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第五回こむら川小説大賞結果発表 大賞は ぷにばらさんの『BREMEN』に決定 2

※文字数が上限に達したので講評の途中をこちらで続けていきます。
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136:ヘッドホン・スパイラル/志々見 九愛(ここあ)

謎の有袋類:
 脳に来る文章と言えばこの人。志々見 九愛(ここあ)さんです。参加ありがとうございます。
 多分知らないし、検索してもわからない単語は前後の文脈を見てヤク的なものなのだろうなと解釈しました。
 ヤクを決めた女の相談にのり、自分もヤクをキメてハイになって語りまくり勝手にバッドが入ってヘロヘロになるお話だと思ったのですが、なにせ主人公もヤクをキメ出すので思考はめちゃくちゃで話す内容もあちこちに行くし、女も多分ヤクをキメてふわふわしてるので謎の相槌のような言葉を発します。
 最終的に愛で繋がれたのできっとハッピーエンドなのでしょう!
 支離滅裂な思考回路の再現と、頭と尻の軽い女の再現度はマジでめちゃくちゃに高いのですが、読む側はどうしたらいいのかわからず、脳にグッと負荷のかかるテロに似た作品だと思います。
 不思議と癖になる電波っぽいけどまだ毒を発してない電波的な……。
 同じような脳に来る作品ですが、常人にもう少し寄り添ってくれているささやかさん という方がいるので、好きなことを書きつつ読者になにか伝えるバランスなど参考にしてみると何か次の段階が見えるのかも知れないなと思いました。
 志々見 九愛の文章は癖になるテンポがあるので、この勢いや語彙、混沌を消さずに更に強くなって欲しいなと思います。
 僕は、志々見 九愛さんの書いたアーバナイトの長い夜も好きなので、そっち方面でも期待しています!
 なにはともあれ、一年ぶりの新作はとても素晴らしい! 今後も機会があれば小説を書いてくれるとうれしいです。

謎のお姫様:
 音の世界に溺れる気持ち、君に溺れていく気持ち。志々見 九愛(ここあ)さんのヘッドホン・スパイラルです。
 後輩ちゃんがめちゃくちゃ可愛くてアホで好きでした。基本的には主人公の独白で話が進んでいくので、後輩ちゃんは長いセリフもなく、心理描写もないのですが、それでもセリフの一つ一つ(とたぶん文末のハートマーク♡)のおかげでとても魅力的なキャラクターになっていたと思います。
 特に、終盤でブルートゥースにブチギレた主人公が暴走してしまい、ひたすらにオーディオ論を語るある種痛々しい描写の最中に挟まる応援がとても好きです。
「大丈夫♡ がんばれ♡」
 彼女は彼女なりに主人公を愛して♡いて、序盤でがんばれがんばれと励まされていたことを返す、という構図がキャラが生きている感じがして臨場感がありました。
 ただ、私がオーオタじゃないというのも要因の一つだとは思うのですが、やや状況や心境がわかりづらいところがありました。
 特に彼女が"沈んだ"ときなどは、一度体験したらもう戻れないような凄い何かが起きているというのは伝わってきているのですが、描写がやや概念的で、どういう感情なのか読み取るのが難しかったです。"サイケデリックスはスノーボードでもしてるみたいな感じ"など、例え方はとてもユニークで面白いので、もう少し界隈外の人にも伝わるように情報を制御したほうがいいかもしれません。
 それも含めて主人公の"僕は自分をコントロールできていない。"という独白につながっているのでしたら、とても面白い構造だと思いました。
 ラストの主人公の独白はとても感情的で、彼にノセられて私まで感情が荒ぶってくるようでした。その結果、一度は人の気持ちがわからないサイコパスを自称しながらも、彼女の言葉を聞いているうちにすべてを理解できた気になり、「あいしてる♡」という根源的な思いに気が付く。
 これからの主人公と後輩ちゃんを応援♡したくなると同時に、オーディオに少し興味が出た作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 始めて読んだ時に「これは講評書くの、難しいッピ」となり、しばらくおいてみたら何か変わるかもしれないと思いましたが再度読んでも「無理ッピ」になり、セリフだけ読んでみる試みをしたら何か理解できた気がしましたので、これはいけると思って一回寝てまた改めて一から読み直したところ「やっぱり難しいッピ♡」となったので、そういう感じの感想になります。すみません。
 一番印象的なのは例の後輩のセリフに常に♡がついていることです。カクヨムでは今まで見かけたことがなかったのですが、pixivだとよくみるアレです。いわゆる♡喘ぎ。本能に忠実になって頭真っ白になった時に見られるアレで、「んほぉ」や「〜〜〜〜」とよく一緒にいることが多く、♡♡♡♡♡♡♡♡とメジロが樹上に押し合うように並んで本文の半分を占めていることもある表現です。
 句読点のようについている♡を見たら18禁に頭が接続してしまう身としては後輩が常にんほぉしているようにしか見えず、星新一のボッコちゃんのように、それっぽい相槌をうっているようでその実、何も話を聞いていない感がありました。うじきんとき♡
 対して僕もまた、鬼電をスルーされたことに激怒しますが、特に相手にその気持ちを伝えることなく何もしないところが、相手に感情をぶつけた結果、自分へ跳ね返った時の反応を極度に恐れを感じてコミュニケーションを放棄しているように感じました。後輩がたまに発する意味のありそうな言葉を拾って怒りもするけれど、ただ感情のまま話すだけで相手に分かってもらおうとしていない。一緒にいてやることはやるけれど一瞬で終わる。彼らの会話を聞いている側には不毛に思われる。なんでしょうこれ。分かんない♡
 けれどコミュニケーションが果たして成立しているか、というものは数値で現れるようなものでなく、相手に気持ちが伝わっていたらいいなという願望で人と人はかろうじて繋がっているかもしれません。後輩と僕の会話のように、私の会話も第三者が聞いたら同じかもしれないという、何かとんでもない不安感に襲われました。すき♡

137:鏡よ鏡……/羊屋さん

謎の有袋類:
 こむら川でははじめまして!小説を書き始めて四ヶ月の羊屋さんです。
 性自認が明確に男性であるという点や憧れているのは女性の体であるが陰茎は失いたくない(多分フィクションのふたなりが理想っぽい?)という男性のお話です。
 彼がVRCやバ美肉という世界を知っていたら女ホルまでは射たなかったのか気になりますね。
 男性器が機能不全になるけれどホルモンを注射するということで、ある意味覚悟は決まっていそうなのですが、その後も悩んでいるという部分に人間の強欲さや複雑さがあっておもしろいなと思いながら読みました。
 内容はすごく良いのですが、淡々と出来事を並べているので構成でめちゃくちゃ純文学に化ける気がします。
 まずは書きたいことを書いてみる、物語を作ってみるという点では満点なので、今後は少しずつ「見せたい箇所」をどう目立たせられるかな? と考えながら書いてみると、グッと一気に成長すると思います。
 同じテーマや似たような内容で書くのは全然悪くないので、書きたいことがあればどんどん書いてみましょう!
 書けば書くほど成長する時期だと思います。
 内容、着眼点、登場人物の葛藤の描き方などなど魅力たっぷりの作者さんなので今後の成長がとても楽しみです。

謎のお姫様:
 本当の自分を定義づけるものなんて、結局のところ染色体などではないのだろう。羊屋さんさんの鏡よ鏡……です。
 本作は女性になりたい男性をテーマにしており、それは私にはない気持ちを扱っているものでしたが、中高生の頃の気持ちから丁寧に心の動きを描いていることで、おいていかれることもなく、特に女ホルを初めて打つシーンなどは主人公と同じようにドキドキしながら読ませていただきました。パス度が上がってくるところも、主人公のウキウキした気持ちと同じような高揚感を味わうことができるなど、物語や気持ちの導線がかなり丁寧に引かれているので、とても没入できる作品でした。
 ただ、これは私の好みですが、私は小説にはキャラクターの心情変化/成長があったほうがラストでカタルシスを感じやすいと思っています。本作はかなり繊細なテーマを扱っているので言及するのが怖いのですが、主人公は中高生からずっと悩み、最後も悩み続けて終わっています。
 もちろん、このような悩みは複雑で、葛藤を抱くようなものだとわかっているのですが、これは物語ですので、何かしら主人公の解答や未来が提示されて終わってもいいのかもしれない、と少しだけ思いました。
 鏡よ鏡……というタイトルがとても端的に本作を表していて、読み終わってからとても高いセンスを感じました。鏡に問いかけても答えは返ってきません。結局鏡の中に見える自分がどう感じているか、そこにしか答えはないのでしょう。しかし本作には医者や美容師さん、バーの仲間など、主人公を性別ではなく主人公としてみている知り合いがたくさん出てきていて、それがそのまま本作の、ひいては世界の希望になっているの感じました。
 このまま主人公が自分を見つけ、それが普通になっていく世界を期待したくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 あまり馴染みのない話だったため、女ホルモン注射の効果がだんだん現れる過程や女性と認識される度合いのことはパス度と呼ばれる話など、とても興味深く読みました。
 印象的だったのは美容院の受付できちんとプロに取り次いでもらえる場面です。人とどこか違うことに不安を覚えている主人公が、何軒目かの美容院で出会えた男性美容師の技術で期待以上の姿を手に入れ喜ぶシーンはとても良かったです。小林美容師は主人公だけでなく、多くの人の見た目をその人に合うように変えていく手伝いをしていたのだろう感じ、プロってすごいなと思いました。
 医療・髪型・服装などで段々と女性に近づいていく一方で、心は男のままの主人公。勤め先でキンタマの話を笑いにしているのは、その悩みから目を逸らしているようにも思えました。けれど、鏡に映し出された己の姿を真っ直ぐ見つめる姿は、葛藤し思い悩みながらも、このまま生きていくしかないと逃げずに向き合っていくのだろうとも感じました。
 女性ホルモンを打つきっかけになったニューハーフバーの先輩が、打った話をしないまま、フェードアウトしてしまったのが気になりました。主人公がどんどん変化していく姿に一番気づいてくれそうなので、どんな反応をするのか描写があったらいいなと思いました。
 心は男性のまま女性の身体に憧れる者の物語。主人公がこれからどんな答えを見出すのか気になりました。

138:観測者/伊月 杏

謎の有袋類:
 タイムラインではよくお見かけしています! こむら川へは初参加。参加ありがとうございます。
 本人に自覚のアルトゥルーマン・ショーを思わせるスタートをした作品です。
 これは僕の悪い趣味のせいで察しが良すぎただけなのかもしれないですが「お! そう思い込んでいる人だ」と予想をしながら読んだらその通りだったので、他の評議員の感想を知りたいなと思います。
 どんどん症状は進行していき、最終的には幻聴が現れ始めます。
 最後の種明かしと、絶望を主人公が襲うシーンが爽快感があって大好きです。
>玄関ホールに飾られている絵画のレプリカに、ひっそりと自分の名前を書きこんだ
 めちゃくちゃ自意識が高く、自分勝手な努力を卒業までしていたことが台無しになったのに大暴れするでも刃物を持ち出すでもなく、そっと自分の名前を書き込むという細やかな抵抗が、主人公の気の小ささを現わしているようでグッと来ました。
 特定の思い込みをし、幻聴を伴う方というのは現実にもいるのですが現実にいる方の多くはもう少し思考が混濁していることが多いので、もしそちらに寄せたいのであればそういうブログやアカウントを探してみてみるのも良いかもしれません。
 また、芦花公園先生の「ほねがらみ」の語の章が参考になるかも知れないので興味があれば読んでみて欲しいです。
 信用できない語り手の狂い具合は、リーダビリティにも関わってくるので、今のように理路整然として見える狂い方でも、かなり思考が混濁した狂い方でも作者さんが好きな方を書くのが一番だと思います。
 現実でちょっと大変なことになっている人に寄せなければいけないというわけでもなく、冷静だけれどどこかおかしいというのも非常に面白い作品だからです。
 この作品で作者さんが一番見せたい部分はおそらく「実は自分は観察されていなかった」の種明かし部分だと思うので、導入一行目を「俺は先生たちにモニタリングをされている」と入ってもスムーズかつ、インパクトのあるスタートになるんじゃないかなと思います。
 文章が読みやすく、アイディアもおもしろいですし、信用ならない語り手の不穏さや、情報の隠し方も非常に巧みでオチがわかっていてもするする読み進められました。
 コンスタントに創作をしている方だと思うので、今後も色々な作品を書いて欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 視られているなら、それを逆手に取ってやればいい。伊月 杏さんの観測者です。
 自分が歴史に名を残すであろうことを確信している主人公の独白から始まる本作ですが、終始ただよう不穏な空気がとてもおもしろかったです。
 情報の出し方の順番についても、名を残すだろう→観測されている→生活を演出すればいい。という順番にすることで読み手に「どうして名を残すの?」と思わせてから回答を提示し、演出することにしたという回答の先へ物語を運んでいく構造がとても引き込まれるもので、ずっとワクワクしていました。
 ただ、私は一番最初の時点で「特定の疾患のような症状だな……」と思ってしまい、主人公が狂っているんだろうという予想をしてしまいました。どのくらい情報を出すとどのくらい思い当たってしまうかを書きながら考えるのはとても難しいと思いますが、一人称が狂っている作品では①もう少し情報をしぼる ②ミスリードをいくつか用意する ③主人公がおかしかったという設定を、さらなる大オチの前フリに使う といった手法などがあると思いますので参考にしてみてください。
 視界を見られているからこそ、生活を演出するというアイデアはとても面白く、ワクワクしました。
>いつしか生活は「演出」に溢れていた。俺は演出家であり、役者であり、編集担当だ。
 という一章ラストのモノローグが特に印象的で、それによって友だちを失っていった第二章が悲しくも面白かったです。
 最後、試験がうまくいかなかった主人公が観測者に会いに行くシーンは、彼の焦りや絶望が伝わってきました。歴史に名を残すような何者かになりたかった彼が、未だに声は聞こえつつも、何者にもなれなかったことに気が付き、それでもここにいた証を残すためだけにサインを書いて去っていくラストシーンがとても好きです。本作には悪役がおらず、ただただ歯車が噛み合わなかっただけだという無情さと、終始ただよう不穏さが噛み合っていた作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 誰かにモニタリングされていると気づいた導入から始まる物語。不穏なスタートに先が気になりました。
 モニタリングされていると意識し始めた当初は、健康的な食生活になったり、部屋の清掃を怠らなかったりといい変化だったのに、演出が過度に凝ってくると段々とおかしな方向へ向かってしまう様子は、読んでいて彼は大丈夫だろうかとどんどん不安になり、また演出に力を入れていたばっかりに、中身は空っぽのままだったという流れはとても良かったです。
 一方で、最終試験以外にも中間試験や学期末試験などが行われていると思います。彼の様子を見る限りどの試験でもあまりいい点が取れないだろうと感じますが、彼の中でどう整合性が取れていたのか気になりました。
 特別でもなんでもなく、何者にもなれなかった、という終わりはある意味、新たなスタートでもあると思います。マイナスからの出発からかもしれませんが、これからの演出しなくていい人生を歩んでいってほしいなと思いました。

139:キュウリの馬、ナスの牛/金糸雀

謎の有袋類:
 今夜、星を見ようを書いてくれた金糸雀さんの二作目です。
 キュウリの馬をなんとなしに作ったら、死んだはずの父の霊が家に現れ、お盆が明けたら帰るだろうと思っていたらナスの牛がないと帰れないと言われるお話でした。
 オチがきれいでいいですねw この後、急いで主人公はナスの馬を作ったのだろうと思うと微笑ましいです。
 昨今はブロッコリーなども使われるのですが、他の野菜だとやはり代打はできないのでしょうか? などと派生で考えてニコニコ出来る作品でした。
 これは僕の好みなのですが、短編は勢い良くスタートすると強いと思っているので一行目から「父の霊が今家にいる」という導入で読者の興味を惹き付けてもいいのかな? と思いました。
 Web小説、こういう講評企画は全部読むことが確定しているのですが、そうじゃない方は結構な確率で途中でブラウザバックをするらしいので強いフックで牽引していくみたいな必要性が出てくるのかもしれません。
 少ししんみりとするけれど、最後は温かい気持ちになってほっこりできるという雰囲気や題材選びがすごく良い作品だと思います。
 世にも奇妙な物語にたまにあるほっこり枠で放送されても違和感がないストーリーでおもしろかったです。
 今後も楽しんで創作をしてくれればいいなと思います。

謎のお姫様:
 もう一度だけ話せたら、と願っていた死者との再会も三日くらいでいい。金糸雀さんのキュウリの馬、ナスの牛です。
 本企画二作品目となる金糸雀さん。一作品目は、星をテーマに眠り病の彼女の目覚めを待つ主人公の永遠とも言える愛を描いた作品でした。
 本作でも、前作で私が好きだった生活描写の解像度の高さと緻密な心理描写は健在で、さらにオチをギャグチックに振り切ったことで全然読み味の違うものになっていると思います。
 思春期の父と子の関係性や、親元を離れた子、在宅勤務の描写などがとても丁寧で、主人公をとても身近なものに感じられました。
 それに加え、感染症や洒落怖など現実に準じた単語を入れ込んでいることで、誰でも共感しやすい作品になっていると思います。
 ただ、黄泉帰った父親と主人公の関係性はもう少し掘り下げても良かったかもしれないと思いました。たしかに現実は、不器用な二人が片方の死後に再会できたとしてもこの程度のぎこちない会話が関の山なのかもしれません。しかし、個人的に山場には劇的なシーンがあったほうが好きというのもありますが、この後のオチを際立たせるためには、一度感動ポイントを最高地点まであげてから、落としたほうがより良いのかもしれないと感じています。
 そのオチは本当に大好きで、私自身キュウリで来てナスで帰るなんて知りませんでしたので、彼と同じような気持ちになりました。「いやそんなシステムだったとか、知らんし!」という彼の心の叫び、勢いも含めてとても好きです。
 死んだ人間ともう一度会話したい、という想いは大切な人を亡くした人に共通するものだと思いますし、それをテーマにする作品も多い中で、「でもあんまり続くと……」という全く違った切り口を掘り下げていて、しんみりする序盤からのラストの落差がとてもおもしろかったです。
 父はちゃんと帰れるのでしょうか……二人のこれからが心配になる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 父と息子の物語。
 大人になってからの息子の父への感情が好きです。反抗期という訳ではないけれど気恥ずかしいからというわけでもない、この曖昧で言葉にできない父との距離感が素晴らしかったです。
 けれどそんな父が病気になっていることを知らないまま、死に別れてしまう。どうして言ってくれなかったのかと思いつつも、息子に変に気遣われたくない父のプライドも分かるようでした。
 ですがそんな二人がキュウリの馬をきっかけに再会し、心を開いて会話するようになれるのは本当に良かったと思いました。そんな父がお盆が終わってもなかなか帰らない。その理由とオチが好きです。帰ってくるにはキュウリの馬が、戻るにはナスの牛が必要だと私も知らず、主人公と同じように叫びそうになりました。
 これは本当に個人の好みなのですが、自炊のシーンの部分はやや冗長に感じられたので、バッサリなくしてオチまでストレートに向かうショートショートにした方がテンポよく読めると思いました。ただこれは完全に私の好みです。
 父が裁判に早く戻れないと大変なことになりそうですが、どうなるのでしょう。でも同じシチュエーションに陥り戻れない人が毎年何人もいそうなのでなんだかんだ、迎えがきそうですね。ほっこりとする物語でした。

140:視線/ムラサキハルカ

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 じっとりした怖さのあるホラーで、どうなるんだろうとドキドキしながら読み進めさせて頂きました。
 これは僕がホラー小説をあまり読まないからだと思うのですが、結末だけ急でちょっとよくわからなかったです。すみません。
 これは僕の好みの差だと思うので、無視しても大丈夫なのですが、この作品で驚かせたかったり意外なラストを演出したかった場合、本当に予想も出来ないラストよりも、怪しいところやヒントを散りばめて「こうだったのか」や「そういうことだったのか」と思わせると気持ちが良い読書体験に繋がりやすい気がします。
 ホラー、種明かしは全部しない方が怖くておもしろいので本当に塩梅が難しいし、好みの差も大きいので難しいですよね。
 高笑いと視線は同じ存在によるものではなく、二人が主人公を狙っていたのか……と納得感は少しあったのですが、個人的にはもう少し唯妃さんに対するヒントも欲しかったかなと思います。
 唯妃さんが親切で可愛くて、めちゃくちゃ健気な彼女という演出自体はすごく好きです。こんな彼女が実は……とも思いました。
 まとわり付く視線、徐々に衰弱をしていく主人公、そして主人公の中に入った何かの存在が本当に怖かったです。
 じっとりとした怖さのホラーとパニックホラーの融合的な作品でおもしろかったです。

謎のお姫様:
 ずっと背後にいた"それ"は、気づけば自分の中にいて。ムラサキハルカさんの視線です。
 夜道で視線を感じる気がする、という日常に潜む小さな怪奇現象がやがて大きな事件を引き起こす、というテーマですが、主人公の心理描写がとても丁寧だったので、彼と一緒に恐怖しながら読ませていただきました。
 一緒に悩んでくれる唯妃ちゃんがとても親身ないいキャラクターをしていて、二話の短い会話文の中でも彼女の聡明さや親切心、恋心を読み取ることができました。そのせいで彼女との決別パートでは主人公にやきもきしてしまったほどです。
 背後からの視線も、それが怖すぎてサークルで飲んでごまかす、というのも大変大学生っぽく、それゆえ「もしかすると自分の身にも起こるかもしれない」という嫌な考えが浮かんでしまうくらい現実感がありました。
 ただ、個人的には何も起きていないパートがもう少し短くても良かったのかな、と思いました。ホラー小説においては何も起きず不安を煽るパートというのは必要不可欠だとは思っていますが、本作のテーマは(ラスト以外は)大きなことは何も起きないけどずっと不安が煽られている、というものですので、日常とホラーにあまり差がないという性質を持っています。これはあくまで私の意見ですが、もう少し何も起きないパートを少なくするか、大きな事件をいくつか起こしてもよかったのかもしれません。
 絶望の主人公のもとに唯妃が再び現れたシーンは本当に好きで、ここまでの鬱屈とした雰囲気に一気に晴れ間がさしたように感じました。
 そして事件が解決したかと思いきや……残念ながら主人公の意識は消えてしまい、視線を送っていた存在が体を乗っ取ってしまったということがわかる最終章は、とても絶望感がありました。唯妃の登場で一度上げておいて下げるということで、その絶望が一層際立っていると思います。
 さらにそれだけでは終わらず、実は彼女もただの人間ではなかったというオチまで流れるように語られるので、何度も驚くことができ、彼女の正体についても色々と考えたくなるような展開でした。
 日常に潜むホラーに巻き込まれてしまった主人公の動きを丁寧に描くことで、私まで背後が気になってしまうような作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 誰かの視線を日常的に感じる主人公が、段々と普通の生活をおくれなくなる物語。一番、ひえっとなったのは、酒盛り中に便器まで辿り着かないまま垂れ流してしまうことが何回あったと主人公が語る場面で、周囲から見ればどう見ても正常ではないのに、普通であるかのように振る舞う姿にもうダメじゃないかと感じました。先輩たちの家を渡り歩いていたのも、もう来るなと遠回しに言われてしまったのではないでしょうか。
 けれど彼女の久戸唯妃はたとえひどいこと言われても、主人公のことを思い、一人ぼっちになった彼の元へと励ましにやってきてくれる。安心したのも束の間、そこで視線の正体が馬脚を表し、彼女にも魔の手が迫る場面は絶望感がありました。
 ただ彼女も実は……というオチは唐突感が少しありました。いきなりのどんでん返しは、爆発オチのように話をどう終わらせるのか困ってそういう終わりにしたのかと思われてしまう場合もあります。違和感を感じるポイントが何回かあったりすると、「あーあの時のあれは!」となるので、途中途中で何かしらのヒントがあるとよりいいなと思いました。
 彼女ができたあたりで視線を感じるようになったということは、彼女は最初から視線の黒幕を知って主人公に近づいたのではないでしょうか。捕食者の捕食者である彼女はまた、誰かの視線を感じる別の人物に近づいて彼女のふりをするのだろうかと思うと空恐ろしさがありました。

141:白い女/ムラサキハルカ

謎の有袋類:
 連続のエントリーですね。参加ありがとうございます。
 こちらは年齢を重ねて同じ女に導かれている……と思っていたのですが、それは全部違う親族だったというお話でした。
 ユリ、急に現れたので完全に幻覚だと思っていたのですが現実の存在だったのですごく驚きました。
 これは本当に僕の読み取る力がないだけなのと、好みの問題なのですが、もう少し色々な謎がわかると更にお話が楽しめるかも知れないなと思いました。
 読者と作者では持っている情報量が全然ちがうので、これは書きすぎかな? くらいにヒントを書くと丁度良いかもしれません。
 一話の「うち」と「ウチ」を語り部がどう使い分けでいるのかとか、連続して子供がいなくなっているのに親族がしぶしぶ子供を置いていく理由だとか、ユリが来た理由などなど白い女の正体以外にもとても気になることが多く、どうなるんだろうとワクワクしながら読んだけれどわからなかったのが残念に思いました。
 ホラーは全部わかればいいというものではないので、全部を書いてくれ!とは思わないのですが、せっかく散りばめられた要素を回収しないのは話が非常に魅力的なのに勿体ない気がします。
 謎の白い女のよくわからない怖さ、美しい魔性の存在、そして何かがありそうな主人公一族の男性たち……。話が面白かっただけに色々と知りたいなと思ったので、もし解説などがあったら読みたいです。
 こちらの小説は、色々と膨らませやすそうなので長編としてこのまま連載をしてもいいのではないでしょうか?
 カクヨムのホームを見たのですが、作品をたくさん書いている作者さんなので今後も創作を楽しんで欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 それは、思わず手を引かれてしまう危険な出会い。ムラサキハルカさんの白い女です。
 本企画二作品目となるムラサキハルカさん。一作品目では大学生が視線に乗っ取られてしまうまでの過程を不穏に描いたものでした。本作は三人の男が白い女に手を引かれて……という内容で、ムラサキハルカさんは日常とホラーの境界線を曖昧にするのがとてもうまく、きっとそれを描くのが好きなんだろうなと感じました。
 白い女に手を引かれたところで章が切り替わり、別の人間の視点に変わるという構造が、前の人がどうなったのかわからず(そしてたぶん良くない結果になっている)不安を煽るものになっていました。
 ただ、その視点切り替えが本作の魅力だとは思いつつも、その人たちがどうなったのかが明かされるまで少し長いかもしれないと感じました。白い女は明らかに怪しいのですが、最終盤で「この辺りでは数年おきに人がいなくなる。」というモノローグが入るまで、本作がホラーなのか、白い女がいい人なのか悪い人なのかがわかりませんでした。個人的には、ホラーはホラー、コメディはコメディ、とジャンルがわかっていたほうが怖がったり笑ったりしやすいので、序盤から情報を小出しにして、本作のジャンルがなんなのかを明かすといいかもしれません。
 四章で今までの主人公たちの顛末が明かされ、なんとなく白い女の正体もわかりそうになりますが、結局白い女の目的がわからなかったのが不気味で好きでした。三人とも退屈さや満たされない感じを抱えていたので、もしかするとそれを紛らわすために手を引いたという前向きの解釈もできますし、そこにつけ込んで連れて行ったという解釈もできそうです。個人的には後者なのかなと思っていますが、どちらにせよ彼らはいなくなっているので、結局のところ一人目の男の子が言っていた知らない人について言ってはいけないがすべての答えなんだと思いました。
 満たされないからと言って怪しい女性についていってはいけない。他人事とは思えない、嫌な現実味のある作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 子供が一人で遊んでいると、現れる白い女の物語。
 親の都合で田舎に連れてこられたのに放置されてしまい、いじける子供の描写が非常に丁寧で、あるあると小さな頃を思い出しながら読みました。けれどそんな風に暇していると、どこからともなく白い女が現れ、寂しく感じていた心の中へ入り込んで、不安な気持ちを追いやりどこかへ連れていってしまう描写にはすうっと背筋の凍るような怖さがありました。子供の年齢が上がるにつれ白い女の解像度も変わるため、もしかしたらこの子なら助かるかもしれないと思いましたが、そんな思いは毎度毎度打ち砕かれてみんな残らず連れて行かれてしまう。
 最終話に出てくる田舎住まいの子の元へ現れる従姉のユリが、白い女のような挙動をとりますが、真相は何も分からず、すべて滝壺の中へと落ちていく最後は、嫌な余韻が残る終わりでした。
 ただ、子供が行方不明になるのは大事で、それも三人続くと世間からのバッシングされたり、またマスコミも直接家に取材に来そうで、二人いなくなった段階で今までと同じように祖父母の家に行く事は難しいかと思いました。報道規制されている描写があったり、たとえ行方不明になると分かっていても、何らかの慣習により子供を毎年祖父母の家に連れてこなければいけない理由などがあれば良かったと思いました。
 神隠しと山の神様と何か関係性があるのでしょうか。どこか白い女には二面性があるように見えたので、従姉のユリは巫女で、神の人格も宿しているのかと考えたりしました。
 白い女の真相わからないまま何も解決せず、しかも最初は遠い子供から犠牲になっていたのに、田舎の子までその魔の手が伸びていくところを見ると、今後もまたこのあたりで神隠しが続くのではと思いました。

142:消失、/くろかわ

謎の有袋類:
 お、おもしれーーーーー!!!!
 前半戦ピックアップで選ばれた青の星の作者さんの二作目です。
 語彙が足りないので「おもしれーーー」しか言えないのですが、めちゃくちゃおもしろかったです。
 小説独自の見せ方というか、徐々に明らかになっていく世界、情報、そして消えていく世界。謎のカウントダウン、最後に現れる「0」の文字。
 消失する、消えるが人にも物にも概念というか記憶にも訪れる世界を最初は焦っていただろう人類が受け入れている不思議な世界。
 かなり悲惨な世界なのにどこかドライなのも記憶や自分の連続性が無い人が多いからかも知れません。
 突然出てきた上位存在も異常な出来事が淡々と積み上げられた状態だと突然感も薄れて「そういう世界だったのか」と納得感がすごかったです。
 おもしろかったー!

謎のお姫様:
 少しずつ消えていく世 。くろかわさんの消失、です。
 本企画二作品目となるくろかわさん。一作品目では種族や生き方を選べる独自SF世界観で、生き方を見つけていく二人のお話でした。
 本作もジャンルはSFではあるものの、より現代社会からの延長という雰囲気で、また違った読み味でした。
 削り取られていくかのように段々と世界が消失していく舞台で淡々とストーリーが語られていく構成ですが、情報の出し方が丁寧でわかりやすかったです。特に、山田さんの記憶が消えてしまっていたという前段階として、主人公の名前が消えているという描写を挟むことで概念すら消えていく、ということを読者に意識付けられていたのがとても効果的だと感じました。
 ただ、最終盤のラジオから流れる消失現象の理由付けパートは、本筋と関係のない浮いた描写に見えてしまいました。これは私が上位存在が好きじゃないだけかもしれないのですが、主人公と山田さんの奇妙で温かい共同戦線と、だんだん消えていく世界の余韻に浸っていたところに急に素面に引き戻されたような感じがしました。この描写によって話や誰かの気持ちが動くのなら必要だと思うのですが、あくまで本作のフレーバーにすぎないのなら、本作最大の強みである余韻と設定開示のバランスを調整してもいいかもしれません。ここは本当に個人の好みです、すいません。
 章構成も、"5"からはじまり"4"と来たタイミングで、0になった瞬間に何かが起こる(=テーマとあいまって0で文字通り全て消失する)ということが予想できたので、終始緊張感を持ったまま読ませていただきました。
"僕が消えても人の残滓は残る"と、主人公は安心して消えていきますが、本作の舞台は上位存在による実験のひとつですので、きっと"舞台のデータ"は残ってもそこに生きていた"人の残滓"は残らないのでしょう。
その無情さが本作に絶望的な余韻を残していて、サブタイトル通りの読書体験となりました。
 本作の本来のタイトルは何だったのでしょう。何が消えてしまったのでしょう。とても絶望的な世界の終わりの作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 突然世界が消失していく物語。
 建物やカーテンにぼこぼこと穴が空いたり、ケトルやコンロが使えなくなるは大変そうだと思っていたら、ラジオでどこかの島が消えたが起きたというニュースが流れ、この現象は天変地異を引き起こすほどであり、事態の深刻さがどんどん明らかになっていく描写が非常に良かったです。しかもこの消失は物理的にだけでなく、精神の方にも影響する。主人公の名前が消失してしまい、趣味がバイクだったのかさえ分からなくなってしまうのはとても恐ろしく、また主人公がこんな異常事態でもどこか冷静なのは、感情が欠けているかもしれないと思いました。
 そんな中、彼の生きていることを実感するのが音である、というのが好きです。外部情報の中でも一番、知覚しやすいのは視覚だと思うのですが、動くものはあまりなく、見えるものもボコボコの景色であれば
 確かに音の存在の方が頼りになり、ほっと安心するだろうなと思いました。
 けれどもしかしたら主人公は実家暮らしで家族に囲まれていて、消失前は会話の絶えない環境にいたけれど、家族の記憶ごと記憶を失ってしまい、失くしたものを心がどこかで求めているようにも見え、物悲しさも感じました。
 左横でその存在を強調するように減っていく数字もまた恐ろしく、カウントダウンのようだと思ったら本当にカウンドダウンで、ゼロになった途端、すべてが消え失せ、観測者がいなくなり、音が誰にも認識されないノイズになり、あたりに響くラストは虚無を感じるラストでした。
 消失。ではなく消失、という題名が気になりました。
 藤岡弘、の「、」は我未だに完成せず、という意味が込められているというエピソードがありますが、今回は「消失。」ではなく「消失、」であり、消失したけれど何か続くような予感がしました。おしまいを宣言した存在が言っていたのが観測中止ではなく停止なあたり、彼の都合でいつでも再開しそうです。その時は数字が1から始まるのかなと想像したりしました。人外に翻弄される世界の終わりと、最後に残るもの。
 とても面白かったです。

143:河馬雀/菊池ノボル

謎の有袋類:
 麻雀サーバーではお馴染みの菊地ノボルさん。小説でははじめましてです。参加ありがとうございます!
 河馬雀、令和ワイルドライフ麻雀で嫌な予感はしていたのですが、カバを隣に置きながらネット麻雀をする異常者が出てくるお話でした。
 煽り合いなどがどこかで見たことがあるなと思ったのですが、麻雀はカスのクソゲー!きっとどの卓もこんな感じのはず!
 麻雀のルールがわからないと、話の流れがわかりにくいかなーと思ったのですが、ヒーちゃんがヤバいことが伝わればOKの作品なので些事な気もします。
 南4局はもうはちゃめちゃで「これが本物の麻雀だ」という作者の気合いが伝わってきて良かったですね。
 麻雀とは何か? 牌効率、オカルト、防御の麻雀……すべてをかなぐり捨てる暴力こそが麻雀!
 動物たちの勢いで全てをもっていくおもしろい作品でした。
 めちゃくちゃなんですけど、勢いがすごいのでOK!!!!僕は麻雀がもうわかってしまっているので、わからない人の感覚がわからないため、そこは他の評議員さんの講評などを見て次回の作品に活かして頂ければいいなと思います。
 今後も作品を書いてください! あと次の麻雀では僕もウォンバットの群れを率いてぶん殴りに行きます。
 オーストラリアの王はアフリカの王よりも強いことを証明してやりますよ。

謎のお姫様:
 これぞ令和の麻雀! 菊池ノボルさんの河馬雀です。
 全然麻雀で勝てないからカバを連れてくる、という意味は全然わからないけどそうしたくなる(そんなめちゃくちゃなものに頼りたくなる)気持ちはわかる、という絶妙な共感を呼ぶ導入で、一気に物語に引き込まれました。
 カバは呑気に口を開けているだけに思えるけど実はとても強いというのは有名な話ですので、そんなカバが隣にいれば親のリーチに無筋の赤を……切れるはずはないんですが、まあカバが隣りにいるなら切れるか……と思わせる謎の説得力がありました。この時点で私は本作のリアリティラインをズラされており、カバが隣りにいることに疑問を抱かなくなっていて、嶺上牌を巡ったときの「川はより深いところに潜れた方が勝てるんですよ」というわけのわからないセリフもとても格好良いアツいセリフに聞こえました。
 少しだけ不安に思ったのが、私は麻雀打ちなので問題なく楽しめたのですが、麻雀を打ったことはない、もしくはルールくらいなら知っている程度の人にはかなり厳しい専門用語が飛び交っているような気がしました。
 かと言って、いちいち愚形やリンシャン、三面張などを説明するのも冗長になるので、本作は麻雀を知らない人向けではないという割り切りで進んでいくというのもありなのかもしれません。私はマージャンキーなのでとても好きでした。
 付け加えると、本作は麻雀部分をしっかり描いていたからこそ、ラストの令和麻雀が際立ったと思いますので、変に万人受けを狙うよりもこれくらい尖っていていいのかもしれません。
 ラストシーンは、もう私の中ではカバがいることになんの違和感もありませんでしたので、キリンやサイを連れていたことも冷静になれば突拍子もないのに、とても自然に受け入れることができました。リアリティラインズラしがここでも効いてきていました。
自分の有利なように状況を整え、相手のスキを探し、押し引きの駆け引きを考える。たしかにこれこそ本物の麻雀と呼べそうです。そして、ZOZOちゃんがやったように、鳴きでツモをずらしたり筋引掛けをするなどの小細工をしても圧倒的強者には勝てず、すべてを薙ぎ倒すゾウの大群には勝てません。
最後のメチャクチャな展開も、確かに麻雀でした。展開が目まぐるしく変わるのにテーマが一貫していてとても芯の強い物語だと感じました。
麻雀が好きな人全員に読んでほしい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 異次元麻雀です。
 世の中には嶺上開花を高確率で引き当てたり、驚異的な指先の握力で牌を白にして天地創生を引き起こす雀士が存在しますが、今回は河馬の使い手です。カバジャンといったら何か負けた気がします。
 なんと言ってもテンポがよく、個性豊かなメンツが煽り合いながら麻雀している光景は楽しく、途中、カバがいることを忘れてしまうほどでした。でもカバはやっぱりいた。ウンコして場の流れを変えるカバ。恐ろしい。血のツモ、ではない。
 このままカバの勝利かと思いきや、そうはうまくいかないのが麻雀の面白さ。麻雀はクソゲー。カバがいても本人は強くなれないという真理をつかれて退散したカバの使い手のとった行動とそれからの展開は絵面が完全にボーボボでした。
 カバがいるなら別の誰かがキリンやライオンやサイを召喚したっておかしくないだろう?という破茶滅茶な展開を力ずくで納得させてしまう。これが令和ワイルドライフ麻雀……!
 麻雀はそもそも己の内面世界を限界まで表現して相手にぶつけ合い、信念が折れたら負けるゲームです。初手からカバという手の内を晒した方が負けるのは必定。
 そして、くるんだろう?サバンナの、あいつが来るんだろ?とざわざわしていたら、満を辞してのまさかの百頭以上の登場にキター!!となりました。なんでしょう、この実家のような安心感。麻雀はとんでもない運こそすべて。何度もそれの前に膝を屈してきたのだという心の叫びを感じました。麻雀はクソゲー。
 お前、それサバンナでも同じこと言えんの?な令和ワイルドライフ麻雀、とても面白かったです。

144:君に捧げたいリリックはダイナミック/狐

謎の有袋類:
 スターゲイザー、イカロスと向日葵を書いてくれた狐さんの二作目です。
 16歳が刻むビート、文化祭、告白のリリックと青春の眩しさを全面的に出して来た作品です。
 どっちにオチが転がっていくのかドキドキしながら読んだのですが、よかったーーー主人公!
 ラップ、本当に詳しくなくて推しの歌う曲やラップバトルを見るくらいで韻とかはわかってないのですが、それでも「こことここで韻を踏んでるのかー」とわかったのと、ここはリズムに乗って言えたら気持ちよさそうだなと思いながら読みました。
 朗読をするときのハードルは高そうだなとも思います。ラップ……!本当にセンスがない僕のような個体が歌うと念仏もびっくりな平坦なことになるので……。
 ともあれ、主人公の紡いだリリックは大喝采とまではいかなくとも、届けたい大切な人に届いたので大勝利だったのではないでしょうか。
 本当にドキドキしながら読んで、結末でホッとしました。よかったー!
 ダイナミックにきめてくれました。これ、ちゃんとタイトルも韻を踏んでるのがめちゃくちゃ好きです。

謎のお姫様:
 この想いきみに伝われ 笑うやつは死地にくたばれ。狐さんの君に捧げたいリリックはダイナミックです。
 相当の決意がないと書けないとんでもない作品でしたので、講評もメルシーを込めて書こうとし、てんてこまいになってます。
 本企画二作品目となる狐さん。一作品目では、星に手を伸ばす人工知能とそれを手伝う遺跡漁りによる終わった世界の後の話でした。
 本作は現代青春ドラマで、全く違った読み味となっており、この短期間で全然別の物語を二本書き上げる能力がまず素晴らしいと感じます。
 また、本企画は朗読大賞ということで、そこにHIPHOPのリリックをぶつけてきたその大胆なテーマ選びがとても好きです。
 韻の踏み方も巧みで、思わず口に出して読みたくなるような部分が多く、いくつかは実際に口に出してその気持ちよさを体感しました。
 そのキャラクターの感情にストーリーラインが追いついていないように感じるところがあり、たとえば「11月1日 AM2:30」などは少し急に感じてしまいました。現実ではたしかにヘラ期は急に来ますが、もう少し主人公の内心の導線をしっかり引いてもいいかもしれません。
 私の一番好きなリリックは
>「ハナから皆期待なく ハタから見りゃイタい奴?
>無数の言葉が死体刺す 考えるだけで胃が痛く……」

 です。韻の踏み方と主人公の気持ちがバチバチに伝わってくる最高のリリックでした。
 文化祭で多少滑っても、本当に伝えたい人にはきっちり伝わったというオチも青春小説として完璧で、これからの二人を応援したくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 歌に想いを込めて伝える物語。
 初めに送った歌は君を彼女にしたいんだ!という、直接的な感情をぶつけたもの、二曲目は悩みながらも突き進むしかないんだこのままYo!と文化祭に向けての意気込みを、渡すことがなかった三曲目は俺なんてダメだというネガティブさを、そして文化祭当日は、こんな俺だけれどど、でも好きだと真っ直ぐ伝える歌だと感じました。
 そんなクソデカ感情を歌に込める主人公の一人称で物語は進むため、ユカちゃんが本当にどう思っているのか気になりドキドキ感がとんでもなかったです。期待しているという言葉は彼女の本心から言ったものなのだろうか、彼女が当たり障りのなく言ったことを、主人公が勘違いして受け取ったのではないかと穿った見方をしてしまう。
 たとえどんな結果に終わっても墓標は立ててやるからな。そして迎えた文化祭の出来事は、そんな考えもふと飛ばしてしまう爽快なラストでした。ありのままの俺を曝け出して、受け取ってくれるユカちゃん。とても良いアオハル小説でした。何十年かたって、あの時の音源よ、とユカちゃんが取り出して主人公が慌てる姿なんかも思い浮かびました。
 何も気取らずにどこまでも真っ直ぐな思いの乗った物語で、スタッフド・パスト時代の狐さんだったら書けなかったかもしれないとふと思いました。とても良い意味で狐さん(概念)が書いた作品でした。

145:尸愛/支配/宮塚恵一

謎の有袋類:
 第四回では空に謎の円が見える人と見えない人がいる世界のお話と、かつての恩人を追いかけている男性のお話の二作を書いてくれた宮塚さんです。
 毎回、投稿してくれる作品のジャンルや作風が違うのはなんとなく珍しい気がします。
 今作は、主人公が大切にしていた男のお話でした。
 僕はこういう人間の機微に非常に疎いので、そういう情緒がわからない人間の感想の一つだと捉えて欲しいのですが、このお話を正確に捉えられたかどうか自信がありません。
 多分、他の評議員のみなさんはわかっていると思うので、機微や情緒がわからない人間とわかる人間のどちらの感想も見ていい感じにチューニングをしていただく要素の一つとしてお役に立てて頂ければいいなと思います。
 主人公が坂本になんらかの歪んだ執着を見せていることはわかるのですが、具体的に何をしているのかは明確に書かれていなかったのでよくわかりませんでした。
 犬の下りがあったので暴力をしていたのかな? とは思うのですが……。
 個人的な好みなのですが、導入部分で終わっているような印象を受けるので一波乱あるか、警察に疑われているところから物語を動かすと臨場感のある作品になったのかもしれないなと思います。
 主人公にとっては最高のハッピーエンドで僕は好きな作品でした。坂本くんも感覚や感情を失い、平田も金を貰えてラッキーというみんなにとっても大団円のハッピーエンド!
 多少手荒く扱ったとしても、定期メンテナンスで元に戻るし、坂本は訴えたりもしないので良いこと尽くし。
 坂本くんと主人公はこの先も末永く幸せに暮らして欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 それは生きているのか、生きていたのか。宮塚恵一さんの尸愛/支配です。
 本作は、死んだ彼に処理を施して生きているかのように見せる主人公の歪んだ愛情の話が進行していき、だんだんとさらなる歪みの深淵が明かされていくという構成です。序盤にゴール(死体処理を行う)が提示されることで、すぐに物語に入り込むことができ、そのゴールに辿り着いたところで作品が終わるのではなく、更に奥(主人公の思う愛の形)に辿り着いて終わることで想像を越えたオチとなり、作品を通してずっと面白かったです。
 テーマ、構成だけでなくキャラクターもとても好みで、特にビジネスライクな仕事人、平田氏の造形がとても良かったです。感情はバッチリあるものの、仕事と感情を切り分けることができていて、そういう人じゃないとこの仕事は務まらないだろうなという説得力がありました。
 ただ、これは本当に私の読み方の話で申し訳ないのですが、私は誰か感情移入できる人間がいた方が物語に没入しやすいタイプです。本作は出てくるキャラの三人ともがかなりズレていたので、ほんの少しでも読者が共感できるようなキャラか描写を用意しても良かったかもしれません。
 最後に明かされる彼の歪み度合いがとても好きでした。ずっと友愛を抱いているものだと思っていたので、飼い犬のように従順な行動を求める支配欲のようなものだと明かされた瞬間は鳥肌が立ちました。
 ここで一瞬、「従順なものを求めるために主人公が殺したのでは?」という可能性が頭を過ぎりましたが、それは中盤に違うと明示されていた上に、「坂元はそんな私を癒やしてくれるかけがえの無いない友だった。」という独白から主人公は彼を生前も死後も同じように扱っている=殺す必要すらなかった=彼は主人公の中で生きていたと言えるのか? というところまで私の中で繋がりました。
 歪んだ愛情がとても怖くなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 死んだ友人にあたかも生きているように死化粧を施す物語。
 死化粧は生者のためのサービスだなと読み終わった時に思いました。
 彼の遺体に多額の費用を支払らい、まるで生きたような見た目にしても坂元が死んだ事実は変わることはありませんが、主人公が彼の死を上書きできたと喜んでいるようにも感じる姿は、どこか哀れみを誘うものでした。
 仲が良かったというよりは、支配的な関係性だったように伺えたので、もしかしたら坂元にとって死は主人公から逃避できる唯一の手段だったのではないでしょうか。主人公が語る坂元像しか情報がなく、本人の口から何も語られない様はまさに死人に口なしでした。
 新しい坂元と彼の始まりの物語であり、導入に終わったようにも感じられたので、彼らの今後があると良いなと思いました。彼が仕事で何かつまずいて、メンテナンス費が払えなくなり、腐敗していく彼を見ていられなくなるといいですね。完全に個人の好みです。
 死を受け入れられない者と境界を曖昧にする者の物語。平田氏の、軽口を叩きつつ仕事をきっちりこなす人となりが好きだったため、彼女が主人公の物語を読んでみたいと思いました。

146:忘れられた水鏡/碧月 葉

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 こちらは食糧難に陥った世界のお話でした。
 世界から農業も、畜産も漁業が消え、昆虫食を主材料にした完全食が主流になっているのをおもしろく読ませて頂きました。
 全体的に非常におもしろく、AIではなく母親に育てられた主人公が非合理性を好み、そして完全食に味付けや美味しさを求めた上で売り上げに貢献するというサクセスストーリーもおもしろかったです。
 とても興味深いお話だったのですが、農業が完全に滅びた世界で昆虫をどう安定供給しているのかが気になりました。
 些細なことなのですが、作品の根幹に関わることなので新種の飢餓に強く繁殖力の強い昆虫を作り上げたというような補足の一文があると、更に作品の世界に説得力が増すと思います。
 最終話で農業が少しですが復活しつつあるという部分や、社長が主人公を認めてくれているというような希望的な結末だったのがすごく好きです。
 これは未来に向けてのボイスレコードのような終わり方なので、きっと主人公の子供や子孫が見ることになるといいなと思いましたし、明確には書かれていないですが、きっと農業は復活して、平均寿命も延びている世界になっているのだろうと想像が出来て読後感もとてもよかったです。

謎のお姫様:
 人を殺すこともある欲望こそが、人を生かす。碧月 葉さんの忘れられた水鏡です。
 本作は環境破壊による食料飢饉からはじまるディストピアSFですが、人類がそこまで愚かではなかったのがとても印象的でした。この後来る"美味しい"を求めるエネルギーにも言えるのですが、絶望的な近未来SFでありながらも"そんなときこそ人類にはこうあってほしい"という希望を描いた作品となっているので、ディストピア舞台でこんなに温かい気持ちになれるとは思っておらず、とても面白かったです。
 「欲」=「悪」という時代でも人類の英知であるUKEをできるだけ美味しくしようとする主人公の気持ちはとても理解、共感ができるものでしたので、ぐいぐい主人公に引っ張られてお話を読ませていただきました。舞台が現代日本じゃないからこそ、キャラには共感させる、という構造が素晴らしかったです。
 ただ、これは本当に個人的な好みなのですが、序盤で印象的に使われる母親のバースデーメッセージがあまり本筋に関わってこなかった気がしました。もちろん、ラストの主人公→誰かへのメッセージは母親の影響を受けてのものだとわかってはいるのですが、それならそれをきっちり描写したほうが、思いが繋がっていく感じがしたかもしれません。わざわざ書くのも粋じゃないとの判断でしたらすいません。実際に書いてみると蛇足になっていたかもしれません。
 食とはなんなのか、欲望とはなんなのか、という人間の根源的な思いを切り取り、本作の中で答えを出し切っていた(そして丁寧な描写により、それに説得力があった)というのがとても好きです。美味しいを求める気持ちこそが人類を発展させてきたものであり、生きる意志になる。食を大切にすることこそが自分自身を大切にすることに繋がる、と、欲望を前向きに描いているからこそ、希望に繋がるラストシーンとなっていました。主人公の世代はきっと間に合わず、あと七年で死んでしまうのかもしれませんが、きっと誰かが想いを継いで、再び人類が笑いながら生きる時代が来てくれるでしょう。

謎の原猿類:
 食糧危機により人類存続の危険にさらされた世界の物語。
 人類の危機を辛うじて救ったスーパーフードの成分の中に藻が含まれているのに、遠くて近い未来感を感じました。先日、とある次世代エネルギーフェスティバルでバイオ燃料としてイカダモが注目されている話を聞いて、あのイカダモが……!と驚いたのを思い出しました。脂質としての藻類の可能性は夢があります。
 産業革命時、上流階級の平均寿命は三十五歳と言われているので、主人公の住む世界はそれよりもやや低い水準。まるで文明が巻き戻ったようでした。ただ単に種の存続をはかるだけなら、子を産みさえすれば良く、それ以上生きる必要がなく、だからこの平均寿命の短さなのかと思いました。主人公の美味しいものを食べたいという追求により、平均寿命が伸びたのは、何か楽しいことを見出してよりよく生きていこうという意志が芽生えたからではないでしょうか。
 題名の忘れられた水鏡の指すものは、かつて当たり前のようにあった水田の風景という回収もとても良かったです。
 非合理さこそ人間ならではの生き方という、この時代では異端な発想は主人公に母からの愛という土壌があったからこそで、その土壌が新しい発想を生み、未来へと繋がっていく流れは、希望を感じました。
 人類再生の物語。彼の想いがつまったメッセージがまた誰かに届いて、明日を切り開く力になればいいなと思いました。とても面白かったです。

147:言いたいこと、全部書いたよってお前が言って/君足巳足

謎の有袋類:
 第二回ぶりに参加してくれた君足さんです。参加ありがとうございます。
 引っ越したあいつに「おれ」が手紙を書く話。
>だってこれって、手紙の中にちゃんとお前がいるってことだよな。
 ここめちゃくちゃよかった。
 手紙の相手のことは、性別もわからないし、どんな人なのかもわからないのですが、それでも主人公が「お前」のことを大切な友達か、それ以上の存在だと思っていることが伝わってくるお話でした。
>言葉は全部あとからついてきたんだ。
 とある通り、もしかしたらもっともっと先になったらこの主人公の気持ちに友情以外の名前がつくのかもしれないなと思いました。
 朗読するにもめちゃくちゃ映えそうなのも合わせて「よかったー」と思いました。
 自転車から降りずに手紙をポストにINすることも好きだし、主人公は字があんまりきれいじゃないけど一生懸命書いたのかなみたいなことまで想像出来るのがよかったです。
 情緒的なことに鈍い僕にもわかるこういう感情や情景、すごい。
 読み終わった後に、余韻に浸りながら「よかった……」と思う作品でした。

謎のお姫様:
 走れ、全てはあとからついてくる。君足巳足さんの言いたいこと、全部書いたよってお前が言ってです。
 男の子が誰か宛に手紙を書くシーンからはじまる本作ですが、"そのまえ"の章でとても詩的でワクワクする一文が挿入されていたので、手紙形式でどうしても必要になってしまう前置きパートもグイグイ読ませていただきました。強い一文を自覚して、頭にもってこれる力が本当に強い作品だと感じます。
 転校の当日にそれを知らされ、追いかけていった主人公が拙いながらもその日あったことを書き記すという形式を踏むことで、"手紙を書くのに慣れていないから俯瞰して書けず、思ったことあったことを全部書いてしまう"="手紙形式なのに没入感とスピード感を演出する"という形に持っていっているのが巧みすぎて唸りました。手紙の締めの文章も「そうしてあの日、おれは走り出した。言葉は全部あとからついてきたんだ。」という強いワードで締めたいものの繋がらないので、主人公にあえて「ほんとうは、今ここにそれを書いてもつながらないなって思うんだけど、」と言わせているのが、なりふり構わず設定を全部使って、読んでいる人の心に訴える、ということが徹底されており、実際とても心に残る手紙となりました。
 また、手紙で終わらず、それを出しに行くときにももう一度走ってしまうというところが好きです。
 手紙パートで"終わった物語とそれに対して感じたこと"を描き、それを使って投函パートでもう一度同じことをする、という構成なので、主人公の思いがより伝わってきました。
 主人公によくがんばったね、と言いたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 手紙は不思議なもので、その人の想いを切り取って形に残したものだと感じることがあります。
 言葉は相手に気持ちを伝える手段の一つではありますが、言葉を形にするのは、ある程度型にはめる練習をする必要があり、そんなものではおさまらない彼のとても大きな感情が伝わる手紙でした。
 大事な存在が引っ越しをすることを当日知って、焦って何も考えられなくて、でもたまたま偶然相手に出くわして、その時には形にならなかった思いが手紙になって、言葉がようやく追いつく、という流れがとても好きです。帰ってきた手紙もまだ言葉として受け取れないけれど、でも言いたいことはちゃんと伝わっている。分からなくて言葉にならない気持ちを、これからも二人で手紙のやり取りをしてどんどん形にしていって欲しいなと思いました。
 余談なのですが、最後の曲がり角を曲がろうとして引っ越しのトラックが来た時に、条件反射で、異世界転生の話だ!なりました。ならなくて良かったと思いました。
 手紙をはじめて書く男の子の物語。とても面白かったです

148:約束/現無しくり

謎の有袋類:
 意外にも初参加。しくりさんです。参加作。 
 エモ。黒髪長髪イケメンと狭くて汚い部屋で体を貪り合う描写、とてもいいですね。ドキドキしました。
 相手の遺言を守り、それが苦しいとわかっているけれど普遍に適応してしまった主人公は自死を選ばないのがめちゃくちゃ好きです。
 一方、蝉倉は成功したものの普遍に呑まれたことに耐えきれず、溺れて自死を選び、そして作品と共に眠る。好きな男の手で作品と共に土に還るのは、例えいつか掘り起こされたとしても最後の希望だったのかなと思います。
 人が死んでそれを埋めるスタートなので、大きな物事は起きているのですがそれが本題ではなく、蝉倉の苦しみと主人公のこれからへの覚悟と軽い懺悔が印象的な作品でした。
 おもしろかったー! 夕暮れから深夜に読むとグッと雰囲気が出ていいですね。
 こういう葛藤や、普遍への向き合い方、情緒たっぷりなやりとりなどすごく映えるし、すごく合っているなと思います。
 僕は鰯的な方向も好きなので、自分でこうと決めつけずに色々とチャレンジして欲しいです。

謎のお姫様:
 殺した責任を果たすために、約束だけは守りたい。現無しくりさんの約束です。
 どうして死体を埋めているのかという回想で主人公と蝉倉の二人のキャラクターが深掘られていくという構成でしたが、主人公の語り口から絶望感が滲み出ていてとてもおもしろかったです。
 そんな絶望したような、諦めたような語り口にどうしてなっているのか、それが生来のものなのかという疑問に対して、"お前がつまらなくなって、俺もつまらなくなったんだ。お前を殺したのは、俺でもあるんだ。"というアンサーが示されていてラストがとても気持ちよかったです。
 ただこれは私の好みなのですが、本作は『死体を埋めに行く』というゴールが提示されていて、そこに向かっていく構成です。初っ端からゴールを提示していただきとても読みやすい構成でしたが、オチをゴールより奥に設定しておくと、さらに想像を越えた作品になったのかもしれないと思いました。例えば、死体を埋めてしまったことで主人公がどう感じたかなどの描写が最後に挟まると、『死体を埋めに行く』というゴールの先に辿り着き、そうするとより私好みの、終着点が予測できない作品になると感じました。
 主人公と蝉倉が約束をする会話がとても好きです。青くて若い二人の会話劇は、それでもとても共感できるものでした。
 尖り続けていたい。それができなくなった日には死にたい。その思いは、ウェブに小説をあげている私達のような人種に深く刺さるものだと思います。
 だからこそ、劇的に死にたい、という蝉倉の気持ちにとても共感でき、自死を選んだ彼を責められず、約束通りに埋めに言った主人公を応援したくなる作品になっていたんだと感じました。
 この後主人公は劇的な生き方を選ぶのか、絶望のままのうのうと生きていくのか。どちらを選んだとしてもきっとその先に幸せはありませんが、できれば蝉倉の意思を継ぎ、劇的に生きてほしいと祈りたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 前回、鰯で圧倒的な印象を残していったしくりさん。
 今回はしっとりした雰囲気の物語。
 死体埋めは証拠隠滅のために行われ、埋めた人間の人生が絶頂にある時に誰かに発見されどん底に堕ちるまでが様式美のような印象があります。
 けれど今作の主人公の目的は、彼との約束を果たすため、というもの。
 私を死なせないように、と言っていたのに、世間的に評価されてしまったばかりに、人生も中身もつまらない人間になってしまった主人公へのクソデカ感情を感じました。
 あの日、蝉倉の戯れだと思っていた言葉が現実となってしまった光景に、彼がどれだけ絶望したかは語られませんが、埋め終わった時に吐くセリフが全てだと思いました。
 ぎらついた目が濁っていき、そして最後は虚空を見つめる目。埋めた死体はいつまでもその形を保っていられず腐敗するだけですが、だからこそ今が一番美しい姿に映るのではないかと感じました。
 一方で、埋められた死体は掘り返されるもの。もし彼が見つかってしまった時は、自殺か、あるいは同居人の嫉妬により他殺された天才芸術家とともに埋められていた作品はさらなる付加価値がついてしまうのではと思いました。その時、主人公はどうなるのか。古典的で無計画な手法は、様式美にのっとった終わりを迎えるのか、ふと気になりました。面白かったです。

149:あの日の夜の白煙の/今井士郎

謎の有袋類:
 夏を終わらせてくれました! 初めての小説完結&はじめての参加ありがとうございます!
 初めての小説って本当ですか? というくらい読みやすくおもしろいお話でした。
 途中に挟まるほろ苦い恋愛にならなかった設楽さんとのエピソードもめちゃくちゃ好きです。
 演劇の脚本を書く主人公と舞台監督を中心としたお話でした。
 回想に繋がる瞬間だけ少し混乱するので記号で区切るか、ページを分けてしまうとわかりやすくなるかもしれません。
 タバコを吸わない二人が、タバコをすって軽い会話をしただけの記憶、でもふと思い出した時にグッと来たりすることあるよねというエピソードの取り回しが非常に巧いなと思いました。
 あと、表現方法が非常に豊かで
>ディスプレイは「あ」を迎え入れるのをやめた。
 という一文がカッコいい……見習いたいな……とすごく参考になりました。
 どんなきっかけであれ、こうして小説を書いてみて完結させる、しかも字数や条件付きの状態でというのは本当に素晴らしいことだと思います。
 読みやすくおもしろかったで、また何かの機会にお話を書いていただければなと思います!

謎のお姫様:
 探していたものは、目の前にあった。今井士郎さんのあの日の夜の白煙のです。
 書かなきゃいけない作品が何も思いつかない、という私達のような字書き集団なら誰もが経験ある苦悩がテーマになっていて、とても主人公に感情移入しながら読むことができました。
 本作は演劇の脚本家の話ですが、意味もなくひたすら「ああああ」と打ち込んでしまう最序盤で一気に主人公が好きになり、心を掴まれました。その後も「知らねぇよ」「知れよ」などの軽快なやり取りが続くので、とてもおもしろく、読みやすい作品だったと感じます。
 そのような舞台背景が語られ、本筋である主人公と設楽さんの回想に入っていきますが、回想部分は、少し情報量が多いかもしれないと感じました。具体的にどれが、というわけではないのですが、設楽さんと主人公がタバコを吸いながら脚本について考えを深める、というシーンには直接関係のない描写が気持ち多めで本筋ではないところに頭を割いてしまう箇所がありました。直接関係のない描写はキャラや背景を深堀るためにはとても大切であり、ここのバランス感覚は個人の好みだと思います。敢えて言うとしたら……で思ったことなので違うなと思ったら流していただければなと思います。
 設楽さんとの過去を思い出したことで、自分の人生はドラマチックではないけれど、ドラマチックな出来事がそばにあったことに気付き脚本が書けるようになる一連の流れはとてもアツく、おもしろかったです。
 私個人的には、ドラマチックな身近な出来事を脚本にしている主人公は十分ドラマチックな人生を歩んでいるような気もしますが、そうは思わずそれでも幸せじゃないかと結論付けているところが、彼の人生を表しているようで、キャラクターが一貫していてとても芯のある主人公だと感じました。
 振り返ると大切な思い出だったとわかるあの頃のエピソードがとてもきれいな作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 脚本に悩む場面から始まる物語。
「ああああ」の行列は、なんだか文字数が増えた気がしてとてもいいものです。あとで消す時に虚しさしか残りませんが、みんな同じことをやっているのだとふふっと笑える導入でした。
 中でも印象的だったのは、自分では軽いと思っていた人物を、芯が真面目だと受け取られて驚く場面です。字で書かれた内容が見る人によって印象が変わり、その人物が演じる誰かによって命を吹き込まれ人物の深みが現れるのは、脚本ならでは物語の作られ方だと思いました。また、あの日の思い出をきっかけに、すっと筆が進むラストはとても良かったです。
 一方で6000字はいろんなことを詰め込みすぎると窮屈に感じることがあります。これは個人の好みなのですが、脚本が出来上がるまでの苦労話か、三十手前のおっさん2人のなんだかんだ続いている友情物語なのか、あの日、何かきっかけがあれば変わったかもしれない未来なのか、どれか一つに焦点を置いた方が、内容がよりストレートに伝わったと思いました。
 結婚という人生の節目の演目の舞台にあがる三村を祝福する主人公は
 まだ観客側ですが、近い未来、自分の舞台に立つ日が来るといいなと感じました。面白かったです。

150:にせ物の愛、モノトーンの/ポテトマト

謎の有袋類:
 こむら川には初参加のポテトマトさんです。参加ありがとうございます。
 僕の教養が足りないせいと、情緒的なものを察する能力がないため、多分拾い損ねた部分が多くあると思います。すみません。
 失われた映画のシーンを再現するために投入された人工知能が苦悩をするお話だということまではわかったのですが、文也に振られたルビであるWfW-5や、タイトルに書かれている数字の意味や、文章を短く区切っている意味は拾いきれませんでした。すみません。
 全体的に詩の様な作風で、楽園を追われたアダムとイブ、それを唆す蛇を描いていること、林檎を何かに例えているのだろうというところまではわかったのですが、それが映画のシーンなのかそれとも主人公が何かに例えているのかちょっと読み取れなかったです。
 きっとキリスト教などに詳しい人や、音楽や映画に詳しい人へ向けた作品なのだと思います。
 読者と作者には情報量の差があり、作者の比喩表現や暗喩などは思っているよりも伝わらないのでもし間口を広くしようと思う場合は書きすぎかなと言うくらい書いてしまった方が親切だと思います。
 ですが、間口を広くするのが唯一の正解ではないと思っています。
 自分が作品をどんな人に読まれたいのか、どういう人向けに書いているのかを意識してターゲットへ向けて作品を書けているのなら問題はないと思うので、このまま好きな作品を描いていってくれたらなと思います。

謎のお姫様:
 人工知能の演じる作品に、感情は乗っかるのだろうか。ポテトマトさんのにせ物の愛、モノトーンのです。
 絵を書く人工知能が爆発的に流行している現代社会にマッチした、人工知能は人間に近づけるのかというとても挑戦的なテーマに取り組んだお話でした。
 1,3章で描かれる独白はとても素敵な表現が多く、抽象的でいつつも「何かが違う」ということが伝わってきました。
 そしてそれを2章で補間していく構成ですが、どうして彼を完璧に演じきっているのに完全に同一にはなれないんだろう、と苦悩するところが好きです。
 もしかすると完全に同一になっているけど、主人公がそう思っていないだけなのだとしたら、それはもう夢や理想を求める人間だと言えるのかもしれませんね。
 ただ、本作はとても難しい作品だと感じました。
 上で書いた講評も、この後続く講評も、ポテトマトさんの意図通りに受け取れているか不安なまま書いています。違ったら本当にすいません。
 例えば1,3章は不自然な改行、体裁揃えがあるので縦読みなどのギミックが仕込まれているのではと勘ぐってしまうものでした。2章ではかなり1章の話が補完されているのですが、登場人物とその性質、舞台背景が完全に描かれず、そもそも1,3章がかなり抽象的でしたので(すいません、どこまでがシーンでどこまでが独白かも多分理解できてないです)もう少し補完があると、読解力の低い私にも優しい作品になったかもしれないと感じました。
 もちろん、こんな読解力の人向けではないという作品でしたら、表現はとても素敵でしたので、無視していただいて構いません。
 100万回目のフィルムで、僕は望むものを残すことができたのでしょうか。その解釈は作品内では語られず、ただ読者に委ねられるという終わり方がとてもオシャレで好きです。
 それも、同じ文章(違ったらすいません……)の間に間の章を挟むことで、もしかすると100万回目では……と思わせる構成がとてもおもしろかったです。
 現代社会への挑戦とも取れる、人工知能の限界に対する作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 音で読む物語がとても苦手で、きちんと理解できたかと言われると非常に難しいためそのような感想になります。すみません。死んでしまった文也のかわりを演じることになった人工知能の話、と解釈しました。林檎・悪魔と聖書のモチーフになるものが散らばっているのですが、果たしてそれを意味するものは何か分かりませんでした。
 ただこれは、ポテトマトさんの想定されていた読者層のターゲットから大幅に外れた場所に私がいるためで、カチッとハマる人にはハマると感じました。
 正確な演技ができるのに、見ている彼女には何か違うと思ってしまう苦悩。ですが個人的には、人工知能は人を超えられないという考えは人の傲慢さや限界を感じる部分でもあるなと思ったりします。
 アンドロイドと人という題材ですと第四回こむら川小説大賞参加作「機械仕掛けのナイチンゲールは目覚めの歌を歌わない」や、山本弘の「アイの物語」のアンサーが好きなのですが、ご興味があればぜひ。
 物語は好きに書くのが一番なのでこれからも好きな物語を描き続けていただけばと思いました。

151:L'Ultima Cena/佐倉島こみかん

謎の有袋類:
 前回は二連泣きぼくろが素敵な登場人物が出ていたエコーは言葉を返せない~采女 静佳の復讐奇譚~で参加してくれた佐倉島こみかんです。参加ありがとうございます。
 法外な値段と引き換えに死んだ相手をコース料理にしてくれる非合法なレストランと、妻の遺言で妻を食べることにした主人公のお話でした。
 妻が一言もしゃべらないので、序盤で察していたのですが
>「君の五十肩も、これくらい柔らかくなったら良かったのにね」
 がっはっは! なっとるやろがい! とツッコミポイントがあったのが好きでした。ミスリードを誘導する手法だとしたら、目の前でやわらかく煮込まれているのでちょっとだけ意地悪かもしれないなと思いました。
 三ヶ月という期間も、ちょうどお肉を熟成させるのにちょうどいい設定でとても良いなと思います。
 愛する人の血肉になりたい、それが例え三ヶ月でもという妻の気持ちが共感できないけれど、それでも遺言を守ろうと思う主人公の愛がとても素敵だなと思いました。
 髪の毛や骨などを使ったメモリアルグッズとかも希望すればもらえたりするのでしょうか? サービス満点のレストランなのできっとそういう心遣いもあったりするのでしょう!
 そんなことを考えさせてくれる素敵なお話でした。作中でL'Ultima Cenaが「最後の晩餐」という意味だと明かされるところもすごく親切……!
 とてもおもしろい作品でした!

謎のお姫様:
 それはまさしく、最後の晩餐。佐倉島こみかんさんのL'Ultima Cenaです。
 妻の希望で来たレストランの料理を食べていくうちに真実が明かされていくという形式の本作ですが、料理の描写がとても心惹かれるもので、とても美味しそうでした。作品のオチを思うとここの料理パートはいわば前フリですが、そのフリがそれだけで料理小説として成り立つような完成度でしたので、一層ラストシーンが際立ったように感じます。また、レストランのサービスや主人公の小市民的なふるまいの描写もとても丁寧で、「こんなサービスを受けてみたい」と「でもこんなサービスを受けたら主人公みたいになってしまいそう」という気持ちになり、いつの間にか主人公に深く共感していました。
 ただ、これは敢えてなのかもしれませんが、妻がその場にいないということは少しわかりやすく、そのせいで終始ハラハラしてしまいました。腿肉を食べた時点で、妻の希望の料理屋(そして金額がおかしい)なのに妻がその場におらず、いるかのような振る舞いを店員さんは受け入れているということまで明かされていたので、もし傍点部分を驚きの真実として配置していたのなら、少しヒントを出し過ぎだったかもしれません。ただ、あまりに唐突に食人だと明かされても読んでいる側が驚いてしまう可能性や、理解されない可能性もあるので、驚きを演出するか物語をすーっと理解してもらうかの目的によってヒント調整をするといいのかもしれません。
 妻の今際の際の言葉、「三ヶ月でもいいの。その事実が大事だから。」というのがとても好きです。食べることを受け入れて、一度同化したという事実が主人公の心に残りさえすれば、それは今後一生一緒にいるということと同義。その重いとも取れる愛がとてもよかったです。
 ただの食人描写で終わるのではなく、ティラミスの意味を知り、主人公が彼女の遺言を受け入れるところまで描写されたので、作品を通してグロテスクさではなく温かさを感じました。
 いつか向こうで会ったときに、笑いながら味の感想や手続きの面倒さを話し合ってほしい。そんなことを思う作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 妻たっての希望でとあるレストランで食事をする物語。
 退職金の1/4という数字が出てきたたりでおや?と感じ、妻の存在が不確かで、その肉が牛肉なのか豚肉なのか明かされず、もっと食べにくいと思っていたいう主人公の発言でこれは人肉ではと思ったのですがやはり人肉でした。
 提供される料理は特殊なものですが、店員のワインの選び方や食後のデザートの至るまで気遣いが素晴らしく、大切な人との最後の晩餐を彼は過ごせたのだと思いました。
 一点気になった点は調理に必要な部位だけ切り取ったという描写です。
 血抜きされていなかったり、死後かなりたってからの処理のためお肉の腐敗が結構進んでいそうだと感じました。
 ただこれはあら探しに近いとも思うため、そんな風に読む人がいるんだな程度に受け取って頂けれると幸いです。
 たとえ身体の一部ではなくなったとしても、想いは心の中にずっとある。食べる側も食べられる側も愛の伝わる物語でした。

152:放蕩者の末路/悠井すみれ

謎の有袋類:
 妖精王の愛し子たちを書いてくれた悠井すみれさんの二作目です。
 今作はタイトルの通り放蕩息子が死ぬまでのお話でした。
 故意に家族を傷付け、遠ざけ、後腐れのないようにするのも一つの優しさの形だったのだと思います。それが無意識だったのだとしても……。こういう形でしか思いやりを発揮できないある種不器用な人だったのだと思います。好き。
 そして情婦さんがとても強かでめちゃくちゃ好きでした。上辺だけでの関係で癒やされることもある……。
 主人公が最後に思い浮かべたのが家族と多恵だったのがすごくよかったです。
 本心を吐露した最後、きっときれいに彼は散ったのでしょう。
 おもしろい作品でした!
 普段ヘラヘラしてるやつが最期に漏らす「死にたくない」という本音。エモでした。

謎のお姫様:
 道化師が唯一呟いた本心は、誰の耳にも届かない。悠井すみれさんの放蕩者の末路です。
 本企画二作品目となる悠井すみれさん。一作品目では終始不穏なファンタジー世界で、食べることで同化していく魔王やその配下の歪んだ愛のお話でしたが、本作は舞台が戦時中の日本ということで、ぜんぜん違う読み味の作品でとても面白かったです。
 また、戦争に行くので情けで嫁をもらうという気遣いに嫌気が差し、それならその分遊んでいたいという主人公はとても共感できるもので、読んでいて気持ちが入りやすかったです。
 途中で明かされる「ずっとふざけて生きてきたから、戦争もふざけていく」という生き様はとても格好いいもので、それでも志乃さんには乱暴しないというところに彼の変な真面目さも感じ取るところができ、とても魅力のある主人公でした。
 これはシンプルに疑問なのですが、関西弁(大阪弁ですかね?)で話す主人公の地の文が標準語なことが気になりました。関西弁は文字に起こすといっそううるさい言語なので、読みやすさを取ると標準語にしたほうがいいとは思うのですが、一人称小説で地の文と話し口調がズレているのに少し違和感を抱きました。そのあたりのお作法はよくわからず、単純に疑問に思っただけなのであまり気にしなくても大丈夫だと思います。
 ただ本作は、主人公の生き様が言葉になるまでやや話の本筋がわかりづらく、スロースタートなものを感じましたので、最序盤から目的や強いシーンなどを持ってきて、いきなり読者を引き込んでもいいのかもしれません。
 それでも、生き様が公開されて以降は彼の魅力にとても引き込まれ、実際に特攻隊に手を上げたシーンは最高すぎて叫びそうになりました。
 いざ飛んでからも、良くしてくれた志乃さんはともかく、ほとんど関係のない多恵さんのことも気にしていたりと、彼の根の真面目な部分が出ていてとても良かったです。
 そんな彼が最後に本心を呟きますが、道化師の呟いた初めての本音ということでとてもグッと来ました。
 本作を読み終わった後にタグなどをみるとクズ男やもう遅いなどがついていたので、私の読み方はもしかすると意図と少し違うかったかもしれませんが、私はこの主人公がとても好きで、できればなんとかして生きていてほしいと祈りたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 ふざけて生きてきたから、最後まで突き通さなければならない男の物語。
 彼の首尾一貫とした真面目に不真面目な性格は、生まれてこの方衣食住に苦労したことがないために、己の足で人生を歩んだことがないような浮遊感のある生き方のように思えましたが、そんな彼が死に直面して思いの丈を吐き出し、ぎりぎりになってようやく生の実感を感じとった瞬間、切り取られていくラストは無情だと感じました。
 そんな彼とは対照的に、本心でどう思っているにせよ表の顔を崩さず力強く生きていく志乃の姿が印象的でした。
 これは完全に個人の好みなのですがクズ男がもっとクズ男だとより良かったなと思いました。放蕩者と聞いて真っ先に思いつくのはホガースの「放蕩一代記」なのですが、彼に較べると直文は真っ当な印象があります。多恵との結婚式に参加しなかったのも彼女の今後を思って意識的にやったようにも思え、不真面目そうに見えて冷静に物事を判断できる彼が、あのような最後を迎えるだろうかと若干ですが違和感を感じたので、もっと後先考えないお気楽でロマンスに溢れた男だったらいいなと思いました。ただこれは本当に個人の好みです。
 不真面目に生きたかった男が不真面目に生きられない時代でも、志乃は志乃の生き方を貫いていくのだと思いました。直文の子であったらいいなと彼女に勝手な理想を抱いてしまうのも、彼女の魅力からくるものだと感じました。面白かったです。

153:夏。冷房の効いた部屋の真ん中で。/佐藤ぶそあ

謎の有袋類:
 ずっとツシマから百合を生み出した人のイメージが消えません。ぶそあさんが参加してくれました。ありがとうございます。
 いいですね! キュン!
 最初はBSSものだと思ったのですが、きれいな三角関係になって終了! これは岬さんもきっとケン兄のことが好きですよ(決めつけ)
 湊と岬という海繋がりの名前もすごく好きです。
 これはめちゃくちゃ先が読みたい! 二人のどちらをケン兄が選ぶのか……それとも二人ともゲットしてしまうのか……読みたいですね。
 導入というか連載一話目の終わりというような感じなので欲を言えばもう一歩踏み込んだところまで読みたかったというお話が面白かった故の「おかわり」感がありました。
 湊ちゃん、健気で魔性でかわいいのも最高ですし、ケン兄の誠実な様子もすごいよかったです。
 ラブコメとか恋愛物はやはりヒロインがかわいいと強い。
 一年ぶりのカクヨム新規作! こうして自主企画きっかけで書いてくれるのはすごくうれしいです。
 またお時間があるときにお話を書いてくれるとうれしいです。

謎のお姫様:
 がんばれ理性、がんばれ。佐藤ぶそあさんの夏。冷房の効いた部屋の真ん中で。です。
 とても官能的で素晴らしい夏の小説でした。序盤は好きな子の家に回覧板を持っていくと妹がいて、姉がデートにでかけたことを知らされるというストーリーラインですが、節々に夏を感じさせる描写がたくさんあって、とても臨場感のある小説でした。後半が会話劇メインのためあまり舞台描写に文章を割きすぎるのも没入の妨げになるおそれがあるので、前半で一気に舞台を説明しておくという構成はとてもうまいものだと感じました。
 一方で、一章のラストまで本作の本筋が明かされない構成となっているのは、短編小説としてはややスロースタート気味かな? とも思いました。
 私個人的に、小説には序盤からある程度の目的開示か、魅力的なキャラクターで引っ張っていってもらいたいと思っているのですが、本作のキャラの魅力が全開になるのは本筋が明かされてからなので、もう少し序盤から読み手を引っ張る強い描写があるとよりよいのかもしれません。
 本筋とキャラクターの魅力が全開になる二章は圧巻で、コメディチックな会話劇と入り乱れた思いがとても面白かったです。きちんと謝れて、それでいて自分の気持ちをまっすぐ伝えられる湊ちゃんのキャラ造形と、それでも岬さんが好きだということを伝える(それでいてちょろいことも伝えるところがとても可愛かったです。男子ってちょろいですもんね)ところが、ぎりぎり現実にいそうな芯の強い二人でとても好きでした。ちょろいことを自覚しているからこそ席移動を繰り返していくところは、とてもシュールな映像が頭に浮かんで楽しかったです。
 岬さんワンチャンありそうな雰囲気で本作は締められるので、この後のことをかなり恐ろしいものを感じますが、できればドロドロにならずに円満で終わって欲しいな、とキャラが強すぎて思わず彼らのその後に思いを馳せてしまいました。
 是非この直後に理性に負けちゃったケン兄湊の同人漫画を読ませていただきたいです。
 魅力的なキャラが繰り広げる官能的なひと夏の作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 子供だと思っていた相手にずっと想われていて、思いがけずに告白される展開はよいものです。
 ケン兄は姉の岬のことが好きだから、たとえ想いを伝えても玉砕するだけかもしれないけれど、姉がデートに行った今、チャンスだと決死の告白する湊の姿はとても微笑ましく、「もしかしたら」と思わせるケン兄はとても罪深い男だと思いました。
 姉は友達と遊びに行くのを冗談めかしてデートと言っただけで、二人の勘違いから生じた大いなる一歩。この一歩からさらに進もうとする湊はこれからどんどん手強い存在になっていく片鱗が感じられてとても好きです。岬は鈍感なので(妄想)、ケン兄と湊の静かな攻防はこれから始まりを迎えるのだと思いました。三角関係の始まりの物語。とてもよかったです。

154:きっとエッチな女の子だから/あきかん

謎の有袋類:
 バッドビートを書いてくれたあきかんさんの二作目です。
 よくわかりませんでした。
 とりあえず異常者と主人公が格闘をするお話。
 急に出てきた織本……誰なんだ……。
 KUSOとクソは違うので、うんこだとしても練り上げたきれいな一本グソを投稿してくれるとうれしいです。
 あきかんさんは、物語的なものを書く力がグッと上がってきているので、人を戸惑わせる作品しか書けないという自分の中にある枷のようなものから抜け出してみると更に魅力的な作品が書けると思います。
 がんばってください。

謎のお姫様:
 性と暴力の二重奏。あきかんさんのきっとエッチな女の子だからです。
 本企画二作品目となるあきかんさん。一作品目ではポーカーを舞台に手に汗を握る闘いを繰り広げる作品でした。わりと硬派なギャンブル小説だった前作と比べ、本作はかなりキャッチーで、全然読み味の違う作風となっており、この短期間で味の違う二本を出せる引き出しの多さがまず素晴らしいと感じます。
 内容は、理性を失い主人公のことを女の子と呼ぶ男と、そいつに襲われそうになっている男の暴力の話ということでかなりぶっ飛んだものになっていましたが、暴力描写がとても読みやすく、映像が頭に浮かんできました。状況はかなりわけのわからないものなのに台詞回しもそれぞれ格好良く、特に
>「決まったのは、お前をぶっ殺す覚悟だ。」
 のセリフがとても好きです。あきかんさんは前作も含め格好いいセリフのレパートリーが多いなと感じました。
 ただ、二人の背景(特に主人公の過去)がほんの少しだけ描写されたことで、そこをもっと知りたいと思いました。そこが気になってしまうと本筋に入り込めない要因にもなりかねませんので、情報を出すなら小出しにするのではなくもうちょっと出すか、全く出さないかに振り切ったほうがいいかもしれません。
 またラスト三行に関してはどう解釈すればいいか私の読解力では確定できませんでしたので、本講評ではうまく触れられません、すいません。
 最終的に首を折ったところは、あきかんさんの格好いい台詞回しも相まってとても格好いいシーンになっていました。相手の男サイドも、我慢すればするほど気持ちよくなれると言っていて、事実ラストシーンでは絶頂に達せたようですので、きっととても気持ちのいい死だったのではないでしょうか。
 暴力描写と台詞回しが最高に格好いい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 尻穴攻防戦のお話です。
 ヤマナシオチナシイミナシ、801だと思いました。いえ、オチはあったのですが、私の読解力では何が起きたのか分かりませんでした。
 オチはうまく決まると、「うおーやられた!」となるのですが、意味が分からないまま終わると、つまりどういうことだったんだとそれまで書かれた物語すべてが謎に包まれて終わってしまうことがあるので、これでもかと伏線を貼るとよりいいかもしれません。
 ただ書きたいのは、やりたい男と貞操を守りたい男(おそらくタイムラインでよく見かける彼(概念))の死守攻防に思いましたし、好きなことを好きなように書くのが一番だと思います。でも個人的にはエクスカリバーと魔王の剣の描写の方がねっとりして好きなので、次は乳首責め描写があるといいなと感じました。

155:母との(緩慢な)さよなら/myz

謎の有袋類:
 殺し屋の手は冷たいを書いてくれたmyzさんの二作目です。
 こちらは一本目とは雰囲気が変わって切ないお話でした。
 某疫病がいい感じになんとかなり、そして死んだはずの肉体が動き出すというようなことが世界で起きたというお話です。
 ゾンビというけれど、従来のゾンビ作品と違って肉をかみ切るではなく、弱い力で人をもにゅもにゅと噛むという様子がどことなく可愛らしく感じて不思議な読み口でした。
 これ、老人ならまだ子供達が緩慢なさよならをする期間に思えるのですが、小さい子供が死んで似たようなことになったらその親御さんの心のダメージがエグそうですね……。
 わかっていた別れがとうとう訪れ、母親に対する気持ちが涙と共に溢れるラストはすごくよかったです。
 結構旅行に行っていたみたいなのでそれなりの期間、一緒にはいられたのでしょう。
 主人公が、これから母の死を乗り越えて日常に戻れるといいなと思える作品でした。じんわりくる良いお話でよかったです。

謎のお姫様:
 それは必要な二度目のさよなら。myzさんの母との(緩慢な)さよならです。
 本企画二作品目となるmyzさん。一作品目では心の湖面が静かなままの殺し屋主人公と、不気味な女性を描いたホラー小説でした。本作は蘇って意識のない母親との緩慢な二度目の別れを経験する主人公の話ですが、とても上手い構成で、凄く面白かったです。
 母が生き返った、という強烈なフックのある出来事を冒頭に持ってくることで一気に世界に引き込まれましたし、そこから訪れる二度目の別れまでが、主人公の心の動きとともに丁寧に描かれていたので、思わず自分の母親がそうなったら、ということまで想像してしまい、かなり心を揺さぶられる作品でした。
 母親がどこか嬉しそうにしている描写もありましたが、基本的に彼女に意識はないと明言されています。だからこそ嬉しそうにしているのも、お世話して連れ回して別れて泣いたのも、結局は主人公の独りよがりともとれてしまい、そこで少し悲しくもなりました。
 しかし本作のラストシーンで、主人公が泣いて、きちんとさよならを言ったところが描写され、これは母と子の話じゃなくて、主人公が、前を向くまでの小説だとわかり、独りよがりであろうと彼が消化できたのなら、蘇生してくれてよかったんだと温かい気持ちになりました。
 母が生きているうちに、もっと伝えたいことを伝えればよかった。ありがとう、と言えばよかった。
 これは本作を象徴する、私の一番好きな独白なのですが、これを理解させるために意識のないゾンビという形で蘇生させ、意識のない母を世話させるという発想がそもそも恐ろしくて、美しかったです。
 死後の母親と会話させるのではなく、会話させないことでいちばん大切なことに気付かせる。素晴らしいテーマだと感じています。
 テーマが一貫していて、キャラクターの心情がとても共感できるとても辛く、温かい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 死んだはずの母がなんかいい感じにアレをコレしてゾンビになって蘇る物語。
 意識もかつての面影も一切なく、もにゅもにゅと誰かの首筋を噛み続ける存在を、本人と認識し最後まで尽くそうとするのか、動く死体として扱うのか真っ二つに分かれる描写が好きです。その人が生きている間に周囲にどう思われていたのか、どのような関係性にあったかで、如実に分かれるのだろうと感じました。男性一人称視点なため、母が実際何を感じているか分からず、彼がそういう風に見えたという描写しかないのは、たとえ生き返ったように見えても母の死という事実は変わらないのだと常に突きつけられているようでした。彼がそんな母に甲斐甲斐しく世話をしたり、生前できなかった旅行へ行ったりとするのは、ただの自己満足かもしれませんが、死という現実を前に、どれだけ自分を納得させられるかが何よりも大切なことかもしれません。死に至るまでの緩慢な時間を彼が大切に過ごし、そしてようやく自分の気持ちに気づくラストはとてもよかったと思いました。彼はこれから何度も後悔するかもしれませんが、それでも前を向いて生きていくだろうと思える物語でした。とても面白かったです。

156:寂しん坊の肖像/灰崎千尋

謎の有袋類:
 巡楽師ディンクルパロットの日誌を書いてくれた灰崎さんの二作目です。
 今回は一人の画家に当てた手紙という形式の作品でした。
 ずっと孤独と退屈の中で生きてきた主人公の独白。初恋のような気持ちになりながら、交流を重ね、そして一線を越えてしまったがために好きな人の筆を鈍らせてしまった罪悪感と自分勝手にも見える一方的な消失。
 社会性があると自称している主人公で、本当に他の人に対しては社会性があるのでしょうが、やはり好きになった相手には自分を抑えきれないだとか、色々と決めつけて動いてしまうという人間らしさが溢れているように思えました。
 は、話し合え! とも思うのですが、画家の彼は言葉数が少ないでしょうし、主人公も上辺を取り繕えるとはいっても画家に対しては暴走気味なのできっと話し合いは難しいのでしょう。
 この後、手紙を読んだ画家が行動するのかどうかや、主人公はどうしたのかが非常に気になる作品でした。
 朗読映えしそうなのもとても良いなと思いました。
 僕は画家が主人公を探し求めるエンドも、孤独な画家として死後名を馳せるエンドもどっちも見たいな……。

謎のお姫様:
 満たされてしまったら、そこで歩みは止まる。灰崎千尋さんの寂しん坊の肖像です。
 本企画二作品目となる灰崎千尋さん。一作品目ではディンクルパロットという口に出したくなるような名前の主人公が不協和音をなくす旅に出る日記調の作品でした。本作は手紙形式であり、段々と事実が明かされていくという大まかな構造は似ていますが舞台が全く異なっていて、全然違う読み味の作品でした。
 自分と同じ目をした自画像を描く画家に似た者同士なものを感じ、二人が出会うという話ですが、私はこの二人はあまり似ていないと思いました。
 気になっている画家の家に侵入して声をかけるような人の感じる孤独と、ひたすら籠もって絵を書く人の感じる孤独は別のものでしょう。しかし、それが別種だからこそ、主人公は画家の心を開くことができたのかもしれません。
 その似ているようで対象的な二人の関係性がとても面白かったです。
 しかし、これは手紙形式なのである程度仕方のないことだとは思うのですが、本筋に入るまでの前置きがやや長く感じてしまいました。本人も手紙にそう書いていますが。
 画家との交流がスタートしたら、このどう考えても破綻する二人がどう破綻していくのかに思いを馳せることができ、とてもワクワクしながら読ませていただいたのですが、そこに辿り着くまでに本作の目的を開示するパートか、主人公に共感できるような描写があればより序盤から引き込まれる作品になったのかもしれません。すいません、私があまり本作の主人公に感情移入ができなかったせいかもしれないです。
 孤独を感じていた画家が満たされてしまった(主人公の語りに"満たしてあげたかった"とありますが、私は満たされてしまったから描けなくなったと解釈しています。)ことで絵をかけなくなってしまったところは、とても丁寧なそうなるまでの導線が引かれていて、「まあ、そうなっちゃうよなぁ」という諦めにも似た感情がわきました。
 それに、私はどちらかと言うと画家側に感情移入しておりましたので、とても悲しい気持ちになりました。画家が孤独を埋めるために絵を描いていたのだとしたら、それは喜ばしいことなのかもしれませんが、結局主人公は画家の前から姿を消します。
 勝手に心を満たして絵を描けなくしておいて、満たされたら絵が描けないとわかったら捨てて再び孤独を味あわせるという、文字に起こすとかなり厄介なことをしている主人公ですが、この孤独を機に画家にはいっそういい絵を描いてほしいと私も思っています。
 満たされない創作者が満たされてしまったら……を描いたたくさんのクリエイターに刺さる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 画家への手紙の物語。
 一枚の絵をきっかけに出会いを果たした画家と僕の、不器用な恋の物語。満たされない感情を筆にのせて描いていた画家が、そんな自分の絵を好きだと言って愛してくれる相手が途端、絵が描けなくなってしまったため、彼の元を立ち去る決意をした悲恋の物語。……なのですがもし彼が信頼のできない語り手だったら恐ろしいと思いました。
 彼は裏口が空いていることを、相手がそばにいることを許してくれる証だと受け取っているように感じましたが、実は施錠してあるのを彼が毎回こじ開けていたら?肖像画を描いてもらったのは描くまで出ていかないと脅して渋々描かせたものでは?そんなヤンデレな彼から逃げるように青年はアトリエを変えたのでは?そして彼の中では、唯一己を理解してくれる相手に逃げられたのでは整合性がとれなくなるため、自分から逃げたということにして手紙を書いたのでは?
 画家が彼を本当はどう思っているのか、彼の一方的な思いの吐露しかないため、そんな穿った見方をしてしまう、男性一人称という物語の解釈の幅が広がりを感じた物語でした。

157:裁き/こざくら研究会

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 戦争のお話でした。
 戦場から帰ってきた主人公が誰かにインタビューをされている様子なのでしょうか?
 主人公の過酷な過去はわかったのですが、どんな状況で主人公が今話しているのかわかると、もう少し親切なのかなと思います。
こういった作品で読者に何かを問い掛けたい場合、大澤めぐみさんの「スナップドラゴン」という作品が参考になるかもしれません。
 戦争から帰ってきた人がPTSDで苦しんだり、仕事に苦労するというのはアメリカなどで大きな問題になっているらしいですね。
 この作品の主人公は素人にも拘わらず戦場へ駆り出されたと話しているので、現実にはない架空の世界での戦争かもしれないのですが、この物語の世界で彼が今後どう生きていくのか非常に気になるなと思いました。

謎のお姫様:
 それはどこの国でも行われていた普遍的で残虐な行為。こざくら研究会さんの裁きです。
 戦争中に普通に行われていた残虐な行為を切り取った作品でしたが、特に心優しいエンリコを描いた前半パートがとても好きでした。
 エンリコがいかに優しい普通の青年だったかを主人公の視点で描いた上で、撃たなきゃ撃たれるという残酷な二者択一を突きつけられるという構成は、とても心が痛むものでした。
 私は短編小説の冒頭一文目はとても大切だと考えているので、
 分隊長のビラク軍曹は冷たく言った。殺せ、と。
 という一文目がとても好きで、格好よくそれでいて惹きつけられるものだと感じました。
 ただ本作の前半パートでは、エンリコが銃を突きつけられて二者択一を迫られるというシーンが最大の見せ場だと感じていたので、個人的な意見なのですが、もしかすると二行目からエンリコのキャラクター紹介に入らず、もう少し冒頭でそのあたりの描写を入れてもいいかもしれません。
 結局エンリコは撃てず、殺されてしまうのですが、主人公もまた壊れておらず、それに心を痛めるというところに感情移入ができました。
 そういうふうに主人公に人間性があり、感情があるとわかっているからこそ、村の子どもを殺すしかなかったところもどちらが悪いとジャッジできず、なんとも言い難い複雑な気持ちにさせられてしまいます。人と人がいる限り争いは起こってしまうのかもしれませんが、その極限状態の中で何を正義として、何を人間とするのか、それは争いの渦中にいる人以外にはわからないんだろう、という争いの無情さを思い知りました。
 主人公は最後、戦争中は正しく、自分を守る行為だったものを責められて死ぬことになりますが、本当に救いのない物語でした。
 絶対的な倫理観なんてものは存在せず、たまたまくじ引きに外れた人があたった人を裁く行為の残酷さを描いた作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 第二次世界大戦中、近距離で敵兵と遭遇したアメリカ軍兵士の中で引き金を弾けたのは2割だったのに、その後、発砲率を上げる心理的学的研究が行われた結果、ベトナム戦争では9割以上に達したという話を聞いたことがあります。多くの人は、根本的には同族を殺すことに良心の呵責があるために、言語や宗教が異なるために同族でないと心理的に思わせるのが重要だと書かれてしました。
 実際の戦場から物理的距離、心理的距離に離れた指導者たちの選択に巻き込まれ、エンリコのように人を殺せないまま死ぬか、戦場から逃避して蔑まれリンチにされて死ぬか、殺さないと殺される極限の環境下であの日に戻るため生きようとしたために、戦争が終わり平和になった途端、正義の名の下に、裁かれる彼の叫びは、そうしたシステムの犠牲だと感じられる悲壮なものでした。彼のような存在を作り上げないためにどう選択していくか考えさせる物語でした。

158:北浜/山本五郎

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 こちらはクレジットにある通り落語の「芝浜」を元にしたお話でした。
 教養がないため、元の話を知らないのですが「呑兵衛が大金を拾い奥さんが嘘を付いたお陰で心を入れ替え、そして最期に奥さんがそれを白状する」という骨子は同じようです。
 芝浜を現代風にアレンジしたのかと思いますが、作者の方が何を言いたいのかわからなかったのと、落語を方言多めの小説にすることで何を表現したいのかくみ取れませんでした。
 おそらく、金さんから信さんに主人公の名前を変えたのだと思いますが、一話目は「金さん」となっていて、転でいきなり「信さん」が出てきます。
 誤字脱字は仕方がないと思うのですが、人名のミスは気をつけた方がいいかもしれません。
 落語が元になっているだけあって話の大枠の構成はきれいだと思います。
 落語の落語速記を元にアレンジするという手間や試行錯誤は、それはそれで大変だと思うのですが、新規書き下ろし一次創作限定の自主企画という主旨とは少し合わなかったように思います。
 今後はもう少しオリジナリティーの多めの作品で参加してくれるとうれしいです。

謎のお姫様:
 落語の現代風アレンジ。山本五郎さんの北浜です。
 私はとある事情で芝浜の大筋を知っていたのですが、本作は芝浜のアレンジということでとても読みやすい作品となっていました。
 落語は少し昔の話ということと落語家が話すという都合上、文章で読むとかなりわかりづらいものとなっていますので、それを現代語ナイズした本作はとても素晴らしい取り組みだと感じます。
 ただ、私は大筋こそ知っているものの細かいところまで覚えていなかったので、すいません本作のどこまでがオリジナル部分かわかりませんでした。
 オチは一緒だったように思うので、その部分に独自解釈を含めるなどして別の読み味に変えると、独創性が出てより良いかもしれません。
 本作は芝浜のオチの部分をやったあと、結の章でそれをなんでも実況J板に投稿する、といういかにも現代の物語のように締める構成となっています。そこの、昔から伝わる落語と最近(でもないですが)の5chが絡まるというギャップが面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 クレジットにある落語を現代的な文脈な読み口にしたパスティーシュ。
 二人の将来のため財布のことを夢だと思わせ、三年もの間、黙っていた彼女の負い目は相当なものだったと思います。けれどその結果、夫が身を粉にして働き運が上向いて心を入れ替え、大晦日の夜を二人が幸せそうに迎える姿はハッピーエンドだと思いました。
 ただ私がよかったと思ったこの部分は、本家の良さの部分だと感じました。百年以上も昔に書かれた話なのに、現代にも通じるような物語にした手腕はとても素晴らしいのですが、そうしたオリジナルの良さを活かしてさらに独自性があったらいいなと思いました。また結の部分に某掲示板を置くなら、話自体ももっとスレにあるような読み口にした方がより統一感があったと感じました。いきなりドンと送信するよりは、たまに突っ込まれながらだといいかもしれません。
 味つきゾンビさんの、過去ログ倉庫に保存されていますがもしかしたら参考になるかもしれないので、ご興味があればぜひ。
 これからもいろんなお話を書いていただきたいと思いました。

159:甘えたがりの『人工改造半吸血鬼』《ハイブリッド・ダンピール》/@dekai3

謎の有袋類:
 でかい山は山ヤマを書いてくれたでかいさんの二作目です。
 心臓を狙ってくれたとのことですが、キャプションに書かれた部分は考慮しないので残念! 作中に長髪要素や目の色など書いてくれていたら最高だったなと思いました! 長く伸びた髪の毛が靡いて剣に切られるなどでもいいので……!!!
 一人称小説、主観の人間の見た目描写がしにくいのが難点ですよね。
 二話まで読んだところで「これ、6000字で終わる?」となっていたら三話目でマスターがリリを乗っ取ってスタートしていました。二人で仲良くお買い物に出掛けたシーンで終わって急に乗っ取られたので混乱したのですが、年月が少し経ってからということなのでしょうか?
 急展開と「俺たちの戦いはこれからだ」という投げっぱなしジャーマン的な終了なので字数にあった設計を考えましょう! それはそれとしてこの作品の設定はめちゃくちゃ好きなので三万字くらいの作品でゆっくり色々書いた作品を読みたいです!
 ヒロインのダンピールサイボーグちゃんがめちゃくちゃかわいいし、攻撃方法も人間とはひと味違う様子がすごくよかったです。
 ワイヤーを使ったり武器を手以外に付けるのは最高。母に愛されない苦悩や涙を流せないのもすごく好きです。
 長髪要素はおまけではなく主食なので吸血鬼という最高要素と共に本文に入れてくれると僕は最高にうれしかったです! 次回も僕の心臓を狙う場合は長髪要素を本文に入れてくれると超うれしいです!!!

謎のお姫様:
 それを横槍というのはあまりに身勝手か。@dekai3さんの甘えたがりの『人工改造半吸血鬼』《ハイブリッド・ダンピール》です。
 本企画二作品目となる@dekai3さん。一作品目は自分自身のコンテンツであるでかい山さんを題材に、盤外戦術を多く取り入れた現代ホラーでした。
 今回は打って変わって正統派アクションファンタジーでしたが、搦手と王道手の両刀で攻め、その両方ともが高水準なレベルということで、2作品ともとても面白かったです。
 本作は不死者の王である主人公と、人工改造半吸血鬼であるリリのアクションシーンからはじまります。この、冒頭は最低限の情報だけ公開して、後はど派手なアクションで魅せて引き込むという手法は相当描写力が高くないと取りづらいものだと思うのですが、本作は想像しやすいアクション描写といくつもの擬音をバランスよく積み重ねることで、とても引き込まれるアクションシーンになっていたと感じました。まだ二人のキャラクターもわかっていないのにとてもアツい気持ちになれる戦闘描写でした。
 一章後半と二章では主人公とリリのキャラクターが明らかになりはじめますが、@dekai3さんの好きなものを詰め込んだんだろうとわかるくらいキャラクターが完成されていて、魅力的な二人でした。
 そこまでがとても私好みなぶん、やはり三章の入りはもう少し自然に繋げてもよかったのかも知れないと感じています。
 6000文字という制限や、あまりダラダラと書かずに魅せ場だけ書いたほうが読みやすい(し書いていて楽しい)という工夫なんだとは思いますが、キャラの感情と時系列のふたつともが急に飛ぶと、困惑が勝ってしまいました。
 この作品で魅せたいのはリートゥの復讐心どんでん返しではなく、二人で作り上げた技のところだと思いますので、三章手前にリートゥの内心を挟んでおくなどしてキャラの感情か時系列のどちらかは繋げておいたほうがいいと思いました。
 ただ、三章の展開は本当に大好きでした。(私の好みを知っているのか? と疑いすらしたほどでした)
 一章を丁寧に描いたことで、二人で作っていた"主人公を殺すための技"の説得力と、それが奪われた絶望感が際立ち、二人の奇妙な絆を描くことで、その技でとどめを刺されるにしても、リリにとどめを刺されたかったんじゃないかという主人公の思いが透けて見えてきます。
 丁寧に丁寧にブロックを積み上げて、それを一気に崩すような展開でしたが、そのブロックの積み上げもアクション描写、キャラ描写が巧みなのでとても面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 目に入ったキャプションで性癖小説選手権に迷い込んだかと思いましたがこむら川でした。
 戦闘をするために生まれた存在なため、戦闘時は勝つためにあらゆる方法を模索し次々と繰り出すけれど普段は愛情が欲しい子供であるリリのギャップが好きです。その生い立ちのためにリリを愛せないリートゥのかわりに、やれやれと思いながらも目的のために彼女の親代わりをするシュガールは、分からないといいながらもどこか彼女に愛が少しずつ芽生えていく様子も見られとてもよかったです。擬似親子はいいぞ。
 おそらく、リートゥはシュガールが元不死者の王だと気付いてるのではと感じていたら次のページで高らかな咆哮を上げたのでビビりました。とても凝っている設定だけに残り文字数を考えると導入で終わってしまうのではと感じていたのですが、まさかの展開でした。手段を選ばぬ復讐者ならぬ、6000字で終わらせるために手段を選ばぬ作者だと思いました。本当はもっとあった描写を泣く泣く削った苦悩をほんのり感じとったのは気のせいかもしれません。気のせい気のせい。
 これが!俺の!性癖だ!を貫き、ここはこむら川ではなく性癖小説選手権会場だ!という気概を感じた物語でした。もしや性癖:のっとりは、企画ののっとりも差しているのでは?と考えましたが気のせいかもしれません。とても面白かったです。

160:ぜんぶおれのせい。/ヤナセ

謎の有袋類:
 もふきちさんが初参加! 参加ありがとうございます。
 休職中の主人公が頼み事をされてそこにいるだけのお仕事をするお話でした。
 最初はわからなかったのですが、徐々に明かされる主人公の自分のせいにされてしまうという性質がおもしろかったです。
 お前のせいで! ラッシュのところだけ少しごちゃついてしまったので「過去の妻や上司の言葉がフラッシュバックされてくるみたいだ」的な補足を挟むと親切かもしれないなと思いました。
 徹と要のコンビはすごくおもしろかったので、オムニバス式で連載も出来そうなお話だなと思います。
 連載の一話目としてもおもしろいですし、騒ぎがあって一段落しているので短編小説としての満足度も高いのがすごく好きです。
 もし、機会があればまたお話を書いて欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 彼のせいではないとして、それならいったい誰が悪いのか? ヤナセさんのぜんぶおれのせい。です。
 本作はタイトルと一文目の使い方がとても目を引くもので、一文目から人が死んだり爆発したりしていないのに、すごく心を掴まれる導入でした。
"ぜんぶおれのせい。"というタイトルに「いや、ほんとうにそれは、おれのせいなのか?」という問い掛けをくっつけることによって、一体彼が何をやらかして、どんな人物なのかがとても気になる冒頭になっていたと思います。
 そこからは、軽快な軽口を混ぜた主人公のモノローグが続き、彼の素性や周りの人間関係が少しずつ明かされていくという構成ですが、地の文に「ふふ」となる言い回しが多く、とても読みやすいキャラ紹介パートでした。
 ただ、本作の強い一文目を読んだ私は、「主人公は一体何をやったんだ!」という頭になっていました。私だけかもしれないのですが、「何をやったんだ!」という頭で主人公のキャラ紹介を読んでいると、読んでいる最中も本筋が気になってソワソワしてしまいました。
 もしかすると、事件を語ってから(もしくは事件と並行して)主人公の独白を入れたほうが、より読み手の頭に入り込めるかもしれません。
 彼が何をやらかしたのか、という私の疑問に対するアンサーが、「なにもしていない」というのは本当に綺麗なタイトル回収だと感じました。
 主人公はなにか悪事を働いたわけではなく、ただそこにいただけで、ただそこにいただけなのにいろいろな人に責められるという性質(?)を持っている。だから「いや、ほんとうにそれは、おれのせいなのか?」という一文目に繋がるというのは読んでいてとても気持ちよかったです。
 要さんの発言からも、今まで何度もこういうことがあったんだと予想でき、きっとこれからもあるのでしょう。これは私のわがままなのですが、この主人公を主役にして、いろんな人の事件に巻き込まれるオムニバス形式のシリーズが読みたいな、と思いました。
 要さんだけは主人公に何も言わない、という二人の関係性も好きです。キャラクターの人格と性質の両方に魅力が詰まった作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 必要な時に呼ばれる、おっさんレンタルのような話。
 その場にいると、いい感じに周りが誤解してくれる主人公は己のことを一般人だと認識しているのですが、実際にはほぼ異能に近いレベルで周囲に混乱を引き起こす嵐のようで、すべてを薙ぎ倒して立ち去るようなものだと感じました。
 今回も次から次へと支離滅裂な言葉を吐く登場人物が現れる何らかの事態を本人の影響で引き起こしているようなのですが、一体何が起きているのか分からないまま、なんだかんだ解決したような雰囲気になったので、なんだかんだなんとかなったのでしょう。
 ぜんぶおれのせい?という問いに、よく分からないけれど多分そうとしか答えられないと強く思いました。
 そんな無意識のまま何らかの災厄を引き起こす彼を、うまく手綱をひいて利用している要が好きです。フラッといなくなって、事態が収束した時に現れるのはわざとなのでしょう。二人が次はどんな事態をひき起こして解決していくのか気になりました。

161:個室DVD店の死神/五三六P・二四三・渡

謎の有袋類:
 第二回の時に一人の少年と道化の役割を持つ生き物のお話、道化少女と僕とを書いてくれた五三六P・二四三・渡さんです。参加ありがとうございます。
 個室ビデオ屋さんに居着く死神が、首を絞められて金を貰っていた少年を連れて行くところから始まるお話でした。
 これは僕が小説を読み慣れていないからだと思うのですが、親切に回想、回想の回想と開始と終了が書いてあったのですが読んでいて少しだけ混乱しました。
 時系列では書かない理由がおそらくあるのだろうとは思ったのですが、そこがくみ取れませんでした。すみません。
 少年の不器用な自傷行為、そして最期に一緒に死んだ相手が父親という要素がありながらも、そこは深掘りせずに結末までぼかしておくところは想像の余地があって良いなと思いました。
 また、死神と少年のどことなくドライだけれども、無や嫌悪ではない馴染みのような関係性があるのがすごく好きです。
 二人とも何かに追われて人生を終えたという共通点があったから、このような距離感なのかなと思いました。
 少年は死後、どこへいくのか、死神として働くことになるのかな? などという後まで考えられる素敵なお話でした。

謎のお姫様:
 死神と少年の、友情未満、バイトと客以上の不思議な関係。五三六P・二四三・渡さんの個室DVD店の死神です。
 とても人間臭い死神と何度か出会っている少年が死んだところから始まる本作ですが、主人公の少し「ふふ」となるモノローグで読者を惹き付けつつ、死神を身近なものに感じさせるという入りがとてもおもしろかったです。死神というと怖いイメージがありますが、主人公は死神の中でも鈍いということ、テニスコートのちょっとお茶目な例え話を挟むことで親近感の沸く作品となっていて、ファンタジージャンルなのにとても自然に世界へと入り込むことができました。
 また、今の時系列を端的に表すために"回想"や"回想の回想"という言葉を使ったのは、文字数制限がありあまりダラダラと背景を語れない本企画においてとても効果的でわかりやすい手法だと思います。
 ただ、本作はメインキャラクターの人格がある程度完成している上に、回想の続く構成ですので、ややカタルシスを感じにくいものになっているかもしれないと感じました。あくまで個人的にですが、問題を解決したときか、人が成長したときに大きな感動を覚えがちなので、そういうタイプもいるということを知っていただければと思います。
>「――覗いて興奮してんじゃねえよ」
 という痛烈な一言からはじまる二人の関係ですが、最後には軽口を叩き合う奇妙な関係になっているところがとても好きでした。特にそのワード選びが素敵です。
 元人間とはいえ、死神の口から"牛丼屋の店員にご馳走様と言う"概念がでてくるのも粋ですし、それに対して店員が客に言うかのように"ありがとう"と返す少年の、軽口の中に確かな感謝が混じっているところがとても好きです。
 少年はかなり悲惨な人生を送っているような描写もありますが、人間を超越した主人公の目に映すことによってそこがかなり薄まっていて、悲壮感よりもオシャレさが勝っている印象でした。これが意図通りかはわかりませんが、私はとても素敵な雰囲気で、素敵な終わり方だと感じました。
 沢山の人を看取ってきた死神の心に、少年は残り続けるのでしょう。そんな二人の関係性が素晴らしい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 二人の関係が好きです。
 個室DVD店によくいる死神と死に近い場所にいるため彼の姿が見える少年の、お互いの存在を認識した後も関係性がすごく発展するわけではなく、でも続く仲。死神が少年の行為を仕事と言い訳めいたことを言って見にいくのが、とりあえず理由を立てないといけない律儀さみたいなのを感じます。
 死神が生前お金を盗んだ理由はなんだったのか、少年が警察はともかくヤクザに追われたのはどうしてか、なぜ父親と心中したのか。詳細に語られず、どこか輪郭がぼやけたまま終わる。なんでしょう、この読後感。毎週きっちり見ていないために、途切れ途切れにしか内容が分からないドラマのような感覚が一番近いのかもしれません。
 殺す力がほぼないと言っていた死神がラスト、その力を発揮したように見えたのですが、いまいちストーリーを把握していないくせに、少年のために自分でも理にかなっていないと思われる介入だったために、知らぬ存ぜぬを突き通しているようでした。
 個人的には少年にも死神になって欲しいなと思ったのですが、死者が死神になれる条件が気になりました。どこかドライな二人の奇妙な関係性を描いた、不思議な読み口の物語でした。

162:藪問答/草食った

謎の有袋類:
 あれから彼には会っていないを書いてくれた草食ったさんの二作目です。
 語り手が交互に切り替わりながら進んでいく美しい化物と人間のお話。村にいた人間の彼、最初はいいやつかなと思ったんですけど読み終わってみると、子供を湖に落としたりするあやかしに魅入られて色々やってる人ですごいグッと来ました。 
 人間に都合の良い話、妖怪に都合のいい話、どちらも本当ではないかもしれないのですが母さんが死んでいるのは事実なので人間が妖怪家族を突き落としたことは確実なのでしょう!
 それにしても、でっかい狼とか虎に似た獣が花束を持ってくるのはかわいいだろうな……と獣が好きな僕は思いました。かわいいね、パパ。
 このまま殺さず、こう……手元に置いて様子を見ませんか妖怪さん? ねえ……。 
 草さんのあやかしと人間の暴力BL見たい!!!!!!!!!!!!!! と思う作品でした。
 これは声劇映えもしそうですごくいいですね。すき。

謎のお姫様:
 もはや真相に意味はなく、ただ結果だけがそこにある。草食ったさんの藪問答です。
 本企画二作品目となる草食ったさん。一作品目では天才ピアニストと秀才の関係を描いた、私的にはわりと希望の見える重い感情を扱った作品でした。
 本作は少し昔の日本を舞台とした怪異譚ということで、ぜんぜん違うジャンルのものとなっていましたが、前作同様気持ちの描写がとても巧みで面白かったです。
 美人な女性と、それに恋をした化け物の間にできた子どもと、その化け物と因縁のある村の男の二人が交互に語っていき、真実が入れ替わっていく構造が、展開が全く読めなくてとてもワクワクしました。
 ただ、前作は冒頭の少しで天才と秀才の話だとわかったのに対して、本作は物語の全体図が見えるのが一生のラストということで、ややスロースタート気味に感じました。
 何度も事実が入れ替わる作品なので、舞台の下地をきっちりと練らなければならないというのは理解しているのですが、何を語っているかわからないままで読み手を引っ張るのはかなりハードルが高いので、序盤に全体図を見せるか、語り口をコミカルやホラーに寄せて、"語りが面白いから読む"か、なにか読み手を引っ張る工夫があればより序盤から引き込まれるかもしれません。
 化け物が村人を殺していたのか、村人に酷いことをされたのかはわかりません。本作の藪問答というタイトルはラストで語られている通り、芥川龍之介の藪の中(もしくはそこから派生した慣用句)からきていると思うのですが、それであれば読者も二人も昔話の真実を知ることは叶わないのでしょう。しかし、真実を設定していないのにもやもや感がない、ある種スッキリとした読後感を得られたのは、現代の二人の感情がしっかりと描かれていたからだと思います。
 二人目の語り手が主人公をみたことで、美しい女性に見惚れた父親と関係性が逆転するところもとても好きです。違ったのは、惚れた側が爪を持っていなかったという一点だけで、その些細な差で物語が大きく変わってしまう流れがとても面白かったです。
 ハッピーエンドではないものの、悲壮感のないパズルのピースがハマったような作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 二人の男の問答の物語。
 物語が進むにつれて境界がどんどん揺らいでくグラグラ感が好きです。
 すべての始まりは、村の一番の美人とそんな女性に惚れた人外の出会いから。けれどそこから語られるのは、流れは同じだけれどかなりの食い違いが見られる二つの物語。娘は人外を受け入れたのか、受け入れなかったのか。人外は村人たちの団結力で倒されたのか、騙し討ちにされたのか。真実は藪の中でただ、人外の子供が生き延びたという結果だけが残る。どっちかが本当なのかもれないし、お互い都合のいいところだけ切り取っただけかもしれない。読み手に解釈が委ねられるこの感じがとても良かったです。ちなみに私は人外が大好きなので人間は悪で化け物だと思います。娘の隣にちょんと座っている狼と虎に近い生き物は最高です。
 そしてそんな物語の終わり。人外の子供に魅入られた村の子を最後まで残していた理由が明かされる時の、なんとも言えないこの感情。復讐に生きていた彼が、もしかしたら他に生きる理由を見つけていたのかもしれない。今からでもいいので、人外BL始めませんか……?
 悲恋の物語あるいは化け物退治の物語。とても面白かったです!

163:俺と前世の知り合いとワンルームに二度と繰り返さぬ百年/夢見遼

謎の有袋類:
 Don't mindを書いてくれた作者さんの二作目です。
 こちらは叙述トリックに挑戦した作品でした。これは僕が世界史をあまり嗜んでいないため、拾い損ねている要素が多いと思います。見当違いなことを言っていたらすみません。
 某ゲームのおかげでジャンヌとジル・ド・レェはわかるのですが、ピエール・コーションのことはわからなかったです。
 そのため、種明かしをされてもピンと来なかった部分が大きかったです。
 ミスリードを誘うための勇者と魔王という設定なのだと思いますが、読者と作者は情報量が全く違います。
 予想が本気で出来ない謎やギミックよりは、読者が違和感を覚える程度の作者からすれば「これはバレちゃうかな?」くらいの伏線を置いてあげると読んだ時の納得感や気持ちよさがあがると思います。
 今作で言うと、序盤から徐々に違和感を覚えさせたり、フランス史が好きだった的なことを書いてしまってもいいかもしれません。
 ただ、これは僕が世界史に疎いからなだけで、詳しい方からすると序盤から「もしかして」と思う要素がたくさんあるかもしれないので他の人の反応も参考にしてみてくれるとうれしいです。
 設定や、登場人物間のやりとりは活き活きとしていてとてもおもしろかったですし、文章も読みやすかったです。
 叙述トリックはめちゃくちゃ難しいと思うのですが、チャレンジすること自体がめちゃくちゃすごいですし、こういう複数人から講評を貰える企画でギミックの反応を試すのは正解だと思います。
 どんどん闇の評議員を踏み台にして最強叙述トリック作品を作っていきましょう!

謎のお姫様:
 蓋をしておいたほうがいい記憶だってある。夢見遼さんの俺と前世の知り合いとワンルームに二度と繰り返さぬ百年です。
 本企画二作品目となる夢見遼さん。一作品目は、ボクという一人称を用いた叙述的な構成と、三人が織り成す青春を描いた作品でした。
 本作の主人公は少し高めの年齢層で、そんな中年のもとに痛々しい二人がやってきて……という流れでしたが、冒頭でいきなり舞台の大まかな全体図が開示されるので、序盤からとてもノリやすかったです。ラノベの始まりのような出会いにも年齢制限があるんだということを思い知らせてくれるコミカルで現実的な会話のやり取りはとても面白く、宗教勧誘の撃退方法を試したところなどとても好きでした。
 また、途中で回想的に挟まれる主人公の前世の記憶もとても巧みな構造をしていて、たしかに読み返すと最初からずっとジャンヌ・ダルクの話をしていたのですが、私は本作は異世界ファンタジーの転生者だと思いこんでしまっていたので、全く見当がついていませんでした。きっと意図的に勇者や魔王と言った言葉を選んでいたのだと思いますが、前作に引き続き叙述的な構成の使い方が素晴らしいと思います。
 ただ、本当に申し訳ないのですが、私ジル・ド・レェに関してはあるゲームを原作とする派生小説に描かれる超絶断片的で、脚色の多い知識しかなく、ラストで名前が公開されてもそこまでピンときませんでした。
 ジャンヌが処刑されたことで子どもを殺すようになり云々は知ってはいたのですが、あの時代においてのそれの重さがわかっておらず、"彼らが必死で封じ込めた、俺が思い出してはいけない"という文章が飲み込めなかったです。
 恐らくジル・ド・レェはもはや一般常識のクラスなので、これを知らない私のことは放っておいてもらって構わないのですが、偉人ネタはこういう可能性があることを頭の片隅に置いておいていただけると嬉しいです。
 恐らく夢見遼さんはそんな人のために回想シーンをたくさん用意したという側面もあると感じていますが、段々と主人公が真実に迫っていく展開はとてもワクワクしました。
 一度姫というミスリードにたどり着くところが特に好きです。姫という回答でコメディ的にも今までの描写的にも読者を納得させ、綺麗なオチが付きそうになった瞬間に絶望的な真実を明かすという手順がとても美しかったです。
 思考の誘導と構成が優れた作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 勇者と魔王のような相手がいきなりワンルームに押しかけてくる物語。
 主人公の正体を知った後に、子供と関わらない方がいいと二人が言っていたこと、髭の剃り跡が青くなる、などの伏線になるほど!と思いました。
 彼らは主人公の前世の記憶を思い出さないように接触したわけですが、むしろ彼に不審に思われる言動や行動により前世の記憶を思い出させてしまうような描写が多く、悪影響になっているのではと感じました。前世の記憶がまだないと確認した後は傍観者の立場に徹した方がいいのではと思いましたが、そうしなければならない理由が語られるとなおよかったお思います。コメディの中に見え隠れする凄惨な前世の記憶。彼らの今後が気になりました。

164:ただいま前夜/御調

謎の有袋類:
 第二回ぶりの参加です! うれしいですね。御調さん参加ありがとうございます!
 読み終わってタイトルの意味がスッと入って来るの本当にめちゃくちゃ構成も文章も上手!
 これは完全に偶然の一致なのですが「不死身」と「浦島太郎」という概念が他の方の作品にあったので「そこ被る?」と驚きました。話の内容は違うのですが、こういう偶然があるのが自主企画のおもしろいところですね。
 ずっと昏睡状態だった主人公は、生命活動が低下していて動物で言う冬眠のような状態になっていたお陰で加齢をしないまま四十年が経過し、そして目覚めます。
 自分を取り囲んでいたのはかつての友人が年老いた姿で、相手は親友だと認識出来ない主人公。
 明日はいよいよ妻と子が訪ねてくる主人公に、かつての親友は色々と語りかけていく……というお話でした。
 そして、いよいよ明日……つまり「ただいま前夜」が来る……。
 めちゃくちゃ気持ちがいい! 前夜がどうなったのか、これからどうなるのかは全て読者に委ねられるのですが、そこがまたいいですね。
 読後感の気持ちよさや爽快感が頭一つ抜けて気持ちが良い作品でした。
 色々忙しいと思いますが、御調さんの作品は大好きなのでまた是非書いてみて欲しいです。

謎のお姫様:
 変わらないものを信じて、ただいまという前日。御調さんのただいま前夜です。
 数十年昏睡状態となり、老化も年数通りに進行しなかった結果、若いまま未来にタイムスリップしてしまったような主人公と、それを取り巻く環境のお話でしたが、私はなにより本作最終章で間下医師が言い放つ「でも、思え」というセリフにとても痺れました。
 主人公の内面も、それを取り巻く状況もよく知っているからこそ、端的な命令口調になったその言葉は、主人公や読者を一瞬混乱させますが、その奥に潜んだ彼のやさしさや積み重ねた年月を想起させる、とても強いセリフでした。
 ラストシーンという、作品の中で一番大切なパートにこんなに強いセリフを持ってきていただいたので、とっても心に残るお話になりました。
 そのセリフを際立たせるために、舞台背景やもともとの人間関係をきっちりと描写しきったんだと捉えていますが、作品を通して病室で医者と話しているだけというかなり動きのない作品となっているところは少し好みの分かれるところかもしれません。
 本作は次々に情報が出すという手法で読み手を退屈させない工夫をされていると感じますが、基本的に主人公の感情もずっとフラットですので、行動か感情のどちらかにそこにもう少し動きを付けてもいいかもしれません。
 ラストシーンで、間下医師の中の変わっていなかった部分を見つけてようやく間下医師を友人だと認識できた主人公が、最後の最後だけ彼のことを省吾と呼ぶシーンも大好きでした。
>「でも、思え」
 という強いセリフに対してはあまり触れず、その言葉ではなく彼の振る舞いに注目させていく構成や、ようやく友人として認識できたということを独白で明言させず、呼び方だけですべてを伝えてくるのがとてもオシャレで、締まったラストになっていると感じました。
”ただいま前夜”というタイトルにもあるように、この後主人公は家族の変わらないところを見つけ、心からただいまと言えるよう祈りたくなるくらい主人公に感情移入できる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 男性一人称というお題でまさかの浦島太郎二作目です。
 同じお題でも題材が重なってくるのは不思議ですが、その切り口が異なるのは面白いなと感じました。
 約四十年近く年をとらないまま眠り続けた主人公と、医者であり友人でもある省吾とのやりとりが好きです。
 明日家族に会うことに不安を募らせる主人公に対して、省吾は医者としては事実を伝えるけれど友人としは彼の心の負担を軽くしてくれるよう努める。そんな彼の中にある今でも変わらぬ癖をみて、関係性は断絶していなかったと主人公が明るい兆しを見つける姿はとても良かったです。
 ただ彼らの感情が丁寧に描写されていただけに、主人公が納得して終わるラストは、省吾に感情移入して読んでいた私は放置されたように感じられやや消化不足なところがありました。できれば彼の名前を呼ぶところまで読みたいなと強く思ったので文字数も残っているので後ほど、書き加えて頂けたら嬉しいです。
 ただいまと初めて言えた主人公にとって、これから先の出来事はきっと明るいものだと感じさせてくれるとてもいい物語でした。

165:クレンザー KILL!!KILL!!KILL!!/電楽サロン

謎の有袋類:
 16ビートの神楽を書いてくれた電楽サロンさんの二作目です。
 主人公と脳を半分交換をしたカナエと男女バディめちゃくちゃよかったです。
 ガンアクションもめちゃくちゃかっこいい作品でした。
 アクションシーンがはちゃめちゃにかっこよかっただけに「手を開くと万年筆が転がった。」の部分だけ誰の手を開くと万年筆が転がったのか混乱したので一度、アクションシーンは誰が何をしているのかわかるか見直すとミスが減るかもしれません。
 本当に些細な部分しか粗が見つからず、とてもクオリティの高いアクション小説だと思います。講評じゃなければ万年筆の下りも特に気にならないで流している程度の本当に些細なことなので、あまり気にせず好きなものを思いきり書いて欲しいなと思いました。
 話タイトルの通り「VS. ブレインジャッカー」とあり、宿敵はまだ生きているかも? という伏線が張られているのがすごく好きです。
 こういう終わり方ですが、大物とのバトルを挟んでいるので読み足りないだとか、導入部分でぶつ切りされている感がないのもすごく良いなと思います。
 講評が公開したらこのまま連載にしてもおもしろいと思います。

謎のお姫様:
 血の匂いと、名コンビの誕生。電楽サロンさんのクレンザー KILL!!KILL!!KILL!!です。
 本企画二作品目となる電楽サロンさん。一作品目は神楽にダンスを組み合わせたスピード感あふれる異色作でした。本作は前作よりもバトル寄りで、血の匂いの漂う読んでいて楽しいアクション小説でした。
 脳を半分取り換えられてしまったため一心同体のようになってしまった主人公とヒロインのキャラクターがクールで好きでした。頭痛を酒で紛らわす主人公と奨学金と推しのためにクレンザーをやるヒロイン(見た目もものすごく好みです)のコンビはとても魅力的で、この二人をもっと掘り下げた作品を読みたいと思うほどでした。
 一方で、本作の核となる脳を入れ替えるという独自理論が少し説得力に欠けるように感じました。
 細かいところを気にしてしまうのは私の癖のようなものなので、参考程度にとどめておいてほしいのですが、単純に脳を半分交換して、人格は変わらず記憶が共有されるものなんでしょうか?
①初めは脳を物理的に入れ替えているわけではなく、ブレインジャッカーが概念的に脳を入れ替えていると思ったのですが、それだと小ぶりな脳があふれている描写と矛盾しました。
②脳科学に基づいているなら、数行程度の補足でも構いませんので、知識の補足があったほうがいいと思います。
③独自理論なら、独自理論の中で矛盾ないよう描写しないと、私のようなひねくれた読み手に①、②のようなステップを踏ませてしまう可能性があるかもしれません。
 あくまで読者の一人として、こういう思考ステップを踏んだ人がいたという参考に使ってください。
 紳士の動機は本当に気持ちが悪くて最高でした。
 自分のもとに置くためにあえてグレードを下げるというのは、ギリギリ理解できなくもないけど嫌悪感が勝つという絶妙なバランスで、もしかするとこういう考えの人が現実にもいるかもしれないと思わせるキャラクター造形でとても不気味さを感じます。
 一度取り換えた脳は戻せないということで、これからの二人の関係性を想起させる楽しい終わり方でした。また、ただ一件落着という空気の中に”これからの二人”を匂わせるだけではなく、紳士の残りの脳が残っているという不穏分子を残していったのも好きでした。
 思わず続きはどこですか、と言いたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 次から次へと事態が加速していくスピード感溢れる物語でした。
 設定が凝っているだけに、もしかしたら俺たちの戦いはこれからだ……!で終わってしまうのはないかと不安を感じたのですが、きっちり黒幕の真の狙いを明かし倒した上、しかも嫌な予感まで残るラストまでやってのける、この満足感がとてもすごかったです。
 ただ一方で設定がぎっちり詰められたようにも感じられました。
 物語は動と静のバランスで成り立っていると思っているのですが、常に動動動だと、息もつかせぬ展開になる一方で頭が追いつかないようにも思えたので1万字〜2万字ぐらいでのびのびと書いた方がもっとよかったと感じましたが、これは私が単にパルプ小説を読み慣れておらず、好みによるところが非常に大きいと思うので、そういう風に受け取る人がいるんだぐらいに考えていただければ幸いです。
 カナエとキョウの脳を共有した二人の凸凹感が好きです。これからまだ続くであろう彼らの戦いの行方が気になりました。

166:代理結婚/傘立て

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 恋人の親友と結婚することになった男性のお話でした。
 結婚と聞いて思考を垂れ流すような文字の詰まり方と、その後の主人公が冷静になった時の読みやすさのギャップがおもしろいなと思いました。
 すごいおもしろいのですが、最初にページを開いたときの圧に負けてしまう人もいる諸刃の剣……!
 最初にもうワンクッションあると「これは演出なんだな」とわかりやすくなって圧が減るかもしれないので、構成次第で更に間口が広がる作品だなと思いました。
 こういう小説ならではの表現方法すごく好きなので、僕はすごい好きだなと思いました。
 好きだった人の親友と結婚をし、好きだった人は去ってしまってからも、相手の痕跡は結婚相手を通して見えるところ、そしてその人と違う部分も含めて好きなところという丁寧な描写が素晴らしいなと思いました。
 そしてラストのどんでん返し! 代理とはどういうことだったのかという部分と、最初にあった「人の話を聞かないことには定評がある」の回収、すごく美しいですね。
 シンプルな題材を丁寧に出来事や心情を積み上げて作られた素敵で繊細な作品でした。

謎のお姫様:
 どちらの瞳も、同じものを映しているならば。傘立てさんの代理結婚です。
 先を見通す力、盤面支配能力がずば抜けているヒロイン沙耶香と、それに動かされてしまった男女の物語ですが、沙耶香のキャラクターがとても好きでした。
 セリフはたったの一言、三文だけしか描かれていませんが、主人公やミカが心酔している様子から相当魅力的な人間だったんだということを想起させることで、”彼女ならここまで想定しきっていてもおかしくはない”という説得力が強かったです。
 冒頭、結婚を申し出られて焦りながらも喜ぶ主人公がとても素直で可愛く映り、しょっぱなから感情移入ができたため、「そんな主人公がそこまで言うのなら沙耶香は相当な女性だったんだろう」と思うことができたんだと思います。
 その沙耶香がどうして二人を結び付けたのかという動機開示のパートでは、ここまでで置いてきた布石を拾って一本の道にしていく手順がミステリの謎解きのようでとてもワクワクしました。
 そんな沙耶香だからこそ、本作ラストをどう受け取ればいいか少し迷っています。
 素直に受け取れば”どちらが代理かわからないけど隠して生きていく”というモヤモヤとしたエンディングになると思っています。
 しかし、沙耶香ほどの人間が、結婚を申し出られて可愛くテンパる主人公や、もはや半身であるミカがポロっと関係を漏らしてしまうことに思い至らないとは思えず、むしろ「二人が沙耶香の死を受け入れられたころくらいにバレて話し合い、そこからまたお互いを受け入れ合う」というところまで計算されていたと考えるのは深読みしすぎでしょうか。
「ちゃんと聞け、馬鹿」というのは、人の話を聞かないことの説得材料ではなく、「もしミカがやらかしたらちゃんと聞け、馬鹿」という過去からのメッセージかもしれないと自分は想像しました。
 本作は、結末が読者にゆだねられるリドルストーリーですが、絶望しかけている主人公の一歩前に進むことで、ハッピーエンドにつながる可能性のある三つ目のエンディングが見え、主人公の今後を考えたくなるというとても面白い構成の物語だと感じました。
 お互いの中に沙耶香が宿っている、ということが明かされていくパートや、寝室で瞳を覗くパートはとても綺麗で、頭に鮮明な映像が浮かんでくるほどでした。情景と、一人称である主人公の心理だけでなく、主人公の目から見たミカを情景と共に描くことで彼女の内心まで伝わってきて、人の心や動きを描く力がとても高く、文章の洗練された小説だと感じます。
 どこまでが沙耶香の手のひらの上かわかりませんが、いつか二人がその手のひらを飛び出して、沙耶香と三人で幸せに生きていけることを祈りたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 付き合っていた沙耶香の親友であるミカと結婚する導入から始まる物語。
 沙耶香の半身とさえ言われているミカに対して、今は亡き沙耶香を見出してしまうところに、どこか代理として見ていないかと罪悪感を感じていたリョウ。けれど実は代理だったのは自分の方だったのかもしれないとひっくり変える関係性がとても良かったです。
 もしかしたら沙耶香は、彼女のことを一番想っている二人を引き合わせて合わせ鏡のように己の姿を永遠に映し出して欲しいと願ったのかもしれないと感じました。二人はこれからもずっと沙耶香を想い続けるかもしれませんが、何かをきっかけに乗り越えて欲しいなと思いました。とても面白かったです。

167:巨獣体内探検家リグ・マイヨール/不死身バンシィ

謎の有袋類:
 第四回の時は、気持ちの良い種明かしターンが最高だった春の香りの櫻子さんで参加してくれたバンシィさんです!参加ありがとうございます!
 レッツバンシィ! という魔法の言葉……こういう機会に新作を出してくれるのはうれしいですね。
 こちらは巨大な生物を調査するお仕事に就いている主人公のお話。生き物と言えばウンコ! 体内から生物を調べるのですが、それはとてつもなく危険な仕事……オトモはスライム娘でした!
 この主人公が助かった時に記憶を心配されていたの、以前何かあったからなのですかね? などなど気になる背景もありつつ、お話の構成はすごくきれいでわかりやすいです。
 個人的な欲望を言えば、鹿の体に開いていた穴が消えた理由が僕には少しわかりにくかったのでもう少し解説があると親切かも? と思いました。
 大腸が2個ある生き物の調査をして、ウンコまみれになった次は、肛門が地下にある巨大な鹿! わざわざ排出した毒物を体内に入れられた鹿さん可哀想ですね。
 それと、序盤の結石……人間に出来るやつだとめちゃくちゃ痛いのだろうなぁ……と思いながら楽しく読みました。
 バンシィさんのこういうファンタジックなお話はベルリア魔鉱山採掘者ペイジの手記も含めて、めちゃくちゃ好きなのでまたファンタジーが読めてうれしいです。
 ミネバくんと、アリスくんのダブルヒロイン体制で中編にも長編にも出来そうな作品です。このシリーズのお話も書いてくれたらうれしいなーと思います。

謎のお姫様:
 行こう、二人で世界の果てへ、一人ではたどり着けない場所へ。不死身バンシィさんの巨獣体内探検家リグ・マイヨールです。
 本作は、冒頭一文目の導入でありタイトルにもなっている「巨獣体内探検家」というワードセンスが非常に輝いている作品でした。
 この語感だけでワクワクできるのですが、それに加えて①主人公が探検家であること ②巨大生物がいる、少しファンタジーな世界であること ③巨大生物の中には何か報酬が眠っているということ の三つが潜んでいて、そのあとの世界観開示パートがとても自然に入ってきました。読者の惹きつけと世界観開示をいっぺんに行っているすごく好きなフレーズです。
 そこから主人公とミネバの掛け合いがはじまりますが、ワードセンスが非常に面白く、とても楽しみながら読ませていただきました。「大任(しまながし)」「違う、便ではなくて弁。」がとても好きです。
 また、巨大生物の体内の描写は、現実の理屈を織り交ぜしっかりとした理論に基づいていて、コメディとSFファンタジーを両立させているところも印象的です。
 ただこれは私の小説の読み方が悪いせいなので申し訳ないのですが、中盤あたりまで主人公のセリフがないことと、ヒロイン二人ともが彼の独白と会話をしていることにとても引っかかってしまいました。
 この二点は、叙述的に(それもホラーやミステリなど、負の感情を呼び起こしやすいジャンルで)使われる可能性が高いと私は考えています。例えば、全て主人公の妄想でした、などです。
 独白のように見えているだけで必要なところは声に出ている、という可能性は序盤の”纏わりつきながら独白に絡んでくるのが”というセリフで否定されていますので、私は”いつ主人公の秘密が明かされるのか”と気が気じゃありませんでした。
 本作はいい意味でコメディに振り切れているので、途中から「これは何かの布石ではなくこういう構成なんだな」と切り替えることができましたが、ホラー的な叙述を恐れながら読み進めてしまうことはきっと不死身バンシィさんの本意ではないと思いますので、こういう引っかかり方をする人(特殊だと思いますが)がいるということを頭の片隅に置いておいていただけるといいかもしれません。
 そして、コメディに振り切れてはいるものの、ラストでは温かい気持ちになれる小説となっていてとても気持ちのいい読後感でした。
 コミカルさの中にきっちりと生体論理に基づいた危険さが含まれているので、脱出できた時は笑いながらも達成感があり、脱出後の主人公の「次こそ死ぬかもしれない。」という独白に説得力もあります。
 コメディが多く、ミネバとアリス、そしてそれに突っ込む主人公と三人のキャラクターが生きているかのように動いているので、彼らが生き残ったことに対する安堵感もありました。
 笑える展開をたくさん挟みつつも、きっちりとコンビの絆、尊さを描いているので、ラストシーンはとても綺麗な映像が頭に浮かび、暖かい気持ちになることができたんだと思います。正直、こんな汚いテーマの作品からあんなにも綺麗なラストシーンになるとは思っても見ませんでした。
 ただ綺麗で終わらせるわけでなく、途中で張った小ボケを回収しながら「ゲロ博士VS女騎士」と落とすサゲの部分も凄く心地よかったです。流行りそうですもんね、その児童書。
 作中理論がしっかりしていて、汚くて笑えるけれど最後は暖かい気持ちになれる面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 ウンコの話です。今回、金玉は何度も見かけたのですが、ウンコは意外に少ないので希少性が高いです。
 ミネバとハカセの二人のコンビが好きなのですが、その探索の一環として食道壁を降りている時の見た目はあれですね。ピクシブで見たことのある特殊性癖な絵面で、スライム娘が好きなのだと感じる描写でした。スライム娘はいいぞ。
 体の中を探検していく物語なだけあり、解剖学用語が満載で学生時代にウンコと腸管をいじっていた者として楽しく読みました。ただ一方でオオアマツノの体の構造が分かりにくく感じました。
 中でも『僕達は巨獣の胴体と首の境目、人で言えば横隔膜辺りに開いていた穴から入ってきた』という点が?になった部分です。横隔膜は胸腔と腹部とを仕切る役割を果たしておりますが、そうなるとこの巨獣の心臓や肺はどこにあるのか気になりました。
 王様から派遣されたハカセと教皇様からの使いである聖騎士アリスのライバル関係は、バックの対立もほのかに見えるように感じましたが、彼らの冒険が楽しい絵本にされるあたり、平和な国だと思いました。
 彼らにはこれからも珍道中を繰り広げていって欲しいなと思いました。

168:ヴァンパイア・アイデンティティ/棚尾

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 ヴァンパイアもの! とても良いですね、吸血鬼。
 生物学などはわからないのですが、用語についても補足説明があってとても親切な作品でした。
 各伝承などにも触れているのがすごく良いですね。そして、うっすらと仄めかされたラストの種明かしがすごく素敵だと思いました。
 ヤマダさんが中性的な顔だちの黒髪長髪ということしかわからなかったのですが、勝手に黒髪長髪イケメン! と決めつけて読みました。一人称私の物腰柔らかな男性、とても好きなのでよかったです。実は女性だったらすみません。
 序盤はヤマダさんが吸血鬼か? とミスリードしつつ、最終的には主人公がチュパカブラ事件の犯人では? と仄めかすラストが好きでした。
 でもヤマダさんが吸血鬼かどうかまでは確定させず、吸血鬼だからこそ主人公の異変に気が付いたのかな? という部分まで含めてとてもいいですね。
 ヒントの出し方も親切ですし、話題の誘導もとてもわかりやすかったです。
 生物学的に検討したヴァンパイアとはどういう存在だったのかというお話、とてもおもしろかったです。

謎のお姫様:
 それでは生物学的に吸血鬼の存在を証明してみましょう。棚尾さんのヴァンパイア・アイデンティティです。
 主人公とヤマダさんの議論により物語が進んでいく本作ですが、専門的な話が続くにもかかわらず読んでいて楽しいという、面白い先生の講義を受けているような感覚に陥る作品でした。
 私は理系ですが生物専攻ではないため、表現型の詳しい構成要素や、それを実際の生物に当てはめるとどうなるかという知識がない状態で読ませていただいたのですが、セリフのあとに必ず補足が挟まるのがとても親切な設計だと感じます。読者である私だけではなく、主人公もヤマダさんにご教授いただく立場であるため、解説が説明臭くなく、自然になされていたのが印象的な作品でした。
 また、とても生物学的な芯を持ちながら、取り扱うテーマが吸血鬼やチュパカブラというところのギャップも面白かったです。
 吸血鬼というポピュラーでもはや擦りつくされたともいえる怪異を、専門的な視点で切り分けていくという構造にとても惹き付けられました。
 棚尾さんは素人がどこで躓くかを整理して、そこに欲しい説明を入れ込む能力がとても高いと思いますので、今後の参考までに完全な素人である私が唯一引っかかった部分を書いておきます。
 私は「狼、コウモリに変身する」というのが生物学的に説明できない、という部分に引っ掛かりました。
 鏡に映らない、というのは光の反射の話なので物理学的な領域に踏み込んでいるのだろうということはわかるのですが、「狼、コウモリに変身する」という可逆で短期的な変態については本当に専門外なのかな、と感じました。きっと本当に専門外なのだと思うのですが、”不死”や”川を渡れない”に言及していて、それよりも生物っぽい変態について専門外と切り捨てられたところに違和感を抱きましたので、主人公の口から一言補足があればよりよかった(私にとってですが)かもしれません。
 散々二人でディスカッションをし、吸血鬼がいてもおかしくないと読者の頭に刷り込んだうえで、それでもヤマダさんが吸血鬼でも問題はないという言葉を主人公の口から言わせているところが物語の決着としてとても綺麗でした。
 そしてヤマダさんが吸血鬼だとミスリードされていたことへの綺麗な着地の余韻を残しながらも、そこに主人公の性質を被せてきた流れがとても面白かったです。
 状況証拠的に主人公はチュパカブラの特徴を二、三個持っているヒトでしょうし、誰かから見たら主人公はチュパカブラなのかもしれません。
 でも主人公から見たら主人公はヒトですし、本作を読んだ読者からしてみれば主人公は主人公です。
 ヤマダさんは、いつか主人公が自分の性質に気付いてしまったときに、”二、三個性質を持っている人なんてたくさんいるから気にするな、主人公は主人公だ”ということを思い出してもらうために吸血鬼ディスカッションを仕掛けたのかもしれないですね。
 そう解釈すると、とても暖かい子弟の関係性を描いた小説だなと、心地よい読後感に包まれました。
 物語としても、講義としても面白い作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 吸血鬼という存在が、もし人間だったとしたらどのような要素が当てはまるか考察する話がとても面白かったです。
 吸血鬼の吸血行動の要因として本人の嗜好かもしれないという考察では個人的には遺伝的疾患であるポルフィリン症説を挙げたいなと思っていたところ、最後に遺伝子、環境、誘因、偶然が揃ってしまったばかりに
 表現型が発現してしまったと分かるラストに、うわーおもしろー!となりました。
 そうとは悟られずに鉄分入りヨーグルト飲料を渡してヤマダさんが解決するのですが、もしかしたら彼以外にも人外因子を持った学生がおり、彼らが何かをきっかけに問題をひき起こそうとした時にヤマダさんがこっそり解決しているのかもしれません。
 このお話が続いて一話ごとにいろんな人外考察がある長編ものとしても読んでみたいと思いました。とても面白かったです。

169:先延ばしの理由/不可逆性FIG

謎の有袋類:
 前回は自由に動き回れる少年と、ガラス越しにしか触れあえない少女のお話である春の歌を書いてくれた不可逆性FIGさんが参加してくれました。参加ありがとうございます。
 今作は未成年と主人公が逃避行するお話でした!
 自分を誘拐しませんかと誘ってくる大学生のふりをしていた高校生のアヤセさん、休職中の主人公という組み合わせがすごくよかったです。
 過干渉な母親だと、少し主人公が見えないだけでめちゃくちゃ連絡を取ってきそうなので連絡がめちゃくちゃ来るけどそれを電源を切ったりして放置するなどの描写を少し入れると世界観に更に説得力が生まれるのかもしれないなと思いました。
 こういった小さなことくらいしか言うことがないくらい完成度の高い作品で、登場人物同士の掛け合いがすごく心地よくて読みやすかったです。
 悲観的な内容なのですが、そこまで暗すぎず、風が吹き抜ける描写や、夜明けの空の色が移り変わる様子などすごくきれいで現状を先延ばしにしているけれど、でも最悪の道は「今は」選ばないだろうという雰囲気がすごいよかったです。
 重いテーマと、美しい描写がマッチした素敵な作品でした。

謎のお姫様:
 みんな病んでる、必死で生きてる。不可逆性FIGさんの先延ばしの理由です。
 本作のオチの付け方とオマージュの仕方がものすごく好きでした。章タイトルを見て薄々勘づいてはいたのですが、病んでしまった主人公と、病んでいたヒロインの旅の末、「ああ、病んでるよ。だけど、不器用になんとか生きてる」という結論が導かれたことに、ミスチル育ちの私はとても嬉しく思うと同時に、曲を知らなくても何も問題ないであろうその構成力が素晴らしいと感じました。
>「私を誘拐してくれませんか」
 という力のある導入から勢いそのままにとりあえず二人を旅に行かせ、そこからゆっくり回想をするという順番も、読み手の興味を途切れさせることなく本編に没入させる美しいものだったと思います。
 一点だけ、これは私の読解力の問題でもあるのですが、回想を用いたことで時系列が少しわかりにくくなっていたかもしれません。時系列は本筋には全く関係がないのであっさりとした描写でもいいかもしれません。
 ①最後にアヤセと会ったのが一か月前②昇進→味の喪失→長期休職③自暴自棄になって女を漁っていた(アヤセとも何度か会っていた) という順番で情報が出されていて、私は一瞬「買ったのは主人公がまだ味を失っていないときか?」と、少し混乱しました。
 本筋に関係ないところだからこそ、そこで足を止めさせないために、情報を出す順番を工夫するか一行程度の補足をしたほうがいいかもしれません。私の読解力がないからだと思うので、感想の一つとして流していただけたら幸いです。
 二人でナイトドライブをして車中泊をしながらアヤセの目的が明かされるパートは、アヤセの計画自体もとても苦しくて(小説として)面白い内容な上に、そこから彼女が主人公も絶望していることに気が付いて二人の人生観に発展していく流れがとても綺麗でした。
「誘拐してくれませんか」という本作序盤の種明かしパートを前フリにして、より大きな命題をぶつけてくる構成、とっっっても好きです。
 バンドの復活で少しだけ生きてみるかと思う気持ちはとても共感できるもので、小さな希望を糧にギリギリで歩いている人の気持ちの言語化がとても素晴らしかったです。このあたりのパートはオマージュに心を持っていかれてまともな判断ができていないかもしれませんが、不可逆性FIGさんの哲学、この作品で一番伝えたいことがとても伝わってくるシーンでした。
 一日ずつ必死に延命して、いつか二人がこの現代にドロップキックしてくれることを期待したくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 制服を着た女の子から誘拐して欲しいと言われる導入から始まる物語。
 今の現実から逃避したいという衝動的行動なため行き先もアバウト。
 けれどそんな旅路を通して段々とお互いの事情を知り、ユウキにとって灰色だった世界が、アヤセにとって死ぬための旅が、だんだん変わっていく描写が好きです。
 夜明けを迎えても行き先はまだ不明ですが、生きるため朝食を食べにいったり、楽しさを残す土産を買いに行こうとする二人の目的を持った行動が明るいものに映りました。みんな病んでいるけれど、病みながらも不器用に、何か小さな楽しいことを見つけながら戦っているのかもしれません。最初の出会いこそ偽の関係性であったかもしれませんが、共犯者のような間柄になった二人の今後が気になりました。面白かったです。

170:親父の背中/綿貫むじな

謎の有袋類:
 第三回の時に続き、今回も竜を題材にしたお話を書いてくれた綿貫むじなさんです。参加ありがとうございます!
 今作はファンタジーの前日譚ともいえる作品でした。前日譚なので導入で終わったという感がいなめないので、もう少し相棒のことが知りたかったり、個人の好みとしては相棒が剣を抜いて欲しかったかも?
 堕天使という存在が攻めてきて、竜と人が手を取り合って打ち倒したという王道のストーリーラインのその後、そして新たな伝説へ繋がるという継承のお話はとても良いですね……。
 竜、剣を口で咥えたと言うことはアジアンテイストな蛇に近いタイプか、ワイバーンのように二脚で翼が腕になっているタイプなのでしょうか? と色々と想像が膨らむ描写がすごく好きです。
 英雄だった父親に憧れた主人公だからこそ、人間と再び手を取り合おうと思ったのだろうなと言う動機もよかったです。
 長編連載中の参加ありがとうございました! これからもガンガン進捗をしていきましょう!

謎のお姫様:
 だから見ていてください、俺の、戦い。綿貫むじなさんの親父の背中です。
 絶海の孤島に墓参りに来ている主人公の愚痴からはじまり、世界の終わりに立ち向かう主人公の決意で終わるという構成の本作ですが、情報の出し方がとても自然で、始点からかなり離れたところに終着したのにもかかわらずずっと没入したまま読ませていただきました。
 親父の墓が辺鄙なところにあるというフックのお陰で、隣に剣が刺さっていても「まあ、こんなところに墓があるなら剣が刺さっていてもおかしくないか」という気持ちになり、「剣が出てくる世界なら堕天使もいるか」という思考フローでした。
 情報を徐々に出していき、読み手の思考を徐々にファンタジーに寄せていく構成がとても好きです。
 また、親父と親父の相棒による堕天使との戦争もとてもワクワクしました。
 本能にあらがって上位存在に歯向かうシーンは、是非親父のモノローグと合わせて読みたいと思えるほど気になるもので、本作ではもう亡くなっているのにも関わらず親父の大きな背中が見えるようでした。
 これは私の好みによる意見なのですが、本作は主人公が基本的に墓の前から動かないものとなっています。親父と相棒や堕天使、竜と人間が手を組んだ、など魅力的でアツい設定がじゃんじゃん提示されるにもかかわらず、作品を通して見ると主人公がただ物思いにふけっている、というのが少しだけ勿体なく感じます。世界観提示と一緒に主人公周りで何か大きな事件が起きると、ラストの決意がさらに感動できるものになるかもしれません。
 本作は親父とその相棒回り以外にもどんどん面白そうになる要素がたくさん潜んでいて、とてもワクワクしました。例えば、堕天使がもともと竜と人間が一体だった時の存在であるという神話は、その神話だけで一本の長編小説(あるいはシリーズ)になるポテンシャルを秘めていると感じます。
 また、主人公が人間ではないということが終盤で明かされるところも好きです。私が読み飛ばしてなければ主人公が人間ではないことは「親父の背に乗った時も」というモノローグで初めて明かされると思うのですが、序盤の「こんな所、俺以外に誰が来れるというのか。」という文章から抱く違和感が解消されて気持ちよかったです。
 神話、親父の代、主人公の未来と、三本の物語を読ませていただいたような気持になる、濃密なモノローグで、きっと主人公と相棒も英雄になれると確信できる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 継承の物語。
 かつて親の世代が倒したはずの相手が復活し、子孫たちがまた手をとり戦う物語は好きです。今は亡き存在と同じように戦えるだろうかという重圧を感じつつ、けれどそれでも親父のような英雄になりたいと決意する主人公には熱いものを感じました。
 ただ一方で過去編モノローグと壮大な物語のプロローグで淡々と終わった印象がありました。
 個人的にはこんな場所にまで堕天使が現れ、彼の相棒と戦う姿を父親に見せるような場面があると躍動感があっていいなと思いましたが、これは本当に個人の好みだと思います。
 親子二代に渡る堕天使との戦いは今、始まったばかり。彼らの今後が気になりました。

171:ある殉教者の告解/譚月遊生季

謎の有袋類:
 Vtuberとしても活動している譚月遊生季さんが参加してくれました。ありがとうございます!
 こちらは自作のスピンオフ的な作品とのことでした。
 神父が襲われ、死の間際に見た走馬灯のようなお話。ある盗賊と出会い、彼が改心し、そして断頭台へ旅立つ前に愛の告白をされたことが中心に描いてありました。
 後半は多分元のお話に繋がる部分だと思うのですが、結末がわからないと「なんだったのだろう」という気持ちが大きくなってしまうので、構成としては盗賊と出会い愛の告白をされて終わるという形でもきれいだったのかなと思いました。
 あと、せっかくの機会なのでスピンオフ作品のURLは小説の概要欄に載せておくと気になった人がすぐにアクセス出来て親切だと思います。
 下限近い文字数なのですが、それでも主人公である神父さんの人柄の良さや、教会が恐らく温かな場所であったこと、司祭様が主人公にとってとても大切な人だったことが伝わってきて、彼らが死んでしまったことに対して悲しいと思わせる描写がうまいと思いました。
 スピンオフで原作要素をどう書くのかというのは本当に難しいので「これ」という明確なものは出せないのですが、こういう機会にこうして大切な作品の紹介みたいなことをしてくれるのはとてもうれしいです。
 お忙しい中参加して下さってありがとうございました!

謎のお姫様:
 最期の告白は、誰かに届いたか。譚月遊生季さんのある殉教者の告解です。
 何者かに致命傷を負わされた神父が死ぬ間際に懺悔をするという構成の本作ですが、神父と元盗賊の出会いから別れまでがとても丁寧に描写されていて、彼の懺悔がとても心に響きました。
 本作の根底には戦争というものが敷かれています。元盗賊の彼は戦災孤児で、司教様も戦争の理不尽さを憂い、変革を成し遂げようとしました。
 物語自体は神父の懺悔と愛がテーマになっているのですが、その根底がきっちりと固まっているため、物語全体に軸が通っていて、締まっているような印象を受けました。
 本人の感情だけでなく、どうしてその感情になったのかや、その感情を引き起こした環境は何だったのか、というところまで見えてくるので登場人物の動きに説得力があり、ぐいぐいと引き込まれいく小説でした。
 ただ、これは私の読解力の問題なのですが、襲撃事件の全貌が少し見にくいように感じました。すいません。私が一番最初に以下の文章を読んだとき、
 ……その大義が、この血塗られた惨劇を引き起こしたのだとしても。
 司教様が世の理不尽を憂い、変革を成し遂げようとしたのは事実です。
 司教様の善意が暴走して教会メンバーが全員死んだんだと勘違いしてしまいました。
 ラストの記事で「司教を狙った襲撃事件」とあることから、上の二文の意図は「司教様は敵を作りすぎた」ということだとようやく理解できたのですが、本作は主人公の独白で物語が進行していく都合上、私のような読み取り方をしてしまう可能性も出てくるかもしれませんので、大筋にかかわる状況は描写しすぎるくらいでもいいかもしれません。
 この時代背景にもかかわらず主人公が「彼」を愛していたということを認め、死んでいくシーンがとても好きです。「彼」に惹かれていくまでの感情の導線がきっちりと引かれているので、あまりBLを嗜まない私でもとてもすとんと主人公の気持ちに共感することができました。
 ラストは死んだあとに二人が一緒になれたような事実を匂わせて終わっていて、とても心地よい読後感に包まれました。人が亡くなっていて悲しい話ですが、希望をもって死んだこと、死後にも救いがあったかもしれないということでハッピーエンドを感じられる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 祈りから始まる物語。
 何やら深い設定があると感じられるのですが、語られないことが多く正確にこの物語を読み取れた自信がありません。すみません。
 戦争の犠牲者となった元盗賊が神父と出会い、盗む以外の生きる術を身につけた一方で、過去を振り返り自ら罪を贖う姿は無情さを感じました。けれど、最後の二人は死んだはずの神父と元盗賊ではないかと思わせるラストはとても良かったです。反抗するものを静かに葬る帝国の今後がどうなるのか気になりましたが、彼らが礎となり、新しい未来を築きあげていったらいいと感じました。

172:ささくれ/きぃコニ

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 解離性人格パーソナリティみのある別人格主観のお話でした。
 上辺だけ取り繕い、一人で勝手に病んでいく主人格に苛つき、自死をオススメする主人公。
 途中にある摩天楼の表現だけ比喩なのかわかりにくかったので比喩とか心象風景の場合はわかりやすくすると親切かもしれません。
 終盤で、同棲してるDV彼氏かー? と思っていたのが別人格だったことがわかったのがすごいよかったです。
 そういえばご飯を二人分用意とかしてない! と後から思い起こすとそうだなというヒントの加減がすごく好きでした。
 最後の「見てんじゃねぇよ」というセリフも、こちらを急に引き込んでくる第四の壁を越えてくるのもすごく上手……。
 これから体の主導権を握った主人公がどうするのか気になるおもしろい作品でした。

謎のお姫様:
 ささくれを剥いているときだけ、自分らしさを感じられたのかもしれない。きぃコニさんのささくれです。
”自分らしさ”とはなにかを問うチカと、それを馬鹿馬鹿しいと吐き捨てるドライな主人公の二人が会話をしながら物語が進んでいく本作ですが、二人の関係性とそれぞれの哲学がとても面白かったです。
 序盤のパートでは、仕事で嫌なことがあったので独り言と言いながら主人公に話を聞いてもらいたがるチカがめんどくさいながらも可愛く、なんだかんだそれを聞いてあげる主人公のやさしさが暖かかったです。
 チカの会社はこのエピソードだけでやばいところだとわかるため、彼女に簡単に同情することができ、結果として話を聞いてあげている主人公にも(この時点では)感情移入をすることができました。
 ストレスが溜まったらささくれを剥きたくなる気持ちもわりかし理解できるもので、このパートでのささくれはチカのキャラクターを掘り下げ、彼女を身近なものに感じてもらうために使われています。
 それが後半では、彼女のストレスが一定ラインを越えたこと、すでに彼女が常軌を逸していることの証明に使われていて、舞台装置の使い方がとてもうまいと感じました。
 ただ、これは本作最大のギミックなので言及しづらいのですが、中終盤で主人公の正体が明かされるまで、「主人公は誰なんだ」という疑問が常について回っていました。
 恋人ではなさそうで、家族でもなさそう。しかし一緒にいる、という関係はものすごく不自然で、二人の関係性が全く分からないため読んでいて少し余計なところに思考が使われていました。
 チカの「っそれは全部君が奪ったんでしょ!」というセリフからようやく主人公の正体が割れ初めますが、明らかに違和感のある関係性なのに明言されない、という構成は読み手の混乱を招いてしまう恐れが高いので、恋人っぽくミスリードするかチカから生まれたものだということは匂わせとくかなどをして、読み手が余計なことを考えてしまうのを避けたほうがいいかもしれません。
 ラストのチカの感情吐露パートはとても好きで、中でも”自分らしさ”や”生きる意味”を求める彼女に”自分らしさは他人が作り上げるものだ”と言い切る主人公が独自の哲学を持っていて好きでした。
 私は主人公を、都合のいい人間に欠けている反抗心のようなものとして受け取っているのですが、結局彼らは同一人物なので、助けてと懇願するチカも心のどこかではこんな自分を殺してしまいたいと思っていたんだと思うと何ともやりきれない気持ちになりました。
 ラストは都合のいい人格が死に、反抗心だけになった彼女の描写で締まりますが、きっとこの二人はどちらかが欠けてもうまくいかない存在だと思いますので、彼女は結局幸せにはなれないんだろうなと思うと悲しくなってしまいますね。
 人間の内面を、心を抉るように描くとても考えさせられる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 自分らしく生きるとは何かという問いかけから始まる物語。
 同棲する二人の物語かと思いましたが、頭の中にいる二人の物語と解釈しました。ただ主人公がチカの別人格であるなら、今回のお題である男性一人称小説がクリアされているか微妙なラインだと感じたので違うかもしれません。お題に合っているかどうか読むのはかなりノイズになるため、もう少し詳しい描写があるといいなと思いました。
 冒頭で自分の死は会社に迷惑になるからと言っている時点で、チカは己のことを二の次にしていると感じたのですが、そんなチカがだんだんとこういうものだと切ってきた捨ててきた感情に追い詰められ、良いささくれを自ら作り出していく姿は恐ろしく、ぎりぎりまで追い詰められた人間の、あと一歩で壊れてしまう描写がとても素晴らしいと思いました。最後は摩天楼の隙間に消え、彼女が作り出した何かと入れ替わるラストですが、一体彼は何者なのか気になりました。

173:音楽の帝王サリエリと秘密のスイーツレシピ/柴田 恭太朗

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 音楽の帝王サリエリと弟子達のお話でした。サリエリやその近辺にいる音楽家に疎いので不安になりながら読んだのですが、音楽家についての前提知識がなくてもすごく楽しめるお話でした。
 知らなくても楽しめるし、知っていると更に楽しめるというバランス感覚がすごい……!
 鉛中毒が原因でベートーヴェンが耳を悪くしたことを知っていると更に「ま、まってー」と言いたくなるのもすごく好きですし、おそらく知らなくとも水銀や鉛はヤバそうと思えるのがいいですね。
 悪意はないし、当時の常識的には悪くないものですが胃が人よりも強靭なために愛弟子達を次々と不幸にしてしまうというバランスが好きでした。
 最後の善魔と考えている部分で「本当にそうなのか? 自分に言い聞かせてるのでは?」と勘ぐってしまいそうなのも良いですね。
 非常に読みやすく、彼らの史実にも興味が湧いてくる素敵な作品でした。

謎のお姫様:
 善意からの行為なら人を殺しても許される。柴田 恭太朗さんの音楽の帝王サリエリと秘密のスイーツレシピです。
 モーツァルトと比べられ、天才に劣等感を抱く秀才というイメージの強いサリエリを主人公に据えた本作ですが、音楽や才能を主題に置くのではなく、三人の死に方に独自解釈を加えてアレンジしているところがとても面白かったです。
 私はモーツァルト、ベートーヴェンの二人の最期は知っていたものの、シューベルトの最期やシューベルトとサリエリの関係は知らなかったので、本作を読み終わった後思わず調べ、にやりとさせていただきました。
 話の大筋がとても分かりやすく、モーツァルト毒殺疑惑、ベートーヴェンの鉛入りワインを提示し、善魔という独自概念を丁寧に説明することで「サリエリは善意でいろいろとやっているが、その善意で人を殺している可能性がある」というテーマが見えたからこそ、読み終わった後にシューベルトについて調べたくなったんだと思います。きっと講評という立場でなくても調べてしまっていたと思いますので、「読み手に気付きを与え好奇心を刺激する」というとても面白い小説だったと感じました。
 ただこれは前提知識が邪魔をしてしまったところなのですが、サリエリとモーツァルトの関係性が悪い、という説を知っていたため、「本当にサリエリが善意で動いているのか」が中終盤のモーツァルトに言及するシーンまで読めませんでした。私はベートーヴェンの最期も知っていたため、ずっと「サリエリが天才を悪意を持って殺す話か?」と思いながら読んでいましたので、もしかすると最序盤から「本作のサリエリは善意の塊だ」ということを提示したほうがよかったかもしれません。構成的にかなり難しくなってしまいそうなので、ひとつのアイデアとして軽く受け流していただければと思います。
 ベートーヴェンとの対話はとても面白く、尊敬し合う二人の師弟関係が気持ちよかったです。『ティラミス』の名づけパートが特に好きで、ベートーヴェンの作曲センスを認めつつネーミングセンスでひと笑いをとり、音楽は分け合うものだという哲学まで結びつける会話の流れがとても綺麗でした。
 お菓子作りと音楽という一見遠そうな二つのテーマをコメディパートで結び付け、モーツァルトの話に移行してから毒の話につながっていく部分は情報展開のハンドリングが素晴らしくて、とてもぐいぐい引き込まれていきました。
 歴史の解釈が面白く、登場人物の全員が偉人でありながらも身近に感じられるほどキャラクターが生きている作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 映画「アマデウス」で有名のサリエリ先生のお話です。
 映画とは違い、実際は後進の音楽家たちの教育に力を入れていたという知識しかなかったため、サリエリ先生とベートーヴェンの父と子のような関係性だったことを知らず、そんな二人のコミカルなやりとりをとても楽しく読みました
 けれどモーツァルトの名前が出てきたあたりで空気が一変。彼に振舞ったスイーツに知らず知らず猛毒を仕込んでしまったこと、また後世、鉛が原因で難聴になったと言われているベートーヴェンに鉛入りのワイン進めている場面に、犯人はあなただったのか……ととなりました。
 ただモーツァルトは死ぬ前の一週間で、治療のため瀉血して二リットルもの血液を抜き取られたとも言われていますので、サリエリ先生だけではなく、当時の誤った医療もまた原因かもしれません。
 善意からくる無意識のうちに重ねている罪の恐ろしさを感じました。とても面白かったです。

174:イン・ジ・エンド/ナツメ

謎の有袋類:
 第二回の覇者! ナツメさんの作品です。参加ありがとうございます。
 ナツメさんの作品でもろびとほろびてに続く世界を大異変が襲うタイプのお話でした。
 もろびとほろびての時にも思ったのですが、ナツメさんの書く日常とそれが壊れていく様子の描写がすごく好きです。
 もろびとほろびてよりも絶望色が強いのですが、根底にある高い筆力と観察力の高さが成せる技!
 ロマンティック日常が徐々に崩れていくけれど、その感度が鈍くなっていて、死を実感したときに目覚めたのが「自分らしさ」であるドラマチックさを求める自分というのがすごく好きでした。
 すごい好きなのはお墓に水をかけたところを早めに後悔する部分です。後悔するのでは? と思っていたところに気持ちよくヒットするのがすごく心地よい読み心地でした。
 特別がすぐに日常に変わってしまうこと、段々と相手の好きだった部分が嫌いになっていくというのがすごくよかったです。
 後から考えればドラマチックだったなと思い返しているのもめちゃくちゃ「こいつ……」と思えて好きですw
 話タイトルにある「スパイス」が、生きていく上でのスパイス的な刺激と、二人を終わらせるきっかけになった五香粉にかかっているのと、前半とラストで二度、タイトル回収とも言えるイン・ジ・エンドな部分があるのが本当に構成がうまい……! と思いました。
 「ドラマチックになんてしてあげないよ」という言葉すら、ドラマチックになるんですが、最後は現実を噛みしめながら終わる作品、おもしろかったです。

謎のお姫様:
 決してドラマチックにならない呪い。ナツメさんのイン・ジ・エンドです。
”ふつう”を愛した彼女との緩やかな破綻を描いた日常パートと、決してドラマチックにはならない非日常パートの二つからなる本作ですが、作品のテーマである”ドラマチックにはならない、させない”というものが一貫していて面白かったです。逆説的ですが、滅びかけた世界で彼女の墓を見つけるというかなりドラマチックな展開の中で”ドラマチックにはならない”という呪いをかけることで、展開がより物語になっていると感じました。
 前半の日常パートではふとした言葉選びがとても綺麗で、「日々のリアルなモジャモジャしたもの」「僕と君の間の空気は、停滞し、濁にごって、腐り始めた」「家族とか恋人の間でしか通用しない符丁みたいなやつ」など、誰しもが心当たりのあるふわふわとした感覚がしっくりとくる言語に落とし込まれていて、読んでいてとても気持ちよかったです。
 反面、日常パートは主人公や物語自体の目的/ゴールが見えづらく、それがあればさらに読みやすい作品になると感じました。文章表現があまりに美しいのでそれだけでぐいぐい読んでしまう力があるのですが、そこに物語の向かう矢印が少しでも追加されるとよりよいのかもしれません。
 独特でありながらもとても納得できる別れのシーンから後半の非日常パートに入ってからは、世界自体が終焉へと向かっていることもありとてもワクワクしながら読ませていただきました。
 前半でも思っていましたが、ナツメさんは言語化力・描写力がとても高い方だということが非日常パートでいっそう浮き彫りになったと感じます。文章を読んでいるだけで映像が頭に浮かび、墓を見つけるシーンでは私まで主人公と一緒に呆然としてしまいました。
 主人公は何度も「ドラマチックな人生」を求めていますが、きっと人生はそんなもんなんだと思います。
 そこに、ラストシーンで彼女の呪いを示唆することで”主人公の始点ではドラマチックではない”けれど”私たち読者からするとドラマチック”だという物語の構造がとても好きでした。
 美しい表現と、物語とはいったいなんなのかを考えさせられる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 日常と非日常の物語。
 ロマンチストな僕が、「ドラスマチックなんてないよ」という彼女に自分にないものを求めて付き合い初めた当初は世界の色が変わって楽しくなる様子も、だんだん目新しさがなくなり見たくない部分が見え始め、良いと思っていたところが嫌な部分に変わり、決定的な言葉を吐いてしまうのは諸々の何かを思い出してグサグサくる描写でした。
 彼の求める映画やドラマのようなワンシーンは、その名の通り一瞬に過ぎず、それ以外にはどこまでも地続きの現実がある。そんな逃げられるはずのない普通の日々が、非日常パートへと切り替わり、普通の日常の方から逃げられてしまう構成におお!となりました。
 非日常が続き日常へと変わり、その先にどうにも逃げられない死があると初めて認識して、しばらく連絡をとっていなかった彼女を探す旅に出るものの、その目的は僕らしさを取り戻したいという、あの日の日常の中の自分の姿を探しているだけで、そんな彼に待ち受けていたのは彼女のお墓という、彼にとってはどこまでも容赦のない現実が突きつけらるのですが、でも読んでいるこちらにはドラマチックでありドラスティックな展開というもの。すごい構造です。
 絵面として綺麗でなく、みっともなくて、一大決意したわけでもなく、どうあがいても押し寄せてくる現実を前に立ち上がった彼にかけられた、彼女のドラマチックになんてしてあげないよ、という声は、たとえ暑さによる幻聴だとしても、これから新たに目的を見つけて生きていかなければならない彼への呪いにも祝福のように感じられました。
 彼の今後が気になりました。とても面白かったです。

175:一騎当千・男らの意地・そして鉄板包み焼き/今井士郎

謎の有袋類:
 あの日の夜の白煙のを書いてくれた今井士郎さんの二作目です。
 今作は異世界ファンタジーもの! 良いですね良いですね!
 僕は小説を書き始めた人が書くファンタジーやSFめちゃくちゃ大好きです。
 冒険者という脅威の説明、そして圧倒的強さを見せる一話の主人公にとっては絶望的な戦闘描写。すごく面白かったです。
 主人公の知識ではわからないであろうこともうまく表現できていてすごくよかったです。
 あと、軽装の魔法使い、すごく良いですね。ポエナちゃんのキャラクターもエピローグで語られている彼女の仲間たちのパーソナリティーもすごく個性的で魅力的な面々で好きです。
 そして、ちょっとした一話の主人公が見せる嗜虐的な感情が芽生える様子もめちゃくちゃよかったです。善人のはずの人が見せる凶暴性、欲望、美しいですね。
 エピローグで一瞬だけ「一話の主人公は仲間だったんだっけ?」と勘違いしたので、一人称を俺からオレにして差別化をすると親切かもしれないです。
 魔法の設定や、呪文、そして領主が都合良く冒険者を悪者にしているという設定がわかりやすく描かれていて、小説ではなくともアウトプットを普段からしている人はやはり強いなと思いました。
 これを機会に今後も色々と創作をしてくれるとうれしいです!

謎のお姫様:
 モブであることは悪なのか、その弱さに罪はあるのか。今井士郎さんの一騎当千・男らの意地・そして鉄板包み焼きです。
 本企画二作品目となる今井士郎さん。一作品目は脚本に詰まっていた主人公が自分のそばにあるドラマチックに気が付いていく、という現代を舞台にした青春(もしくは終わった青春)の小説でしたが、本作は”冒険者”をテーマとしたファンタジーであり、この短期間で全然違った読み味の作品が出力される発想力がまず素晴らしいと思います。
 千人のモブVS一騎当千の魔法使いというテーマで、モブの一人称視点で物語が進んでいくところが、今まであまりスポットの当たってこなかった(それも途中で覚醒とかはせず、しっかりモブとして死んでいく)ところを描いていて、それでいて主人公が内心と共に設定を語っていくので、彼に感情移入をしながら読むことができました。火球や炎嵐などの魔法も、どう考えてもモブにはどうしようもないということがわかり彼と一緒に絶望を味わうことができました。
 モブが死んだあとは冒険者視点となり、実はモブが踊らされているだけだったとわかる悲痛な物語だったということが明かされます。
 私が感情移入して読んでいた主人公は踊らされている弱きものだったとわかった瞬間は本当に悲しくなりました。今まで読んでいた物語は何だったんだ、とすら思いましたが、きっとモブが真実に気が付いた時も同じ憤りを感じたんだと思います。読者の思考を誘導してモブと同じ怒りを抱えさせることにより、より”弱きものであることの罪”を思い知らせる本作の構成がとても好きです。
 また、本章まるまるが可哀想な物語だったというわけでもなく、ポエナにそのヤバさを語らせることで集まった弱きものの危険さがわかるのも面白かったです。主人公→ポエナは目が合っていて一太刀浴びせたと思っていますがポエナ→主人公にはそこの言及が全くないのも、”弱きものの弱さ”が一貫して描かれていて、芯のある強い作品だと感じます。
 弱きものと強きものを描くことで弱さの罪を最後まで徹底して描いた悲痛な作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 一騎当千の物語。けれど一騎側の視点ではなく、千人側の一人称で進む珍しい物語。
 強力な力を持った一人を打つための、円のように取り囲む攻撃陣形をゆるみなくとれるのは、たとえ行く時は陰気な雰囲気に包まれていても、いざとなったら大切なものを守るために本気を出す彼らの意地がみえました。
 その甲斐あって、ギリギリのところまで追い詰めることに成功したものの、やはり圧倒的な力の前に倒れゆく悲しさ。そして彼の故郷は彼女により災禍に包まれるだろうという予感があっさり覆される展開。
 実は悪側は領主の方で、彼らはまったくの無駄死にだったというもの。どうして彼女は取り囲まれる前に逃げなかったのかと疑問に思っていたら、ここでその理由が明かされ、ああ……となりました。
 帰る場所はないけれど帰ったものと、帰る場所があったのに帰れなかった者の対比が素晴らしいと思いました。とても面白かったです。

176:人虫境界曼荼羅/蒼天 隼輝

謎の有袋類:
サイバーパンクや異形のイメージがつよい蒼天 隼輝さんの作品です。参加ありがとうございます。
 今回はダメな場所に入ってしまった少し罰当たりな主人公が自業自得かも? という目に遭うお話でした。
 これは夢とか朦朧としている表現として仕方がないのですが、そこだけめちゃくちゃ読みにくくなるのでルビなどを使って読みやすくするなどすると親切さと表現のバランスが取れるのかなと思いました。
 前半のどこかじっとりとした夏の雰囲気を感じる前半と、どこかサイケデリックな光景を描写した中盤の差がすごく好きです。曼荼羅と書いてあるのでそういう感じのなんらかなんだろうなと思いました。
 僧侶は結局なんだったのかがわからないのが不気味でとてもよかったです。
 観光の参考にした動画が更新されていないのは、投稿者も同じような夢を見て、帰って来れなかったのかどうなのか気になる最後なのもいい雰囲気の最後で好きでした。
 10ヶ月ぶりの小説更新! めちゃくちゃうれしいですね。また気が向いたらお話を書いてくれるとうれしいです!

謎のお姫様:
 なにが忌まれる、なにが生まれる。蒼天 隼輝さんの人虫境界曼荼羅です。
 本作に終始漂う不気味な雰囲気がとても好みで、不穏すぎて続きを読みたくないのに気になってしまいついつい読んでしまう、という面白いホラー映画を観ているような感覚で読ませていただきました。
 血を吸う前(あるいはオス)の蚊を潰す、という多くの人が経験したことであろう無意識の所作を導入としているため、読んでいる私もつい自分事としてとらえてしまい、まるで背後に黒衣の僧侶がいるかのような感覚に陥りました。
 ホラー小説でとても重要な”没入感”という要素を”蚊を潰す”という普遍的な所作でクリアしているところがとても巧みだと感じます。「蚊を潰すのはしょうがないよね」という私の気持ちを主人公が代弁してくれたのに、そこへさらに言葉を被せてくる黒衣の僧侶がとても不気味でした。
 場面が変わって主人公が若干迷惑系動画投稿者だと明かされていきますが、すいません、「三角コーンを元の位置に戻し始めた。」に傍点が振られているところの意図が掴めませんでした。
 これは私の読み方の問題なのですが、傍点が振られている=重要な意味を持っていることを”読者に気付かせる”という意味が強いと考えています。そのため、私はこの傍点を最初に読んだとき、「しまった、何か読み飛ばしてしまった」と思い、二回ほど前のパートを読みなおしました。(講評をするという立場でなくてもそうしたと思います)結局前部分からもその後からも、重大な何か私には何も読み取れず、どうして傍点が振られているんだろうという疑問だけが残りました。
 主人公が立ち入り禁止の場所に侵入した、以上の意味を持っているなら私が読み取れていなくて大変申し訳ありませんが、それだけの意味しかないなら私みたいな読者にモヤモヤを抱えさせてしまうので、あまり使わないほうがいいかもしれません。
 夢である夜の出来事パートは、ひらがなの使い方がとても効果的で、夢特有のふわふわとした浮遊感がひらがなによってとても巧みに表現されていました。
 ふわふわと知能が低そうな一人称から、足や内臓をとっていくというえげつない描写が出力されていくので、そのギャップがとても怖く、吐き気を催すものでした。
>「いまれるなあ、うまれるなあ」
 という本作を象徴するキーワードも、意味が分かるようでわからず、何か不気味なものだけが残るという言葉選びが最高だったと感じます。
 朝になり夢から覚めて、ようやく安心できると主人公と読者の気持ちが緩まったところに種明かしと最後のホラー描写を挟む構成は、ホラーの基本である上げて落とすを完璧にやり切っていてとても好きでした。
 不気味な導入、本格ホラーである夢、安堵させてから最後に一撃を残す朝と、話の運び方がとても面白いホラー作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 冒頭の血を吸っていない蚊を潰してしまった時に感じる罪悪感にうなずきました。まだ何もしていないのにすまない気持ちになりますが、逆に血がこびりついた時には達成感があります。
 そんな蚊を思わず、虫を供養している場所で殺してしまった男に待ち受けるもの。
 証明の匙の、わずかに残された人間性にすがる者の狂気一歩手前にある心理状態が好きだったのですが、今回は人から虫へと変わりゆくさまで、この漢字がどんどんなくなるかわりにひらながが増えていくところが、知性や思考能力が低下し機械的な動きをする存在へと変わっていくように感じられ、また単眼から複眼への変化がとてもいいなと思いました。僧侶の中身が蚊柱だったら恐ろしいと思ったのですが、どうなんでしょう。どうにか主人公は現実へと戻ってこれましたが、元動画の主はもしかしたら……というラストが好きです。
 ○ース製薬が毎年年末に虫供養を行い、千匹蚊を奉納する大切さが分かる物語でした。

177:mudai/なんようはぎぎょ

謎の有袋類:
 ヤバい治安の学校の様子を描いたno titleで前回参加してくれたなんようはぎぎょさんです。参加ありがとうございます。
 サイケデリックな文章を書くのが得意な作者さんだと思うのですが、よくわかりませんでした。すみません。
 あと、泥酔して書いたものを最終日にお出ししてくるのは普通に敬意でもなんでもないので冗談だとしてもやめましょう。我々は素面で作品に向き合っているので……。
 好きな人は好きなのでしょう! 癖になる文章なのですが、もう少し凡人に歩み寄っていただくか、狂った方向性に舵を切るかどちらかにするといいかもしれません。
 これは計算して書いたのかわかりませんが、主人公の構想を見て6000字にそこまでのことは入らないやろ! と思わずツッコみたくなる部分が好きです。書きたくても書けない人あるあるの部分ですごく好きです。
 こういう支離滅裂系の文章で脳にクる系の文章でうまいのはささやかさんの「今日はとっても完璧な日 」や、 志々見 九愛さんのスワイパー・セヴン を参考にするのがオススメです!
 なにはともあれ進捗をするのはすばらしいことだと思います。自分の書きたいことや書きたいものを書いて行きましょう。

謎のお姫様:
 世界を滅ぼす不条理ギャグ。なんようはぎぎょさんのmudaiです。
>「俺は小説を書きあぐねていた。」
 という導入部分からほとんど間を置かずに「6000文字の中に宇宙を創る」というモノローグが来ることで本企画を彷彿とさせ、やや盤外戦術みがあるものの、本企画参加者のほとんどがぐっと引き込まれる冒頭になっていたんじゃないかと思います。
 私はとても引き込まれる冒頭でした。
 主人公の書く小説の内容も、身の回りのことを拡大解釈してキャラクターを作るまではいいものの、ストーリーが進まないというとても共感できるものでしたが、謎の二枚貝の登場により物語は一気に不条理ギャグの世界へと突入します。ここの展開の運び方が好きでした。主人公は犬を美少女に変換してしまうようなぶっ飛んだ人間→謎の二枚貝が犬に嚙みつく→全裸のイケメンが登場する、と徐々に世界をずらしていくことで(全裸のイケメンはそれでも相当ぶっ飛んでいましたが)自然に不条理ギャグの世界へと運ばれていきました。
 ただ、小説のことじゃなくて申し訳ないのですが、キャプションの「泥酔しながら書きました。」というところがとても引っかかりました。これが本当なら、本作の展開の運び方の巧さを語っている私が馬鹿らしいですし、これが嘘なら、あまり書く意味のない注釈だと思います。
 基本的にキャプションは頭に入れないようにして講評を書いていますが、見えてはしまいますので。
 なんようはぎぎょさんが泥酔して書いていないと信じて講評を続けます。
 全裸のイケメンと対面した主人公の小物感と、「まあそれと遭遇したらそうなるよな」というバランスが絶妙で、彼のテンパり具合が共感もでき、面白かったです。イケメンの日本語が翻訳をかましたような文章になっているのも笑えました。シュールギャグは登場人物が本気でやっているということがわかればわかるほど面白く、本作もイケメンはいたって真面目にやっているということは伝わってきてとても面白かったです。
 そんなギャグ作品でありながらも「無用で過剰な感情の反応を引き起こす」感染物の独自理論はしっかりとSFめいていて、そこから繋がるオチの付け方も好きです。
 爆発オチのような映像でありながら全裸のイケメンの苦悩も伝わってきて、唯一無二の読後感に包まれる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 悪酔いしそうなお話でした。なんでしょう、このグラグラ感。0次会から3次会までやった時の翌朝の気分に近いと感じました。
 読んでいてどうにも焦点が合わないように感じられ、いっそ同じように酔っ払った方が同じ視線の講評が書けるように思えました。
 ストーブの前を飼い犬に陣取られるのはあるあるで、そんな飼い犬が家の外へ逃亡してしまった時の絶望感は身に覚えがあります。万一のため、マイクロチップは挿入はしておいた方がいいと思います。主人公の勘違いかもしれないですが、この度義務化されたマイクロチップは電子標識でありGPS機能はないことを、一応補足します。
 この物語を理解したかと言われると非常に難しいですが、爆発オチなのは分かりましたので、とりあえず古典的な反応をします。爆発オチなんてサイテー!

178:死に損ないの籠/@9ju9

謎の有袋類:
 こむら川でははじめましてですね。参加ありがとうございます。
 閉じ込められた人の世を浄化する存在が、溜め込んだものを浄化されるお話でした。
 何かの作品のスピンオフだったりするのでしょうか? 断片的な設定の開示があるのですが、全貌はよくわかりませんでした。
 字数は5000字以下ですが、しっかり書くと一万字では収まらない規模だと思うので見せたい部分を明確に決めて整理すると、初見さんに優しい内容になるかもしれません。
 ですが、構成の難というか設定の難が多少あったとしても、それを補って余りある景色の描写力がめちゃくちゃすごいです。
 おどろおどろしい場面の描写や、赤い鎖が這い回ったり動き回る様子、式神の動きや瘴気に侵された世界の不気味さが本当に素晴らしい。
 そして、断片的にしかわからない設定なのですが、龍の少女と主人公の因縁めいたものが伝わってきたり、背景もなんとなく伝わってくるのがすごいなと思います。
 これも高い筆力が成せる技だと思うので、字数制限が無い中でのびのびと書いた作品も読みたいなと思いました。
 カクヨムには三作しかない作者さんのなのですが、色々と作品を今後も書いて欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 なにがあっても、自身の役目を全うする。@9ju9さんの死に損ないの籠です。
 化け物を人間の形に押し込めていく世界で、暴走した化け物を清めることを生業とする主人公の話ですが、その世界観と、世界の描写がとても引き込まれるものでした。
 カナリヤを使って瘴気の濃さを測定していくシーンでは、その現代世界では考えられないカナリヤの使い方がまず面白く、それが次々と灰になっていくシーンは自分も一緒に冒険しているような没入感を味わうことができました。瘴気という登場人物にしか感知できないものを、カナリヤの灰化という映像で浮かびやすい指標で描いたことがとても効果的だと感じます。
 ただ、独自世界観がしっかりと練られている分、若干読み取りづらいところもありました。
 今誰が喋っているのか、今その場には誰がいるのか、などのシーンの基本情報と、今その人はプラスの感情なのかマイナスの感情なのかなどの感情の基本情報を、これでもかというくらいわかりやすく明言したほうが、独自世界観の作品ではいいのかもしれません。
 娘と主人公の問答は、古くからの因縁を感じられてとてもワクワクしました。鎖や式神の動きなどのアクションもわかりやすく描かれていて、特に愛刀が折れ曲がったシーンが主人公の諦めのような気持ちが伝わってきて好きです。
 娘を殺さなければ呪いが解けない、ということで主人公は今後も娘の命を狙っていくんだと思いますが、「俺は奴に応えてやる訳にはいかない」などのセリフからも主人公の葛藤が少し感じられ、最終的にこの二人がどういう結末を迎えるのかがとても知りたくなるくらいワクワクしました。是非二人の決着まで描いてほしいと思います。
 アクション描写と言葉選びが格好いい、ダークな世界観の作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 語られないことが多く、この物語を理解したかと言われると難しいため、そのような感想になります。すみません。
 瘴気を清める役割を与えられた人ならざるものが、永遠にも近い労役から逃走し、それを追いかける男の物語。
 彼女にとって、男はここから連れ出してくれる可能性のある相手
 であるからこそ男に不死に近い呪いを与えたのだと思いましたが、男はどれだけ懇願されようとも頷くことがなく、世界のため彼女が籠の中で役目を果たすことを望む。その一方で、呪いを解くために彼女を殺そうとする。この矛盾の中に、どこか男が世界から彼女を解放したいという気持ちが見え隠れしたように思いました。人外と男の物語。二人の今後が気になりました。

179:尾てい骨を取る刑が確定する話/宮古遠

謎の有袋類:
 第二回ぶりに宮古遠さんが参加してくれました!ありがとうございます。
 今回はタイトル通り、少年が自分の尾てい骨を取る刑に遭うことが確定するお話でした。
 硬めの重厚な文体が相変わらず素敵ですね。僕、宮古遠さんのこういう文体にめちゃくちゃ憧れているしすごい好きです。
 今作は夢の話ではあるhのですが、主人公が学校で配られるプリントの詳細を飲み込めないくらいの年齢であるため、文体や言い回しが若干不自然になってしまったように思います。
 これが高校生くらいだったら多分問題はない気がする……。一人称記述で子供を書くときの難しさってありますよね。
 めちゃくちゃ雰囲気があり、言葉の選び方、比喩の仕方が本当にものすごくかっこいいので、子供の無邪気な放課後の様子もどことなく耽美で退廃的な雰囲気があって読んでいて楽しかったです。
 徐々に読んでいくと、この夢の世界は少しこちらの世界と違うことがわかっていき、尾てい骨を取ることで善性が保証されるというルールがあることがわかっていくのもすごくおもしろかったです。
 刑を確定したところで終わる余韻のあるラスト、すごくよかったです。ちょっと怖くて耽美で退廃的な文体本当にうやらましい!

謎のお姫様:
 わからない。わからない。宮古遠さんの尾てい骨を取る刑が確定する話です。
「こんな夢をみた」という、夏目漱石の夢十夜を彷彿とさせる文章からはじまる本作ですが、現実のようなシーンからじわじわと変になっていく物語の運び方が、夢と現実の境界が壊されていくようで楽しかったです。
 タイトルが「尾てい骨を取る刑」ということで、ホラーテイストな作品なんだろうと予想しながら読ませていただいたのですが、「これらは絶対に抜かりなく、すべてを受け取らねばならない。でなければ待つのは死、である。」というセリフ回しが夢の中のあの何とも言えない責任感と、不穏さを両立していて、個々の独白で一気に物語へと引き込まれました。
 個人的には、起承転結がきっちりしていて、物語の前後で登場人物の心が大きく動く、もしくは登場人物に大いに共感できるといった作品のほうが心を動かされやすいです。本作に人物の成長要素は不要だと思いますので、どこかに共感できる要素を忍ばせておいてもよかったかもしれません。
 尾てい骨を取る刑が確定してからは本作の不穏要素が臨界点を越え、それをすんなりと受け入れている主人公や女の子がとても不気味で、刑の痛そうな描写もとても臨場感があって怖かったです。
 夢を見ている主人公の一人称なので不穏に巻き込まれる主人公に共感しながら読んでいたはずなのに、いつの間にか主人公すら不気味な存在と成り果ててしまい、まるで私も酷い悪夢を見ているかのような気持ちになりました。
 こんな夢をみたという独白からはじまっているので、これはやはり夢だとは思うのですが、これが現実だったらと想像してしまうくらいに細かい描写力の高い小説だったと感じます。
 夢の中の謎の責任感や、なぜか受け入れてしまう感覚、怖いけどどうしようもならない諦めの文章化がとても巧みで、”悪夢”という根源的な恐怖を想起させるホラー作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 夢のお話です。
 現実的な描写がある一方で、どこか浮遊感と不安感の漂う物語でした。
 藁半紙の給食のお知らせに懐かしいなと思っていたら、カレーが五週連続続く恐ろしさ。カレーの日がある海自だって週一なのに、流石に毎日は辛いと思いました。
 主人公は小学生なのに、リズム感のある不思議な話し方。こましゃくれた小学生でもクラスメイトを若人とは言わないと思いますがこれは夢なので無問題。そして彼に待ち受けるのは尾てい骨を取る刑。逃げてもすぐ捕まり、処刑場たる屋上へ。夢の中での物事の流れは、どこか決定事項みたいなところがあり覆せないところがあるような気がします。尾てい骨がとられた後は人生が約束されているようですが個人的には傷口から脊髄に膿が侵入して膿毒症になると怖いなと思いました。夢なのでいつか覚めると思いますが、永遠に続く悪夢でないといいなと感じました。

180:アイツは推しカプの部屋の壁になりたい/292ki

謎の有袋類:
 不遇な育ちの魔法使いの一生を書いてくれた292kiさんが参加してくれました。ありがとうございます。
 冒頭話していたのは突然消えてしまった幼馴染みの残滓だった……というお話でした。
 何か不思議な力が働いて世界から消えてしまったけれど、推しカプの二人にはまだ認知されている幼馴染み。
 アキくんと蒼太くんの二人の内、アキくんはまだ幼馴染みの声やぼんやりとした姿が見えていて、いなくなったことの自覚もないので会話も出来、そしてそのせいで相手と喧嘩をしてしまうというもの。
 ここら辺は難しいのですが、アキくんが推しカプという概念を知っているのかとか同性を好きなことに抵抗はないのかなども補足があると、より親切かもしれません。
 推しカプを見守る家具や部屋の壁になりたい……数多のオタクが思った夢を実現するというお話でした。
 まだ壁になりきれないということは、アキくんの部屋の壁になると二人が同棲したときに困るので……みたいなこともあるのでしょうか?(深読み)
 概念になる途中の空白期間というか準備期間を描いたおもしろいお話でした。

謎のお姫様:
 忘れてしまうのならせめて、最初からいなかったことにしてくれ。292kiさんのアイツは推しカプの部屋の壁になりたいです。
 アキちゃんとソウくん、そしてなぜか存在を抹消されてしまった三人目の三人の幼馴染のそれぞれへと抱く感情がとてもいい物語でした。
 ”アイツ”の章ではアキちゃんとアイツの二人の掛け合いが面白くて、話の全体像が見えていない中でも二人のやり取りを読みたいから読み進めたい、という強いキャラクター小説になっていました。
 不穏な匂いを漂わせるタイミングも、ちょうど「そろそろ話の全体像が見たい」と思ったくらいでしたので、物語の運び方がとても巧みな作品だと感じます。
 結局アイツがいったい何だったのかについて下手な理屈が付かないところも、切ない空気感を阻害しておらずとても好きでした。ただ、これは本当に個人差のある感覚だと思い申し訳ないのですが、”アイツが存在していないことになった”という要素は理屈づいていなくても納得できるのに対して、”ソイツ起因で起きた喧嘩の理由をアキちゃんは忘れていてソウ君は覚えている”という要素は少し飲み込みづらかったです。理屈(作中独自理屈でも構いません)を付けずに複数の要素を流すと疑問が勝つかもしれないと思いました。
 本作終盤の「なりたくないんだよ。友達を忘れた薄情な奴になりたくないんだ」というソウくんのセリフがとっても好きです。”アイツ”の章でアキちゃんとアイツの関係をとても丁寧に描いていたので私は忘れたくないアキちゃんに感情移入をしていたのですが、それはつまりソウくんが友達を忘れたやつになる、という逆側の視点をぶつけられたときにとても感動し、心がつらくなりました。
 忘れてしまう人も、忘れてしまった人も、どちらも辛く苦しいという対比が美しかったです。
 三人のそれぞれが抱いている矢印がどれも明確に表現されていて、めちゃくちゃ美しい人間関係を味わうことのできる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 推しカプの部屋の壁になりたい話です。
 無機物転生の話が今までも何作かありましたが、今回はまだ転生途中のようなものだと感じました。
 アイツが不慮の事故で亡くなったためそうなったのか、それともただ望んだらそうなったのかでだいぶ読み口が変わるため、その辺りの描写があるとよりいいなと思いました。
 壁としてまだ中途半端なために二人の人生に介入しまくりで、アイツの望みはまだ叶いそうになく、そして本音のところ、忘れてほしくないようなところもある。そんなアイツを忘れたくない秋奈、アイツを忘れた薄情な奴になりたくないためにいないことにしたい蒼太、そんな彼らの三角関係がこれからどうなるのか気になりました。

181:離れの君/2121

謎の有袋類:
 前回は人の負の感情が黒いアメーバに似た生き物に見えるお話で参加してくれた2121さんです。参加ありがとうございます。
 今作は美しい顔をした半人半身の黒髪長髪お兄さんが出てくるお話です。夜になると人の形が保てなくなるのめちゃくちゃ良いですね。
 いつからあゆすが生きているのかはわからないのですが、きっと見た目寄りもずっと長生きをしているのだろうなということが伝わってきました。
 あゆすのような子は、祖母の村では自然発生するのか、なにかをして生まれるのかなどもすごく気になります。
 子供を守る為に祖母が課した三つの決まり、すごく怖くて、いつあゆすが人では無い理で動くのかドキドキしていたのですが、主人公が知らないところでは祖母を助けていたり、村のために自己犠牲することを当然に思っている優しい性格だったので驚きました。
 最後はハッピーエンドでよかった……。美しいあゆすが今後人間になったらどうなるのか、周祢とそういう仲になったりしてほしいな……とすごくわくわくする終わり方も大好きです。
 物腰柔らかで変身可能な黒髪長髪イケメンはいいぞ……そう思いました。よかった……。

謎のお姫様:
 2121さんの離れの君です。
 6000文字の使い方がとっても巧みで、起承転結のお手本のような物語でした。
 三つの約束事の提示と共に、離れに危ない人が住んでいると描写する起パートから、軽快な会話も交えながら離れの君と仲良くなり、神との間の子であることを知る承パートの繋ぎが本当に自然で、世界観とキャラクターの公開がスムーズに行われていたので一気に話に引き込まれました。
 承のところで、三つの約束の本当の意味をなんとなく伝える構成も好きです。
 大雨が降る転パートでは、大事件が起きるという意味でも転ですが、三つの約束の本当の意味が明かされ、あゆすの役目が明かされるということで、読み手の情報も一気にひっくり返されるお手本のようなパートでした。
 泣くなと教えてくれたばあちゃんを泣かせることで約束の真の意味が分かるところは、一種の謎解きパートなのに説明されている感がなく、登場人物が舞台装置ではない生きている人間になっていると感じました。
 結のパートも物語の締めとしてとても美しいのですが、これは私の好みの問題で、あまり説明がされないままハッピーエンドになったところに若干のしこりが残ってしまいました。読み飛ばしていたら本当に申し訳ないですが、あゆすの神の部分が半分犠牲になったことであゆすが人間になってしまったのはとても好きなのですが、周祢の半分が犠牲になったことで周祢は何か変わったのでしょうか。私はハッピーエンドが嫌いなわけではなく(むしろ好きです)、周祢の半分も犠牲になっているというセリフがあるのに周祢に変化がないというところがどうしても引っかかってしまいました。読めていなかったらすいません。
 あゆすが災害を止めに行くときに、これまでかかわってきた主人公、おばあちゃん、チーズケーキの家族が出てくるところがとても好きです。これまで物語に出てきた要素がすべて意味を持ったような感覚になり、6000文字とは思えない満足感を味わわせていただきました。
 人間になったあゆすがこれから時々変なことをしながらも周祢と一緒に生きていくことを想像すると、思わず笑顔になってしまうような作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 人外×少年です。何十年も幽閉されている触れてはいけない不老の美形な存在は最高です。
 彼にまつわる三つのタブーが不穏さしかなく、周祢がツーアウトした時は「アカン」と震えました。これから何が起きるのかビクビクしていたのですが、特に何も起こらず、そんな彼にお礼を言うため律儀にチーズケーキを持って行こうとする周祢に、どうして死に急ぐのだと思ったのですが、あゆすの犬派猫派と聞く場面で、恐ろしい存在ではないのだと分かりホッとしました。
 またチーズケーキを食べるために、あゆすが辛うじて人の姿っぽい形をとるのに手までは追い付かないおっちょこちょいな部分にクスッとなり、周祢が食べさせてあげる二人の姿は絵にして額縁に飾りたいと思いました。
 タブーは、人柱である彼がいなくなってしまう時に悲しまないよう親密な関係になってはいけないからと明かされた時は、あやすの悲壮な運命を感じましたが、駆けつけてきた周祢のおかげで助かるラストはとても良かったです。ただ周祢が人としての部分を半分失うのはかなりのデメリットかと思うのですが、どういうものなのか最後まで触れておらず本当にハッピーエンドなのか不安になりました。
 人柱の役目が終わり人間になってしまったあゆすと周祢のこれからが気になりました。とても面白かったです。

182:ノロイを鳴らす/白木錘角

謎の有袋類:
 今までの呪い、これからの呪いを書いてくれた白木錘角さんの二作目です。
 子供からの手紙を受け取ったホラー作家が、気休めのつもりでそれっぽいことを提案したら実際に何かを見てしまったと報告が来て、おそらく相談してくれたであろう子も亡くなってしまったお話でした。
 長編の導入にも使えそうなお話ですし、単品でもゾッとする結末がすごくよかったです。
 裏拍手、そして呪いのノート……山下くんは自業自得なのですが、人間の恨みは不自然ですし、子供は思い込みで死んでしまったり、そういうものと繋がりやすい性質がありますよねという説得力があってよかったです。
 依頼をしても恐らく予定が合わないだろうと思案していた霊能力者の知り合いからの食事の誘い……行った方がいいやつ! とそわそわするラストでした。
 迷う時点で何かに囚われているのか? これから主人公が騒動に巻き込まれていきそうでワクワクしますね。
 白木錘角さんは短編を主に書いてると思うのですが、こちらの作品を中編などにしてみるのもおもしろいのではないでしょうか?
 色々な挑戦や次の進捗もお待ちしてます!

謎のお姫様:
 いるのか、いないのか、たぶん、いる。白木錘角さんのノロイを鳴らすです。
 本企画二作品目となる白木錘角さん。一作品目は何かを引き寄せてしまう主人公が実は究極に鈍感だったということが明かされていき、絶望のラストを迎えるホラー作品でしたが、本作はホラー作品でありながらも明確な怪異の登場した前作とはややテイストの違う作品となっています。
 一つのジャンルの中でも色々な引出しを持っていてとてもホラーが得意な方なんだなと感じました。
 冒頭でいきなり山上くんの死に主人公が何か関係してそうなところからはじまり、間髪入れずに裏拍手という不気味な要素をぶつけてきて、とても巧みに読み手の心の引っ張る情報開示手順だと感じました。
 山上くんの呪いのノートはとても不気味でしたが、「中学生ならそれくらいしてもおかしくないだろう」という絶妙な現実感と、それを見た主人公の恐怖心が伝わってきて、私も教室の一角にいるような気分になるくらい引き込まれていきました。ここまでで背景がしっかり描かれており、没入感もすごいためか、山上くんの番にクラス全員で裏拍手をするという復讐は、不謹慎ですが「それは賢い!」と思い、強敵を頭脳で攻略するシーンのような熱い気持ちにもなりました。
 主人公が変わってからもその勢いは衰えずとても面白かったです。特に後編の一行目、
「山上君はいました。」
 
は端的かつ不気味で、思わず背筋が凍りました。
 ただ、ラストで主人公が憑かれている(かもしれない)理由がいまいちしっくりきませんでした。本当に幽霊がいるんだとして、小説家は山上くんに会えないと思っていますが、少年は山上くんに会えると思って儀式をやっているはずですので、その件で山上くんがいたからと言って小説家を恨むのは理が通っていない気がします。もちろん幽霊なんて不条理なので理が通ってなくてもいいのですが、本作のテーマは「幽霊がいるかいないかはあなた次第」だと思うので、少年が小説家に取りつく理屈があったほうがよかったかもしれません。私が何か読み飛ばしていたらすいません。
 罪悪感のせいで幽霊が見えるという二人に共通する要素はとても面白くて、たとえ馴染みの霊能者に何かをしてもらったとしても主人公の捉え方が変わらなければ少年の幽霊は憑いたままなんだろうなと思いました。彼が行くべきは心療内科かもしれないですね。
 中学生の不気味な行動と罪悪感からくる幽霊というじわじわと広がっていく二種類の恐怖感がそれぞれとても面白かったです。文章だけでここまで人をぞわぞわとさせることができる能力が素晴らしいと感じた作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 開始五行でこれは嫌われるだろうと思わせる描写が素晴らしかったです。年齢的に大人な私は大人らしく、それでも彼には何かいいところがきっとあるのだと探すのですが、どこを探しても見当たらず、むしろ主人公と共にどんどん彼への嫌悪感が増していきました。ノートの中身、恐ろしすぎました。
 そのため彼の嫌なところを反省して直してもらいたいと言う理由で、仕返しとばかりに主人公が復讐計画を立ててしまうのも、頷いてしまう部分がありました。けれどその結果山上くんは死んでしまう。自分のちょっとした思いつきにより、とんでもない事態を起こしてしまったことに己の責任ではないと主張しつつも、負い目を感じてしまう主人公。そんな彼を恨んで幽霊になった山上君がそこにいるのかいないのか、どちらにもとれるのがとても好きです。
 そしてホラー小説家に手紙に送ったことで事態はさらに悪化する。
 すべては何かの意思によって引き起こされたのもなのか、単なる勘違いなのか、たまたま何らかの偶然がそろってしまいとんでもない何かが生まれたのか。背後に気配を感じる気がするけれど、彼がそこにいると認識してしまうと存在を認めたことになってしまう怖さ。
 とてもおもしろかったです。

183:creep/@10new3

謎の有袋類:
 巻き添え事故で進捗ハラスメントを受けていた豆乳さんがまさかの一番乗りでした! 参加ありがとうございます。
 ラブコメってなんだっけ??? となる圧倒的暴力。ブスのヒロイン。バカの王国の日常を描いた作品でした。
>私立中学では体験できない多様性という名の学習教材
 こういう言い回し、好き。バカ語とブス語の他にもメンヘラ語があります。テストに出るので覚えて帰ってください。
文章がめちゃくちゃ読みやすく、本当に救いと癒やしはほぼないのですが、どこか冷めた主人公の淡々とした語り口調や、時々出てくるユニークな言い回しでちょっとポップになっている治安が悪い学校の日常の一ページ。
 骨折とか刃物沙汰が起きても救急車は呼ばない。わかる。
 これは僕がカスみたいな学校出身だからわかるー! となるだけで、他の人の感想が気になる作品だなと思います。
 舐め腐っていた陰キャに逆襲されてボコボコにされたバカが一気に転落する様子、他人の頬を貫いたシャーペンを使うメンタルが鋼のブスのオチも好きです。
 暴のシーンが本当にうまくて「えー? これ本当に始めて書いたんでござるか?」 と驚きました。
 でも豆乳さんはスコッパーもしてるし、こういう構成とかアウトプットが強いのは納得感があります。
 サクッと読めて満足感もあり、時々挟まれる表現もすごく面白いので気が向いたらまた何か書いて欲しいなと思っています。

謎のお姫様:
 あの頃のぐちゃぐちゃな気持ちが脳を侵食していく。@10new3さんのcreepです。
 荒んでいるものの素直でいい子をやっている主人公を取り囲む世界がほんの少しだけ変わっていくという作品ですが、その語り口調がまず面白かったです。
 最悪な悪口の羅列は主人公の心理描写と他者のキャラクター描写を同時に行っていて、彼が何に憤っているのか、彼を取り巻く環境がどんなものなのかがとてもわかりやすい字の文でした。
 暴力パートの「絶対大ごとにしてやる。」というモノローグがとても好きで、そのあとに印象的だった本作の二文目が繰り返される構成がとても印象的です。
 ただ、男性の一人称ということで、一息で気持ちを吐露していく語り口調はとても面白かったのですが、時々誰が何をしているのかわかりにくい部分がありました。
 それも含めてあの頃抱いていた不条理な怒りが表現されていたとも感じたので文体自体はものすごく好きなのですが、何度か音読して添削してみてもいいかもしれません。
 暴力沙汰を起こしてしまってもごめんなさいだけで済んでしまうあっさりとしたラストと、それでも確かに彼を取り巻く人生は変わっていくという決着の付け方がとても好きでした。
 きっと結構気にしていた成績が10になったり、ブスの態度が変わったり。きっとそういったことの積み重ねで人は少しずつ大人になっていくんだろうなと思えて、ずっと悪口が並んでいるような作品ですが読後感は爽やかな青春小説のものでした。荒んだ主人公の語りと暴力シーンには臨場感があり、ラストではささやかな世界の変化を感じられてとても面白かったです。
 総じて、土日に軍鶏とホーリーランドを読んだのなら仕方がないという作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 今まで感じていた鬱憤が爆発する物語。
 生まれながらの能力や環境、頑張って出した個性により立ち位置や評価点が決まり、そんな彼らに埋もれてひっそりと生きていた彼がブレーキを踏むのをやめた、と決意してそれはもうボコボコにする描写がすさまじかったです。思った以上に重症でビビり、しかもそんな暴力事件が学校側の何からの裏工作により、大ごとにならずにすんだのもすごいと思いましたが、主人公は今までとは異なる新しい地位を確立できたので終わりよければすべて良しだと感じました。
 ただ軍鶏とホーリーランドを読んだことがないので、その漫画のどういった点が彼の引き金を引いたキッカケだったのか分かりませんでした。読んでいる間に疑問に感じてしまうと物語の流れが止まってしまうため、その漫画を知らない層向けに軽く内容に触れる描写があるとなお良いなと思いました。
 主人公の鬱憤を感じていた日常の原因の一つである隣の席の女の子は割と無傷で、しかもなんだか良い感じの雰囲気を出すのが、こう……強いなと思いました。なんとなくですが彼女がサバサバ女(概念)になるような未来が見えたり見えなかったりしました。これから始まるかもしれないラブコメが、なんか地獄の様相めいたものになりそうなのですが。どうなるのか気になりました。

184:突き詰められたエゴ/あやたか

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 小説を書き始めて五十年、今七十歳の大物作家が半生を顧みるというお話でした。
 記者からの質問を受けて、それを返すという構成なのですが彼がどんなジャンルの作品を書いているのか、そして引退作を書いたということで記者会見を開くほどの知名度を得たきっかけなどにも作中で触れてくれると僕としては更に感情移入が出来たかな? と思います。
 今、七十歳の人が二十一歳の頃はインターネットは一般家庭には普及していなかったと思うので近未来の話だと想定してお話を読みました。
 SNSなどの評判を糧に反骨精神でずっと作品を書き続けるエネルギーや、最後に主人公が残した「私は、この私の供物を、誰が自分の物とするのかを予知することはできません」という言葉が素敵だなと思いました。
 エゴを貫いた結果、大物作家になった彼の残した最後の作品がどのようなものだったのか興味深い作品でした。
 カクヨムにはまだ一作しかない作者さんなのですが、これからも作品を増やしてくれたらうれしいなと思います。

謎のお姫様:
 小説を書くとはいったいなんなのか。あやたかさんの突き詰められたエゴです。
 小説家人生最後にインタビューを受ける小説家のお話でしたが、彼の心理描写がとても面白かったです。
 大御所の小説家であるということと、本人は結構尖った人間性をしているということが序盤のモノローグからどんどんされていくので、このインタビューは無事に終わるのか? と少しハラハラしながら読ませていただきました。小説を書き始めたきっかけ、というところで「生まれてしまったものはしょうがない。」と答えるところは、(私も文章を書くということもあり)とても共感できるというか、今までモヤモヤと抱いていた気持ちを文章化してもらったような気持ちになりました。
 反骨精神というモチベーションで作品を書き続ける主人公はとても格好良くて、わかる人にはわかればいいではなく全員にわからせるという覚悟がとても魅力的でした。ただ反骨精神の塊というわけではなく、物語に厚みや奥行きがないという意見をしっかりと受け止めて、それに対策するというクレバーさを持ち合わせているところが、彼が一流の小説家になれた所以なんだなという説得力がありました。
 ただ、これは私の好みの話で申し訳ないのですが、私は小説を読んでいて、大きな事件が起こるか大きく心が動く(例えば成長など)描写があったほうがより大きなカタルシスを感じることができます。
 本作は、もう心が完成している人が、完成している自分の人生について語る作品ですのでその二つの要素のどちらかを入れ込むのは難しいかもしれませんが、キャラクターの心の動きに注目して作品を書いてみるのもいいかもしれません。
 あなたにとって小説とは何ですか、というテンプレでいて答え方が試される質問に対して、きっちりと文学的に答えているところがとても好きでした。何故書き始めたかわからない小説執筆という行為だったはずなのに、何十年も書き続けることで「言葉では決して語りえぬ情念を表現するための手段」と明確な答えを持てるようになっている対比がとても綺麗です。小説を書くとは何か、一冊の本は人にどういう影響を及ぼすのかという疑問に答えを打ち出した、主人公に厚みと奥行きのある作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 彼の人生そのものである作家人生を突き詰められたエゴときっぱり示しているのが好きです。
「文章は──いや、文章に限らずあらゆる表現と云うものは、排泄物のようなものだと私は思う」という魍魎の匣の関口くんのセリフを思い出しました。
 どれだけ著者がありとあらゆるものを込めて注ぎ込んだとしても、それは人生で得たものの抜け殻でしかなく、彼の生涯を貫いた最後の集大成をどう解釈して力にしていくかは読み手次第なのだと、最後のセリフから感じ取りました。彼の本がどんな作品なのか、今後どういう評価を得られるのか気になりましたが、人生は人それぞれで、その人だからこそ出来る世界の見方を受け取ってくれる物語が好きなので、個人的には賛否両論真っ二つに割れたらいいなと思いました。

185:マイホーム・ビースト/クラン

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 心が優しく内気な女の子が、立派な獣になるまでのお話でした。
 最初は「歪んだDV家族ってことかな? この妻は本当にアマゾンで発見された獣なのか?」と思いながら読み進めている内に、そうではないと紐解かれていく構成がすごくきれいです。
 試合の様子は実況で進めながら地の文で同時に回想をする手法、僕はめちゃくちゃスマートだなと思いました。
 これは僕が本当に悪いのですが、ツイートでウンコ注意を見てしまったので突然の脱糞に驚けなかったのがすごく残念です。でもウンコ注意の注意書きはあった方が親切……難しいところですね。
 ドラマティックな脱糞劇は本当にめちゃくちゃよかったです。あの日、ただ漏らすだけだったうんこが、今度はブックを破り、伝説の一ページとなる結末、すごく好きです。
 ウンコに対する注意書きをどこかでする場合なら、伏線として妻は緊張するとお腹が痛くなるとか、そういう伏線があると更にドキドキ感が高まったのかなとも思うのですが、そうではないならこういうサプライズ脱糞シーンは個人的にめちゃくちゃ面白いと思うのでネタバレなしならクライマックスまで秘めておくのが良いと思います。
>我が家に甘ったるい愛の表現は存在しない。
 とは書いているものの、ケーコは夫に下手な笑顔で自分の信念を語っていることから愛情の全くない家庭では亡く、それぞれなりにお互いを大切に思っているのだと感じました。
 良いウンコ小説でした。おもしろかったです。

謎のお姫様:
 過去を乗り越えて、物語となれ。クランさんのマイホーム・ビーストです。
 0章での心のツカミ方がとても好きでした。最悪のモンスターを飼っているというワクワク感と、「これは事実だ。同時に、物語でもある。」というとてもオシャレな煽り文の両方が物語の期待感をとても高めてくれました。
 そのまま1章では理不尽に暴力を振るわれる主人公の話に入り一瞬「ん?」となりますが、ケーコの容姿が明かされてから「彼女が最悪のモンスターか!」となるところの気付かせ方がうまく、それでいて「なんでこんなに理不尽な暴力を振るわれているんだ」と納得と同時に新たな謎を提示していく構成がとても巧く、物語に引っ張られていきました。
 私はプロレスがわからないのですが、そんな人のためにも主人公の回想という形でプロレスの簡単な説明をしてくれたところもとても親切でした。主人公のキャラクターの深堀りと共にプロレスの説明をすることで、説明文を読んでいる感が薄まっていて、2章のラストでケーコの本職が明かされたところでとてもすっきりしました。まだ暴力を振るわれている謎は残っているものの、ここまでで大体の舞台は整っていてあとは戦うだけだという展開も、余計なことを考えずに戦いに集中できてよかったです。
 戦いの最中にケーコの過去編が明かされていく構成も無駄がなくとても綺麗でした。
 ようやく解けた暴力パートの謎もかなり納得できるもので気持ちのいい謎解きだったのですが、一点だけ、じゃあどうして主人公と再会するまでゴア・ビーストは暴力の世界で生きて行けたのかというところだけ気になりました。あまり本筋とは関係ないのでそんなに深堀りしなくていいとも思いますが、彼女がどうしてプロレスをはじめたのか、というところはもう少し描かれてもよかったかもしれません。
 中学の時に彼女を変えるきっかけとなった事件とほぼ同じことがリングの上で起きてしまいますが、あのころと違い観客も実況もそれを笑わないという対比も好きでした。ここで笑っていたらまた物語は別の方向へ行っていたかもしれませんが、その同情を感じて彼女は叫んだのでしょう。
 その叫びを受け取って実況、観客が一丸となり彼女の背中を押し、新たな物語が生まれたという構造が、物語は決して一人では生まれないという基本的なことと、彼女の強さを描いていて、映像にすると汚い絵面かもしれませんが、とても綺麗な決着のつき方、物語のはじまり方だと感じました。
 読み手を惹きつける要素を少しずつ出し、解決し、最後の戦いでは綺麗な対比構造で魅せるめちゃくちゃ引き込まれる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 アマゾンで発見されたモンスターの紹介から始まる物語。
 次ページになった途端の開幕暴力の嵐に震えました。近頃よく見かけるウェブページに掲載されている広告マンガの、目を引くための過激な一場面だと思うぐらいの悲惨さ。ケーコは主人公がアマゾンから連れ帰ったビーストだと思いましたが人でした。けれどその本性は野獣そのもの。どうしてこんな暴力を耐えてもなお、主人公が彼女を受け入れているのか非常に気になりました。
 そして語られるビーストの誕生秘話の物語。
 レイナのように、美しく華のように生きていけない彼女の在り方を受けいれ、優しさを暴力で塗り替える猛獣のような生き方を肯定し、物語にして生きていく主人公の決意は並々ならぬもので、冒頭の、事実であり物語というセリフが生きるこの構成が素晴らしいと思いました。
 理由が分かったとしても、物語を支えるための日常が大変なことには変わりはないのですが、裏舞台というのは物語の受け手には本来明かされないもの。二度目の脱糞は、物語を生きる彼女があの日の過去を思い出し魔法が解けて本来の姿が現れる瞬間でもありましたが、すべてを払拭するように咆哮を放ち舞台を作り上げて、彼女の想いを受けとけたレイナ、レフェリー、観客の協力があってからこそ、生まれ落ち物語だと感じました。
 余談なのですが、ラッパの音とともにウンコが出てくるのは今回二作目す。あちらはオーケストラ風でした。男性一人称というお題でこの被りと切り口の違いに不思議だなと思いました。余談です。
 彼らにはこれからも、変わりゆく世界の中でも、観客を魅せてくれる圧倒的な物語を作り続けて欲しいと思いました。とても面白かったです。

186:勇者一行の道化師、処刑台でかく語りき/コトリノことり(旧こやま ことり)

謎の有袋類:
 こやまさんの主従です!参加ありがとうございます!
 めちゃくちゃ良かったー! 朗読映えもしそうですし、道化師のこういう仰々しい言い回しとこやまさんの得意なゴージャスな文体がカチッとヒットしてめちゃくちゃ良いですね。
 一点だけ欠点を言うとすれば「絶対にこれは5分で終わらないでしょ」というくらいです! ここらへんは五分と言い切らずに「砂時計の砂が落ちきるまで」とか時間を曖昧にしておくといいかもしれません。
 朗読動画などを見ていると、大体3000字で10分から15分くらいかかるとおもうのですが、こちらの作品は上限いっぱい使っているので20分くらいかかるかな? めちゃくちゃ早口で捲し立てていては民衆のみなさんに伝わらないでしょうし、いい感じの時間設定をしてあげると作品を読む上でのノイズが少なくなるかなと思いました。
 これ、道化師がそのまま騎士達とかに殺されてもいいんですけど、勇者が来るところがめちゃくちゃエモいですね。
 こやまさんの作品は「こいつのどこが好きなのか感情移入しきれないまま終わってしまう……」ということもあったのですが、今作は勇者のことをたくさん語られていたり、実際に勇者が助けに来たお陰で納得感が生まれていてすごくよかったです。
 最初に助けられた時の再現をまたしてくるのもエモ!
 めちゃくちゃよかったです。これは誰かに朗読して欲しいなと思いました。

謎のお姫様:
 人生を賭けた最後の演説。コトリノことり(旧こやま ことり)さんの勇者一行の道化師、処刑台でかく語りきです。
 処刑を目前に控えた道化師が、絶対に止められない最期の五分間で何を語るのかという、もう設定だけで最強だとわかる本作ですが、その最強の設定に負けないくらい本筋も面白かったです。
 語り口調が自然で、私も処刑場の前で演説を聞いているかのような気持ちになりながら読ませていただいたのですが、勇者がなにをしたかなどが丁寧かつ簡潔に描かれているので、現代日本ではないにもかかわらずすいすいと世界に引き込まれていきました。
 勇者が王女を殺したという、勇者という概念を知っている読者なら大体が驚くであろうフックを引っかけたまま出会いのパートに入るという構成も、本編の興味を失わせずにキャラクターの深堀をしていてとても読みやすい構成だと感じました。
 どうでもいいことですが賢者→道化師(遊び人)になるという順番もちょっと好きです。
>「魔王を討伐したら、自分は殺されるだろう、と。」
 というセリフから一気に話の流れが変わり、王国側に悪があったことが明かされていく語りは本当に格好良くて、命を懸けて勇者を守り、命を懸けて真実を伝えて死んでいく男の生きざまがありました。
 ただ、これは道化師が大好きすぎて感情移入しすぎた私の意見なので軽く流して頂きたいのですが、ここまでして命を懸けた男が、さらっと勇者に救われてしまったことに一瞬だけ脱力しました。
 もちろん道化師が救われたことは本当にうれしいのですが、ここまでの道化師の語りの中で「勇者→道化師」の好感度のラインが全く読めていなかったことがそうなってしまった原因かもしれません。事実、『賢者』の力がなくなった道化師に対して『だから何?』と返す勇者のクソ重感情を見たら、「ここで救いに来ないはずがないじゃん!」と思えたので、もう少し勇者→道化師の気持ちを描いてもよかったのかもしれません。
>「あなたを人間でいさせるために……オレはその手を取りますよ。」
 という、自分の役割を見つけて覚悟を決めたシーンでは、道化師の”私”ではなく主人公としての”オレ”になっているところも当然めちゃくちゃ好きです。
 冒頭での「紳士淑女の皆様! 親愛なる王都市民たち!」という呼びかけが、真実が明かされて隠すべき事実がなくなったことにより「さて紳士淑女の皆様方! そうではないかたがた!」というものに代わっている対比も好きで、王国に反逆していくという道化師の覚悟が見えました。
 それでは御機嫌よう! という去り際のあいさつが最高にクールな作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 処刑台にたつ逆賊道化師の告白劇。主従BLのイメージが強いコトリノことりさんが今回ブロマンスを書いてきた!というだけでテンション爆上がりが、内容も大好きです。
 あまり知られていない王国法を突いて始まる、死ぬ間際のぎりぎり残された緊張感の中、そんなことを感じさせぬ道化の面白おかしく語られる一人舞台がもうとんでもなく面白い。どんどんと明かされる真実に、黒幕たちの筋書きが破綻していく舞台を、三万人の中の観衆の一人になってざわざわとしながら読みました。
 ただ、この告白は5分で終わらないと思いました。残り1分と道化が言った瞬間、今までの話は4分で終わっていないのではと感じました。
 何らかの加護によりスローの魔法が一帯にかけられている、のような描写があればより良かったと思いました。
 曇天の中、命の灯火が消えそうなまさにその瞬間、あの日の出会いのように勇者が迎えにくる描写が好きです。
 命をかけた復讐劇をあっけなくぶち壊す勇者は、化け物じみていますが、そんな彼をまだ人のままでいるために手をとる道化。とても好き。寡黙すぎるあまり何を考えているのか一見分からない勇者ですが、道化にはその顔を見れば考えていることがわかるところに、二人の絆が見えて最高でした。とても面白かったです。

187:お父さん頑張ったよ/高橋 白蔵主

謎の有袋類:
 ハニカムウォーカーを全人類読め!!!! 高橋 白蔵主さんが参加してくれました。ありがとうございます。
 お父さんが娘に語りかける的なお話。これもしかして、死んでるか? と思ったけどVtuberをしている下りで「あれ? 生きてる?」と思ったら、この世界では霊界でも端末を通せば大丈夫な世界でした。
 ちゃっかり収益化もしている! パパのカードではないよ……と思ったけどこの世界は死んでいても収益化出来ているのでパパのカードは有効なのでしょう!
人によってはクレカの下りとかが「死んでるのに?」とノイズになるかもしれないので、そこを一言でも作中で補強してあげるといいかもしれません。
 ちえちゃん、最近はネット小説を書いてるのかな? パパに無茶振りしないであげよう? あのね、youtubeで収益化するって大変なことなんだよ? そんなことを思わず言いたくなる作品でした。
 ちょうど昨日、めちゃくちゃ良い声の一人称がお父さんのVtuberさんを見ていたのでその人の声で脳内再生されてめちゃくちゃおもしろかったです。
 あと、キモい課長って陰口をいわれちゃった下りが超好き。
 パパと娘の微笑ましくも少し悲しいお話でした。パパ、確かにその気になれば「バーン」って扉出来そう。霊的なパワーで……と読み終わってからじわじわきますねw
 いつかちえちゃんが扉を開いてくれますように……! と思える面白い作品でした。

謎のお姫様:
 高橋 白蔵主さんのお父さん頑張ったよです。
 引きこもってしまったちえちゃんとお父さんのやり取りが楽しい作品でした。
 引きこもった娘と相対するという重めなシチュエーションでありながら、娘を怖がらせたくないという一心でおどけるお父さんの行動が面白かったです。
 最初はギャグなのかどうなのかわからないまま読んでいましたが、「まだ開けてくれない感じ?」というところで完全にギャグだと理解して、そこからはとても軽い気持ちで楽しく読ませていただきました。
 父親がVになるという展開も面白く、ここでさりげなく「あの事故」という布石を置いているところも巧いと感じました。もう少し多めに布石を置いておいてもよかったのかなとも思いましたが、ラストの驚きを演出するためにはこれくらいのさりげなさでよかったんだと思います。
>「スパチャで返事するのやめて。」
 というVチューバー父と娘のコントのようなやりとりから、
>「お父さんちえちゃんの顔見たら満足して成仏するとか」
 で一気に物語が動いたところはその温度差にとても驚きました。
 父親は事故で亡くなり仏壇の中に入っていて、でも時代が進んだからネット回線を通じてやり取りができるという世界観もギャグと切なさがバランスよく混じっていてとても面白かったのですが、冒頭の「その気になったらこんな扉くらい開けられるよ。」という父親のセリフはミスリード(もしくは一個のギャグ)だったっていう解釈でいいんでしょうか。このミスリードに引っ掛かった私は、物理にも干渉できる幽霊ならちえちゃん悲しまなくてもよくない? と思ってしまい、少しだけラストで躓いてしまいました、すいません。
 父がすでに死んでいるという重めの事実が明かされた後も、ネット文学賞を目指すなどと、あくまでコメディを貫き通したところも物語が徹底していました。
 娘の顔をもう一度見たい幽霊系Vチューバーとして成功した父親が、どうか搦め手でもなんでもいいのでネット文学賞を獲ってちえちゃんの顔をみれることを祈っています。二人のやり取りが笑える作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 あの手この手を使い、お父さんが執拗に扉を開けて欲しいと懇願する様子は、ホラー展開でよく見られる光景のため、お父さんは幽霊ではないかと思ったら幽霊でした。扉を開けたらあの世に連れていかれるのではと思っていたのですが、娘と父親の間にある心の扉を開こうとする物語だと分かった時の、今まで見えてきたものがガラッと変わる瞬間がとても面白かったです。
 親子の会話がスパチャ越しで支払いは父という場面で笑いましたが、個人的に決済方法が気になります。あの世とこの世の間に何か共有の通貨があるのでしょうか。両者の世界では価値基準が異なりそうで、共通の貨幣を導入したら、今までの基準が変わり最初は混乱が起きそうですね。また、父がその気になったら仏壇の扉をバーンと開けられるなら、頑張れば擬似良い子良い子もできるのではと疑問に思いました。
 父がガワをあちらで知り合いを見つけてVチューバーになったように、ネット大賞も、知り合いの力を得て何とかとりそうです。
 ちえちゃんが扉を開けてくれる日がそのうちきっと来ると思える物語でした。とても面白かったです。

188:兵たちの午後/梅緒連寸

謎の有袋類:
 まだ眠る蛇を書いてくれた梅緒連寸さんの二作目です。
 偶然聞こえてきた無線で目を覚ました男が、少しだけ相手と話すお話でした。
 敵国の言葉が話せる彼が、うまく機転を利かせてその場を乗り切り、そして偶然助かった相手の頭を撃ち抜くというお話でした。
 自分が死ぬとしても、仕事を全うする主人公と、楽しい気分のまま死ねた男、どちらが幸せなのでしょうか。
 こういうバッドエンド系のお話、かなり書く側に人気なのですが「読者をどう思わせたいか」を意識して書いていくと結末やその見せ方が更に強いものになる気がします。
 戦争の悲惨さを伝えたいのか、それとも仕事に縛られた男の愚かしさを伝えたいのか、幸せについて投げかけたいのか……標準を合わせて読者の心を撃ち抜く一撃必殺の弾丸を放てると頭一つ抜けた強度の高い作品になると思います。
 作中に出てきた花のお茶のエピソードがすごくよかったです。急に昔のことを思い出したり、死の間際に家族のことを思い出すという感傷的なエピソードが、仕事のために人の命を奪っていた主人公の心も少し動かしたのかなという説得力があって好きです。
 最後のきれいな空の描写と、荒涼とした戦争の風景、おそらく崩れているビル群など残酷なお話なのに清涼感のある不思議な読み口の作品でした。

謎のお姫様:
 その知らない味はきっと、一生忘れることができない。梅緒連寸さんの兵たちの午後です。
 本企画二作品目となる梅緒連寸さん。一作品目は臥龍院地平がいかにしてそうなってしまったかを描いた、ホラー要素の多い人間ドラマでした。
 本作の雰囲気は前作とはまた全然違ったものとなっていて、余韻の残し方がとっても綺麗な小説でした。
 戦争を舞台として、助けは来ないまま死を待つだけになってしまった二人が今際の際を無線通信しながら過ごす、という構成ですが、羽蟻隊の彼の過去を丁寧に描いてからの、どんでん返しの展開は鮮やかすぎてとても驚き、楽しませていただきました。
 すいません、正直読んでいる最中は、二人がただ喋っているという構成(それに、話している内容は戦時中なので当然キツイ)に少しだけ入り込めませんでしたので、講評では”序盤から物語を動かしたほうがいいかもしれません”と書こうとしていました。しかし、本作ラストで主人公の正体が明かされた瞬間、今までの意味のない会話がすべて意味を持ち始めて、”とりとめのないやり取りをここまで積み重ねてきたからこそ、これだけ辛い気持ちになれたんだ。これだけ余韻が残っているんだ”という気持ちになっています。ですので、序盤を読んでいるときの気持ちは全て吹っ飛んだのですが、そう感じてしまっていたことは確かなので書かせていただきます。二人とも緩やかな死を待つのではなく、何か目的を持たしたうえで喋らせるとよかったのかもしれませんが、序盤の会話に意味がありすぎるとここまでの余韻が残っていたかわからないです。
 カツラムグリの茶という印象的なアイテムを、彼を象徴するものとしてラストにもう一度持ってこられただけではなく、「名前も知らない花の茶の味を思い浮かべることしかできない。」という詩的な表現で締まっている本作はとても綺麗でした。
 戦争はまだ続きそうですし、彼はもう長くなく、この物語はこの先どうしようもない展開を迎えてしまうんだと思いますが、彼はその味で少しだけでも気を紛らわせて死んでいってほしいなと祈りたくなりました。
 情報の出し方と余韻の残し方が最高に気持ちのいい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 極限の中、無線越しに交わされる死にかけの男二人の物語。
 重症を負った二人の会話が始まりから絶望的で、死を前にして家族との思い出をふりかえる様子は物悲しかったです。
 そして瓦礫がなくなり二人が出会えば、どうにかこの戦場を生き延びていくのではと希望が見えた瞬間に撃たれて命が刈り取られた時は「Oh……」となりました。戦場とは、感情や本音を出してしまったら終わりの世界だという事実を突きつけられたようでした。
 彼を狙撃しなくても放っておいても死んだように感じ、体力も弾も無駄ではと思いましたが、狙撃手はそんな考えも及ばないぐらい、度重なる凄惨な出来事に心も死んだようでした。
 どうせ死ぬなら空の下の方がいい、という彼の望みが叶ったのはせめてもの救いかもしれません。狙撃手もまた死の瀬戸際にありますが、彼の死んだ心の中に、仕事のことだけではなく、味の知らない茶がふいっと浮かぶラストはとても良いと思いました。

189:金魚が茹だって首が腐る/木古おうみ

謎の有袋類:
 神喰の男の作者、木古おうみさんの二作目です。
 異形頭、無機物だといいですよね。殺した兄が動き出し、頭に金魚鉢をつけたらくっついたというお話。
 腹違いの兄、他人行儀なことに苛ついているけれど嫌いではないみたいな複雑な感情が伝わってきてすごくよかったです。
 好き嫌いがわかれる作品で、BLの素養がないとか、消化酵素のない人は苦手かも知れないのですが、おそらく似た趣味の方に向けて書いている「俺の好きを食らえ!」作品だと思うので、これでOK!だと思います。
 全体的に残暑のようなじとっとした湿り気があり、金魚の表現や夏の終りの表現、そして冷蔵庫に残された兄の頭などの不穏な要素がずっと付き纏っていてとても良いお話でした。
 はっきりとしたことや、お互いの感情、動機などは一切明言されなのですが空気感や景色、そして緩慢とした二人のどうしようもない関係性を楽しむのが好きな方にはたまらない作品だと思います。
 四季賞のマンガとかにありそうな雰囲気だなと思いました。コミカライズされたのも見たい……。何故なら金魚鉢の異形は最高なので……。あと、兄も弟から見ると穏やかな感じなのにタバコを吸うというのが個人的にめちゃくちゃぐっときました。
 良い兄弟ものでした。ありがとうございます。

謎のお姫様:
 そのどうしようもなさも、確かに兄弟の証なのかもしれない。木古おうみさんの金魚が茹だって首が腐るです。
 本企画二作品目となる木古おうみさん。一作品目は神喰の男の恐ろしさをねっとりとした文章で描いたホラー作品でした。
 本作もその嫌な汗を書いてしまうような描写力が最高に生かされているグロテスクで少しだけ切ないホラー小説でした。
 冒頭一文目の「兄の頭に手を突っ込んで、死んだ金魚を掬い出した。」という文章から訳が分からず、ただグロテスクな映像だけが頭に浮かんでぐいぐいとお話に引っ張られていきました。
 頭に手を突っ込まれているのに普通にしている兄も手を突っ込んでいるのに平気そうな主人公も不気味で、序盤からパンチが効いていてどんどん続きが読みたくなります。
 主人公が兄を殺したことも、なぜか兄が身を起こしたことも、金魚鉢が吸いついたことも理由が全く説明されず、ただ結果だけが淡々と描写されていく手法を読んで、きっと木古おうみさんはどれだけ説明してどれだけ説明しなければ人が一番怖くなるのかがよくわかっている方なんだと思いながら震えていました。
 ただ、本作はそんないびつな兄弟の現状と日常を描くことがテーマだと思うので仕方ない部分もあるのですが、やや物語を通しての向かうべき方向が分かりにくかったかなと感じました。ホラー描写がとても巧みなのでどんどん引っ張られて行ってしまうのですが、ふと「いまこの二人(もしくは物語自体)ってどこに向かっているんだっけ」というなってしまうタイミングもありましたので、物語の方向性をもう少し明示していただけるよより(私にとって)読みやすかったかもしれません。
 熱帯魚屋の店主とお話をしたことで、兄弟がまだ一緒に歩いていたころの記憶がどんどん想起されていくという話の展開の仕方がとても面白かったです。動機はわかりませんが主人公が明確な殺意を持って兄を殺していることは確定しているので、いずれその未来に繋がることが見えていて、兄弟の過去回想が大きな悲しみを孕んだものとなっていました。ここでも、”なぜ殺したのかがわかっていない”という要素のお陰でよりもの悲しい気持ちになれましたので、やはり情報をどこまで与えて与えないかの取捨選択がとても巧いと感じます。
 殺し、殺された関係であるものの、金魚を通してそこに確かな絆を感じられる、不思議な読後感の残る作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 好きな方にはカチッとハマる物語だと思いましたが、情緒というものがあまり分からない私にはかなり難しく感じました。なのでそのような感想になります。すみません。
 異形頭のお話です。異形頭、そこまで深い造詣はないのですが、顔がないために、感情や表情がその頭の形により独特な表現になる点が好きです。今回は金魚鉢の異形頭です。金魚鉢なので当然のように金魚が中で浮かんでいる。そして金魚は生き物なので扱いがひどければ死ぬし、金魚がすべていなくなれば、兄は死ぬかもしれない。
 不思議な読み心地でした。弟が兄を殺した理由も、浴槽に浮かんでいた精液描写も、特に理由は明かされないまま淡々とすすむ。
 モチーフの金魚も昔、兄が買ってくれたのをきっかけに飼い続けているのに扱いが雑で、熱帯魚屋に行ってもどんな種類の金魚がいるのか特に気にせず金魚そのものにも興味もなさそうで、ただの消耗品のような扱い。そんな金魚でつながっている兄弟の関係性もまた消耗品のように、時間が経って状態が変化し、摩耗して機能が果たせなくなったようでした。兄の命をつなげる金魚をそれでも兄も弟も買い足す。不思議な兄弟関係のお話でした。

190:花の名前/麻島葵

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 実家から離れた主人公がいとこからの連絡をきっかけに親族とまた関わり合うようになるお話でした。
 最初は家事がおぼつかなくなったり、物覚えが悪くなる程度の認知症が徐々に重くなっていく様子や、入院してから一気に認知症が進み、可愛がっていた孫を忘れてしまった描写がすごく好きです。
 カクヨムには「」で始まる段落以外を自動的に字下げしてくれる機能が画面左のツール部分にあるので字下げなしで書いて、自動一括字下げをすると楽かも知れません。
 お作法的なもの、ワンタッチで直せるのでそこまで気にしなくてもいいとは思います!
 最後の方に、父親と語り合う場面があるのですが、そこで祖母が探していたのは父かも? と語りかける部分がすごくよかったです。
 確かめようがないことだからこそ、様々な気持ちや感情が浮かんできて言葉にならない描写も丁寧に描かれていてグッときました。
 今後、されたことはなくならないけれど、それでも少しだけ父と主人公の関係性が改善していくのが、祖母の置き土産のようで素敵な作品だと思います。
 最後に見えなくなった白い花びらは、もしかして祖母のおかげかもしれないですね。
 カクヨムに置いてある作品は少ないのですが、今後作品が増えるのを楽しみにしています!

謎のお姫様:
 その終わりが何かのはじまりにつながったのなら、きっと喜んでくれているだろう。麻島葵さんの花の名前です。
 テーマがとても美しく、話の運び方がとても綺麗な物語でした。
 ばあちゃんの認知症が進み、いとこと一緒に久しぶりに会う、とてもシンプルかつ悲しみを予見させるはじまり方の時点で、とても美しい物語になるんだろうなと予想はしていたのですが、この時点でさりげなく父親との不和を匂わせているのがとても好きです。本作はばあちゃんと勇の関係がメインではなく、ばあちゃんの死によってふたたび引き合わされた勇と父親の関係性がメインだと、読み終わったときに感じました。物語をその方向にもっていくために、序盤に父親の存在を置いていることで、ラストシーンでわりと急に父親が出てきたにもかかわらず、「そりゃここの決着をつけないといけないな」と納得することができました。とても巧い布石の置き方だったと感じます。
 ただ、父と絶交していたことや、母親を怒鳴りつけていたことなどは対面してから一気に情報が明かされていったイメージがあるので、そのあたりの情報ももう少し小出しにしていてもよかったかもしれません。
 ばあちゃんが花の名前を忘れてしまっていたり、伯母を苛立たせてしまっているシーンはとても悲しくなって、でもそこで悲しさを一通り味合わせていただいたことで、肉じゃがが成功したときに、主人公たちと同じような達成感を味わうことができました。悲しみを共感させることで、喜びまで共感でき、その結果ばあちゃんが倒れてから亡くなるまでも一緒に悲しむことができるという構造になっていて、読み手の感情誘導がとても巧い小説だと感じます。
 父親との対話シーンでは、本作屈指の悲しいポイントである「10歳くらいの、目のまん丸い男の子なんです」が実は父親のことだったのかもしれないと、全然別の意味を持ちはじめ、セリフとキャラクターの使い方がとても面白かったです。ばあちゃんの死によってふたたび引き合わされた父と勇は、うまくはいかないかもしれませんが、今より関係が悪くなることはなさそうです。
 そう思うと、白い花びらはばあちゃんの最期の子と孫へのプレゼントで、彼らが再び一緒に歩くための、最期の祈りだったのかもしれません。そう思うととても心が温かくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 認知症になったおばあちゃんのお話です。
 私の祖母も認知症であったため、深く頷く描写が非常に多く、立てなくなった時にガクッと状態が悪くなったり、目の前にいる人を誰だが認識できなくなっていくところがとてもリアルだと思いました。
 家庭によっては認知症になった者を抱えきれずに破綻してしまう話もよく聞きますが、勇が祖母と叔母の間をとりもつところや祖母が療養病院するきっかけは勇が自分のせいだと責めてた時に、叔母やいとこが彼に温かい言葉で励ましてくれた時は、とても親戚関係に恵まれていると温かな気持ちになりました。
 一方で、どうして勇が父と仲違いしていたのか気になりました。
 勇と父の関係性の改善が終盤で良くなるだけに、母を怒鳴りつけていたた以外に、二人の関係が拗れたきっかけとなる描写がもっとあればより良かったと思いました。
 花の名前を小さい頃の父が祖母に教え、祖母が孫に教えていたのだろうなと分かる場面も好きで、白い花びらを通じて断絶していた関係性が少し繋がるのはとても良かったです。白い花びらは、祖母がそっと父の肩に置いたものかもしれないと思えるラストでした。

191:無念、無声、それでも言葉に溢れ/君足巳足@kimiterary

謎の有袋類:
 君足さんの二作目です。
 なんとなく中華風を思わせる戦場であでやかに死者を操る一人の術士のお話。
 僕は勝手に細い黒髪長髪美青年を想像しました。女性でも男性でも良い。
 不利な戦を覆す死者をあやつり、敵を蹂躙する切り札と、それに付きそう声なき死者のお話。
 絶対に戦争が終わったらこの術士は処理されると思うので、そこで主人公が動いて欲しいですね。
 朗読映えもしそうなこちらの作品、描写は静かなんですけど情景は熱が宿っているというか、静かなんだけど荒れ狂ってる光景みたいな読み口ですごくよかったです。
 赤と黒を基調としたイラストとかアニメで見たいなって思いました。
>また派手に壊れちゃったね
 かわいい魔性の男の娘でもいいなと思いました。こう……術をつかう関係で見た目は一切年を取らない的な!
 描写は最低限なのですが、色々と想起させる関係性もすごく好みです。生前から主人公と術者は面識があり、それなりに深い仲だったのでしょう。
 生前から無骨で無口そうな主人公、とても良いですね。無骨でガタイの良い男と細い喉の妖しげな術士の組み合わせは最高。
 最後のルビもめちゃくちゃかっこよくてよかったです。よかった……。

謎のお姫様:
 本当の願いは君に伝わらないままで。君足巳足さんの無念、無声、それでも言葉に溢れです。
 本企画二作品目となる君足巳足さん。一作品目は思わず少年にがんばったねと声をかけたくなるような、自作の一番強いセリフを理解していてそれを効果的に使っているとても読後感の気持ちがいい小説でした。
 本作もそのツカミ力はとても高く、「本を読んでいるときだけ聞こえる声があるかい。」という一文目で私たちに問いかけることで、一気に物語の中へと引きずり込む作品となっていました。
 そこからはルビやかっこ書きを多用したユニークでリズミカルな文章が続き、二人が戦場にいることが描写されていきます。
 かっこ書きが合いの手となり、ルビの語感もいいので、とても口に出したくなるような文章でした。抽象的な表現で絵が描かれていく君の性質や舞台背景は、戦時中でありながらもどこか美しく感じ、君が死者を起こしているということが明かされたところがとても好きです。
 ただその分、私の読解力が低いせいだと思うのですが、今空間に誰がいて、どんな状況にあるのかを把握するのが難しいシーンがいくつかありました。本作はリズミカルな文章が大きな魅力だと感じているので、あまり状況説明に描写を割くのもよくないとは思いつつ、今誰が何をしているのかをもう少し具体的に(特に昼・夕)描写していただけると私程度の読解力の人間でも映像を浮かばせながら読むことができたと思います。
 彼女が死者を起こしているということが明かされ、主人公は無念を持って立ち上がった死者だとわかってからは物語の全体図が見え、とても楽しく読ませていただきました。
 なによりラストシーンの、彼女が主人公の気持ちを間違えているところは生者と死者のどうしても交わらない明確な境界線が浮かび上がるようでした。
 二人で戦場にいたいわけではなく、ただ二人でいたい。とても単純な想いなのに、声が届かないせいで伝わらないというすれ違いにとても悲しくなりました。
 だからこそ戦争が終わればそのすれ違いに気が付いてくれるかもしれないと、彼女の想いを否定してその日を待ち続ける主人公の最期の独白が、美しい表現の多い本作の中でも一番美しく、この強く綺麗な文章を一番最後にもってきている構成が自作の強みを完全に理解されているようでとても余韻の残るラストでした。
 綺麗な文章、綺麗なおもいの詰まった作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 本を読んでいる時に声は聞こえずどちらかというと映像が浮かぶタイプで、また音で読む物語が非常に苦手です。なのでそういう人間が読んだらこういう感想になるんだと受け取っていただければ幸いです。
 戦の趨勢が決まりかかり、音の波が鎮まり始めた時に満を辞して動き出す死者の軍の恐ろしさは、屍者の国を読んでいたので身に染みていました。
 大量の屍兵に隊列を組んで行進させれば、どんな攻撃をされようとも、痛みを感じることがないため停止することなく突き進む群となり、無念に満ちた無言の行進の、動く山のように押し寄せる屍兵の集団を前に、敵兵たちの絶望の声がかき消されていく様をありありと想像しました。
 彼女はおれの無念は彼女を守れなかったことだと思っているから、自らの身を危険に晒して戦場にたち彼を動かす。けれど、おれの本当の無念は彼女のそばに入れられなかったことで別に戦場でなくてもいいのに、死者であるためにその想いを伝えることができないまま壊れて元の部分が削れてなくなっていく。地獄のすれ違いだと思いました。
 また平時には、彼女の周りには生者の声で溢れているのではないでしょうか。一方で戦場は、たとえ初めのうちは声であふれていても、段々と消え失せやがて最後には彼とふたりぼっちになれるため、彼女にとって安らぎの場でもあるかもしれないと思いました。彼女はこれからも戦い続けると思いますが、いつか戦争が終わり、かれの声が届く日が来るといいなと感じました。

192:タヌキの青い玉/宮塚恵一

謎の有袋類:
 尸愛/支配を書いてくれた宮塚さんの二作目です。
 狸の姿に変わった田沼くんを追いかけるために色々な知り合いに力を借りるという前半と、後半目が醒めるパートに別れた作品です。
 どことなく児童書を思わせる文体で、不思議な世界を楽しく読んでいくと、実は事故に遭っていて、夢の中で出てきた田沼くんは死んでいたというお話でした。
>実際に顔を合わせるのは毎年の夏の合宿だけで中学3年間、共に机を並べて勉強した中である。
 ここで田沼くんに出会ったのは久々なのかな? と思ったのでここでそんなに久し振りじゃない気がするし……と濁した方が、なんとなく親切かな? と思いました。
 青いビー玉は、田沼くんが渡したあちらの世界から帰るための通行証のようなものだったのでしょうか?
 不思議な感じのするお話でした。タヌキ、青ときくと某猫型ロボットを思い浮かべてしまうけれど全然違うお話だった……。
 ビー玉、何か二人の思い入れがある品だったりするのかな? とも思ったのですが、そういう裏話があれば聞きたいです。
 じーんとくる夏にぴったりのお話でした。

謎のお姫様
 鮮やかな助走と跳躍、そして着地。宮塚恵一さんのタヌキの青い玉です。
 本企画二作品目となる宮塚恵一さん。一作品目は魅力的な導入から、さらに深淵に位置する歪んだ愛を描いた作品でした。
 本作はとてもコミカルな導入で、前作の記憶が残っているからかそのギャップに思わず声を出して笑ってしまいました。
 関西弁を操るアニメ調の狸がタバコをふかしている、これで笑わないほうが難しいと思います。その正体が田沼くんだとわかり、タイトルにもなっている青いビー玉を渡して消えていくシーンは、長編アニメ映画のワクワクする導入のようで、とても引き込まれました。
 このあたりから本作が現代日本ではないor主人公の夢であると予想が付き始めるのですが、安澄さん、叔父さん、丸眼鏡のタヌキという魅力的なキャラクターに支えられながら田沼くんを追いかけていくシーンはとても胸が熱くなるものでした。叔父さんに少しぽっと出感があり、もう少しやり取りはあってもよかったのかもしれないと思いましたが、言葉を交わさずともという関係は個人的に好きなので、それはそれで魅力的でした。
 ちょこちょこ”どうしてそうなっているかわからない”シーン(海が出現しているところや叔父さんが消えているところなど)があるものの、『田沼くんにもう一度会う』という大目的が徹底されていてそこに向かっていくのでとても読みやすかったです。
 一章の不思議な世界の正体が、死にかけている主人公が見ている夢で、田沼くんは自分を死の際から引き戻してくれた、という展開は王道でとても綺麗でした。
 冒頭で手渡された青いビー玉がキーアイテムとなり、正直、オモシロフックとして使われていた田沼くんの関西弁に泣かされることになるとは思っていなかったです。
 田沼くんの想いを糧に、主人公には前を向いて生きていってほしいです。とても綺麗な作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 不思議の国のアリスのように、色々な人物に出会いながらタヌキを追いかける物語です。
 タヌキが好きです。関西弁のタヌキはそれだけでコミカルで何だか追いかけたくなるのも分かる、物語をぐいぐい引っ張る存在でした。展開にどこか無料フリーゲームのような手触りも感じたので、おそらくここは死に近い場所なのだろうと思ったらそうでした。
 個人の好みですが、すいすいと何事もなく進む物語が予定調和のように感じられたので、道中、思いもよらないハードルが何か一つあれば良いなと思いました。死ぬ一方手前だった僕を力強く応援するよう「頑張りやー!」と声をかけてくれるタヌキは実はこの世にはいないと思うと悲しいですが、何十年か経って、主人公があちらの世界に行った時は「遅かったやん」とまた声をかけてくれそうだとも思いました。
 青い球が結局何か分からなかったのですが、二人にとって大切な思い出の品なものかもしれません。タヌキを追いかけた先にある物語。彼はあの場所でいつまでも待っているかもしれないと感じました。

193:そのワインは、まだ飲まない/コトリノことり(旧こやま ことり)

謎の有袋類:
 こやまさんの二作目です。
 吸血鬼もの! 僕は余り読まない人間上位系の作品でした。
 主人公が人間の見た目が主な要因として好きなのはわかるのですが、人間側は吸血鬼を利用したいからこうなっているのか? と怪しみながら読んでいたのですが、多分BLの素養があると彼らが好き合っているという前提で読めるのかな? と推理をしながら読みました。
 これらがBL好きな人へ向けての作品ならこのままで恐らく良いと思いますし、間口を広げたい場合はもう少し作中にこの人物はこんなに魅力的なのですよという描写があると納得感が高まると思います。
 話としては「俺たちの戦いはこれからだ」的なエンドで、連載作品の一話としてはとても良いのですが、短編小説や掌編としては少し物足りない気がします。
 なんとなくですがゲームで言う一面のボスを倒す程度の少し大きな出来事があると一つの作品として締まるので、字数が少ない制限のある作品では起こす出来事は一つ!進める出来事は一つ!くらいにするといいかもしれません。
 魔女の設定や、妖精の作る薬、恐らく血が混じっているワイン? などなどおもしろそうな要素はたくさんあり、削った部分も多そうなので講評発表後にのびのび削った部分などを書いて欲しいなと思います。

謎のお姫様:
 誘惑に負ける日はたぶんそう遠くない。コトリノことりさんのそのワインは、まだ飲まないです。
 本企画二作品目となるコトリノことりさん。一作品目は道化師の誰にも邪魔されない最期の五分を描いたとても格好いい小説でした。本作もファンタジー世界観の人間関係を描いたものでしたが、先ほどは道化師という強いキャラクター一人に焦点を当てていたのに対して、こちらは二人の関係を切り取っていてどちらもすごく面白かったです。
 血止め薬を塗らせようとするパートはととても官能的で、あまり殿方同士の絡みになれていない私もとてもドキドキさせていただきました。心の動きの描き方と、句読点の使い方、倒置法の使い方がとても巧みだからなのかな、と思います。
 ただ本作は、どうして血を吸わないのかが明かされる部分をオチにしている構成ですので、やや物語の全体図が見にくかったかもしれません。キャラと関係性、心理描写が魅力的でしたので違和感なく楽しく読ませていただけていたのですが、もう少し物語として目指す方向性が明示されていると、さらに読みやすい作品になったかもしれないと感じました。
 シュタインの過去が明かされて、冒頭のティーパーティーのお誘いに繋がってきてからは物語が最高潮に達して、それぞれの思惑が入り乱れていてとても面白い盤面になっていきました。シュタイン→主人公は利用したいという気持ち、主人公→シュタインは捕食したいという気持ち(と少しは自分のものにしたいという気持ち)と、双方抱いている気持ちは全然違いますし、両方とも恋心ではないのに、恋愛(性的な)描写を読んでいるようなドキドキを味わわせていただき、とても面白かったです。
 きっと主人公の理性はもう長くはもたないでしょうが、がんばれ、と応援したくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 人外よりも強い人間はいいぞ。一作目はブロマンスでしたが二作目はBLです。どちらも好きな私にはどちらも美味しいです。
 ブロマンスが作り立てのみずみずしく柑橘系の香りのするワインならば、BLは長期の熟成を経た複雑性や奥行きのあるビンテージワインだと思っています。個人の感想です。
 そしてこの物語の、味わい深く濃密なねっとり感はまさにBLならではの雰囲気だと感じ、「……お前が塗ってくれねえの?」の破壊力は凄まじいと思いました。ここに神殿を立てよう。
 ただ個人的にシュタインにとって大事なのは、彼の友人である吸血鬼ハンターを殺した吸血鬼への復讐なのか、ティエルの眷属になることなのか、非常に気になりました。復讐のためなら手段を選ばず他の吸血鬼の眷属にになると思うので、ティエルの眷属になることが第一目標だと思うのですが、そうならば復讐が建前にされているようで友人の魂が少し浮かばれないように感じました。
 シュタインを吸血鬼にしたくないティエルの気持ち分かるものの、多分勝てたないと思うので、早くシュタインを眷属にして、復讐のための旅に出て欲しいなと思いました、面白かったです。

194:ウケザラ施設67号/マツムシ サトシ

謎の有袋類:
 マッサポさん!間に合って良かったね!
 転生した魂を別の肉体に入れる装置のある施設に生まれた謎の男から始まるストーリーです。
 黒髪長髪イケメンはタナカというおっさん、イヴは韓国人の男……英語を書くのでマッスルナックルくんは日本人かもしれないですが、きっと英語圏で暮らしていた人間なのでしょう。日系三世とか。
 導入部分で終わっているので、これは是非続きを書いて欲しいなと思いました。
 あと、タナカは「とりま」を使うので、多分同世代かちょっと年上。おじさん……きっと頭髪に毛がなかったので転生した肉体にふさふさの髪があるのがうれしいのでしょう!
 視点切り替え、本来はしない方がいいのですが、これはこれでマンガ的な表現でおもしろいなと思いました。第0話と言う感じでここからきっと彼らの色々なお話がはじまるのでしょう!マッスルナックルくんは、どうなるのか……気になります。
 おもしろいお話でした。続き! はよ!

謎のお姫様:
 生まれ変わったものの、何か一つくらい選びたかった。マツムシ サトシさんのウケザラ施設67号です。
 生まれ変わりを描いた作品でしたが、それぞれの人物ごとに一章設けられている構成が面白かったです。”ぼく”の章ではほとんど情報が明かされず、視点が切り替わっていくうちにだんだん施設やそれぞれの生い立ちが見えてくるので、ミステリの謎解きパートのようなワクワク感を味合わせていただきました。
 また、それぞれのキャラクターもとても個性的で魅力的でした。フィッツジェラルドの元の名前がタナカだったというところに脱力感があり、イヴとフィッツジェラルドの掛け合いをもっと見たいと思いました。
 イヴは女性では? と思いましたがもとは韓国人のおっさんだということでレギュレーション違反を回避しながらギャグに発展させていて面白かったです。
 ただ本作は若干物語の全体像が見えるまでやや長いかもしれないとも感じました。
 なにもわかっていない状態からだんだんと真実が明かされていくミステリ的な面白さと、魅力的なキャラクターがいて要素はとても好きでしたので、序盤から物語の全体図を見せていただけるとさらに物語に引き込まれるかもしれないと思いました。
 物語の全体図が見えてきた”ナミダ”の章では「……んー……他の選択肢はないのかな。」という主人公の独白が本当に切実で、少し笑えつつも、ラストの「早く鏡を見たいなあ」でなんだか悲しい気持ちになりました。
 なにも選べない転生でしたが、フィッツジェラルドとイヴと過ごす日々はきっと楽しいと思いますので、主人公にはぜひ幸せな二度目の人生を過ごしていってほしいと思う作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 死んだ人間の魂をランダムに転生させる施設の物語。
 中肉中背のさえないおっさんから長身イケメに転生したフィッツ(タナカ)。韓国人のおっさんから最高の転生を果たし少女イブ。彼らの例を見ると、転生先の次の肉体は基本的に約束されたものに感じられるのですが、主人公に関しては2人の反応を見る限り、ごっつくてなんの役にも立ちそうになく、しかしオークっぽい見た目でしゃべれることができない、転生ガチャ失敗しか思えない姿。そんな彼が、早く鏡を見たいと思って終わるラストは、物悲しさがありました。リセマラしてあげたい。
 個人的にはこの施設の目的が、転生を果たしたものたちはこの施設でどんな仕事に従事させられるのか気になりました。文字数ふやして何かこの施設にまつわる話があればさらに良かったと思いました。
 2人の先輩は彼のことを心配してくれているので、これから主人公の助けになってくれる希望がありました。彼の今後が気になりました。

195:フーディーニの憂鬱/蔵井部遥

謎の有袋類:
 こむら川でははじめまして!参加ありがとうございます。
 とある男が急に傷が治る能力を手に入れて戸惑うというお話でした。
 最後まで読んでみてからもう一度冒頭に戻ると「はなさないでね、とけちゃうから」の意味がわかってうわーとなる構成がきれいな作品でした。
 最初のセリフ部分に傍点をつけてあげると、よりわかりやすくていいかな? と思うのですが、これは多分個人の好みなのであまり気にしなくても大丈夫です。
 おもしろいなと思ったのは主人公が真っ先に「回数制限があるかも」と考えたところでした。
 テンパってはいるけれどやけに冷静なところが主人公の性格を現わしているようですごく好きです。
 そしていい感じに見下しているネットで適当に出会った都合の良さそうな女に連絡を取ったあとに、その現象がその女のせいであると読者にだけ伝わるのも非常にうまいなと思いました。
 蔵井部遥さんは構成力と発想、そしてちょっとした人間の嫌な部分をサラッと書くのが巧いと思っています。タイトルは、実は仮タイトルであろう癒も好きでした。
 お忙しいのは知っているのですが、今後も間が開いてもコンスタントに掌編など書いてみて欲しいです。

謎のお姫様:
 ”治癒”の本当の意味。蔵井部遥さんのフーディーニの憂鬱です。
 本作の「どうも異能を身につけたらしい。」というツカミでとてもワクワクしました。私が個人的に日常×異能系の作品が好みで、その中でも能力解明のパートが特に好きというのもあり、”治癒能力らしきもの”を身に着けたと言って、自分の能力を試していくシーンが特に好きです。
 二度の実験から自分に治癒能力があることを確信し、そこにさらなる根拠を求めて、過去に捨てたオカルト好き女に頼るという物語の膨らませ方もとても引き込まれました。
 そこで治癒能力に対して決着がつくのか、と思いきや「本当に治癒能力だと思ってる?」という言葉で更なる深淵へと連れていかれて、”治癒能力”というプラスに思える異能がホラー要素に一瞬で切り替わるところは鮮やかすぎてとても面白かったです。
 ただ、百合さんの発言がかなり概念的で抽象的でしたので、読解力のない私には若干意味がとりづらいところもありました。
 治癒能力は何かを埋める能力だということで、癒しはただのプラスの能力ではないというテーマはとても面白かったので、主人公にモノローグで捕捉させるなどして、もう少し詳しく説明していただけると、私でも完全に理解できるものになると思いました。ただ、”今のキミの頭だと理解できないかも知れないけど。”というセリフにあるように、一般人には理解できない概念を敢えて置いているのなら、その意味の分からなさがとても不気味な演出となっていましたのでホラー描写としてとても優れていると感じました。
 治癒=怪我をして欠けた部分を埋めるということで、空っぽな主人公の欠けている部分が勝手に埋まっていってしまうという展開にぞわぞわとした恐怖がありました。百合を抱いて捨てた空っぽな部分が”治癒”して、自分が誰と話しているかわからなくなってしまうところで終わる本作ですが、異能の発現→異能の調査→異能の拡大解釈で能力が変わるというとてもワクワクする構成で、すごく好きな作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 どうやら異能を身につけた男の物語。
 異能を検証する場面が好きです。
 偶然や勘違いですまさず、綿密に観察をして計画を立て実行し、得られた結果を元に次はどうするのか考える主人公の行動力がすごいと思いました。
 しかしその検証はそもそも治癒能力であることを前提に行われていましたが、実際は仮説を立てる段階から間違っていたという恐ろしさ。
 ただ彼女のいうメカニズムがすみませんがよく理解できませんでした。
 癒が、悪い部分をくり抜かいて直す意味があること、癒着が本来離れているはずのものがくっついている様子を表す言葉であること、までは分かったのですが、とけて、という言葉が何を示すのか分かりませんでした。
 ですが彼女もそこまで理解を求めていないようにも感じられたので、もしかしたらそもそも一般人の私には理解できないものかもしれません。最後、彼は記憶や知識がながれてしまい、空っぽになる姿はホラーですが、しかし彼には今の自分のことを何も理解できないのだろう、という物悲しさがありました。

196:統一宇宙歴三〇五九年のこむら川/山本アヒコ

謎の有袋類:
 アヒコさんの二作目です。
 これは大切なことなので何度もツイートをしているし、さらにここでも言っておくのですがKUSO小説は別に出来の悪い作品や悪口ではないので「なんだこのKUSO小説は」という言い方はしないです。きっとこちらの宇宙では違う言葉に変質したのでしょう。
 これは僕の周知不足が原因で知られていないのですが、実はリアルタイムでやばい脆弱性をつかれたら即レギュレーションは変えている&それを明記しているので、こちらの世界のウォンバットさんは人の善性を信じた結果の進化なのだなぁと思いました。
 あと、今のところ同じ人に評議員は頼んだことがないので色々な差異があっておもしろいですね。何代かあとのウォンバットの考えることはわかりませんが……。
 やってもやってもおわらない講評、迫ってくる締め切り、ケツを蹴ってくるウォンバット! 一緒にブラック労働をしましょう!

謎のお姫様:
 いや本当に。山本アヒコさんの統一宇宙歴三〇五九年のこむら川です。
 本企画二作品目となる山本アヒコさん。一作品目は人工知能とあなたの間の愛を描いた、切ない作品でした。
 本作はなんとこの終了間際のこむら川を舞台にした完全コメディでした。キレッキレのギャグが並んでいて笑いながら最後まで読ませていただきました。面白かったです。
 まずはそのスケールのでかさ。ちょうど今抱えている「終わらねぇ」という悩みが小さなものだと思ってしまうくらいのスケールで描かれるので肩の力を抜いて読むことができました。分裂する個体がやらかしたというSFチックな背景も面白く、そこに(確かにこむら川周りで流行っている、というか全世界で流行っている)麻雀という要素も出てくるところに身近なこむら川の延長を感じました。
 これは読み終わった瞬間にふと思ったわがままなので、聞き流して頂けるとありがたいのですが、このオチならレギュレーション違反をしていてほしかったな、と思いました。
 もちろん、レギュレーション違反をしていたら読みませんし迷惑ですので本当にそういう構成にするわけにはいかないのであくまでたとえなのですが、ここまでメタに振り切った作品なら、(投稿時間すらも狙っているくらいに徹底されているなら)もう一つくらいメタいフックが付いていても面白かったかもしれません。
 スケールをデカくするためだけに用意されていたと思っていた分裂個体が、詐欺をしていたため作品の数が減る(でもまだ多い)というオチは、作品内で一度使われた要素をうまく再利用していて面白かったです。満を持して『大宇宙ウォンバットKMS』さんが登場するのもメタくてアツくて好きです。
 私も主人公と一緒に気を失いたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 メタ小説です。今現在この状態でこの題材の物語に講評を書くのは難しいため、そのような感想になります。最終日締め切りギリギリに投稿されたものでなければもう少し心の余裕を持ってガッハッハと読めたと思いました。
 講評、個人的には参加者の投げたボールを受け取り、その人の望んだ場所に投げたいと思って書いていますが、前提知識がないと分からない物語はボールの投げ方が分からず、明後日の方向に向かって投げてしまっても致し方なしと思っています。あくまで提出したら三人の講評が返ってくるシステムで、作者の望むような解答をピンポイントに当てる必要はないと考えています。なので知らない言語やテーブルゲームで書かれていたら素直に分からないと言います。
 これは一度やって見ないと分からない感覚だと思うので、ぜひ機会があれば闇の評議員をやっていただければと思いました。

197:【衝撃】ヴァレッジ・ヴィンガードの闇を暴く!!!!/米占ゆう

謎の有袋類:
 第二回の時に桃太郎オマージュ作品のお前らは鬼龍院じゃないを書いてくれた米占ゆうさんです。参加ありがとうございます。
 闇暴き系Vtuberがヴィレヴィンの福袋をあけたところから始まる大冒険! これはちょっとした疑問なのですが、配信者じゃなくてVtuberなのが気になりました。あとからガワを動画に載せて編集するの大変そう……。
 途中からわわわーーーっと色々なものが大暴れする場面はすごくおもしろかったのですが、多分それなりに重要なギミックであるプレス機に入れて人を商品に変える下りとドンペンラッシュのところが勢いがありすぎて大気圏突破! 読者を振り落とすぜー!となっている気がするので注目すべきところを目立たせることを意識するとハイスピードとリーダビリティが両立出来るのかもしれないなと思いました。
 ぬるっと不思議なことが始まり、そして当然のように進んでいくナンセンスコメディーな作品は米占ゆうさんの武器だと思います。
 このまま強みを活かすもよし、弱点を克服するでもよしなので好きな方に突き進みましょう!

謎のお姫様:
 暴け、もう一度立ち上がれ。米占ゆうさんの【衝撃】ヴァレッジ・ヴィンガードの闇を暴く!!!!です。
 創世記の「光あれ」というフレーズから闇に光を当てる人間=迷惑系ユーチューバーに繋がり、ヴィレヴァン……ヴァレヴィンの鬱袋から喋るドンペンが出てくる、という導入の本作ですが、冒頭から「これはコメディ作品だぞ」と言わんばかりにたくさんのボケが挟まってくる軽い文章のお陰で、喋るドンペンという本作のファンタジー要素もすんなりと受け入れることができました。コメディを分解していくのも無粋ですが、コメディ作品ならドンペンが喋ってもいい=ドンペンが喋っている世界ならヴァレヴィンが万引き犯を商品として改造しててもおかしくない=そんな世界なら…… と、非現実が段階的に提供されてくるため、振り返ると相当ぶっ飛んだ作品だったのにもかかわらず、読んでいる最中は没入感たっぷりで読ませていただいたんだと思います。物語の膨らませ方がとても素晴らしかったです。
 ぶっ飛んだ描写は多いですが基本的には「謎の存在に手を引かれて異世界を冒険し、平和を目指す」という王道ストーリーラインに乗っかっているのも読みさすさを演出する大きな要素だとも感じます。
 鏡の騎士やトー横キッズ、三刀流の剣士やシスの暗黒卿などパロディをふんだんに(すいません、鏡の騎士とグレソはダクソ2だと思っています。パロディでも何でもなかったらすいません)盛り込んで、お客様を商品化しているところを止めるというえげつない描写もコメディとして取り込んでいるところも好きです。ただ、主人公の主観でバトルシーンが語られているためか少し何が起きているか映像が浮かびにくいところがありました。コメディなので大体がわかれば問題ないとは思いつつも、自作を声に出すなどして誰が何をしているかをくっきり描くとより臨場感が出るかもしれません。
 たくさんのドンペンがヴァレヴィンと戦っていくシーンは、コミカルでありつつもなんだかアツいものを感じ、ドンペンが主人公を逃がすシーンはなぜかジーンときてしまいました。ここも、ピンチから五分五分に戻したことや二人の思いやりという王道要素をコメディでコーティングしているからだと感じます。
 オチで、ドンペンがコウペンちゃんに改造されて売られてしまっていたシーンは、ここまでで”ヴァレヴィンはお客様を商品化しているかもしれない”、”ヴァレヴィンなら”やりかねない”、”ドンペンは主人公をかばった後どうなったかわからない”とても丁寧に布石が置かれていたため、とてもぞっとさせていただきました。
 主人公のもとに無事帰ってきてよかったね、ドンペン。
 改造されてしまったのが元に戻るかはわかりませんが、二人がもう一度立ち上がり、ヴァレヴィンと全面抗争するところまで読みたくなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 闇を暴くためにヴィレヴァン……ではなくヴァレヴィンに向かうお話です。
 鬱袋から出てきたのは、ものすごい見覚えのある、でも見覚えのないペンギン。彼と共にヴァレヴィンの闇を明かしに行った先に待ち受けるのは、なにかこう、とてもぶっ飛んだ光景。初めてドン・キホーデに入った時のなんだこの陳列棚!?と驚愕したのを思い出しました。パロディを全部拾えた自信がまったくないのですが、そこになければないタイゾーと違い、ヴァレヴィンはすべてがそろっているので全部知らなくても当然かもしれません。
 なんだかんだ、主人公はドンペンの助けもあり、トー横キッズたちも解放されめでたしめでたし……と思いきや、その後、ドンペンを思わせるコウペンちゃんが売られていたという事実。しかも大量に在庫があるということで、あの時のみんなもまた同じ姿になっており、まだヴァレヴィンの闇は続いていると分かるラスト。ホラーだと思いました。主人公は闇を明かすため立ち上がり、そしてマスコットキャラであるドンペンを取られたドン・キホーデの店員とともにヴァンヴィレに向かうことがあるのでしょうか。とても気になりました。

198:うつろ鬼/郷里侑侍

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 父が死に、再婚相手を連れてきた母と、新しい父を受け入れられない息子という組み合わせで始まるお話でした。
 父の残した日記を見て新しいお父さんに頼ろうとするも、それは父を殺した鬼だった……という部分がすごく好きです。
 ミスリードのさせ方が巧みだと思うのですが、個人の好みとしてはお母さんなどが黒い女性の人影に気が付いていたり、もう少し多めにヒントが出ているとわかりやすいかもしれないなと思いました。
 主人公を助けてくれる夢子さんも非常に魅力的で素敵だなと思いました。
主人公の父親とどんな関係だったのか、奴と呼ばれているのは本来は拘わりたくなかったのかななど色々な想像が膨らみます。こちらは他の作品のスピンオフだったりするのでしょうか?
 夢子さんは、非常に魅力的な人物なので彼女を中心とした連載なんかもおもしろそうだなと思います。
 カクヨムにはまだ一作しかない作者さんなので、これからどんどんお話を増やしてくれるといいなと思います。

謎のお姫様:
 父と奴がきっと守ってくれる。郷里侑侍さんのうつろ鬼です。
 母親の再婚に不満を抱く主人公が、お父さんの書斎に入り浸り『うつろ鬼』を知っていく……という本作ですが、序盤の不穏さの匂わせ方がとても巧みでした。
 早すぎる再婚、民俗学の資料、謎の真っ黒な女とじわじわと不穏ポイントを高めていき、それが日記の内容で一気に解放される、そして真っ黒な女の正体に行き当たるという構成は右肩上がりの恐怖を感じられる構成だったと思います。とてもぞわぞわしました。
 日記を見つけてから母親が倒れるまでほとんど間がないところもとても好きで、一度休憩を挟まずに連続で恐怖描写を挟むことで、読みたくないけど読んでしまうという名作ホラー映画を観ているような感覚に陥りました。
 ただ、これは本当に個人の感覚で申し訳ないのですが、うつろ鬼の攻略方法である『自分自身を忘却する』は少し唐突なものを感じてしまいました。これが『燃やす』や『頭を潰す』などの普遍的な手法だったらそのような感覚は抱かなかったと思うのですが、自分自身を忘却するという攻略法は明らかにうつろ鬼のバックボーンと関係しているものだと思いましたので、うつろ鬼自体の掘り下げをして、自分自身を忘却することが効果的だという布石を置いておくとよりよかったかもしれません。(何か読み飛ばしていたらすいません)
 本作は読み手が恐怖を感じられるような工夫が色々なところでされていると感じました。先ほど述べた、じわじわとギアをあげていくところと間髪入れずに展開させるというところもなのですが、なにより新一さんの使い方がとても素晴らしかったです。
 セリフ自体は少ないものの新一さんのやさしさは描かれていて、日記も彼のことをさしているようにミスリードされています。倒れた母親を励ます新一さんや、夕食を作ってくれた新一さんは信用するに十分な安心感があり、主人公も私も完全に緩み切っていたところに、彼自身がうつろ鬼だったということが明かされて、”一度安心させてから落とす”というホラー構造がとても巧かったです。
 そこから夢子さんが助けに来てくれるところは抑圧からの解放ということでカタルシスがありました。
 読み手の心の動かし方がとても素晴らしいホラー作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 民俗学ホラーです。
 日記からうつろ兄の存在を知りその正体を探っていくのはアドベンチャーゲームのような味わいで面白かったです。
 少し味付けの濃い料理を作ってくれる新一さんを味方だと完全に思っていたので、彼が正体を表した時は「し……信じていたのに!」となりました。
 でももう一度読むと、新一さんの言葉を白々しいと違和感を感じていたり、父の書斎に入る主人公を母が怒らないのは元気がないからかもしれない、と伏線は色々ありました。入院中の母が、主人公にあなたの気持ちを考えていなかった、と言うのは、もしかしたらうつろ鬼から離れたことで術が少しとけかかっていたかもしれません。
 ただ夢子がうつろ鬼を倒すためどうして「自分自身を忘却する」という技を使ったのか分からなかったです。
 お父さんの残された資料からうつろ鬼の伝承などがあり、その詳細を知る描写があるとよりいいなと思いました。
 夢子さんはもしかしたら今回は友人の頼みだったから人助けをしただけかもしれません。彼女の今後が気になりました。

199:【生配信】夏だし怖い話するぞ〜!/ナツメ

謎の有袋類:
 ナツメさんの二作目です!
 配信で怖い話をするぞーとやっていたら本物が来た話。これは配信者の人にそれっぽく動画を出して欲しい作品ですね。
 hiddenさん、見えないからhidden、ちょっとしゃれた名前なのがあとからじわじわきちゃった。吉澤のイニシャル的なアレだともっと怖いかも知れないなと思いました。
 見えないコメントですという意思表示というかギミックと、コメントをした相手の正体の兼ね合い、難しいですよね。
 最初に嘘をついているので、最初はリスナーの人も半信半疑だろうなという具合がすごく好きです。
 そして露骨に焦りはじめて自分で色々台無しにする主人公……きれいな構成ですね。
 吉澤、生き埋めにされてそれを主人公は傍観的な立ち位置で見てたのかな……と具体的には書かれないけれど想像出来る余地がおもしろかったです。
>はい、じゃあもう終わりまーす。二度とやるかバカ。死ねよお前ら。じゃあな
 ここの捨て台詞すごいすきwこれでブツッと配信が切れるのがわかりました。絶対転載されるし翌日少し燃えて欲しいし、配信者は変死をしていてほしい。
 色々と想像出来る良いホラーでした。

謎のお姫様:
 配信やめてやるわ、クソリスナーがよ! ナツメさんの【生配信】夏だし怖い話するぞ〜!です。
 本企画二作品目となるナツメさん。一作品目は”ドラマチックなんてない”というテーマで日常と非日常を描いた現代・世界の終わりのドラマでした。
 本作は空気がガラッと変わり、配信者がひたすら語っていくうちにだんだん不穏になっていくという現代ホラーです。この短期間にここまで味の違う作品を出力できるところがまず素晴らしいと思いました。
 主人公がいきなり大きな音や笑い声が聞こえてくるドッキリをやらかすところからはじまりますが、「怖い話配信」の中で「怖い話を騙ったドッキリをする」というもっともやってはいけない行為をやらせて読み手の不安を煽るという、お約束の使い方がとても巧い導入でした。
 そこから本編に入っていきますが、喋り口調にも関わらずとてもするすると読める文章力が印象的です。本当に喋っているような自然な文体に加え、改行や三点リーダーの挟み方が効果的なんだと思いました。
 インターネット初心者のhiddenさんが地名や個人名を出していくところからだんだんと物語が加速していき、hiddenさんのこの世ならざるもの感と、主人公の暴力性を同時に描いていったパートはとても引き込まれました。
 hiddenさんのコメントが作中キャラクターだけでなく読者にも表示されないギミックは、まだ真実がわかっていないときは正直読みにくいなと思ってしまっていたのですが、そのコメントは私たちだけでなく作中にも表示されていないんだとわかったところは自分の違和感が繋がった感があり、とても楽しかったです。
 冒頭のドッキリがここで再び意味を持つ構成も好きです。ただでさえhidden騒動で気がたっているところにオオカミ少年疑惑を被せられてリスナー全員が敵に回ったと思い込んでいる主人公がキレるまでのやり取りがとても鮮やかでした。リスナーが怖い系だったはずなのにいつの間にか主人公まで恐怖対象になってしまい、最終的には主人公が一番怖くなる着地点が面白かったです。
 本当に配信を見ているような感覚に陥ることで最後が一層怖くなる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 放送事故のような臨場感がとてもすごいと思いました。
 テレビと違って周囲にスタッフがおらず誰の助けもない中、配信者が1人で対処しないといけず、配信用に取り繕った顔が剥がれてボロが出て慌てふためく様子が非常に面白かったです。
 コメントが表示されていないとリスナーに指摘され、一瞬スンとなった後のスイッチが切り替わったときはもう「うわぁ……」となりました。生配信は同じ時間に誰かとどこかでつながっている楽しさがメインだと思っているのですが、hiddenが現れた後は、見えている側と見えていない側で距離がどんどん開いており、配信者とリスナーの関係性が断絶した決定的な瞬間だと思いました。
 この配信者は、住所を後で特定され、何らかの罪がバレるのではと思えるラストでした。とても面白かったです。

200:ただいま籠城中/藤田桜

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 髪カーテン! 髪カーテンは一瞬でもあるとずいぶん良い物です。長髪インキュバスということはきっとお顔も麗しいのでしょう!
 恐らく異世界転生して魔王軍につき、時期魔王に認定された二人が籠城をしている様子……と思ったらタイトルに思いきり書いてありました。籠城をしている二人の作品でした。
 状況が芳しくない中、それを誤魔化しながら平穏を装う護衛、すごくキュンですね!
 惜しいのは語り部がインキュバスさんなので、彼の見た目があまり描写されていないところですね。
 色々と設定がありそうなのですが、これは何かのスピンオフだったりするのでしょうか? もしあればすごく読みたいです。
 世話をしている女の子には敬語なのですが、素に戻るとガラが悪くなるのもすごく最高です。良い。インキュバスなのに手を出さないのはそういうすごい覚悟というか彼なりに大切にしたいという現れなのでしょう! めちゃくちゃよかったです。
 なんとか幸せになって欲しい……そう思える作品でした。

謎のお姫様:
 そのデリカシーのなさも魅力。藤田桜さんのただいま籠城中です。
 インキュバスとお嬢の耳かきシーンからはじまる本作ですが、インキュバスの視点で描かれるお嬢がとっても魅力的で可愛かったです。
 一人称視点にもかかわらず、インキュバスのデリカシーのなさがありありと伝わってきて、会話文のない一人の目から、自分と相手の両方を魅力的に描いているところがとても素晴らしいと思いました。
 なんとなくお嬢→インキュバスのラインかと思っていたら、「お嬢までいなくなったら、本当に誰もいなくなっちまいますからね。」というセリフから明かされるインキュバス→お嬢の大きい感情が明かされていく構成も好きです。
 なによりこの耳かき雑談パートの中に、全く違和感なく今籠城中だという描写が忍ばせられているのもとても巧い構造だと思います。物資が限られていることや、人間に囲まれていることの情報の出し方が、二人の雑談の中でうまく出てきている印象でした。タイトルの時点で籠城中だということは明かされているのですが、耳かきパートが魅力的過ぎて、私はそういうことをすべて忘れていたので、再び籠城中だと明言されたときに思わず膝を叩きました。
 個人的にはお嬢→インキュバスのラインも見えてしまっていたので、どうしてこんなにも詰んでいる状況でここまで思いをぶつけられているのにお嬢は応えないんだろうという疑問を抱いてしまいました。何か描写を読み飛ばしていたらすいません。主人公は魅了が使えないとはいえ惹かれるに十分な魅力を持っていると感じてしまったのは恋愛脳すぎますかね。いや、でも厠行って抜いてこよ。とか言っちゃう主人公はさすがに厳しいですか。
 緩やかな終末へと向かう中で、必死に日常を過ごそうとしている二人というテーマがまず美しく、それに加えて可愛いお嬢とデリカシーのない主人公という二人のキャラクターもめちゃくちゃ立っていてとても面白かったです。最後の最後まで主人公にデリカシーはなく、小物臭い終わり方でオチるのも、何とも締まりがなくて好きです。
 主人公とお嬢の関係性がとても美味しい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 籠城中のお話です。籠城中ですがインキュバスに耳かきをしてもらうお話です。
 2人の仲が好きです。お嬢と護衛兼秘書という主従関係にありますが、インキュバスの、時折主人に対する態度とは思えない口の悪さが好きです。でも籠城中なので、城の外は大変なことになっており、しかも生き残りは2人なので、彼がかなり精神的にぎりぎりな状態で平静を保っているのだと分かるので、とても辛い。
 お嬢もまた追い詰められており、1人で寝ることはできないほどなのではないでしょうか。だからこそ彼もそんな彼女を受け入れて耳かきをしているのだと思いました。城の中の2人と、城の外での大群が非常に対照的でした。
 題名にあるとおり最初から彼らは籠城中であるのだと分かった上で読むのですが、個人的には最初は籠城中であること隠して、彼らの会話からだんだんとその悲惨な状況が浮かび上がり違和感を感じてたところで、ドンッと城の外の光景が分かる瞬間があると、城の中と外のギャップがより映えると思いました。ただこれは完全に個人の好みだと思います。
 お嬢は異世界転生者のように感じたのですが、何か彼女のまだ知らない力があるのでしょうか。彼らがこの城を脱出できればいいなと思いました

201:成金探偵 堂田明太郎の事件簿/椎名ロビン

謎の有袋類:
 登場人物、真犯人以外全員カス! ワシソダさんが参加してくれました!ありがとうございます。
 なんでも金の力で解決しようとする探偵、そして三億円欲しさに名乗り出る被害者になる予定だったみなさん、人の良さそうだったシェフ、巨乳で可愛いメイドさん……金は人を狂わせる……。
 途中途中で挟まる主人公のツッコミが軽快でめちゃくちゃおもしろかったです。
 字数が6000字なので、事件解決?には至らず、混沌が極まる中終わる物語……。
 字数制限でのびのびと書いて欲しいなと思ったのですが、もうこれはデスゲームが始まる予感しかしない……。
 5000字前後の作品の場合、登場人物を増やしたり複雑なことをしようとすると字数が膨れ上がるので、字数と物語の規模を合わせた設計をするのが一番だと思います。
 ですが、これはこれでキリの良いエンドではあるし、めちゃくちゃおもしろかったです。
 シェフのわかりやすい悪役笑いがめちゃくちゃ好き。いい感じにリハビリ出来たと思うので、コンスタントに進捗をしていきましょう!

謎のお姫様:
 予想外の追い詰められかた。椎名ロビンさんの成金探偵 堂田明太郎の事件簿です。
 導入からオチまではちゃめちゃながらも一本の軸が通っていてとても面白かったです。
 復讐をテーマにした重めのミステリかなと思い読み始めたのですが、わらべ唄の見立て殺人を行うためにボカロPとして作詞作曲のノウハウを学んだというところで一気に作品の世界観と主人公の変に真面目なキャラ紹介を行っていたのがとても鮮やかでした。その物語のテンションを読み手にわからせるのはとても重要でありながらかなり難しいことなのですが、本作ではたったのひとボケでそれをクリアしたうえに、キャラクターまで魅せられていてとても強い冒頭ギャグでした。声出して笑いました。
 また、堂田明太郎の名前の読み方も予想外で面白く、作中人物たちはいたって真面目に成金探偵を想像しているそのギャップが笑えました。三億円をやるからという条件で主人公以外が名乗り出てしまい、逆にピンチになるという物語の動かし方も予想外かつ分かりやすくてとても好きです。
 好きなギャグが多すぎていちいち上げていたらきりがないのですが、やはりシェフが最高でした。笑い方が面白いだけの単発ギャグかなと思っていたら、イカれたキャラクターとして物語を次のステージに運ぶ役割も担っており、コメディ世界の住人を物語の中で動かしていくのがとても巧みな作者さんだなと感じました。
 何か所か、勢いで押し切られてしまうもののギャグに振り切りあまり状況や展開がわかりにくくなっている部分があったように感じましたので、誰が何をしているかを意識しながら声に出してみると、状況までわかりやすくなり最強の小説になるかもしれません。
 主人公の変に真面目なところが災いして巻き込まれ系ツッコミ主人公になっているところもとても好きです。個人的に地の文で突っ込む形式が好きなのもありますが。
 主人公はあと三人に復讐しなきゃいけないという条件を明示したうえで、デスゲームがはじまったり、三人殺したら死刑になるからという心理戦がはじまったりと、はちゃめちゃコメディの中に物語の流れがちゃんとあって、各キャラクターも各々の行動心理に基づいて動いていっているところがとても素晴らしかったです。
 長い一晩をどう乗り切るのかとても気になる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 犯人たちの事件簿のように、犯人側の涙ぐましい努力が語られる物語です。
 数年がかりで綿密な計画を立て、いよいよ1人に手をかけた主人公の前に現れたのは――堂田明太郎。
 笑いました。これはぜひ朗読してもらい、堂田明太郎の声が聞きたいと思いました。ものすごく粘っこく、ネチっとした感じで聞きたいです。
 成金の象徴だけあり、暗ければお金を燃やせばいいのだの如く、犯人がわからなければお金で犯人の魂を買収すればいいのだろうという、思わず探偵の意味を調べ直すほどの解決方法。
 けれどそんなものでは犯人の復讐心を抑えきれないだろう、これには成金も別の方法を考えざるを得ないと考えていたら、犯人以外全員手を挙げる斜め上の展開。とても素晴らしい題名回収だと思いました。
 それからはもうカオスがカオスを呼ぶ展開。このぶっ飛んだ感じをどこかで味わったことがあると思ったら「私は壁になりたい」を書いた方で、生餃子をナマで食べ方でした。納得感がありました。
 連続殺人事件がシフトチェンジしてデスゲームが始まる予感しかありません。果たして生き残るのは誰か?個人的に明日の朝までにシェフとメイドと犯人と探偵しか生き残っていないだろうなと思いました。とても面白かったです。

202:入道雲の彼方の戦争/森本 有樹

謎の有袋類:
 フレスコの底をかいてくれた作者さんの二作目です。
 多分、航空機的なものにのっている主人公のお話でしたが、すみません……抽象的すぎてよくわかりませんでした。
 詩の様に紡がれる言葉、そして正義の問い掛けが印象的な作品です。
 比喩や暗喩は思っているよりも伝わらないので、もし作品を読んだ他者に何かを伝えたい文章ならば、わかりやすいものは何か、自分が一番見せたいものは何かを取捨選択して書いていくと、間口が広がるかも知れません。
 航空機に乗っている時に聞くセリフのようなものや、セリフなどすごく楽しく作者の方が好きで書いているのは伝わってきました。
 好きなものを書いて、完結させること、進捗をさせることがとにかく素晴らしいと思います。
 好きなことをした上で、間口の広い作品に興味がわいた時に、他人へ向けた作品を書いてみるのも良いと思います。
 創作は自由なものなので、自由にやっていきましょう!

謎のお姫様:
 地獄の中で生き続けるしかない。森本 有樹さんの入道雲の彼方の戦争です。
 本企画二作品目となる森本 有樹さん。一作品目は半ばディストピア感のある世界で戦闘機の整備士をやる主人公の一人語りがもの悲しくも面白い小説でした。
 本作は整備士ではなくそれに乗り込んで戦う主人公の作品ということで、森本 有樹さんの戦闘機への愛を感じることができました。自分の好きなテーマを、万人に伝わるように落とし込んで表現するという行為はとても難しいものだと思っていますので、本当に凄い表現力だと感じます。
 どうして今戦争をしているのか、という根本的な問いかけなどがモノローグ形式で進んでいきますが、私がなにより好きなポイントは「誰がこの戦争を始めたか?答えを言おう。誰もが。」です。
 この直前に誰もが被害者を自称しているという描写があることで、このセリフの重みが増し、とても悲しくも説得力のあるフレーズだったと思います。
 ただ、モノローグメインの小説はどうしてもそうなってしまいがちで難しいのですが、本作はセミアクティブ空対空ミサイルを発射するシーンまではあまり動きのない作品となっています。魅力的なキャラクターや世界観も、それが動いたほうがより引き込まれる作品になるかな、と私は思っていますので、序盤からガンガン人を動かしていく中で語りで魅せる、という構成もいいかもしれません。
 そんな絶望感すらある世界で、それでも飛ぶ主人公の覚悟も見ることができ、セミアクティブ空対空ミサイルを打つところは本当に手に汗を握りました。
 死んでください。という祈りが何度も繰り返され、相手方に問いかけながらカウントダウンが進んでいく。この心理描写は没入感が凄まじく、思わず祈りたくなるようでした。
 その殺人がまた新たな火種を生んで、単純に罰が下るというわけでもない地獄。
 彼の住む地獄の一端が見える、絶望を感じられる作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 物語の輪郭がうまく掴めず、ストーリーがよく分かりませんでした。すみません。そもそもストーリーなどないものなのかもしれません。
 誰もが個別の物語を持って生きていますが、これはその物語と物語の衝突を描いたものではないかと思いました。そのために、分かりやすい意味づけを拒否したのではないかと感じましたが、違うかもしれません。創作は好きにやるのが一番だと思います。もし何か得られるものがあったら今後の糧にしていただけれたいいなと感じました。

203:新釈ナルキッソス/瑞取 旬

謎の有袋類:
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 タイトルの通り、ナルキッソスの神話の現代風解釈という様相のお話
 お題は男性の一人称視点なのでMtF的な方かな?と思ったのですが、体は女性で心は男性、そして女性の自分に恋をしたというお話でした。とても上手な構成でおもしろかったです。
 これは僕に情緒を察する能力が低いからなのですが
>気づけば江向の肩に顔をうずめて泣いていた。江向が手の甲で口を拭う気配がする。
 この部分だけわかりませんでした。親友をいいように使う自分に嫌気が差したとか申し訳ないと思ったからかな?と思うのですが、間違っていたらすみません。
 自分自身の姿に魅入られてしまった一人の人間が死んでしまいそうになるというナルキッソスの神話を知らなくても、複雑な事情を持った人間の複雑な人間関係のドラマとして非常におもしろい作品でした。
 カクヨムにはまだ作品が一つだけのようなのですが、これを機会に作品をたくさん書いて欲しいです。

謎のお姫様:
 自分自身しか愛せない彼が現代に生きていたら。瑞取 旬さんの新釈ナルキッソスです。
 ナルシズムの語源にもなったナルキッソスをテーマにした本作ですが、ナルキッソスを知らない人のために冒頭でねっとりと鏡の中の自分に恋をしている主人公を描いているのがとても親切でした。
 成木、江向という知っていると少しニヤリとできるオマージュ元の使い方も好きです。
 僕が私の首を絞めるシーンや、江向を押し倒すシーンはとても官能的で、主人公の心拍がこちらまで聞こえてくるかのような臨場感がありました。
 ただ、これは私の読解力と知識の問題だと思うので本当に申し訳ないのですが、同一人物である僕と私の関係や、山びこのように言葉を返すだけの江向(エコー)との関係性がよくわからず、誰から誰へ向かってどういう感情が伸びているのかがわかりにくい部分がありました。
 原典を知っているか、もう少し高い読解力があればわかったのかもしれませんが、もう少し今その空間に誰がいて、どういう関係で、なにをしているのかははっきり描写していただけると、原典も知らず読解力もない私のような人間もより深いところまで巻き込むことができたかもしれません。
 ナルキッソスは最期、水辺に映った自分から離れなくなってしまい死んでしまったと思いますが、成木くんはどうなるのでしょう。そのバッドエンドが前提にあるからこそ、「おやすみ、また明日。もしも明日があるならば。」という詩的で素敵なセリフに重みが加わり、とても印象的なラストになっていると感じました。
 文章全体を通して、表現がとても文学的で美しかったです。
 ぐちゃぐちゃな感情や、好きという感情がとても巧く描かれていて没入感のある作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 ナルキッソスの物語です。
 ナルキッソスは水面に映った自分を愛しましたが、この物語では心(僕)が私(身体)に恋をしたというもの。僕は私(身体)のことが好きだけれど、少年の心を持った僕が僕であるためには、この身体(私)だとどこか齟齬をきたしてしまう。何でしょう、このぐちゃぐちゃ感。とんでもなく拗れていると思いました。
 昼間はその身体に合うよう化粧して女性(私)らしく振る舞い、夜になると僕に変わる。でも江向に身体を触れられると私にもなる。うーん複雑。
 江向は僕であることを肯定してくれる、というよりは彼が死なないように振る舞っているだけでまさにエコーのような存在かと思いきや、ちゃんと靴を履くよう正論をいうあたり、ただの反響ではないと思いました。またナルキッソスは水面の自分に口づけしようとして水死した話もありますが、本編では相手は江向という、原典とは異なるラスト。
 江向は僕にとっては親友だけれど私にとっては分からない、という告白にはエモを感じましたが、一方で何とも歪な三角関係と思いました。
 私と僕の二人だけであれば池に飛び込んで終わる物語が、江向が関わってくるために複雑性を増す新釈ナルキッソス神話。彼らの今後が気になりました。

204:青の側では朱を帯びる/2121

謎の有袋類:
 少し字数がオーバーしてたけど確認ミスでノミネートもしちゃったし、字数も6000字にしてくれたのでOKです!最後は2121さんの二作目です。
 ヒトの血が飲めない吸血鬼、非常に良いですね。人間に溶け込んでいるとはいえ、きっときれいなお顔なのだろうと思いながらお話を読みました。
 タテハとの関係性もめちゃくちゃ良い……。
 6000字という制限なので、いっそのことタテハと主人公の物語でもきれいだったかも知れないなとは思うのですが、その先で彼が人の中で生きて、そして彼女の身内に赦されるという希望のある結末はとても美しいので、これが最良だったのかも知れません。
 これは削らないバージョンも読みたいので、講評公開後に付け足すなどどうでしょうか?
 個人的には主人公はどうやって学生の中に紛れているのかも気になります。吸血鬼としてなんらかのそういう魔法とかを使えるとかかな? なんて想像も膨らみますね。
 碧生と今後、交流を深めたり、今までとは違う人間との生活が待っているのでは? とわくわくするきれいな終わり方でした。
 進捗は計画的に! またお話を書いてくれるとうれしいです。

謎のお姫様:
 そこにあるのは純粋な愛。2121さんの青の側では朱を帯びるです。
 本企画二作品目となる2121さん。一作品目では離れに住む神との間の子と主人公の関係を綺麗な起承転結でまとめたお手本のような作品でした。
 本作は他人の血を飲めない吸血鬼の話ということで、その理由が少しずつ明かされていくところが鮮やかな、こちらも綺麗な小説でした。
 他人の血が飲めない吸血鬼という設定の時点でとても面白いのですが、そこにバンパイアハンターのクラスメイトが絡んできて、彼女との因縁が明かされ過去回想に入っていくという流れはとても引き込まれるもので、やはり物語の構成がとても巧い作者さんだなと感じました。
 一人称視点ということで、主人公の心理描写とリンクした情景描写もふんだんに盛り込まれていて、主人公に大きく感情移入ができました。
 ただ本作は情報の出し方にやや説明気味なものを感じました。主人公とタテハの関係がとても魅力的で、二人のキャラクターが立っている分、碧生が説明係になってしまっているような印象を受けたせいかもしれません。彼女は物語を展開させるために出てきて、掘り下げられる前にタテハの話に移ってしまうという構成ですので仕方のない部分もあるのですが、ラストシーンで彼女が見せた人間臭く魅力的な部分がもっと序盤から出ていると、より彼女が命を持ち、説明臭さが消えるのではないかと感じます。
 半端な存在であるタテハと主人公が絆を深め合いいっしょに生きていくところはとても好きで、そんな彼女の提案だからこそ二つとも受け入れた主人公の行動に説得力がありました。
 タテハが死んだところ、彼女の血を飲んだところはとても切なくて、そんな経験をしていまは「人が好き、健気で儚いけど一生懸命生きているから」という結論を出しているところに彼の人生の重みを感じられました。
 二人の関係性がとても美しい作品でした。ありがとうございました。

謎の原猿類:
 血を吸えない吸血鬼のお話です。
 他人の血が吸えないために、己の血と鉄剤で生きているために病弱で、人の近くで生きる主人公の目の前に現れたのは、かつて自分の姉を殺されたという妹碧生。
 碧生の細かな感情の変化が好きです。彼と会話を続けていくにつれ、だんだんと彼の知らなかった部分を知り、押し殺していた感情が現れ始め、そして最後に爆発し、誤解が解けるラストがとても良かったです。
 ただ、物語が淡々と始まり淡々と終わるため、やや平坦な印象を受けたたため何か一つ山場が欲しいなと思いました。ただこれは個人の好みだと思います。
 冒頭のタテハ蝶を見てタテハのことを思い浮かべていた主人公が、タテハの存在を通して1人ではなくなったのだと思いました。
 吸血鬼でも人でもない、どっちつかずの2人の今後が気になりました。

◆大賞選考

謎の有袋類(以下有袋類):大賞選考は評議員三名がそれぞれ大賞に推す作品を三つ選び、意見が割れた場合は合議で各賞を決めていきたいと思います。
謎の原猿類(以下原猿類):了解です
謎のお姫様(以下お姫様):OKです!
有袋類:じゃあ、せーので大賞候補の三作をいっていきましょう。せーの
有袋類:BREMEN、消失、ウルトラ・エクストリーム・マキシマム・シャイニング・グラビティ・サチュレイテッド・スーパー・ムーン・フォール・アウト・アット・トゥナイト
お姫さま:「憧れの女子更衣室の壁に転生したのに明日校舎が取り壊される」「正しい救世主の飼い方」「BREMEN」
原猿類:ウルトラ あれから彼にはあっていない 救世主の飼い方
原猿類:ウルトラ 救世主 BREMEN が被った
お姫さま:ウルトラも死ぬほどよかった……!
原猿類:思ったよりかぶりましたね
有袋類:朗読をして貰うことを考えるとウルトラかBREMENなんですよね
お姫さま:確かに救世主は朗読向きではない気もしますね
原猿類:確かに
お姫さま:(ファンアートを考えるとBREMENいけるのか……?)
原猿類:(行ける……のか?)
原猿類:(乳首の色どうなるのだろう……?)
お姫さま:綺麗なピンクに決まってるだろ!!!!!
原猿類:祖父の乳首ですよ!それも使い込まれた
有袋類:朗読しやすさを考えて、BREMEN、ウルトラ、救世主で決選投票しましょう!(ファンアートはガワの絵ならいけそう)
お姫さま:OKです
有袋類:せーのでいきましょう
原猿類:お願いします
有袋類:せーの
お姫さま:BREMEN
有袋類:BREMEN!!!!!!!!
原猿類:ウルトあ
原猿類:BREAMEに決まりですね
お姫さま:おめでとうございます!!!!!!!!!!!!!
有袋類:では大賞はBREMENです。おめでとうございます!
原猿類:おめでとうございます!!
有袋類:鹿さんには乳首を読ませることになってしまったのですが、とてもよかったので……。おめでとうございます!
有袋類:金賞は救世主とウルトラの二作にしちゃっていいでしょうか?
お姫さま:異議なしでーす
原猿類:お願いします!!
原猿類:KUSO小説が大賞になるのはこむら川初ではないでしょうか
有袋類:ありがとうございます!銀賞ですが、草さんは逆贔屓なので次回がんばってもらうことにして、ほいるさんも常連組なので逆贔屓発動、初見を贔屓する企画なので「消失、」が銀賞です!
お姫さま:ぷにばらさん、一作品目の妹世界も個人的にめちゃめちゃ好みだったのですが、BREMENは6000文字の中での導入と盛り上げ方が完璧でしたね
有袋類:KUSOだけど最後はちょっとじーんとするのはやはりいいなと思いまして……。鹿さんともちうささんにはがんばっていただくことになりますが……(あのいい声で乳首っていうのか)
有袋類:では、それぞれ五億点賞を決めていきましょう!早い者勝ちです
原猿類:天狗の子
お姫さま:成金探偵 堂田明太郎の事件簿
有袋類:遠き国より/有智子
原猿類:おーばらけましたね!
有袋類:すんなり決まりましたねw
お姫さま:THE・それぞれの好みが出た って感じですね
原猿類:個人的には大賞ももっとバラけると思いましたね
有袋類:消失、もっと行くと思ってたんですけどね(僕のトラック枠)
原猿類:大賞候補の時点で10作ぐらいあったんですが、消失、入っていましたね
お姫さま:消失、導入と話の運び方が本企画最強クラスでしたね
有袋類:200作近くの中から絞るの大変でしたね
原猿類:単純に数が多いのと上手い人がいっぱいいましたね。本当に誰が大賞になってもおかしくないと思いました。
有袋類:では、大賞はぷにばらさんのBREMEN、金賞は救世主とウルトラ、銀賞は消失、です。改めておめでとうございます!パチパチパチ
お姫さま:パチパチパチパチ!
原猿類:おめでとうございますー!!!
有袋類:では軽く総評をしてから気になった作品に触れていきましょう!
原猿類:今回は朗読とあって音を使った物語が多いのが印象的でした。また3000字〜6000字と限られた文字数できっちり物語を動かせるかどうかが要だと思いました。
有袋類:ツイートもしてたんですけど戦争物が多かったですね。あとは、6000字はかなりタイトなのでみなさん苦しんでいたのと「俺たちの戦いはこれからだ」で終わらせた人もそれなりにいた気がします。完結させることは偉い!けれど次の段階は満足感も気にしてみると更に強くなれると思います!
お姫さま:ですね。6000文字の中に伝えたいテーマの原液みたいなものがぶち込まれたうえで、きちんと話が結ばれている作品が印象に残りやすかったです。
有袋類:鍋島さんのSUPERNOVAとか君足さんの二作、ナツメさんの配信者のやつもつよかったのですが、逆贔屓発動なのでぶっちぎりで勝利してください。あと大澤めぐみさんのLemonはマジでずるかったです。大好き
お姫さま:あれは米津玄師が本題ではなくスパイスっていうところがほんとうにすごい
原猿類:日常に入り込む米津玄師の非日常感がすごかったですね
お姫さま:あとはボーイズラブ、ブロマンスも多かったですよね。あんまり触れたことのないジャンルなのでうまく読めたか怪しいですが、キャラの感情の動きが明快で自然だと、慣れてなくてもめちゃくちゃドキドキできるなあ、って思いました。
原猿類:どちらも行ける私はワオワオでした。ありがとう、こむら川。
お姫さま:ですね。ミステリ風のホラーやSFは多かったのでとても満足でした。神林凛子の死亡事件、ある被験者の記録が印象的です
有袋類:僕はマジでなにもわからなかったのでお姫さまが拾ってくれてうれしかったです。神林凛子の死亡事件、ギミックがきれいでよかったですね。認識阻害系の怪異は怖い。
 今回は様々な事故があったのがおもしろかったです。いつもの日常とふぐり本の猫主役が二連続、L'Ultima Cenaとサリエリ先生のティラミスの意味、浦島太郎かぶりでTARO・URASHIMAの反例と「ただいま前夜」と……200作も集まれば事故は出てくる……
原猿類:個人的にはラッパ音が被ったのが「どうして?」でした。戦場のオーケストラとマイホーム・ビーストの二つ、どちらもラッパ音が印象的でしたね。
有袋類:やはりうんこは川の華といえど、ラッパ音まで被るのはおもしろいですよね
お姫さま:どっちもハチャメチャなギャグシーンでの登場じゃないところが面白い。
有袋類:真顔で下ネタは強い。僕は金玉シリーズの中では夜空に瞬く幾億の金玉が頭一つ抜けて好きです。
お姫さま:自作の話も含まれて恐縮ですけど、めちゃくちゃ綺麗な「正しい救世主の飼い方」のあとにノーモザイクと尻神様を読んだお二人の情緒が心配でしたね。
 そんな感じで、投稿された順番によっての印象も結構大きそうです
有袋類:バッドエンド物が続くと作品は悪くないのに胃もたれをするのですが、違うテイストの話が入るといいなくらいに思っていましたw
原猿類:金玉源の破壊力ですよ。金玉と星の言葉入れ替えだけで一本やり切るの、本当にすごいと思いました。
お姫さま:あれめちゃくちゃよかったですね!!発想が天才のそれ。カクヨムの金玉3個じゃ足りないです
原猿類:草!
 イサキさんの14最後まで大賞候補でした
有袋類:イサキさんの14最後までめちゃくちゃよかったのはそう(逆贔屓組なのでゴリラを暴れさせて五億点を取らないと大賞候補にいれないもんね!)
お姫さま:イサキさんは男の一人称で百合を描ききっていたのですげえええ!ってなってました。
有袋類:百合組、推しと最も近く最も遠い……なんだこれ。もそうでしたね。やはり百合を書いてやるぞという熱意はすごい
原猿類:はさまれのこむさんの、やってくれたな百合小説!の講評が好きでした
有袋類:今回は初参加の方が全体参加者の半分くらいいるのもすごいなと思いました。嬉しい悲鳴です
原猿類:すごいですね。性癖小説から来た人が多かった印象です
有袋類:ああー、性癖小説から来たみなさんなんですね。どこから来たの……って思ってましたwこういうゆるーい導線、すごいありがたいですね
原猿類:性癖だけではなく、なんとなくですが芦花先生方面や二次創作から来たっぽいなーという感じの人が多かった気がします。
有袋類:二次創作からはなんだかんだ一定の人が来てくれるのでありがたいですね。草さんやナツメさんも元々は二次創作畑の方ですし
お姫さま:あとは、一人称視点の中でいかに専門知識を伝えられるかも大きいポイントだったかなって思ってます。
原猿類:ヴァンパイア・アイデンティティはその辺りが非常に上手でしたね
有袋類:情報量とか専門知識、それと暗喩などは基本的に伝わらないと思った方がいいので書きすぎくらい書いた方がいいんだなと改めて思いました
お姫さま:全く同じ文章書いてました。その中で逆に専門知識の面白さに焦点を当てた「ヴァンパイア・アイデンティティ」、よかったです
有袋類:僕は音楽の帝王サリエリの秘密のスイートレシピでそれを思いました。わかりやすくて親切……
お姫さま:サリエリは人物知らなくても楽しいし、知っているとさらにニヤリとできる(思わず調べたくなる)感じでとても面白かったですね
 それと、麻雀打ちなので河馬雀めちゃ好きでしたが……麻雀は国民的スポーツではないので……
有袋類:麻雀わからないひといるかなと思ったけど、評議員全員麻雀を知っていたので知らない人の感想はなかったという事故w
お姫さま:もしかすると麻雀は国民的な遊びなのかもしれない……(錯乱)
有袋類:麻雀は国民的スポーツ!!!豪運の狐を許すな!!!
原猿類:ムダヅモは全国民が読んでいるものと思っていました
お姫さま:今度私の2の2のプルトニウムをお見舞いしますね
原猿類:白装束で参りましょう
有袋類:狐さんの作品も二作ともよかったのですが、アングラの森の覇者なので麻雀抜きにしても逆贔屓で弾きました
原猿類:狐さんの1作品目も大賞候補に入っていたのですが、狐さんはボーイミーツボーイを書いてきてくれると思ったので弾きました(評議員特権)
お姫さま:狐さんの二作品目の講評に韻踏みを仕込んでみたんですが体感一番時間かかったので、あれを仕上げてくる狐さんはやっぱり凄いなと感じました。
有袋類:韻を踏むのわりと気がつけないですよねw
原猿類:(気づかなかった顔)
有袋類:被りの話に戻るんですけど、ナルキッソス神話もお題被りでおもしろかったですね。被るのがわるいわけではなく、同じ題材でも違う表現や作品が出来ておもしろいなと思います
お姫さま:同じ題材でも違う表現ができるの延長として、男の一人称縛りなのに全作読み味が全然違っていたのがすごくよかったですね!
お姫さま:言葉の使い方という点で言えば「ディンクルパロット」っていう名前がめちゃくちゃ好きでした。あんなに声に出したい日本語ありますか!?
有袋類:ディンクルパロット、飯テロも好きでした。うしおとしおも飯テロ……あと、カジャンカジェンガと空飛ぶるーせーも飯テロかつ、音が楽しそうな作品ですね
お姫さま:おっさんが官能的にうどんを食べた感想を喋っていただけなのにめちゃくちゃ引き込まれましたね……
原猿類:職場に電話をかけてくる、ものすごく長話するおっちゃんと話し方が一緒で、脳内再生余裕でしたね……
お姫さま:飯テロといえば「シェーフシェフシェフ」が頭にこびりついて離れません助けてください。(私の五億点……)
有袋類:アレは本当にズルいw悪役笑いを急に仕込むな!椎名ロビンソンさんはヤバい人物を描くのが得意な方なので過去作も是非読んで欲しいです
原猿類:ロビンさん、壁の時もそうですが、出てくるキャラが濃すぎて好きです
有袋類:あとは講評の感想なのですがお姫さまがソリッドな読み方でおもしろいなと思いました。この形が好き!みたいなのがある人の感想っておもしろいけど僕と原猿類さんと近いけど遠い見方でおもしろかったです
原猿類:お姫さま、理系っぽいなーと思って読んでいましたね。
お姫さま:私の読み方がソリッドすぎて「あってる? なんか空気読めない転校生みたいになってない?」と不安になる夜もありました……
有袋類:理系かどうかはちょっと難しいのですが、物語の読み方はマジで三人ともちがっていて、人の数だけ感想や「これがいいかも?」があるっていうのを感じて貰えるとうれしいですね。正しい感想や正しい描き方はこれ!なんてものはないので……
お姫さま:ですね。三人いる良さを最大限に活かして、うまく使えそうなところを拾ってみてほしいです
有袋類:マジで真逆のこといってる時もありますしねw
お姫さま:やはり私と有袋類さんのメンヘラ価値観の違い……
有袋類:出待ちや裁きの講評は三人それぞれの価値観が出ておもしろかったですね
原猿類:※必要な条件が不足していますも、それぞれ言っていることが異なってて面白かったです。私、兄は幽霊だと思って読みました
有袋類:兄がめちゃくちゃアレな人だと思って読みましたwこういう情報が限られている作品だと本当に色々差が出て面白いですね
お姫さま:あれは私も原猿類さんのをみて「そんな読み方が!」って驚きました
有袋類:今回の講評はなんと前後編にわかれた40万字の大作なのですがを全部読むと、似たような改善点を提案されている人は多いのでそういうものを探して他人の講評などからも強くなる栄養を摂取して欲しいですね。我らは正しいことをいうわけではなく便利な踏み台なので……
お姫さま:物語を完結させた時点でもう満点だと思っているので、本企画を経て物語を書くこと、読まれることの面白さとか、感想を言い合うことで生まれる緩い繋がりなどを楽しんでいただければ、204作頑張って講評を書いた甲斐があります
原猿類:初めての評議員として非常に楽しく面白く皆さまの作品を読ませていただきました。かえって来た三人の講評をどうするのか、本人次第だと思っております。そんな読み方をするんだ、思っていたより伝わらなかった、など中にはあるかもしれません。ですがもし、今後の糧になっていただれば幸いです。
有袋類:闇の評議員のお二人も、参加してくれたみなさんも、読み専で感想だけの方も、朗読してくださったみなさんも本当にありがとうございました!参加者は全員全文を読んでください。読め
お姫さま:初めて評議員をさせていただきましたが、とても楽しく(氾濫して真顔になったこともありましたが)良い経験になりました。参加された皆さん、関わってくださった方々、もはやソウルメイトの原猿類さん、主催の有袋類さん、素晴らしい企画をありがとうございました!
有袋類:我らは無償労働ボランティアをしています。もしよければ告知したものを見てくれたり、投げアイスをしてくださるとうれしいです!お二人とも、告知したいことや宣伝したいことがあればどうぞ
原猿類:当てる的はここです
有袋類:VTuberになったのでチャンネル登録などよろしくお願いします。
あとハイローとTHE WORSTコラボ作品HiGH&LOW THE WORST Xが9/9公開です!!!!ハイローはいいぞ!!!!!!!!!!
お姫さま:告知していいんですか! もちろん小説も読んでいただきたいんですが(どんな趣味の人に講評されたのかがわかります)、最近作詞作曲をはじめたので、この動画を一人五回再生してください!

有袋類:めんどくさいレギュレーションを守って期間内に完結させた時点でめちゃくちゃ偉いのは本当なので、それは誇ってください!
あと、本当に感想は多いので自作のエゴサもしてくれるとうれしいです。では、解散!ありがとうございました
原猿類:ありがとうございましたー!!
お姫さま:ありがとうございました!


◆物好きな方へのご案内

 宗教上の理由で投げ銭解放してません。
 それでも闇の評議員を労いたい!という奇特な方は下記のリンクからギフトコードを取得して頂き、僕にDMなどでリンクを送ってくださると嬉しいです。 闇の評議員たちで山分けさせていただきます。

お疲れさまの投げアイス

◆参考サイト

第十一回本物川小説大賞 大賞は ナツメ さんの『これはフィクションです』に決定! - 大澤めぐみの落花流水 https://kinky12x08.hatenablog.com/entry/2020/12/21/004802
本物川小説大賞歴代講評
http://kinky12x08.hatenablog.com/archive/category/%E6%9C%AC%E7%89%A9%E5%B7%9D%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E5%A4%A7%E8%B3%9E

前回までのこむら川小説大賞の様子はこちら

◆過去のこむら川小説大賞
https://www.comrasaki.com/?page_id=29
◆朗読 鹿の苑/鹿さん