言に交えて丁寧に解説される地方の風習や馴染みのない言葉への補足など読者に対してとても自然に情報提示がされていくのも読んでいて心地よかったです。
 老人達が怯えていたと言うことは、彼らの年代では似たようなことをした人がいたとういことなのでしょうか? 想像の余地が広がってとても面白いなと思いました。
 幸せなはずの家族が、実は偽りのものだったかもしれない。そんなゾッとするホラー作品でした。
 まだカクヨムには作品数が少ないのですが、意味がわかると怖い話などたくさん話数があるようなので、これからもたくさん作品を書いて欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 母親は生きているのか、僕は生きているのか。鏡 竟金さんの母が生きてるんですよです。
 本作品中盤で語られる「だって、母は今も生きてるんですもん。」というセリフをきっかけに、どんどん不穏になっていくホラー展開がとても面白かったです。
 ホラーの構造としては、語り部が自分の経験を通行人に話す、というもので、私としては"自分(謎の姫)の立ち位置が冒頭で明確になる"という設計が大変親切に感じました。
 こういう、誰に感情移入をしてどういうテンションで読めばいいかを明示して頂ける作品は、読み進めていく上で一層没入しやすいと思っています。
 本企画は文字数に上限のある企画ですので、通行人を呼び止めるパートはもう少し削り、最序盤から母が生きているなど物語の核になる設定を開示しても良かったかもしれません。
 死んだはずの母が普通に生き返っているところの描写は、語り部→母の愛と、通行人の抱く不気味な思いが両立していて、その相反する感情がよりホラー度合いを増していたように感じます。
 読み進めながら、母親の死体を何やらして蘇らせているっぽいことがわかるところが本作のオチなのかな、どうやって蘇らせたんだろうな、と想像していたんですが、そこは前フリに過ぎず大オチが用意されていたところが大変好きでした。
 ホラー映画で、背後で音がして振り返ると猫がいて、安堵したタイミングで幽霊が出てくるように、母の蘇生がわかったけど、生きてるからいいかと安堵したところに主人公の体験をぶつけられて、より怖さが増したように思います。
 最後の最後だけ、私の感情移入先ではなかった主人公本人の恐怖心も私に流れ込んできて、特に中盤以降の構造が素晴らしい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 とある小さな田舎町で地元の男が話しかけてくる場面から始まる物語。
 初めは丁寧に標準語を話しているのに、興奮して周りが見えなくなっていくにつれ方言がでてきて、しつこく余所者を引き止める姿は、隠していた本性が現れていくようで不気味でした。
 そんな彼の聞いてもらいたい話は、先月亡くなったはずの母が生きているということ、そして家の倉庫で呪術を施してある母の遺体が見つけてしまったこと。
 ここに遺体があるのなら、動いている母は一体なんなのか。父は何をしたのか。そして母の遺体を見つけてしまった後に男の体に起きた異変は何なのか。
 信頼のない語り手の話なので、どこからどこまでが真実なのか分からず、輪郭のつかめない怖さがありました。
 本当に棺桶が二つあるのでしょうか。倉庫の中へと余所者を誘い込み、何らかの儀式に引き込もうとしているようにも思えました。
 知らずにいたら、違和感に目をつぶり、今まで通り日常は続いていたかもしれません。けれど知ってしまったばかりに、信じていた日々が足元から崩れていくような恐怖がありました。

46:地の底の鏡面/狂フラフープ

謎の有袋類:
 意外にも初参加な狂フラフープさんの作品でした。参加ありがとうございます。
 村八分にされている姉弟の元へ来た謎の男が主人公のお話でした。
 洞の奥にある鏡を研究していた両親が消え、両親を寂しがる弟があちら側の世界へいきそうになるというもの。
 これは僕の察しが良くないだけだと思うのですが、クライマックスのシーンでちょっと情報が錯綜してしまっていて、僕にはよくわからない部分がありました。
 語り部の男は、普通の鏡にも洞の底にある鏡にも映らないと書いてあったように思います。
 しかし、朔を呼び戻すシーンで「鏡にしか映っていない人間の姿を見た。姉の喉元に、小刀を突き付ける者の姿を。」とあるので、それが語り部であるのだろうということまではわかったのですが、何故うつるようになったのかわかりませんでした。一応五回ほど読み直してみたのですが、それでも読み落としがあるのかもしれないです。すみません。
 全体的に自分の正体を求める男の語り口調だったり、雰囲気がとても素敵で時代的な背景もなんとなくわかるような描写もとてもよかったです。
 最後に明かされる語り部はどうやら姿が変わる不定形の存在だということが明かされます。
 どこか中編や長編の導入部分のように感じるお話でした。この短編を下地にして中長編を書いてみるのも良いと思います。

謎のお姫様:
 失ったものではなく、まだ届くものへと手を伸ばす成長譚。狂フラフープさんの地の底の鏡面です。
 本作は企画のテーマ通り主人公の一人称視点で語られますが、その縛りの中でも主人公と朔とくら、三者それぞれの想いや成長が並行して描かれていてとても面白かったです。
 特に私は鏡の定義付けがとても好きです。
 自分(自我)がいる世界を正世界と置くなら、自分がこちらにいたくないと思ってしまったら向こう側に引っ張られる、というのは今までに見たことない斬新な設定でありながら、その文章力も相まってすんなりと理解することができました。序盤で朔が両親を思っていることを何度も明確に描写している分、彼が向こう側に惹かれるのも心が痛むほどわかりました。
 どのキャラクターも自分の価値観や目的に沿った行動を取っているため、キャラの感情の動きが理解でき、最後の成長で大きなカタルシスを覚えたんだと思います。
 主人公の目的開示のタイミングが中盤ということで、もう少し序盤から物語を引っ張る要素があってもいいのかもしれません。
 本作品は、他人視点でしか形どれない主人公が、自分を映す鏡を探す、という怪異ミステリーの中に朔の成長譚が埋め込まれている構造をとっていて、それが短い文字数ながら深くて強い小説になっている理由なんだと感じます。
 その入れ子構造の物語をこの文字数で書ききる構成力が、狂フラフープさんのとんでもない強みだと思いました。
 彼が自分の姿を見つけられることを期待したくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 導入が好きです。
 どこか薄暗い洞窟の中、存在感を放つ鏡。
 この不思議な鏡こそ、これから始まる物語のキーポイントになるのだと分かり、引き込まれました。
 旅の者が会ったのは一人の少年朔。彼が静かに見つめる先は大きな洞。少年の姉であるくらの話によると、両親は洞の奥にある鏡を調べて行方しれずになってしまい、その日以来、朔は彼らの帰りを待っているのだという。そしてその日の晩に、朔もまた洞へと向かってしまう。
 気になったのは、鏡に映し出された向こう側の世界のことです。
 もしどちらも真の世界であり両親が向こう側にいるのなら、姉弟もまとめて行ってしまえば、あちらの世界で再会してまた家族として暮らせていけるのではと思ってしまいました。鏡に魅入られた両親が向こう側でどうなってしまったのか、デメリットの描写が明確になかったため、旅の者がどうしてそこまで引き止めたがるのか疑問に感じました。恐らく理由はあると思うので、そこを補強していただけると、よりスッキリ読めたと思いました。
 この旅の者を最初から男であると思って読んでいたため、実は確かな形を持たず、誰かに意思を向けられ初めて輪郭をなす存在で、今回は朔により男の姿を見出されたため、その形をとるようになった、という事実に驚きました。己の目に映らぬ姿がいつか形になると信じて男の旅は続くのでしょう。とても面白かったです。

47:16ビートの神楽/電楽サロン

謎の有袋類:
 前回はミュータントとジップガンで参加してくれた電楽サロンさんです、参加ありがとうございます。
 来日したダンスグループの面々が、ジャパニーズシャーマンこと巫女のきよさんと共に死者をダンスで弔うという夏に相応しい愉快で痛快なホラーでした。
 発想はとても面白く、得意なダンスで個性を活かした面々と猟師などの村の人々の対比が面白い作品でした。
 少し惜しいなという点は、登場人物が多くて誰が誰かわかる前に物語がどんどん進んで言ってしまう点です。
 作者は物語を書いている側なのでどの人物がどういう人なのかわかっていると思うのですが、読者側は名前だけ出されても誰が誰なのか把握をするのが難しかったりします。
 特に短編ですと短い物語の間にたくさんの人物が出てきてしまうと誰が誰か把握する前にお話が終わってしまうことが多いので、登場人物を絞った方が読者に優しいかもしれません。
 鳥居のことをオブジェと表現していたり、クライマックスの要塞のように見える御家庭から持ち寄られたスピーカーの山、そして給水塔を狙う猟師や、防災放送で奏でられるアツい曲……と盛り上がる部分がたくさんあり、痛快なゾンビものでした!
 作者と読者の情報量の差を把握出来れば、更に電楽サロンさんの思い描いている世界を読者に伝えられるようになると思います。
 前作もなのですが、毎回発想や世界観がとてもおもしろくて、読むのが楽しい作品が多いです。
 今後も作品を書き続けて欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 神楽とポッピングが、いったい何を引き起こすのか。電楽サロンさんの16ビートの神楽です。
 歴代最高のショーケース、「Funk Escape」がどのようにして生まれたのか。小説として切り取られるということは、きっとそこに想像を絶する経緯があるのだろうな、と期待しながら読ませていただきました。
 冒頭、「車をジャックしてメンバーを銃で脅す」という(現実ではそうそうないものの)硬派でリアリスティックな導入から、そのスピード感のまま「踊りで死者を鎮めてほしい」という突拍子もないファンタスティックな話に転換していくところで、戸惑いとワクワク感を覚え、一気に物語に引き込まれていきました。
 そのまま依頼を引き受け、村に到着したタイミングできよさんが登場し、ダンスバトルでお互いを認め合うまでの流れについても、無駄な描写がすべてカットされることでテンポがよく、ダンス描写に没入することができました。
 私はダンス素人ですのでよくわからない用語もいくつかありましたが、その分リアクションなどが随所に挟まれているため、何か凄いことが起きていることがビシビシと伝わってきました。
 ただ、グループメンバーや村のメンバーのキャラクター掘り下げが少しだけ物足りなく感じてしまいました。単純ですが、数を減らしたり口調や行動に特徴を持たせるなどで、全員に”きよさん”並みの個性が浮かび上がれば、より感情移入のしやすい小説になるかもしれません。
 最後の死者を鎮めるシーンは、一応ピンチが訪れつつも、基本的にはひたすら踊る格好いい描写が続き、読んでいてとても気持ちよかったです。
 そして何より、これだけの経験をした直後のショーケース「Funk Escape」が、最高じゃないわけがない! と、冒頭記事の答えが魂で理解できました。
 読んでいる中で電楽サロンさんの書きたいこと、伝えたいことがくっきりと伝わってきていて、文字を追っているだけなのに体が小刻みにビートを刻んでしまうほどでした。
 物語がひとつのテーマに沿ってハイテンポに疾走していくので、読みやすく、大変楽しい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 カリフォルニアから来日したダンスチーム「Soulectrics」。
 武道館公演を三日目に控えたメンバーたちは誘拐されてしまう。誘拐犯の目的は彼らに青海村で祈祷を行なってもらうためだった。
 とてもぶっ飛んだ内容なのに、勢いで読めてしまう不思議な読み心地でした。登場人物は多いものの誰もが個性が豊かなため、なんとなく把握できてしまう。特にきよさんが好きです。メンバーたちを小僧扱いし、華麗なステップを披露し、そして神楽を踊れるようにビシビシ鍛える姿はパワフルでアグレッシブでした。
 そして訪れる運命の日、死者たちの群が押し寄せてくる中、お手製の校庭の舞台へとメンバーが上がり始まる伝説のライブは、途中トラブルがあったものの、村人たちの手助けを借りて無事に繋げ、やり終えた姿は圧巻でした。
 気になったのは言語の壁でした。本田は英語を話せるため、メンバーと会話が出来るのは分かるのですが、文治やきよさん、村長たちはどうして通じるのか疑問を感じました。
 いっそ青海村の村人たちは、言葉は通じないけれど身振り手振りで思いは分かるという風にした方がテルマエロマエのようなチグハグ感が生まれたと思いました。とはいえこれは私の好みかも知れません。
 あの伝説のライブはどうして生まれたのか? 雑誌では決して語られない裏側の物語。とても面白かったです。

48:届かぬ手紙をゴミと呼べるか/@east_h

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 届かない誰かに当てた手紙を宛てた作品全体がラブレターとも思えるような素敵な作品でした。
>わたしがおまえに会わない理由は今日も一つくらい減って、明日もきっと減るだろう
 序盤にあるこの描き方がめちゃくちゃ好きでした!
 これは僕が察しがめちゃくちゃに悪いせいなので、間違っていたら本当に申し訳ないのですが、前世で仲がよかった相手を探しているということでいいのでしょうか?
 なんらかの理由で前世の記憶が蘇り、前世で相手が好きだったという方法で思いを綴っているのだと受け取りました。
 様々なことが明示されない焦れったさまで含めた素直じゃなさ、それでも伝わってくる相手への愛情という部分が作品の肝だと思うので、もう少し明確にどんな関係の相手で自分の状態がこうであると書いてくれと言うのも無粋になってしまうので非常に難しい作品だなと思いました。
 タグを見ないと相手の性別がわからないので、その部分を作中で書いてくださると@east_hさんのことを知らない読者にとっても親切で入りやすい作品になるかもしれません。
 季節を現わす表現や、空の色など、とても魅力的な描写が全体に散りばめられていて読んでいてとても楽しかったですし、色気やロマンティックさの溢れる素敵な作品でした。
 最後の「触れた手の熱さに慣れるのは、もう少し先のことになりそうだった。」という一文が本当に素直ではない男の最高に素直な一言という感じで本当によかったです。
 カクヨムにある作品は一つですが、文章が本当にめちゃくちゃ上手な作者さんでした。どこか別の媒体で小説を書いていた方なのでしょうか?
 色々な作品を読みたいので、今後カクヨムでも作品を書いて欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 たとえ何度死んでも、きっと覚えている。@east_hさんの届かぬ手紙をゴミと呼べるかです。
 言葉選びがとても美しくて、この作品自体が一つの手紙のような印象を受けました。私は普段あまり詩を読まないのですが、いい詩を読み終わった後はきっとこんな感覚になるだろうな、という暖かい気持ちに包まれています。
 その詩的な表現の中に、「わたし」の性格や思っていること、「おまえ」の性格がきっちりと描写されていて、読んでいると自然に二人の人となりが理解できました。特に「おまえ」を表現した「朝は眠いから嫌い、昼は眩しいから嫌い、夜は暗いから嫌い。文句ばかりつけるおまえと会うのは日暮れの時間が多かった。」という文章が好きです。テンポがよく声に出して気持ちがいいうえに、表現も詩的。「おまえ」のキャラクターがよくわかるだけでなく、本作の主題である”手紙”を書き始めるきっかけ説明につながっていく、と、たった二文にたくさんの意図が籠っていると受け取りました。こんな風に、ひとつの表現にたくさんの意味が含まれているのも、詩的だと感じたゆえんなのかもしれません。
 ただ本作は、主人公の目的が開示されるタイミングが少々遅めで、私は中盤まで「綺麗な文章だから読みたくなる」というモチベーションで小説を読み進めておりました。ここにもう一つ、物語的に読者を惹きつける何かがあれば、さらに深く引き込まれたかもしれません。
 本作では序盤から”今生”というワードが数回使われており、もしかすると「わたし」と「おまえ」の関係は前世からのものなのかもしれない、と匂わされていましたが、「おまえ」の登場によりそれが明確に提示されました。それにより、ずっと手紙を書き続けている「わたし」の健気な想いが浮き彫りになり、白黒の物語が一気に鮮やかに色づいたように感じました。
 そして、届かないはずの手紙を読まれたことにより、「おまえ」がどのくらい「わたし」を想っているかも分かるシーンが大好きです。
>「うん、嫌いだよ? でも他でもないきみが行きたいって言うならよろこんでご一緒するさ。」
 嫌いだけど、「わたし」と一緒なら喜んで。短いセリフですが、とても印象的で、詩的な表現溢れる本作品を象徴する一文だと感じています。
 ポエトリーリーディングのような、歌うような表現で語られる二人の想いが大変美しい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 一読した時に「これは講評がむずかしい」と思いました。何度か読み直した今もその印象は変わっていません。ですので、講評という名の少し長めの感想になります。すみません。
 むずかしいと感じたのは、物語の輪郭がつかめないからだと思いました。
 どこかの誰かに手紙を出し続けるわたし。宛先は別れた相手なのだろうかと思いましたが、「今回は、今生では」いうとセリフで一度、死に別れたようだと察っすることができます。
 するとわたしは今、どこにいるのでしょう。
 この世界は、ポストとわたしと家と空の他には何もない、手紙を出し続けていることでかろうじて成立しているだけで、書くことをやめたらふっとすべてが掻き消えてしまう、生と死の明確な境界のない場所のように感じられました。
 そんな場所でわたしはおまえを待ち続けているけれどが、本当に来るのだろうか。おまえとの思い出はいくらでもあるのに、顔も名前も分からないほどの歳月を経て、このままゆるやかにわたしの存在も薄れていくのではないだろうかと不安になりましたが、二人が再会した時はとてもよかったと思いました。
 思いを書き綴った届かぬ手紙が、かろうじて世界を成立させ、やがて
 再会を果たしたきっかけになったのかもしれないと考えたりしました。
 ぼんやりと曖昧な世界が、再会をきっかけに形をなす、不思議な物語でした。

49:鬼塚アキラの災難/桜居春香

謎の有袋類:
 和風ファンタジーやホラーといえばこの人!というイメージに僕の中ではなっている桜居春香さんの作品です。参加ありがとうございます。
 今回のお題は「男性の一人称小説」なのですが、前編の終わりで主人公の身体的性別は女性だと明かされます。
 どうお題回収をしてくれるのかなー? 心の性別かな? と思っていたら、男性の幽霊が中に入り込んでいるという種明かしが早々に明かされてすごく面白いなと思いました。
 残念なのは、このお話が一作の作品というよりは、導入で終わってしまっている部分です。
 短編小説としてですと、事件も解決した後ですし、説明だけされて終わっているので物足りない気持ちが大きいです。
 ゲームに例えると最初のチュートリアルが終わったくらいだと思うので、次回や自作は是非最初のボス戦くらいの出来事を起こして欲しいなと思いました。
 短編小説としては非常に物足りないと思うのですが、連載作品の第一話としてはすごく魅力的な作品です。
 鬼塚アキラ本体の人物像もかっこよさそうですし、人徳がありそうながらだらしないという一面があり、現在中に入っている「オレ」は、どちらかというと几帳面で細かい性格という印象を受けました。
 これは、アキラの本来の人格が途中で目覚めたとしても、美味しい展開になりそうですごくワクワクします。
 是非、このまま連載をして欲しいなと思いました!

謎のお姫様:
 心霊スポットに取り残された鬼塚アキラに降りかかった災難とは。桜居春香さんの鬼塚アキラの災難です。
 本作はいきなり大学生三人組をシメるというとても強いシーンから始まります。
 どうして殴っているかはわからないけれど、格好いいシーンだという感想を抱き、ツカミでとても心を掴まれました。
 そこから理由を補完していく形式で物語が進行していきますが、確かに三人組には殴られるだけの理由があったとわかり、とてもすっきりしました。本作は、前述の殴られている理由も、この後に控えている最大のギミックも、理由説明パートの説明導線がとても丁寧に敷かれていて、「ああ、なるほど!」と気持ちよく納得することができました。興味本位で後輩女子を巻き込んで心霊スポットに行くような人たちは殴られても仕方がないですね。
 そして、第一章のラストで、語り部が生物学的に女性であることが明かされました。お題が「男性の一人称」なのでどう扱うのだろうかとワクワクする引きとなっていて、それが心霊スポットと絡んだ憑依という形で解き明かされる謎解きパートもとても面白かったです。
 ただそれと矛盾するようですが、後編のほとんどが謎解きとこれからの話に使われていたので、短編小説というよりは長編小説のプロローグという感じがして、もうひと盛り上がりが欲しいなと感じてしまいました。
 「オレ」が格好良くて頼りがいのある女性なのにとんでもない汚部屋に住んでいるところや、「俺」がダチを解放するために戦おうとしているところなど、過去編やこの先がとても気になり、この世界観でいくつか別の作品も読ませていただきたいと感じました。
 なにより一番好きなところが、「俺」が「オレ」の中に入ったからこそ、「オレ」をとても信頼していることがわかるシーンです。
>「俺に耐えられたんだからオレにも耐えられるはず」
 設定的にこの二人が出会うことはないのでしょうが、いつかこの二人でコンビを組んで、世の理不尽を殴り飛ばしていってほしいなと応援したくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 心霊スポットに置き去りにされる場面から始まる物語。
 肝試しに行こうという先輩の誘いを断りきれず、迷った末に知り合いの後輩岡野は主人公に頼る。
 けれど、心霊スポットは本物で恐ろしい目にあうがなんとか窮地を脱っして帰路につく。そこで主人公は実は女性だと分かります。
 一旦クリアしたと思っていた男性の一人称のテーマ回収をどうするのだろうと思っていましたら、本当は心霊スポットにオレの魂は置き去りにされており、冒頭から話していたのは体を乗っ取った男の幽霊だった、という今までにない回答でした。
 この男の目的はなんだろう、一体主人公の体を使って何をする気なのだろうと不安を感じて読み進めていたら、アキラの家の汚さに毒づく様子に笑ってしまいました。
 悪霊だと思っていた「俺」も実は被害者で、そこから彼の目的が明かされるまでの話の流れは非常に鮮やかでした。
 一方で打ち切りエンドのような終わり方だと思いました。
 今回のレギュである6000字以内におさめるためには仕方がないかもしれませんが、「ここからどうなるのだろう」とワクワクした気持ちが尻すぼみになる読後感でした。俺の戦いはこれからだ!ではなく、一つの戦いを終えたけれどこれからも続く!であればより満足感を得られたと思いました。
 心霊スポットでのあまりにも大きい代償と償い。友達を解放し、オレを取り戻すための戦いの行方が気になりました。

50:有閑ムッシュと春の朝/クニシマ

謎の有袋類:
 恐るべき女たちを投稿してくれたクニシマさんの二作目です。
 一作目とはがらりと変わって静かで情緒や二人の心情がじんわりと染みこんでくるような作品でした。
 自分の老い先が短いことを語り合い、時には若かった頃の思い出を電話で話し合う二人。読んでいて「そっちにはいけないな」と言うので、どういうことだろう……と思っていると、途中でお互いに顔を合わせることが出来ない理由が明かされます。
 めちゃくちゃ静かなエモ……。お互いに家庭が有り、妻がいて、それぞれの余生を過ごす中で時折最近のことをそっと話し合う静かな話ですが、感情の揺れ動き、かつては輝いていた過去を懐かしむ様子など読んでいて二人の関係性に引き込まれる作品でした。
 猫に生まれ変わって……という下りの部分は、本当に叶わないとわかっている与太話ながらも二人ともとても楽しそうに話していて、隣にはいないけれど確かに強く繋がっているという関係性が本当にすっごくよかったです。
 この二人があまり長くないであろう余生を穏やかに過ごせることを思わず祈りたくなる作品でした。

謎のお姫様:
 明日呼吸が止まるとしても。クニシマさんの有閑ムッシュと春の朝です。
 本企画二作品目となるクニシマさん。前作ではゆうくんとあや羽の二人を描いた、キャラクター描写がとても巧みな恋愛小説を読ませていただきました。
 本作はアメリカと日本にいるもう長くない二人が電話をするお話ですが、クニシマさんの高いキャラ描写力と展開の切なさ、希望が入り混じり、一本の名作映画を観たような気分にさせていただきました。とても面白かったです。
「アメリカにだって畳くらいあるよ」「第一、君の死に顔なんか見たくない」などセリフのひとつひとつが、この二人が長年気の置けない関係をやってきたんだなということが想像でき、だからこそ二人ともに死んでほしくないとどちらにも感情移入をすることができました。
 一文目に関してもインパクトがあり、どれだけ早く心を掴むかという短編小説の鉄則を体現した素晴らしい導入だと思いました。ただ、全体を通して見ると、少しだけ強い言葉を選んでいる気もしていて、開始時の文章から、こんなに美しい小説が続くとは思っておらず、ほんの少しだけ戸惑いました。(それは全体を読んで静かで美しい物語だと分かっているから言えるだけかもしれません)
 人生色々なことがあったでしょうし、これから痛みに苦しむ最期になってしまうかもしれませんが、死ぬ間際にこんなにも強い信頼関係で結ばれた人と一緒に生きることができるのは、きっと幸せなんだろうな。と思ったところにちょうど「素晴らしい人生であったと、心底そう思う。」という一文が挟まれて、きっとクニシマさんは読者にどんな気持ちになってほしいかを想像・計算されていて、モノローグや会話劇でそうなるよう導線を引く構成力がものすごく高いと感じました。
 印象的に挟まれる情景描写も頭の中に映像が浮かぶようで、こういう風に死ねたら、幸せなんだろうなと自身の最期についてもふと思いを馳せてしまう作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 いきなり物騒な話から始まったため、会話をしている人物たちは思春期かと思ったら、実は歳を重ねているのだと分かった時は、先入観で見ていたものがくるりと反転し、非常に気持ちよかったです。
 大きな起伏や山場がなくただただ静かな、なんでもない日常を切り取ったような物語。けれど、どこかひんやりとした手触りがするのは、死という現実を繰り返し突きつけてくるからだと思いました。
 自分の命が長くないと気づいた時、何かの間違いだと否認し周囲に反発し孤立してしまう、という話を聞いたことがあります。
 この二人もまた、死を受容するまでに多くのことがあったと思います。でもお互いがいたからこそ、今日という日を穏やかに過ごすことができるのだと感じました。
 今日もまた、お互い何事もなく過ごすことができた、なんでもない一日の物語。いずれ遠くない未来、もしかしたら明日にでそれは来てしまうかもしれないですが、一日でも長く続けばいいと思いました。

51:血を要求する街/Forest4ta

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 吸血鬼にインタビューをするネットニュースの記者という、往年の名映画と近いコンセプトのお話でした。
 こちらの吸血鬼は血だけではなく、殺した人間の肉も食べる結構珍しいタイプの吸血鬼像で楽しく読ませて頂きました。
 吸血鬼が人知れず治安を守っているという部分や、吸血シーンは官能的であるというような王道ながらも主人公の語り口がどことなく俗っぽいおかげで軽やかな読み口になっていて話が重くなりすぎず、間口が広い作品になっていると思います。
 これは僕の好みの部分なので、あまり気にしなくても良いのですが折角インタビューをしているのですし、吸血鬼の見た目はもっと描写をしてくれると嬉しいなと思いました。
 髪色は何色で、肌は白いのかどうか、牙はやはり普段から鋭いタイプなのかとか、瞳はどんな色でどんな服装なのか……を書いてくださると吸血鬼大好きな僕としてはめちゃくちゃうれしいです。
 吸血鬼のアクションシーンや、前に来た記者の葛藤、そして自分がどうするか決断をするところで話を区切り、読者に想像の余地を持たせる結末など読んでいてドキドキ出来る素敵な作品でした。
 章のわけかたというか、一ページ内で話数を進めるというカクヨムでは珍しいタイプの描き方をする方ですが、メイン戦場はエブリスタとかだったりするのでしょうか?
 文章を書くことに慣れている方だなと感じたので、カクヨムでもどんどん色々な作品を書いて欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 主人公はそこから一歩踏み出すことができるのか、そしてその一歩は踏み出していい一歩なのか。Forest4taさんの血を要求する街です。
 本作は、一段落目のモノローグからいきなり主人公のキャラクターがぎゅっと凝縮された描写ではじまります。コンキチの平凡さや面白みのなさ、そしてそれを気にしているような素振りなどが描かれることで、彼を応援したくなり、物語に引き込まれていきました。コンキチがニヒルぶった口調で自分を客観視しているところが特に好きです。
 本作のように、この物語を進めてくれる主人公がいったいどんな人物なのかを序盤から明示していただけると、私は感情移入がしやすく、一人称視点小説では特に、より物語に没入できると感じます。
 ただ、中終盤まで本作の世界が”一般的に吸血鬼がいるファンタジー日本”なのか、”吸血鬼が潜んでいるかもしれないけど基本的には現代日本”なのかがわからず、リヴァーさんに対してどういう感情を抱けばいいかが迷っていました。
 本作のテーマは「平凡なコンキチは街を滅ぼす選択をとれるか」というところだと思いますので、きっとこの世界は現代日本と同じ価値観で動いていると捉えています。
 しかし私は、編集長やコンキチが”吸血鬼がいる体”で話を進めているように読んでしまったので、少し迷ってしまったんだと思います。本作は書きたいテーマがとても魅力的で面白い作品だと感じたので、そのゴールに不要なノイズはできるだけ削除していいのかな、と思いました。
 リヴァーさんの、言葉遣いや姿かたちは人間と変わらないものの、言動や振る舞いで絶対人間じゃないと分かるところが好きです。リヴァーさんの描写やコンキチの心理描写がとても巧みでしたので、人物描写力がとても高いと感じました。
 結末の二者択一を突き付けるときに、以前の会話で出てきた前の記者を持ってくるところも、布石が丁寧に置かれてあってとても気持ちよかったです。
 こういう、ネジの外れた選択肢をとれる人間は現実にも少ないと思います。コンキチにはそれを乗り越えて、ネジの外れた側にぜひ行ってほしいと応援したくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 ネットニュースライターである主人公コンキチが吸血鬼へ取材するところから始まる物語。
 この世に潜む秘密と混乱が起きない理由は何か分かるだろう、という編集長のセリフは先が気になるとてもいい導入でした。
 そうして出会った吸血鬼リヴァー氏は意外なほどにフレンドリー。ご飯を奢ってくれるし、飲み仲間も多い。
 けれど、本性はどこまでも残酷で、彼の食事の後に駆けつけてくれる清掃係がいるほど殺すのに手慣れた様子。
 この危険な吸血鬼を放っていいのか。抱え込んだ鬱屈した感情を爆発させたい思いと、その結果起きる事態に責任を取れるのか揺れ動く中、彼がこの先、どんな選択をするのか読者に判断を委ねるラストは好きです。
 ただ一方で、もし私がコンキチならリヴァー氏をそこまで危険だと感じなかったため、記事にしないと感じました。
 確かに暴漢たちは凄惨な最後を迎えましたが、因果応報なところがありやむ無しと思ってしまいました。もし暴漢たちの命乞いを無視して血飛沫を上げるシーンというような、読んでいてゾッとするリヴァー氏の残酷描写がもっとあればまた違った印象を受けたかもしれません。
 また安寧のために血を要求するといっても、数個の輸血パックで数ヶ月生きていけるほどなら大した量ではなく、また対価の報酬として必要充分量しか受け取っていない姿は、彼の律儀さを感じました。
 吸血鬼の庇護を受けた街の、昼と夜の物語。彼の選択の先が非常に気になりました。

52:帰還/つるよしの

謎の有袋類:
 前回は悲しい異能持ちの女性を描いた「グラジオラスの花弁」でエントリーしてくれたつるよしのさんです。参加ありがとうございます。
 宇宙戦争の後、帰還した主人公を迎えに来た幼馴染みを中心としたお話です。NTR!(多分寝てない)
 主人公が幼馴染みに違和感を覚え、じわじわと不安や嫌な予感が大きくなってきたところで種明かしをするお話でした。
 主人公が幼馴染みにとっては悪辣で最低の存在だったことが明かされるという一人称で記述するという利点を最大限に利用したお話でした。
 これは好みの要素が大きいのですが、前半で主人公の悪さを都合良く変換した思い込みなどがあると後半の種明かしでもっとスカッとポイントが高まるような気がします。
 人懐っこい無害なやつだと思っていた幼馴染みが、虎視眈々と自分への復讐を企んでいたことに、圧倒的に優位で戦争も経験したはずの主人公が恐怖を抱くという部分が、主人公のショックの大きさがどれだけのものなのか表現できていて非常におもしろかったです。
 主人公と幼馴染み、そして元婚約者がどういうことになるのかと色々な想像が出来る素敵な作品でした。

謎のお姫様:
 思い描いていたのと異なる故郷に帰還することは、帰還と呼べるのでしょうか。つるよしのさんの帰還です。
 宇宙戦争から地球に帰ってきた主人公の心境を描いた作品ということで、本作はジャンルがSFではあるものの、テーマは「変わってしまった故郷と人間関係、そして復讐の話」と身近なものになっていて、とても読みやすい物語でした。
 カイとシュウは久しぶりに再会したというのにどこかぎこちなく、六年という月日が流れた二人の生々しい会話に聞こえました。そしてレンカの名前が出たところでカイだけでなく私のテンションも一気にピリついて、なんとなくレンカは生きているものの、もうカイの知っているレンカではないんだろうなと予想が付き、この時点でとても切なくなりました。お話全体を通して、綺麗な文章を下地に、哀愁の漂う悲しい雰囲気が乗っているのも、負の方向へ感情が動く要因なのかなと感じました。
 テーマにマッチした文章になっていて、相乗効果でより陰鬱になっていると思いました。
 そして、ただ時間のせいで心が離れてしまっただとかそういうものではなく、明確な悪意が介入している点も面白かったです。主人公に恨まれるべくする理由が具体的に描写されていて、シュウ側の気持ちがわかってしまうところもやるせなくて好きです。
 ただ、私冒頭からずっと主人公に感情移入をしてしまっていたので、急に主人公に突き放されてしまったような感じがしてしまいました。ここのどんでん返しは主題ではないと私は想像しているので、もう少し序盤から”実は何かある主人公”だと匂わせておいてもよかったかもしれません。そこのどんでん返しが主題でしたらすみません……。
 ラストのモノローグも、この救いのない陰鬱なお話を締めるのにふさわしい、「ああ……」となる文章でした。本当に帰還したんだろうかと。タイトルの”帰還”はミスリードで、主人公は故郷ではない深い闇に帰ってしまったというオチがとても綺麗に決まっていて、いい意味で居心地の悪い読後感を味わうことができました。
 一通り宇宙を体験した主人公だからこそわかる絶望を非常に強く感じられる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 戦乱を終えて、六年ぶりに故郷に帰ってきた主人公カイを出迎えてくれたのは幼馴染のシュウ。
 家路への車の中、カイの頭に浮かぶのは三年前から音信不通の婚約者レンカのこと。彼女は今どうなっているのか、カイの心情と重なり、一刻も早く知りたいのに、嫌な予感が膨れ上がり聞きたいけれど知りたくないと思わせる描写がとてもよかったです。
 もしかして彼女は生きてはいるが、死ぬよりも酷い目にあっているのではと考えていたら、シュウの口から真実が明かされ、帰ってきてくれてよかった、という言葉に込められた本当の意味が分かった時はゾッとしました。
 復讐のため婚約者を奪う行為は、たとえ相手が戦死しても、彼が生きていたらおさまるべきポジションを乗っ取ってしまうものであり、シュウが長年、カイに抱いていた感情がどれだけ根深いものか分かり、また幼馴染の知らない一面を見てまるでここは故郷ではない別の場所のようだというカイの、地続きの現実を受け取れない様子が、どこまでも二人の間の溝を物語っており最高でした。
 これは完全に個人の好みなのですが、文字数にまだ余裕があるので、レンカとの再会までありましたら、よりよかったと思いました。婚約相手が戦争にいってしまい、果たして彼は無事に帰ってくるか分からない不安に駆られ、とうとう別の相手と結婚してしまった彼女が元婚約者のカイに出会った時にどんな表情を浮かべるのか気になります。後悔なのか、諦めなのか、怒りなのか、戸惑いなのか、とても見たいです。レンカとシュウの間に生まれた子供に偶然あってしまい、絶望するカイもいいと思います。完全に私の好みです。
 六年ぶりの帰還と、修復不可能なまでになってしまった関係性。彼らのそれからが気になりました。非常に面白かったです。

53:そこに映るは苦い夢/おくとりょう

謎の有袋類:
 前回は不思議な美女のお話と、トマトを育てる蛇のお話を書いてくれたおくとりょうさんです。参加ありがとうございます。
 僕は詩が本当に全然わからないのと、察しが本当にめちゃくちゃ悪いので、読み落としている部分が多かったら本当にすみません。
 多分双子の姉とそっくりの自分が、理想の姿とどんどん遠くなるのが苦痛な主人公と、徐々に大人になっていき、色欲的なものに目を奪われて相手自身を見ない周りに苛つく主人公という感じのお話だと感じました。
 言葉遊びの部分は作法などがわからなかったのですが、韻を踏むと詩的には多分いい部分なのだろうなと思いました。本当にせっかく書いてくれた部分やギミックを拾えなくてすみません。
 なにか後書きみたいなものがあれば読んで学びたいなと思いました。
 女装が人気だったけれど、年齢を重ねるにつれてその需要が下がっていく部分、それでも理想と離れてはいるけれど見た目は良くてモテる主人公、ほろ苦い恋愛の思い出などエピソードがたくさん盛り込まれていて楽しく読めました。
 おくとりょうさんが描きたいのが多分双子の姉?と主人公のなんらかだと思うのですが、それが他のエピソードによって薄れてしまっているかもしれないので描きたいことをどうすれば目立たせることが出来るのか考えて再構成してみると、作品が更に伝わりやすくなるかもしれません。
 詩の部分は僕にそういう消化酵素がないせいでうまく受け取れない部分もありましたが、主人公の葛藤や、双子の姉に対するなんらかの強い感情、そして姉から自分に対してもなにやら強い感情があるという部分が伝わってきて面白かったです。
 魅力的なキャラクターを動かす力は前回よりも更に高まっていて、もっとこの登場人物の話を読みたいなと思ったのでこれからもたくさん作品を描いてどんどん強くなって欲しいなと思います。
 詩の部分は通じないからといって止めたりしないで、あとで解説記事などを書いて詩の読み方やコツを布教していってくれたらなと思います。

謎のお姫様:
 結末がわかっているから素直にエンディングを受け取れない。おくとりょうさんのそこに映るは苦い夢です。
 表題やNo grassなど、のっけから言葉遊びが全開で、おくとりょうさんワールドにぐいぐいと引き込まれていきました。
 そんな頓智のきいた言葉遊びに対して、描かれるモノローグはかつて美少年と呼ばれていた主人公の、どうしようもない二次性徴の物語ということで、そのミスマッチさがこの物語の独自性のある読み味を演出していると思いました。
 紡がれるミツキの内面は、読んでいてとても心が苦しくなり、可愛い男の子ではなかった私もなぜか共感できてしまうほど、気持ちが伝わってきました。続く過去編でも、ミツキの男子中学生分析などが本当に生々しく、おくとりょうさんは人間の内面を切実かつグロテスクに抉り取る描写力がとても高いと感じました。
 物語の構成も好きです。可愛くなくなってしまった今を描いてから、性処理に使われていた中学生時代、恋人のできた高校生時代を描くという構成ですが、いずれ彼の可愛さに陰りが生じることを知った状態で、可愛い無双の成長譚を読み進めていくことになりますので、自然と頭の片隅に悲しい結末を予期し続けることになります。
 ロードムービーチックな成長譚ですが、ゴールが明示されていることでより物語に没入できるようになっていると感じました。
 私はハッピーエンドが好きですので、個人的には”第一章の後”の、今の自分を受け入れて前を向いたミツキを見たかったです。ただ、ここで終わるからこそ、姉さんとの楽しい絡みのおかげで読み味はすっきりかつ、未来を知っているから読後感は最悪、という読書体験をすることができたんだと思います。
 少なくとも私はそういう捉え方をしたので、”読者に抱かせたい感情”のフィードバックとして参考にしていただければと思います。
 言葉遊びやルビの振り方にこだわりを感じ、登場シーンこそ少ないものの姉のキャラクター描写も大変すばらしかったです。人間の内面の掘り下げがとても深く、面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 二次性徴を迎え、男性になった己の体を見つめる場面から始まる物語。
 何度か読み直したのですが、本当に読めたのか自身のない部分が多々あり、そのような講評になります。すみません。
 一番気になったのは、そもそも僕がどうして可愛い僕でありたいかの理由でした。
 恐らくなのですが、同じ顔の双子の姉を理想としているからでしょうか。
 姉が好きで、姉と同じ姿形の自分でありたいから、ゴツい体になった姿を彼と呼び、ありし日の自分を僕と読んでいる、と読みました。
 ただそうであれば、彼女ができた時に、彼女の求める素敵な彼氏を演じるため、可愛いを控える姿に疑問がありました。
 根源的に求めているのが姉自身の姿であれば、可愛いを貫き通すのではと思ったからです。成長した体を見て、可愛い僕はもういないと諦め、この体で生きていこうと思ったけれどできなかった、という風にも考えましたがその後、すぐに合コンに誘われて行ってそこそこ楽しめるならそうでもなさそうだと感じました。
 また承認欲求を満たされるから可愛い僕でありたいのかとも思ったのですが、周りにそう求められたからやっただけで、格別に強い意志があるわけではなさそうだと思いました。
 相手の欲求に対して男や女の代替品を演じる芯のなさと可愛くありたいと強く願う姿がややアンバランスに思えたため、姉に対してどのような感情を抱いているのか、可愛いままでいたいと思うのはどうしてか、この点で補強があるとより、僕の心情がより伝わると思いました。
 体に追いつかない心の物語。彼の今後が気になりました。

54:はさまれ 情欲の百合/和田島イサキ

謎の有袋類:
 アナルに日本酒、金閣寺を燃やし、人間BL門松と様々なインパクトを投じてくれたイサキさんの新作です。参加ありがとうございます。
 はさまれる弟、ジェネリック姉、ゴリラ、力強いパワーワードに負けない物語の骨子の強さ。
 そして序文の使い方がめちゃくちゃカッコいい。ずるい。
 百合を書くぞーと言っていたイサキさんを見て、その時には既に「男性の一人称小説」というレギュレーションを考えていた身としてはめちゃくちゃ愉悦だったのですが、やってくれたな百合小説! とニコニコ顔で読みました。
 終始はさまれるのかと思っていたら、挟まれていたのは七年前の一夏の思い出としての期間と、七年越しに墓参りに来た左側+ジェネリック姉の二度。
 ほぼ出番のない姉の描写を、語り部の主観で語りきる筆力は本当にすごいなと感じました。
 あと、主人公が左側さんの名前を言わないのも頑なな意思というか、同じ女を想った相手への一筋縄ではいかない感情を表しているようですごく好きです。
 というか、左側ってのはそういう意味も含めていて、一見ゴリラでがさつな姉がそういうことという理解で良いのでしょうか? そういうことだと思い込みます。とても良いと思いました。一見清楚で内気な人が夜はリードをする。とても良い。
 講評なので粗を探すぞーーーーと思っても特に何も思い浮かばないので、早くそういう賞などに応募して商業作家デビューとかしてください。
 僕はイサキさんの後方腕組み古参ファン面をしたいと思います。

謎のお姫様:
 俺は彼女を、大人を越えていくことができるだろうか。和田島イサキさんのはさまれ 情欲の百合です。
 強いタイトルと、惹きつけられる引用文で読者の心を掴み、いざ本文でも「また愛し合う女と女の間に挟まってしまった。」と、ある種戦争の火種になりかねないモノローグをいきなりぶつけられて、すぐにお話に引き込まれていきました。
 導入から流れるような語り口でゴリラの紹介をされ、コメディ要素が強い現代ドラマなのかな、という気持ちになりかけたところで「年齢が追いついた今でさえ」という一文を挟むことで一気に話に深みを持たせるという、計算されつくされているであろう序盤の構成が素晴らしかったです。
 和田島イサキさんの文章は、一見すると頭の中に思い浮かんだ文章をそのまま書き連ねているように見えるほど流暢で美しいものですが、例えば
>「毎年、きっちり、ひとつづつ。俺は、あの人を置いてけぼりにする。

>してやる。」

 の”してやる”で明確に改行が打たれているところで特に感じたのですが、どこで句読点を打ち、どこで区切ると読んでいる人が一番気持ちがいいかを計算して書かれているように思いました。
 その分序盤の設定開示のところも流れるように読んでしまい、大切な描写を飛ばしてしまいそうになることもありましたので、時々会話を挟むなどで、明確に目が止まるところを設けてもいいのかもしれません。
 お話のテーマが百合に挟まる男ということで、どんなやばい男が出てくるんだと思っていたら、もっとやばい左側さんが出てきて、簡単に想像を越えられてしまいました。お盆のお墓でねえちゃんとよく似た新生されたジェネリック姉(この表現も最悪に不謹慎で大好きです)と出会い、ようやく二人ともが過去に決着を付けられる、というのも因縁めいた成長譚となっていて面白かったです。
「——この先。」以降の主人公のモノローグは、ド派手なシーンではないものの、今まで抱えていた主人公の「姉や大人へのあこがれ」が一気に”決意”で塗りつぶされ、とても大きなカタルシスを感じました。
 この先、彼が再び姉と出会うとき。きっと姉は、何か詩的な表現で彼を誉めてくれるのでしょう。そう想像したくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 回を重ねるごとに二つ名が増えていくイサキさん。
 イサキさんはアナル日本酒のように、初手パンチで相手をノックダウンさせて物語に引きずり込むのを得意とするイメージがあるため、開幕前からファインティングポーズで構えていたのですが、無事KOされました。
『また愛し合う女と女の間に挟まってしまった』
 ここまである一定の層の人たちを即座にブラウザバックさせる言葉があるでしょうか。
 百合にはそこまで深い造詣がないのですが、百合に挟まる男が多大なヘイトを集める存在であることはツイッターで流れてくるので知識として知っております。
 百合の世界をぶち壊すから、愛し合う二人の世界を邪魔するからなど、嫌われる理由が他にも色々あるかと思いますが、その(一部の人にとって)悍ましいとさえ感じる行為を「また」と呟くこの男は一体何者?どういうことなの!?と思った時点でもうこの世界の中にいる。初手パンチがとても強いです。
 そしてその挟まれた真相は姉の元カノが弟の関心を姉から引き剥がそうとするためだったというもの。川の中に百合が見えたので拾いに行ったら、思っていた以上に情念が深くて「アッこの川、深いッ!!」と溺れ死ぬかと思いました。
 けれどこの弟も、姉という台風に鍛え上げられただけあって並の根性をしていない。
 始まりこそ、挟まっちゃいましたという受け身だったかも知れませんが、そのまま流されるのをよしとせず、左手の彼女、右に庇護役、どちらも我がものにしてやると吠える姿は、ハーレムをつくるアシカのごとく猛き魂。アンドロステロンが十分放出されていると思いました。
 そんな嵐の中心を失ってしまった二人の、それからがとても印象的でした。
 姉と同じ年齢になり前を向いて夏を過去にする弟、ジェネリック姉を新生してしまう夏から抜け出せない元カノ。
 どこまでも対照的で、でも彼らのそれぞれの戦いは始まったばかりなのかと思いました。あと骨延長手術はやばいと心から思いました。
 過ぎ去った台風が後に残していったもの。とてもよい挟まれでした。

55:対象:非対応につき読込不能/目々

謎の有袋類:
 嫌な田舎のホラーを書いてくれた目々さんの二作目です。
 今作は後輩の奇声を聞いてしまった先輩が、後輩から釈明をされるお話です。
 一作目の講評の時も書いたかもしれないのですが、本当に僕は察しがめちゃくちゃに悪いので、察しが悪い人はこう受け取るんだなという目安に思ってくださると幸いです。
 人間はついわからないものの中から意味を見出してしまうし、方言や知らない言葉をパッと聞いても意味がわからなければ流してしまうというお話でした。
 意味がわかると怖い話などでも「実はこれは○○国の言葉でこういう意味だった」という話がありますよねという、わかりやすい例も作中で語られていてすごく納得しながらおもしろく読ませて頂きました。
 これは多分僕が拾い損ねているだけなのだと思いますが、後輩が豆知識を披露して終わったように思えるので、もしギミックを仕込んでいたらそこをもう少し目立たせてくださると僕のように察しが悪い生き物が何かに気付けると思います。
 本当にこれは僕が極端に苦手というだけなので、あまり気にしなくていいと思います。すみません……。
 そういうギミックが仕込まれていて気が付かなかったとしても、後輩と先輩のやりとりがすごくおもしろい作品でした。
 先輩にとってはよくわからない後輩、後輩にとっては頼りなくてからかいがいのある先輩というような関係性、とてもよかったです。
 後輩、先輩を誘ってホラゲーをしながらめちゃくちゃ嫌な話なども普段して欲しいな……と普段の二人の様子を思い浮かべてふふっと微笑ましくなりました。
 たまたまあちら側とつながってしまったらなにが起こるのか、考えてゾッとしている先輩の表情が浮かぶような素敵な作品でした。

謎のお姫様:
 その言葉が何かの意味を持った時、果たして何が起こるのか。目々さんの対象:非対応につき読込不能です。
 目々さんは本企画二作品目です。一作品目は”因果のない恐怖が何よりも怖い”という人間の根源的な恐怖に挑戦されていました。それはある種ホラー作品へのアンチテーゼで、斬新で面白い切り口だと感じました。
 本作も、ホラー作品を全く別の切り口で切り取るその着眼点がとても光っていたと感じます。
 怪異体験をした人が狂うのは、私たちが理解できないくらい上に行ってしまっただけというこの物語の発想の始点はとても理解しやすいものの上に、先輩への解説ということで理解の導線がまっすぐ引かれていて、とても読みやすかったです。
 偏差値が20違う人間とは会話がかみ合わない、という説を思い出しました。
 一点だけ、なぜかわからないんですが本作で妙に”フリスク”の描写が気になってしまいました。先輩が怖がっているせいか、二回登場しているせいかわからないですが。ホラー作品で、こういう印象的なオブジェクトが出てくると、私は何か恐怖演出として使われるのではないかと身構えてしまいますので、あまりノイズになるようなオブジェクトや描写は削ったほうがいいかもしれません。
 主人公がケツクセや方言の例を用いて自分の考えを述べていくパートは、個々の具体例にも読みごたえがあり、話しているテーマも、それを説明する道中も両方とも面白かったです。
 主人公がいつか”それ”を引き当てるまで奇声を上げ続けるだろう、というオチがしっかりとホラーテイストに仕上がっており、本作がただの「面白い発想だね」で終わらない怪奇小説になっていると感じました。
 主人公の言っている意味も、やっている行動の意味も理解はできるけれど、”なぜそれをやっているか”が理解できない。このあたりは一作目の因果・理由のない現象が一番怖いというところに通じているのかもしれません。
 余談ですが、セリフも容姿の描写も全くないのに、先輩が可愛く見えるところが好きです。
 いつかその奇声が意味を持って、主人公が酷い目に合うのも面白そうだと、たくさんの未来を想像したくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 いきなり謎言語から始まる物語。
 なんだこれ?と思いました。中途半端に意味が分かるからこそ、この断片的なものに何か意味があるのではないかと疑ってしまう。その時点でこれから始まる物語に、もうすっぽりハマっていたのだと思いました。
 コロンブスの船がアメリカ大陸に来た時、アメリカインディアンたちは「船」という概念がなかったため、船を認識できなかったという真偽不明の話が好きなのですが、後輩の話にどこか似たものを感じました。
 知識は見える世界を広げてくれますが、知らずに済んでいたものを認識してしまうこともあります。
 知らないままの方が幸せだったかもしれませんし、何が起きているのか正しく理解できずにズブズブハマってしまっているかもしれない。
 読んでいくうちに、この後輩の謎な行為の理由分かってくるのですが、根本的に何をやりたいのか分からない。
 理解してしまったら何かの引き金を引いてしまうのではないか? いや、理解しないままでは対処法も分からないまま巻き込まれてしまうのでは?
 このジレンマにじんわりとした怖さがありました。
 しかし、どうしてサークル室で後輩はこんなことをやっているのか、家でやって欲しいと心から思いました。

56:写真の中の、花嫁事情/白里りこ

謎の有袋類:
 前回は、ジャムが戦うお話を書いてくれたりこさんです。参加ありがとうございます。
 戦時中とか少し昔のお話なのでしょうか?詳しくないので外れていたらすみません。
 移民として生活をする主人公が新たな家庭を築こうと、日本に居る女性とやりとりをするといったお話でした。
 短編小説としては導入部分で終わっているので、出来れば作品内でもう少し出来事が起こって欲しかったなと思います。
 連載作品の一話としてだとか、連続テレビ小説の一話としてはとても魅力的な作品で「この二人はどうなるんだろう」というワクワクした気持ちになる作品でした。
 短い字数ですが、その中に主人公である清さんの少々不器用ながら実直な人柄、康子さんが歯に衣着せない物言いをする人であることや、松三郎さんのお節介でいい人だけれど伝統的な価値観をお持ちの方であるという風に登場人物達の性格が活き活きと描かれているのが非常に印象的でした。
 こちらの作品を一話にして連載にするのも良いと思います。今後もたくさんの作品を書き続けていって欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 幸せになってほしいからこそ、誠実で。白里りこさんの写真の中の、花嫁事情です。
 数十年前を舞台にした、ハワイ移民の日本人の話ということで、もはや異世界というレベルの現代日本とはかけ離れた技術や価値観で物語が進行していきます。
 しかし、松三郎さんの言葉や主人公のモノローグで、”そういうものです”という基準線がきっちり描かれているので、世界の背景を理解しやすく、想像しづらい部分もすっと受け入れることができました。
 また、松三郎さんのキャラクターもとても好きです。お節介で時々鬱陶しいものの、親切心からくることがわかっているから邪険に扱えないというキャラクターは、ヘイト管理が難しい印象があるのですが、(悪意のない悪が一番邪悪だと私は受け取ってしまいます)松三郎さんには全くそういう感情を抱きませんでした。これは、言葉の節々に主人公を本当に気遣っているんだろうなという想いがにじみ出ているからだと思います。本作には主に三人のキャラクターが登場しますが、三人とも、口調と行動が終始一貫しており、白里りこさんの中に彼らは確かに生きているんだろうな、と感じました。
 ただ本作には起承転結の”転”に当たる部分が希薄に感じました。これは個人の好みかもしれないのですが、”転”パートで一度物語をサゲたほうが、ラストの二人が出会った時のカタルシスが大きくなるような気もしました。
 誠実でいたい主人公の書く手紙は、松三郎さんでなくても「そこまで書いて大丈夫か?」と言いたくなるものでしたが、それゆえ康子さんの覚悟が決まった、という展開はとても美しく、面白かったです。
 二人が出会うパートも、康子さんの凛とした性格の中に確かに優しさが混じっていることが伝わってきて、先にも少し書きましたが、短い描写でその人物を魅力的に描く力がものすごく高いと感じました。
 この先たくさんの苦労が待ち受けていると思いますが、二人ならきっと乗り越えられるでしょう。そんな確信を抱ける作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 日系二世である主人公橋田の嫁取りから始まる物語。
 この土地へ来た両親のため先祖のため、血を残そうと嫁を迎えたいと思うものの手元にあるのは花嫁の写真だけ。
 親代わりで面倒見のいい田中さんの、ホノルルに来てしまえばこっちのもの、いい嫁を娶るために自分をどんどん盛った方がいいと言う姿は、選ぶ側の傲慢さを感じましたが、橋田は対照的。
 旅行業の発達している現代とは違い、来てしまったら最後、二度と日本の地を踏むことはできず、家族友人とも会えることはないかもしれない。大変な苦労がありますが、その覚悟はあるのかと手紙を書いてしたためる行動は彼の誠実さが伝わりました。
 またお見合い相手である康子さんの返答が好きです。あの時代に求められただろう女性像とは真逆をいく信念を曲げる気はないと短い手紙の中でも伝ってきました。
 一方で導入で終わったように感じられました。
 まだ文字数に余裕があるのでこの先が見たいです。
 康子さんに尻にひかれる未来しか見えないですが、彼女の才覚で暮らし向きが良くなっていくのだろうと明るい未来を感じました。
 これから始まる二人の生活に幸あれと願います。

57:桃のタルトに罪はない/坂本真下

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 ブラコンのお兄ちゃんが弟に頼るお話でした。どこか頼りないお兄ちゃん、すごく可愛くて素敵ですね。
 顔が抜群に良いご兄弟だと思うのですが、その描写が無くてもそう感じてくるのが素晴らしいと思いました。
 兄弟の尊い関係性と、ろくでもない女たち……過去に何人犠牲になったのか数えるのもやめてしまったのだろうと感じさせる手慣れた様子もとてもよかったです。 
 短編ですし、せっかくなら一行目に死体をお出しすると、グイッとお話に引き込まれる人が増えるかもしれないなと思いました。
 こういう殺人をしているけれどのほほんとしたお話、個人的にはめちゃくちゃ大好きなので、読んでいて楽しかったです。
 結構多くのみなさんが、グロを執拗に描写しがちなのですが、殺害方法も、死体の処理方法もカラッとしていて兄弟の関係性に集中出来るバランスが素晴らしいなと思いました。
 背景などに母親の教えがあるというのもすごく好きで、この作品短編でも十分に面白いのですが、これを一話やスピンオフにして中長編を書いてもいい題材だと思いました。
 お兄ちゃんへの感情を吐露する弟の気持ちが最後に書かれているのもめちゃくちゃ好きです。
 カクヨムにまだ一作しかない作者さんですが、今後も色々と書いてみて欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 コミカルに描かれる狂った兄弟愛のお話。坂本真下さんの桃のタルトに罪はないです。
 のっけから、兄のブラコン度合いがこれでもかと描写され、かつ一つ一つのエピソードがコミカルで笑えるので、メインとなる二人のキャラクターを一瞬でつかむことができました。本作は基本的にキャラクター同士の会話で物語が展開していくスタイルですので、どういうキャラクターが物語を動かしていくのかを最序盤から掴ませる人物描写力は、大変強い武器だと感じました。
 終始不穏気味な雰囲気を纏ったうえでコミカルな会話劇が繰り広げられるので、二人の間に死体が転がっていると分かって物語が大きく動いても、コミカルな雰囲気は変わらないという塩梅がとても好きです。
 死体情報が明かされた直後の兄弁明タイムが特に好きで、「……あれ? もしかしていつもと同じ感じだった?」と最後に察してしまうところが可愛くてとても魅力的なキャラクターだと感じました。兄、好きです。
 恐らくこの死体情報の描写は読者を驚かせる”転”の役割ではないと感じていて、もしそうなんでしたら、読者にインパクトを与えるという意味でも冒頭から「兄は定期的に人を殺している」ということを提示してもよかったのかもしれません。
 死体処理のパートも雰囲気が変わらないままでとても楽しく読ませていただきました。殺したというのに鞄の汚れを気にする兄や、兄を応援したり突っ込んだりする弟が、客観的に見たらとても狂っていてある種のホラー描写ともとれるんですが、ここまでで築いたコメディとしての基盤があるのでそう受け取らず、ずっとニヤニヤしっぱなしでした。
 ラスト三行のどんでん返しも、うすうす感じていた実は弟→兄のほうが太い矢印が向いているんじゃないかということが明示されただけではなく、いままでやべー恋人ばかりと付き合っていたのは実は弟のせいじゃないか、という疑惑が沸いたところでスパッと終わるところが面白かったです。コミカルな雰囲気のまま、衝撃を突き付けて終わらすことで、物語に更なる統一感が出て、より強い印象を残す短編小説になっていると感じました。
 人から人への狂った愛をコミカルに描き続ける作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 とある一室で泣く兄を弟がなだめるシーンから始まる物語。
 兄はふられたから泣いているのだろうか、でもふられても当然とも思えるほどの重度のブラコン。ハリネズミの話はただの一例で、会話をするたびに必ず弟の話をしていたのだろうと伺えるほど。
 そして兄にどこまでも甘い弟もまんざらではない様子で、仲の良い兄弟はいいぞといいぞと思っていたら――「今回はなんで殺したの」という弟のセリフがぶちこまれて、待って?と思いました。
 確かに冒頭で「あの女」ではなく「この女」と呼んでいるのにあれ?と違和感を感じていました。二人が麦茶の置かれていたテーブルで向かい合って仲良く話し合っていた時から、ずっと死体がそばで転がっていたと気づいた瞬間、どうやらとんでもない世界に来てしまったようだと思いました。
 目の前の死体をどうするかより、凶器の醤油瓶の中身の使い道をどうするか悩む弟。弟に応援され骨を粉砕する兄。
 やばい二人が相乗効果でやばい事態を引き起こし、やばい方法でなんとかする(物理)姿に、これが愛の共同作業というものかと現実逃避しました。
 けれど、この一連の作業も、お互いの絆を確かめるための行為にも見えました。まるで毛繕いのよう。やっているのは死体処理ですが。
 彼らにとっては死体が増減するのも日常の一つなのでしょう。とてもよい兄弟愛の物語でした(白目)

58:殺し屋の手は冷たい/myz

謎の有袋類:
 前回は不幸の絶頂という青年の不気味な独白を描いてくれたmyzさんの作品です。参加ありがとうございます。
 今回はいつでも冷徹な殺し屋のお話でした。
 殺しの才能があると言っても過言ではない主人公が、才能を活かせる仕事に就き、とある同僚を殺す仕事を完遂する間際のお話。
 神川の台詞回しが往年のチンピラものという感じですごく大好きです。
 いきなり女の姿の怪異が現れ、そいつが神川を殺すシーンなのですが、本当にいきなりだったので前半部分に伊佐原さんがそういうものを見える性質であることを仄めかしておくと作品を読んだ時の気持ちよさが増したかもしれません。
 意外性のある結末! というものは、本当に突拍子も無いことを書いてしまうと読者がムッとしてしまう場合もあるので、ちょっとネタバレになってしまうのかなと思うくらいの伏線を置いておいた方が読者にとって気持ちが良い読み口になると思います。 
 かっこよく全体的にハードボイルドな雰囲気があり、ルビやセリフなどで世界観や空気感が捉えやすくとても面白い作品でした。
 これからもコンスタントに作品を書いて欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 それでも、俺の心は動かない。myzさんの殺し屋の手は冷たいです。
 手も心も冷たい殺し屋が身内を殺すという展開で、起承転結がくっきりしていてとても面白かったです。
>「手の冷たい人は心が暖かい、とか人は言う――嘘だ。」
 という哲学が特に私は大好きでしたた。誰もが聞いたことのある通説を真っ向から否定することで、引き込まれるワンセンテンスとなっており、主人公のキャラクター性を掴むことができました。
 ただ、主人公の実際に喋る口調と地の文の語り口調に少し乖離を感じてしまったので、一瞬どちらが喋っているのかわからなくなるタイミングがありました。
 私もこの喋り口調は大好きなので何とも言い難いのですが、二人の差分を作るために口調は別の特徴付けするなどしてもいいのかもしれません。
 二人の対決の間に女が出てくる”転”のパートは、どう考えてもこの世ならざる危ない女が出てきて、一気にホラーテイストへと舵が切られました。最初は神川と同じように私も「なんだこの女は」程度にしかとらえていなかったのですが、
>「女の顔の眼のある位置、そこにはぽっかりと黒い穴が開いていて、虚ろな眼窩の中に凝った闇だけが、じいっと俺を見つめ返していた。」
 ここの描写がとても怖く、背筋が凍りました。
 具体的表現と抽象的表現を織り交ぜることで、より怖い映像をイメージしてしまうんだと思いました。
 神川はまだ唆されただけで、きっと殺される程度で十分だったのに無限の苦痛を味わうことになってしまい少し同情しています。
 そして、そんな出来事があったというのに心の湖面が平静なまま消えていく主人公にも少し恐ろしいものを感じました。終始一貫して彼の心は動かない、という描写がとても徹底されていて面白かったです。
 いつか彼の心が動く日は来るのでしょうか。そんな日を夢想してしまう作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 殺し屋の独白から始まる物語。
 向かう先は、裏切り者への制裁。
 なんといってもこのガンアクションが好きです。煽りあいに、揺さぶりあい。ジョジョっぽさを感じるセリフもツボでした。
 また神川が三下感満載で、女性を人質にとって盾にする非道な行為は、これからどんな目にあっても後味の悪さが残らない親切設計だと思いました。
 人質を前に伊佐原はどう対処するのかと思いきや、女性はこの世ならざるもの、それも超弩級のヤバい存在だった――。
 アクション映画を観ていたつもりだったのに、実はホラー映画だった……!と思いました。これは個人の好みなのですが冒頭で、伊勢原は見えないものが見えると言う情報開示があれば、唐突なジャンル変更感が少なくなったと感じました。
 しかし、ハリウッドホラーのように悲鳴をあげてスパッと死ねないのは陰湿さを感じてとてもグロい。そんな恐ろしい光景を見ても、冷静に分析する伊勢原のどこまでも平静な様子に、始まりの一文の納得感がありました。

59:赤い砂の道を/南沼

謎の有袋類:
 こむら川でははじめましてです!参加ありがとうございます。
 草さんのストロングゼロBL小説でお見かけしていて、とっても良いお話を書くのだなーと思っていました。
 今作は年上の大人に憧れる少年のお話です。
 見た目は荒っぽいながらも知的で様々な経験をしている憧れの大人であるジェシー、そして祖父や街の友人達を通して垣間見るバイカーのコミュニティに憧れているフランシス。少年の目から見た大人たちを描いた後に、後半で大人になった自分からかつての子供であった自分の背中を押す……という構成がとっても良かったです。
 海外には疎いのですが、アメリカの田舎の風景などの描き方が好きで映画やゲームなどで見るダイニングバーを想像出来ました。
 6000字という文字数の中でノイズになりそうな内容である父親との喧嘩や、祖父の家にあるバイク修理の話など思い切ってカットしている部分は本当にすごいと感じていて、南沼さんの中でどういうシーンを読んで欲しいのかが明確になっているのだと思います。
 個人的にはなんらかの事情で動けなくなったジェシーと再会して欲しかったかもしれない……。ですが、かつての大人になった今のフランシスは、もうすっかり思い出の中にいる彼と再会するのは望んでいないのでしょう。
 最後の「ハロ―、見知らぬ友だち。どうしてそれに乗らないんだい?」という締めもめちゃくちゃ大好きです。
 これからもたくさん作品を書いていって欲しいです。

謎のお姫様:
 きっと今でも、彼に憧れている。南沼さんの赤い砂の道をです。
 子どものころに多くの人が抱えていたであろう、「憧れの人に甘えたい」けれど「ガキに思われたくない」という感情の切り取り方がとても巧みで、冒頭一段落目からフランシスを応援したくなるくらい好きになっていました。
 彼の憧れの存在であるジェシーは、大人の私から見ても筋が通っていて格好よく、フランシスが憧れるのもよくわかるような人物描写だったと思います。
「どうしてフランシスは彼に憧れたの?」という読者の疑問に対して、長々と説明せずに彼の人物像を描き、「こういう人物だから憧れるのもわかるでしょう」と回答しているのがとても鮮やかだと感じました。
 ただ、あくまで私の意見ですが、文字数に対して若干登場人物が多く感じ、この物語がジェシーとフランシスの物語なのか、ジェシーと街の物語なのか掴みかねてしまいました。私はラストシーンがとても好きなので、もう少し二人だけに焦点を当ててもよかったのかなと思いました。
「いつでもなれるさ。今すぐにでも」からはじまる、フランシスがバイカーへの憧れを吐露するシーンでは、短い文の会話がより本心を浮き彫りにしているように感じ、この二人の関係性が最高潮に達したとても素晴らしいシーンだと思いました。
 二人の会話パートを締めくくる「なれるさ。バイクがあるなら、どうしてそれに乗らないんだ?」という言葉はフランシスだけではなく私の胸にも突き刺さりました。
 きっとここの文章が、南沼さんにとってのキラーセンテンスで、その自覚があるからこそ、ラストでもう一度繰り返したんだと思います。
 私はこういう、本当に伝えたい一文がくっきりと伝わってくる小説が大好きなので、とても心地よい読後感に包まれました。
 あの頃憧れた人はもういないけれど、その憧れに少しでも近づけるように、明日からも生きていく。私も二人に勇気をもらえた気がする作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 春の到来とともに待ち人が来る場面から始まる物語。
 子供は庇護すべき存在であり、いずれ大人にならないといけないもので、また大人は大人でなくてはいけない、という社会の価値観からはずれた存在であるジェシーはとても魅力的で、フランシスが憧れる気持ちがありありと伝わりました。
 子供を子供として扱わないことは、相手を自立した存在と認め信頼してくれる証でもあり、まだ己が何者か分からない者にとっては、寄るべになってくれる存在で、そんな彼らを迎え入れてくれるダイナーもまた境界の曖昧な場所にあり、なんとも好きな雰囲気でした。
 好きなものを好きのまま生きていくのは、遊んでいるようにしか見えず、変わらぬ日常を暮らしているものにとって、愚かな行為に時間を浪費していると受け取られる。彼らがジェシーたちバイカーに憧れと嫉妬を抱いてしまうのは、現実という楔なんて知らずにどこまでも羽ばたく自由があるように思えるからかもしれません。でも彼らの、死が身近にある刹那の生き方、そして好きを貫くために他のものを手放さなければならない覚悟を知らないからこその勝手な物言いかもしれません。
 かつてジェシーが見てきた光景を同じ目線で見ているフランシスが、過去の自分がそうであったように、誰かの背を押してあげようと思うラストはじんわり来ました。
 持って生まれて来てしまったもの。誰にも強制できないもの。
 はずれ者の彼らの生き方が誰かに受け継がれていく、とてもいい物語でした。

60:幽霊オークション/武州人也

謎の有袋類:
 食堂のおばちゃんという七不思議ホラーを書いてくれた武州さんの二作目です。
 なんとなく空気をタッパーにつめて悪戯半分の気持ちで売っていた霊感があるわけでもない大学生のお話です。
 彼女と水族館デートの後に流れるように廃墟に行くのがなんとなく僕の中にあるパブリックイメージの大学生という感じでいいなと思いました。
 そして彼女が巨乳なので好きという、なんとなく軽率でそらタッパーにつめた空気を霊って売ってみようとするわ……みたいな納得感のあるパーソナリティが好きです。
 最後は廃墟に行ったときに捕まえた霊入りのタッパーが、ずっと謎のアカウントによって自動延長を伴いながら値段をつり上げられているというこれからどうなるのかわからない嫌な感じの現象が続くというものでした。
 なんとなく導入で終わりという印象を覚えるので、下限ギリギリの作品ということもあり、もう一捻りくらい事件を起こしても良かったかもしれないなと思いました。
 でも、なんか特にめちゃくちゃ迷惑なわけではないけどじわじわめちゃくちゃ怖いという読み口は朗読とかで映えそうなのでこのままで終わるのもありっぽい。
 僕の好みというのと、講評でこうだよというだけで十分魅力的でおもしろいお話でした。
 今回、美少年がいなかった……美少年……。
 武州さんのホラーとかパニックホラーも好きなのですが、また妖艶な美少年に狂わされる男のお話も読みたいです!!!!!!!!!!気が向いたらよろしくお願いします!!

謎のお姫様:
 早く主人公を解放してあげてくれ、と叫びたくなる。武州人也さんの幽霊オークションです。
 本企画二作品目となる武州人也さん。一作品目では残したら酷い目にあう学食という都市伝説を体験した友人と、それを間近で見てしまった主人公というホラー小説でした。
 今回も前作同様キャッチ―なタイトルとコピーで、果たしてどんな作品が来るのかと期待していたところ、二行目の「その辺で捕まえた幽霊をパック詰めして、出品しているのだ。」でめちゃくちゃ笑ってしまって、一気に作品に引き込まれました。素晴らしい導入でした。
 第一章はそのまま出品の仕組みがコミカルに語られていきますが、第二章での美雪ちゃんとのデートパート、後半の廃墟シーンはとても怖く、急な落差に背筋が凍りました。
 廃墟の外見をビデオカメラを回しているかのようにねっとりと描写し、美雪ちゃんの口からバックボーンを語らせ、中に入っていくという説明の順番についても、最初に映像を浮かべさせることにより、後の話を全部映像付きで読んでしまうという構成で恐怖を助長する演出になっていると感じました。
 なんとなく主人公が没個性に思え、(幽霊をタッパーに詰めている時点でそんなはずないのですが)キャラクターに感情移入がしにくかったので、もう少し主人公の内心の語りが多くてもよかったのかもしれません。
 ガチ心霊スポットの霊を詰めたタッパーを出品するとどうなるのか。とても恐ろしいことが起こるのか、逆に何も起きないのかと予想していましたが、ただ無限に自動延長され続けるという一番意味が分からず不気味なオチになっていて、じんわりとした恐怖感に包まれました。
 幽霊たちはそもそも複数なのか、一人で複垢なのか。落札しようとしているのか、ただビビらそうとしているのか。そもそも幽霊の仕業なのか。
 何一つ確信を持てることがなく、何のために行われているのかもわからないという、理由のない恐怖の描き方がとても素晴らしかったです。
 なんでもいいから早く解放してあげてほしい、と祈りたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 始まりが好きです。幽霊を捕まえてパックにしてオークションにだして売っているという自己紹介。
 彼は霊が見えるのかと思いきやそんなことはなく、やっていることはインチキそのものではあると本人も認めているのに、きちんとそれらしきものがいそうなところへちゃんと赴く誠実さ。この趣味と実益、需要と供給がバランスよく成り立つのは、この現代ならばありうるだろうと思いました。
 そして今回は彼女の趣味でしぶしぶ付き合っていった場所で、たまたま採取したものが、恐るべき値打ちになっていき、落札されないままなお値が釣り上がっていくというもの。
 一体何が入っているのか。何に価値を感じて彼らは値を釣り上げているのか。怪異に触れてしまった美雪の何か大切な部分を詰めてしまったかもしれないし、超ド級のものだったからかもしれない。
 そもそも美雪は彼が幽霊をオークションに出していることを知っていて、何かさせるためかに近づいたかもしれない。いつもと違うことが起きてしまった因果関係はなんなのかと考えてしまうのに、はっきりとした答えはないところに、すっとするような怖さがありました。
 水族館デートの話はなくても本筋は大きく変わらないと思いましたのでスパッとなくしてしまった方が、ショートショートの形がよりバシッと決まったように感じました。しかし武州さんがサメ好きなことも知っているので、入れたいから入れたんだ!という熱いソウルを感じるところでもあり、そこは個人の好みかもしれません。
 例の物は落札されたらどうなるのか。落札者は何をしようとしているのか。非常にとても気になるホラーでした。

61:神林凛子の死亡事件/宮野花

謎の有袋類:
 一作目では、Vtuberについてのお話を書いてくれた宮野花さんの二作目です。
 こちらは人を殺してしまったと通報した二人の少年と、彼らの話を聞いた精神科医のお話。
 容疑者二人は、神林凛子という共通の友人を山で殺してしまったと警察に通報したけれど、神林凛子という女性はいなかったというお話でした。
 人間の認識をハックしてくるタイプの怪異、とても怖いですね。
 導入の「その通報があったのは~〝高校生・神林凛子死亡事件〟のはじまりである。」は多分三人称記述に近いので、いっそのこと別ページに序文として載せるとかっこよさとわかりやすさが両立できるかもしれません。
 少年達の独白のところで急に地の文が変わる部分もあるのですが改行や余白のお陰でわかりにくくはなっていないなどの各所に気遣いが見られる部分も丁寧だなと感じました。
 お互いをかばい合っているのでは無く、恐らく、二人とも自分の中で思う真実をただただ話しているのだろうということがじわじわとわかる話の構成もすごく面白かったです。
 一作目の時にも書きましたが、カクヨムに置いてある作品がまだ少ない作者さんなので、どんどん作品を投稿して欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 ホラーとミステリーの美味しいところが混ざった怪作。宮野花さんの神林凛子の死亡事件です。
 ミステリは殺人事件が起こるまでをどう惹きつけるかという部分がとても難しいジャンルだと思っているのですが、本作は高校生の男の子が殺人を自供するところから物語をはじめ、キャッチ―な事件名を付けることで一気にお話に引き込まれていきました。ただ、のちの展開を考えると、もう少し早く隆君の語りに行ってもよかったかもしれません。
 私、とても鈍くて、〝高校生・神林凛子死亡事件〟っていう事件名を見ても全然ピンときていなかったんです。ああ、神林凛子さんが死んだんだな、程度にしか思っていなくて。結局”誰も神林さんを殺していない”という真実が明かされた瞬間に「確かに、隆君が殺したなら”神林凛子殺人事件”になるはずだ!」と気が付き、最初から伏線が敷かれていたことにとても驚きました。
 もし察しのいい人が読んで「ああ、殺人事件じゃなくて死亡事件ということはどちらも殺していないのか」と勘づいたとしても、多くの人が自殺を思い浮かべると思います。
 本作はそんな甘い予想の遥か上を行った「同時に二人が同一のイマジナリーフレンドを見ていた」という解答を用意していて、もし私が事件名の伏線に気が付いていたとしても真実ですごく驚いていたと思います。
 ここまで、ミステリとして素晴らしく、それだけでも面白いなと思って読んでいたのですが、さらにもう一段展開が用意されていて、しかもそれが十分布石の撒かれていた無理のない展開で、とても面白かったです。
 エピローグでワトソン役の同僚に事件の真相を話す、というのはとても王道の謎解きパートです。その王道という心理を逆手にとって、ワトソン役にギミックを仕込んだその大胆さ、とても素晴らしい発想だと思いました。
 別に神林さんは何か悪意を持った存在ではなさそうなんですが、自分の意識がいつの間にか塗り替えられてしまうかもしれない、という描写がとても怖かったです。実際私もめちゃくちゃ自然にワトソン役の同僚を受け入れてしまいましたから。
 円満解決にもう一段展開を用意しておくのがとても鮮やかな作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 人を殺した、という電話を受け取ったことから始まる物語。
 高校生である裕也と隆と神林凛子の三人は肝試しをしにいったが、途中でいなくなってしまった神林に腹をたて、謝って崖から突き落としてしまったというもの。二人は自分がおしてしまったと供述する。
 殺したのはどっちか?と思わせてここで状況は一変。
 そもそも神林という人物はいない、死体もない。
 神林凛子は本当に存在したのか。なんらかの怪異が原因で彼女はどこにもいない存在になったのではと、一気にホラー度が増してゾクゾクしました。
 一方で、神林がラストにでてしまったことで彼女の存在が不気味感より不思議感が強くなったと感じました。
 部活をやめたことを言い出せずにいたけれど伝えるきっかけとなってくれ、しかもコーヒー淹れてくれる。どちらかというと、とおりすがりのチョッカイを出しては消えていく怪異なのかと思いました。
 これは個人の好みなのですが、確かにここにいたのにどこにもいない、いたのかさえ曖昧な存在の方がよりホラーに感じたと思いました。
 神林凛子とは一体何者なのか。今後もどこかに顔を出しては奇妙な思い出だけ残していくのだろうと思いました。

62:あさりとうしお/いりこんぶ

謎の有袋類:
 前回、前々回とこむら川では百合を書いてくれたこんぶさんです。参加ありがとうございます。
 今作はめちゃくちゃあやしげな男がうどんを食べたお話を語ってくれるというそれだけのお話なのですが、どことなくめちゃくちゃ怖い。
 めちゃくちゃおいしいうどんを食べて、貝になった夢を見て、それからは貝をなんだか食べられなくなったとまとめてしまえば短いお話なのですが、本当にずっとぞわぞわするというか、怖い話を聞いているような雰囲気でした。
 飽きさせずに最後まで読ませる筆力が本当にすごい……。
 本当になにか読み逃したことがないか何度か読み直したけれど、多分本当に謎のうどん屋に行っておいしいうどんを食べただけなのかもしれない。
 本人は自分の頭がクズだからと言っているのですが、不思議なそういうお店だった可能性もあり、こう……不思議な魅力に溢れたお話でした。
 飯テロしつつ、ホラーのような気分にもなる不思議なお話でした。
 自主企画などでコンスタントに作品を書いていてくれてすごいうれしいです!たくさんこんぶさんのお話読みたいな……!

謎のお姫様:
 なんとなく私も貝が食べにくくなったような気がします。いりこんぶさんのあさりとうしおです。
 総論するとオッサンがうどんを食べる話ってだけなのですが、彼の語り口が異様なくらい臨場感に溢れていて、思わず話に引き込まれていきました。
 こういう語り口なので、初めは「ホラー的な展開があるんだろうな」と思っていたのですが、オッサンが念を押すように二度も「ホラーちゃうで」と言ってくれるので、とても親切な小説だと思いました。
 私はジャンルを予想しながら読んでしまう癖があって、例えばホラーっぽいなと予想した結果ただのラブコメだった時などに、ちょっと損した気分になってしまうことがあるんです。そういうジャンル乖離問題をできるだけなくすよう気遣ってくださったオッサンにとても感謝しています。
 ちなみに、私が鈍かったらとても申し訳ないのですが、本作は本当にオッサンがうどんを食べただけ、ですよね?
>「オッサンがうどん食べただけのしょうもない話や。そう思わなあかんで。」
 というセリフの、「そう思わなあかんで。」の部分にギミックが仕込まれているように感じ、何か見落としたんじゃないだろうかと勘繰ってしまいました。
 気付けていなかったらすみません。
 私が本作で一番好きな要素は、なんと言っても食レポの部分でした。
 海の味。潮の味。うどんもぷりぷりで。あんなんなったん初めてやったわ。
 抽象的な、それでいて何となく想像のできる表現に具体的な食感を混ぜ、最後にオッサンの感想で締めることで、本当に美味しそうなうどんだなと思い、これならあさりになってもおかしくないなと思えるほどでした。
 あさりになったときの描写もとてもエロティックで、すごく心地のいい時間だったということが想像できました。
 語り口、食レポ、夢の描写がとても巧みで、引き込まれていく作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 おっちゃんの話から始まる物語。
 うどん屋に行った話、かと思えば別の話になり、またうどんの話に戻る。けれどまた別の話題になり、彼が本当に話したい内容に中々辿り着かない感じが、仕事中になんの用件なのか分からない電話が来てしまいタイミングを見つけて切りたいけれど、相手は寂しくて寂しくてようやく話せる相手を見つけて嬉しくなってどこまでも話し続けたいという気持ちが伝わるので中々切りづらく、しかしそろそろ業務に支障をきたすレベルの長さになり、近づいてきた先輩が早よ切れと視線を向けてくるあの圧を思い出しました。過去の記憶を掘り返す文章力、とても怖いです。
 うどん屋でうどんを食ったというお話なのですが、しかしなんとも手触りが恐ろしい。食べて以来、腹の中に海がある気がする。女への興味がなくなった。そして貝を食べると共食いをしている気さえする。
 随分とおくまで来たという冒頭の言葉が、彼が現実から切り離されてどこかの海を漂っているように思えて、夢を見るたびにどんどん海へと還っていくように感じました。そこまでの感情を抱かせるあさりうどんを食べたいかと言われると、まだ人生に未練がある身としてはちょっと……という感想を抱きました。
 グルメ小説というよりホラー味を感じるのですが、彼にとってはこれからもずっと大切にしていく大事な思い出なのだろうと思いました。

63:妖精王の愛し子たち/悠井すみれ

謎の有袋類:
 謎の有袋類の心臓を狙い撃つ天才! 第10回ネット小説大賞コミックシナリオ賞受賞おめでとうございまーーーす!
 すみれさんを初めて見かけた時の第八回本山川小説大賞を思い出すような作品でした。
 豪奢ですごく仰々しい歌のような作品でした。めちゃくちゃカッコいい。そして黒髪長髪人外……最高。
 妖精たちの特徴なのか、最初は「どういうこと?」となったのですが、徐々にその謎が明かされていくのが気持ちよかったです。
 人間たちが愚かで魔王を都合良く語り継いでいくという王道の設定、勇者は黒髪長髪で、その妻は回復魔法の使い手というのもすごく素敵です。
 一度読んだだけだと勇者が妖精の子なのか、妖精の王に特別選ばれた人間の子なのかがわからなかったのですが、これは僕がこういう文体になれていないからというのが大きいかもしれない。
 語り手がものすごく偏愛的なことと、勇者と妖精王の亡骸を食べて全てを知っていることで、勇者の息子に語りかけてくる圧がめちゃくちゃ良くて、ヤンデレいいな……と思いました。想いが深いからこそ、頼り抜きん出たかった……良い。
 かつての英雄を食らい、そして自らの信仰する王を蘇らせるために楽園を復興させることを決意した語り部……ここから新たな物語が始まるのでしょう……。
 めちゃくちゃ良い作品でした。ありがとうございます。

謎のお姫様:
 特別になりたいという気持ちを、誰が否定できるというのか。悠井すみれさんの妖精王の愛し子たちです。
 魔王とされていたのが妖精王だったということ、語り手が贄の生き残りで、妖精王を取り込み済みだということの二つのどんでん返しがを軸に話が展開されるお話でしたが、その中でも私は、食うことで混ざり合う種族の狂った価値観の描写がとても好きでした。
 終盤の「だからそなたを連れ出したのだ、我が息子よ。父の願いを助けておくれ。」という文章が特に好きで、これは父親を騙っているのではなく、”本当に父親も自分の中にいるから、これは父親の言葉なんだよ”と信じているように受け取りました。
 こういう、セリフ一つ一つに狂った価値観の端々を忍ばせるのがとても巧みだと感じました。
 ただ、これは私の理解力の問題なのですが、語り手の正体が中終盤まで明かされず、全体的に口調がファンタジーチックということもあり、序盤は誰が誰だかわからなくなってしまいました。すみません。
 例えば「そなたの父の生い立ちは、吟遊詩人の歌にも名高い。」という描写について、”謙遜のために自分のことを客観的に見ているのか”、”こいつは本当の父親じゃないのか”とこんがらがってしまいました。
 これは狙ってやられていたのでしょうか?
 そのせい(おかげ)で語り手が信用できていなかったというのもあり、楽園の名残に連れていかれた時の描写の不気味さが際立った印象を受けました。
 子どももビビりながら話を聞いていたように映っていましたが、私も彼と同じようにビクビクしながら読み進めていました。
 妖精王を殺した父の、特別になりたいという気持ちは、決して簡単に否定できるものではなく、結局は語り手も父と同様に、最後に食べてほしい(=特別扱いしてほしい)という心境を吐露しており、皮肉めいたものを感じました。
 それは、取り込んだ父のせいなのか、彼もまた、妖精王の特別になりたいと心の底では思っていたのか。
 緻密に練られた世界観が大変美しい作品でした。ありがとうございました。
謎の原猿類:
 勇者の息子を父が連れ出す場面から始まる物語。
 そなたの父と語り手が言った時に、自分のことを話しているはずなのにどこか他人事のようで、おや?と感じていたら、我が息子から勇者の息子呼びになり、どうして疑うのだ?このような記憶があるだろうと何度も言い聞かせてくる姿は、父が父の顔をした何かへと転じていくようで恐ろしかったです。父の姿をした魔王だと思って読んでいたのですが本当の正体を知った時は、彼に感じていた王らしくなさ、どちらかというと、どこか卑屈な従者だと感じていた違和感が回収されおお!となりました。まさに偽の王と思いました。
 最後の贄(自称)にとっては、勇者の息子は王の血を持つ、妖精の王復活に必要なだけの憎き相手の残滓だと思うのですが、愛らしいという言葉を放つときに感情が伴っている様にも感じられました。彼は王自身ではないと言いつつ、まだ復活していない魔王の面がはっきりと出てきていると思いました。外側から喰らおうが、内側から食らおうが、最終的に妖精の王にとっては同じことかもしれません。彼の胎の内に妖精王の尊顔があるということで下腹部に顔が浮かんだ姿を思い浮かべました。くぱぁが気になっていたのですが、そこにある口が大きく開いて贄を喰らう時の擬音かもしれないと思うと、怖っ……となりました。見た目は完全に魔の王で、完全復活の時はぬるりと腹から出てきそうだと思いました。
 正体不明の何かが少年に語りかけてきて最後に連れていってしまう物語の構造は、シューベルトの魔王を思い起こしました。
 魔王では四人の登場人物を歌い分ける必要がありますが、こちらは、父、父のふりをした何か、正体を明かした最後の贄、魔王(妖精の王)とそれぞれのパートを四人の声音を使い分けるようになるのかと勝手に想像して楽しみました。
 物語の締めは、王が復活していく様をただ見るしかないバッドエンド。関係性が固定化してしまった世界は閉じていくしかありませんが、ここからこの物語はどうなるのか、人が希望や望みを持てることがあるのか非常に気になりました。

64:ホワイトノイズ/ぎざぎざ

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 姉の結婚式に立ち会う弟のお話でした。
 弟としての姉への特別な感情、一言では言い表せない気持ち、幸せになって欲しいという気持ちには嘘は無いという複雑な想いを3000字で表している作品です。
 文章も読みやすく、そして姉に対する特別な感情があり、最後のワンシーンで新郎新婦の背中をこっそり撮影したというグッとくる描写が美しかったです。
 タイトルにある「ホワイトノイズ」がなんであるかだけ、読み取れなかったです。すみません。タイトルに関連する何かがあった場合、そこを少し付け足すだけで作品にグッと一体感というかエモさみたいなものが加算されるかもしれないなと思いました。
 ですが、講評なのであえていったことで、本当にとても良い作品で、日常の中に潜む誰しもが抱くことがある複雑な想いや、素朴な感情を素敵に切り取った作品だと思います。
 コンスタントに作品を書いている方のようなので、このまま創作を続けて欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 家族の距離感というものは本当に厄介で。ぎざぎざさんのホワイトノイズです。
 第一段落から対となる描写を多用しているのが印象的で、その対比表現が姉の美しさや主人公の寂しさをより強く表しているんだと感じました。
 結婚式なんて無駄だと言ったり、姉を平凡と評したりする主人公に対して、「けれど姉さんと目が合うことはなかった。」と、姉も主人公をあまり好きではないような描写があり、きっと仲の良くない姉弟だったんだろうと予想していました。
 しかし、読み進めていくと、お互いに嫌っているような様子はなく、むしろいい姉弟なんじゃないかという印象を受けていき、
>俺は姉さんが嫌いだ。だけど確かに愛していた。
 という文章で、私の中で全ての描写がすっきりと繋がりました。
 本作は好きだけど嫌いで、鬱陶しいけど傍にいてほしい。そんな家族の距離感を切り取るのが大変巧みで、思わず自分の家族を思い浮かべるほどでした。
 振られた姉が赤裸々に性事情を話すところや、それに対して強引にキスしてしまうところの描写がとても生々しくて、主人公の複雑な感情の一端が理解できた気がしました。
 この小説は、結婚式の中で二人の思い出を回想するというものでしたが、もう少しキャラクターに動きがあってもよかったかもしれません。
 私はホワイトノイズというタイトルもものすごく好きです。
 ホワイトノイズということで、きっと主人公は姉への「祝福」も「嫌悪」も「嫉妬」も「友情」も「恋慕」も、全ての感情(雑音)を同じくらい持っていたんだと感じました。
 そんな複雑な感情を抱いているけれど、それでも最後は幸福を祈れる。そんな主人公がとても好きです。
 結婚は一つの区切りであって終わりではない。でも主人公の中では何かが終わったんだ。そんな切なさのある作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 見知ったはずの友人がタキシードやウェディングドレスを着飾った時に、どこか遠い存在になってしまったと思ってしまうのは不思議なもので、初めて出席した結婚式にて新郎新婦がテーブル挨拶に主役たちがきてくれた時のドギマギしたのは今でも覚えています。
 友達でさえそうなのですから、姉ならなお一層複雑な思いを抱くかもしれません。
 兄弟姉妹の関係性は家庭によりそれぞれですが、いないと分からないとしか言えない感情を向ける相手で、友であり、師であり、敵であるという、主人公の言葉には深くうなずきました。
 そんな姉の結婚式の幸せそうな空間で、どこか疎外感を感じながらも幸せを願う弟。
 その理由を知った時には、嫌いだけど確かに愛していた、という彼の言葉の重みをずしっと感じました。
 感情を隠そうとしない姉、内面的な弟。
 境界を飛び越えて姉の関心を一時でも自分へ向けることができたあの日は一度だけ関係性が入れ替わった瞬間ですが過ぎ去ってしまった話で、これから姉の関心がこちらに向けられることはない。過去と未来の構図の対比がきまっており非常によかったです。二人の幸せを願う弟のこれからが気になりました。

65:楓の木のもとに/神崎 ひなた

謎の有袋類:
 第四回こむら川小説大賞では見事金賞を獲得した神ひなさんです。
 キャプションもツイートも考慮しない講評をすると、こう……「だろうで統一をしたかったのに息切れしたのかな」となる内容でした。
 文末を統一して書いてみようという試みはすごく面白いなと思います! 実験をこういう場所でするのはとてもいいこと!
 途中で種明かしをする時になって「だろう」が消えるギミックはおもしろいなと思いましたが……目がめちゃくちゃ滑るのと「はいはいだろうだろう」となりがちなのでメリハリの付け方に工夫をしないと読者に不親切になりがちなのかもしれないなと思いました。
 僕の好みなのですが、ラストの一文で「だろう」を使っていたら「クッソwww」となっていた可能性は高い……。
 ボケてしまったおじいちゃんが曖昧な認識のままで学校を徘徊するから「だろう」という文末にしたという試み自体は良いなと思いました。
 今後も実験的なことをガンガンして、こういう場所での反応を見てチューニングをして最強創作戦士に育って欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 前代未聞の語り口とそのギミックを活かした物語展開。神崎 ひなたさんの楓の木のもとにです。
 前半の「だろう系」パートは、語尾がすべて「~だろう」という構成となっているのに、とても読みやすいと感じました。きっと言葉のリズムや区切り方が気持ちいいので、語尾が続いても全く違う文章を読んでいる気分になったんだと思います。
 ギミックに気をとられてしまいがちですが、お話も、みんなが忘れているだろうタイムカプセルを掘り起こしている最中に、あの頃隣にいたかもしれない女性と再会するというロマンチックかつ青春の物語で面白かったです。
 女性は認知症を患っているのか、結局二人は出会えなかったという展開も、もの悲しく、太陽や瞳といった情景描写が挟まることで、とてもノスタルジックなシーンでした。
 目の前に空白が広がって、という言葉の直後に行間を開けるギミックは、視覚に直接訴えかけてくるので、直前の展開と相まってなんだか胸がうつろになるような感覚を覚えました。
 ここから「だろう系」が終わり、今日の出来事全てが曖昧になっていく流れは、認知症のもの悲しさを切り取っていて、物語全体が再構成されたような衝撃を受けました。
 ただ、ここは意図的なのかわからないのですが、後半パートで「どれだけ時間がたったのだろう。」という一文があったのが少しだけ気になりました。
 もちろん自然でごく普通の文章なのですが、前半すべてが「だろう」で終わっているのに対して、後半は一文だけ「だろう」が混じっているのが、少しだけ不自然に感じてしまいました。
 前半に対して後半は情景描写も少なく、寂しいものになっているのも好きです。
 ”輝かしかったあの頃の延長”と、”どこまでが真実かもわからない今”の対比表現がとても美しいと思いました。
 この「だろう系小説」を思いつく発想力も、それを書ききる執念もとても素晴らしいと感じました。私はこういう制作者の執念が見える作品が大好きだということもあり、面白かったです。
 全体通して一本の太い軸があり、キャッチーかつ最適なギミックがのっかっているとても面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 だろうがここまで畳み掛けてくると笑いが止まらないのはなんでだろう。内容がだろうに塗り潰されてしまい全然頭に入って来ないのは何でだろう。そもそもだろう系小説ってなんだろう。どうしてこんな物語を思いついたのか、書いてしまったのかと思いましただろう。
 でもここまでひたすらだろうが続いていくと、読んでくる側もちょっと疲れてきたと感じただろう。これが最後まで続くのだろうか、そろそろなんらかの区切りが欲しいと思ってきたところへ、くるっと世界が反転。
 このだろうから脱出できた時の切り替わりが、夢うつつの世界から目覚めたように感じられ、現実へと戻ってきたようでした。再び曖昧なだろう世界へと戻ろうとしていたところへ、ワンピース型の白衣を着た女性が迎えがきてくれたのは本当によかったと思いました。
 だろう世界は、もしかしたらあり得たかもしれないだろう無数の未来を描いているようでした。また彼はだろうになるかもしれませんが、誰かがそばにいる限りは戻ってこれるのでしょう。
 世界で一つだけのだろう系小説(多分)。なんとも不思議な実験小説だっただろう。

66:青の星/くろかわ

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 ある程度の年齢になってから自分の性別や身体的な能力を選んでいく世界の、海の底を選んだ主人公と、嵐で全てを失った子供のお話でした。
 長鰭、めちゃくちゃいいですね。これは本当に個人的な興味なのですが、潮読みや磯魚為と長鰭はどう身体的特徴がちがうのかとか知りたいなって思いました。
 お話で全種族のざっくりとした特徴を書くとテンポが悪くなるのでサラッと触れるだけにしたこともめちゃくちゃ英断だと思うのですが、それはそれとして色々知りたい!となったので関連作品があったりしたらそちらも読みたいなと思いましたし、ないなら設定ノート的なものを公開してくれたら読みに行きたいです。
 これは設定が書き足りないぞ! ではなくてはちゃめちゃにおもしろかったので、更に作品のことが知りたくなったという方向性です。
 魅力的な設定の開示、そして想像力をかきたてる世界の描写がすごくよかったです。
 主人公が良い大人であろうとしている部分や、自分の保身的な行いの結果を目の前にいる子供に対して悔いる部分、そして悲しむ子供を形はちがえども大人として慰め、そして前を向くために背中を押すという構造が美しいなと思いました。
 お話として綺麗にまとまっていつつも、太陽の色をした髪色の少女と長鰭の今後が気になる素敵なお話でした。

謎のお姫様:
 SFを舞台にした王道の成長ストーリー。くろかわさんの青の星です。
 情景描写がとても素晴らしく、斬新な設定のSFにもかかわらず、映像が浮かぶようでした。
 本企画は上限が6000文字と比較的短い文章量で物語を完結させる必要があるので、現代日本や王道ファンタジーから遠くかけ離れた世界観を描くのは難しいだろうと思っていましたが、本作は情報公開のタイミングと一回に出される情報量が、気持ちよく消化できる範囲で収まっていたように感じ、それゆえ映像が浮かぶほど世界を理解できたんだと感じます。
 例えば冒頭の「脳の半分だけがまどろんでいる。もう半分は完全に眠っている。」という文章について。
 これを読んだ瞬間私は「イルカみたいだな」と突っ込みましたが、その直後に「私が選んだ形質は魚のそれに極めて近似しており、」が差し込まれるので、すとんと理解できたんだと感じます。
 イルカが魚かどうかはさておき、このように、脳が受け入れ態勢をとっているときに設定の説明をする、という順番が徹底されているように感じました。
 ただ、それでも本筋と関係ない世界観の設定もいくつか混じっているように思えたので、どこまではカットしてよくて、どこからはあったほうがいいのかを見極めたほうが、短編小説としての軸がブレないのではないかと思いました。
 本作は、語り手こそ「私」ですが、物語の大枠としては子供が長鰭と出会い、自分を見つける成長譚になっています。
 難しめのSFという背景に、王道のストーリーを入れ込むことで、感情移入がしやすく斬新で個性のある物語になっていると感じました。
 子供の苦悩の描き方も、なりたいものがわからなかったあの頃の自分を思い出すようで、とても感情移入できました。
 嵐で父を失った子供が、嵐を見逃さない大人になる。
 自分の過去と向き合って、それを乗り越えたと思えるような着地点がとても好きです。
 これからはじまる二人の新生活もぜひ読みたいと思えるような、世界観とキャラクターの掘り下げが魅力的な作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 どこかの水底でまどろみから始まる物語。
 人ならざるものが語り手になる時の、読んでいる側とはまったく異なる生物描写が好きです。己の在り方は自分で決めることができるという生態は異次元の世界のようなのに、必要単位という言葉が出てくるあたりにどこか現実と地続きなようにも感じられ、不思議な味わいでした。
 また青の星という題名が、どこまでも海に覆われた世界なのだろうと想像かき立て非常に魅せられました。
 この世界での地上暮らしはとても厳しいものに思われましたが、あえて地を住むことを選んだ者たちは、人とのつながりを優先にしたように感じました。
 そのつながりが嵐によって失われてしまった陸の子供と、あえて自ら捨てた私が再び邂逅するラストはとても美しかったです。
 一方で私の形態が気になりました。魚に近い形質で半分起きて半分寝るという生態からイルカに近い姿がパッと思い浮かびましたが、腰骨の周りに食料を入れる体胞に魚がつまっているあたり、この世界とはまったく異なる形態をしていると思いました。おそらく人魚のような姿が一番近いのでしょうか。完全に鰓呼吸をとっているにしては、子供と初めて遭遇した時の、陸上での活動可能時間が長い点が少し気になりましたが、体が一部でも海に浸かっていたら可能なのかと考えたりしました。見える世界の情報量は書く側と読む側ではまったく違うため、より物語のへと引き込まれたと感じました。
 今まで見たことのない世界観だったため、設定を作る、というよりは、世界の在り方をそのまま書き出してくるタイプかと思いました。不思議な手触りの物語で非常に面白かったです。

67:夜の向こう側/大塚

謎の有袋類:
 ストロングゼロBLではとても良い物を読ませていただきました。男同士の良い作品を書くというイメージの大塚さんです。参加ありがとうございます。
 めちゃくちゃ良いですね! 死んだ男を引き摺り続ける男、そして美しくて鋭い目をしていて気前も良く不良っぽい兄貴分だけど自分にだけはそうじゃない黒髪長髪イケメン。最高でした。
 すごい情報操作が巧みで「ん?」と読んでいる中で小さな違和感があって「もしかしてこれは死んでいるのか?」と思ったらやっぱり死んでいたので、それが判明した時めちゃくちゃに気持ちが良かったです。
 意外な展開とか伏線、本当に難しくてノーヒントでお出しするよりも小さな違和感などをちりばめておいて「こういうことか」って読者を思わせて気持ちよくさせた方がお得というか、作者への信頼感的なものが高まると思っているのですが、この作品は本当にそういう回収が気持ちよかったです。
 あれだけ好きだと言っていた煙草の匂いは銘柄がちがっていただとか、最初に語っていた思い出は具体的な日にちを忘れていたとか、歳月というのは残酷だなという人の心にメキメキとヒビを入れるのもすごく上手でニコニコしながら読みました。
 来年、会えないことを確定しない主人公の弱さと人間臭さもすごく最高でした。
>大きな右手で額に落ちる黒髪をかき上げる
>これは髪が長かった頃の三神の癖で、彼と額を突き合わせて喋っていると何度も何度も何度も同じ所作を見せつけられることになって、俺は、三神のこの癖が、好きで。

 ここ!!!! ここ!!!! 最高ですありがとうございます。
 本当にめちゃくちゃよかった……。気が狂ってしまったので後は残りの評議員のみなさんに任せます。三神……よかった。

謎のお姫様:
 たとえ来年会えなくても、声も匂いも忘れても、おまえといたことは絶対に忘れることはない。大塚さんの夜の向こう側です。
 キャラクターそれぞれの個性と、その二人を組み合わせることで見えてくるお互いの関係性の描き方がとてもうまく、すぐに二人のことが好きになりました。
 特に好きなのが、三神のことを紹介するときに差し込まれている「この年になってそういう表現するのもちょっとキモいかな。」という一文です。男性の一人称というテーマを最大限に活用した、相手を大事に思っていることとそれが少し照れ臭いことをまとめて表現した素晴らしいモノローグでした。
 これは私の文章を読むときの癖なので、あくまでそういう人がいるよという参考にしていただければいいのですが、三神と主人公の出会いの振り返りの部分に関して、一文一文が長い傾向があったので、私は初見の時、少しだけ流すように読んでしまいました。あえて目を留まらせる一文を定期的に差し込むといいのかもしれません。
 本作はどんでん返しの描き方も好きです。
 もちろん物語的には言わずもがなで、これだけ相思相愛であることを描ききってから、あっさりと三神が実は死んでいることを開示することで、まだ消化しきれていない主人公の複雑な気持ちが伝わってきました。
 もう一つ好きな部分は、構成です。
 本作は一行目で、明らかにこの世ならざるものから電話が掛かってきているような描写がされます。てっきりホラーなんだろうなと身構えるほどでした。(そして実際に三神は死んでいます)
 しかしそこから、二人の関係性が楽しく個性的に描かれることで、その違和感を完全に忘れさせられてしまいました。
 こういう状況でしたので、私の脳ではどんでん返しの受け入れ態勢ができていたのに、私の心は受け入れ態勢が整っておらず、三神の死が明かされた瞬間に一行目を思い出し、驚きと納得感をいっぺんに味わうことができたんだと思います。
 そして”転”から、実はあまり話せていなかったことや三神がだんだん若返っていることを描写することで、物語が男性の会話劇から切ない話へと静かにシフトチェンジしたように感じました。
「言いたいことがたくさんある。」からはじまる主人公の独白は、今までどこかチャラけていた彼の本音が漏れ出ているようで、つられて私も寂しくなっていました。
 いつか主人公も夜の向こう側へとたどり着いたとき、二人で心行くまで語り合ってほしいなと祈りたくなる、とても面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 見知らぬ着信から始まる物語。
 名乗らなくても声を聞けば分かる、自分だけにしか見せない姿があるという関係性がとても好きです。
 出会いは友人経由で初対面の時はそういう関係性になるとは思わず、それぞれの印象は獰猛な野生動物と大阪弁なのに、お互いの役にひかれたからという理由なのが、凸凹がカチッとハマった感があり最高でした。
 だというのに、現実は辛い。まさかの展開でした。見たとこのない数字と英字の番号、彼岸の時期に海の近い場所に現れるという伏線があったことに後から気づき、ああ……と思いました。
 あれだけ大事に思っていた相手のことをだんだん忘れてしまうのは、相手がそろそろ忘れていいよ、先で待っているからと、背中を押してくれるからと、何かで読んだ覚えがあります。
 三神は五年間、毎年会いに来たのは、スグルが後悔し続けるのを少しでも和らげようとしたのではないでしょうか。でも最後の日には、ハコスカに乗って、匂いだ覚えのある香りをまとって現れるのではないかと思いました。
 折り返したことがなかった電話。でも折り返したからこそ、つながったとある夏の日。とてもよかったです。

68:僕はあなたのものだから/鍋島小骨

謎の有袋類:
 前回は玉骨の翼という神秘的な作品で参加してくれた鍋島さんの作品です。ありがとうございます。
 僕はあなたのものだから、そういうこと! よかったー! いや、よくないけど!よかったー!
 個人的にグッと来たのは餘目さんがそういう方だったという部分です。最高。
 字数の壁に苦しんでいる鍋島さん……作品からも「これ結構削ったのかな」と思う箇所が幾つかあったのですが、それでもここまで面白いのは本当にすごい。
 6000字上限で、一話ごとに視点を切り替えても文体が極端に違うので混乱は起きなかったのですが、それでも物語に没入すると言うよりは情報を受け取って咀嚼するという感覚にもなりがちだったので、視点を一つにした方が字数の関係でもよかったのかも? と思いました。話としてはキリヤくん視点で描いた方がミスリードを狙えるけれど、餘目さんの語り口とか考え方とかはマジでめちゃくちゃ最高という究極の二択になってしまう……。
 レギュレーションが前回の半分なので本当にキツい字数制限の中、最高な男たちを書いてくれて本当にありがとうございます。
 キリヤくんが「見えなかった」ものが見えるようになり、そのまま綺麗に消えていけたらいいなと思いました。
 あと餘目さんの今後の作品など……どうでしょうか? 前向きなご検討をよろしくお願いします!

謎のお姫様:
 鍋島小骨さんの僕はあなたのものだからです。
 霊に対抗することができる餘目さんの一人称ではじまる本作ですが、第一章終わりの「やれるのは、どっか別のとこに移動してもらうことくらいだね。」というテーマがとても面白く、そこで一気にお話に引き込まれました。
 この作品の世界観と、餘目さんのどこか諦めたかのような投げやり気味な発言を同時に提示しているとても強い一文だと感じました。
 そして、ここで印象に残っているからこそ本作のオチである「キリヤくんを母親の隣から引きはがす」というシーンが際立ったように思います。あくまで餘目さんにできるのはそれだけだけれど、その力を最大限に活かしてキリヤくんを救う、という構成がとても王道で面白かったです。
 また、母親のキャラクター掘り下げの方法も凄く好きです。
 本作のメインとなる悪役が母親ということで、男性一人称という語り手以外を掘り下げにくいテーマにもかかわらず、”餘目さんとキリヤくんの二人の目線から母親を描写”することで立体的になり、語り手の二人、悪役の母親の三人それぞれのキャラクターが際立っていたように感じました。
 ただ、餘目さんとキリヤが後日談的に出会う物語の終わり方はとても美しいと思ったのですが、私にとってはキリヤの働いているところが少し特殊だということもあり、「指名」の章が少し唐突に感じました。ここは私の通ってきた作品や価値観のせいな気もしますが、もう少し序盤に布石を置いていると親切だったかもしれません。
 母親の語りのパートも大好きです。
 母親の中では筋が通っているんだろうな、という説得力と、それでも中身が狂っているから取り合う価値がない、というバランス感覚が絶妙で、価値観の違う人の解像度がものすごく高かったです。この母親からは引きはがさなきゃだめだ、と私も餘目さんにお願いしたくなるほどでした。
 三人のメインキャラクターの掘り下げ方、扱い方がとても素晴らしく、起承転結もくっきりしていて、文字数の使い方がとても巧みな作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 見えない相手を感じることができる男の話から始まる物語。
 限られた文字数での視線切り替えは、読む側の混乱を招くことが多いと聞きますが、くるくる変わる展開なのにスーっと読める筆力にびびりました。キリヤは生きているのか、憑かれているのか、死んでいるのか、ストレスを感じない程度に疑問で物語をひっぱってサラリと明かされるラスト。とても強いと感じました。
 キリヤのパートでは、お金はやばいし貯まらないし残高ゼロだしお金はやばいし、とどこか思考が永遠にループしているように思えたのですが、実は母の執着のせいでそうなってしまった霊で、原因の母から離れても、金への念から抜け出せず店でボーイとして漂う姿は物悲しく、すべてから解放され、本来の稀莉爾に戻った時は非常によかったと思いました。いまの僕はあなたのものだから、という言葉は今まで来る客全員に言っていたセリフかもしれませんが、最後に解放されるきっかけになったのも好きです。
 また母親の、あの子のためを思ってと言いながら、どこまでもで自分のことしか考えていない支離滅裂さが、塾でバイトしていた時に直接クレームを言いにきた母親の話が明け方まで続いた、とある日のことを思い起こさせ、心理的ダメージがとてつもなく大きかったです。
 どこか寂しさの残る祓い屋の物語。とても面白かったです。

69:名探偵なんて要らない/盛るペコの翁

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 見知らぬ女の子に頼まれて封筒を渡しにいくも、それを受け取ってくれずに、再び少女に返すお話でした。
 ミステリーに対しての素養も教養も無いので、拾い損ねている部分が多かったら本当にすみません。
 話す相手によって姿を変える神様がいる世界で、少女は真実を求めて何かを託したのだけれど、それが明かされずになにやら残酷なことだったらしいという内容でした。
 少女が何故、主人公を選んだのかも、結局少女は何を抱えていたのかも拾えませんでした。どこかに伏線やヒントが隠されていたらすみません。
 これは僕が推理小説やミステリーを読まないからと言うのも大きいのですが、作者と読者というのは持っている情報にどうしても差が出てしまいます。
 謎を解く過程を楽しいんで欲しいという場合や、読者に「解いて見ろ」と思う場合でも少しヒントをあげすぎかな? というくらいに情報を書いた方が間口は広くなるのかもしれません。
 ミステリーが好きな人向けに書くのか、それとも間口を広く取るかは作者さんの好みなので、こうすべき!というわけでもないので、ミステリーを知らない人の感想として切り捨てていただいても大丈夫です。
 好奇心のままに人の秘密を明かすのは良くないと思いながらも、少女の思いを受けて少しだけ彼女の抱えている心の傷を推測して前を向くようにお手伝いをしたお話なのかなと思いました。
 カクヨムにはまだ一作しか置いてない作者さんなので、これからカクヨムでも作品を書いて欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 果たして辿り着いた真実にどれほど意味があるのだろう。盛るペコの翁さんの名探偵なんて要らないです。
 まず、”名探偵なんて要らない”というタイトルがとても好きです。
 本作の主人公は、名探偵のことを十分理解していて、その仕事も有能さも知っているでしょう。真実を暴くのが名探偵だとわかっています。
 だからこそ、真実の要らないこの物語には、名探偵なんて不要なんだ。という本作の主題が端的に、かつ好奇心をくすぐる形で表現されていると感じました。
 私は短編小説はいかに序盤から読者の心を掴むか、だと思っています。そのために序盤に山場を持ってくるなど様々な技法があると思いますが、本作はその究極系、『タイトルで心を掴む』構造になっていたと思います。
 内容に関しても、贈り物を届ける過程でいろいろと考え、最後に答えを選ぶという王道のものに哲学的な会話パートや謎が程よく散りばめられていて、起伏のある物語でした。
 本作には二つ大きな特徴があると感じています。一つ目が、アルセーヌ・ルパンやクラリス・デティーク、恋多きツバメといった比喩や代名詞が多用されていて、物語がより物語っぽくなっているところだと思います。
 二つ目が、解答が明確に描かれないというところです。
 テーマが”名探偵なんて要らない”ですので、明確な解答を描かないオチはものすごく好きなのですが、この二つの性質のせいで少しとっつきにくい物語になっているかもしれない、と感じました。
 考えることが多くなる、と言いますか。
 もちろん、真実を考えなくていいというテーマはわかっているのですが、私も私なりの推測ができてしまうほどにはフェアな作品ですので、少しだけ気になりました。
 私はラストの「真実からは程遠い解像度でしかなくて、結論だって大きく事実とは異なるのだろう。」という物語の根幹がとても好みでした。
 主人公の推理や持っている情報がすべて真実とは限らない。という後期クイーン的問題に似たテーマに挑戦しており、それに対して「目に見えるものだけがすべてだから、真実なんて要らない」という回答をまっすぐに返しているところがとても好きです。
 名探偵なんてというタイトルではじまり、真実なんてで締める表現がとてもかっこよくキマっている作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 何度か読み直したのですが、分からないことが多く、作者投げたボールを受け取れたか自信がないため、そのような感想になります。すみません。
 ルパンと言われて思いつくのがルパン三世の方で、本家は読んだことがなく、前提知識がないと正確に読むのは難しい話だろうかと思っていたのですが主人公もほとんど知らないと言うので安心していたら、カリオストロ夫人とサラッと名前が出てくるところで、「知っているじゃないか……!」と思いました。ちなみに私はカリオストロといえばクラリスしか分かりません。
 会う人に応じてその人の願った姿に変える神様が、八重樫夜々の前ではシャーロック・ホームズの姿を撮るのは、都合のいい真実を求めるため。アルセール・ルパンに頼めることといえば何かを盗んで欲しいこと。
 そして先生と呼ばれる存在はおそらく小説家。そして彼女は先生から何かを奪われた。ここからは完全なる憶測なのですが、彼女が奪われたのは人生なのかと思いました。ヴラド三世が、後世につくられたドラキュラ伯爵によって人生が物語に影響されてしまったように、彼女もまたあるべき人生を物語によって奪われたのかと。
 封筒の中身は彼女の物語。アルセール・ルパンに盗んでもらうことで本来の彼女の人生に戻ろうとしたのではないかと考えました。
 ただ私の想像もまた、真実から程遠いところにあるように感じました。真実は一つでなくてもいいのかもしれません。どこか不思議な物語でした。

70:ノーボール・オン・ブルーム/帆多 丁

謎の有袋類:
 前回は、異国情緒溢れるファンタジー、化け猫をまつで参加してくれた帆多 丁さんです。参加ありがとうございます。
 金玉小説の二作目! とある競技のために自分のタマを落とした男のお話でした。
 ロケットスタートで「金玉だ」と思ったものの話の内容は非常にストイックでキャッチーな金玉という題材をどう楽しんでいいんかわからずにいましたがレースや、一位を取って二度とレースの出来なくなった姉と、それを利用してでも箒に乗りたかった弟という題材はすごくおもしろく読めました。
 これは僕の知識がないことが多いのですが途中で出る分数が順位だと思い込んでいたものの、最後は何位になったのかちょっと読み取りきれなかったのと、倒れる前の姉とライバルで姉が倒れた試合では二位だったエッジー・リリーには勝ったということはわかったのですが、結局何位だったのかはわからなかったです。すみません……。
 多分物語だし歓声もあったから一位なのだと何度か読み直して思ったのですが、一番盛り上がる場面なのでもう少し補足があると親切なのかもしれないなと思いました。
 レースの疾走感や、架空のスポーツに対してルールを読者にわかりやすく伝えていく丁寧さ、そして登場人物の葛藤やレースに賭ける気持ちなど非常におもしろかったです。
 帆多 丁さんの作品には掃除機で空を飛ぶ魔女のお話もあるのですが、魔女と箒や魔法のお話も、過去こむら川で謎のストクリス賞を獲得した惑星のお話も幅広い作風をお持ちの作者さんです。
 今後も創作を続けていって欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 キャッチコピーからは想像もできない、アツい物語。帆多 丁さんのノーボール・オン・ブルームです。
 とてもキャッチ―なコピーと一行目でとても惹かれる出だしですが、私は二行目が天才の一文だと感じました。
「飛ぶためにタマを取った」 それはどうしてか? 「睾丸が魔力の利用を阻害するからだ」と、たった二行で
・魔力のある世界だということ、基本的に魔力は女性しか使えないであろうこと
・この作品はただの下ネタコメディではないということ
 の二つを理解することができます。この世界観開示のスピード感がとてもテンポよく、一気に物語に入り込むことができました。
 また、専門用語の多い作品ではありますが、勢いで読める単語は勢いで流し、補足が必要そうなものは説明するというバランス感覚がとても鋭く、箒レースという映像の想像がしやすいものをテーマにしていることも相まって、完全ファンタジーなのに鮮明に映像を思い浮かべることができました。
 タマをとるきっかけになった姉と目が合うことで力が湧く展開も王道で楽しかったです。姉を妬ましく思ったこともあったし、利用もしたかもしれないけど、確かに愛を感じることができました。
 箒だけを通過させる大技のシーンは、もうこれ以上ないくらい面白いものだったのですが、もう少し長い文字数が許されるのなら、バクチ技に前振りがあるとさらに大きなカタルシスを感じることができたかもしれません。
 レース後、認められる王道展開も大好きです。
 エッジー・リリーもきっと、一瞬たりとも姉のことを忘れたことがなくて、だからこそ表彰台でもたれかかる二人を重ねたんでしょう。
 そして、もう飛べない姉に代わってこれからは主人公と切磋琢磨していきたい。そんなエッジー・リリーの願いが浮き彫りになるようなラストシーンでした。
 ド王道の展開に、タマをとったというキャッチーな要素を一つまみすることで唯一無二のユニークな物語に仕上がっているように感じました。とても面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 タマをとる、という衝撃的な告白から始まる物語。どうして?と思った時点で物語の中にいました。
 レース前の煽り合いが好きです。
 タマナシお姉ちゃんっ子という罵倒に対して、君のところのスポンサーのカミソリを使ったという返しに、レース前のぴついた空気が伝わりました。
 アイテムを使ってレースを有利に進められる展開はマリオカート。
 街を箒でどこまでも飛んでいくのはファンタジーならではの光景。
 彼をタマなしにしたきっかけとなった姉の視線を受けとって、どこまでも高く昇る姿はこちらの気持ちも登っていくようでした。またタマなしになったのは、姉のためでなく自分のため、そのために物語を利用したのだと言いきる姿が、誰の意思も関係なく自由に飛びたいからあの空を目指して飛んでいるのだという、まっすぐさを感じました。
 競輪や競馬をもっと知っていれば情景のリアルさをもっと受け取れるのにと思いつつ、スピード感をありありと感じました。
 一点気になったのはバクチ技です。かつて姉が一度でも成功させた技であれば、彼女のライバルであるリリーは、もしかしたら弟もやってくるのではと警戒して対策をとるのではと少し感じました。
 熱い箒レースバトル。彼がタマをなくしても飛ぶ理由。とても楽しかったです。

71:それはミャクミャクと綴られる/海野しぃる

謎の有袋類:
 一作目は明智光秀を題材にした作品を書いてくれたしぃるくんの二作目です。
 KUSO小説はスタートダッシュが命! というわけで今日(2022/07/19)話題になった某行事のマスコットキャラクターを題材にした作品です。
 こう……もう僕はしぃるくんのパーソナリティを知っているので「しょ、小説で自分語りを濃厚にするな!」になってしまって冷静に読めませんでした。
 きっとしぃるくんのパーソナリティを知らなければ楽しく読めるのでしょう!
 作品としては脳内のイメージを映像的なものにしてくれる機器が登場した未来のお話。僕っ娘ロボットと二人で宇宙空間で孤独に過ごしながら、作品を惰性で書き続けていると自嘲しつつも、ロボットの娘は主人公の作品を褒めてくれるという作品。
 主人公は、病気に蝕まれた体でしたが、とある事情により某マスコットに似た姿に改造され「進化した人類」となっているというSFの要素が強いながらも、某マスコットキャラクターの姿をオマージュしています。
 主人公の小説という創作への未練や、理想と現実のようなものを噛みしめながらも孤独に地球に残る人間を思うというラストはよかったです。
 文字数と物語の規模、そして読みやすい文体、設定の面白さや、今話題のコンテンツと自作を絡めていくという要素はとても素晴らしいのですが、やはりプロ!
 この素人自主企画ではありがたいことに商業作家の方も数人参加して下さっているのですが、やはり頭一つ抜きんでいて当たり前だとか、おもしろくて当たり前スタートなので厳しい戦いになってしまったと思います。
 筆力や、表現力、アイディアを得てから作品を書くという能力は素晴らしいので、臭み抜き的な技術を学ぶと逆贔屓という最悪な環境でも輝けるのではないでしょうか!
 ぶっちぎりで面白い作品、次回こそお待ちしています!

謎のお姫様:
 俺が死んでも、俺の夢は受け継がれるだろう、脈々と。海野しぃるさんのそれはミャクミャクと綴られるです。
 本企画二作品目となる海野しぃるさん。一作品目は太宰治の駈込み訴えをオマージュした、一呼吸で綴られるダイナミック退職のお話でした。
 そして本作は、大阪万博の公式キャラクターであるミャクミャクを題材にしたお話でしたが、私の記憶が正しければ、愛称が発表されたその日の午前に投稿されたと思います。月並みですが、出力までのスピードが、まず素晴らしいと感じました。
 内容に関しても、元小説家の青年が、小説家である自分を殺した機械によって生かされる葛藤と希望を赤裸々に描いていて、面白かったです。
 最初の作中作ホラーのパートが特に好きで、設定もすごく練られているように感じ、表現も相まってとても怖かったです。
「やめっ、穴を、穴を開けなっ……あっ、あっあっ……」脳なんだ。」のところ、理由説明をぶった切って現在進行系でやられている描写を(ここもパロですかね)挟むことで、より鮮明に映像が浮かび上がる構造になっていたように感じます。
 ただ、作中作→小説家の話→俺の体の話→ラストと、どのパートも非常に面白いのですが、個人的にはややぶつ切りに感じてしまい、音楽ヒットチャートを聞いている気分になりました。
 短編小説は導入が命だと個人的に思っているのですが、本作は時事ネタに乗っかることでそれをクリアしていて、さらに本編自体は(ラスト以外)ミャクミャクでなくても成立するという塩梅が好きです。
 読者の心をツカミ、映像を思い浮かべさせつつも一つのネタに頼り切らず、でも最後のカタルシスはミャクミャクを彷彿とさせるモノローグで生み出すというお話全体の構造が、最高のパロディネタの使い方だったと思います。
 人の営みも夢も、脈々と受け継がれていきますようにと願いたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 例のあのマスコットキャラクターだ!と思ったらボックル(キメラアント編)から始まる物語。「あっ、あっあっ……」はみんなのトラウマです。
 安全装置のヘッドギアが必須なのに主人公が思考投影装置に脳を繋いだまま生活しているという時点であれ?と違和感を感じたのですが、彼の本当の姿が明かされた瞬間は「奴の出番はまだ終わってなかったのか!?」とびっくりしました。
 半流体の青い体は生身でも高速航行に耐えられるよう、そしてあの目玉のついた謎の赤い輪っかを補助脳としての機能を持つためという、どう考えても後付けのはずなのに、最もらしい理由に笑いました。これが名前発表当日に書かれたと思うと恐ろしい筆の速さです。
 かつて人間であったが臓器手術して人ならざる体になった主人公、人間に愛される体を持った僕っこロボット娘の二人の対比も非常によかったです。
 どのような体になろうとも、小説家として書く事はやめない。それが冒頭の作中作の、脳だけは渡さない、につながっているようで、彼がどう思うかはともかく、根本の想いはどのような物語になっても変わらないのかと思いました。
 地球を捨てた理由、人間を捨てた理由、今の体がどうしてそのような形態であるかの理由は書かれているのですが、一方で彼がそこまでして小説家を続ける理由は見えてこなかったため、きっかけになるエピソードなどあれば、よりよかったと思いました。
 ミャクミャクと綴られる物語。それは希望と言い換えてもいいのかもしれません。非常に面白かったです。

72:白鷺慕情/@futagogames

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 僕の配信にもよく来てくれる@futagogamesさんが初めて小説を書いてくれました!
 まず小説を書いて完結させたという部分でもすごいですし、特定の条件に合わせて作品を書いたことが素晴らしい!
 警察に取り調べをされる老人が、自分が犯人だと言い張って手法を公開していくというもの。
 最後に、老人が犯人では無く、老人が推している女性が真犯人だったと明かされます。
 個人的には、白鷺ことりさんがどうやって宝石を盗んだのか(詐欺と書いてあるので盗んだのでは無く、詐欺行為をしてだまし取ったが近いのかな?)を警察の口から語らせてもすっきりしたかもしれないなーと思います。
 文章は少し粗はあるのですが、やりたいことが明確に出来ているのだろうなと言う部分や、物語の中の理屈付けがしっかりとできていること、そしてなによりも話の中で動きがあり、最後の推しと老人のエモいやりとりがあるのがめちゃくちゃよかったです。
 これを期に作品をもっと書いてくれたらいいなと思います!

謎のお姫様:
 一行目にすべての真実が詰まっている。@futagogamesさんの白鷺慕情です。
 お爺さんが犯行を認め、自白するところからはじまる本作。一行目から
・語り手がお爺さんであること
・お爺さんが犯人のミステリであること
・ラストに明かされるダブルミーニング
 と、3つの役割を端的な文章で表すことができており、引き込まれるツカミでした。
 そこからのお爺さんの自白パートはとてもコミカルで、「なんでやねん!」と突っ込みながら楽しく読ませていただきました。
 ただ、これは私も答えを持っているわけではないんですが、一人称視点小説において、地の文とセリフの口調に大きな隔たりがあることに少し違和感を覚えました。もちろん今の私はオチを知っているので、口調に意味があることもわかっているのですが、何か他のギミックが仕込まれている(語り手とお爺さんが別人など?)可能性も頭を過ぎったので、できるだけ違和感は消したほうがいいかもしれません。
 "転"のパートでお爺さんの狂言だったことが判明したのも面白かったです。私の「なんでやねん!」は正しい感想だったんですね。
 タカ子さんのためを思って宝石泥棒を演じたということで、コメディ作品ですがそこに強い愛を感じました。
 そして真犯人は「猛禽類タカ子」あるいは「白鷺ことり」であることがわかりましたが、この時点では鈍い私はまだギミックに気が付かず、「元アイドルを健気に庇う、いい話だったなぁ」とただ感動していました。
 しかし最後に「犯人はワシ」だと天丼されることで、今までお爺さんの一人称だったものが、猛禽類タカ子というパワーネームと結びつき、笑うより先に感心してしまいました。面白かったです。
 ラストに向かって着々と布石を積み重ねていき、最後の最後にダジャレですと言わんばかりに積み重ねたものを全部壊す、その大胆さがとても面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 犯人はワシ、という場面から始まる物語。
 どのように犯行に及んだか、刑事と老人のやりとりの一つ一つは「そんなことあるのか? できるのか?」と感じますが、でもどこかあり得そうな理由や方法。けれど証拠は何もないため逮捕はできない。人の意識の外を利用した完全犯罪なのか。
 しかしならばどうしてこの老人は自分を犯人だと主張するのか。その目的はなんだろうと思っていたら、えらい名前の強い女性が出てきて、老人の最後の言葉に犯人はワシってそういうこと!?と気づいた時にはゲラゲラ笑っていました。これがやりたかったんだよ!という熱い何かを受け取りました。
 題名にもなっている白鷺は、色の白いサギの総称であり、シラサギという名のサギは本当はいない、というところにもかかっているのかと思いました。
 とある老人の恋慕の果ての行動。二人がまた再会ができればいいと思いました。

73:橘姫異聞/ごもじもじ/呉文子

謎の有袋類:
 女に魅入られた兄弟の話を書いてくださったごもじもじさんの二作目です。
 こちらは虫を殺すことを楽しむ麗しい姫に魅入られた男のお話でした。
 ルビが丁寧に振られていて読みやすい作品でした。
 男が姫をどのように慕っているのかもですが、この時代の風習についてもさりげなく触れていて非常に面白く読めました。
 男が姫の元へ向かおうとする前に、誰かに話しかけているという形なのですが、
この男の立場はなんなのかという部分がわかると更にお話に深みが増すのかな?と想いました。
 橘姫の麗しさ、そして無邪気な残酷さの描写は、後半で語られる幼子の肉を喰らい、孕み女の腹を割くという所業に説得力も与えていてすごく好きです。
 美しい鬼と化した橘姫と、姫に魅入られ、付けられた傷すらも愛おしく思う男がこの後どうなるのか色々な想像が出来て楽しいお話でした。

謎のお姫様:
 そこに愛しかないのなら、残虐な行為も肯定されるべきか。ごもじもじ/呉文子さんの橘姫異聞です。
 本企画二作品目となるごもじもじ/呉文子さんさん。一作品目は人魚に魅入られた兄弟の話を不気味なホラーに仕上げた、細かい描写がとても丁寧な作品でした。
 本作品は、橘の姫が鬼になったと聞いた主人公が彼女を回想することでお話が進んでいく虫ホラー。
 "虫"と"虫を潰す行為"という、とても身近かつ不気味さの漂うテーマで描ききっており、人の根源的な嫌悪感を抉るとても面白い作品でした。
 読み始めはまさか虫ホラーになるだなんて想像もしておらず、主人公が何故か虫を集めさせられていることを不思議に思いながらも、まあ平安時代なら玉虫や黄金虫が喜ばれることもあるか、と納得して読んでいました。文体がとても流暢で綺麗なので、そういう感想を抱いたのかもしれません。
 そして、私が橘の姫が鬼になったという前提を忘れかかった頃に、「姫はたいそう愛おしそうに―――川平子を、ぶちり、とお潰しになったのでございます。」という急展開が挟まれて思わず悲鳴を上げそうになりました。この文章は差し込むタイミング、句読点や傍線の使い方、擬音のすべてが非常に効果的で、すごく自然にホラー作品へと展開されたように思います。
 姫だけでなく主人公も少しなにかがズレているように感じるので、映像的にはホラーなのに読み味的には暖かい、というアンバランスさがとても好きです。
 よりホラー感を出すために、第三者目線には語り手がどう映っているかを一度描写してもよかったかもしれません。
 虫を潰す描写がとても生々しく丁寧で、語り手の顔を焼くシーンも痛々しくも愛を感じられたので、坂東で姫が鬼になったのもとても自然に受け入れることができました。
 姫は自分の好きなものを壊しているのかと思っていましたが、別れて以降の姫は見境なく壊しているようにも思えます。姫と語り手は相思相愛ではなく、やはり語り手→姫への一方通行だと示唆されているもの悲しさも好きです。
 爽やかな、温かい口調で描写されるグロテスクな作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 橘の姫のことを語る男の物語。どうして男は来るべきものが来たと思ったのか。彼女を鬼にしたものは何か。男は彼女の何なのか、非常に気になる導入でした。
 そして語られるのは男の昔話。虫捕りをすれば褒美がもらえるため懸命に励んでいたら、ある日、その腕を見込まれ都に行くことになる。そして橘の姫に会い、今まで捕まえていた虫たちの行き先を知る。
 彼女の恐ろしい行為を見て一層想いを募らせる男は、彼女の魔に取り憑かれたように見え、ラストで彼女の元へと向かう時に幸せにございました、と過去形なのがどこか物悲しさを感じました。一方で主人公が貴方に会えてよかった言う、この貴方は一体誰なのか気になりました。
 彼女は虫を殺すことで生を感じていたのではないでしょうか。けれど坂東に行き、今までとは異なる生活環境の中、お屋敷の頃とは違う自由のなさゆえに、抑えてつけられたものがとうとう彼女を鬼にしてしまったのかと感じました。
 彼女の生まれが高貴なものでなければ、あるいは生まれた時代がもっと昔であれば、殺すことを厭わない彼女の能力は重宝されていたかもしれません。そう考えると彼女は生きる時代や場所が合っていなかったのだと思わずにいられませんでした。
 魔に取り憑かれた男の物語。とても面白かったです。

74:優しい人/Anne

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 文化祭の準備から文化祭が終わるまでの間、タイトルにある通りの優しい一人のクラスメイトを色々と気にかける少年のお話でした。
 アオハル!!! 眩しい! めちゃくちゃ良い青春のお話でした。
 終盤で、お酒を渡してしまった恒世くんは計画的に渡したのか、そうではないのかすごく想像の余地があってどきどきしました。
 一夏の恋になる前に終わってしまった関係性、めちゃくちゃエモでした。
 個人的な好みのお話なのですが、最後も視点切り替えをしないで、誠二の視点の方がめちゃくちゃエモくて心を抉ったかも? と思いました。
 ですが、最後に恒世の内心を吐露させることで二人は一時的に両方特別な感情を抱いていたよーとわかるのもすごくいいんですよね。
 本当に好みの問題なので、ここは一人の視点で書ききる方が正しいとかそういうわけではないです。
 恒世くんの眉を八の字にする仕草とか、水泳をがんばっている証でもある髪色の抜けとかそういう細やかな表現がすごく好きです。
 一人称小説だからたくさん描かれる内心、誠二から見た恒世の良いところと悪いところ……すごくよかったです。
 優しい人というタイトルが、誠二にも恒世にも当てはまるというタイトル回収もすごく好きでした。
 文章を書き慣れているようで、読みやすく、美しい比喩表現もちりばめてあったので、カクヨムには一作しかないのですが、多分どこか別のサイトなどを主戦場にしている方なのだと思います。
 今後もカクヨムで遊んでくれたらうれしいなと思います!

謎のお姫様:
 優しさは人を傷つける、いつだって。Anneさんの優しい人です。
 最初のモノローグの哲学がとても好きです。優しい人が人を傷つけてしまうことはほとんどの人が知っています。それでも優しくあろうとするその気持ちこそが尊い、というのが本作を通したテーマにもなっていて、導入とテーマ開示の両方を一度にクリアした素晴らしいはじまり方だと思いました。
 ひ弱でなんでも引き受けてしまう恒世と、それを見て世話を焼く誠二の関係性も、会話や行動を丁寧に描くことで、お互いを尊敬しあっていることがとても伝わってきました。
 誠二は無自覚ですが、私からしてみれば彼のほうが優しい人に見え、主人公としてとても魅力的なキャラクターだと思います。恒世が惹かれるのも理解できる男でした。
 これは意図的にやっているかもしれないのですが、個人的には男二人メインで話していく小説、かつ視点が入れ替わる作品において、両方とも「僕」なのは少しこんがらがる要素になるかもしれないと思いました。
 ただ、最初のモノローグは誠二のものだと思っていたのですが、ラストで視点が入れ替わったことでどちらともとれるようになります。私は恒世目線だと受け取りました。これを狙って一人称を同じにしていたというのもあると感じましたので、最初のモノローグは一人称をいれない、などもいいかもしれません。
 文化祭のお話ですが、文化祭をまるまるカットしたのもとても潔くて好きです。
 本作のテーマはあくまで優しい二人の関係性なので、彼らに必要なのは本番ではなく準備と片付けなんですね。文字数の関係もあるでしょうが、そこをカットする構成力が素晴らしいと思いました。
 告白パートも、ふたりきりの後夜祭と行った感じで面白かったです。
 最後誠二が抱きしめたところで、本作のテーマである優しい人は人を傷つける、を思い出しました。
 でも恒世はそれでもいいと、優しくあろうとする誠二が好きなんだと結論付けます。
 傷ついて、傷つけることが青春なんだ。あの頃の青い気持ちを思い出してしまう作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 モノローグから始まる物語。これを誰が話しているのか気になる導入でした。
 文化祭、いいですね。運動会、合唱コンクール、修学旅行などの学校イベントの中でも思い出深いもので、読みながらワクワクしました。
 個性豊かな生徒が集まったクラスをまとめるのは大変で、文化祭の出し物をどうするか話し合うことさえままならず、気が弱いために委員長にされた恒世が立ち尽くす中、しょうがないと手を貸す誠二。アオハル展開にニヤニヤしました。
 また文化祭準備で忙しい中、おせっかいを焼く誠二にだんだん気を遣わなくなる恒世の、関係性の変化が最高でした。
 文化祭はどうなるのだろうと思ったらすぐに終わりびっくりしましたが、確かに準備の方が大変で本番は一瞬のうちに過ぎてしまうものだなと思いました。
 そして余韻に浸る時間かと思いきや、いきなり舵を切る展開。
 未成年のやるお店にお酒を置く事はないので計画的なものではないでしょうか。とんでもない策士だと思いました。
 けれど冷たい手とある限り、恒生はコップを長い間握ったまま、これを飲ませるか否か、飲む前に気づかれしまうかもしれない、そして告白したら今までの関係性が変わってしまうのではと色々熟考した上での行為だったのかもしれないと思うと、とてもエモかったです。
 対する誠二の答えは、スパッと諦められるような完全な拒絶ではなく、相手を傷つけようとしないどこまでも優しいもので、冒頭のモノローグにかかっていく。優しい人を指していたのは恒世でもあり誠二でもあった、と感じました。
 二人の今後がどうなるのか気になりました。とても面白かったです。

75:鴉の死骸 あるいは大都市の幽霊/f

謎の有袋類:
 前回は共感覚をモチーフにした色盲という作品を書いてくれたfさんです。今作は鴉の剥製を持つ男のお話でした。
 僕があまり外国語や文化に詳しくなく、読み取れていないところがたくさんあると思います。すみません。
 鴉の剥製が生きている世界なのか、それとも主人公がなんらかの幻覚を見ているのか判断が出来ずどうなのだろうと終始迷いながら読む作品でした。
 コンラートは、最初は馬の像だと思っていたのですが、友人であり、新たなコンラートを作れるとのことだったので、亡くした友人の変わりを家に置いておこうと思っているのかな?ということまで読み取れましたが、全体的に僕の知識が足りないせいでよくわかりませんでした。すみません。
 世界観の退廃的な魅力と、義眼の描写の美しさ、どことなく信用ならない登場人物など話の全貌はわからなくとも、不穏であり、語り部も信用できないという作中に出てくるアブサンに浮かされて見る夢のような作品でもありました。
 改めて調べれば更に面白い作品だと思うので講評が終わった後に補足のツイートなど読みに行きたいと思います。
 参加ありがとうございました!

謎のお姫様:
 スタイリッシュな語り口で描かれる戦争経験者の末路。fさんの鴉の死骸 あるいは大都市の幽霊です。
 各章のタイトルがとても好きで、言葉の選び方一つ一つがこだわり抜かれていると感じました。
 特に第二章のタイトルが好きです。
 外国語を直訳したような無骨な枠組みの中に、格好良く、語感も合わせた日本語を入れることで、唯一無二の世界観を演出していると感じました。
 タイトルはその小説の顔なので、そこに強い言葉を持ってこれる作品はそれだけでとても強いと思います。
 そして、その素晴らしいワードセンスはタイトルだけではないところも読んでいて楽しかったです。鴉の剥製を連れて歩くドイツの戦争経験者というユニークな設定と、格好いい言葉選びのセンスがとてもマッチしていました。
 ただその分、(鴉の語りなので仕方がない部分もあるのですが、)人物描写が少しもの足りず、キャラクターが話を動かす舞台装置になっていると感じてしまう部分もありました。
 ラストのエーゴンの感情爆発のシーンは凄まじく、是非音声で聞きたいと思えるスピーチでした。
 戦争を経験して、生き残ってしまったからこそ救いを恐れるエーゴンの歪んだ価値観も、聞いていてとても悲しくなりました。いっそ死んでしまったほうが楽かもしれない。けれど、死は怖い。
 そんな幾重にも矛盾が重なった思いを持つ主人公がとてもつらく、スタイリッシュな小説がラストで一気に共感できる作品に変わった印象です。
 最後まで言葉選びのセンスが光る、格好いい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 近代は勉強不足であり、幻想文学の消化酵素をまだ持ち合わせていないためそのような感想になります。すみません。
 第一次世界大戦が終結し巨額の賠償金に苦しみつつも、国際地位の向上を図るドイツが舞台の物語。
 ラジオや映画といった不特定多数を対象とするメディアを軸に現代的都市型大衆文化が一気に広まった「ワイマル文化」の時代でもあり、そして大恐慌・ナチス台頭前夜の不穏さがただよう時代(ドイツ史10講を片手に持ちながら)
 戦死したと思われる友人コンラートへの想いを埋めるために増えていくガラクタたち。経済は少しずつ回復しており、すべて終わったことにして前を向く人々と、戦場に心を残したままのエーゴン。
 彼を見張る鴉の死骸は彼自身であり、安定剤でもあり、悲惨な戦争の記憶を忘れさせないための影法師ではないかと思いました。
 映画の裏側をのぞいて彼女に出会ったのをきっかけに現実に戻るものの、死骸の話になると再び鴉の死骸と人格が分かれる様は、彼だけの世界に引きこもっていくように感じられました。また死を望みながらも、あるべき形を失ったものがどうなるのか脳裏に刻まれているために死にきれないエーゴンが再び新たなコンラートを選び直す姿は、幻想と現実と妄想の入り混じった変わらない日常をぐるぐる回っているような恐ろしさがありました。
 この物語を読むと想定されていたターゲット層に当てはまらないと感じたため、理解できたかと言われると難しいです。すみません。
 物語は作者が好きなように書くのが一番だと思います。ですが、もし、より開かれた物語を目指すならば、読むために必要な前提知識が何かを洗い出し、ターゲット層を階層別に下から上まで設定し、ここまでの知識量ならここまで理解されるだろう、という想定をすると良いかもしれないと思いました。
 幻想と現実の入り混じるどこか退廃的な物語。数年後に訪れるだろう、世界危機の前に彼はどうするのか非常に気になりました。

76:公然の秘密/深田 時緒

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 不思議な三角関係?の心霊系の相談も請け負う探偵事務所のお話でした。
 女を殴るバンドマンみたいなイラ、イラに片想いをされている所長、そしてイラを好きでは無いけれど気になっている「僕」のお話でした。
 ネコだからネコのことを好きにならない、どっちかがタチだったらなあという主人公の感性が自分には結構よくわからなくて共感できる人だと更に面白いのかなと思いました。
 話の中で一騒動あり、そして解決をして……とお話的に盛り上がる箇所があるのに不思議と淡々としている不思議な読み口のお話でした。
 連載マンガの第一話という手触りのお話で、登場人物の背景や更なる内心が気になる魅力的な話作りだったと思います。
 キャラクターの魅力や、淡々としているけれどその中に熱や執着を感じる本当に不思議な読み心地だったので新しい読書体験をした気持ちです。
 まだカクヨムには一作しかないのですが、文章はかなり読みやすいので別のサイトや二次創作をしている方なのでしょうか?
 今後も色々なお話を書いて欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 ネコ同士、そう言い聞かせてやり過ごせるのもあとどのくらいだろう。深田 時緒さんの公然の秘密です。
 本作は、男性も女性も関係なく、関わった人すべてを狂わす魔性の男イラを主軸にした恋のお話ですが、イラのキャラクターがすごく立っていてとても面白かったです。
 探偵事務所に舞い込んでくる依頼はあくまで登場人物を動かすための役割しかなく、本筋を主人公とイラの関係性だけに絞っているところが、話の進む方向が明確でとても読みやすかったと感じました。
 所長は絶対にイラになびかないし、イラは絶対所長以外になびかないと明示されてるため、ドロドロではあるものの読んでいて辛い部分は少なく、三角関係なのにどこかすっきりとした読み味になっているのが印象的でした。キャラクターがしっかりしているため、誰にもヘイトを向けることなく純粋に作品を楽しめるところがとても好きです。
 ただ、物語的な動きが小さいと感じてしまって、主人公も最後まで煮え切らない態度で(それが魅力なのですが)舞台が大きく動くこともないので、もう少し心か舞台を動かしてカタルシスを意識すると更に作品の深みが増すのかもしれません。
 というのは構成をする上で捻り出しただけのことで、本作はとても魅力的な作品でした。
 全編を通してイラが本当に魅力的で、特に終盤の"所長への恋心を隠す"シーンはとても可愛く、ビジュアルがいい上に普段は鋭いのにこんな可愛い一面を持っているなら、みんな惚れてもおかしくないなと納得できる、説得力のあるキャラクター描写だと思いました。
 語り手に関しても、私目線もう完全にイラに落ちているんですが、それを自覚してはいけないと言い訳をしながら一線を引き続けるところが健気で好きです。内面や行動を丁寧に描写することで、キャラクターの魅力を引き出すのが巧みな物語だと感じました。
 いつか語り手がイラへの思いを自覚したときの話も読んでみたいと思う作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 僕のイラという人物に対する想いから始まる物語。興信所だけど幽霊関連の仕事も扱う職場の恋模様。
 妻子持ちの所長に恋するイラのあだ名の由来はまさかの石田衣良。しかもその理由が、新たに名づけをして本来の力を削ぎ落とすためでありイラの悪魔的な扱いに笑ってしまいました。
 しかし読んでいくと、イライラしているのにどこかアンニュイで一途で素直な姿のイラに抗い難い魅力を感じ、真正面からこのクソデカ感情を常日頃から受けとっている所長がそうせざる得ない納得感がありました。
 イラに惚れないから雇われている僕も、本人が思っている以上にイラに魅せられており、己はネコだからと自身に言い聞かせているのは、絶対に報われない恋と思って諦めようとしているようにも感じられました。何とも胃の痛くなる職場です。
 今回の依頼内容は簡単だったものの、幽霊は人間より簡単というイラの言葉にすべてが詰まっていると思いました。
 大きな事件が起きる訳でもなく関係性が変わらないままの、ある日の日常を切り取ったような物語で、この焦ったい関係性を書きたいんだという思いが伝わりました。これは個人の好みなのですが、この関係性の境界がちょっとでも揺れ動く展開があると、より満足感が得られたと思いました。
 クソデカ感情矢印の先の、クソデカ感情の矢印。このまま変わらないままなのか、それとも何かのきっかけで変わることがあるのか。三人の今後の関係模様も知りたいと思いました。

77:今日はとっても完璧な日/ささやか

謎の有袋類:
 前回は「粒あんエクスチェンジ」で参加してくれたささやかさんです。参加ありがとうございます!
 相変わらずのささやかさん節! もの凄い勢いで流し込まれる怒濤の情報量と独特の世界観。カラフルな夢の中を思わせる現実のようなそうじゃないような世界で、こちら側の世界にとっては独特な感性を持った主人公が銀行強盗狩りをしようとするお話でした。
 一狩り行こうぜ! のカジュアルさが好きです。
 最終的に色々と入り乱れてめちゃくちゃカオスになるのですが、最終的にいい感じにまとまる腕力は本当にすごいなと思いました。
 登場人物も本当にカオスでペンギンはいるし(ペンギンのような男ではなく、多分ペンギンなのでしょう)、初生ひな鑑定士がトカレフを渡してくるし、謎のアルマンコブハサミムシがデモをする世界。
 脳のチューニングが追いつかないまま失踪する世界がはちゃめちゃになって収束するという力技がすごいと思いました。
 なんだろうこれ。わからないけどわかるし、おもしろかったという体験を出来る希有な作品だと思いました。
>銃身が完璧を反射して黒く光った
>夜闇が揺れ、小気味よい水音が鳴った

 ここの二つの表現がマジではちゃめちゃにかっこよくて「うおー」となったので完全敗北です!
 おもしろかった!

謎のお姫様:
 ささやかさんの今日はとっても完璧な日です。
 "完璧な日"→"あるいは強盗日和"というタイトルの使い方がとても巧みで、本文を読む前からすごく引き込まれました。普通完璧な日と強盗日和は言い換えの関係にはならないはずですが、言われてみればなんとなく想像も付き、どういうことだと好奇心を擽られる強い章タイトルでした。
 しかし読み進めていくと、そんな強い章タイトルが霞んでしまうほどのパワーを持った世界観がハイテンポな文章でどんどん提示され、徐々に脳を侵略されるような体験がはじまります。アルマンコブハサミムシや無限肝臓培養法など、言葉のチョイスがとてもおもしろくて、ぶっ壊れた世界なのに自然とそれを受け入れてしまう、表現や文章力によってリアリティラインをズラす技法がとても斬新で、読んでいて気持ちよかったです。
 そんな世界ですが、主人公はあくまで寿司を食べたい、私たちと変わらない価値観を持った人だというのも、この作品が身近に感じる所以だと思いました。
 展開に関しては、少しだけ登場人物が舞台に振り回されているように思えてしまった部分もあったので、壊れた世界観なのであまり必要ないと思いつつも、主人公の(寿司食べたい以外の)行動原理の描写があってもよかったのかもしれません。
 銀行強盗と対面し、許し、回転寿司を食べに行くシーンも、プロット自体はまっすぐなのに世界観提示をガンガン続けてシーンもすごく動き回るので、まるでジェットコースターに乗っているような感覚に陥りました。そのスピード感がとても面白かったです。
 トカレフを月に向かって撃つラストシーンも印象的で、主人公が自分を見つめ直して前に進む、余韻を残すいい終わり方だと感じました。振り返ってみると情報過多で壊れた世界のお話なのに、とても綺麗でまとまった物語を読んだ気分になりました。
 世界観設定と言葉選びがとても面白く、風を感じるほどスピード感のある作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 梅雨の最中の晴れの日から始まる物語。
 ジメジメした毎日に不快指数が跳ね上がる中のカラッとした晴れは最高です分かりますと主人公弥勒の心情に分かるボタンを押し、ある日の日常の話かなと思いきや唐突に出てくるアルマンコブハサミムシがすべてをぶち壊す。
 アルマンコブハサミムシの存在を知ったきっかけはささやかさんの変身/錯覚でした。聞いたことがない生物を見るとすぐに調べる癖があるのですが、例の虫の概要を知った時の衝撃は忘れません。
 タグで検索するとカクヨム内ではささやかさんの作品しか見当たらないため、アルマンコブハサミムシ界隈では唯一無二の作家だと思いました。
 この行進の中にもしかしたら元幼女がいるかもしれないと思いつつ、
 食人権を求めているなら、今のところはまだ人の命は法の中で守られているのだとホッとしたところで、デモに人間も混じってる光景にヒヤリとしました。食人権を認められても自分の命は守られるものだと信じて疑わないのか、自ら火に飛び込みたいのかと不思議だと感じていたら、その後赤い染みの一部になったのかもしれない描写に合掌しました。
 どこか鬱屈を抱えた弥勒がトカレフの持つ暴力性に魅せられ万能感を得て、正義の名の元、悪に鉄槌を与えるのだと力に酔いしれたまま引き金を引こうとした危ういところで、越谷が頭に浮かび、思い直す展開はとても良かったです。彼は己の理想を追求して死んだかもしれませんが、
 その生き様は深く刻まれているのでしょう。そしてカバディはこんな世界をちょっと良くしてくれるかもしれない。カバディカバディ。
 ここではないどこかの、何でもない日常の、ちょっとした危険と気づかないところにある、手を伸ばした場所にある幸せ。とても面白かったです。

78:バッドビート/あきかん

謎の有袋類:
 前回は、とある魔女が火炙りにされるまでのファンタジーと、神ひなさんを題材にした作品で参加してくれたあきかんさんです。
 ポーカーを題材にした強い女に振り回される熱い男のお話でした。
 自由気ままで賭け事に強い女が、主人公を毎回トラブルというか厄介な賭けの場に立たせる人間ドラマがすごくよかったです。
 ポーカーのルールに詳しい人向けの作品ですと割り切るならこれで十分なのですが、もう少し間口を広げたい場合は軽く「これは勝ち」だとか今アツいよみたいな補足の説明を誰かがしてくれると更にわかりやすいなと思いました。
 結末のカードがどういう意味なのかわからないのですが、きっとルールをわかる人にとってはニヤリとする展開なのだと思います。
 構成や、登場人物の魅力はすごくよく書けていると思っていて、ユリアの憎みきれないけれど大胆で狡猾な性格や、主人公の男気あふれる豪気な性格などすごくいいなと思いました。
 今後も作品を書いてくれたらうれしいです。

謎のお姫様:
 きっと何度負けてもギャンブルをやめることはないだろう。あきかんさんのバッドビートです。
 本作はいきなり物騒なシーンから始まり、血なまぐさい世界観と、"男の勝負"の哲学が語られるというはじまりで、ギャンブル短編として最高の導入だったと感じました。
 また、語り手が(恐らく)フロップでAのワンペアを揃えているというわりと有利な状況なのに、"バッドビート"というタイトルを置くことでどっちに転ぶかわからない、むしろ語り手は負けるんじゃないかという緊張感を持った始まりになっていたと思います。
 ギャンブル作品において、読者の手にも汗を握らせられる描写力はとても強いと感じました。
 ただ、ポーカーをよく知らない人がこのあたりをどう受け取っていたのかはわからないですが、全体を通してもう少し補足があってもいいのかな、とも感じました。私は用語を知っているので、逆に気にし過ぎかもしれません。
 ストーリーの大筋も、オチの見せ場からはじまり、ウダイとユリアの関係性を描いて命がけのギャンブルを開始、そして見せ場へとつながるというシンプルかつ力強いプロットで、見せ場の作り方がとても巧みだと感じました。
 隣の男が撃たれ、もう一度"男の勝負"の哲学を明示したところでは、背景がわかっているからこそ一度目よりもより手に汗を握りました。
 私は「Aのワンペア強いと思ってたけど確かにユリア相手でこんな状況では心もとないな……」という気持ちになり、そういう心の誘導のさせ方がとても素晴らしいと感じました。
 (間違えてたらすみません)あの状況で、ユリアの二枚目が2だったら、タイトルに偽りなく、また、破れたウダイが笑ってしまい、ギャンブルやめられないのもすごくわかる展開でした。
 ギャンブルの魅力がガンガン伝わってきて、ポーカーを打ちたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 いきなり隣の男が撃たれる場面から始まる物語。アーメン。
 そんな状況にも関わらず、語り手である男の次の勝負を見据える姿が、彼のギャンブル人生を物語るとても良い導入だと思いました。
 二人の関係性が好きです。
 たまたま目の前に座ってくしゃみをしたのがきっかけで、否応なしに人生が崩れていくウダイ。彼の命を手玉取るユリア。でもこれはお互いの実力を認め合っているからこそ、天秤のように釣り合っていると思いました。
 ユリアの大負けは、もしかしたら彼をテーブルに座らせて命をかけた勝負をしたかったからではないでしょうか。逃げられるなら逃げようとするウダイを、そうはさせじとユリアが己の命をチップにかえて楽しげに首根っこを抑えて笑う姿はまさに女狐と感じました。
 ポーカー、大まかなルールは知っているのですが実践経験をあまり積んでいないため最後の手札が分からず、つまりどういうことなんだとなりました。すみません。文字数にまだ余裕があるので、背後にいる観客たちのざわめきや反応があれば、ヒカルの碁にようにルールが分からなくても臨場感や勝敗が伝わり、なるほどと感じたと思いました。
 命をかけたギャンブラーたちの駆け引きと勝負の行方。二人の今後が気になりました。

79:流れ星を置き去りにして/ロマネス子

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 高校一年生の時にストンと恋に落ちたまま、卒業式を迎えた高校生のお話です。
 恋に落ちたきっかけから、即卒業式の終わりを描きはじめたのがめちゃくちゃ英断と感じました。
 ただ省略したのでは無く、先生とお近づきになった間にした主人公の策略として3年間の月日が丁寧に描かれているのもすごくよかったです。
 これは僕が察するのが極端に苦手だからなのかと思いますが、嶋田先生の性別が明確にされていなかったので故意ではない場合は明示してあげた方が親切なのかなと思いました。
 でも、嶋田先生は男性でも女性でも魅力的な人であることは変わらないので些細な問題だとは思います。
 嶋田先生の魅力や、扉のエピソード、先生が主人公をモデルにした絵を実は描いていたなどなんとなく先生側も主人公のことは気にかけているような要素もあってすごくキュンとするお話でした。
 一次創作に不慣れとのことなのですが、今後もたくさん作品を書いて欲しいなと思います!

謎のお姫様:
 扉は開いた、あとは自分が追いつくだけ。ロマネス子さんの流れ星を置き去りにしてです。
 本作は嶋田先生に思いを寄せる主人公の語りでしたが、恋愛描写はもちろん、"あの頃の無力感や決意、卒業式で思うこれまでとこれから"の解像度があまりにも高すぎて、思わず彼に自分を重ねてしまいました。
 特に、策を弄した結果生徒会長まで上り詰めてしまったところが大好きです。確かにあの頃は謎の万能感と、それと決めたら進んでしまう力がありました。
 そういった青春のパワーと、結論が"望んだものとは少し違うかもしれないけど、まあいいか"という振り返りを緻密に描いた名シーンだと感じます。
 これは私が鈍感なのかもしれませんが、扉が開いたとはいえ、嶋田先生→語り手への気持ちが全くわからなかったので、そこをもう少し見たかったです。
 もしかすると、それもロマネス子さんの策なんでしょうか?
 一人称視点ゆえ、主人公の読み取れなかった感情はあえて描写しないことで、より語り手とシンクロするような仕掛けなのでしたら、テーマの使い方がとても巧みだと感じました。
 また、主人公だけでなく嶋田先生もとても魅力的だったのが印象的です。少ない会話パートと、主人公の目から見た彼女を描写することで、二人のキャラクターがそれぞれ魅力的に映り、よりストーリーに没頭できました。
 いつか成長して、めちゃくちゃ大きい花束を渡せるようになってほしい。その相手が嶋田先生じゃなくても、その成長過程にはきっと意味がある。ついついそんな風に彼を応援したくなる、青春の解像度がとても高い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 とある男子高校生が、美術講師に恋するところから始まる物語。
 我が高校の美術の先生はいきなり物理学や生物学の授業をやり始めたかと思うと、講義時間丸々使って怪談話をやる自由人だったのですが、他の高校でも似たようなものなのかとにやにやしました。
 先生に会うための手段が、別の方向へと接続して人生が変わり、その成果に素直にやったぜ!と思えないところが、主人公の不器用さが如実に表れているようで、そんな彼をカラカラ笑っている嶋田先生との日常を想像しました。
 三年間では学生の枠を越えられないとどこか冷めていた主人公が、一本だけ花を手渡して、境界を越えた瞬間がとても好きです。主人公の渡した花とウードの匂いが混じる様子が線を曖昧にしたように見え非常にエモかったです。
 嶋田先生にとって、主人公のことはまだ学生かもしれず準備室の扉は再び開かずの間になるかもしれないですが、何となく嶋田先生の気が変わって、扉の立て付けを直したのちに、主人公が扉を思いっきり開いてしまい、ピシャーン!たのもー!とやってもらいたいなと思いました。とても良いアオハルでした。

80:Don't mind/夢見遼

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 ボクと俺と船木さんのお話でした。
 最初、ボクの記述が何かおかしくて読み進めていて中盤で「俺」が語り部の一人称だと気が付きました。
 ボクをあだ名にしてこういう仕掛けがある作品を書くのはとてもおもしろい試みで読んでいて楽しかったです。
 たまに文章の意味が変わってしまったり、雰囲気を壊してしまいそうな誤字があるので、投稿の前に自作を読み直してみると更に作品の完成度や高くなって強い短編小説になると思います。
 ボクと俺の関係性や、船木さんの説得など見所がたくさんある素敵な作品でした。
 伸びしろがめちゃくちゃある作者さんだと思うので、今後もどんどん創作を続けて欲しいです。

謎のお姫様:
 生者と死者は干渉できないけれど、生前の言葉が伝えてくれる。夢見遼さんのDon't mindです。
 本作で私が一番好きなところは、短編小説なのに叙述をオチではなくアクセントに使ったところです。
 "ボク"は一人称ではなく、怜からみた高窪くんの三人称だったというギミックはそれ自体がかなり面白く、たしかになんとなく違和感はあったものの、船木さんが「ボクくん」と呼んだところでその違和感が解消され、とても気持ちよくなりました。
 よくよく読み返すと、「こんなのでも学校に行こうとするのは偉いと思う。」「やったじゃないか、ボク。」など、どう見ても二人称視点で描かれているという布石も多く敷かれており、とても丁寧なギミックだと感じました。
 ただ、「そういえば包丁が失くなっていたのだった。」などの怜の発言とは思いにくい(怜が包丁を隠しているので、こういう言葉にはならない気がします)文章もいくつかあったので、そこは少しだけフェアじゃない気もしました。
 そして前述の通り本作の魅力は、ギミックはあくまでアクセントであり、大筋は「友人を亡くした二人が再び立ち上がる話」を貫いているところだと思います。
 ポルターガイストは引き起こせるものの、基本的には干渉できないのでボクは結局自分で立ち上がるしかない、というテーマがとても好きです。
 怜が船木さんを励ましたりもしますが、二人が立ち上がるために一番効いたのは、生前の怜の「みんなが幸せでいられますように」という言葉でした。
 ここに、死んだ人はもういないけど、その人の言葉は覚えている限りずっと残るから、という夢見遼さんの死生観を感じました。
 怜は二つのことを伝えられませんでしたが、きっといつかボクと船木さんは怜の気持ちを理解して、幸せになってくれるでしょう。
 ギミックの使い方、感情爆発のシーン、文章に仕込まれた哲学のどれもがとても面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 最初に読んだ時は、ボクがどこか客観的で自分のことを他人のように話していて違和感を感じていたのですが、「ボク」があだ名だと知った時にこれは俺視線なのかなるほど!と思い、こういうことだったのかと二周目を読みました。
 死んでしまった親友八尾がなんとか二人の恋を成就して成仏しようと奮闘する姿は微笑ましく思う一方で、血の通った腕を見ていいなと思ったり、ボクのお守りを持っていくところ、そして「月がキレイだな」と本人は何気なく言ったセリフに嬉しくなってしまったところに、本当はボクと一緒にこれからも過ごしたかったのだという想いが伝わり、切なさを感じました。Don't mind の題名も、二人のこれからを見届けた後に、八尾が呟いて消えゆく言葉なのかなと想像したりしました。
 ボクと船木さんの恋路を応援する俺の物語。面白かったです。

81:BREMEN/ぷにばら

謎の有袋類:
 不思議な妹の話を書いてくれたぷにばらさんの二作目です。
 どうしたの???なにがあったの???キャプションは見ないよって言ったけど「音楽とは乳首をこねることと見つけたりというお話です」はもう無理じゃんwどんな話だよwとワクワクしながら話を見ました。
 悲しい事故で右手の握力を失ってしまったチェロ奏者の主人公と、意識を失ってしまった声楽家だった祖父が同じステージに立ち、共演をする感動の物語でした。
 ところどころマジでおかしなワードは出てくるのですが、それをものともしないエモの物語。
 めちゃくちゃ良かったです。KUSOの波動を放ちつつも、感動とか涙腺に来るという構成は本当に素晴らしい。
 僕、音響をやっていたのでライブ前の緊張感とか裏方のやりとりにグッと来たのと、フルトラッキングのVがどうやってライブをしているのかのリアリティーラインがしっかりと整えられていたりと、祖父の乳首をこねるという飛び道具以外はしっかりと地に足をつけているのもすごく良いバランスだと思います。
 最後、乳首がもげたあとに祖父が目覚めてからすぐに「けれど、手渡されたそれが楽譜であることに気づくと、すぐにニヤリといたずらっぽい笑みを見せた」がもうめちゃくちゃアツい! 超良かった……。引退はしないでほしいし、祖父とユニットを組んで再デビューしてください(ぐるぐる目)
 本当にめちゃくちゃ良いお話でした!

謎のお姫様:
 誰が何を奏でても、音は平等に心を震わすのだろう。ぷにばらさんのBREMENです。
 本企画二作品目となるぷにばらさん。一作品目は概念的妹を取り扱った本格SF作品でした。
 本作品は、奇抜なフックがありつつも、音を奏でられなくなった二人が、再び音を取り戻す、文字通りブレーメンの音楽隊を彷彿とさせるものでした。
 祖父の乳首をつねってチェロの音を奏でるという、乳首をつねって音を出したことのない人には絶対ピンとこない斬新なフックが印象的ですが、そんな設定を理解させるまでの導線がとても丁寧なので、すんなりと受け入れることができました。(私が音楽を触ったことがあるからかもしれませんが)
 理解への導線は、妹世界のときも巧みだと感じましたが、本作も乳首チェロだけではなくVのライブ手順などもわかりやすく、読者に伝えるという能力がとても高いと感じました。
 その分、読者の心を掴めそうなポイントまでがほんの少し長いかもしれない? とも感じましたので、いきなりフックを引っ掛けてもよかったかもしれません。
 祖父が壊れるかもしれないという布石が序盤から敷かれているところや、署へ連れて行かれた下りの脱力感など細かい文章の工夫もとても好きです。
 本作で私が一番好きなところは「鳴らしている音楽も、それに感動したという事実も変わりはしないのに、それらを全部否定してしまうのだろうか。」という哲学でした。
 法を犯したミュージシャンのヒットソングも、好きすぎてアラームに設定してしまい嫌いになったあの曲も、本来その音の価値は変わっていないはずです。乳首楽器という遠い設定に、そういった身近な感覚を繋げることで、この物語が一気に近いものになり、それゆえラストシーンでとても大きなカタルシスを得られたんだと思いました。
 祖父のために楽譜を用意していた僕。それを見てすぐに音を紡ぐ祖父。祖父も僕も、本当に音楽が好きで、一度は世界に見放されたかもしれないけれど、それでも再び一緒に演奏する。まさしくBREMENな作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 ファーストライブを控えた場面から始まる物語。静かな決意と緊張に震える主人公のに目を映るのは9年間目を覚まさない祖父。
 今日のライブを祖父に聞かせるために病院から連れてきたのだろう。孫と祖父の間に何か約束事があり、今日はそれを果たす日なのだと思いました。
 なのになんで服を脱がすんです?いや、体調をチェックしているのだと言い聞かせました。なのになんで乳首をつまむんです?
 ゆっくり擦って運弓法のイメージだと主人公が心の中でつぶやいた瞬間、これはKUSOの系譜だと確信しました。
 なんといっても絵面がひどい(褒め言葉)目を閉じていれば何も疑問を持たずに耳を傾けていられるのに、目を開ければそこには祖父の乳首を優しく、時に激しく擦る孫。
 病院で人を集めて演奏した時に、周囲の人間はよく怪訝な顔ですんだと思いました。プライバシーの守られる病院ならまだしも、公共のオープンな場である駅前はあかんです。
 この物語を笑っていいのかと神妙な顔になってしまうポイントはどこまでも真面目な主人公の存在だと思います。他者から見たら常軌を逸した行為に見えますが、主人公にとってはかつての思い出を胸に、祖父と一緒に演奏をできる唯一の方法です。それがたとえ、祖父の乳首を擦るこねるひっぱるものだとしても、決して譲れないものだと想いました。
 また、祖父がチェロだとバレたらどうなるのか、いっそバラしたいと心情が揺れた時に、ファンの楽しい思い出を壊してしまっていけないと思い直す姿は非常によかったです。
 元々どこか違和感があった祖父の乳首がついにもげた時はいってーーーー!と叫びそうになりました。その後、祖父が目を覚まし同じ反応をしたので笑ってしまいました。
 ですがそこからの祖父が気持ちを瞬時に切り替える姿は、たとえ長い空白があっても二人の想いは変わらぬままなのだと想い、一緒にステージにあがる姿は本当によかったと想いました。とても面白かったです。

82:カジャンカジェンガと空飛ぶるーせー/帆多 丁

謎の有袋類:
 一作目はタマを取って箒レースに挑む弟の話を書いてくれた帆多 丁さんの二作目です。
 カジャンカジェンガ、でいだらぼっちみたいな感じの巨人の逸話と、九尾の狐が戦った話を中心にしたどこかの世界のお話でした。
 主人公のひいばあちゃんが仕えていた先生が、カジャンカジェンガの一人なのかな?
 色々と詰め込んでいるお話なのですが、読んでいる時に少し混乱をするのでどれか一つの時系列に集中した方が読んでいる人には親切なのかもしれません。
 でも、これは僕がわかりやすい山場がある話が好きなだけなのでこうやって昔話のその後の話まで読んだ方がいいという人もたくさんいると思うので、好きな意見を取り入れてくれたらうれしいです。
 朗読をしてみるとカジャンカジェンガって言葉を言う時とかすごく楽しそうなのと、るーせーという謎の食べ物がすごく美味しそうな異文化情緒を感じる面白い話でした。

謎のお姫様:
 頭に絵が浮かんでくる、絵本のような物語。帆多 丁さんのカジャンカジェンガと空飛ぶるーせーです。
 本企画二作品目となる帆多 丁さん。一作品目はタマをとって箒レースに出場する、奇抜なフックから繰り出されるド王道な展開がアツい作品でした。
 本作は、るーせー売りの男の人が昔話をする、という形式で進んでいきますが、序盤から"まだ空と山が鎖でつながってて、カジャンカジェンガが雲を布団に昼寝をしとった頃"や、"固める時にはあまーい匂い、干してるときにはみかんの匂い、焼いてるときには天にも昇る匂い"など、絵本っぽく、ひと目でファンタジーと分かる設定が次々に出てきて、どういうテンションで読めばいいかがわかりやすく読みやすい構造だと感じました。
 ただ、私はこういう作品を読み慣れておらず、作中用語が多くスケールの大きい作品ということで、時々おいていかれそうになった部分もありました。
 語り手が何について語るのかがもう少し明確だといいのかもしれません。
 カジャンカジェンガについての話では、石投げの達人とるーせー作りの名人が協力してカジャンカジェンガにるーせーを届けるシーンがすごく好きでした。
 空飛ぶるーせーや、対岸まで石を投げる青年など、絵本チックな世界観ならではの解決方法でカジャンカジェンガを助け、その力で水を臭くさせていた元凶を退治するという流れがとても真っ直ぐで読みやすかったです。
 次々と語り手が変わることによって、その伝説が世代を超えて語られ続けていることがわかり、狐の尻尾の顛末がわかるのも面白かったです。
 はじめはるーせーが不穏なアイテムだと思いながら読んでいたのですが、伝説と現代を繋ぐ役割を持った美味しい食べ物だということで、私もるーせーが食べたくなりました。
 きっといつか、最後の語り手の生涯も過去になり、あるいは伝説になるけれど、それもるーせーと一緒に語り継がれていくんだろうと思える綺麗な作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 名物るーせ-と巨人カジャンカジェンガにまつわる物語。
 るーせーが美味しそうで、どこからか甘く香ばしい香りがただよってくるようでした。乾酪、とてもお酒に合いそうです。最初はるーせー誕生秘話かと思ったのですが、巨人カジャンカジェンガが世界をどのように今の形にしたか、という物語でした。
 紙芝居のような文体で、いろんな能力持ち達が、それぞれの特技を生かしてるーせーをお腹が減って弱ったカジャンカジェンガの元に送り届ける様子はテンポよく紙を抜いていくだろうなと思いながら楽しくよみました。
 カジャンカジェンガは本当にいるのか、るーせーを売るための作り話ではないのだろうかと疑問に思ったところで、狐の尻尾が封じられているといわれている温泉のげんこつの形をしているのが、そうやって退治したんだなと思わせ昔話と地続きになっているところが好きです。
 カジャンカジェンガは先生となって、今も鎖のメンテを行っているのでしょうか。逃げた狐が実は女の子に化けているのではないかと思ったのですが、違うかもしれません。
 両手に串を一本ずつ持つと扇みたいに見えるという、るーせーの形状が少し想像しづらく、なぜか頭の中できりたんぽで変換されました。もう少し詳しいるーせーの描写があると、きりたんぽでなくなると思いました。
 今なお続く神話の物語。とても面白かったです。

83:人魚の楽園/まこちー

謎の有袋類:
 こむら川には初参加! 長編で砂時計の王子というファンタジーを書いているまこちーさんの作品です。
 こちら、砂時計の王子のスピンオフですがこの作品内で完結している人魚の里のお話でした。
 この人魚達は水の中ではなく宙を泳ぐと書いてあるので地上では少し浮いて移動も出来るのかな? など独創的な発想と、無邪気にはしゃぐ人魚達、そして人間に喜ぶ様子など見ていてとても面白かったです。
 人魚たちが人間達が嫌いなので騙し討ちをするつもりだったにしても、そうじゃなくなんらかの理由があったとしても魔族になる薬を求めた人間達が死ぬ的な伏線がもう少しあると、多分親切なのかなとなりました。
 意外な結末! といっても本当に意外な結末をお出しすると突飛すぎて読んでいる側はスンッと冷めてしまいガチなので、これはあからさまかな?というくらいヒントを入れてしまってもいいかもしれないです。
 人魚の楽園の場合、多分元人間の魔族や人魚族が里にいないことも伏線だとは思うのですが、更に誰かが「今からやめてもいいのよ?」的に止めようとするのを主人公たちに止められたり「薬が欲しいなんて言うなよ」みたいなことをすごく軽く言うか、冒頭で「魔族になりたいと言ってはいけないよ。もう戻れないのだから」的なことを書いてからの人間を人魚がめちゃくちゃ大歓迎→あの結末だと読者も気持ちよく傷付いたり、楽しくなれるのかなーと思います。
 登場するキャラクターたちの口調や見た目の描写や、世界観の作り込みはとても素晴らしいし、読者に対するサービス精神も旺盛だと思うので、とても高度なことを求めてしまったのですが、まこちーさんならきっとすぐ吸収して最強の短編も書けるようになってくれるはず……!
 あと、個人的に言葉数が少なくて表情も滅多に変わらない男がめちゃくちゃ好きなので読んでいてとても楽しかったです。
 消えた人間、人魚達の糧になったりするのでしょうか?
 人間達が崩れたシーンはめちゃくちゃ楽しかったです! 長編も楽しみ!

謎のお姫様:
 どれだけ楽園に見えても、立ち入っては行けぬ禁則事項がある。まこちーさんの人魚の楽園です。
 快活で突っ込み気質なラルフと、言葉足らずで辛辣なシェイのキャラクターが立っていて、二人の掛け合いが読んでいて楽しかったです。
 また、人魚と人間の関係性も作中でてきぱきと描かれるので、世界観も飲み込みやすく、特徴を端的に示す能力がとても高いと感じました。
 今まで読んできた作品のせいか、私はあまり人魚というものを信用していないのですが、本作はラルフがとても人間を好いていることが伝わってきました。
 会話でも内面でも気持ちよく人間を好いてくれているので、読んでいてとても気持ちよかったです。
 ただその分、ラストのどんでん返しでラルフの気持ちがわからなくなりました。
 ”許されないこと”に触れられているのにもかかわらずブイサインを見せているあたり、ラルフも人間が消える瞬間を見たかったんでしょう。とすると、人間を見るのが好きなのは本当で、人間が来るとパーティーが開かれ、王宮の中で眠れるから、人間が来て喜んでいたという解釈であっていますでしょうか。
 人間が無事に家に帰ってしまうとより多くの人間が来て面倒だから、来るだけ来て帰らない、が一番幸せなのでしょうか。
 本作はここで終わるからこそ人魚の底知れなさが見えて不気味な作品になっているんだと感じつつも、私のわがままですがそのあたりをもう少し読みたかったです。
 何か描写を読み違えていたらすみません。
 人間側にも悪意はなく、ただ純粋に魔族に憧れ、薬を欲したというところが本作の後味の悪さに拍車をかけていて好きです。命を落とす描写も体から真っ黒な液体が流れていく映像が頭に浮かび、とても気持ち悪くて不気味でした。
 先ほどまで私(人間)の仲間だと思っていたシェイが笑い、すぐに無表情になるところで「ああ、やっぱり人魚とは相いれないんだな」と理解でき、明るい前半との対比が精神的にきついお話でした。
 キャラと世界観がものすごく特徴だっていて、とても入り込みやすい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 二人の人魚が人間を見にいくところから始まる物語。
 明るく猪突猛進なシェイ、面倒くさがりやで口数の少ないラルフのキャラがとても対照的な凸凹コンビで、いざとなったら本気をだすラルフが好きです。
 人魚と人間の組み合わせは、悲劇性を帯びた印象があり、果たして邂逅してもよいのだろうかと不安を覚えながら読みましたが、こちらの予想を裏切り、人間も人魚達もお互い友好的。
 もてなし方は浦島太郎を彷彿させ、一回忘れかけていた嫌な予感がふくらみつつ、鱗を渡すくだりで、いや、気のせい気のせいと思ったところへ玉薬の登場。玉手箱っぽいけれど本当に飲んでも大丈夫かと思いましたが、案の定、大丈夫なものではなく、人間が来たら一番嬉しそうにするシェイの真に見たいものが分かる、というラスト。
 どうして人魚が魔族を嫌うのか、何やら理由があるけれど結局分からないままの終わり方は、ある意味、読んでいる側も蒸発していなくなった人間と同じような気持ちになる訳で、それを狙ってやられたかもしれません。ですがもしそうならば、初めから人魚ではなく人間目線の方がより効果的なのかと思いました。
 人魚の楽園を訪れた人間に待ち受けるもの。たとえ友好的でも、どこか根本的なあり方の異なる人外の描き方が面白かったです。

84:ミルクティー色の祝福、或いは……/豚園

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 美しい男に魅入られて、生き方を変えようとした矢先に宝物を失ってしまった男の話です。
 宝物と同じ髪と瞳の色だからと言う理由で結婚をし、家庭を築いた相手は結局自分と似た相手だったという残酷なお話。最後に聞こえてきた声は、幻聴なのかそれとも……。
 これは小さな疑問なのですが、娘さんは自分のやりたいことをやっていたように見えたのですが、父親である主人公は娘のことは微塵も気にかけていなかったということなのでしょうか?
 妻が須藤渚とはちがうときっぱりと書いていたので、娘も須藤渚とはちがうし代わりにならないと書いてあった方がより一層「遅くなんてないよ」と、今まで築いていた端から見たら幸せなものを壊す説得力が増したように思います。
 須藤渚という男の魅力、そして美しさ、主人公が彼をどんなに大切に思っていたかがわかる描写がすごく素敵でした。
 須藤渚が美しい男性であったことから、代替品になるのでは? と思った妻も髪と瞳の色だけでは無く、見た目もそれなりに美しい女性だったのかなと思います。
 綺麗な世界を見せてくれない妻に離婚を突きつけたあと、彼は再び失った大切な彼の言葉を聞くことが出来るのかな……なんて想像の余地がある素敵な作品でした。

謎のお姫様:
 人生を狂わせる、ミルクティー色との出会い。豚園さんのミルクティー色の祝福、或いは……です。
 本作は、数行という短さでとても幸せそうな家族を描いてからの主人公の不穏な語りではじまり、私は「じゃあ何を求めていたんだろう」と一気にお話に引き込まれました。
 この時点ではまだ、誰が悪くて求めているものと違うのかわかりませんでしたが、"須藤渚の色だから。だから飲んでる。"というモノローグで一気にアクセル全開となり、愛情、あるいは狂気の世界に引きずり込まれます。ここの、"幸せ→不穏→須藤渚開示"のスピード感がたまらなく好きです。
 須藤渚は自分の面の良さを自覚している男ということで、この時点で好きな人が多そうな属性なのに、それに加えて自分の思うように行動する(私は後ろのキャラ付けがぶっ刺さりました)というよくばりセットで、須藤渚に惹かれてしまうのは当たり前だという説得力がありました。
 反面、須藤渚が語り手に惹かれた描写が少し弱いように感じたので、そのあたりがあればさらに深みのある物語になったかもしれません。
 話が現代パートに戻り、回想ではうるっとくる使われ方をした「遅くなんてないよ」というセリフが最悪の事故を起こす展開がものすごく好きです。
 語り手はかなり自分勝手な人間ですが、妻の「いつかやる」に苛立ってしまうところはとても共感しました。きっとそれは、同族嫌悪なんだと思います。
 須藤渚のようにはなれないとずっと抱えてきたからこそ、妻に対して苛立ち、最悪のタイミングで須藤渚に背中を押される。このあまりに人間臭くて、自分勝手な展開がとても面白かったです。
 タイトルにあるように、果たしてそれは祝福だったのか。死者の声を都合よく使っただけじゃないのか。その先に幸せはあるのか。色々と考えてしまう作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 一家団欒から始まる物語。
 絵に描いた幸せのように感じるのに何かが足りない主人公。題名にもなっているミルクティーがキーワードなんだろうと引き込まれました。
 なんといっても渚の魅力でしょうか。顔がよく、初対面でもさらりと懐にもぐりこむコミュニケーション力、明るく無邪気で、でも一度決めたことはやる。主人公が好きだと思うのも分かると思いました。
 付き合っているうちに彼の人柄に影響を受け、過去のトラウマが塗り替えられ一歩踏み出していく姿はとても好ましく感じました。しかし訪れる突然の別れが訪れ彼がどうしてミルクティーを飲み続けている冒頭の理由が分かる、という構造。
 思い出の中の渚の、何をやるにしても遅くないよ、という言葉が渚の替わりにならなかった妻との離婚を考えている現在の主人公の後押しする場面では、彼から受け取った祝福を、歪めて呪いにしているのは己自身なのかと思いました。
 渚といえばカヲルが瞬時に思いつくのですが、「遅くなんてないよ」の台詞は完全に石田彰ボイスで再生されました。何年もたった後に、もし成長した娘が渚側だったらどれだけこじらせるのか気になりました。
 ミルクティーに彩られた世界とその後。面白かったです。

85:ある被験者の記録/志村麦

謎の有袋類:
 前回、記憶が無く全裸ではじまるミステリーを書いてくれた志村さんの作品です。今作も記憶に関するお話でした。
 一時間で記憶がリセットされるので、ボイスレコーダーに記録をして生き延びるというお話でした。
 この話を聞いている私は、最初に記憶した私ではないかもしれないという部分が面白かったです。
 文字媒体だからなのですが、これ、声はどうなっているのか知りたいなと思いました。個体差もあるのならば、声も差があるのでさすがに記録の途中で声が変われば気が付いてもいいのではと思うので、隠れながら話しているから小声で録音しているため、声の判別がつきにくいなどの補足があるとそういうお話の根幹に拘わる疑問を浮かべずにお話に集中出来る気がします。
 朗読をする上ではすごくやりやすそうで、おもしろい設定だなと思いました。
 殺し合いが先に完了する可能性も高い中で、希望を感じながらの結末はなんとなく映画の予告編を感じさせます。
 ここからどうなるのか、先に殺し合いが完了してしまうのか、実験の目的はなんだったんだろう……などなど気になることがたくさんあるので、このまま続きを書いて中編や長編にするのもいいと思います。
 今後も色々なチャレンジをしたり、好きなシチュエーションをどんどん書いて行って欲しいです。

謎のお姫様:
 極限状態において、自分や他人という線引に意味はあるのか。志村麦さんのある被験者の記録です。
 "定期的に記憶を失う被験者がボイレコで記憶を継いでいく"という設定を手短かつわかりやすく第一章で説明しきり、そこから一章ごとに情報を追加していくという書き方と、被験者のシチュエーションがマッチしていて、読みながらまるで私も被験者になったかのような感覚に陥り、とても面白かったです。
 私はソリッドシチュエーションがすごく好きでよく観ているのですが、本作品は文章作品にも関わらず、あの画面全体が血でくすんでいるような嫌な感じが脳を侵食してきて、描写力がとても高いと感じました。
 また、ボイレコ強奪により被験者全員が同一個体なる、という発想がとても好きです。
 通常、死んだ人間の思いを引き継ぐというのはとても美しいテーマですが、記憶がなくなる設定と殺伐とした世界のせいで、ゾワゾワする不気味なホラー要素になっているのが素晴らしかったです。
 ただ、ここに突っ込むのは野暮だとわかっているのですが、私が被験者なら殺して奪った時点でまず聞き、自分の残している記録媒体orボイレコに顛末を吹き込むと思います。
 私が盛大な読み違いをしている気もしていますが、読みながら「次の自分に強奪したことを残さないかな、ここまで綺麗に入れ替われることってあるかな」と思ってしまいました。
 すみません、この部分は読み違えていたら無視してください。
 ボイレコが渡り歩くことで記憶リセット後も人格を獲得し、その結果集団で脱出方法へ向かえるというテーマが、個人戦のソリッドシチュエーションデスゲームの概念を覆すとんでもない発想だと思います。このアイデアを、録音形式で読者に語りかけるように描くことで没入感たっぷりの演出になっていました。
 終わり方も、次の人(あるいは読んでいる私)に繋がるというとても綺麗なものでした。
 男の一人称×ソリッドシチュエーションという私好みの世界観に、とんでもなく斬新な発想が乗っかった衝撃的な作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 一時間ごとに記録がリセットされるデスゲームの物語。
 どうして一時間なのか、その狙いはなんだろうと考えていたら、殺人による負の感情を取り消すことが目的かもしれないとと聞いた時にぞわりと肌が粟立ちました。けれどこのリセットを逆手にとり、記憶を外部媒体に託し、このゲームに打ち勝つために精神を集合させ一つの人格を作り上げるという流れは、デスゲーム開始時にはまったく思いもよらない展開でめちゃくちゃ面白かったです。これはしてやられたと心から思いました。
 ただ、この方法に希望はあるのだろうかとも感じました。
 現時点での記録は約5000字の情報量ですが、これをNHKのアナウンサーが読み上げるとだいたい12分ほどだそうです(教えて!goo調べ)素人だともう少し時間がかかると思います。
 となると、この記憶を聞いて人格引き継ぎをうけたのちに、探索時間や必要な情報を得てまとめる時間が果たして足りるだろうか。情報量は増えていく一方で、たとえ脱出に必要な手がかりを得て情報を残したとしても、それまでに積み上がった情報量を無視してたどり着くことは難しく、最後まで聞いたところで残り時間もわずかという事態になりそうだと思いました。
 また、この記録媒体が罠ではないか不審を抱かせないよう、また最後まで聞く価値があるのかと思わせることが肝心かと思いますが、もし私がこの記録媒体を手にしたら、二番目の記録の「私の試みは失敗に終わった」という言葉で再生を止めて別の手がかりを探しにいったと思いました。
 この記録媒体の記録がここで終わっているのは、脱出に失敗したのだろうと感じました。ただこれは私の想像力がないだけで、もしやなんらかの方法で生き延びる可能性もあるのでしょうか。この続きがあれば連載でぜひ読みたいと思いました。
 デスゲームから生き延びるための、思いもよらぬ生存戦略。とても面白かったです。

86:だいたいゾンビのせい/加藤ゆたか

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 ゾンビが溢れてしまった世界で、愛する人を失ってしまった男の話でした。
 三角形の布(天冠)を付けていればゾンビに襲われないという設定がすごくおもしろかったです。
 まだ文字数に余裕があるので、警察がどんな場合に撃つのかとか、天冠をつけていても襲ってくる条件、ゾンビ狩りやゾンビ保護団体についてもう少し書かれているとお話の世界の秩序に納得感が生まれて、作品の世界を楽しめるかもしれないなと思いました。
 妻を亡くして無気力になりながらも惰性で生きている主人公が、引っ越しを考えはじめたところで仕事を失い、自暴自棄になり、ゾンビ狩りをしてしまう主人公が、妻を思いながら死ぬという結末はすごくよかったです。メリバではないですが、愛する人のことを考えながら、愛する人の元へ行けるっていうのはいいですよね。
 ゾンビが実は人と変わらない思考や感情があった(ゾンビ化してすぐのことだからかもしれませんが)というのも、あれだけ痛めつけていた存在も人間で在ると示していて、すごく好きです。
 普段はSFや恋愛を書いている方らしいので、こういう悲恋というかメリバではないですが愛のあるある種のハピバを書けたのだなーと思います。
 今後も創作を続けていって欲しいです!

謎のお姫様:
 本当にゾンビのせいですか? 加藤ゆたかさんのだいたいゾンビのせいです。
 妻がゾンビウイルスで亡くなったという語りから始まる本作ですが、完全なゾンビファンタジーではなく、共感できるような作りになっていたのが好きです。
 これで意識していないと言われると恥ずかしいですが、天冠(私も初めて知りました)やウーバーの流行など、現実世界の某ウイルスの影響を彷彿とさせる作劇が面白かったです。
 個人的には"ゾンビ保護団体"という現実味のある惹きつけられるワードをもっと読みたかったですが、あまりここに尺を割くと本筋からズレる上に、エンタメの枠を超え何かしらの批判作品になる可能性もあるので、掘り下げなくても良かったかもしれません。私にとってとても魅力的な設定でしたので、とても気になりました。
 そして、幸子さんを忘れられない内面をたっぷりと描写した上で、とてもあっさり無職になることで、ゾンビに八つ当たりするお膳を立てるところが展開が巧みだなと感じました。
 どの描写にどのくらい尺を割けばいいかの判断がとても優れているのだと感じます。
 また、これは意図されているのかわかりませんが、主人公がゾンビになったあともモノローグが続くのが凄まじくホラーで好きでした。
 意識はある、けれど人を襲う体は止められない。
 そういう内面が描かれることで、先程まで叩き潰していたゾンビたちも実は……といういや〜な想像ができて面白かったです。
 そんなゾンビになったあと、最後に思い出すのはもちろん幸子さんなのですが、その前がタケシだったというのも、幸子さんを失ってからウーバーに心を支えられていたということがわかって美しかったです。
 スピード感のある展開で、主人公の内面を追いかけていくのが楽しい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 新型ゾンビウイルスが世界的に流行した物語。
 読んでいて頭に常にちらつくのは例の新型感染症ですが、こちらはより世紀末な世界。
 ゾンビを回避するには死人のふりをする必要があり、そのために三角頭巾が必要という設定が非常に面白かったです。私もこの白い布の正式名称は天寇と初めて知りました。あまり関係ないですが元寇と字面が似ており一瞬、見間違えました。
 こんな世の中でもウーバーイーツは活躍。しかもゾンビが怖いから頼むのではなく、外にでるのがめんどくさいからという理由は、こちらが思っているより恐ろしい世界のではないのだろうか、それとも主人公の感覚が麻痺しているだけなのかと思いました。
 妻を失い仕事もなくなった主人公が向かう先はゾンビ狩り。
 先月もやっていたということは、この二年間、彼の心がすさんだ時に定期的に繰り返しているようで、一見まともに見える主人公のほの暗い部分が見え隠れしているようでした。
 人通りの多いところに半分ゾンビ半分人がいる、ゾンビ保護団体が存在するなど読んでいてゾンビの危険度がどれほどなのか少し分かりづらかったため、詳しい描写があればよりよかったと思います。
 もしかしたら、ゾンビなんていう存在はすべて妄想で、本当は主人公もこちらと同じ世界にいるかもしれないとちらりと思いました。
 ここではないどこかの、どこかの現実。ウーバーイーツの田中の今後が気になりました。

87:いつもの日常/れー。

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 健太という男性と、主人公のお話。
 講評だとネタバレをしても良いのが最高ですね。かわいい三歳の雄猫ちゃんと飼い主のお話です!
 いい猫ちゃんで、飼い主の顔近くにゲロを吐かないし、おきろーーーーとお気に入りのソファーや家具で爪を研がない! 聞き分けの良い猫ちゃん!
 最初、なんで詩・童話カテゴリなんだろうと読んでいたのですが、これは確かにそのカテゴライズですね。
 猫ちゃんの肛門を見せてくれる仕草、赤ちゃんの頃の癖が抜けない(赤ちゃん猫は親猫に排泄物を舌で舐め取って貰うので)子がよくやることなので、健太さんは主人公をとても大切にしていることも感じられてよかったです。
 ワンルームとか1LDKで飼育をしているからか、キッチンに猫ちゃんがアクセス出来るけれど「ダメだよ」と普段から心配しているところもすごくいいなと思いました。
 これは僕のワガママなのですが、最後の方にかわいいかわいい猫ちゃんのお名前を読んでくれたらうれしいなと思いました。
 猫にでれでれな飼い主、猫の名前は連呼するとかご飯の時にお名前を呼ぶと思うので、名前を呼ばれて嬉しい的な描写でも良いので入れてくれると僕がすごくにやにやするというだけなので、気にしなくても大丈夫です。
 とても良い猫ちゃん小説でした。猫ちゃんは最高。

謎のお姫様:
 ギミックが仕込まれているものの、それは幸せ溢れたいつもの日常。れー。さんのいつもの日常です。
 本作は語り手が猫だったというギミックがメインではないことを理解しているのですが、私、テレビに割り込んだ語り手が撫でられるときの「これが本当に同じ生き物なのか」というモノローグがすごく好きでした。
 ミステリ読みの悲しい性で、本作の「狭い部屋から連れ出した」「踏んづけそうになる」「ごはんを用意してくれる」あたりの描写から語り手に違和感を覚えていたのですが、「同じ生き物なのか」の一言で、しばらく騙され続けていました。
 "健太と同じ生き物=人間"とも、"健太と語り手は両方生き物"ともとれる、すごく考えられたミスリードだと思います。
 全体通して、もう少し話か行動に起伏があれば、大きなカタルシスがあったとは思いますが、本作はあくまでなんてことのないいつもどおりの幸せな日常を描いた作品だと思いますので、別にカタルシスは必要ないかもしれません。
 ギミックの使い方も"いつもの日常"らしいものとなっているところも好きです。具体的に言うと、本作は『彼の話』のラスト数行からだんだん猫である描写を増やし、読者が確信を得たラストシーンで「うむ。今日も平和だニャア。」と置くことで答え合わせをしてくれる設計です。
 どん! とどんでん返しをするのではないところが、一貫したテーマになっていて面白かったです。
 ごはんを食べたい語り手が暴れるシーンは、猫が苦手な私でも「可愛いじゃん……」となるほど、愛に溢れた可愛いシーンだったと思います。
 いつもの日常にこそ幸せがある、そんなことを教えてくれる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 ラブラブなカップルの物語……と思いましたが、狭い場所から連れ出したあたりから「おや……?」と思い、語り手がモミモミし始めたところでこれはネコ目線だと分かりました。モミモミ、カワイイですよね。ものすごくくすぐったいですが、子猫の時のお母さんネコのおっぱいを吸うときの名残ときくと、甘えているのだなとにやけてしまいます。
 ネコ飼いならではの描写が多々あり、終始、分かる~と楽しく読みました。ネコの素材のよさが分かる嗅覚は半端なく、ハンガーにかけ忘れたダウンジャケットはすぐさまネコのお布団です。またネコは自分を人間だと思っているのもあるあるでその昔、通っていた塾で飼われていたネコは、会話していると混ぜてと中心に入ってきて参加していました。
 中々目を覚まさない飼い主に対して、ちょっと疲れているしな、と心配するものの、ごはんが待ちきれなくて最終的ににゃーにゃー主張している様子が浮かび、非常にかわいらしかったです。もし我が家のネコだったら、容赦なく起きるまでそこらへんの物を落として騒音を起こし続けると思いました。
 数分とたたないうちにごはんを食べ終えてしまうところもネコらしい。終始にやけっぱなしでした。とても面白かったです。

88:猫のふぐり本があるのなら、オジサンのふぐり本があってもいいじゃない/豚園

謎の有袋類:
 ミルクティー色の髪と瞳をした男に狂わされた男の話を書いてくれた豚園さんの二作目です。
 どうしちゃったの?????
 そして完全に偶然だと思うのですが猫ちゃんが主観の作品が二連続。こういう事故が起こるので楽しいですね自主企画。
 かわいい猫ちゃんの金玉と共に乱入してくる全裸中年男性の金玉! 悲しい無敵の人と化したおじさんがおじさんのふぐりを見ろと叫ぶ!
 おもしろい作品でした!
 こういう下ネタ作品は結構勢いが大切なので、最初に金玉を出してロケットスタートをすると良いかもしれません。
 かわいいかわいい猫ちゃんで中和をせず、おじさんのしわしわでもじゃもじゃのふぐり一本槍で戦ってみてもいいと思います。
 はずかしいという気持ちや、正気に戻る前に書ききってしまいましょう!
 猫好きだと、猫ちゃんのこの後の処遇だとか、ここから野良に戻ったら……とか、猫を外に放って自由にしたつもりになるのはやめろおじさん! のようにふぐり以外に気になる要素が多くなってしまうので、おじさんの性格のクソさを出したい! というわけではないのなら、そこらへんのヘイト管理なども完璧だとより、ふぐりとおじさんに集中出来たように思えます。
 カクヨムの二作目にオヂさんのふぐりを輝かせるという勇気、そしてかわいい猫ちゃんのふぐりやハムケツに憤るオヂさんの自己中心的な性格、出版社に全裸コートで乗り込むおじさんと、一緒にかわいい猫ふぐりを見せつける猫ちゃん、おもしろ要素が盛りだくさんの贅沢なネタ小説でした。
 気軽に読める小説から、しっとりと読める小説まで幅広い作風で活躍していって欲しいと思います。

謎のお姫様:
 駄目です! 豚園さんの猫のふぐり本があるのなら、オジサンのふぐり本があってもいいじゃないです。
 本企画二作品目となる豚園さん。一作品目は、須藤渚の背中を追った語り手が、須藤渚に背中を押されてしまう最悪(あるいは最高)の瞬間を切り取った心の動きが丁寧な作品でした。
 果たして今作は……と、タイトルを見て驚きました。本当に同じ作者さんなのかと疑ってしまうほど毛色の違う作品をこの短期間で書けるのは、凄まじい武器だと感じます。
 バーコードハゲのオジサンが真夏に分厚いコートを羽織っている最高に不穏な導入から本作はスタートします。
 なんとなく言葉の節々が不審な語り手でしたのでなにかギミックが仕掛けられているんだろうなと感じつつも、二人の出会いを感動的に書いてからスルーする緩急の付けかたが面白かったです。
 そして本題、Twitterに裸をあげ真夏に分厚いコートを着るオジサンが、猫のふぐり本だけ売られているのはおかしいといいだすシーンに入ります。
 前作の語り手は狂ってはいたものの共感できる部分も多かったのですが、本作は本物の狂人でしたので全く共感できず、また語り手もそれを応援し始めるので、読んでいて共感先がなかったのが少しだけ気になりました。作中にひとりは(少なくともその世界観内では)まともな人間がいたほうがいいかもしれません。
 ただ、そこからはじまるアツい展開は少し胸が震えました。クビになった理由も垢バレなのでなにひとつ擁護ポイントはないのですが、夢を語り、巻き込んだ語り手を突き放すところは変に王道で、「もしかして今、アツい小説を読んでいるのか?」と頭がおかしくなりそうでした。それくらい臨場感のある演説パートだったと思います。
 そこから仕掛けが発動し、語り手が猫だったことが明かされますが、一人称誤認のギミックをオチに使わず話のスパイスに使ったところも好きです。
 夢を追う素晴らしさと、オジサンのふぐりは駄目だということを再認識できる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 こむら川名物(?)投稿順による衝突事故。過去には空というお題で航空機事故の話が連続することがありましたが今回はネコが主人公が続くというもの。今のところ二作しかないのに不思議だなと思いました。
 猫のふぐり本があるのなら、オジサンのふぐり本があってもいいじゃないかという題名を見たときに「どういうことだってばよ……」となりましたが、猫のふぐりがあるのなら、オジサンのふぐり本があってもいいじゃないかという内容でした。どういうことだってばよ……。
 確かに猫のふぐりはどうして可愛いのでしょうか。やはり形がコロコロでふわふわな毛が密集してはえて、レオの言うとおり生っぽさがないからだと思います。同じネコ科のライオンのふぐりはやや筋肉質で硬そうなところがあり、やや可愛さは下がります。
 もし人間がペットで飼われていたらでは可愛いふぐり本がでるかもしれないというくだりは笑いながらもそうかもしれないと思いました。より上位の存在からみたらタケシの悩みなんてちっぽけなものかもしれません。ちなみに、野生のカンガルーのふぐりは幸運のお守りとしてオーストラリアの空港なので土産として売られているのですが、もしペットではなく人間が野生に生きる存在だったら同じ道をたどるかもしれないとふと思いました。
 これは余談なのですが、読み終えた後に「ミルクティー色の祝福、或いは……」を書いた方と同一人物と気づいた瞬間「なん……だと……?」となりました。
 レオとタケシのダブルボールショットは非常に構図が決まっておりとても好きです。
 タケシのふぐりは極端に小さい、ということで可愛いらしいふぐりだと思いました(目をそらしながら)。彼らのふぐり道に幸あれ。

89:男の中の漢/そのいち

謎の有袋類:
 前回は、神通力があるという女性と、その女性の元に執拗に尋ねてくる男性とのやりとりを描いたそれでは、また明日で参加してくれたそのいちさんです。参加ありがとうございます。
 今作は漢字の漢と書いて「オトコ」と読む漢らしさを心の中に秘めている金剛力士アヤメという主人公のお話です。
 めちゃくちゃ男らしい内面が、少しなよなよしている主人公に説教をしたり、喝をいれたりするお話でした。
 最後まで内面であることを明かさないならば、最初に自分の内なる漢らしさが居座っていると説明してあげた方が親切かもしれないです。
 生活リズムや、下着の色、寝る時間を繰り返すことで色々な表現をしているのがとてもおもしろいし、うまいと思いました。
 ちょっとした恋心、そして拳と拳のぶつかり合い! そして平手打ち……! 平手打ち一発で吹き飛ぶ青空ひかり……おもしろかったです。
 毎回ちがうテイストのお話を書いてくれるそのいちさん、これからも楽しく創作して欲しいです。

謎のお姫様:
 自分の中に居る男、自分の前にいる男。そのいちさんの男の中の漢です。
 男の中の漢! である語り手が、うじうじしている金剛力士アヤメに対して物申す……と思いきや、実は冒頭の語り手はアヤメの男の部分だったというギミックが面白かったです。
 アヤメとアヤメの中の漢が喧嘩をするパートが特に好きで、炎上していいねを稼ぐところや、返事ができなかったことを一生引きずっているところのうじうじ加減が冒頭の語り手と対比になっていて、読んでいて楽しかったです。
 そのあと語り手の正体が明かされるところで、「暴力反対」と言っていたのも、自分の中から出た言葉だということがわかり、アヤメのキャラクターがより立体的で味わい深く感じました。
 だからこそ、青空ひかりの登場により再び漢! と会話するところでは”暴力を否定はしない。使いどころがあっていればむしろ使うこともある”という一貫した行動心理が描かれるところでは、キャラクターに筋が通っていることがわかり、よりアヤメが好きになりました。
 その拳の一線が、自分が何かされるではなく親友を泣かすことだったのも、アヤメらしくていいなと思いました。この数千文字で”アヤメらしさ”が私の心の中に完成するくらい、キャラクター描写が巧みだったっと感じます。
 本筋ではないのでさらっと触れますが、”琴線に触れる”は、本来は「良いものや、素晴らしいものに触れて感銘を受けること」として使われることが多いので誤解を避けたい場合は違う言い回しの方がいいかもしれません。
 ひかりと対面し、漢! の部分ではなく女々しさの部分が登場するところは、話の落としどころがとてもうまいと思いました。
 アヤメの嫌っていた女々しい部分にも、愛の力という強大な部分があるんだということに気付く展開は、少年が自分を理解する思春期を描いているようで面白かったです。
 ただ、これだけ心の動きが丁寧に描写されている作品でしたので、泣かした親友についてもフォローがあってもいいのかなとは感じました。
「愛に勝るものはない」「思春期の自己理解」という二つの壮大なテーマを同時に消化し、最後はほんの少しひかりとの今後を匂わせて終わる、という構成がとても綺麗でした。
 自分も少しだけ自分の嫌いなところを認めて上げたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 昭和の香りがただよう男の哲学から始まる物語。そんな彼の許せない人間は金剛力士アヤメ。地の文が挟まれない会話が、男である僕と漢である俺の、脳内問答しているのだと分かるまえおきの最後になるほどと思いました。漢である俺は猪突猛進な存在かと思いきや、理があるとひっこむところが好きです。
 そんな一人(脳内二人)の前に現れたのは、不良青空ひかり。
 彼の非道な行いに、僕がここぞというときに男になったものの、思わぬ彼の一面を見てしまい混乱していたところへ、第三者の女々しさが現れる展開は思いもよらずびっくりしました。また、自分の行動が理解できない場合は脳内会議は発生せず漢も男も女も一目散に逃げるところに笑ってしまいました。頭が真っ白になったらしょうがないです。青空ひかりとの今後をめぐって、三人の脳内会議は随時行われるのでしょう。彼らの行方が非常に気になりました。

90:正しい救世主の飼い方/古川 奏

謎の有袋類:
 第三回の時、少年に助けられた少女の宿した希望がめぐって空へ昇る空飛ぶ生き物という作品で参加してくれた古川 奏さんです。
 今回は地球の終わり、背骨を展開して無脊椎動物と戦う救世主の少年と、その飼い主を自称する少年のお話です。
 自分に言い聞かせるような、救世主である少年の優位に立つことで人類の存続を握っていると思い込もうとしている少年と、少年に心を開き、折れそうな心を奮い立たせて世界を救う少年のお話でした。
 文字数が上限ギリギリで難しいと思うのですが、背骨を展開して戦うという様子が想像しにくかったのでどこかにもう少し描写があると親切かもしれないなと思いました。
 海から来た無脊椎動物と戦うという設定や、適合者が戦う、海面が上昇していく様子など興味深く読むことが出来ました。
 救世主である戸川がまっすぐな性格だからこそ、主人公である土屋の少し斜に構える感じが目立つ正反対の二人組はすごくいいなと思いました。
 大切な人を二人失った土屋が、これからどう生きていかなければならないのか気になるラストも美しかったです。

謎のお姫様:
 その世界に、生きる意味はあるのか。古川 奏さんの正しい救世主の飼い方です。
 6000文字という制限の中で、世界観提示をした上で出会いから別れまでをきっちりと描ききり、大きなカタルシスまで用意している字数配分と構成力がとても素晴らしいと思いました。
 序盤は、終盤の展開に比べれば静かな立ち上がりですが、「救世主を拾った」というインパクトある一文で引き込み、モノローグで情報を開示しつつも、戸川と土屋のお互い一筋縄ではいかなさそうなキャラクターを描いていて、一気に引き込まれる導入でした。
 個人的には三文目の「背骨と肩甲骨が展開されたままの状態で転がっていた。」がすごく好きです。一瞬映像を思い浮かべるために固まってしまう描写を置くことで、救世主という存在がどういうものなのかをじっくり考えてしまう、世界観に引き込むのに一役買っている文章だと思いました。
 ここで引っかかったからこそ、背骨が戦闘用になるという設定がすんなり受け入れられたんだと思います。無脊椎動物を攻略するために脊椎を使う、という設定の人類の総決戦感も面白く、背骨で戦うことが決まるまでの前日譚も読みたい、と思ってしまうほど世界に引きずり込まれました。
 ただ、最後の「行くなよぉ……!」を際立たせるためだとは思いますが、ちょっと1の章の土屋の態度が悪すぎて、中盤まで彼に感情移入できなかったので、妹が亡くなってた以外の感情移入しやすい行動原理があれば、いっそうラストが映えていたかもしれません。
 飼い方を間違えたせいで戸川が勇敢な救世主になってしまうシーンも、敗北シーンや激励を描いていたことで、戸川がそうなってしまうまでの心の導線がしっかり引かれていて、とても引き込まれ、切なくなりました。
 そして何より、本作のラストシーンがとても好きです。
「脊椎で戦う、背骨で戦うこと」と「食料がまともに配給されていない」ことをしっかりと描いたうえで、人間が最後に残す”骨”という部位を、戸川から託されたものだと受け取る展開が綺麗すぎて、物語全体に文字通り一本の太い背骨が通った作品でした。
 妹も戸川もいない世界に生きる意味はないのかもしれません。それでも、きっと土屋は立ち上がって、カレーを食べるまでは生き続けるのでしょう。
 出会いから別れまでを描ききった構成力が凄まじい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 題名の時点でこれは好きかもしれないと思いましたがドンピシャでした。
 救世主を拾う始まり。とても好きです。出会いが最悪なのもいいです。どこかひねくれている少年と、心を閉ざした生意気でまっすぐな少年の組み合わせは最高だと思います。
 地上で覇者になった脊椎動物が海からやってきた無脊椎動物に地位を脅かされる世界観は、脊索動物時代に捕食される立場だった歴史を繰り返しているようでした。また無脊椎動物vs脊椎動物の種の存続をかけた戦いで鍵となるのは、はるか昔、脊椎動物が重力の壁を越えて陸上に進出するきっかけとなった背骨という設定はとてもおもしろく感じました。
 救世主である戸川をここまで煽って責め立てず、もう少し優しい言葉をかけて欲しいと土屋に感じることはありましたが、それは現代の平和に生きる人間の立場の思いであって、常に死の瀬戸際にある戸川には、あまり意味のないものかもしれません。そうした土屋の戦略が実をなした結果、彼を救世主にしてしまい飼い主である土屋の「行って欲しくない」という願いを背に受け、命をかけた決戦へといってしまうシーンがとても好きです。
 土屋に会うまで戸川は、人類に救う価値があるのかと悩んでいたかもしれません。けれどたった一人を見いだして、彼のために飛び立とうとしたのでしょう。肩甲骨を広げて飛ぶ姿は鳥類を模したようで、脊椎動物の意地を見せた形態だと思いました。
 依存させていたと思っていた相手に依存していたのは自分自身で、そんな大事な存在を失って今にも崩れ落ちそうな土屋が最後、脊椎の重みをずしりと感じる場面は、身一つで地上に進出したかつての脊椎動物を思わせました。託された重みを背負い、ふたたびカレーが食べられる文明世界を築いて、戸川の記録を後生に伝えていって欲しいと思いました。
 無脊椎動物たちの描写がどんな生き物なのか気になりました。タコやクラゲのような存在でしょうか。エンドセラスやアノマロカリスの姿だと過去に絶滅した動物が現代によみがえった感じがしてとてもよいですね(手元にある生命大躍進を開きながら)
 好きしかない物語でした。とても面白かったです!

91:ノーモザイク・ノーライフ/姫路 りしゅう

謎の有袋類:
 前回は異能を売る少女のお話と、異世界転移のハッピーエンドロールで参加してくれたりしゅうさんが参加してくれました。参加ありがとうございます。
 これは本当に素朴な疑問なのですが、挿入部分を無修正で見るって興奮するものなんですか?
 そういう僕の素朴な疑問も含めて、作者のエロがモザイクを透かすかのように浮き彫りになってしまいそうな作品でした。
 人差し指と親指で円を作り、他の指は立てておくOKサインで向こう側を除くと、その人が隠したいものは透けて見えてしまうという能力を見つけた主人公が色々とのぞき見をしていたら、その能力を他の人も発露していき……というもの。
 最初と最後が川柳で締められているのもおもしろかったです。
 モザイクが透かせるというわけではなく「隠したいと思ったものが見える」と判明するまでの過程もとてもおもしろかったです。
 僕は性器がモザイクで隠れていないことにはなんのうれしさも感じないのですが、他人が隠したいと思っているものが透けて見えるのはめちゃくちゃ楽しそうだし、Twitterのスタンプで隠されてる個人情報とか黒塗りの資料的なものがめちゃくちゃ見れて面白そうだなと言う最悪なことを思いついたので、そういう「自分がその能力を得たらどうしようかな」まで考えられる面白いアイディアと、良い結末を書いた作品だなと思いました。
 前回もおもしろい作品だったのですが、今回は更に力を付けて文字数と物語の規模を合わせつつ、わかりやすく、おもしろい作品で殴り込んで来てくれてとてもうれしいです。
 今後も創作を楽しんでくれたら良いなと思います!

謎のお姫様:
 私はモザイクあるほうが好きです。男優の汚ねぇケツにモザイクをかけろ。

謎の原猿類:
 AVのモザイクを透視する異能に気づいたことがきっかけとなり転がっていく物語。とてもパンチが強い導入である一方で、この設定を軸にどうやって物語を展開していくのか、AV一本槍で突き進むのだろうかと思っていたら、理解が早すぎる彼女麻衣ちゃんがぐいぐい物語をひっぱる流れがとてもよかったです。また麻衣ちゃんのふとしたときに方言がでるところが好きです。九州の出身でしょうか。
 能力の検証をし、この異能はAVに特化したものではないと判明した時はまだ俺と彼女だけだった物語が、街中へと進出しミステリーへと繋がっていく……という予想を裏切り、日常を飛び越えて世界へと異能が拡張していく展開には非常に驚きました。
 宮崎県幸島のサルの一頭が芋を洗って食べることを覚え、その行動が広がり群れ全体でやるようになった直後、場所の離れた大分県高崎山のサルの群れでも突然芋洗い行動がみられたという、百匹目の猿現象の話が大好きなので、興奮しました。
 そうして全世界レベルまで膨らんだ物語がきれいに収束して日常へ戻っていく。六千字以内できっちりおさめるコントロール力がとんでもないと思いました。
 ちなみに、エロ本にバターを塗る噂と花咲く森のみちんぽこどっこいしょの替え歌を知らなかったため、全国民には入らないのだと寂しい思いをしたのですが、よく考えれば原猿類だったので知らなくて当然かもしれません。
 AVのモザイクの先の世界。とても面白かったです。

92:尻神様インザスカイ/尾八原ジュージ

謎の有袋類:
 ジュージさんの二作目です。一体どうしてしまったのジュージさん……?
 一作目は人の心のやわらかい場所をじくっと刺すようなホラーを書いてくれたジュージさんでしたが、二作目は痔の話です。
 あれがイボ痔、金玉、乳首、君が指差すこむら川の大三角形。
 痔が人の顔のようなものに見える……!から始まり、どんどん叶っていく願い。徐々に叶う願いが大きくなっていくのは信仰という力を手に入れたからなのでしょうか? 
 SNSでバズり、マフィアから狙われるようになってから現れる白馬の王子様ならぬ、肛門科の先生……。よい伏線回収でした!
 これは本当にどうでもいい類の粗探しなのですが、自宅にデリヘルを呼ぶ場合って結構極まったお客様が多く、基本的にはホテルやレンタルルームなどに呼ぶことが多いらしいので、今後の作品に活かしていただけたらなと思います!
 困窮してるとかヤバいを現わしたい場合、金がないから毎回自宅でお世話になってる的な補足があると人物像も経済状況も伝えられてお得かもしれません。
 普段のホラーを書くジュージさんも好きですが、こういうKUSOと言われる禁術に手を出したジュージさんの作品もすごく好きです。
 このまま自由に書きたいものを書きたいだけどんどん書いて行きましょう! レッツ進捗ジャンキー道!

謎のお姫様:
 羽ばたけ、世界の果てまで。尾八原ジュージさんの尻神様インザスカイです。
 本企画二作品目となる尾八原ジュージさん。一作品目は読者の感情を巧みにコントロールし、にせものではないとわかるからこそ、にせものであってくれと祈りたくなるホラー小説でした。
 本作はシュールコメディということで、終始陰鬱な雰囲気が漂っていた前作とは真逆の空気感でしたが、その読者の感情のコントロール力は健在で、とても面白かったです。
 いぼ痔が神々しい顔という発想がまず面白いのですが、ただ下ネタ的に面白いだけではなく、”主人公には決して見えない部分”=”当事者の主人公が一番の部外者”という状況を作り出しているのが個人的にものすごく好きでした。
 私は神々しいいぼ痔なんて言われて想像すらつきませんが、それは主人公も同じということで、彼と全く同じ感情で物語に乗せられていきました。
 そのように本作を通して私は主人公の気持ちにシンクロしている状態でしたので、ラストの助けに来てくれたマッドサイエンティストがとても格好よく見えました。途中で肛門を見せられる関係性の人がいない、というモノローグも挟まっているためか、これなら主人公が落ちてしまうのもわかるなあと思いながら読ませていただきました。
 もう少し主人公がピンチになってから助けに来てくれてもよかったかもしれません。まだ彼は集団に担がれた状態でしたので、実際にヤクザやマフィアやテロリストが襲い掛かってきてからさっそうと登場したほうが、より格好よく見えたかもしれないなと思いました。
 また、本作はリアリティラインのズラし方もとても丁寧だったと感じます。最強アンドロイドに改造されるという、突飛だとも取れる展開ですが、メロンちゃんの下りで”幽霊と会える世界であり、幽霊と会わせられる尻神様”だという情報が開示されているのがとても効いているなと思いました。
 プロポーズや運命の出会いと、最強アンドロイドの間には深い隔たりがありますが、そこに”幽霊”をワンクッション挟むことですべてを自然に受け入れられる、という構造がものすごく好きです。
 この後空へと旅立った主人公とマッドサイエンティストは、どういう旅路を経てどう恋に落ちていくのでしょうか。インザスカイのタイトル通り、彼らの物語はここからなんでしょう。起承転結がくっきりしていて、その先も想像できるとても面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 いぼ痔が神々しいと褒められる導入。
 今後どんなことがあってもこんな始まりの物語は読むことはないだろうと確信するほどのぶっとびです。しかもいぼ痔が仏像を思わせる顔で拝むとご利益があるというもの。何を食べたらこのような話を思いつくのでしょうか。
 このいぼ痔が他人には見えて、自分には見えないという設定が虹の足のようでとても好きです。
 そしてこのいぼ痔を自分の目で見たいと思った結果、どんどん話が膨らみ、おかしな方向へと転がっていく。マッドサイエンティストが何を願ったのか特に気にしていなかったのですが、まさかアンドロイドになって殴り込んでくるとは露とも思わず、あまりのぶっとび具合に笑いました。善人であるメロンちゃんや看護師さんはすべての人に尻神さまのご利益がもたらすべきだと思う一方で、マッドサイエンティストは己の道を行くために独占していく対比が好きです。でも菊見沼さんの恋人が欲しいという願いは叶ったのではないでしょうか。
 多くの人間の願いを叶える一方で主人公にはただひたすら尻が痛いまま、というくだりを読んだときに、なぜか「M八七」が頭の中で流れました。菊見沼さんは、君が望むなら強く応えてくれる、痛みを知るただ一人の存在だからかもしれません。
 彼らは何も知らずに彼方のほうへ向かい星になったのでしょう。遥か空の星がひどく輝いてみえたので私は震えながらその光を拝みました。とても面白かったです。

93:おばけなんて/@madoX6C

謎の有袋類:
 第四回の時には現代を舞台にした異能バトルものである腐った社会の虫ケラ共と、ホラー作品『+』で参加してくれた@madoX6Cさんです。参加ありがとうございます。
 我が子が怖い夢を見て、自分たちの部屋へやってくるのを微笑ましく思っている父親が主人公のお話でした。
 子供が話している怖い話に影響されて、自分もつい怖くなってしまうという微笑ましくも自分も陥ってしまいそうな怖い状態が、身近ですごく怖かったです。
 おばけなんていないとわかっていても、現実の状況を少し反映している子供の夢、予知夢とか子供が持つそういう感覚だったらどうしようとゾッとしてしまいますよね。
 短いながらも前半のほんわかする様子と後半のギャップでホラーの怖さをじわじわと表現している素敵なホラーでした。
 思わず隙間とかベッドの下が怖くなる嫌なホラーでした。
 前回参加してくれた蜂使いの作品も連載中だったので色々チャレンジしたりこれからも創作をしてくれたらうれしいです。

謎のお姫様:
 あの頃の怖さは、今も脳裏に焼き付いているから。@madoX6Cさんのおばけなんてです。
 序盤は子どもの頃の恐怖を想起させる、微笑ましくも「あったなぁ」と思えるパート、中盤はゆうくんの語りによる冷や汗が流れるパート、そして終盤は主人公の恐怖が私にも伝播してくるような巻き込み型ホラーのパートと、場面はあまり動かないのに感情がガンガン揺さぶられるとても面白い構成でした。
 特に、「隙間におばけがいる。」を見たという主人公の語りを差し込んでから、実際にゆうくんが見た夢が「おとうさんが死んじゃう夢。」だと明かされた落差がとても好きで、ホラーに重要な前フリと本チャンの対比が美しく決まっていたと感じました。
 "ゆうくん"という全人類の息子代表のような登場人物を見守らせるという構造なので、私は半分くらい読んだときにはゆうくんの親のような気持ちで見守りながら読んでいました。そうして主人公に読者をシンクロさせる作品なので、よりゆうくんのセリフが突き刺さったんだと思います。
 本作はじわじわと怖いホラーなのですが、一行目から強く引き込むようなフックがあればよりよかったかもしれません。
 ゆうくんの夢の内容も、抽象的ですが映像が浮かんでくるとても怖い描写でした。"とれちゃうの"という言葉選びもとても好きで、まるでそれが実際に起きてしまうような気がしました。とれちゃう、というポップな響きに対して、結果は血がいっぱい出て死ぬというアンバランスさも好きです。
 愉しそうに語る子どもならではの無邪気さにも恐怖を助長させられました。
 ひとつひとつの描写がとても繊細で、全描写で読者と主人公をシンクロさせる工夫がされているように感じました。私まで巻き込まれて一人で寝るのが少し恐ろしくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 無邪気な子供な子供が父親を呼ぶ所から始まる物語。一人で寝るのを嫌がる子供が可愛らしく、怖い夢を見て寝れなくなってしまったんだね、それは怖いねと微笑ましい顔をしてうんうん頷いていたら、その夢がおとうさんが死んじゃう内容だった時にはヒェッとなりました。いやいや、子供の言うことだし、突拍子もない話なのはしょうがないと気持ちを落ち着かせていたところ、お母さんが夢に出てこないという話は現実にリンクしているようで、子供の空想世界が浸食してくる怖さがありました。
 子供目線なので内容には形がないのに、死の描写だけは妙に細かく具体的で、本当にこの部分の話をしているのはゆうくんなのだろうか、もしかしてゆうくんが一人で寝るのが怖いのは子供部屋に何かよからぬものがいるのではと、何もないと思っていた場所がどんどん黒く染まっていくようでした。お父さんは無事に朝を迎えることができるのか、じんわり後味の悪さが残るホラーでした。

94:短編【マサキ先輩の話】/ボンゴレ☆ビガンゴ

謎の有袋類:
 最後でピリッと締め短編と言えばビガンゴ先生です!参加ありがとうございます。
 こういう形の作品、複数来るのかと思っていたのですが、思いの外最初のFtM的な方が主人公のお話です。
 男性の一人称小説といって出して来たので彼は男性なのでしょう!
 これ、すごいうまくてポリコレ的にはダメなんだろうけど、話し方とか言葉の選び方がそれっぽいからアレ?と違和感を覚えていたら、やはりそういうパターンだったので納得感がすごくて読み終わったときに気持ちよかったです。
 でもこれは僕が元セクマイウォーリアーだからかもしれないので、もう少しわかりやすい伏線を一つくらい入れてあげると種明かしの時の気持ちよさがグッと高くなるかもしれない……。
 すごいいいなと思ったのは、それでもアサヒがオペをした後なのかだとかそういう盛れる要素を排除してマサキ先輩との関係性やマサキ先輩を描いている点だと思います。
 マサキ先輩は兄として好き、そしてマサキ先輩は気を使わないし俺様だけどアサヒにはそれなりにアサヒを尊重して振る舞っている。
 マサキ先輩の不器用さというか、いい兄貴分というか、読み終わってはじめてわかるマサキ先輩の気持ちみたいなのがめちゃくちゃよかったです。
 顔が良くて俺様で自分勝手だし、家族には優しい。マサキ先輩めちゃくちゃいいなと読み終わって思うのは本当にすごいワザマエです。
 最高の男と、男性の一人称小説をありがとうございました!めちゃくちゃよかったです。

謎のお姫様:
 ありのままの自分をさらけ出せるから。ボンゴレ☆ビガンゴさんの短編【マサキ先輩の話】です。
 本作はキャラクターが同士が会話をすることで物語が進んでいく形式ですが、その物語を引張る役割のマサキ先輩がとても格好良く、筋が通っていて、私も彼に引っ張られながら作品を読むことができました。
 きっと人は誰しもありのままの自分を受け入れてほしいと思っていて、わがままに振る舞いたいと思ったことがあると思います。マサキ先輩はその憧れを実行して、そして概ね私たちの予想通り多くの人に受け入れられません。その程よい現実感が彼のキャラクターを立体的にしているんだと感じました。
 これは個人的な好みですが、大きな事件の起こらない短編小説では、キャラクターの成長や考えの変化があったほうが大きなカタルシスが生まれると思っています。
 本作は、叙述的なギミックが仕込まれているもののアサヒは自分の考えを固めているように感じ、成長や変化というよりは"再認識"の作品だと受け取りました。どのシーンで読者にどんな気持ちになってほしいかまでコントロールできればよりカタルシスを感じられるのかもしれないなと思いました。
 本作は、ありのままを曝け出して生きることの楽さ、楽しさを描かずむしろその苦悩を描いており、そのメッセージ性がとても好きです。
 相手の気持ちはわからないし、他人の目を気にしてもどうしようもない。結局自分らしく生きるしかないという重いテーマを、序盤はそうと気付かれないようコメディタッチで描き、ほろ苦く終わらせることで考えさせられる作品になっていると感じました。
 人に迷惑をかけることもあるマサキ先輩と、ただ自分らしく生きようとしているだけのアサヒが同列にいるかはわからないですが。
 楽しい会話劇でコーティングされたキャラクターとメッセージ性の強い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 マサキ先輩と二人星を見上げることから始まる物語。
 それから語られるのはマサキ先輩の信念。
 容姿やスポーツの才能に恵まれながらも、誇示せず溺れない彼の生き方は、どこか孤高さを思わせますが、そうさせたのは彼の中身を見ようとしない他者たちかもしれません。
 己を曲げずに生きてきた彼は子供のまま大人になったようでしたが、そんな彼の誰にでも公平に接する態度が、彼の弟のような存在であり、他人の目を気にしてありのままの自分をさらして生きていくのが息苦しいと感じているアサヒに対しても、同じように接してくれるのだと分かった時にガラリと彼に対する印象が変わり、またアサヒがマサキ先輩の言葉で少しでも前向きになれるラストがよかったと思いました。
 一方でアサヒがマサキ先輩を際立たせるためにいる月のような存在という印象を少し受けました。恐らくマサキ先輩が太陽のごとく強すぎると感じたからだと思います。無数の星の中でも一際輝くマサキ先輩に対して、アサヒが己の力できらりと光る描写があればよりよかったと思いました。ただこれは個人の好みかもしれません。
 他人のカギでおまえのドアは開かないとマサキ先輩が冒頭で言っていたように、アサヒのことはアサヒ自身で解決しなくてはならなくてはならいのかもしれません。けれどマサキ先輩は、必要以上に心に入り込まずにいてくれ、少し離れた場所で見守ってくれるようにも見えました。
 マサキ先輩とアサヒの物語。彼らの今後が気になりました。

95:人はなぜ天狗と聞くと空飛ぶ円盤を思い浮かべてしまうのか/アーキテクト

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 こちら軽く読んだ感じはUFOという単語を天狗に置き換えたフェイクドキュメンタリーで、架空の雑誌からの引用という体裁の作品です。
 男性の一人称小説というお題をどこで回収したのかは読み取れませんでした。申し訳ありません。
 この架空の雑誌を書いている筆者が男性であるということが、お題の回収要素だと仮定したとしても、三人称記述に見えてしまう点、そして架空の雑誌からの引用であるという体裁が無意味なものとなってしまうため、勿体ないような気がしました。
 天狗とUFOという単語の置き換えだけではなく、仙境異聞・勝五郎再生記聞からの引用を絡め、天狗と聞くと空飛ぶ円盤を思い浮かべるのだという説得力を持たせている部分などは面白いと思います。
 この内容を一人称にして、誰かが調べたという体裁だった場合はお題回収が満たせたように思います。
 とても楽しく書かれているということはとても伝わってきたので、今後も好きなことを続けて欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 不思議なパラレルワールドで綴られる怪異コラム。アーキテクトさんの人はなぜ天狗と聞くと空飛ぶ円盤を思い浮かべてしまうのかです。
 まず本作は、タイトルのパンチ力がとても強いと感じました。
 『人はなぜ』と語りかけられることで、「ああ、何か共通認識の常識にメスを入れるコラムか評論なんだろうな」と予想した瞬間に、『天狗と聞くと空飛ぶ円盤を思い浮かべてしまうのか』と、予想の斜め上の論理を展開されて、タイトルを拝見した時点で「どういうことだろう?」という気持ちになっていました。短編小説はいかに序盤から読者さんを引っかけるが重要な要素だと思っておりますので、本文より前の部分にフックを仕掛ける本作は、とても面白い導入でした。
 一文目の『天狗といえば空飛ぶ円盤であることは説明するまでもないだろう。では、なぜ天狗は円盤として現れるのか。』もとても好きです。一番説明してほしいところをバッサリカットすることで、そういう世界なんだとわからせられて、そのあとのコラムを楽しく読むことができました。
 ただ、本企画のテーマは『男性の一人称』小説です。確かにコラムは男性の一人称と言えるのかもしれませんが、お題の回収度合としてはいまいちかなと感じました。
 もう少し主観がたくさん入ったコラムだったなら、印象は変わったのかもしれません。
 天狗がいったい何者なのかという謎を追って、色々な説を描くという構成でしたが、その一つ一つの発想がどれも面白かったです。
 特に好きな部分が空飛ぶ円盤や、エリア51(「五十一番地」)など、天狗=宇宙人であることを想起させる説が散々描かれるのに、最後の最後で「天狗が宇宙人なんて馬鹿げた説もある」とちゃぶ台をひっくり返すところです。
 平成どころか令和に突入した世界にいる私たちにとっては珍説とは思えないものを最後に持ってくる構成が、とても面白いコラムだなと感じました。
 果たして天狗とは、円盤とは何だったのかがとても気になる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 いきなり天狗は空飛ぶ円盤なのはご存知のことですが、と始まる物語。
 それはどうだろうかというツッコミを跳ね飛ばし、ネットで確認できる情報を混ぜ合わせつつ、これが根拠でありますと明示した乏しい論証をつなぎあわせ、ところどころドンと断言してしまう主観と客観が入り混じった様子が、エセ科学の香りがただよい怪しさ満載で面白かったです。最後に陰謀論はほどほどにと書かれているのは、この雑誌のライターこそ陰謀論に傾倒しそうだという作者の皮肉を感じにやりとしました。
 一方で、男性一人称のレギュを満たしているだろうかという疑問がついてまわり、初読時は内容に集中できませんでした。語り手がどういう人物か言及されてないように見受けられたため、女性ライターが書いたものと解釈しても問題ない気がします。話者がどうしてこの話を書いたのか軽くでも触れる描写があればよりよかったと思います。もし何か見落としている点があれば読み取れなかったです。すみません。
 天狗と空飛ぶ円盤の驚くべき関係性。歴史の中に隠された陰謀の謎を信じるのはあなた次第。どこまでも飛躍していく言説がとても独創的でした。

96:まだ眠る蛇/梅緒連寸

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 最初に書かれている臥龍院 地平という人を探す物語だと思っていたら、矢磨田 地平くんが臥龍院 地平になるまでのお話でした。
 最後まで読んだ後、もう一度最初に戻り、この前向きそうなスタートを切った青年が無惨に死ぬのか……となる面白い構造のお話でした。
 連載の一話目としてはとても魅力的なお話なのですが、短編小説としては導入部分で話が終わっているように思います。
 矢磨田 地平くんが臥龍院 地平になるまでというテーマだとしても、もう少し彼の活躍や霊能者としての素養の高さを見られたらよかったなと思いました。
 タイトルにある「まだ眠る蛇」というのは語り部でもある地平くんのことなのだと思ったのですが、物語を読んだ段階ではまだまだ見習いのような初々しい雰囲気の彼がどうして冒頭に描かれているようなことになったのかなど想像が膨らむ作品でした。
 何度も繰り返してしまうのですが、連載の一話としてはとても魅力的なお話なので、このあとこの作品を連載にしてもいいのでは?
 カクヨムにはまだ作品が一つしか無いので、ぜひ、今後も創作を楽しんで欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 臥龍院地平のオリジンの話。梅緒連寸さんのまだ眠る蛇です。
 冒頭の伏字のギミックがいきなりとても引き込まれるものでした。”霊害”や”死体”などの気になるワードを連発しつつも、あえてその大部分を隠すことで、臥龍院地平という人物がいかにやばい存在かが際立つようで、『霊能力者の話であること』の説明と、『臥龍院地平がやばい存在であること』、そして『ワクワク感』の三つを兼ね備えた、とても面白い導入だと感じました。
 場面が変わって矢磨田くんの除霊シーンでは、彼の除霊の苦しみと、他の人の除霊方法を対比的に描くことで、不器用だけれど責任感や意志の強い矢磨田くんという人物がより印象的になっていて、簡単にキャラを掴むことができました。
 細かいところかもしれないのですが、矢磨田や高裂、絞山など、よくある読みを漢字だけおどろおどろしくすることで小説全体に怪しさを漂わせる手法も面白さに寄与していると感じました。
 一点だけ気になるとすれば、ラストで矢磨田くんが冒頭で触れられていた臥龍院地平に成る、という展開はものすごく好きですが、霊や死の世界観にしてはお話が静かだなと感じました。主人公の心を大きく動かすか、彼を取り囲む世界を大きく動かすなどすると物語の起伏が出来て更に登場人物の魅力が出しやすいかもしれません。
 作品内でおどろおどろしい雰囲気を漂わせながらも、各キャラクターは意外と気さくで明るい、というところも好きです。
 特に占い師の小池さんとの会話や、高裂さんのかつての姿の描写などが、大筋の雰囲気とミスマッチしていて面白かったです。
 ラストシーンで臥龍院天爛先生に名前をもらい、冒頭で触れられていた臥龍院地平が矢磨田くんだったことが明かされた瞬間は、思わず戻ってもう一度読み直してしまいました。講評の関係でどの作品も何度も読みなおしてはいるのですが、本作は布石の置き方が巧みで、特に”もう一度読ませる力”が強い作品だと感じました。
 冒頭に伏せられた部分、彼が”成って”からのストーリーもぜひ読みたいと思える作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 臥龍院地平という霊能力者の穴あき人物紹介から始まる物語。霊害という聞き慣れない言葉が出てきて、この世界と似て非なる世界なのだろ分かる不穏な導入でした。
 対霊業者派遣会社でアルバイトする主人公。
 霊が見えたり聞こえる能力がまだ一般的に認知されていなかったために不遇の子供時代を過ごしていた矢磨田がある日、図書館で本を通じて臥龍院先生と縁が結ばれる出会いが運命的でとても面白く、こうして師弟は巡り合ったのかと思いきや、手紙の金運を高めます、今なら夏割り、お試し期間、などという悪徳商法感溢れるワードにずっこけそうになりました。両親がやりとりを止めさせるのも無理はないです。
 主人公の導き手である臥龍院先生が、本物のようにも胡散臭いとも思わせる絶妙感が素晴らしく、手紙のやりとりがきっかけとなり己の力で人生を切り開いた主人公が、臥龍院先生に会ったら失望してしまわないか迷い、けれど決心して会いにいき弟子入りした時に主人公の名前が地平と明かされるまでの流れが非常によかったです。
 出て来る人物たちが個性豊かで非常に魅力的だと感じる一方で、あらかじめ考えていた長編ものを今回のレギュである6000字に合わせた結果、色々な伏線を残したまま登場人物紹介で終わってしまったようにも感じました。
 いっそ登場人物を半分に削って、おつかいクエストの途中で何かハプニングが発生して解決までやり、主人公が臥龍院になる片鱗を思わせるような物語であれば冒頭につながり、より満足感があったと思います。ただこれは私の好みかもしれません。
 まだ眠る蛇がこれからどう成長していくのか気になりました。今はまだ明るい日常ですが、冒頭の不穏さを思うと彼には過酷な日々が待ち受けているかもしれません。面白かったです。

97:ヒトクラゲ/ももも

謎の有袋類:
 何か重大な選択をするとカチリと音が聞こえる運命のスイッチ、そして伝説上の生き物を詳細に描いた天使のたまごづまりで参加してくれたもももさんです。参加ありがとうございます。
 もももさんお得意の生物ものだ! とワクワクして読ませて頂きました。
 黒髪長髪イケメン、そして謎の生命体に捕食のような形で一体化した兄らしきもの、家族の不和……などたくさんの物事を詰め込んでいるのですが、6000字以内にきっちりと収まっているし、過不足の感じないバランス感覚が素晴らしかったです。
 僕が好きなところは、主人公がなかなかヒトクラゲが兄だと認められなかった部分です。
 ヒトを模する生き物は狡猾なことも多いですし、模する利点が相手を油断させやすいことですからね。僕もそうかなとドキドキしながら読んだのですが、ヒトクラゲと化していた兄は兄でした。
 更に冷たいと思っていた同僚は本当に兄本人を愛していて献身的に尽しているっぽいことが明かされていく様子は読んでいてとても面白かったです。
 やはり、みなさん白衣なのでしょうか? それとも、吉瀬さんはスーツなのでしょうか? 黒髪長髪イケメン(決めつけ)のこと、私とても気になります。
 各キャラクターたちもとても魅力的で、今後の兄弟仲や、吉瀬さんとの恋の行方がとても気になるけれど、それはきっと明るいものだろうと信じさせてくれる素敵な作品でした。

謎のお姫様:
 姿かたちが変わっても、兄さんは兄さんで。もももさんのヒトクラゲです。
 「数年ぶりに会った兄は、スライムになっていた。」という導入で、私が「なんで?」と思った瞬間に主人公に「なんで?」と言ってもらえたので、冒頭から物語へ入り込みやすかったです。
 作中の中で特に凄いと思った部分が、まとまった一本の物語の中に、読んでいる人をハラハラさせる軸が複数本入っているところです。どうしてクラゲになったのか、捕食されたのか無事なのか、という兄の身を心配する軸。家族関係でうまくいっていないんだろうという過去の軸。そして、主人公がクラゲと相対する綾鷹の軸。(綾鷹の軸?)
 大きくこの三本が、兄クラゲと対面する主人公、という物語の中で複雑に絡み合い、何度も感情を動かされました。とても面白かったです。
 ただ、これは本当に私の好みなのですが、”炭治郎”や”綾鷹”などのギャグともとれる抜けワードが差し込まれることで、少しだけ物語がブレたように感じました。
 現実とリンクしたワードが使われることでシュールコメディ要素が一瞬混じったような気がして、ちょくちょく現実に引き戻されたように感じてしまいました。
 お茶を用いた解決は主人公がとり得る最良の手段という感じで面白く、よくよく考えたら”綾鷹”には少ししか違和感を覚えなかったので、私が鬼滅の刃ネタをそこまで好きじゃないだけかもしれません。
 兄のクラゲになった理由、それを知った主人公の行動など、キャラクターの行動心理がとても丁寧に描写されていて、二人自体や、二人の関係性がとても大好きになりました。
 二章がはじまる一文目の「翌日、兄は綾鷹色スライムになっていた。」も、一章のはじまりと似たような文章で、でも明らかに風向きが変わったことがわかるものとなっていて、とても好きです。
 常識的に考えたら、兄は結構悲惨なことになっているのかもしれませんが、兄弟が楽しそうだし、ラストもとても爽やかに終わるので、読んでいてとても気持ちよくなりました。感情や行動の交錯の描き方がとても面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 選ばれたのは、綾鷹でした。

98:フレスコの底/森本 有樹

謎の有袋類:
 前回は有翼人種と戦争についての物語カモメたちの行く場所で参加してくれた森本 有樹さんです。参加ありがとうございます。
 可哀想ランキングと正しさのお話だと僕は受け取りました。
 こういった風刺にも思われやすいお話はとても扱いが難しいと思うのですが、完結させたことと、書ききったことがまずすごいなと思いました。
 内容は、ところどころ語り手である主人公のエモーショナルが爆発している部分もありつつも、哀愁漂う物語になっていると思います。
 ただ、エモーショナルな語りが中心になっている上に、人情省というものがどんな場所なのかや点数については詳しく説明がなかったので内心の描写と世界の仕組みについてのバランスを考えると作品の世界に更に深みが増すのではないかなと思いました。
 書きたいことを思いきり書いてみるという創作にとても大切なことは出来ているので、これからもたくさん作品を書いたり読んだりして、更に色々な作品を生み出して欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 戦争によって引き起こされた破滅を淡々と描く雰囲気がとても好きです。特に、世界が「可哀想」に手を差し伸べていた描写がグッときました。まず初めに女子供を助けたところは、「種を繋ぐために女性と子供を助けるのは理にかなっているな」と思ったのですが、そのあとに「老人、ペット」と続いたところはかなり違和感があり、けれどそれを「可哀想だから、助ける。気持ちいいし、正しいことをしている実感が手に入る。」という人間のどうしようもない心理を持ってきて理由を付けたところが、人間の悲しい本質が浮き彫りになったようで気分が沈みました。
 そんな陰鬱な舞台背景が提示されて、満を持して「可哀想じゃない」側の主人公が物語に絡んできます。
 戦闘機の整備士である主人公は、独自の持論を語りながら日々を過ごしていきますが、専門用語が多いのにそれを感じさせないさりげない補足がとても読みやすかったです。
 ただ、戦争で退廃した雰囲気、主人公の独特な持論、人情省やギャングへの上納金など緻密に練られた世界観。そしてこの後はじまる飛行機の行方不明事件と雪崩による主人公の最期、どれもシーンごとにはとても引き込まれるものなのですが、短編小説としてまとまりが薄いように感じてしまいました。どのシーンが見せたいポイントなのかを明確に決めて描くと、より作品が洗練されてわかりやすくなるのかもしれません。
 行方不明になった飛行機に酒を分け、歌うシーンでは、主人公の魅力的な死生観が明かされ、もの悲しくも少し暖かい雰囲気がとても好きでした。
 そんないい雰囲気もつかの間、雪崩が来て死んでしまう主人公は、機体のように酒を分けられることもなく、尊厳なく死んでいきます。
「こいつは精一杯生きて死にました。」と、機体に声をかける主人公に、そう声をかけてくれる人はいない。それは、人情省の点数が低く、人間として素晴らしくないせいなのかもしれませんが、こんな死生観を持った力強い主人公が、あんな最期を迎えることにとても悲しくなりました。
 全体的に漂うもの悲しい雰囲気がとても良い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 経済の崩壊した国で戦闘機の整備を続ける男の物語。
 儚い、可愛げがある、見栄えがいい、価値がある、だから守らないといけないと勝者によって選別された者たちと、可哀想だと認定されなかった者たちの断絶した世界観。
 大地さえ作り替えられていく中で、はるか昔からあり続ける雪山は人間社会がどのように移り変わっても悠然とした存在感を放っている、という対比がとてもよかったです。
 生きる軸であった大切なものを失った主人公が雪山へ向かい、一人と一機で誰の目にも届かないまま圧倒的な自然の脅威にすべて呑み込まれる最後は、ちっぽけな人間の生き様など雄大な自然の前では塵にも同じだと思わせ圧巻でした。たとえ生きていてもいつか孤独死していたかもしれない彼が、少しでも残された機体と一緒にいられるのはよかったかもしれないと思いました。
 一方で6000字の規模感でやや設定過多な印象があり、感情を動かされる前に他の要素が次々と舞い込んできたため設定を読んでいるように感じました。一番書きたかったことは、恐らく機体を弔うシーンだと思いましたので、そこへと向かうためにどの設定を残したらよいのか分析し、引き算して削れた文字数で機体との関係性を細かく描写していった方がよりラストにカタルシスを感じたと思いました。
 誰にも振り返られなかった者たちの、物悲しい物語でした。これから彼は誰にも邪魔されずに静かに眠り続けるのではないかと思いました。

99:御上の花嫁/高村 芳

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 幼馴染みが身分の高い方の元へ嫁入りに行く日を描いた作品でした。
 月裳が須原のことを好きなこと、でも時代や立場的にもそれを言い出せないし、言い出さないことが正解ということも伝わってくるほろ苦いお話でした。
 これは僕の好みの話なのであまり重視しなくても良いのですが、作中で御上に須原が見初められてからどのくらい経過したのかが具体的には描いていないのですが、個人的にはそこに触れてあると更にエモさが増すのかなと思いました。
>朝焼けのように燃える目で見つめてなさる
>首のあたりから、どくどくと心の臓の音が響いてくる

 ここの表現が特に大好きです。
 明確に好きとは言わない中、しっかりと月裳が須原のことを特別に思っていることが伝わってくる素敵な作品でした。

謎のお姫様:
 その気持ちに気付いた時には、もう手遅れ。高村 芳さんの御上の花嫁です。
 御上のもとへ嫁ぐ幼馴染の須原を見送る主人公の心境と、振り続ける雨の描写がとても美しいお話でした。
 私が特に好きなシーンは、嫁ぐことが決まったあとに二人が会話をするシーンです。
 表面上は、嫁ぐ前に大切な幼馴染と一言話したく、お互い何も伝えることなく別れるシーンですが、ここにいくつの思惑が交差したのか全く読めないところがとてもよかったです。
 私が読み飛ばしていたら申し訳ないのですが、本作は結局月裳も須原もどう思っていたのか明言されずに終わります。ただ、涙の痕と雨の描写があるだけで、お互いの気持ちは結局わからないまま。
 その、「たぶんお互い思い合っていて、お互い御上のところに行きたくない(行ってほしくない)とは思っているんだろうけれど、本当のところはわからない」という私の気持ちは、きっとそのまんま月裳と須原の気持ちのような気がしました。
 そうして彼らと気持ちがシンクロしてしまったことで、よりラストで胸が苦しくなったんだと思います。
 ただ、これは個人的な部分が大きいとは思いますが、気持ちはシンクロしたものの、どちらにもあまり共感できなかった印象がありました。主人公が内心に気付かない(あるいは気付いた上で蓋をしたまま)まま話が終わってしまうので、一人称小説の強みである”主人公の内面が全部見えるから共感しやすい”という部分は少し弱かったかもしれません。
 その分、主人公を一歩後ろから見ることで得られる切なさというものがあったので、やはりこれは”個人的には主人公に共感したい”という意見の一つだけなので、他の読み方をする人との比較として参考になれば幸いです。
 村の人は全員お祝いをしている、というのが切なさに拍車をかけていて、ラストのそのタイミングで村人の描写を入れるタイミングが完璧だったと思いました。
 本作には悪役が登場せず、御上もきっといい人だろうと伺えます。これから須原はきっと幸せな生活を送るでしょう。悪い人は出てこず、あくまで巡りあわせと、少しだけ素直になれなかったせいで、こんな展開になるという、かみ合わなさがとてもつらい作品でした。なんとなく、須原は幸せに、月裳は引きずったまま今後過ごしていくような気もしますね。
 雰囲気作りと、気持ちを明確に描かないことであえてシンクロさせるその構成がとても切なく、面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 幼馴染が御上の元へ輿入れすることになった物語。
 そこにいるのが当たり前だったために特別な感情を抱くことがなかった幼馴染が二度と届かない場所へと向かうことになった瞬間、その存在の大事さに気づいた時にはもうすべてが手遅れで、周囲が沸き立つ中、展開に心が追いつけず疎外感を覚えていることが月裳の言葉ではっきり語られないのにそうなのだと思わせる描写。凄まじいと思いました。
 読んでいる身としては、二人は想いあっていると感じるのに、彼らには相手の気持ちが分からず、その想いを吐き出すのは独りよがりで相手に迷惑をかけてしまうかもしれないと身を引いているようでした。彼女の行く末を考えた上で、須原を妹だと言ってしまう月裳は強がっているとしか見えず、垣根を超えられなかった二人がもう交わることのない関係性になった悲しさがありました。
 また御上は人々に敬われる人物ではありますが、具体的にどんな人柄なのか一切説明のないところが、輿入れをした彼女の未来の不透明さを感じさせ、哀愁さに拍車をかけました。
 泥に塗れながら彼女の足元を支える月裳の姿に須原がほろりと涙していると分かる場面では、村中総出でめでたい雰囲気の中、中心にいる彼女と彼は同じ想いを抱いてくるのかと思うと「もうやめてけろ……やめてけろ……」となりました。
 たとえ、ずぶ濡れの彼が泣いていても誰も気づかないまま雨が激しく降り続けるのでしょう。とても切ない悲恋物語でした。非常によかったです。

100:先祖の祟りで死ぬまでロン毛「かみきりたい」/秋乃晃

謎の有袋類:
 喜怒哀楽に分離された少年たちの過酷だけれど賑やかな日常を描いてくれた秋乃晃さんの二作目です。
 ちょっとコミカルな黒髪長髪イケメンと、その幼馴染みとのラブコメでした。
 ラブコメ、実は僕は王道なものがわかっていないのですが、やはりコメディ要素として勃起的なちょっとポンな感じは必須なのでしょうか?
 バチバチに戦う妖術使いの黒髪長髪イケメンと幼馴染みとの恋愛か、勃起したちんちんで悪霊をなぎ倒す系のコミカルな作品かどっちかに振り切った方がそれぞれの要素を活かせるのかもしれないなと思いました。
 歴代続く妖術使いや、髪の毛に魔力的なものが宿るのも好きです。めちゃくちゃかっこいい設定だし、黒髪長髪イケメンなのでかっこよく活躍して欲しいな……あと、折角の黒髪長髪イケメン……将来はハゲるのか……なんて個人的な好み故に少し悲しくなりながら読みつつ、最後のカッコいい告白でテンションがあがりました。
 これは誰かの心臓を射貫くときのポイントなのですが、狙いたい人が好きだと言っている要素に関しては失われるとか損なわれない方が心臓を射貫きやすい気がします。僕を例にすると、長髪イケメンの断髪シーンやハゲるシーンなど好きな要素が無くなる展開は心苦しいので……(でも長髪好きにも断髪シーンがある方が好きな人もいるのでそこら辺はターゲットのタイムラインを見て地雷表現などを調べておくのがオススメです)
 テンポよく場面や登場人物達が動き、設定を叩き込んでくる部分はすごくスムーズでおもしろく「こういう世界か」と飲み込めました。
 幼馴染みや、父親が幼馴染みの家を守ろうとして死んでいる、幼少期から鍛錬を重ねてきた、人知れず活躍をしているなどのカッコいい要素や王道要素をガッツリ抑えているので、コミカル要素の調整次第では学園ものの異能和風要素ありの現代ファンタジーラブコメなどで十分戦える作品だと思います。
 あと、さりげなく守護霊が見えていて勝手に「お義父さん」呼びをしている部分などがめちゃくちゃ好きなので元気な女子と黒髪長髪イケメンの正統派恋愛小説などなど読みたいなーと思いました! 小説大賞が終わっても素敵な作品を待ってます!

謎のお姫様:
 約束を果たそう、髪が完全になくなる前に。秋乃晃さんの先祖の祟りで死ぬまでロン毛「かみきりたい」です。
 100作品目ですね。おめでとうございます。
 本企画二作品目となる秋乃晃さん。一作目はどういう方向にも転がせる魅力的な設定をあえてコメディの枠に収め切った会話劇の楽しい作品でした。
 本作はなんとなく、こむら川の傾向を掴み、対策を打ってきたような印象を受けました。この短期間で二作品だした上に、きっちりとほかの方々の作品を自身の血肉としているところがとても素晴らしいと思います。
 まず一文目の「オレは今、ハサミを持った女に追いかけられている。」という導入がスピード感あふれていてとても好きです。
 そして、追いかけている女がやべーやつなのかな、と思わせておいてからの、主人公も『神切隊』隊長の孫ということを開示し、常識的ではありそうなものの癖が強そうな印象を抱かせるといった、キャラクターや世界観提示のテンポがとてもよかったです。
 ギャグも、いくつものパロディを交えていて、自前のギャグ+パロディギャグがバランスよく襲い掛かってきたので、ダレることなくずっと面白かったです。
 ただ、流れるように語りが進んでいくのもあって、目が留まる部分がなく、アツいポイントもギャグと一緒に流れていくような気がしました。
「わたし、世界一の美容師になるから。あきらの髪、切りたい!」「オレは『神切隊』次期隊長の桐生あきらだ!」など、作品のメインになりそうな力強い文章がいくつもありますので、その直前や直後にワンクッション置くなどして、読んでいる人が止まれるような仕掛けを入れておくとカッコいいシーンを更に際立たせられるかもしれません。
 一番最後の「ああ、わかったよ。そんときは切らせてやるよ」というセリフは、文末という効果もありとてもカタルシスを感じることができました。
 散りばめられた設定がとても興味を惹かれるもので、祖父の代の戦いや、主人公のこれからなど、物語の外の話をたくさん想像したくなるお話でした。
 能力を使うたびに髪がなくなるから、髪がなくなる前に安心して引退してほしい。というヒロインの願いは、設定をすべて回収したとても綺麗な願いだと思いました。
 世界観構築、設定回収が素晴らしく、会話劇が面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 ハサミを持った女に追い回される場面から始まる物語。一体どうしてとすぐに引き込まれる導入でした。
 このハサミ女と主人公はどんな関係性なのかと思えば、あきらの乙女心に気づかぬ鈍感語りによりそういう間柄だと分かった時は、この鈍感主人公!と思いました。
 そんなうららの恋を応援する守護霊中年オヤジの、これからさらに激化する戦いを前に今なら引き返せるという言葉を、正面から跳ね返し正体を己からバラし継承を宣言するあきらの姿はとてもカッコ良く、悪しきものをすべて滅したその日、うららに髪を切らせる約束をするラストは非常によかったです。
 一方で、序盤で鮮烈な登場シーンを飾ったハサミ女であるうららが折角決死の告白をしたというのに、そこにいるだけで強くキャラも濃い一人称ボクの中年オヤジの存在で、影が薄くなってしまったと感じました。説明はあまりないため想像ですが、恐らくうららはあきらの戦いを影ながら応援していたのではないのでしょうか。戦いに身を投じるあきらがこれ以上危険な目に合わないよう、隙あらばあきらのロン毛を切ろうとしていたのだと思いました。
 ただこれは憶測であるため、このあたりのもう少し詳しい描写があれば、ラストの夢を語る場面によりエモを感じたと思いました。
 桐生家に代々伝わる力と髪の関係性。人知れぬまま怪異と戦い、正体を隠していた人間の継承の物語。彼を想う、うららに幸あれと願いました。

101:作者が自創作のキャラと座談会する話/四流

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 自作語りを含んだ他作・他企画のスピンオフのようです。創造主が創作に向き合う姿勢を語り、そしてエゴにも似た改変を行い、創造主の思う幸せな人生を自創作のキャラクターに送らせるというものでした。
 これは創作の中のセリフなので作者の話や意見だとは思わないのですが、とりあえず「俺は川に参加するために自分の創作を投げ出したのだ」と自分の作品を投げ出した理由に実在する他者や他人の企画を持ち出すのは、少なくともこむら川小説大賞という企画の主催である僕は不愉快になりました。
 実際には作品を投げ出していないかもしれないのですが、作品内の情報しか見ないというレギュレーションですし、読んだ限りではちょっとだけムッとしたことだけお伝えさせて頂きます。
 メタ要素の多い作品というものは、読者を突き放してしまう可能性があったり、実在人物を創作の中で言い訳がましい要素として使うのは危険なので控えた方がいいかもしれません。
 レギュレーションにも書いた通り、他作品や概要欄は読まずに評価するのですが、自らのエゴのために創造主が人間の記憶や姿を強制的に変えてしまうという悍ましさや、怖さ、そして歪んだ愛情の描き方はとても上手だと思います。
 テンプレをうまく利用したメタ作品としての完成度も高いと思いました。
 変に斜に構えたりせずに全裸になって好きなものを書いたり、メタ要素を描く場合のバランス次第では自作語りではなく、創造主と人間などの宗教的な話に昇華出来る可能性があると思います。
 恥ずかしいという気持ちや、なんらかの見栄などを振り切って好きなものと向き合って創作を続けて欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 それは自分自身との対話であり、大切な友人との対話。平坂四流さんの作者が自創作のキャラと座談会する話です。
 私は、そのリレー小説をやっていることは知りつつも、該当作品は読んでおりません。しかし、このお話が、作中キャラクターと作者が会話しているということや、六花や塵がどういう存在なのかがすっとわかり、とても親切な構成だと感じました。
 (どこまで本当かはわかりませんが)本企画に参加するために当初の構想を諦めて作品を打ち切ったことへの懺悔、そして物騒な世界に産んでしまった子どもたちを学パロの世界へ送り込んで幸せに過ごしてもらう、という大筋は、真偽はどうであれとても共感できる話であり、主人公をとても身近に感じることができました。
 個人的には、原作主人公が出てきた下りがとても好きです。
 彼女は喋らず、登場もたった数行なのに圧倒的な存在感を放っていて、スピンオフ作品に原点の主人公が出てきたような興奮を味わうことができました。原点の主人公を知らないのにも関わらず。
 ここで「マジでおくとりょうさんの許可なしに勝手にリレー小説の主人公出したけど許されるのかな。」というモノローグが挟まるのも、全然別の場で物語を終わらせることへの葛藤が表れていて面白かったです。
 ただ、十分本作だけで理解できるような補足がいくつも差し込まれていますが、それでも時折わからない単語が入ることで「原作を読んでいないとわからないかな?」と思ってしまう場面がありました。
 本作は原作を読んでいなくても楽しめます、と描写で表現するか、いっそ言ってしまうかなどして、それをチラつかせないようにするとなお集中して読むことができたと思います。
 そして、最後の一文がとても好きです。
 ただ俺の中に納得があれば良い。
 この言葉で救われる創作者はたくさんいそうですし、もしかすると平坂四流さんもこの自分の言葉で救われたのかもしれません。それくらい力のあるワードでした。
 他人との合作のキャラクターと、自分を対話させて、学パロで完結させるという、かなり好き放題やっている作品だからこそ、「結局創作は自分が納得できるかどうか」という語りで締めている構成が好きです。
 他者がどう思おうと、自分が納得できる作品を書きたいと、もっと創作がしたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 応募作はかならず三名の闇の評議員が読んだ上で講評をつけるという仕組みを利用して、とんでもない話を読ませる川系名物行為(?)があります。
 本家の方で過去に「成績優秀、スポーツ万能、無敵の美少女の妹がオレのうんこしか食べないんだが」 という題名から臭う感じで中身は更にすさまじいものを読ませる試みがあり、そういう系譜かと警戒して読んだのですが、意外に己の手綱を握った理性的な物語でした。まず、このキャラたちがでてきた物語を読んでいなくても大枠は理解できるような設計です。そしてどのようにして物語が生まれたかの創作の過程や登場人物たちは書き手にとってどのような扱いなのか垣間見ることができ、予想以上に面白かったです。かえって、もっと狂人ぶりを見せて欲しいと思いました。
 小説は好きに書くのが一番だと思っております。本編で書かれているように、書く側の中に納得があればいいのではないでしょうか。
 今回、得られたものがもしあれば、今後の創作に生かして頂きたいと感じました。

102:今夜、星を見よう/金糸雀

謎の有袋類:
 第一回こむら川小説大賞に参加してくれたことのある金糸雀さんです。参加ありがとうございます。
 今作は現代日本と似ていて少し違う世界で、眠り病という眠り続ける病に陥った妻を待ち続ける男性のお話でした。
 すごく設定も、男性の妻への深い愛情も伝わってくる作品でよかったのです。世界観をパッとわかりやすくするために、最初の一行目で「私は体のパーツを入れ替えて全身機械になって妻を待ち続けている」という一文を入れてしまってもいいかもしれないなと思いました。
 メインは「夫の妻への愛情」だと思うので、自分の体にメスを入れてまで生きていくという覚悟が最初にバレていると、読者を惹き付けるフックにもなるかもしれないなと思いました。
 静かに妻との出会いから、彼女が眠りに就くまで、そして眠りに就いてからの話は、きっと何度も自分の中で反芻し、いつか目覚めた彼女に話してあげようと思っているのだろうなという主人公の確かな愛を感じられるようですごくよかったです。
 モノローグ形式なのですが、思い出しているということに意味がある作品だと思うので、じんわり染みてくるような愛情や長い時間を妻を思って過ごすことの大変さが伝わってくるようでした。
 一時期創作をお休みしていたようなのですが、また書き始めてくれてうれしいです!

謎のお姫様:
 身近で壮大な、愛そのもののような物語。金糸雀さんの今夜、星を見ようです。
 青春とロマンチックを感じさせるタイトルに沿った青春とロマンチックのお話をやり、そこからさらに壮大な愛の物語に繋げるという構成は私の想像を遥かに超えて、とても面白かったです。いきなりタイトルからかけ離れたことをやるのではなく、その部分の延長として壮大な物語が用意されていたので、より物語に没入することができたんだと感じました。
 サークルを荒らしたり(そして、そんな行為実はみんなやっていて、上級生から見ても別に荒らしというほどではない)、たまたま隣に来た女の子に一目惚れするなど、「僕」のよくいる大学生という解像度がものすごく高く、多くの人が共感できる主人公になっていると感じました。
 翠の方も動機がわかりやすく、私も生きている間にベテルギウスの超新星爆発が見たいと常に思っているからか、理解・共感ができ、短い出会いパートからすでに応援したくなる二人でした。
 ただ、翠の方は眠り病という現実にはおそらくなくても想像しやすく、身近にありそうな特徴を持っていたのに対して、主人公の体を人工物に置き換えていくという特徴は少し急な感じがしました。本作は何十年何百年経っても、というテーマがカギであり、そこを生きる方法は本筋ではないとわかってはいるのですが、ここまでの誘導がとても丁寧だったこともあり、もう一、二行補足があっても良かったのかなと思いました。
 二人の両親の反応も生々しくてとても好きです。本当に主人公のことを想っていることも、それが主人公の意に沿ってないことも伝わってくるおかげで、彼らが身を置く環境の特殊さが際立ち、より"二人だけの物語"になっているんだな、と感じます。
 そして彼らを知る人すべてがいなくなった今、彼女の夢だった超新星爆発が見られるという完璧なタイミングが訪れました。私も主人公と一緒に、目覚めるならここしかないけどそんな偶然があるはずもないとドキドキしていました。
 そして結末が描かれないまま、印象的なタイトルで物語が締まるところがとても好きです。
 この物語は結局、二人だけの物語です。その結末を知るのは、彼ら二人だけでいいんですね。
 身近で壮大な、まるで愛そのものを描いたような作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 ホラーの印象が強い金糸雀さん。今回は恋愛ものでおっ!と思いました。
 彼女との出会いがたまたまの偶然で、もしかしたら知り合うこともなかったという始まりが、夜空に輝く無数の輝きの中、たった一つの星をふと見つけたようでとても好きです。
 きっかけは、主人公である僕が新歓コンパ荒らしをしていた時。本編で語られる荒らしがとても身に覚えのある行為であったので、大丈夫です!誰も来ないよりはいいじゃないですか、それにこれくらいは荒らしに入りませんと自己弁護しながら読みました。タダ飯うまし。翌年からおごる側になったのでノーカンです。
 翠に出会えるからと言う動悸で入ったサークルなのに、パタリと来なくなった理由が彼女の特異体質によるもので、真実を知って彼女のことをすべて受け入れる岡田と翠が二人、星に願う姿はとても切なさがありました。けれど願いは叶わないまま彼女はある日を境に眠り続ける。
 星はただそこにあるだけのものですが、岡田にとっては彼女と出会うきっかけであり、願いを叶えてくれる存在かもしれず、本当は隣にいるはずの人がいないと見ていても色褪せたものに変わり、彼の置かれている立場で刻々と印象が変わりゆくとても丁寧な描写でした。
 たとえどんな視線に晒されようとも、どんな体になろうとも彼女の目覚めを待ち続けて、207年の時を経て彼女が見たいと言っていた超新星が訪れる。ラストは彼女が目を覚ますかどうか分からないまま終わりましたが、目を開いてくれたらいいなと思いました。
 これはもう完全なる好みの押し付けなので無視して欲しいのですが、体のパーツを少しずつ機械に置き換えるのはテセウスの船での「過去と現在のそれは同じなのか、同一性はあるのか」という命題だと思っており、完全に機械に置き換わった場合、人間性を担保するものは何か、僕は果たして僕なのか、と悩む描写や、そんなものは関係ないと強く決意する描写がもっと細やかであると、変わらぬ彼女と変わってしまった僕の対比がより際立ったと思いました。
 他作品で恐縮ですが、証明の匙という物語でのその解答が好きなのでこっそり貼ります。
 ただこれは完全に私の好みの話なのでどうぞ無視してください。
 眠り続ける彼女の目覚めを待つ物語。星の一生であれば誤差のような時間ですが人にとってはあまりに長すぎる時間。人の身でなくなってしまった彼のテクノロジーの発達を願いがとても印象的でした。

103:戦場のオーケストラ/JN-ORB

謎の有袋類:
 第四回こむら川では、とあるサラリーマンの一日という飯テロ小説を投稿してくれたぬっちくんです。参加ありがとうございます!
 重々しい雰囲気の導入、そして続く兵士達の日常……。ルビなども親切で読みやすいし、何をどう現わしているのかわかりやすい!と読み進めていくと、徐々に始まっていくKUSOの波動。
 僕は基本的にうんこを出すなら一行目からいけ! という宗派なのですが、この戦場のオーケストラは重々しい前奏があるからこそ、サビの脱糞シーンが映える作品だなと思いました。
 ヴァッッブリュリュンヒルデッが好き。
 折角の「戦場のオーケストラ」というタイトルなので、尻から放たれる脱糞のハーモニーをもっと盛りだくさんにしてもよかったかもしれません。
 脱糞という大サビが終わった後も、力を抜くことなく、内容はうんこを漏らすだけなのに硬い文面、そして主人公があくまでも真面目な面持ちで語っているという徹底っぷりがとても好きです。
 一作目、二作目と身近な話題でしたがKUSOという翼を借りて架空の世界を描きはじめたぬっちくん。こういう作品も書くんだなーと意外に思ったと共に、KUSOの殻を脱ぎ捨ててカッコいい一直線のファンタジーを書いてみてもいいのではないでしょうか?
 お仕事が忙しいと思いますが、今後も作品を楽しみにしています。

謎のお姫様:
 汚ねぇオーケストラだ……。JN-ORBさんの戦場のオーケストラです。
 序盤の戦争の描写がとても好きでした。聞いたことあるような存在しない単語を並べ、少し未来であることを明示しているので、まるで現実の延長にあるようなリアリティ感を覚えました。
 特に前線でタバコを吸う描写が好きで、私は戦争経験がないので想像になりますが、確かに少し緊張が緩んだ前線というのはこんな奇妙な暖かさがありそうだなと説得力のあるシーンだったと思います。主人公の少し俯瞰的に物事を見つつも感情はむしろ出していく、というキャラクターが格好良くて、「あぁ、この格好いい主人公には死んでほしくないなぁ」と冒頭だけで思ってしまうほど魅力を切り取るのが巧みだったと感じました。
 まあ私の願い通り、死にはしないのですが。
 異変→穴を掘っている描写のところが、行間は空いているものの場面が切り替わったというのはほんの少しわかりにくかったので、なにか接続詞か、章変えやアスタリスクなどを使うといいかもしれません。
 戦場の○○、という鬱作品を想起させるタイトルの付け方、序盤の緊張感と暖かみのある前線パートを経ていよいよ本編に入りますが、その発想と描き方がとてもうまく、いい意味でズルいなと思いました。
 街ごと茶色く染まりはしないでしょう→それくらい出るんです。
 排泄物なんだから取り込んだもの以上に人間の体から出続けはしないでしょう→出るんです。
 戦争中ですよ→それが?
 というJN-ORBさんの声が聞こえてくるようで、真面目に捉えるといくつも疑問はあるのですが、それらをすべて設定の勢いで黙らせるところがとても面白かったです。
 特に好きなところが、そんな不条理ギャグ空間に招待されても、主人公は最後まで格好良かったところです。
 口調や物事を俯瞰して見るキャラクター×その人から漏れ続ける排泄物が、こんなにシュールで魅力的に映るとは思ってもみませんでした。
 真面目パートの描き方やキャラクターの一貫性が徹底されているので、一層不条理ギャグが輝くのだと感じます。
 そのギャップとシュールさがとても楽しい作品でした。ありがとうございました。

謎の有袋類:
 KUSO小説なだけにアスタリスク※を使うとなんらかのメタファーになりそうでそれはそれでいいですね

謎の原猿類:
 キャプション・タグは考慮しないよう、あらすじもなるべく見ないようにしているのですが、とても力強い「お排泄物ですわぁ〜!!」がどうしても目に入ってしまい「こいつはKUSO小説及びクソ小説だ!!」となりました。
 私の中で、KUSO小説は溢れでるパッションのままハジケる方向へ舵切った小説、クソ小説はウンコが主題の物語となんとなく区別しており、今回の物語はウンコの臭いがひたすら強いと感じたため、クソ小説と呼びます。
 近未来のきな臭い導入から始まる物語。どれだけ重厚な設定でもお排泄物の話なのだと警戒しながらクソがいつ来るのかと出待ちしていましたら、もう常に噴出するような感じのまったく想定外な形でお出しされ、音姫でも到底ごまかしきれない大音量が戦場を鳴り響くとても華麗で臭くてひどすぎる題名回収(褒め言葉)と、街の色を染めるぐらいという描写のそのあまりの規模のデカさに驚愕しました。
 中学生の頃、某ファンタジー小説で、主人公の陣営が立て籠る城壁の中へ敵が味方の生首を続々と投げ入れる描写にトラウマを植え付けられたのですがそれに近い恐怖を味わいカタカタ震えました。これはPTSDを発症しても致し方ないと思いました。
 あらすじの時点でクソ小説であることが分かっていたため防御体制をとっていたのですが、もし明言しなければ、あれはなんだ?鳥か?いや……クソだ!?ぎゃあああああ!と、油断していたところへ破壊力のあるクソ力を食らい、はかり知れないダメージを食らっていたと思いました。けれど読む前にあらかじめこういう作品ですよと言ってくれるのは、引き返すなら今だぞという作者の思いを感じた部分でもあるので好みかも知れません。
 緩んだ前線に舞い降りる、人間の尊厳を破壊する恐るべき兵器。
 ハードボイルでニヒルなかっこいい主人公の、こんな目に遭っても冒頭と変わらぬ精神の強靭さに、彼ならこの戦場から生きて戻るのだろうと確信しました。その時までにその症状が治っていればと願わずにはいられませんした。

104:SUPERNOVA/鍋島小骨

謎の有袋類:
 うおー! 鍋島さんの二作目です。
 ぬるっとめちゃくちゃ未来の話になっていく小説ならではのギミック大好き!
 読んでいるうちに情報修正をする心地よさだとか、脳の気持ちよさがたまらない作品でした。
 鍋島さんのルビ芸は、ファンタジーだけではない……と改めて思った作品です。
 鍋島さんもサイバーパンクものはたまに書いているのはもちろん知っていたのですが、ファンタジーの意識が強かったので読み始めてから「あ……ああーそういえば雨と宝石のラグランジュやさそり座の夜、あの屋上で、偽装人形の眠りとか書いてたもんね(全部面白いので読んでない鍋島さん以外の人は是非読んでください)」と良い意味で先入観を剥ぎ取られて心地よい作品でした。
 これは朗読とかでちょっとノイズを入れて読んでもおもしろいかもしれないですね。
 そして情景描写もめちゃくちゃ綺麗でリクゴウセキレイの星光捕食や、仏塔星で飛天を撮った話に出てくる東洋地人の天人像の話が好きです。これらをなんでもない話としてお出ししてくる圧倒的な読者との違い、そして途中に挟まれる主人公が好きな異文化ラジオを聞く楽しさとリンクさせている手法もすごい。
 そして最後のタイトル回収でオリジナルの地球のSUPERNOVAが聞けるよというラスト。
 見事なお手前でした。めちゃくちゃよかったです。うわー!

謎のお姫様:
 光も音も、ここに届くまでは少しかかるから。鍋島小骨さんのSUPERNOVAです。
 本企画二作品目となる鍋島小骨さん。一作品目では視点が交互に入れ替わる構成と、ずば抜けたキャラクター描写力により、キリヤくんと餘目さん、そしてヒール役の母親の三者を魅力的に描いた作品でした。
 本作は真逆で、ひたすら主人公が話し続ける構成となっており、"男性の一人称"という構成はバリエーションの出しにくいテーマでぜんぜん違う二作品を描いていてその作風の幅広さに感動しました。
 内容も、受けるつもりのなかった講義でラジオを取ることになり、フリートークで15分語る中で、読者目線では世界の真実がだんだん明かされていくというとてもワクワクするものでした。
 鍋島小骨さんは、短いシーンや語りでキャラクターに命を吹き込み、魅力的に魅せるという能力がずば抜けていると感じます。本作の主人公も、"自分のことをわかっていて、人の涙には弱くて、決断力もあって基本一人で行動してるけど、多分友だちもそこそこいる"という、実際に私の友達になってほしいと思える人柄でした。軽妙な語り口と、彼の性格が魅力的なので、ひたすら喋るだけの6000文字ですが楽しく読み続けることができたんだと思います。
 本作は、この地球ではない地球を舞台にしたSFですが、個人的にはもう少しSFであることを序盤から匂わせても良かったのかなと思いました。完全に"私たちの世界"に乗っかる形で進行する中で、先に専門用語が投げ込まれてくるので、小説のジャンルに戸惑ってしまいました。
 世界の秘密はとても壮大でおもしろかったです。この世界構造でいろんな物語が生まれそうだなというワクワクもありました。
 主人公はラジオで、元地球が滅びるという話を聞きます。
 超新星が視認できる時、その星はすでになくなっているというのは有名な話ですが、星間中継を使ってそのテーマを"音"で描いた発想がとても好きです。
 もうその中継がされているということは、発信源はなくなっているだろうけれど、なくなることが星を越えて伝わっていくさまはまるで超新星そのものだと。タイトルを見たとき、スーパーノヴァとラジオはどう結びつくんだろうと思っていましたが、これ以上ないほど綺麗にタイトルが回収されたと思いました。
 壮大で、なぜか少しだけ切なくなる、そんな作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 課題のためラジオを録る場面から始まる物語。
「リクゴウセキレイ」という単語が出てきた時に、聞いたことがない鳥の名前だけれど北海道の固有種かなと思っていたら、「イヨンモール七千五百年の歴史」「星光捕食」「発光鳥」というおやおやおやと思う単語がどんどん出てきて、現代かと思っていた世界がどんどん別の世界へと接続していくのがとてもよかったです。
 彼の録るラジオの内容が、「大学から家に帰るまで」で彼にとってはなんともない日常ですがそんな中での割とレアな出来事が、元地球は滅びることになったという、はるか昔に発せられた電波が悠久の時を経て届いたものをキャッチしたこと。
 人類が滅びるかどうか瀬戸際の歴史的一大事の出来事が、彼目線ではバ元イト先がラブホのような装飾になった出来事と同列で語られるのが面白くて、どんな凄いことでも興味がなければそんなものだよなぁ現代でもよくあるとしみじみしました。たとえ時代や住む場所が変わっても、人の営みはあまり変わらぬものかもしれません。
 余談なのですが、鍋島さんの物語は誰かが死ぬ、または死んでいるという先入観があり、今回は冒頭の時点で誰も死なない物語だと思っていたところ、過去のこととはいえ大量死していると思える場面があり、「やはり人死がでてしまったか……」と感じました。余談です。
 ラジオで繋がる現在と過去。はるか先の未来でも継承されていく店名。とても面白かったです。

105:夏のおわりの天狗の子/いぬきつねこ

謎の有袋類:
 池中さんは家の中を書いてくれたいぬきつねこさんの二作目です。
 めちゃくちゃよかったー! 美しい不老の男……命、山の主達、風脈……。蟲師のような雰囲気のある素敵なお話でした。
 いぬきつねこさんの得意なしっとりとしていて静かな命たちのお話だと思いました。
 山で過ごした日々、美しい化生のものに魅入られた人間、命を食べる性との葛藤……。僕も大好きな要素がたくさんあってすごく大好きでした。
 天狗と嘘を吐いたのは、主人公を怖がらせたくないからだったのかなと考えさせるちょっとした間というのがすごく良い。
 これは完璧すぎる中の粗探しのようなものなので気にしなくても良いのですが、イソロが祖父以外に見えないとか祖父がイソロについてもう少し何か語ってくれたら僕はうれしいのかもしれない。
 水彩画っぽい雰囲気の透明感のある作中雰囲気の中にしっかりとある夜や闇の中に蠢く生き物たち、そして生きるために人を喰らう悲しさ、美しさが綺麗に描かれている素敵な作品でした。

謎のお姫様:
 いぬきつねこさんの夏のおわりの天狗の子です。
 本企画二作品目となるいぬきつねこさん。一作品目では青春コメディとホラーの切り替えがとても巧みで、池中さんというキャラクターも魅力的でした。
 本作品は近所に住む不思議な兄ちゃんイソロと、主人公の出会いから別れの直前までを、複雑な家庭環境や感情とともに描いており、その緻密な心理描写がとてもおもしろかったです。
 序盤は、不思議な兄ちゃんが天狗であると明かされたり、山女魚という危険な生物を教えられたりと、祖父の家付近の不思議な情報がどんどん流れてきますが、特に本作のテーマであり印象深い単語である"風脈"の初登場描写がとても好きです。
 風脈の命の終りと始まりを繋ぐ神秘的な雰囲気がとても伝わってきました。
 ただ、本作はややスロースタート気味に感じました。イソロという不思議な兄ちゃんがいる、ということしか序盤はわかっておらず、この作品のジャンルがなにかもわからない状態でしたので、イソロが天狗の子だと明言されるまでが少し長く思いました。タイトルで開示してはいるので、こう思ったのは私だけかもしれません。
 爺さんが亡くなり、母が恨み言を言うシーンでは、主人公の基盤を作った母親の内面や客観的に語られる祖父の描写を挟むことで、より主人公のキャラクターが深掘られたと思います。一人称小説で、他の人を掘り下げることで主人公を掘り下げるその手法が美しすぎてとても感動しました。
 そして、はやすぎる退職を経た主人公が再び祖父の家を訪れると、あのときの姿のままイソロがいます。私はそもそも人外がその時の姿のままいる、という悠久を感じさせる設定がとても好きなので、このシーンもとても好きでした。
 天狗ではなく、人の病を食べることができるが、主人公は助からない。
 ここの瞬間ごとに入れ替わっていく展開もとてもスピード感があり面白かったです。結局主人公は助からず、それでも、うまく行っていない親や弟、大学や会社でできた繋がりではなく、幼い頃一緒に過ごしたイソロといることを決め、風脈に帰っていく。
 この短編の中で出会いから別れまでを描ききった構成力と、悲しくも暖かさのあるラストがとても好きです。
 きっと彼は風脈に帰り、また新たな命として芽吹くのでしょう。その時再び、二人が見えることを願いたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 祖父の家にいる居候の兄ちゃんの物語。最高でした。
 始まりから終わりまでひたすら好きボタンを連打し続けました。
 ここまでクリティカルを叩き出す物語はそうそう巡り会えないと思えるほど大好きです。
 なんと言ってもキーパーソンである自称天狗の子である兄ちゃんの美しさでしょうか。
 初めて主人公が祖父の家に行った時、祖父なら孫を得体のしれない者にあまり近づけようとしないのではと疑問に感じたのですが、祖父が兄ちゃんと一緒にいるために、かつて家族を捧げていたという真相が明かされた途端、主人公もまた祖父にとっては贄として写っていたのだろうと思うとゾッとしました。
 また母親がどうして毎年、主人公だけ祖父の家へ連れて行ったのかと考えると、兄たちの早死はこの家に原因があると薄々分かっていたからではないでしょうか。
 前の夫の子である主人公と弟を区別していたような描写があり、早死にした彼女の兄たちのように、主人公が早く寿命を迎えないか毎年試しているように思え、人間の底知れぬ暗さを感じ人間〜!となりました。
 けれどその一方で、恐ろしいはずの人外が「好きだからこそ食べたくなかった」と言ってくれて、彼だけが主人公のことをずっと想っていたのだと思うとどこまでも優しく美しい存在だと感じました。
 寿命わずかの主人公が死ぬときは苦しくない方がいいと言った時に、兄ちゃんが睨む場面では、彼ははるか昔から好きな人たちにいつも同じ言葉を言われ、その度に見送っていたんだと思いました。そのような生に生まれたばかりに、これからも同じ言葉を言われ続けるのだと思うと切なさで胸が痛かったです。人の命を喰らう化生でありながら、人に近く感情があるために、どこまでも悲しい宿命を背負った存在だと感じました。とても好きな物語です。ありがとうございます。

106:14へ行こう、二度とは来ないあの特別な季節を生きよう/和田島イサキ

謎の有袋類:
 和田島イサキーーーー! 夜中にこんなものを読ませるな! 最高にエモ!
 これ、すごいのは「まあ、彼っていうのは自分なんだろうな」って思っていたのにやられたところです。
 僕は来ると思って構えていたのに正面からパワーで押し負けるのが大好き!!!
 彼を「ぼく」とルビを振り、そしてぼくという一人称に移っていくの本当に美しい最後でしたね。
 本物の14歳がどんなものだったのかはもう忘れてしまったのですが、多感な時期の男の子が全身全霊で愛した相手のために全力で格好付けた自分語り。とても素敵でした。
 めちゃくちゃよかったです。
 回想的な作品って一方的に話を流し込まれるので、スンっとなりがちなのですが二人の思い出を振り返る体裁でそっと語りかけていくスタイルがすごくカッチリとハマった作品だと思います。
 優しげな語り口、ちょっと格好付けているけれど、本心なのだろうなと思える気持ち、そして祈り……。主人公が好きだった女の子の目がどうなるのかはわからないという部分も好きです。
 お盆の時期に読んでじんわりなるお話でした。でも欲を言うならこれ春とかに読みたかったなー!
 本当によかったです。『君』に幸あれ。

謎のお姫様:
 死ぬのは嫌だけど、こうやって死ねるのは、幸せだ。和田島イサキさんの14へ行こう、二度とは来ないあの特別な季節を生きようです。
 本企画二作品目となる和田島イサキさん。一作品目は百合の間に挟まる弟が、姉に追いついて追い抜いていく決意の物語でした。
 本作も和田島節とも言える流れるような語り口は健在で、喋り口調の中に設定や関係性を忍ばせて、楽しい会話を読んでいるうちに物語の構造が流れ込んでくる手法は、とてもユニークで素晴らしいものだと感じます。冒頭の、葬式→生前葬→幽霊→生前霊→寿命 の能力説明は本当に流れがうますぎて感動しました。
 ただ、語り口が流暢すぎる分"丁寧に一文字ずつおっていかないと置いていかれてしまう"とも感じました。これは私だけかもしれないのですが、普段は正直あまり丁寧に文章を読んでいません。和田島イサキさんの作品は、流れていくからこそ魅力的なんだと理解しつつ、途中途中で目を留めるパートを作ったほうが、私みたいな読書弱者にも伝わりやすいかもしれません。
 寿命が見えてしまう女の子と、数年後に死ぬことが約束されている男の子のボーイミーツガールということで、すごく王道で素敵なテーマでした。一人称小説なのか、はたまた二人称小説? なのかはわかりませんが、男の子が二人を俯瞰して語るその"終わった物語を振り返っている感"がより物語の切なさを助長させているように思います。
 彼は本当にきみを愛していることが言葉の節々から伝わってくるところが特に好きです。
 生前霊(寿命)が見えることが逆にその人の命の期限を決めているだなんて、よっぽど考えてないとでてくる発想じゃないと思います。
 それに気付いた上で、自身の死という切り札を切って願う、その愛の強さが見て取れるからこそ、ラストシーンの「愛を渡そう」が際立つんだと感じました。
 「愛を渡そう」から「なによりの幸せだった。」までのフレーズは本当に美しいラブソングで、歌にして歌いたい、歌ったらきっと泣いてしまうけれど。という確信があります。
 彼は幸せでした。そしてきみにも、幸せいっぱいな人生がありますように。純粋な愛の作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
「14へ行け」が元ネタと思われる題名に、どんなトンチキが始まると思ったら真正面から撃ち抜かれました。イサキさん、こういう物語も書くのですか!?と驚きました。
 いえ、必ずしもイサキさん=トンチキではないのですが、初めて読んだ物語がファイナル・デッド山本ピュアブラック純米吟醸で、読む前から山本ピュアブラック純米吟醸を知っていた者としてはそれからというものの、このお酒のラベルを見るたびに人知れず何かしらのダメージを受けるぐらいには心に深く刻まれてしまっており、イサキさんが飛び道具の使い手の印象が非常に強いというのがあるのかもしれません。
 そんなイサキさんのエモ全力に振り切った凄まじさが伝わってくる物語でした。
 好きなところはいっぱいあるのですが、中でも一番「後々から、彼の大人の言葉で書き換えちゃいけないものなのだ」という彼の言葉が好きです。言葉は相手に気持ちを伝える手段の一つでありますが、感情を形のあるものへとおしこめてしまうものでもあり、そんなものではこの感情は伝わらないという彼の気持ちは、あの日の私だったら分かるかもしれないけれど、大人になってしまった今では過去のものになってしまった感情で、滅多撃ちにされました。大好きです。
 イサキさんは、時々、子供の純粋であるがゆえの残酷さを書かれる印象があったのですが、この物語ではその純粋さが善意の道で舗装された道を破壊し、とりつくろうことのない感情のぶつけ合いを引き起こす、きとてもパワーのある、でも真っ直ぐでとても気持ちの良いものでした。
 講評を書き終わった後の余談ですが、観測範囲で同じ感想を抱いている人が非常に多くて笑いました。とてもよい物語でした。ありがとうございます。

107:夏の夜/ぽぽ

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 恐らく10代の少女と大人の逃避行のお話でした。不遇少女が多分救われるかも知れないお話。
 概要欄には書いてあるけれど作中に明言されていないので、作中でも雪ちゃんが未成年であることや、主人公の年齢をしっかり書いてあげると読者に親切かもしれません。
 運命だと思っている25歳の主人公と、とにかく親から逃げたい雪ちゃんの共依存にも見える危うい関係なのですが、その儚さや危うさがとても魅力的な作品でした。
 二人の出会いから逃避行まで描かれたこの作品ですが、二人の未来が幸せなものであって欲しいなと思います。
 書けば書くほど更に上達すると思う作者さんなので、今後もコンスタントに作品を書いてみて欲しいです。

謎のお姫様:
 人生は流れとタイミングがすべてだから。ぽぽさんの夏の夜です。
 二人の出会いパート、とっっても好きでした。
 仕事も家族も恋人もうまくいっていない主人公の心境はとても共感しやすく、彼のように黄昏れた経験はきっと多くの人があると思います。そんな共感しやすい沈んだ感情を、「流れとタイミング」でぶっ壊してくる彼女の登場ということで、いきなり大きな感動がありました。
 非日常的な出来事の中に、タバコや9800円のラブホを登場させることで、身近なものに落とし込んでいるところも、「もしかするとあり得るかも?」と思わせる構造になっていると感じました。
 タバコを吸うシーンは本当に煽情的で官能的な、最高の文章だったと思います。
 父親の財布からお金を抜いて行きずりの男と寝る彼女の怪しげな雰囲気も好きです。
 ただ、そこから雪のキャラクターが開いていく中で、ラストシーンの捉え方が少し分かりづらかったです。
 感情吐露パートで「愛しているとかわからないよ、私、涼ちゃんのこと好きかもわからない」「あ、これからはこの人なんだって思った」というセリフがあるので、雪はまだ主人公をどう思っているのかわかっていません。それに対して主人公は「そういう流れとタイミングだったよ」と答えています。
 彼女の両親にそう言われると納得してしまうと言われた直後にそのセリフを持ってこられると、主人公が悪いやつに思えてしまいました。
 しかしここまでのパートからは、涼くんはそんな酷い人間には見えません。
 最後の台詞のあとに、お互いの反応や心情を描いたモノローグがあればこんな私の感想は生まれなかったかもしれません。
 主人公と彼女を結びつけたタバコが、兄まで結びつけてしまうアイテムの使い方がとても綺麗で面白かったです。
 特別なタバコだから探すのに苦労する。
 探すのに苦労するほど特別なタバコだから、特定できる。
 という性質の反転がすごく好きです。
 これから二人には幸せになって欲しいですね。(なんとなく、難しい気もしますが)
 煽情的な描写や、身近な非日常感の演出、主人公の心理描写がとても巧みな作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 日常に疲れた男が不思議な女の子と出会う場面から始まる物語。
 どこか透明感のある女の子が魅力的で、追いかけた途端掻き消えてしまいそうな儚い存在に感じました。
 けれどそんな彼女と再会した時に至る所に傷を負っていると分かる場面では、実体を伴っていたとどこか安心する一方で、悲惨な状況にあることも同時に伝わる描写でした。
 そんな雪がことあるごとに言う、流れとタイミングがすべて、という言葉は己の力では何をやってもダメだと自分に言い聞かせ、運命には抗えないと諦めているように感じました。
 けれどラストで涼が、流れとタイミングだった、と過去形で言い切る場面は、今からはそうだったとしても、これからはそんなもの意志で跳ね飛ばしてやるという決意に映りました。
 よくとっとと逃げればよかったのに、という言葉を見ることがありますが、「逃げる」行為は、その環境から逃げることができるのか、逃げこめる環境があるのか、そもそも逃げる選択肢があると知っているか、が必須条件で、今回のような家庭における閉鎖環境では、外部の人間の手助けがないと難しいと考えています。雪にとってはまだ、涼は好きか分からない相手かもしれませんが、そういう相手に出会えたことが幸いだったと感じました。
 未成年者誘拐罪だと兄から訴えられると非常に難しい状況になるかもしれませんが、彼らの逃避行の先に幸せが見つかればいいと思いました。

108:桜色の盃/@kajiwara

謎の有袋類:
 自分の血から物質を模造出来る男の話、紅い、造花で参加してくれたkajiwaraさんです。参加ありがとうございます。
 極道! 男同士のクソデカ感情! そして黒髪長髪イケメン!
 めちゃくちゃよかったです。
 最後のタイトル回収もすっごくよくて、春で桜かーと思って読み終えたときに改めてタイトルが目に入るのがすごく素敵でした。
 キャッチコピーも読み終わってから見るととても切なく見えてくるのがすごく好きです。
 一文節が長めの部分は、主語が少しぼやけてしまうので投稿する前に声に出して見て音読してみるといいかもしれません。
 ですが、講評なのでどこか一つ……と無理に探したような部分で、本当にすっごく素敵な作品でした。
 最初は「これ6000字で終わるのかな?」とドキドキしながら読みましたが、すごくテンポも良く、内容もまとまっていて、構成もとても美しくて気が付いたら綺麗にまとまったラストがお出しされていて不思議な感覚でした。
 構成も良いのですが、情報の取捨選択や見せたい部分が作者さんの中で決まっていて、見せたいものを見せられているという印象を受けます。
 とても素敵なお話を書く方なので、これからもカクヨムにたくさん作品を置いて欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 立場も身分もどうでも良くて、ただこの想いだけあればいい。@kajiwaraさんの桜色の盃です。
 短編小説はどれだけはやいタイミングで読者の心をつかめるかが鍵だと思っているのですが、本作は洗練された言葉による格好いい一文目からはじまり、そこからしばらく臨場感とスピード感のある描写が続くことで、とても引き込まれました。
 とても腕が立つけど冗談ばかり言う権藤さんと、愚直で狂犬的な九條のコンビはすごく魅力的で、権藤さんの過去エピソードや、九條をかばって刺されたという描写で彼の格の高さが伝わってきました。
 "格好いい見せ場"の中に、小出しに効果的なエピソードを差し込むことで、感情移入もできるようになっている構造がとても好きです。権藤さんが「……ダメだわ、これ」というシーンでは、まるで単行本一冊読んだあとのような切なさを覚えました。
 九條がうどんを食べきってしまうところが可愛くて好きです。
 ただ、権藤さんの死後、九條が復讐を果たして死ぬまでの、言わば第二部が少し物足りなく感じました。それは、単純に分量が少ないのもあるかもしれませんが、なんとなく淡々と描かれているような印象です。権藤さんという魅力的なキャラが舞台を去ったので、それに負けないくらい大きな九條の心を描くか大きな事件を起こすかなどして彼の抜けた穴を埋めたほうがいいのかもしれません。権藤さんが魅力的すぎる分、強くそう感じました。
 生きる意味を失った九條の内面を伝えるためにあえて描写を淡々としたものにしているのならすみません。
 どんでん返しとして、権藤さんが桜の代紋側=警察の人間だと言うことが明かされて、恐らく死ぬまで秘密にしなければならない事情を伝えた権藤さんの愛を強く感じました。
 桜の代紋と、模造品の桜、それに春という桜を連想させる名前の三つが交差するラストはとても切なく、それでいて暖かさを感じて好きです。
 特に「本物の桜は上品すぎる、俺には。」というセリフが、お天道さまに顔向けできる職についたとは言えない彼の人生の総括という感じがしました。
 権藤さんの潜入理由ややっていたこと、襲撃についてどこまで知っていたかなど色々と知りたい気持ちもありますが、九條が言った通りそんなことはどうでもよくて、ただ私たちは彼が好きだった。それだけを強く思った作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 追手を蹴散らす場面から始まる物語。二人の男がどうしてこのような目に合っているのか気になる導入でした。
 権藤さんが頼れる兄貴分として本当に魅力的で、死に際にいるにも関わらず九条を茶化す姿は、どうしようもない現実を前に絶望せずにいられるよう未熟な九条の気分を少しでもあげようと考えた上でのものだと感じました。
 美味い飯を作って欲しいという権藤さんの頼みは、これからもまだ生きていかねばならない九条のため、あえて作らせて食べさせるようにしたのではないでしょうか。本来なら死んでも明かすべきではない己の正体を伝える場面では、裏と表の本来なら相容れないはずの関係性の境界が揺らいだようでした。
 また近藤さんの弔い合戦へと向かう九条の姿が、権藤さんとの思い出話で顔がいいから女装しろと言われた描写があったことで、何の違和感なく繋がっていく設計がとても丁寧でした。
 前半の描写が緻密だっただけに、ラストへ一直線に向かう場面はやや急にも思えましたが、彼が復讐を決意してなりふり構わず突き進んだから、とも感じました。
 あの日、権藤さんと見た桜、偽りの皮をかぶっていた権藤さんの真の姿を示す桜、裏社会と組む汚れた桜、復讐をなした九条に落ちてくる模造の桜と、様々な桜の描写がとても印象的でした。
 満開の桜のもとで、また狂犬ぶりが拝めたなと笑って、酒を酌み交わそうと盃を持った権藤さんに会えたらいいなと思いました。面白かったです。

109:TARO・URASHIMAの反例/中田もな

謎の有袋類:
 前回は、アーサー王伝説に出てくる円卓の騎士を題材にしたコミカルな短編の円卓の騎士と混沌たる夏休み ~「太陽の騎士」と輝かしきビーチバレー ~で参加してくれた中田もなさんです。参加ありがとうございます。
 今作は浦島太郎のオマージュ作品でした。玉手箱を空けなかったifという感じなのでしょうか。
 これは浦島太郎なのか、それとも名前が同じ人なのか……と気になっていたところで種明かしがあるのはすごく気持ちよかったです。
 これは個人の好みなのですが、最初にもう少し浦島太郎っぽいセリフとか教訓で主人公を叱りつけると更に種明かしの時に気持ちよくなったかもしれないなと思いました。
 有名な昔話のオマージュですが、玉手箱を開かなかったから不老不死になった浦島太郎、そして戦時中の出来事からの現代近い時代に戻り、変わらない姿の浦島太郎と見つけるという構成がとてもわかりやすくておもしろかったです。
 今後も楽しく好きなものを書いて創作を続けて欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 生きる理由を死地に求める悲しみ。中田もなさんのTARO・URASHIMAの反例です。
 タイトルから浦島太郎のアナザーストーリーみたいなものを想像して読み始めましたが、いきなり戦争描写から始まり、ここからどう浦島太郎に繋がるんだろうととてもワクワクする導入でした。
 それに、「ふざけるな」からはじまる切実な主人公の語りからは戦争の不条理さがひしひしと伝わってきて、この時点でかなり心を掴まれました。
 そこから間髪入れずに副官の名前を明かすことで、とても飽きさせないスピード感のある冒頭になっていたと感じます。
 三章で副官が感情を爆発させるシーンは本当に辛くて、七百年間彼がどう耐え忍んできたかの一端を見ることができました。
 浦島太郎は最後箱を開けたことで、なんとなくバッドエンドな作品という印象を持っていましたが、本当に辛いのは同じ時を過ごせないまま生き続けることだ、という真実を抉り取った本作は、着眼点がとても面白かったです。
 反面、個人的にオチはもう一歩欲しいなと感じてしまいました。主人公は老い、浦島太郎はそのままで、ただ祈ることしかできないという終わり方は、感覚の話で申し訳ないのですが、導入や経緯が素晴らしいだけに少し物足りないような気がしました。
 もう少し大きな出来事か感情を設定するなどして、読者が想像した終わり方の箱を飛び出るような締め方があると更に物語が引き立つかもしれません。
 最後に主人公が祈るのが、「箱が開きますように」ではなく「生きる理由が見つかりますように」なのがとても好きです。
 箱が開いて死ぬことではなく、前向きに生きることを祈っているのがこの主人公らしいなと感じました。
 浦島太郎の物語を分解し、新たな切り口で描いたとても面白い昔話でした。なにより全編通して、人の感情がとてもダイレクトに伝わってくる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 戦地から始まる物語。浦島太郎という名の上官と二人で見張りの番をすることになった時に明かされる彼の過去。
 あの時、浦島太郎が玉手箱を開けていなかったらというifストーリーの世界線なため、日本に住んでいたら誰もが聞いたことがあるはずの浦島太郎の物語を主人公は知らない、という点が非常に面白かったです。
 竜宮城ではなく海の城なのは、本来はそうであった話が後世で盛られより豪勢な言葉に装飾されたように思いました。
 たとえ日本が平和になっても、外国の戦地に赴き、何もないために戦いの中でしか生きられない浦島太郎に、生きる理由を与えてくださいという主人公が祈る終わりはとても切なかったです。その頭脳と体を使って深海研究者になる道を選んで欲しいと思いました。
 一方で、玉手箱を開けなかったばかりに不老不死になった悲劇の浦島太郎という設定以外に、浦島太郎要素が見受けられなったように思えたため、別の物語の不老不死になった人物と置き換えても話が成立するのかと思いました。これは個人の好みですが、もう一つ浦島太郎の物語とリンクする点があればよりよかったと思いました。見落としがあったらすみません。
 昔話で語られる物語と違った未来の話。一人孤独に長い時を生きる浦島太郎に、主人公の想いが届けばいいと思いました。

110:巡楽師ディンクルパロットの日誌/灰崎千尋

謎の有袋類:
 前回は色っぽい長髪男娼と旅人の男性の切ないお話で参加してくれた灰崎さんです。参加ありがとうございます。
 今回は手記風のお話でした。食事描写で黒パンと白パンが出てくるファンタジー拙者大好き侍! 物語りの中にある独自の素材を使った料理がたくさん出てくるのもすごく面白かったのですが、月の名前や巡楽師という職業もすごく素敵でした。他の街では魔女や呪術師が似たようなことをしている(精霊などとも話したり、人では無いものとのトラブルを解決する)という補足もあって世界観を壊さずに、独自の設定がある職業を説明するという手法が鮮やかで素敵でした。
 このお話、紙の本で読みたい……景色の挿絵とかあって、児童文学とかであったらいいなーと思いました。
 文字数的には難しいと思うのですが、これはページを分けて一ページ目とかに「これはディンクルパロット日誌を抜き出したものである」(ディンクルパロットさんが後世でめちゃくちゃ有名になってると僕のテンションが爆上がりする)みたいなものがあると更に世界観がめちゃくちゃ入りやすくなるのかも知れないなと思いました。
 でもこれは本当に僕の好みというだけで、このままでも十分おもしろいし、素敵な物語でした。
 妖精さんたちが種族によって話し方がちがっているところもすごく好きだし、火山を守るドラゴンさんがめちゃくちゃかっこよかったです。
 眼鏡フェチという一面が強いですが、灰崎さんのファンタジーはしっとりしていたり、世界観がとてもおいしいので、今後も色々なお話を見れたらうれしいです!

謎のお姫様:
 音が繋げる信仰、音が繋げる歴史。灰崎千尋さんの巡楽師ディンクルパロットの日誌です。
 最初に「ディンクルパロット」という字面を見た時に、その脳に響いた音があまりにも気持ちよく思わず口に出してしまいました。そしたら想像通り大変気持ちのいい語感で、いい名前だなあと思いながら読み進めていくと「口に出せば晴れ晴れとした気持ちになる響きで、とても良い。」と、まるで私を見透かしたかのような主人公の名前の由来が明かされて、大変驚きました。きっと、音の構造と、人間が一般的にどの音に関してどう感じるかへの理解力がとても高いんだと感じます。
 本作は不協和音の濁りを正す巡楽師というテーマであり、”音を文字で表現する”というとてつもなく難易度の高い作品だと思っているのですが、音への理解が深いお陰か、読んでいて実際に音が聞こえるような没入感を味わうことができました。
 ただ、日記帳なので仕方がない部分もありますが、〈虹待魚月 25日〉まで本筋が進まないのは、ややスロースタートに感じてしまいました。個人的には、最初から目的か事件が開いているほうが読みやすく感じますので、例えば日記の前に、第三者の語りを挟み、竜の話を匂わせるなど本作のゴールを提示しておくと親切なのかもしれないなと思いました。
 本作は、暦ひとつとっても、聞いたことがない単語なのに、「ああ、なんとなく日本では何月くらいかなあ」と想像でき、かつ美しい響きをしているなど、本当に世界観が練られていると感じます。登場人物もその世界の価値観に沿って動いていて、物語として強い軸が通っていました。
 だからこそ、こことは違う世界の話だと思って読みそうになりますが、ディンクルパロットが毎回ご飯の感想を言って日記を締めるので、とても彼やこの世界を身近に感じることができました。ご飯の描写もどれもとても美味しそうでとても好きです。
 だんだんと火山に近づいていく冒険活劇チックでRPGチックなパートや、竜の過去、人間との関係もとても面白かったです。特に、どちらが悪いわけでもなくて、お互い思い合っていたという決着の付け方が少し切なくも爽やかで好きでした。
 最後の最後だけは、食べ物よりも和声をとるディンクルパロットの描写も、綺麗な落とし方で、暖かい読後感に包まれました。
 世界の作りこみと、音の扱い方が本当に巧みな作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 異世界風土記。
 異文化に触れ、現地の人間の暮らしぶりや見聞きしたことをなんでも書き込むところがまさに風土記を読んでいるようで楽しかったです。まだこの報告の形式が始まったばかりの頃に書かれた日誌なので、様式が整っていないところが味わい深く、後から私情を省き、必要かつ最低限に描写せよ、とお達しが来るかもしれないと思うと面白いです。毎回差し込まれる食べ物が美味しそうで、この日誌を抜粋したものもまた食ってる、という反応をしたのではないでしょうか。
 抜粋とあって、日誌の中に必ず重要なポイントがある点があり、生まれては消えていく流行り歌を収集するのも仕事、不思議な子守唄を譜面に記す、その出来事が、どうして火山の楔になったのか忘れてしまった黒い竜の元へ届けられ記憶を取り戻させる流れになるのがとても素晴らしかったです。今回をきっかけに、この村では失われていた子守唄を取り入れた新たな儀式が始まりますが、ディンクルパロットの物語を劇に取り入れた賑やかなお祭りも始まるようになるのではないでしょうか。まるで伝統の始まりを目撃したようでした。
 個人の好みですが、この日誌を誰が何のために抜粋したのか、というこの物語の起点が分かると、より世界観に没頭できたと思いました。多分、この世界でもディンクルパロットは規格外の存在なのではないのではないでしょうか。日誌の中で本人が何でもないように語るのと、日誌を読んだ人間が驚く描写があるといいなと思いました。
 ディンクルパロットの日記。まるで異世界を歩いているような楽しさが詰まっていました。とても面白かったです。

111:親父の恋/@あんとわねっと

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 離婚をした父親の新しい恋のお話でした。
 ある日息子である主人公が家を訪ねると、父親のスマホを見てしまい、なんとなく最近思い当たる節があるなと怪しんでいると……と、徐々に父親の恋をしている相手が明かされていくお話。
 これは僕が、そういう情事や人間の機微を感じるのが苦手なせいなのですが、お父様と恋人は熱々の関係だったけれど、恋人が既婚者だということが従姉の結婚式で判明したので別れを告げたという結末でよかったのでしょうか?
 間や情緒などの大切さがあるので、明言しない美しさもあると思うのですが、もう一言でも仄めかす部分があると親切かもしれません。
 父親の男としての一面を見てしまったり、失恋をしたらしい姿を見て色々と気持ちが動く主人公の複雑な気持ちが見ていてすごく面白かったです。
 男としての一面を見た後に、ショックから立ち直れない主人公がすごい可愛かった部分と、趣味に仕事にと元気な父親だけどだらしない部分もあり、そして男としての一面も、冷静に取り繕う大人としての一面もあるという人間の多様性とドラマを楽しめました。
 カクヨムにはまだ一作しかない作者さんなのですが、文章はめちゃくちゃ読みやすいのでどこか別の場所などで創作をしていた方なのでしょうか?
 今後もカクヨムで活動してくれたらうれしいです。

謎のお姫様:
 許されざる恋だとわかっていても、考えてしまう、目で追ってしまう、愛してしまう。あんとわねっとさんの親父の恋です。
「親父に彼女ができた」という一瞬飲み込めない言葉からはじまる本作ですが、主人公の考えと彼の目から見た父親像を滑らかに描くことで、短い文章量で主人公と父親の両方のキャラクターが伝わってきました。
 一人称というテーマをうまく使ったキャラ描写だと感じましたし、なにより過去のことは過去としっかり割り切れる主人公がとても好きです。
 親父のラブシーンを見てしまった一連の語りでは、親父が本気の恋をしていることと、主人公の衝撃が伝わってきました。
 ただ、これは私の国語力の問題なのですが、従姉妹の結婚式で様々な思惑が交差するシーンについて、時々今誰が何をしているかこんがらがってしまうことがありました。
 動いている人数が多いので仕方がない部分もありますが、物語を運ぶ上でノイズになりそうな情報は思い切って省いてしまったほうが親切なのかもしれないなと思いました。
 最後、主人公が親父の家を訪ねるシーンはとても辛かったです。
 許されない恋をしていることを自覚していて、それでも目で追わずにはいられない"恋"の本質のようなものが描かれていて、切なさで胸が苦しくなりました。
 もちろん冷静な私は「その恋はダメだろ」と言っているのですが、親父の挙動がそれぞれ切なくて、彼を応援したい気持ちが勝っていました。
 一人称視点小説で、第三者の感情が流れ込んでくることはあまり経験がなく、人の挙動からその人の感情を伝え、移入させる力がとても強いと感じます。
 どういう形であれ、登場人物のみなさんに幸せが訪れるといいなと思うと同時に、それは難しいんだろうなとも思える、とても切ない作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 親父に彼女ができたらしいと気づく場面から始まる物語。
 兄弟姉妹両親という身内の間柄は、そういう存在という認識しか持てず男女の枠から外れており、性というものを感じることは少ないと思います。けれど人それぞれ大なり小なり欲を抱えており、その欲を目の当たりにしてしまい、知りたくなかった面を見てしまった時の驚きは計り知れないと思います。それがずっと見てきた父親なら尚更です。主人公が彼女の気配を感じている時は余裕ある態度だったのに、直接親父のラブシーンを見てしまった途端、慌てふためく姿はしょうがないと思いました。
 父親のお相手は結婚式で偶然明かされる……のですが結婚式に参加する人物描写が多く、何度か読み直してようやくその相手がH氏の妻だと分かりました。これは私の好みなのですが、従姉ではなく親族の結婚式にして家族関係をあまり出さない方が、より読みやすくなるのかと思いました。
 彼女にとって親父との関係性は遊びだったのか、本気の恋だったのか気になりましたが、もう終わってしまったものを第三者である主人公が知ることはないのかもしれません。
 親父の恋の予感と終わりの物語。親父はこれから先もずっと引きずっていくのだろうと思えるラストでした。

112:しっぽの皮剥き/まこちー

謎の有袋類:
 人魚の国を書いてくれたまこちーさんの二作目です!
 まこちーさんが書いている砂時計の王子2の番外編短編という感じのお話で、リュウガさんと一緒にいるみんなはあの人達だなーということや、この赤い水龍はこのときの話だなーとわかるのですが、初見の人にどう写るのかはわからないので、他の人の講評などを読んで頂ければなと思います。
 僕的には「アツいー」となってるし、オヒナさんのことなど思い出してめちゃくちゃ良い短編だなーと思いました。
 これは本当に些細なことなのですが、脱皮は実は蛇とトカゲだと違うことが多い(蛇や小型のトカゲはべろんと剥ける全身脱皮ですが、中型のトカゲはボロボロと剥がれる部分脱皮なことが多いです)ので、何か参考にしたいときは調べて見るとより想像がしやすかったり、読者にとってのノイズになりにくい世界が作れると思います。
 別に現実に即した描写にしなければならないというわけではないので、ここで架空のファンタジートカゲなどを出してそれにそっくり!と言わせてもいいと思うので、いい感じのしっくりくる表現方法が見つかるといいなと思います。
 キャラクターを描いたり、各登場人物同士のやりとりが愛おしいのはまこちーさんの強い武器だと思います。
 今後も色々と創作をしてガンガン強くなって欲しいと思います!

謎のお姫様:
 絵画の中の生物に手を伸ばせば届くどころか、自分からしっぽを押し付けてくるようになった。まこちーさんのしっぽの皮剥きです。
 本企画二作品目となるまこちーさん。一作品目は人間が大好きな人魚二人による楽しい会話劇と、どうしても許せないことを描いたファンタジーでした。
 本作も魔族と人間の関係を描いており、予想ですが同一世界線なのかな? と想像します。自分の中に明確な世界があり、その中から前作は人魚、今作は龍族に関係のある情報だけを提示して、ひとつの物語として短編に落とし込む情報選択能力がとても高いと感じました。
 主人公が、食事だけは合わなかった雪国から故郷へ戻る最中に、とある集団と出会う、という構成ですが、それぞれのキャラクターが生き生きとしていて、読んでいてとても楽しかったです。
 特に主人公がしっぽを剥くところは、とても力のこもった描写で、主人公の「どうして今こんなことを」という戸惑いや「貴重な経験をしている」という気持ち、リュウガさんの気持ちよさそうな様子がとても良く伝わってきました。
 私の個人的な好みなのですが、短編小説には事件か、キャラクターの考え方の変化や成長が欲しいと思っています。
 本作は、主人公にとっては幼いころ絵画の中に居た生物の脱皮を手伝ったという大事件が起きていますが、魔族が絵画の世界のものではなくなったのが最近、だという情報が明らかになったのが最後の方ということもあり、カタルシスを感じるポイントが少し小さかったかな、と思いました。
 魔族が人間と共生するようになった世界観や、それゆえの主人公の戸惑いや経験など、一つ一つの要素はとっても面白く、壮大なものだったので、情報開示の順番を工夫すると物語が更に盛り上がるものになると思います。
 主人公にとっては大事件ですが、若者の集団的にはわりかし日常、という対比が好きです。
 大陸が統一されてから生まれた子どもたちにとっては魔族の脱皮など日常茶飯事ですが、主人公にとってはそうではないんですね。
 ラストではオレンジ髪の少女が、リュウガのしっぽを退かしていますが、これも魔族を畏れ、一線を引いている主人公にとってはあり得ない所作なんじゃないでしょうか。
 そういう、時代によって変わっていく価値観というものを見られたようでとても壮大な物語を読ませていただきました。主人公にご利益があるといいですね。
 書きたいシーンがくっきりと伝わってくる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 旅する男が列車で故郷に帰る場面から始まる物語。一人旅だと他の座席の楽しげな会話が聞こえてきたら、ついつい耳を傾けてしまう気持ちが分かるとなりました。妙に設定がありそうなところがどこかの世界観の登場人物たちだと思うのですが、彼らと無関係な彼にとってもこういう感じの会話に聞こえるのでしょう。
 ワイワイ騒いでいた彼らがどこかへ行ってしまい、一人残された眠っている師匠が起きたところ、ちょうどしっぽの脱皮が始まり、題名へとつながる。脱皮前に神経質になることは多いですが、彼もそうだったのだと感じました。
 なかなか皮が綺麗に剥けなかったり、しっぽだけ脱皮するところを見ると脱皮不全なのかと思いました。皮の取り残しがあるとそこから壊死してしまうことがあり、少々気になったのですが「うちの龍はこうなのです」ですべて解決できるものだと思いますので、爬虫類飼育に触れたことのある者目線ではこういう感じに写るんだぐらいに受け取っていただければ幸いです。
 20年前には考えられなかった魔族との交流。リュウガは行く先々で奇異な目で見られるかもしれませんが、これからの時代を作っていく仲間たちがいれば明るい未来が待っているのかと思いました。

113:大衆食堂/塔

謎の有袋類:
 前回は、自分にだけ見える不思議な存在と共にすごす少女の少し怖いお話、ふわふわ、ほよほよで参加してくれた塔さんです。参加ありがとうございます。
 今作は、矯正施設送りにされる人々のために食事を作る主人公のお話でした。
 どことなくサイバーパンク感というか近未来感のある世界でのディストピアもので、実は矯正施設送りにされる人は死んでいるのではないかということや、主人公が死刑囚であることが明かされていきます。
 女将もロボットという部分だけ、最初に仄めかしてあげいてると種明かしの時に親切なのかも知れないなと思いました。
 他の矯正施設送りだと言われている人達は何故食事を食べて騙し討ちのような形で死んでいったのか、そして死刑囚として料理を作っている男はどうして料理を作る刑に処されているのかなど気になったのですが、それは本編を読めばわかるのでしょうか?
 色々と興味深い世界のワンシーンを切り抜いた不思議で少し怖いディストピア作品でした。
 今後もどんどん作品を書いていって欲しいです!

謎のお姫様:
 どんでん返しに次ぐどんでん返しで、少し切ないラストを迎える。塔さんの大衆食堂です。
 終始漂うどんよりとした雰囲気にとても引き込まれました。特に冒頭の「ここは大衆食堂だ。そういうことになっている。」という一文が大好きで、”大衆食堂”というワイワイガヤガヤしたイメージを”そういうことになっている”で一気に覆し、不穏にするとても引き込まれるツカミだと感じました。
 ポスターが色あせていたり、女将にクォーテーションがついているなど、細かい表現から不気味さが見え隠れするのがとてもよかったです。
「キャッシュレスが当たり前」という文章から、なんとなく現代日本を想起させておいての「IDを読み取ることでキャッシュレス決済が完了する。」という流れも完璧で、ただ近未来SFですという世界観を提示されるよりも強い衝撃を感じました。
 二日前の章ではSFの世界観提示と主人公の生活を描きつつ、”飯を食った人が実は悪人”という気になるヒキで締められていて、章の区切り方としても飽きない構成になっていたと思います。
 続く次章でも、主人公の秘密が明かされて章が終わるので、章の区切りはとても意識されているポイントだと思います。今後長編を書く機会があれば、とても強い能力だと感じました。
 ただ、一章では世界観、二章では主人公の秘密と、想像もしていなかったどんでん返しが続いたせいもあり、オチに少し物足りなさを感じてしまいました。実は今までの人たちは死んでいる、や”女将”の正体など衝撃はたくさんあったのですが、主人公の感情があまり見えず、彼に感情移入がしにくかったせいかもしれません。
 ID管理やロボットが接客をやるのが当たりという設定、なんとなく漂っている終末的な雰囲気が本当に練られていて、とても安定した背景に物語がのっかっている感じがしました。
 主人公が何をやらかしたのか、どうして料理人をやらされているのかなど、明かされないが故に不気味で面白いのというのはわかっていつつ、そのあたりももっと読みたくなるような、とても惹きつけられる世界でした。
 見えた光は、おそらく希望ではない。世界や主人公の秘密を知った末に辿り着く、そんなラストがとても悲しい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 とある大衆食堂の物語。
 どこか不思議な雰囲気の漂う食堂で、「ここに来る客はだいたいこうだ。よほど長い間街中を彷徨っていたのだろう」という主人公の言葉で、死んだことが分からない魂がたどり着く場所かと思いました。
 けれど情報が次第に明かされると、死者を迎えてくれる場所だと思っていところは、送り出す場所であり、世界がくるっと反転したようで面白かったです。
 あえてこの最後にたどり着く場所に人を置き、RPGで同じセリフしかしゃべらない一般村人のような振る舞いをさせるところがまさにディストピア感がありました。
 死刑囚である主人公はどうして他の者たちと扱いが違うのか分かりませんでしたが、彼の見送ってきただろう囚人よりも刑が重く、その罪に向き合うために殺したはずの相手の顔とすぐ先に見える死を見続けなければいけないから、という風に受け取りました。まるでギロチン台に首を置いている状態です。どこか諦めている主人公は静かに外へと向かうのかなと思いました。
 妻を殺した理由が明かされませんでしたが、もし難病の彼女から願われたものであった場合だと、A Iの冷たさがより感じられたと思いました。完全に私の好みです。
 どこまでも閉じた世界でいずれ首に落ちる刃を見続ける主人公の物語。とても面白かったです。

114:コーヒーシュガーは甘くない/(゚、 。 7ノ

謎の有袋類:
 一作目は無機物異世界転生を書いてくれた(゚、 。 7ノさんの二作目です。
 専門用語が多いのでちょっと拾い損ねている部分があったらすみません。
 作者と読者は情報量も違うので、少し書きすぎかな? というくらい補足や情報を入れてくれると多分親切な作品になると思います。
 主人公はホルオペ済みXジェンダー的な方かな? でも男性一人称なのでM寄りのノンバイナリーに近い何かであろうと思ったのですが、その相手の人はちょっとどういうことなのかわからなくて、せっかくの結末をちゃんと読み取れなかった気がして残念です。
 しかし、マイノリティーである自分に折り合いが付けられないという葛藤、金のためだという言い訳をしながら手軽に稼ぐ手段を講じるけれど自己嫌悪になる様子などの描写はとても繊細なことながら、真に迫る感じで好きでした。
 自分の書きたいことを書けているとは思うので、今後は読者にどこを見せたいのか、何を伝えたいのかを考えていくと一気にグッと表現が洗練されていくと思います。
 伸びしろはたっぷりある作者さんだと思うので、これからも色々とお話をコンスタントに書いて欲しいです。

謎のお姫様:
 新時代の幕開けを感じさせる、時代の狭間だからこそ生まれた作品。(゚、 。 7ノさんのコーヒーシュガーは甘くないです。
 本企画二作品目となる(゚、 。 7ノさん。一作品目はトイレの排水管に転生してしまった主人公が百合を見守る、斬新な発想と心理描写が融合した作品でした。
 本作の舞台はVR。
 私は個人的にVRChatなどのソーシャルVRに潜っている人間なので、このVRC民にしかわからない単語で溢れた作品は、私に向けて書かれたのかと錯覚してしまうほどディープで解像度の高い、とても面白い作品でした。
 無言勢である主人公の心境の解像度がとても高くて、喋れないが故の苦悩がとても伝わってきました。また、無言勢とお砂糖になったらきっと声を聴きたくなってしまうんだろう、という気持ちも簡単に想像できたので、両方の悲しみがすごく伝わってくる心理描写でした。
 また、「貧乳ロリに大人のリクスー着せてるからわかった。とのこと。合わせが男合わせだし、そのくせフルトラだと内股だし、性別こじらせてるのは丸わかりだったらしい。」という一連の彼が私の性質に気が付いたシーンもとても解像度が高いと感じます。実際にこう言ったことをCOなさっている方とVR上で出会ったことがないので想像になってしまいますが、そうだと思わせる説得力が強かったです。
 ただ、これは私だから楽しめたのかもしれない、と少しだけ心配になっています。冒頭のHMDからはじまり、お砂糖やフルトラなど、かなりディープな専門用語が多用されていて、価値観や行動原理などもソーシャルVRをやったことがある人以外には理解しにくいものになっているのかもしれません。
 私の杞憂かもしれないので、無視してくださってかまいません。ほかのお二方の講評を参考にしてみてください。
 私自身、VRにとても可能性を感じていて、なりたい自分になれるという部分で今後こういった使われ方は増えてくると感じています。それと同時に、結局物理身体、物理性別にある程度縛られてしまうのも事実だと思いますので、こういう時代の狭間に問題提起する形で本作を書ききったその表現力にとても感動しました。
 最後の締め方も好きです。お砂糖という、外側からは少し馬鹿にされることもある関係を、「ただただ甘いもの」とするのではなく、「落ち着けてくれる甘さ」だと読み替えて、二人の今後の関係を暗示するところがとてもいいなと思いました。
 今後の二人を応援したくなる作品でした。というか(゚、 。 7ノさんはディープなVRC民なんでしょうか……? ありがとうございました。

謎の原猿類:
 VRの物語。
 主人公は男になりたいのか女になりたいのか自分が何物になりたいのか分からず、新しい自分を仮想空間に作っても、どこまでも自分の延長であるゆえに、なりたい自分を表現できないまま無言勢という形をとったのだと思いました。最初のうちは現実とリンクしたように、主人公は世界の片隅でただ一人、孤独にいたのではないでしょうか。
 けれどそんな主人公を見つけ出した彼が普通でないからいいと思った瞬間に、凸凹がカチッとはまったようでよかったです。
 一方でVRの世界に触れていないため知らない用語が多くて世界観に入り込めず、またどうして彼が主人公の事情を察したのか分かリませんでした。すみません。
 どれくらい分からないかと言いますと、フルトラ?リクルー?フォトリール?合わせ?となったレベルです。ただこの物語はVRを知っている読者にターゲット層を絞ったものだと思ったので、知らないものにはこう感じられた、ぐらいに受け取っていただけば幸いです。
 現実世界で息苦しさを感じていた二人が仮想空間で出会い、生きていくこれから。二人の今後が気になりました。

115:冗談みたいな紫の/ギヨラリョーコ

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 祐くんと、その恋人である徹、そして飲み友達松永を書いたお話でした。
 祐くんと松永の会話を中心にして描かれる物語なのですが、何度も松永は嘘が下手だと繰り返されるのが印象的なお話です。
 これは僕が人の機微や情緒を察する能力が低いからなのですが「それでもいいよ」からの流れが少しだけ掴みにくかったです。
 さみしい? への解答が「それでもいいよ」まではわかるのですが、そこからなんで店を出て「祐くんは世界一幸せだよ」という嘘をついたのかがわかりませんでした。
 これはBL的なものを食べ慣れていないだけで、多分BLが好きな方だとわかる文脈なのかも知れないなと思いました。
 そういうものが好きではない読者を切り捨ててもいいと思うので、ここらへんのバランスは他の人の反応を見てどう組み立てていくか決めるのがベストだと思います。
 全体的にじっとりとしていて、出ていない徹の人間性だったり、祐くんが何故徹を好きなのかということ、DVをされているけれどそれも祐くんが望んでいるという共依存関係が伝わってくるのでおもしろかったです。
 居酒屋の描写やタバコ周辺の描写、そしてどことなく重苦しい雰囲気のじっとりとした人間関係がとても読み応えのある作品でした。

謎のお姫様:
 自分の欠けた部分を埋めてくれる人は、気をつかってくれる優しい人じゃない。ギヨラリョーコさんの冗談みたいな紫のです。
 本作品は、終始どんよりとした雰囲気の漂う重い気持ちのぶつかり合いをテーマにした作品でしたが、私は冒頭の「ささやかな話をしてくれ。面白い話をしてくれ。地獄の話をしてくれ。」→「ソープ行ったら姉貴が出てきた」で声を出して笑ってしまいました。結局それは松永の作り話(パクリ)だったわけですが、開始数行で人を笑わせる強いツカミを持ってくるのはとても強い構成だと感じました。
 この小話にもあるように、いくつもの会話劇の中に、”松永は気をつかって下手な嘘をつく”という彼の性質が仕込まれております。
 これは私の読み違いだったら申し訳ないんですが、「三人飛び降りてフェンスが付いたビル」という描写から、実は松永は嘘をついていない(=主人公が噓つきだと思いたいだけ)ということを読み取りました。
①ソープで姉貴が出てきた話→脚色であって完全に嘘ではない。
②『今まで3人飛び降りてて、でもまだ屋上にフェンスとかが無いから』→三人が飛び降りたことでフェンスが付いた
 松永が嘘をつかないということで、ラストの「祐くんは世界一幸せだよ」というセリフも「松永にこんなに想われている主人公は幸せなんだよ」という松永と「それに気付きたくない主人公」の構図になります。とても大きな感情がぶつかり合う切ないシーンでした。
 しかし、これは一人称視点の難しいところなのですが、「実のことを言うと、駅前の永穂ビルの屋上には地上から見ても分かるくらいの高いフェンスがある。店を出てすぐに気づいた。」というモノローグもあるので、主人公の語りの一貫性のなさをどう受け取ればいいか少し戸惑いました。
 時系列はどうであれ、主人公は”今フェンスが付いていること”と”三人飛んだからフェンスが付いたこと”を知っていたんだと思います。今までずっと松永を嘘つきに仕立て上げるためにフェンスは最初からあったことにしていたのに、それをどうして最後の最後で松永を嘘つきじゃなくしたのか、というところが引っかかりました。
 主人公が松永の気持ちに気付きつつあることの暗示なんでしょうか。私はそう受け取りました。
 数行で人を笑わせる強い導入から、”嘘”という主軸でそのままコメディでいかず主人公と松永と徹の三人のどうしようもない人間関係に繋いでいくその構成がとても巧みだと感じました。全体的に漂うどんよりとした雰囲気も好きです。
 また、主人公が松永に全く興味を持っていないことがひしひしと伝わってくる語り口で、一人称小説の強みを最大限に生かして人間関係を切り取っていると感じました。
 この後この三人はどう不幸になっていくのかがとても気になる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 男二人、居酒屋での会話の物語。
 親しい仲なのかと思いきや、主人公祐はあまり松永のことをあまり知ろうともせずどこか距離感がある。主人公が同居人であり恋人でもある相手に結構な頻度で暴力が振るわれているのが分かった瞬間、松永が傷は大丈夫かと心配し、無器用で嘘が苦手なのに話を聞かせてくれる気遣ってくる優しさがとても身に染み、いっそ松永と付き合った方がいいのではと思いました。
 ですが、暴力を受けている被害者と思っていた人物が、あえて相手の地雷を踏んで殴らせる加害者であったという関係性の逆転に「うおお……」となり、徹が一気に可哀想な存在になりました。ポスドクなのかな。
 祐の加虐性が、思っていたような反応を松永がしないためがっかりしたところでもきらりと光るものがあり、逃げろ松永と思いました。ですが松永、なんだかんだギリギリでかわしそうです。
 祐にとって松永は今はそこまでの相手ではないと思いましたが、これから関係性が変化していくのか気になりました。面白かったです。

116:人外考察/押田桧凪

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。。ありがとうございます。
 こちらの作品は、過去に事故に遭った主人公が下半身に馬の下半身(恐らく首から下)を移植されて目が醒めたというお話でした。
 下限ギリギリで導入という感じの終わり方になっているので、何か主人公を動かして騒動的なものを起こすと、短編としてまとまりが出るかな? と思います。
 下半身が馬になったらお風呂にも苦労するし、軽車両として扱うべきなのか、人として扱うべきなのかが議論されたり、馬の下半身のためにミネラルが多めの食事を取らざるを得なくなるという思考実験にも似た描写がとてもおもしろかったです。
 もうご存じでしたら申し訳ないのですが、九井諒子さんの竜の学校は山の上という作品の現代神話というお話は下半身が馬の人間と人間が共存する社会を描いているので、色々と参考になるかもしれません。
 異世界転生ではないけれど、第二の人生を歩むことになった主人公が、今後どうなるのかとても楽しみになる作品でした。

謎のお姫様:
 ケンタウロスになってしまった人間の少し悲しいモノローグ。押田桧凪さんの人外考察です。
 本企画二作品目となる押田桧凪さん。一作品目は言い間違いから田中が増殖していくというコメディSFでした。
 本作もコメディ調のSFですが、かなりどんよりとした雰囲気が漂っており、全く別の読み味になっており、どちらの空気感もとても好きです。
 いきなり「俺はケンタウロス。」という自己紹介からはじまり、人外による一人語りがはじまるのかと思いきや、新技術によってケンタウロスにさせられてしまった主人公の小説であることが明かされます。
 歩けなくなった人間に走るのが得意な馬の脚をくっつける発想は面白く、金輪際有り得ないと言い切れるほどめちゃくちゃではないというリアリティライン限界を攻めており、映像も想像しやすかったです。
 ただ、全体を通して少し動きの少ない小説かもしれないと感じてしまいました。
 私は個人的に、短編小説には大きな事件か、登場人物の心の変化や成長が欲しいと思っています。一本を通して何かが変わることでカタルシスを感じることができると思っているのですが、本作は”もう事件が起きた後”で、自問自答を繰り返してそれをどう受け入れるかという静かな作風になっているので、そう思ってしまいました。
 オチの「俺は、ケンタウロスだった。」はすごく好きです。一行目の「俺はケンタウロス。」は、ただ見た目の事実を語っているようですが、最終行の「俺は、ケンタウロスだった。」は、色々な考察を通して”馬か人かなんてどうでも良くて、自分が自分を何者であるのかを認識していればそれでいい”という結論を出しての発言なので、言葉の重みが変わってきたように感じました。
 本作品の世界は、新しい技術によってケンタウロスになるという選択肢が出てきて、そのせいで新たな差別が生まれてしまったというものですが、なんとなく今の人間社会に対する問題提起や風刺のようにも読めて面白かったです。
 キャッチーなSF小説かと思いきや、世界の在り方や、自認という哲学まで踏み込んだ、とても面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 俺はケンタウロスから始まる物語。
 ギリシャ神話の話かと思いきや、近未来、医療の発達によりケンタウロス式移植手術により生まれた人と馬のハイブリッドな存在の話。インフォームドコンセントがなく本人の同意なしに施術してしまったり、法整備が整っていないところが、医療が盛大に突っ走ってしまっている感があり好きです。
 けれどそんなトンデモ設定の中、ケンタウロスになってしまったばかりに人の時とどう違うのかの話が面白かったです。汗とともに体液に含まれる電解質が多量に流出する話は初めて知ったのでへー!となりました。
 気になった点を何点か。
 見た目がケンタウロスならば肛門は馬体の方についていると思うのですが、臓器移植の結果、消化器系はどう変化したのか、後腸発酵になったのか、メニューが塩分量が多めの他、食性が変わったりするのでしょうか。
 人間の心臓では、この馬体には十分な血液循環できないのではと思っていたところ筋肉に電気刺激で循環させるのはなるほどと思ったのですが、風呂に浸かると胸腔が圧迫されてしまうレベルの循環器系では、日常的な動きでも結構辛いのかと思いました。ささっと調べたところ、トレーニングしていないサラブレッドだと心臓重量は体重の約0.94%(心臓重量4.1±0.6kg、体重446kg±55kg)にあたるそうです(新・馬の医学書より)
 俺は寄生虫だなと思ったり、馬だったと自分に言い聞かせている姿はなんとも哀愁を帯びていました。この体になってしまった以上、彼は心も周りの視線からも上手くつく合っていかねばなりませんが、ケンタウロスとしてのアイデンティティを確立して欲しいと思いました。彼の今後が気になりました。

117:円環を断ち切る剣/Enju

謎の有袋類:
 こむら川でははじめましてのEnjuさん!参加ありがとうございます。
 Enjuさんのファンタジーだー!
 小さな頃から過ごしていた神社が解体され、その現場に立ち会った主人公が、やばそうなものに出会ったけれどなんとか切り抜けた……!と思ったけど夢でしたのお話。
 途中の逆説受諾(リバース・サイド)がめちゃくちゃ好きですwもらったご神体をどう繋げるのかなーと思ったら、ここで回収するのかーとテンションがあがりました。
 個人的な好みなのですが、夢じゃなかったかも? 感がもう少しあるとうれしかったかもしれない。石が熱いのは多分気のせいじゃないよ!とつい言いたくなりますね。
 万が一を信じて、色々な必殺技を練習していた子供たちの夢のようなお話、すごくよかったです。
 円環を絶つ剣も終わらない中学二年生を続けている僕はめちゃくちゃかっこいいーーー!ってなりました。
 やはりかっこいい必殺技名は正義!
 少年の頃のあの日を思い出すような素敵な作品でした。

謎のお姫様:
 よく遊んでいたお社がなくなるところを見届けたいという友也くんの願いからはじまる本作ですが、思い出の地がなくなることに対する喪失感の心理描写がとても共感できるものでした。
 やはり主人公に共感できると読みやすく、このあと本作にはぶっ飛んだ展開が待ち構えていますが、そこも全く違和感なく没入し続けることができました。
 この作品の核となる太陽のリバーサイド妄想パートは、神社が見せてくれた最後のいい夢、という解釈は少し深読みしすぎでしょうか?
 個人的には小説には何か出来事が起きてほしいのですが、本作は捉えようによっては完全なる夢落ちに見えます。
 主人公が愛着ある神社が壊されることに悲しみを感じているノスタルジックに軸を置くか、太陽のリバーサイドに軸を置くか次第で変わると思いますが、何か事件が実際に起こるか、主人公が経験を経て成長したかなど、小説を読む前と読む後での差分がほしいな、と思ってしまいました。
 私は特に太陽のリバーサイド太陽パートが本当に好きで、ご神体を受け取った主人公のもとに”良くないもの”が現れ、アキラと同じように自分も口上を唱え戦う、というシーンがとてもアツかったです。
「万が一、お化けが居たのならば、魔法だって使えない道理はない!」という主人公の信念はとても共感でき、必殺技を打つところも格好よかったです。
 何度殺しても蘇るReBirthをReverseの力で打ち破る、という言葉遊びも大変面白く、太陽のリバーサイド本編を見たくなりました。
 結局は夢落ちのような終わり方で終わっていますが、「何かに見られているような気がして」というところでやはり神社が最後にいい夢を見せてくれたのではと確信しました。実は夢ではなく、友也くんは無自覚のうちに”良くないもの”を倒していて、今はすべて忘れているだけ、かもしれませんね。
 これから彼とご神体が強大なものに立ち向かっていくかもしれない。そんな未来を想起させる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 お社がひっこすことになった物語。
 何を祀っているのか由来も知らないけれど、そこにあるのが当たり前だったお気に入りの場所がなくなる時の、モヤッと感が好きです。
 もう決まってしまったことで一人主張したところで結果は変わらず、止める気もないけれど淋しい主人公の気持ちがとても伝わりました。
 解体されてなくなったお社の土台で、寝ていたところ、悪しきものが現れて、偶然手にしていたご神体で撃退する方法が、人気アニメの主人公の必殺技というのが好きです。
 中学生になると、ちょっと背伸びして「子供騙しじゃん」みたいに言ってしまうけれど、誰もいないところで密かに練習しているの、あるあると思いました。
 やっぱり現実はそんなものという夢オチのような終わりでしたが、本当にあったかもしれない終わり方がよかったです。
 社によって抑え込められていた怪異なのか、はたまたよそへ移った神の残滓が最後にサービスで見せてくれたものなのか、気になりました。
 ある日の夢だけれど、大人になってもたまにふと思い出す大事な出来事なのかなと思いました。面白かったです。

118:スターゲイザー、イカロスと向日葵/狐

謎の有袋類:
 豪運を許すな! 最近はBLも書くようになり、作風の幅が広がった狐さんです。参加ありがとうございます。
 今回は狐さん得意な近未来。ポストアポカリプス的な世界で旧人類の遺跡を発掘するスカベンジャーと、旧文明で眠らされていた人工知能の物語。
 導入からメインである人工知能イカロスまでの出会いが非常にスムーズで、日記まで辿り着くのも読みやすかったです。
 向日葵(イリアンソス)とイカロスの言葉遊びもめちゃくちゃ好きで所長のイカロスに託した想いが伝わってくるようでした。
 個人的には、主人公がデータを捨ててイカロスを見守るための強い動機がもう一つあるか、不埒な輩が情報無しには来れない理由があると更に納得感がましたかもしれないです。
 スカベンジャーをするということはなんとなく裕福ではないイメージがあり、主人公は抜け目ないという性格だと思ったので折角の獲物を感傷だけで見逃さずに、何かお金になる足が付かなそうなものをそっと持っていくと主人公の格好良さも更に引き立つかも知れないなと思いました。
 これは講評だからいってみただけで、このままでもめちゃくちゃエモくて素敵な作品だと思います。
 イカロスが大切に育てられてきたこと、感情のようなものを獲得していたこと、自らの欲望のために主人公を所長の代理として仕立て上げた部分などすごくよかったです。
 データの入った端末を捨てる主人公もカッコいい……。
 イカロスが、いつか星を掴める日が来る時まで動き続けて欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 手を伸ばす、次こそはそこに手が届くように。狐さんのスターゲイザー、イカロスと向日葵です。
 遺物漁りの主人公がイカロスと出会い、なにが起きたかを知り夢を叶える手助けをするという本作ですが、終わった世界の退廃的な雰囲気がとても美しかったです。
 イカロスのキャラクターも面白く、前時代の人工知能にもかかわらず自分の夢のために人間を騙すという存在が、退廃的な雰囲気を加速させているように感じました。
 最初は主人公と同じくイカロスの意図や存在理由がよくわかっていませんでしたが、『この部屋に来て私を再起動する必要があるのは、所長か機密情報目当ての産業スパイくらいでしょう。仮に不届者であるなら、それなりの手段を講じるだけです』という発言あたりから「やけに人間臭いAIだな」と思い、『もう一度、星を観たいんです』で私も主人公と同じく合点がいきました。その、情報の出し方がとても巧みだったと思います。
 ただ、これは本当に好みだと思うのですが、本作は動きが少ない小説だと感じました。私は大きな事件が起こるか、キャラクターが成長するなどして、何かが大きく動いたほうがカタルシスを感じます。本作は退廃的な、ある意味絶望的な世界観ですし、既に終わった話を解き明かしていくというメインプロットとなっているのでこの手法は合わないかもしれませんが、対比や成長を通して何かを大きく変化させる、という作品も今後視野に入れてもいいかもしれません。
 世界の終わりという本作のメイン舞台と、星を観測する研究施設が絡み合っていて、物語に出てくるすべての設定がきっちりと繋がりあっていたので過去パートがとても気持ちよかったです。タイトルで横並びになっているイカロスと向日葵の解説もあり、とても丁寧に所長の想いを綴られたからこそ、ラストシーンが際立ったんだと感じました。
 所長の影響で人格を持ってしまった人工知能イカロスが、無邪気な子どものように星を観察するラストシーンはとても美しくて、夢や意志のつながりの強さを実感でき、300年前、あるいはそれよりはるか昔から繋がる人類の歴史というものの一端を見出すことができました。
 終わった世界で遺物を漁るお話だったのに、世界の壮大さを全身で感じることのできる美しい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 狐さんお得意のポストアポカリプスです。
 遺物探しをする主人公にスタッフド・パストを思い出しました。あちらは物を漁る少年二人でしたが、こちらは情報の価値に重きをおく大人の対比が好きです。
 主人公が情報探しに忍び込んだ旧文明の研究所で待ち受けていたのは、
 天体観測用自立思考プログラムであるイカロス。
 所長と間違えて新しく承認するのは、いくらなんでもセキュリティがポンコツすぎないかと思っていたら、施設権限を利用したい代理のためと聞いた時は、人の支配下から外れた気がしてスッと背筋がこわくなるところがあり、絶対に何か企んでいるぞ、こいつ……!となりました。
 ですがこちらの予想とは外れて、かつてここにいた研究者たちの憧れがイカロスに星に手を伸ばしたいという夢を与え、文明の終わりの前にスリープ状態にされたものの、その夢を叶える日々をずっと待っていたというもの。汚れているのは私の心でした。
「ええ、言われずとも」という返答がそっけなさが、三百年も待っていた星の観察に夢中になっているところが好きです。欲を言えば、イカロスが長年待ち続けた望みを果たした今、所長扱いをした主人公にちょろっとお返しがあるといいなと思ったのですがこれは好みかもしれません。
 主人公の遠くの街からでもよく見えるだろうという心配に確かにと思いましたが、次から侵入者が来たら普通にテーザー銃で迎撃しそうですね、イカロス。
 エネルギーの供給が止まらないために存在し続けなくてはならないところは、ピノッキオの告解と似た終わりではあるのですが、淋しい永遠が続くかもしれない工事長とは違い、憧れを持ち続けるイカロスはとてもよかったです。
 ものすごく細かい話かもしれませんが、「学会を騒がしている小惑星衝突に関する事例だろう」のくだりが少しだけ気になりました。学会の規模にもよりますが、研究者だけでなく企業も多数参加するので、学会を騒がした時点で情報の多くは外部に流れて、そこから緘口令は遅いのかなとふと思いました
 ただこれは粗探しに近く、狐さんだからいいかなというツッコミですので特に気にしないでください。
 人々が望んだ夢を、AIが紡いでいく。予備電源がなくなる日までイカロスは星を探し続けるのかと思いますが旧文明の残した夢が、新しい世界の発展につながってくれるといいなと思いました。

119:テセウスの田中/押田桧凪

謎の有袋類:
 人外考察を書いてくれた押田桧凪さんの二作目です。
 田中をたかなと呼び間違えたことをきっかけに、最終的に田中が増えていくというお話でした。
 パラドックスのテセウスの船からのパロディ通り、田中とはどこまでが田中かと問い掛ける場面もあったように思います。
 これは僕が文章を読んで場面を想像するのが苦手だからということが大きいのですが、途中からかなり話や法則がこんがらがってしまいました。
 田中→たかな、たかな→田中で元に戻るなら、田中→生徒の名字が正解だと思っていたのですが、先生は動揺してそれに気が付かなかったのか、それとも僕の解釈がおかしいのか少し自信がないです。本当にすみません。
 教室も混乱のまま田中が刀になり、そして何故か先生も田中になり、お話は終わります。
 混沌の恐怖や、万能感に酔いしれると、思わぬところで落とし穴に陥るという教訓のようなお話でした。

謎のお姫様:
 果たして今はどこまでが田中なのでしょうか。押田桧凪さんのテセウスの田中です。
 テセウスの船は、シュレーディンガーの猫やパブロフの犬に次ぐ、中二心をくすぐるワードだと思っています。そんなテセウスに”田中”という明らかにミスマッチを起こしている苗字をくっつけることでとても気になるタイトルになっていて、その時点でかなり強い作品だと感じました。
 そして、一行目も「この世には10種類の田中しかいない。」という、「どういうこと!?」と叫んでしまうような出だしになっていて、すぐに心を掴まれました。
 田中をたかなと言い間違えたことから高菜がポップしてしまい、それを元に戻そうとしてよりドツボにはまっていくという王道コメディに、独自のSF要素を付け加えていく作品でしたが、”一度他の物を経由する”あたりの謎解きパートがとてもワクワクしました。
 ただ、一人称視点で独自のSF理論を解き明かしていく(それに、田中が増えていくという都合上動くキャラクターも多い)という構造上かなり難しいことは理解しているのですが、少し理論解明がわかりづらかったかもしれません。私が本作の理論とテセウスの船を完全に理解していないせいかもしれませんが、私はテセウスの船を「帆が壊れたから帆を新調、柱が壊れたから柱を新調……としていって、最後全てが新調されたときその船は元の船なのだろうか」というものだと理解しています。そういう理解をしていたせいで、田中が入れ替わっていくんだと思っていたら田中が増えていったので戸惑ったというのもあるかもしれません。
 全体的に軽いコメディ調で描かれつつも、田中が増えていくことに対する焦りや絶望感がにじみ出ていて、終始ワクワクが止まらない作品でした。オチも、散々やらかした先生が最後もやらかして田中になるというまっすぐなもので、「もう田中はこりごりだよ~」と言いながら暗転する終幕映像が頭に浮かびました。
 田中という言葉から刀や高菜につなげ、入れ替わり・増殖をさせていくという発想がとても好きです。(ひき肉の懸念をしていましたが、もしかして”た・な・か”に関する単語以外では物質組成変換は起きないんじゃないでしょうか?)
 軽口なコメディに独自SF理論をぶつけたとても面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 高菜を田中と呼んでしまったために始まる物語。この世には10種類の田中しかしない、というとてもインパクトのある文でした。
 田中を高菜と呼んだことで物質組成変換が発動して田中は高菜と交換されたてしまい、そこから間違った推測で、田中が増えていき事態がどんどん悪化していく。
 「田中 刀」で田中が刀を持って現れたり、刀はオリジナルの田中と思いきや、高菜かも、いや田中だ!の下はカオスすぎて笑いました。
 ただこの田中の法則のルールが分かりませんでした。すみません。
 先生が「高菜 田中」といったあと「良かったよ、田中。田中が帰って来てくれて本当に良かった。って、ん? 田中が二人?」となった時に
 高菜 田中 田中 田中 田中 と続いているので、田中は二人以上に増えるのかなと思いました。何かルールを見落としていたり、間違えっていたらすみません。もしや田中ロシアンルーレットということで、そもそも法則はないのでしょうか。
 この最後の流れはなんとなく「11人いる!」のようでこれから真の田中を探す「11人の田中!」が始まるのでしょうか。先生が混じっているのが味わい深いです。増殖する田中。田中は一体何者なのか?非常に気になりました

120:コウくん/月餠

謎の有袋類:
 今回副賞イラストを描いてくれるもちうささんが小説でも参戦してくれました!ありがとうございます!
 主人公であるコウくんと、ショウくんの二人の出会いと別れの物語でした。
 途中でコウくんが幽霊だとわかった部分でめちゃくちゃ気持ちよかったです。途中で「献花が供えてある」って書いてあったのをめちゃくちゃ怪しみながら読んでいたのですが、やっぱりかーって気持ちよさがすごかったです。こういうヒントの下限もすごく素敵だなと思いました。
 この献花はコウくんの親御さんが供えてたりするのかな? と思うとグッと来ますね。
 本当に初めて書いたんでござるかー? というくらい完成度が高くてすごくおもしろかったです。
 一点いうとすれば、最後の視点が切り替わるところだけ別ページにしても収まりがいいかもしれないなと思いました。
 ここら辺は好みなので、もちろんこのままでもオッケー!
 ショウくん、がんばっていろいろ調べてコウくんのお墓を見つけたり、コウくんの親御さんに変に思われながらおうちにいったりしたのかななんて想像が膨らみますね。
 最初は詐欺を疑われたり、めちゃくちゃつらく当たられるショウくんが日々コウくんの家を訪ね、段々両親の心を開いていき、それでも信じるわけにはいかないという両親をコウくんが描いた絵や、実はこっそり描き貯めていた思い出のスケッチなどを見せて両親と一緒にショウくんが泣くシーンなど想像して「いいなー」と思いました。
 絵の展開はわかっているから備えていたけれど、それでも超良かったー! となる破壊力で本当によかったです。
 また気が向いたら是非小説も書いて欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 離れてもずっと想ってるから、安心して旅立ってね。月餠さんのコウくんです。
 お絵描きが好きなショウくんと、幽霊のコウくんの二人のお話でしたが、二人の関係性が丁寧に描かれておりとても綺麗なお話でした。
 中学生に上がった時、無理やり美術部に入れさせた下りは、本当に彼のことを想っているのが伝わってきてとてもあたたかい気持ちになりました。やや脅迫的なやり方というのもコウくんの性格がよく出ていました。キャラクター性が一貫していたので、とても読みやすかったです。
 特に二人がホラー映画を観るシーンが好きです。後に明かされるコウくんの正体を考えると、ホラー映画が好きだというショウくんに何やらくるものを感じました。
 ただ、コウくんの正体についてはもう少し布石をおいておいても良かったのかな、と思いました。私が読み取れていないだけかもしれませんが、本当にただの仲のいい同級生に見えて、読んでいる途中に全く違和感がなかったので、「ふと、間に合うかな…となんだか不安になった。」が少し唐突に感じました。
 保育園時代に自分の絵を描いてくれたショウくんが、成長して再び絵を描いてくれる、その対比構造がとても好きです。
 その絵の中の自分が優しく微笑んでいるのを見て、自分が如何にショウくんを思っていたかを再認識して、消えてしまうことが嫌でこれ以上そばにいられないことが嫌で泣いてしまうコウくんの感情が突き刺さってきて、とても感情移入のできる別れのシーンでした。
 夏に出会ったから、夏は暑いけど好きだという終わり方も、気持ちの重みが伝わってきてとても好きです。
 幽霊との絆を丁寧に痛切に描いた切なくも温かい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 保育園の公園遊びでショウとコウくんが出会うところから始まる物語。
 二人の仲良しぶりがとても微笑ましく、コウくんさえいればいいというショウに対して、このままだったら絶好だぞというコウくんはどこまでもショウを想っているのだなと思いました。
 けれど実はコウくんはこの世の者ではなかったということが明かされる。通学路の途中の献花を描写していた場面が丁寧だったので「おや?」と思っていたのですが、伏線が回収されて「ああそうだったのか、もしかしたらここでコウくんが最後を迎えたのかもしれない」と感じました。
 同い年と思っていたコウくんが甲斐甲斐しくコウくんの面倒を見るお兄ちゃんのように感じていたのですが実際も離れてていたのですね。
 彼が幽霊だと分かった後の、「生きていれば環境に合わせて関係なんてきっといくら変わる」から始まる彼の言葉は、切なく痛みを感じました。12年間、姿が変わることなくショウをずっと見守っていたコウくんが、ショウの描いた油絵を見て、俺はこんな顔だったのかと思う場面はとても好きです。コウくんがショウを見ていたように、ショウもずっとコウくんが見えていたのだなとしみじみしました。
 コウくんは心残りがあったから幽霊になったと思うのですが、どうしてショウにだけ見えたのか少し気になりました。もしかしたら、ショウはコウくんのように、本来は交通事故に遭う運命だったのでしょうか。けれどコウくんが介入したことによって変わったのかと思いました。個人の好みですがここらへんの裏事情があればよりよかったなと思いました。
 コウくんとショウの二人の関係性の始まりと終わり。たとえ大人になってもショウはコウくんとの不思議な思い出を胸に生きていくのだと思いました。

121:恋慕は結ばれずとも悪縁を断つ/桜居春香

謎の有袋類:
 鬼塚アキラの災難を書いてくれた桜居春香さんの二作目です。
 金森家だー! と桜居春香さんの作品を読んだことのある僕はニコニコしたのですが、金森家の呪い関連の話は初見の人にどう写るのかちょっとわからないので他の人の講評を参考にしてみてください。
 今作は、女性の体に憑依する異形の男性神というお題回収方でした。
 鬼塚アキラの災難の逆バージョンで、対になっていていいなと思うのですが、個人的には「同性」とわざわざ出してから実は男でしたーはお題を知らない人にもお題を知ってる人にもちょっと意地悪というか、わざわざ読者に喧嘩を売ったり騙してムッとされるのはデメリットの方が多い気がするのでせっかく良い作品なのにもったいないなと思いました。
 お題やレギュレーションに喧嘩を売るのはいいけど、読者と喧嘩をするのは作者が圧倒的に有利な初見狩りみたいな部分があるので作者と喧嘩をしたい読者だけ集めたい時以外にはデメリットが多いかも?
 異類恋愛譚とも呼べるこのお話ですが、タチキリ様の成り立ちや、立花家の巫女の血筋関係がすごく好きでした。
>「さあさ、断ち切ってみせよう、良縁も悪縁も、縁であれば区別なく。我が名はタチキリ様、縁を断つ神が故に」
 この決め台詞もめちゃくちゃかっこいい! こういうキメるところでキメられる技術は本当に強い武器なので今後も大切にしていってほしいなと思います。
 桜居春香さんの作る世界は、スターシステムというか同じ世界で出来事を起こしている作品も多いと思うので、カクヨムのコレクション機能などを使ってまとめておくと親切だと思います。
 今後も金森家が出てくる作品や他の作品を楽しみにしています。

謎のお姫様:
 例え縁を断ち切っても、断ち切れないものがあるのかもしれない。桜居春香さんの恋慕は結ばれずとも悪縁を断つです。
 本企画二作品目となる桜居春香さん。一作品目は、心霊スポットに来た女性に幽霊が入り込む、冒険活劇小説の一話目のようなワクワク感あふれる作品でした。
 本作も立花狭霧の体に主人公が入り込んでいて、という展開のある、呪いとの対決を描いた作品で、きっと桜居春香さんは体を明け渡すことで見える二人の信頼感や絆などが好きなんだと感じます。自身の伝えたいこと、書きたいことがしっかりと伝わってくるとても力強い作品でした。
 ただ、本作は金森千秋に対する先祖からの呪いという軸と、主人公とタチキリ様と立花狭霧の関係の軸、そしてその二つが混じってひとつの物語になるという構造ですが、一気に多くの情報が描かれるため、ほんの少しだけ追うのが難しいところがありました。本作は6000文字という制限がありますので、本筋に関係ない部分や、本当に魅せたいところ以外はバッサリとカットしてもいいかもしれません。
 本当に魅せたいところ、で言いますと本作はなにより、
「さあさ、断ち切ってみせよう、良縁も悪縁も、縁であれば区別なく。我が名はタチキリ様、縁を断つ神が故に」
 この口上が格好良すぎて痺れました。
 主人公が自分の身を犠牲にして千秋を救うという本作一番の見せ場で、”タチキリ様”が格好いい口上とともに名乗り出るという、シチュエーションもセリフも完璧な山場だったと思います。
 最終的には千秋が鋏を捨てずにとっておいてくれるという展開でしたが、それも綺麗な落としどころだと思いました。ご都合展開で記憶が残っているわけではないけれど、確かに想いは残っていて、暖かい読後感の残るラストだと感じます。
 人と人ならざる者との恋という少し切ない主人公の気持ちも説得力があり、特に中終盤は読んでいてとてものめり込んでいました。
 新しく紡がれた千秋との縁。そこからまたいろいろな縁が紡がれていくことを期待したくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 今までこむら川に参加されてきた物語に出てくる金森家の、その分家に関する物語。とある物語での影響が余波となり、別の物語に繋がっていくのは好きです。
 バイト先の後輩である金森千秋が無断欠勤していることを不審に思った私が彼女の家に行ったところ、彼女が謎の呪いにかかっていることを知る。千秋を救うため、主人公は呪いの元と縁を切るために身に宿る力を発揮する。それから語られる狭霧の過去話での、本来いるはずの神がいなくなった空間に、人の願いにより形成された何かが実体をもち、本物と同じ力をもつようになった存在という設定がとてもおもしろく、また願われなければ力を振るうことが出来ないゆえに起きたすれ違いと結末は悲しいものでした。けれど、過去に大事な存在の命を危うくさせてしまった、願われるまま行ってきた縁切りを、自分の意志で行い新たに狭霧と千秋の縁を繋ぐことになった構図の対比が美しく、また救われた千秋が、切れてなくなった狭霧と私の縁を、再び紡ぐラストは本当によかったと思いました。
 一方で、「なるほど、やられた!」はこちらの予想を上回った時にに発動するものなのですが、今回のどんでん返しは一作目の「女性の体に別の魂が宿っている」というネタ明かしとあまり変わらぬ印象があり、予想の範囲内でした。闇の評議員の立場で「男性一人称」のレギュに合っているか確認しながら読むのは、物語へのノイズになってしまうこともあります。こちらが一作目だったら違った感触だったと思いますが、「いつレギュ回収されるかな?二作目だしそのうちされるでしょう。でもまだかな?」などと考えて集中して読めないところがあり、せっかく物語がめちゃくちゃ良いだけに勿体ない気がしました。
 縁をタチキル物語。過去との縁を断ち切り、新たに繋がった縁のこれからが気になりました。

122:遠き国より/有智子

謎の有袋類:
 こむら川でははじめまして! 長髪イケメンを愛する仲間である有智子さんが参加してくれました。
 自動的にダニエル様のことを顔に薄ら傷のある長髪イケメンだと決めつけながら読ませて頂きました。顔に傷のある長髪イケメンも、キリエ様の髪の毛を一つにまとめて下ろす凜々しいスタイルもとても素敵ですね。
 そして、僕も大好きな強くて(おそらく作中の)貴族社会の中では破天荒な女性が現れます。
 軍馬に乗って駆けたり、お酒を嗜む野生の花に例えられるオリヴィアさん。めちゃくちゃ素敵でした。
 二人の時に砕けた口調で「クソくらえですわね」という部分でキュンってなっちゃった……。すき。
 こうしてさらっと人を救うというか、呪縛から解き放つ描写がすっごく大好きで読んでいて心地よかったです。
 一人称小説だとめちゃくちゃ難しいのですが、やはりダニエル様の髪色などを知りたい気持ちがあります! これは本当に書くタイミングを逃すとずっと入れられないので難しいですよね。単なる僕の趣味なだけで本作は特に言及がなくてもめちゃくちゃ素敵なお話なことに代わりはないです。
 慣習や古い価値観に囚われていて自分に自信が持てなかったダニエルさまと、奔放で優しく強くて美しいオリヴィアさんの二人がこれからも幸せでありますように。
 めちゃくちゃ最高。

謎のお姫様:
 ふとした一言、行動で抱えるコンプレックスなんて気にならなくなるから。有智子さんの遠き国よりです。
 女性が苦手だという主人公の語りからはじまる本作ですが、主人公の心が折れるまでの描写がとても丁寧で、女性が苦手だという彼の語りに説得力があり、序盤から同情・共感することができました。
 特に好きなところが、顔の傷を嫌う人が多数のものではなく貴族の女性のみであり、さらにキリエ様という絶対的味方がいたところです。
 ルックスで嫌われるというのは現実世界でもよくある話ですので、あまりそっち方面ばかり掘り下げすぎると、読んでいて嫌な気持ちが勝ってしまうと思います。しかし本作は、全員が嫌っているわけではないし、むしろ絶対的な味方もいるという風に配置を工夫することで、終始温かい気持ちで読むことができました。
 そしてそれをさらに吹き飛ばしてくれる「オリヴィア・ローレンス」の登場により一気に物語が動きますが、個人的には少し展開がスローに感じました。
 前述のとおり、主人公の心が折れる描写が丁寧お陰でいっそう感情移入ができるものになっているのですが、中盤まで物語自体は動いておらず、そこが少しだけ気になりました。もう少し序盤から物語かキャラクターを動かして言ったもいいのかもしれません。
 オリヴィア・ローレンスの登場からは風向きが一気に変わり、とても素敵なボーイミーツガール作品だなと感じました。
 特に、顔の傷を気にしないか聞いたときの「クソくらえですわね」というセリフは、主人公の悩みだけではなく、まるで現実世界で容姿に縛られている私たちまで蹴飛ばしてくれたような爽快感があり、ユーモラスでとてもいいセリフだと思いました。キャラクターの解像度が高いから、こういう心に残る強いセリフが書けるんだと感じます。
 型破りで自由の象徴という感じで描かれるオリヴィアが主人公をダンスに誘うラストシーンも、オリヴィアの魅力が全部詰まった描写になっていて、とても好きです。
 さりげなく、オリヴィアがダンスに誘うことがどれだけ非常識かの補足説明もしていただいたので、私も彼らを眺めているモブの一人として驚くことができました。
 オリヴィアが、読んでいる私たちのコンプレックスさえも蹴飛ばしてくれるような作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 幼き頃に負った傷により呪いにかかった男と遠き国からきた女のロマンス物語。
 主要な登場人物の誰もが魅力的だったのですが、一番好きなのはダニエルです。
 その顔の傷ゆえに、駆け引きや腹の探り合いが日常の貴族社会とはほぼ無縁に生きてきた武骨な男であるダニエル。
 自分で自分のことを野獣と言っているのに、キリエ様の前で元気のない子犬のような返事をしてしまうところが、もともと内向的な少年の、たとえ体が成長しても彼の根の部分が現れるようで、外見と内面のこのギャップが彼の魅力だと思いました。
 そんなダニエルが出会ったのは、遠き国から来るなり貴族の常識慣習価値観すべてをぶち壊して進むオリヴィエ。
 貴族社会の慣習に凝り固まってきた者たちは、彼女の破天荒な行いにより、今まで信じてきたものが足元が崩れ落ちていく恐怖を感じ、噂以上に彼女はいじめられていたのではないでしょうか。
 ダニエルが考えているよりも、彼女にとって彼は慣れない王宮暮らしでの支えになってくれたのだと思います。
 生誕祭にて、キリエ様とオリヴィエがダンスするシーンでダニエルが焼きもきしてしまう場面では、彼と同じようにヒヤリとし、三角関係になる展開はやめて欲しい……と思ったのですが、そこからオリヴィエからダンスを申し込み、その破天荒さで彼の呪いまで跳ね飛ばしてくれるのはとてもよかったです。お二人のどちらかを知るものは、彼らのダンスを微笑ましい顔で見ていたと思います。
 今は押され気味のダニエルですが、近い将来、オリヴィアの故郷が隣国に攻められ、気丈なオリヴィアが精神的に弱ってしまった時に、彼女を支え隣国を蹴散らすダニエルの姿が私には見えました(妄想)
 また王太子であるキリエ様がいずれ王座につき、この国を変えていく時代には、きっと二人はよき協力者になってくれるだろうと感じました。
 とてもお似合いな二人のこれからが気になりました。とても面白かったです。

123:でかい山は山ヤマ/@dekai3

謎の有袋類:
 前回は超エモ百合小説の炎の腕(かいな)のサラマンデラを書いてくれたでかいさんです。参加ありがとうございます。
 朗らかに始まる自己紹介! そうそう山のVtuberね! と読んでいて、一気に不穏なルビ芸の山。レギュレーションハックが来たぞ!!!
 非常に読みにくいというデメリットを承知の上で挑んだ気持ちに完敗という気持ちです。
 下の文字はでかい山というVtuberがどうやってVtuberになったのかを書いてくれています。
 ルビの方はというと、朗らかに語っているでかい山というVtuberに乗っ取られた人間が隠れて危険を発しているという内容でした。
 そして、次の話にページを送ると怪しげなURLが……。
 よく見るとType-Senno/Human/ って書いてあるやんけ!(URLをクリックしてもエラーページになる) こわ!
 デメリットは本当に読みにくいことくらいですね。一旦下の文を読んでから、上の文を読むなどするなどの工夫が必要なのですが、こういう作品はWebだからこそという感じでおもしろかったです。
 紙の本でもっとうまく出来そうだけど、こう……バーチャルの存在だからインターネットでやったほうが盛り上がるよね!
 SFチックなバーチャルの存在からの侵略をうまく表現したお話で、親しげに話しかけてくるような相手は信用しないようにしよう! というのをわけのわからないURLは踏まないようにしようね! という教訓のお話でもありました。

謎のお姫様:
 今はまだ無害、しかしこれからどうなっていくのか。@dekai3さんのでかい山は山ヤマです。
 緩急の付け方がとても巧みで、とても面白い作品でした。
 私はこういう、”やりたいことが明確”で、それを書くためだけに全てを懸けている作品がとても好きなので、全ての仕掛けを大変堪能させていただきました。
 バーチャルYouTuberのでかい山さんというコンテンツは既知でしたので、「ああ、なりきり自伝ものか」と思いながら最初の段落を読んでいましたが、「助けてくれ、」からの落差が本当に素晴らしく、鳥肌が立ちました。
 ホラー作品で最も大切な要素は恐怖ポイント直前の緩いパートだと思っています。そこが丁寧であればあるほど、落差が際立ち恐怖心を煽られると思うのですが、本作はバーチャルYouTuberのでかい山さんというコンテンツごとホラーの前振りに使ってきたので、少々盤外戦術感はありつつも、恐怖の基本を押さえた本格ホラーになっていると感じました。
 ひとつだけ気になったところとして、本作は一文を二回読まなければならないという構造になっています。しかし、スマートフォンから読むとややひとまとまりの文章が長く感じ、読むのがつらい部分がありました。
 かなり意識して段落分けをされていたと感じますが、もっと細かく分けてもよかったかもしれません。PCから再読するとあまり気にならなかったので、もしかすると見る媒体により印象が変わるかもしれません。
 ルビで裏の話を進めるという斬新かつ大胆な発想の出オチ小説ではなく、SFパートもしっかりと理論が練られていたところも好きです。
 これも少々盤外戦術的ですが、バーチャルYouTuberのでかい山さんと@dekai3さんの二人を知っているからこそ、「これは本当にあった話なんじゃないか?」と思ってしまうほど、科学的で説得力のある説明だったと思います。
 また、自身のバーチャルYouTuber属性を活かしたギミックとルビギミックの二つだけではなく、カクヨムを語り読者の世界にまで侵入してくるギミックもあり、その三つすべてが面白かったです。
 ギミック、語りの悲痛さ、読んでいる没入感と、どれもが高水準でまとまった素晴らしいホラー小説でした。
 読んでいてとっても楽しい作品だったヤマ!ありがとうございマウンテン!!

謎の有袋類:
 こ、ここにも乗っ取られたやつが……

謎の原猿類:
 ちょこちょこタイムラインに流れてくるバーチャル山のでかい山さんの書いた物語。これまで120作品以上読んできましたが、Vtuberによる自己紹介形式のものは意外になかったなと読み進めていたところ、いきなりのルビにビビりました。どれぐらいビビったかと言いますと、最終兵器彼女のちせが追手にのみ話が聞こえるよう、二重ボイスになった瞬間のアレと同じぐらいの恐怖を感じたほどです。
 不要なデータの山が圧縮と統合を繰り返して形を持ち複雑化し擬似生命が生まれた経緯は、原始のスープから生命が誕生する流れそのもので、非常に説得力がありました。誰かの意図と関係なく偶然生まれたために、善も悪もなく、生まれて初めてみたキラキラに憧れる姿は純粋そのも。本編だけならば応援したくなるのですが、もう見え隠れするレベルじゃないルビから聞こえる叫びが彼の恐ろしさを語り、表の顔と裏の顔の使い分けにゾッとしました。賢く臆病で生存力に特化した存在ほど怖いものはありません。
 彼のようにネット世界から現実へと手を伸ばしてこれる存在が完成し、さらにもっと同じ存在を増殖したら被害拡大の一途を辿るのでは……?でもまだ生まれたばかりだし、ルビの存在が思っているより対話ができるかもしれない儚い希望は、カクヨムから届いた案内のURLに書かれているのType-Senoにより打ち砕かれました。洗脳する気満々だコレーー!!悪意がある行動なら、目的をある程度予想できるのに、キラキラを求める彼がこれから何をしていくのか一切読めない怖さがありました。
 めちゃくちゃ面白いのですが、とんでもなく読みづらいです。私の脳では聖徳太子のごとく、話を同時に聞くのは無理なのだと改めて思いました。英語字幕と日本語字幕の同時視聴はそこまで違和感なくできるのに、相反する内容が並ぶとここまで目が滑り頭の中がごっちゃになるのだと初めて分かりました。でも読みづらいと思うのに、しばらく読み進めると不思議と頭に内容が入ってくる。なんでしょうこの感覚。恐らく読み方が分からないから最初は混乱したものの、途中で脳が順応している感じがしました。
 偶然擬似生命を持ち、どんなサイトにも訪れる事が可能なフレンドリーなでかい山さん。人間さんと彼がどんな関係性を築いていくのかとても気になりました。

124:死んだら天国と地獄を選べることになった/きなこ

謎の有袋類:
 第三回の時には、学祭を通して人が仲良くなる話、ナインリッヒーズの祝福で参加してくれたきなこさんです。参加ありがとうございます。
 今回でなんと二作目! 約一年半ぶりの小説ですね。またお話を書いてくれてとってもうれしいです。
 今作は、お人好しの男性が最後までお人好しだったのでギリギリ助かるお話でした。
 天国っぽい世界の描写や周りがなんとなく暗くてキラキラしているみたいな描写がとても綺麗ですごくよかったです。
 一点なにかあるとすれば、最後の結末部分です。
 現実に近い話だと、些細な現実との違いが気になる場合があるのでリアリティラインを探ってみるとお話の邪魔をするノイズが少なくなるので、強い理由がないのなら棺桶から生き返るよりも、治療中のベッドで生き返った方がいいのかもしれないな? と思いました。
 道中で会ったのがお葬式やお通夜に来てくれた方々という比喩がもしあったのなら、それを入院中に来てくれた方みたいにすることも可能かな? と思ったので。
 ですが、講評だからとあえていっただけで、このままでもほっこりするとても良いお話でした。
 道中の試練で無視しても良いのに、口を開かないように応じるところや、子供を助けてしまうところに主人公の人柄の良さへの説得力があってすごくよかったです。
 書けば書くほど伸びる作者さんだと思っているので、今後もコンスタントにお話を書いて欲しいなーと思ってます!

謎のお姫様:
 一度死んだくらいで、優しさは治らない。きなこさんの死んだら天国と地獄を選べることになったです。
 子どもを救って死んでしまった主人公が、天国に行くために試験のようなものを受けるという本作ですが、雰囲気が重すぎず、でも死というテーマ自体は真摯に扱っているというバランス感がとてもよかったです。
 主人公が死んで知ったことをある程度受け入れているためか、「というか、俺の名前を知っているんだな。」「俺はもう死んでしまったけどさ。」など、自分を俯瞰的に見ている語りが本作の絶妙な雰囲気を際立てているんだと感じます。
 天国への階段を昇っていく描写も、主人公の走馬灯を見ているような感覚でとても臨場感がありました。走馬灯形式にすることにより、友人や恋人、家族との関係や今を描くことで主人公の性格がどんどん深堀られていく構造も、物語の進行とキャラクターへの感情移入を並行して行っている大変無駄のないものでした。
 ただ、再び子どもを救ってしまって蘇ったところは、もう少し描写を増やしてもよかったのかなと感じました。
 天使的ポジションの少年が絶妙に絡み、意味深な発言をするせいで、”この天国へ行くシステムがいったい何だったのか”という疑問が浮かんでしまいました。どうして口を開かせたくないのか、どうして子どもを救ってよかったのか、誰が得したのかなど、おそらく本筋とはあまり関係のないことを色々と勘繰ってしまいました。
 本筋と関係ないところはバッサリとカットするか、疑問が浮かばないくらい丁寧に解説する(もしくは匂わす)のどちらかに振ったほうがいいかもしれません。
 私は特に、「お人好しが過ぎて地獄行きか」というモノローグが好きです。
 タイトルにもあるように、主人公は天国か地獄か”選べる”状況にありました。一度は天国を選び、そのために友人や恋人、両親に声をかけるのも我慢したのに、溺れている子どもを助けてしまった。しかし彼はそれすらも俯瞰的に見つめています。
 まるで、”自分がそうしてしまったのなら、仕方がない”とでも言うように。
 最後まで人のために生きて、そんな自分の一番の理解者になっている主人公は、芯がしっかりしていてとても格好いいキャラクターだと感じました。
 きっと彼はまた自分の身を投げ出してしまうんだと思います。それでも、彼がそんな自分を認めているのならそれでいいと、心の底から思える作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 トラックにひかれそうになった子供をかばって事故死した場面から始まる物語。異世界転生と思いきや、主人公が辿り着いたのは天国と地獄の別れ道。
 口を開けることなく、階段をのぼりきれば天国にいける簡単なルールは、神話や昔話によくみられる「見るなのタブー」に似ていて、禁じられてしまったからこそ破ったらどうなるのかのドキドキがありました。
 そこから色々な「口を開けそうになる」展開は、杜子春のような試練の連続。冒頭で、両親よりも先に死ぬなんて親不孝かもしれないけれど、と言っていた山本が、彼の死を悲しむ両親を見せられるシーンは、非常に悲しい場面で、彼が天国と地獄を選べるようになったのは、子供を救った善の行いと、親より先に死んだ罰の両方を天秤にかけられているのかと思いました。
 けれど最後の試練に待ち受けていたのは、溺れる子供。天国へ行く道を捨て、迷うことなく少年を救う選択肢を選ぶのは彼がどこまでもお人好しさだと分かりました。
 けれど開けると地獄行きになるのに開けてしまった口。誠実な彼をどんな罰が彼を待ち受けているのだろうとビクビクしていたら、現世に蘇るラストは本当によかったと思いました。
 交通事故死ならば体の損傷が激しいと思うのですが、彼が目覚めた時にどのような状態だったのか気になりました。個人の好みですが、この辺り補足があるといいなと思いました。
 天国と地獄を選べる別れ道。口を開けてしまったらいけないタブーを課せられた彼の選択。彼にはまだまだ生きて親孝行をしてもらいたいなと思いました。

125:出待ち/瑠璃立羽

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 ヤバいファンと売れないけれど一生懸命にネタ合わせをしている芸人さんのお話でした。
 芸人さんのネタというものが、何度も調整されて出来るというのを初めて知っておもしろいなと思いました。
 そして主人公と相方の関係性もめちゃくちゃよかったです。
 家を特定されるよりは、自爆してくれた方がよかったねとは思うので、結果的には相方くんが主人公を救った形だと思うのですが、主人公は良い人だったのでアッパー系のメンヘラの自傷行為は刺激が強すぎたことがとても悲しいお話だなと思いました。気絶して通報が遅れたことできっと死んでくれると思うのですが、悪霊として主人公に取り憑く続編にも出来そうで素敵な終わり方だと思いました。
 数日後か数年後になるのかはわかりませんが、いつか主人公の鉄板のネタになることで血肉になってくれるはず……。
 厄介ファンさんだけうまく天に召されてくれることを祈るばかりです。
 作品がまだカクヨムには二作だけの作者さんです。今後も創作を続けてくれたらいいなと思います。

謎のお姫様:
 度を越えた愛は、凶器だ。瑠璃立羽さんの出待ちです。
 厄介なファンに付きまとわれ恐怖体験をするという、結局人間が一番怖いということを思い出させてくれるホラー小説でした。
 最初はホラーと思って読んでいなかったので、売れない芸人にも春が来てよかったね、という気持ちで読んでいました。その分落差がとても大きく、終盤加速する恐怖描写のスピード感がとても楽しかったです。
 メインキャラではありませんが、善慈くんが本当にいいキャラクターだと感じ、私はとても好きでした。
 モテて嫌な奴だけどお笑いにはまじめでセンスもあるという、天才肌タイプですし、何より恭太郎くんのことを本当に大切にしていることが伝わってきました。
 ネタ合わせをまじめにやるところはもちろん、カップケーキをごみ箱に捨てるなど、本当に彼が好きだという描写が好みです。
 ただ、私が読み飛ばしていたらすみません。結局スベった理由って明かされましたでしょうか。なんとなくファンの子の呪い(その時点では人間かどうか確定していなかったため)みたいなものかな、と思いながら読んでいたのですが、どうやらほかの組もスベっていたようで、しかしその理由が明かされることなく女性との一騎打ちパートに差し掛かったような印象です。重大な読み飛ばしをしていたら本当に申し訳ないのですが、もし、描写されていないなら、使われない設定は物語を読んでいく上でのノイズになってしまう可能性がありますので、カットするか、意味深に描かなくてよかったかもしれません。
 ファンの女性の想いの丈を叫ぶパートがすごく好きです。
 厄介なファンならではの歪んだ理論でありつつ、彼女が抱える愛がばっちりと伝わってきて、この女性は本当に恭太郎くんが好きなんだなと説得力がありました。
 食べてください→抱いてください→殺してくださいの三段活用もぶっ飛んでいて好きです。(善慈くんが事前に童貞イジリをしていたことが伏線になっているとは思いませんでした)
 女性がカッターで首を切り裂いてからの描写は臨場感がとても強く、本当に映画のワンシーンを見ているような感覚に陥りました。
 初めてのファンがこんな女性で、きっと恭太郎くんはもうまともな芸人活動ができないとは思いますが、彼は本当に悪い人ではないので、できれば幸せが訪れてほしい。そう祈りたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 しがないお笑い芸人に訪れる試練の物語。
 芸人たちの表舞台ではみられない、裏事情の話が好きです。
 お笑いはたまにテレビで見るぐらいなのですが、芸人たちはこうして小さな劇場で新ネタを披露していき回を重ねて、どんどん洗練させていくのだと初めて知り、へー!そうなんだと思いました。
 佐々木のどこまでも真面目な様子は、ネタを全力で作っているのだろうと感じ、また彼の相棒である善慈はズボラですが、人に好かれ笑いの天才的な感性をもっており、彼とコンビを続けていれば、ゆくゆくは成功していくのではと思わせるものがありました。
 そんな佐々木を出待ちしていたのはメンがヘラった人。話には聞くけれど、目にしたことがないため実在するのか不明の、私の中ではサークルクラッシャーやオタサーの姫と同じ箱に入る存在です。体験談(?)を聞くと、日常生活への境界なき侵食具合に驚きます。
 彼女と再会した時が、劇場から離れた場所で自宅には近そうな場所であるあたり、もうとっくに自宅は特定されているのではないでしょうか。
 もし相棒がカップケーキを捨てなかったら、彼の性格上、捨てられずにいた紙袋を今でももっており、彼女にその場で無理やり食わされていたのではと思うほどの凄みがありました。
 中に本当に何も入っていないのでしょうか?紙袋があると結構かさばるため、中身だけ入れ替えて紙袋を捨てることは普通にあるとは思うのですが、食べていないと確信しているのは彼女の思い込みによるものなのか、もしかして他に何か仕込まれていたのではないかと勘繰るものがありました。
 弾丸特攻して来て、ジェットコースターばりに起伏の激しい感情変化を見せた彼女のラストは壮絶なものでした。でも偶然キスをしたようにも思えるので彼女にとっては、望んだ最後だったのではないでしょうか。
 もし彼女が生きていたら、山本にとっては、日常生活に常に暗いオーラを放つ存在になり日に日に精神を削られていったのではないかと思います。何かライブに悪影響をもたらす呪いも放っていたように見受けられましたし、一生傷に残りそうな当たり事故ですが縁が切れてよかったと思いました。
 ですが、この人なら私のことをすべて受け入れてくれる、と思われしまう人は、往々にしてそんな感じのオーラを放っており、これからも佐々木は新たなメンヘラに見出されてしまうのではとも感じました。
 相棒である善慈の、危険を察知する能力で佐々木の今後を守って欲しいと心から思いました。頑張れ善慈!

126:夜明け/@Pz5

謎の有袋類:
 いつも難しい話を書いてくれるPzさんです。参加ありがとうございます!
 基礎教養が足りない……という僕の力不足で読み落としが大量にあると思います。すみません。
 隠れキリシタンの二人が捕まってそれぞれ拷問的なものを受けていて、片方は神にキレて転び(転ぶがなんの比喩かはわからなかったのですが、多分信仰を捨てる的な意味っぽい)、片方は神への愛を胸に殉教したのでしょう!
 ところどころルビは振ってあるのですが、そういう素養のない人を全力で振り落とす仕様なのと、似た内容が二度繰り返されるので意図はわかるのですが間口自体はめちゃくちゃ狭いのだと思います。
 万人受けにするのか、知ってる人だけにわかればいいかはPzさんの好みで選んで好きな道を突き進もう!
 僕は実際に見てないのですが、何度も映像化されている「沈黙」という作品と時系列なども同じだったり、神への問い掛けも多分王道的なものだと思います。
 めちゃくちゃメジャーエピソードである鶏が鳴くエピソードや、神がキレて硫黄の雨を降らしてソドムを燃やしたエピソードなども盛り込んであるので多分聖書を読んだことがある人や某目覚めた二人が立川で長期休暇を取っているマンガを好きな方だと「おお!」となると思います。
 なんとなく、舞台向けの話で話がきりかわるたびに片方にスポットライトがあたって話していくというような形式だととても映える構成だなと思いました。
 僕は要素を拾いきれなかったですが、きっとわかる人にはとても良い作品なのだと思います。
 神との対話、神への疑問の投げかけ、そして信仰について描いた興味深い作品でした。

謎のお姫様:
 捉え方は人それぞれで、どちらがいいということもない。@Pz5さんの夜明けです。
 初めに、すみません。私の読解力がなくて全然解釈間違えてたら本当に申し訳ないです。もし本作がある程度前提となる知識が必要な作品でしたら、私はその前提知識を持っていないので少しふわふわとした講評になってしまっていると思います。
 本作は二人の宣教師が同じ処遇を受け、それぞれがどう感じ、どう行動するかを描いた対比の作品でしたが、細かいところが凝っていて読み比べるのが楽しかったです。
 サブタイトルの”あなずり”と”あなづり”、”棄教”と”殉教”がオシャレな対になっていて、内容も例えば”あなずり”と”あなづり”では、受動と能動や壊された教会に対する考え方の違いなど、上げていけばきりがないですが、二人の人間の捉え方の違いが綺麗に対比されていると感じました。
 ただ、私の理解力が乏しいことは前提にあるのですが、それでも少し難解な小説だと感じます。
 言葉選びが格好いいのですが、それゆえ日常生活で使うような単語ではないので、丁寧に読み比べて初めて綺麗な対比になっていることに気が付きました。
 一瞬、コピペかなと思ってすらしまったので、私みたいな一言一句丁寧に文字を追って小説を読まない人を刺すためには、一行目からわかりやすく対比であることを示したほうがいいかもしれません。
 棄教と殉教でもその対比表現は健在で、デウスへの愛を棄てたものと、デウスへの愛へ殉じたものの二人の、考え方の違いやモノローグの差分を見比べるのが楽しかったです。
 また、宗教に関して全く知識を持っていない私でもお話を最後まで追えるように、モノローグの中に説明や補足を忍ばせているところもとても巧みだと感じ、難解な小説でありつつも最後まで違和感なく読めました。
 心を刺すような悲痛な叫びと、対比表現がとても美しい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 読み解くのが非常に難しかったため少し長い感想になります。すみません。
 本編を読んで思い浮かべるのは、遠藤周作の沈黙です。
 はるか昔に読んだので記録は朧げですが、ロドリコが転ぶきっかけとなった凄惨なシーンと踏み絵を踏む場面は今でも覚えています。
 人が他者に非道な仕打ちをしても罪悪感が芽生えない条件の一つに、己とかけ離れた存在と思わせることが肝心である、と何かで読んだ覚えががあります。
 宗教は時代や世代や人種がバラバラな人々を一つの集団にまとめる大きな力をもつ一方で、死生観や道徳倫理慣習の異なる異教徒は、己の属する集団とは異なり神の愛をしらぬため、彼らに教えを広めるたに、という建前の元、侵略行為を正当化するのはシステムとして有効だなと考えることがあります。
 本編は二人の宣教師の物語。
 同じ立場にありながら棄教したものと殉教したものので、どこまでも対照的です。
 一番印象に残ったのは2人の改修した大名への目線です。
 棄教した宣教師は大名が頭を垂れたと回想していますが、彼の言葉には、異教徒を神の名のもとに頭を下げさせたことに対する喜びを感じ、どこか上から目線の傲慢さがあると思った一方で、殉教した宣教師は、大名さえもが加わったと回想しており、神の愛が世界へと広がっていくことに喜びを見出すようでした。神に何を求めるかの違いが、彼らの運命を隔てたように思いました。
 役人たちが二人が異教徒であるからという理由で恐ろしい拷問にかけるのも、信念のもとに喜びをもってそのまま果ててしまうもの、同じ宗教という概念からくるもので、人の心に安寧をもたらすはずの宗教の別の面を恐ろしく感じる物語でした。異郷の地にて、二人の宣教師が迎える夜明けの物語。彼らの魂に祝福が訪れるといいなと思いました。

127:まめなるもの。/雪屋 梛木(ゆきやなぎ)

謎の有袋類:
 第二回こむら川では、某おさるの教育アニメをオマージュした推理小説で参加してくれた雪屋 梛木さんです。
 今作は不思議な豆のお話でした。
 大豆を研究している研究者のもとへ来たそら豆、そしてそら豆は女性の形になっていき……というお話です。
 それなりに長年生きるっぽい豆製人類で、最後に主人公も豆であることが明らかになります。きっと主人公は大豆なのでしょう。
 遠藤教授もきっと豆で、彼らは研究所の中で豆を研究するように育てられた種族なのかもしれないなと思いました。
 6000字という上限なのでこういう回想形式が書きやすいと思うのですが、ずっとモノローグだと物語の起伏が控えめになってしまう難点があります。
 この作品は下限ギリギリの字数なので、次世代の豆を育てつつ、そら豆さんとの別れだけリアルタイムで書くなどするとエモが更に高まるのではないのかと思いました。
 豆なるものというタイトル回収や、話タイトルの∞(まめがならんでいるように見えるのも好き)など細かい部分でもクスッとくる作品で、読んでいておもしろかったです。
 そら豆さんの名前は、どうなるのかも気になります。きっと立派な女性研究員になり、また次世代の豆を育て、別れを経験すると共に、別の豆人類に次の出会いを提供するのでしょう。
 とても素敵なSF(少し不思議)なお話でした。

謎のお姫様:
 過去から未来へと、受け継がれていくもの。雪屋 梛木(ゆきやなぎ)さんのまめなるもの。です。
 私は測定機に話しかけるタイプの理系大学生でしたので、大豆に話しかける研究者という主人公にすごく共感しながら読んでいましたが、本作はリアリティラインの引き方がとても巧みだと感じました。
 主人公が大豆に向かって淡々と俯瞰するように話す、という作風のため、多少変なことが起きても受け入れられるような語り口になっていたと思います。そのお陰で、そら豆が女性サイズに育つ、という少し不思議要素もすんなりと受け入れることができました。
 ただ、私の理解力が弱いせいなのですが、主人公がどのタイミングで自分の出自について知っていたのかがわからず、ラストで少しだけ戸惑いました。
 最初読んだときはてっきり「私の子も、ようやく親心というものを知ったようだ」という遠藤教授の言葉で気付いたものだと思っていたのですが、「腕によりをかけて大豆のフルコースを用意した」という描写やラストでやけに自分の運命を受け入れていることから、知っていたんだろうな、と思い直しました。しかしそれだとそら豆が育った時に焦った理由がわからなくなりました。
 主人公と一緒に驚いたらいいのか、主人公は知っていたけど読者だけ騙されたのか、ということがはっきりしていたほうが、無駄なことを考えず驚けたと思います。(本件は私の読解力が低そうです、すみません)
 また、遠藤教授というのもとても素晴らしい伏線ですね。こういう最初は気が付かないけどあとから「ああ!」となるさりげない伏線が本当に好きです。
 そら豆の彼女が大人になっていく成長の描写と、主人公の葛藤の心理描写がとても丁寧で素晴らしかったです。特に主人公が”もっと一緒にいたいけど、もっと大きな場所で成長してほしい”と自分の本音をぶちまけるシーンが大好きで、狭い研究室に閉じこもっていた主人公が、ひとつ成長したんだなということが伝わってきました。
 きっと今育てている大豆も立派な研究員になるなどして、大きく成長していくんでしょう。人間のような豆という不思議な舞台設定でしたが、人間の成長や親子の絆というテーマを感じられる、とても暖かい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 真面目なるもの、と思ったら豆なるものでした。そんな豆の物語。
 大豆に語りかける男から始まる導入。イヌやネコに話を聞いてもらうことはよくあることですが、どうして彼は大豆なのか。非常に先が気になりました。
 もらった大豆を育てたところ、生まれたのはそら豆に顔と手足が生えた奇妙な女の子。不思議ワールドへずいっと突入しますが、根底にある親が子の成長を喜ぶ心情は同じもので、初めての豆育てに苦労しながら対処していく姿はとても微笑ましかったです。裸が可哀想だと白衣を着せてあげたら、光合成ができなくなる場面が好きです。
 けれど成長をして物事を自分で判断できるようになると、いつまでも庇護されるままではいられません。彼女が見て育った畑野教授のように、別の豆の研究をしたいと飛び出してくのは、いつかそんな日がくると分かってはいても止めたくなる彼の寂しさが伝わるようでした。
 ですが、遠藤教授の言葉に、畑野教授もまたそら豆の彼女のように反発して出ていった姿が思い浮かびました。遠藤教授もまた彼らと同じようにエンドウマメなのでしょうか?
 冒頭で語りかけていたのは、いつまでも子の幸せを願う親心が伝わるとてもよいラストだと思いました。
 一方で、主人公が大豆料理を愛する姿や大豆フルコースを振る舞う姿に、これは共食いなのではと感じました。育てると人間になる豆人間とただの豆の違いがもう少し明確だと世界観がより分かったと感じたのですが、これは個人の好みかもしれません。
 さまざまな豆たちの願いと成長の物語。彼女もまた畑野教授の気持ちに気づく日がくるといいなと思いました。

128:新機軸・夢の機械/和菓子辞典

謎の有袋類:
 こむら川でははじめましての和菓子辞典さんです。参加ありがとうございます。
 新しい技術を開発した男二人の物語でした。
 技術に関して等の知見がないので読み落としている部分があったらすみません。
 USBに人の海馬にアクセスする技術が入れられていて、それをどこかに挿すと他人の記憶にある映像を感情込みで再生可能で、PCで情報を補完するソフトも開発済みというものでした。
 これは和菓子辞典さんがご存じかわからないのですかCyberpunk2077という作品のブレインダンス(BD)というシステムに似ているのかなと思いました。
 BDも中枢神経系と接続して他のサイバーウェアを制御するインプラントとサイバーモデムを改造した比較的安価な機材を使用して、思考、感情、身体感覚すべてを電子データとして記録し、記録した体験を正確に追体験するシステムです。特別なレコーダーを搭載して記録をすれば、他人の記憶を追体験ことも可能です。
 もしご存じなければ創作の参考になれば幸いです。
 参考サイト→ https://jp.ign.com/cyberpunk-2077/49041/opinion/2077trpg
 どうやってUSBを通して海馬にアクセスされるのかという説明や、主人公が発見したUSBを何に挿入して再生したのか描写がなかったので、もしかしてこの世界はサイバーパンク的な近未来の世界で林と熊野は体を改造しており、体にあるソケットなどに記憶媒体を挿入しているのか? など想像が広がりました。
 もし、これが想定外の想像でしたら、なるべく細かく誰がどんな行動をしたのかを描写すると事故が防げるかも知れません。
 小説というものは特に作者と読者に情報量の差があると思っています。こちらの作品は字数も下限ギリギリなので、夢の中での荒唐無稽な想定とは言っても主人公はその研究をしているのですから、ある程度の説得力のありそうな舞台の設定、場面の描写や心理描写を細かく書いてあげると読者にとって親切なのかもしれないなと思いました。
 主人公と熊野の憎悪とも愛情とも言い切れない複雑なクソデカ感情を和菓子辞典さんは描きたかったのだろうなというのは伝わってきました。
 主人公が見た記録や出来事のどこまでが夢でどこまでか本当なのか読者にはわからないのですが、愛憎入り交じった二人の関係性はとても良いと思います。
 これからもたくさん作品を読んだり書いたりして、ぐんぐん強くなって欲しい作者さんです。

謎のお姫様:
 人の記憶に、感情に入り込むことは、きっととても幸福なことなんだろう。和菓子辞典さんの新機軸・夢の機械です。
 VRに関する独自考察から殺人描写へと繋がる導入はスピード感があり、人を殺してしまったけれどそのこと自体は後悔しておらず、自分を俯瞰で見ている主人公のキャラクターも伝わってくる、とてもいい冒頭だと思いました。
 まだギリギリ息のある熊井と話しながら装置と一緒に二人の関係性を掘り下げることで、天才熊井と秀才主人公の構図が見えてくる構成も、無駄がなく読みやすかったです。
 特に、「ああ、はは、この男、わかったよ、天才だ。」という、改めて熊井の天才さに気付くシーンの読点、感嘆詩の使い方が印象的で、彼の絶望が感じられる素晴らしいモノローグでした。
 ただ本作は人の感情まで再現する機器をテーマにしているため、SF理論と時系列がどうしてもやや複雑になってしまいます。こういう作品は、一瞬でも「ん?」と思ってしまった読者を置いていく性質を持っているため、数行流しても理解できるくらい状況を説明しすぎていいのではないか、と個人的には思います。冗長になる可能性もあるのでバランスが難しいですが、もう少し状況説明を水増ししてもいいかもしれない、と感じました。
 死ぬ間際の、「やっぱり、大事な気持ちならずっと覚えていられるなんて……嘘なんだ」という熊井のセリフがオチに効いてくる構造がとても好きです。
 記録再生の描写を一つ挟むだけで、この機械がいかに危険なものかと、主人公がはじめた物語だったことがわかるところも美しくて、和菓子辞典さんは一つのシーンに様々な意味を含ませる感覚がとても優れているんだと感じました。
 最後は、夢のような機械のせいで狂ってしまった主人公が幸せな夢に縛られて終わるという、ホラーともとれるし、かつての親友を殺してしまった主人公にとってはハッピーエンドともとれるオチになっていて、色々と考えさせられる小説でした。
 人間は弱い。逃げる。”今”の彼の感情が突き刺さる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 何度か読み直したのですが、内容を理解できたかと言われると非常に難しいため、そのような感想になります。すみません。
 難しいと思ったのは、時系列の順番、そしてどこまでが夢なのか現実が分からなかった点です。
 新機軸・夢機械という題名のとおり、現実と夢がごっちゃになる描写を目指したものだと思い、あまり自信がないのですが、この物語は熊井を殺す場面(現実)→過去の熊井の記憶→妄想という流れだと解釈しました。
 熊井に対して林が一方的なクソデカ感情を向けていたと思っていたら、熊井もまた林自信が忘れていた記憶をUSBに入れておくぐらいに意識していたことが分かる描写は好きです。その結果、林は彼の危惧したとおり、過去に囚われ帰ってこれないように感じられ、人類にはまだ早すぎる発明だと思いました。世にも奇妙な物語のような手触りの物語でした。

129:神罰の島/左安倍虎

謎の有袋類:
 第三回のときは硬派で重厚なファンタジーメナンドロス王の問いで参加してくれた左安倍虎ニキです!参加ありがとうございます。
 今回は、メデューサとペルセウスの伝説を別側面から描いた作品でした。
 メデューサと呼ばれる美しい女は、ポセイドンを名乗る男からの誘いを断ったことで魚が不漁になったため、島を栄えさせるために美しさで観光客を増やそうとして、呪われてしまいます。
 この世界には恐らくペガサスもいないということが示されていたりして、ここからあの伝説が生まれたのだろうなということを知っているとちょっと嬉しくなるのも好きです。
 王の二面性を知らされ、不本意ながらメデューサと戦うペルセウスが、彼女に助けられながらも勝利するところや、首を持っていって彼女の本懐を遂げるというお話がとても綺麗で好きでした。
 逸話や伝承というのは変えられてしまうし、真実とは限らないということがわかる素敵なお話でした。
 久し振りに左安倍虎ニキのお話を読めてめちゃくちゃうれしい! またお時間や余力があるときにお話書いてくれたらうれしいです。

謎のお姫様:
 語られらない歴史、討たれる側の歴史。左安倍虎さんの神罰の島です。
 ペルセウスを疎ましく思ったポリュデクテスが、メドゥサのいる島に彼を送り込んだギリシア神話を元にしたお話ですが、ギリシア神話にあまり明るくない私でも簡単に舞台背景、人間関係、展開を理解することができ、それでいて説明ばかりになっておらず、情報の出し方がとても巧みな小説だなと感じました。例えばヘラクレスやアテナ、ゼウスなど本筋に関係のないキャラは登場人物の発言で「なんとなくすごい人なんだろうな」ということだけを伝える、不要な情報をカットして雰囲気だけ伝える手法が素晴らしいと思いました。
 ただ一文、「この男は愚者として歴史に名を刻むだろう」というラストのモノローグだけ少し気になりました。ギリシア神話に明るくないので、ポリュデクテスがどういう存在なのか知らないのですが、この話だけ読むと乱心したペルセウスに討たれた王という構図に見えます。(ペルセウスが王を盲信していたように、セリフォスの人たちは彼を信じているでしょう。事実衛兵はペルセウスに立ち向かっています。)
 私の解釈が間違っていたらすみません。ただ、綺麗なストーリーラインの中でそこだけ気になってしまいました。
 老婆との会話、メドゥサとの会話の中で、ペルセウスもメドゥサも両方とも株が下がらないのも好きです。どちらかが負けるという構図の中で、ポリュデクテスという共通の敵を作ることでダブル主人公のように描ききっていて、とても強いキャラクター小説になっていました。
 島にたどり着いたペルセウス、メドゥサの邂逅と真実の開示、戦闘、討たれたメドゥサの首で神をにらみつけるというストーリーラインが本当に綺麗で丁寧な起承転結でした。
 ペルセウスが今後どう語られていくのかはギリシア神話を読めばわかるのかもしれませんが、もしそこにメドゥサがいないならそれはとても残念で、この二人が神に挑んでいく話がもっと読みたいと思う作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 ギリシャ神話を下敷きに再解釈した物語。
 初めてメデューサ(ゴルゴン)の存在を知ったのはドラえもんでした。
 ペルセウスの名前を知らなくても、メデューサならばゲームや漫画媒体を通じて一度は耳にしたことがある圧倒的な知名度を誇る存在だと思います。なんといっても見てしまったら石になってしまう力の恐ろしさ。元気に動いていた者が、恐怖に引き攣った顔のまま固まってしまうのは底しれぬ怖さがあります。
 けれどこの物語におけるメデューサと呼ばれるフィオナは、後世に語られるように闇雲に人間を石にせず、好戦的でもない。理性と知性のある女性です。それゆえに、己の置かれたどん詰まりな状況を理解しており、島の未来を思い命を差し出す覚悟を決めた姿には悲壮さがありました。
 一方でペルセウスは英雄らしくなく弱気で、でも誠実で心根の優しい人物。彼ならば首をとられてもいいと思うフィオナの気持ちが分かるようで、首になった彼女とペルセウスの二人が王を打ち果たし、神さえ睨みつけるラストは非常に良かったです。
 一点、気になるのはペルセウスの母の安否です。王に連れ去られたという噂以降、音沙汰がないので生死が非常に気になったので一言でも彼女の進退が分かるといいなと思いました。
 正義の化け物退治の、裏側の物語。英雄談に隠された、蹂躙された者たちの悲しさの伝わる物語でした。

130:迷えど地獄/大塚

謎の有袋類:
 とても良い黒髪長髪イケメンを書いてくれた大塚さんの二作目です。
 こちらも美しい男が出てくるのめちゃくちゃいいですね。こちらは人でなしの美しいヤクザと、親の敵に魅入られてしまった主人公のお話でした。
 殺し屋おじいちゃんがビルケンシュトックのサンダルを履いてるの妙な質感があって大好きです。しっかりとした良いメーカーですよね。
 様式美だと思うのですが「意識が途切れた」と書いた後も描写が続くので、これはギリギリ生き延びてあの時のことを思い出しているのか、それとも意識は途切れたけれど思考の残滓なのかな? と少し迷ってしまったので「意識が途切れた」でバツッと切ってしまい、ページを変えてから残りの供述を書くなどすると、ノイズが少なく更にかっこよくラストを締められるのではないかなと思いました。
 人でなしの描写が本当に良くて、主人公が「もしかして自分は特別なのかな」と思っている描写のあとに容赦なく主人公を盾にした瓜生さんが本当に大好きです。 
 いいぞーーー! 本当におもしろ半分で主人公をそばにおいて、バカな奴って可愛がっていたのかー!というとても温かな気持ちになりました。
 悪の華が散ってしまうのはとても美しくて残酷ですね。
 あと「幹部会の空気は緩んでいた」を二度書くのがすごく僕は好きな演出です。
 こういう細かいリズムの調整というか「ここから何かあるぞ」というジェットコースターで言う大きな坂を登ることを示してくれる親切さのお陰で読んでいてとても心地よかったです。
 好きなものを好きなように書けていると思いますし、僕は美しい人でなしが大好きなのでとても大好きです。
 これからも好きなものをがっつり書いてくれるとうれしいです。

謎のお姫様:
 地獄にて、見つけた道も、また地獄。大塚さんの迷えど地獄です。
 本企画二作品目となる大塚さん。一作品目では死んだ三神と海で会う主人公の心理描写と二人の関係性がとてもよく、叙述的なトリックも仕込まれている作品でした。
 本作では瓜生とそれについて行ってしまった主人公の悲惨な最期が描かれていますが、きっと大塚さんはノリノリで描いたんだろうなというのが伝わってくるくらいスピード感のあふれる展開で、面白かったです。
 直接的な言葉はなくても、基本的に瓜生さんが主人公を見下している感じがわかるところがとても好きです。それがわかるからこそ、最期盾にされたシーンも唐突というより当然に感じられて、小さな所作や発言で人間関係を切り出すのがとても素晴らしかったです。
 ただ本作は、最初から可哀想な主人公と瓜生、伝説の殺し屋立花の三人で話が進行していくので、感情の移入先がいませんでした。
 これは個人的な小説の読み方の話なのですが、私はキャラクターの誰かに感情移入をしながら読んでいくタイプですので、移入先のいない本作はラストのカタルシスを感じにくかったです。
 立花が日本刀で組織を壊滅させるシーンはとても疾走感があり、好きでした。衰えを知らない老兵が一番かっこいいということを教えてくれるアクションシーンだったと思います。
 主人公を憐れむシーン、特に「腐った瓜」というセリフが好きで、ずっと立花を「ど腐れ」と呼んでいた瓜生が一番腐っていたという構図で物語が締まるところがとても美しかったです。
 おしまい、とひらがなで締めるところも主人公の絶望と死ぬ時はあっさりだという無情な感じが出ていました。大塚さんの描きたいものが非常に強く伝わってくる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 読み終わった時に「救いがない……」となりました。題名から嫌な予感しかなかったのですが、予想以上の救いのなさでした。
 最悪の岸辺にいると主人公が語るように、彼は蟻地獄の中にいると思いました。家族全員悲惨な境遇におとしめられ、生きる寄る方をなくした主人公が自分は瓜生に選ばれた特別な存在であるから憐れではないと自己暗示をかけている様子は、そうしないと心の均衡を保てないような危うさがありました。彼の判断基準がアニキ準拠のために、真の化け物である立花を軽んじてしまうところも、そのうち鉄砲玉にされるだろう未来しか感じませんでした。
 対して立花は主人公そのもの。仁があり、殺さぬようバッサバッサと斬り捨てていく姿が壮麗。立花が圧倒的な存在感を放つのに対し、瓜生の盾となり立花に斬られる主人公はただの背景でしかなく、まるでモブのようでした。
 物語で一番書きたかったのは題名のとおり、彼のどうしよもない地獄にハマった姿だと思います。
 瓜生静に主人公は心酔しているのですが、冒頭から立花にへり下ったような態度の瓜生にはどこか三下を感じ、主人公ほど瓜生が魅力な男だと感じませんでした。
 これは個人の好みなのですが、瓜生に理想的なアニキ像があり、主人公と瓜生の、二人の関係性にもっと描写があれば、彼が本性を現した時により深い心理的ダメージを負っていたと思いました。ただこれは完全に個人の好みです。
 どこにも行けない地獄に落ちた主人公の物語。映画漫画小説などで、場を盛り上げるために死んでいくモブたちにも、彼のような語られない人生があるのだとしみじみ思いました。

131:おねえさんフォーエバー/姫路 りしゅう

謎の有袋類:
 ノーモザイク・ノーライフを書いてくれたりしゅうさんの二作目です。
 おねショタ! 良いおねショタですね。おっぱいの大きな年上のお姉さんと主人公の物語。
 これ、別エンディングが書きたい気持ちもわかるのですが、お姉さん特性の目薬を使ってまで離れたかったのに姿を現わしたところでおしまいになるのはエモが削がれてしまう気がするのでもし書きたいのなら、もっと文字数を割いて欲しいかなと思いました。
 この作品は一度最初のエンディングで終わらせておいて、番外編で文字数を気にしないで別ルートを書いて欲しいな……と思いました!
 欲張るのはとても良いことですし、良かった作品で見たかったエンディングが文字数という制限で物足りないことになってしまったという野球で言うホームランに近いファールのようなものだと思います。
 怖がらずにどんどん色々挑戦して欲しいです。
 十歳より前から続いていた片想い、素直になれなかった思春期真っ盛りを経てお姉さんと結ばれることになったという構成はすごく綺麗だと思います。
 おねえさんのちょっとおちゃめで清楚なところも最高のお姉さん感があってすごく好きです。
 エモと感動と自分の書きたい欲、そして字数を把握すると更に最強の短編に近付いていくと思うので、このままどんどん貪欲に創作を続けて欲しいと思います。

謎のお姫様:
 おねショタ最高と言いなさい。

謎の原猿類:
 優しくておっぱいの大きい、近所のおねえさんが死んでしまう場面から始まる物語。優しくておっぱいの大きい、近所のおねえさんが好きじゃない人はこの世界にほとんどいないと思います。勉強を教えてくれたり、アウトドアにも行ってくれる。雨の日にはぷよぷよやスマブラに付き合ってくれそうです。そんなかけがえのない存在をなくしてしまったら、悲しみは海より深いものだと思いました。
 けれどそんな僕の前に死んだはずの悠里おねえさんが現れる。
 最初は悲しみから生まれた少年の妄想から生まれたのかと思いましたが物体に干渉できる特殊な存在。
 そんな彼女と素直になれないこーすけとのやりとりは微笑ましく、背伸びしておねえさんを越えようとしたこーすけをやり返してしまうおねえさん、大好きです。おねショタは最高です。
 けれどこーすけが十七歳になった時に、彼女はこーすけを想い彼の目を一時的に見えなくし、彼女の姿を思い描けなくしてしまう。
 悠里は物体に干渉できるという、彼が十歳にしていた考察と彼女の十七歳の姿を写した写真はないという母の言葉がここで生きてくる。生きて欲しくなかった。そして迎えるのは、悠里の姿は見えないけれど思い出はいつまでも胸にある、ほろ苦エンド。けれど別エンディングでは、たまたま彼女の知り合いが写していた動画を見て、彼の中で悠里の像が再び結ばれ悠里が現れる、という彼の選択次第で、ラストは変わっていたというもの。
 ただマルチエンディングと銘打って別エンディングがあるのなら、もしかしたらさらにトゥルーエンドもあるのではと期待してしまいます。一周目はノーマルエンドになるのが確実で、条件をクリアして初めてトゥルーエンドに行ける第三のルートへと繋がっていくのが私には見える。見えるのですよぉ!! 十六歳の時に、何かもう一つフラグを立てればいいのですか!?(妄想)
 死んでしまったおねえさんと僕の選択の物語。ところで『こーすけくん、ありがとう。これからもずっと一緒だよ。大好きだよ』と悪霊と化したおねえさんに言われるバッドエンドはどこですか?スチルをすべて解放したいです。

132:地元の神ってるパイセン/@kamodaikon

謎の有袋類:
 第四回の時は翌日の天気がわかる異能を書いた明日天気になぁれっ!!!!で参加してくれた@kamodaikonさんです。参加ありがとうございます。
 今作は、最後にゾッとさせるホラーで参加してくれました。
 テンポの良い会話劇と、コミカルに見せかけて最後にドンッと読者をホラーの世界に突き落とす加減が絶妙でおもしろく読むことが出来ました。
 髪色の伏線もすごく丁寧でよかったと思います。
 一点だけ気になるとすれば、登場人物が代わる代わる話す上に、人物の描写があっさりしているので一度読んだだけでは誰が話しているのか判別しにくいところです。
 読者と作者にはかなり情報差があるので、名前だけを出されても一度で全員を覚えられたり判別することは難しかったりします。
 会話の間に誰が話すのか書いたり、一人称や語尾などで変化を付けたり、名前を登場人物に呼ばせるなどすると会話劇がわかりやすくなるかもしれません。
 会話劇はとてもテンポが良く、おもしろいので「これは誰だろう」というノイズを減らして読者がストーリーに没入しやすい環境を整えてあげましょう!
 前回、前々回と比較して明確に話の構成やオチの付け方もタイトル回収のうまさも上達している作者さんだと思います。
 コンスタントに今後も小説を書いてくれるとうれしいです。

謎のお姫様:
 緩急の付け方が最高に気持のいいジャンル分け不能のハイスピード会話劇。@kamodaikonさんの地元の神ってるパイセンです。
 会話劇がとっっっても好きでした。ちょっとギャグセンスにシンパシーを感じすぎて驚いています。
 三人の会話劇を小説で行うのは少し難易度が高いと思っているのですが、本作では①語り(ボケ/ボケてるつもりはなくても話が変)を主軸に ②冷静で単純なリアクションを行うツッコミ ③ツッコミなんですけど微妙に突っ込めていないツッコミ風ボケ という配置にすることでとても見事に回しきっていたと感じました。
 具体的には以下の感じです。
「奇跡の馬鹿じゃん」「逆にワクワクしてきたな」
「その情報要った?」「そこは下座なんだな」

 ここの「奇跡の馬鹿じゃん」とか「そこは下座なんだな」が、短くまとめるワードセンスが輝いていて、とても面白かったです。
 ただ、これだけ緻密に配置が練られて、言葉が洗練されている作品ですが、序盤(怖い話がはじまるまで)は少しそれが弱いかなと思いました。
 どうしても状況を描写しなきゃいけないのでのっけから会話劇をはじめるのが難しいことは理解するのですが、一番最初に一番強いギャグを持ってくるくらいの勢いがあったほうが、引き込みやすいと思います。
 ラストは一気にホラーとなり、絶望の終わりを迎える展開ですが、ここのつなぎがとてもシームレスで、急にジャンルが変わったのに受け入れられ、恐怖も感じました。
 ホラーとコメディは紙一重なので、コメディからホラーに持っていくのはとても難易度が高いことだと思っていますが、本作はやはり言葉の選び方が洗練されているので、全くシュールギャグになっておらず、めちゃくちゃ怖かったです。
 本当に会話劇のツボがばっちりハマってしまい、私の中でギャグが強すぎてまともな講評がかけているか不安ですが、ほか二人の講評もご参考にしてみてください。
 とても笑えて、緩急の付け方もうまい面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 コンビニ前でたむろしてダラダラ喋る不良三人の物語。
 クレバーだと自分で言いつつどこかずれている無意識ボケ担当の命、お調子者のヤマト、寡黙だけれど物知りでツッコミ担当タケル。
 彼ら三人が時間を持て余しているけれど他にやることはなく、暇だという顔をしてだべっているんだろうなとすぐに想像できました。
 暑いし怖い話をしようということで、よっちゃん先輩の話になりますが、会話にしか出てこないのに、非常に強烈なキャラ。神有月を俺存月にしてやらぁ!!は草です。電車であやうく吹き出しそうになりました。
 けれど、察しのいいタケルが命がおかしいと気づいた途端ホラーに展開する。神ってる先輩が本当に神ってた存在だったというオチ、とても好きです。三人合わせたら日本武尊だと思っていたらまさかの伏線回収でした。しかし神になったら身の回りのお世話をしてくれるお供たちは必要ですものね(震え声)これは個人の好みですが、寺生まれのTさんなどで話を脱線せずに真っ直ぐオチへ持っていったショートショートとしてよりよかったと思いました。個人的にパワーワードを入れるのは大好きなので人のことをまったく言えないのですが、その言葉を知らない人にとってノイズになってしまうことがあるので本筋になくてもそこまで問題ないワードは極力除いた方がいいかもしれません。
 地元の神っているパイセンの話。なんだかんだパイセン含めた四人は、すぐに馴染めそうなのであっちで楽しく暮らしてほしいと思いました。

133:一夜の悪夢と世界の終わり/平坂四流

謎の有袋類:
 作者が自創作のキャラと座談会する話を書いてくれた平坂四流さんの二作目です。
 今作は自分自身と向き合う特撮的なお話でした。
 特撮についてや、消化酵素のない要素のジャンルのため、見逃しがあったら申し訳ないです。すみません。
 平坂四流さんはメタ視点を多く用いるタイプの作者さんで、自分との対話や物語へ対しての俯瞰を描くのが得意な作者さんなのだと思います。
 フィクションと現実を混ぜ合わせ、自分との対話を書き連ねているという印象がとても強いです。
 今回は6000字というかなりタイトな文字数なので、特撮を書きたいのか、それとも後半の主人公の現実パートでの凄惨な光景を書きたいのか決めてどちらかに割く割合を減らして、より見せたい方の描写を増やすなどするとどちらを見れば良いのかが読者にも伝わりやすいかもしれません。
 黒針と白針の対比、現実と特撮世界の対比、博士と「俺」との対比、俺と世界の対比と様々な対比構造が美しく積み上げられた世界観のお話でとても興味深く読むことが出来ました。
 第四の壁やメタ視点という武器を研ぐのか、それとも好きな世界を作って描くのかまだまだどちらかに決めるということはせずに、書ける物や書きたい物を書いて行って欲しいです。

謎のお姫様:
 悪夢が終わっても人は変わらず、そして世界は終わる。平坂四流さんの一夜の悪夢と世界の終わりです。
 本企画二作品目となる平坂四流さん。一作品目では自作のキャラクターと会話をしていく形式でありながらも、描写が丁寧で、キャラの個性を掴みやすい作品でした。
 本作は白針と戦う夢パートと、それでも考えが変わらず世界を滅ぼすパートの二部構成となっていますが、読み返してようやく理解できるそのタイトルと、"最終話"というサブタイトルがとても好きです。
 6000文字という制限は、起承転結と壮大な世界観の描写の両立が相当難しい文字数だと感じています。そこで、本作は最終話から始め、補足という形で世界観や起承を付け加えていく手法を取り、その二つを描ききっていて素晴らしいと思いました。
 ただ、これは私の読解力の問題ですが、白針と戦うパートが夢であったことの理解がなかなか追いつきませんでした。
 私は、2/3までは本当にそういう世界だと思っていました。そして3/3の冒頭でアイツとの回想が描かれたときに、「これは誰の、いつの回想なんだ」と少し迷ってしまい、博士が「だから夢の中で自己否定のメタファーと戦わせた。」と発言するまで話の繋がりについて迷子になっていました。
 夢と現実の両方ともが現代日本とは違った理で動いていそうなので、二つの世界がごちゃごちゃになってしまったんだと思います。もう少し全然別の世界にしてもよかったのかもしれません。
 自己否定のメタファーと戦わせても考えが変わらなかった主人公の心の闇の深さの描写はとても好きでした。主人公全員の過去、主人公→アイツ、博士→主人公に対する重い感情など、現実サイドの入り乱れた人間関係がとてもおもしろく、それがあっさりと全滅してしまうその無常さが辛かったです。
 一緒に踊ってくれと頼む博士の内面をもっと知りたくなりました。
 アイツと同じ地獄に行きたいけど、それを諦めてもいる主人公のどろどろとした感情がとてもつらい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 最終話の物語です。
 最終話は、長い物語の終わりにせよ、打ち切りにせよ、ラストに向かって突き進むだけだと思いますがこの最終話は、最終話しか知らない初見に対してやけに事情を話してくれる主人公が出てくるので親切です。いきなり最終話と銘打っているのだから理解を求めていないようなのに、理解してもらいたがっているような矛盾を感じました。どこか理性的に感じたのは一作目と同じかもしれません。
 これは個人的の好みなのですが、最終話に至るまでに説明してあっただろう設定はいれない方が最終話らしくなるかと感じました。物語で誰かの口から語られる設定と資料集でのみ語られる設定をどう分けるか意識すると、設定を読んでいる感じが減ると思います。
 ですが、物語は一作目に書かれたように作者の納得さえあればいいものなので、好きに書くのが一番です。これからもその思いを胸に書き続けて欲しいと思いました。

134:ギターはおかず/しぎ(月影理研)

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 一人暮らしをはじめた主人公の出会いとなんらかへの目覚めのお話でした。
 ギターをおかずに……ということで違う方向のおかずかとおもっていたのですが、本来のおかずという意味合いの方でした。
 一人暮らしを開始した慣れなさや、新生活への戸惑いと、新しい出会いが瑞々しく描かれていてとても楽しく読めました。
 これは評価と関係ないのですが、カクヨムはルビ機能というものがあって、PCだと右上にある本みたいなアイコンをクリックするとカクヨム記法の挿入というものからルビと傍点が使えるようになるので便利に使ってみてください。
 氷川さんの人物像が徐々に浮かび上がっていく様子や、ちょっと不便だけれど和気藹々としているアパートの住人たち、これから親しくなっていくかも知れない大学の先輩たちなどが活き活きと描かれているのがすごくよかったです。
 ギターの音と共に味覚まで変わっていくような描写もおもしろいと思いました。
 カクヨムにはまだ一作しかないのですが、今後も創作を続けて欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 衣食住の一角、彼女の旋律はもう人生に不可欠な要素だ。しぎ(月影理研)さんのギターはおかずです。
 一人暮らしをはじめた羽村くんと、その隣に住む氷川さんの、心が暖かくなるアパート生活を描いた作品ですが、序盤の羽村くんの一人暮らし描写の解像度が驚くほど高く、虚しさやこれからの不安が私にまで伝播してくるようでした。
 寂しさを紛らわせるために意味もなくテレビをつけたくなるようなあの不安感を痛いほど丁寧に切り取っているからこそ、氷川さんのギターの音色が私にも希望の音色に聞こえてきました。
 対戦オンラインゲームがイライラしなかったのも私からしたらありえず、そういった細かい描写を積み重ねて音色が如何に救いになっていたかを表現しているのが丁寧で、感情移入のしやすい作品だったと思います。
 ただこれは好みの話なのですが、個人的にはもう少し話が動いたほうが大きなカタルシスを感じられたかもしれません。本作はあくまで隣人との近いようで遠い、か細いけど温かい関係を描いたものだとわかってはいるのですが、起承転結の転の部分があったほうがラストがより際立つかもしれません。
 買い物に行けない状況で米と鮭フレークしかない(一人暮らしの大学生でそれだけあるのも凄いですが)主人公が、氷川さんの音色を置かずにしてご飯を食べる本作最大の山場では、音の描写が細かくてとても好きでした。
 どんな音で、どんなふうに食が進んでいるのか。その映像が頭に浮かんでくるようでした。
 主人公はこの先氷川さんとどのくらいお近づきになるのでしょうか。恋愛的な関係になるのか、それともおかずを提供してくれるだけの関係に落ち着くのか。全く予想は付きませんが、きっと何かが始まるんだろうということを予期させる、ワクワクする新生活の序章でした。
 是非この二人の今後が知りたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 大学に進学して上京し、一人暮らしを始めた俺とお隣さんの物語。
 町をプラプラまわってどんな建物があるのか確認したり、机に食べ物を置いた時にこれからは食事を一人で食べるようになるのかと実感する場面は、一人暮らしを始めた時の不安感が本当に伝わる描写で、過去の自分を思い出してはそうだったなと懐かしく思いました。一人暮らしを始めて一番激変するのは食生活で、冷蔵庫にあると思った食材がない時の絶望感と、鮭フレークが見つかった時のホッとする感じが「あ、分かる……」となりました。そのうち炊飯器のスイッチを入れ忘れて、炊けたと思ったら水に浸かった米しかない時の絶望感を味わったりするんだろうなとか、彼もそのうち鮭フレークときゅうりとご飯さえあれば生きていけるようになるだろうと思っていたら、聞こえてくるのはお隣さんがギターを弾く音。隣人の生活音が聞こえてきた時の、ここにいるのは一人じゃないんだという安心感に「分かる……!」となりました。彼がギターの音を聞きながらご飯を食べる描写はとても好きです。ギターはおかずという題名を見た瞬間、下ネタ系の小説かと思い不埒な映像が浮かびましたが、汚れているのは私の心でした。
 初めは距離の遠かったお隣さんとどんどん親しくなっていく様子はとてもほんわかしました。一方で、二人の関係が導入で終わってしまったようにも感じられたので、もっと踏み込んだところまであったら、よりよかったなと思いましたがこれは個人の好みだと思います。でもライブハウスには羽村くんが行って、氷川さんが本気でギターを弾く姿を見てすげー!と感動する場面とか見てみたいです。これから二人の関係性がどう変わっていくのか気になりました。とても面白かったです。

135:片想い部長の恋愛相談を受ける僕の片想い/ラーさん

謎の有袋類:
 夢限軌道限界進撃を書いてれたラーさんさんの二作目です。
 話数に圧倒されますが、サクサクと読めるWeb小説の利点を活かした作品だと思います。
 タイトルと短い内容でうまく物語をギュッと圧縮しているのがすごい。
 字数は下限ギリギリなのですが、物語的にもキュッと最後に一話のテンドンで締めるのでぶつ切り感は少なめで、部長の反応をしっかり予測できるのがすごく上手な構成だと思いました。
 ポンコツな部長も愛らしく、そして好きな人から相談をされて私欲を少し満たしつつも部長の幸せを願ってまっとうなアドバイスをしていく主人公の健気さというバランスがすごく好きです。
 制服に白衣の黒髪ロング眼鏡美人という見た目もめちゃくちゃキュートなので、ファンアートやマンガなどにしやすそうなのもいいなと思います。
 主人公くんに幸あれ……と思わずにはいられない良いラブコメでした。

謎のお姫様:
 ラーさんさんの片想い部長の恋愛相談を受ける僕の片想いです。
 本企画二作品目となるラーさん。一作品目では高熱のときに見る夢みたいな夢と、どうしょうもない現実を描いた作品でした。
 本作は全然作風が違い、恋する部長に恋をする主人公が、彼女に幸せをつかんでもらうために恋愛相談を受けるという少し切ないテーマですが、本作は基本的にコメディに振り切っているところが清々しく読んでいて楽しかったです。
 先輩が世間からズレた突拍子もない行動で主人公を振り回していく様子から、彼女に友達がいない理由もよくわかりましたし、太田くんに来いしているものの主人公には別軸の信頼感を寄せているという関係性がとても好きでした。
 ただ、私は部長にキャラクター的魅力はとても感じたのですが、恋愛的な魅力はあまり感じることができず、どうして主人公が彼女に惹かれているのかがあまりわかりませんでした。すみません。
 もう惹かれ終わった後の話なので明確に惚れた理由を描く必要性はないとは思いますが、全編通して恋愛に疎いポンコツ先輩に、どうして主人公が惹かれたのかがもう少しあれば、いっそう主人公に感情移入できたと思います。
 11話のラスト、"「好きです」好きだ。"という、発言とモノローグが重なるところがとても好きです。今まで基本的に、主人公の発言とモノローグはズレていて恋心と相談は別物として切り分けられていました。それがここでようやく重なり合い、主人公の本心が溢れてしまったようでした。
 結局この後主人公は言葉を濁してしまいましたが、11話ラストは本作屈指の名シーンだと感じました。
 告白の練習パートで好きという言葉がダメージになっていくシーンは、ギャグ漫画的映像が頭に浮かんできて読んでいて楽しかったです。
 主人公が報われてほしい、報われなきゃおかしいと、彼を応援したくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 片思い部長の恋愛相談を受ける僕の物語。
 一話ごとに区切りながらポンポン物語が進むのは、まさにツイッター漫画のような味わいでクリックするのが楽しくなり、Web小説の強みを存分に生かした物語のでした。
 なんといっても部長の頭はいいのに、実生活でのポンコツさ。心拍数の変化グラフを書いたラブレターを作っちゃうところが一番好きです。
 二人で作戦を練り、部長と太田の関係性が少しずつ変わっていく様子は微笑ましく思うものの、それは部長と僕のこの関係性の終わりが近づいていることでもあり、それでも部長を応援する片思いの僕に切なさを感じました。けれど結果は調査不足による玉砕。部長、ポンコツです!そして僕の恋愛相談に乗ってもらうラストは非常によかったです。
 もし欲を言うなら、僕がどうして部長に片思いをするようになったきっかけとなる過去話が最終話の前にあるとよかったなと思いましたがこれは個人の好みかもしれません。
 ポンコツ部長と僕の先が非常に楽しみなのですが、なんだか部長のポンコツ具合がさらに発揮され、僕の片思い期間はまだまだ長そうだと思いました。とても面白かったです。


→文字数が上限に達したので次の記事に続きます