ソフトウェア開発とバンドアンサンブルの不思議な関係#1
自分がバンマスのとき、軽音楽でアンサンブルをどこから組み立てているか、の考え方のようなTIPSも、ここで語っておこうと思う。
実を言うと大学の軽音楽部に入部したときに僕はアンサンブルがうまくいくエッセンスなどを先輩に教えてもらえるのかな、と淡い期待を持っていたが、残念ながら言葉に出してわかりやすく教えてくれる人はついにだれも現れなかった。そればかりかむしろ、アンサンブルのなりたちを真剣に科学している人は、ごく一部だった。100回近く飲みを繰り返し、同期やメンバーとも四六時中一緒にいて楽しい時間は過ごせたが、結局このテの話をできるような機会にはあまり恵まれなかったかのように思える。
無論、楽器単体のスキルアップや練習法などのアセットを持っている素晴らしいプレイヤーはたくさんいたけど、それらは僕にとってあまり興味のない話だった。なぜなら、僕はピアノやギターやベースの卓越したアマチュア・スーパープレイヤーを今更目指したかったわけではなく、いまあるスキルで手軽に、友達と良い感じにバンドアンサンブルがしたかっただけだからだ。大学の部活の思い出にまったく不満はないけれど、多くの人間がなれもしないスーパープレイヤーを模倣し基礎練を繰り返して卒業していくことは、すこし残念だった。別に各々楽器をうまくなることだけがバンドアンサンブルの誉ではないと思うのだが、講習会や演奏をみてアンケートをいいあうようなイベントのたび、こういうようなアンサンブルの悩みの助けになるアドバイスを言ってくれる意見のすくなさを肌で感じていた。単に楽器としてのうまい、へたのアドバイスが大半だったのだ。
余談だが、僕は物事を”センスのあり・なし”で片付けることが1番嫌いだ。おどろくことに社会人になったあとですら、怠惰や無知のレヴェルで片付くことを、センスがないという免罪符を切って回避する行為が散見されるが、それは単にできなさそうなことは自分はやりたくありません、と言っているのと同じだ。まだなにがしかの想いが胸中にあるのならば、それは可能な限り辞めるべきだ。そういう言葉をふだんから使うことは、あなたが極限に陥ったとき、真に助けになるかもしれないはずのひとかけらの縁を遠ざける要因になるかもしれないからだ。魅力的な人物の辞書には、センスがないのでアンサンブルをまとめられません、センスがないのでいい音が出せません、という文字はあり得ない。
構造図を頭に浮かべること
僕にとってはだいぶ後発的な気付きであったが、バンドの組み立て方はソフトウェアの設計デザインに似通っているところがある。
そっちのほうの設計スキルはあまり高くもない自分がこういった表現で言及するのはとんだお笑い草だが、あえて勇気を持って提言すると、階層のようにわけて考え下の層から順を追って手をいれていくという考え方は、アンサンブルの成果物を確実に、よりロバストなものにする。
僕が定義しているこの階層は、周波数別とか音域的なレイヤーの話とは必ずしもイコールではないが、イメージを図にして落とし込むことの重要性を説明するために、まずは次の図を見てほしい。
周波数成分と楽器の分担イメージ図
引用元:キーボードマガジン 2007年4月号
もう13年前の代物で階層構造とはすこし趣旨が違う図だが、これはバンドキーボード初心者の僕にとって、アンサンブルの時に各楽器がどの音域を担うべきかを頭の中に描く時に非常に役に立った大変ありがたいイメージ図だ。この絵は右も左もわからないバンド初心者の自分にとっては、まさに晴天の霹靂だった。
これを読んで以来、常に音を出すときに常にスタンダードとしてまずこれを頭に描き、上モノであるギターとキーボードはこのバンドでは絵のうちのどこをカヴァーすればベストなのかをスタジオで探していく、というやり方をしている。
この図から、ローパスフィルタやハイパスフィルタがツマミで簡単に設定できる上に、その気になれば波形そのものをオシレーターシミュレータでいじってしまえるシンセサイザーなどに比べて、金物といわれている高周波数領域のライドやシンバル、低音を得意とするバス、あるいはベースの楽器はその特性上、音域を自在にコントロールしてアンサンブルにアプローチすることが圧倒的にむずかしい楽器なのだと読み取れるし、事実、経験上でもそれは正しかった。
たとえば極端な話、バスドラからの低音部がひろがりすぎて音が気に食わないので、踏み方とかチューニングをかえてもっと芯の残るようにしてくれ、といったって、それに答えられるドラマーは少ない。
またこの図は、弾けるだけの烏合の衆を集めても、曲によって音の波があわさりガッチャガッチャ大きな音が鳴っているだけでまったく心地よくないことになり、何の楽器の音が鳴っているかよくわからないような状態になるあの現象もわかりやすく説明してくれた。ともかく、図にしてイメージを持つというのはついつい属人的になったり、ぼやっとグレーになりがちなアンサンブルの目標地点を明確にする際に大変有効な武器になる。
さて、ソフトウェアの階層構造と似ているという話に戻そう。
下層レイヤのドラムとベース
長くなるので、今回はドラムとベースについてまで、考えをまとめておくことにしよう。
ソフトウェア開発の場合、レイヤのイメージというと下層から上層に位置する順に、ハードウェア、デバイスドライバ、ミドルウェア、そしてアプリ層へとつづいていく。それがバンドの場合は役割からして、それぞれ下からドラム、ベース、ギター、キーボード(ホーンセクション/ストリングス)というように重なっていくように考慮できるのではないかと思っている。だいたいのイメージはこんなところだろうか。
ドラムとベースは最も下層に位置するレイヤで、いわばハードウェアとデバイスドライバ、OSまでくらいに位置する。共通して言えることだが、ここは色んな意味である種、遊びが効かないパートと言える。
ここが固まっていないとすべての設計に影響が出る。それだけにベーシストやドラマーで“今日は通しができません”と平気で言うような人が練習に来ると、アンサンブルの練習そのものの意義がほとんどなくなってしまう。
当然だが、この両者に関してはとにかくどんな理由があるにせよ絶対に止まってはいけない。事実、自分もベーシストとしていくつかバンドをやったことがあるが、1度目のスタジオから、そういう練習のしかた=音符が譜面上にあるとき、なにがあっても絶対に消音しない、というような準備をする。小節の後半部分のフレーズをオイシく弾くとか、そんなのは後回しで勝手に時間のあるときに自分で練習すればいいからだ。
だから、偏見をあえて吐露するならば、ベーシストやドラマーはある程度勤勉であるべきだ。その素質がないプレイヤーは、楽器特性にあっていないように感じており、そういう人とはなるべく組みたくない。
初回までにルート音をとってこなかったり、覚えていない理由で途中で止まるような状態で自信満々に大手を振って楽器を背負いスタジオに凱旋するような感覚の人は、僕の感覚から行くと、下層をまかせるにはとんだ恥知らずと言わざるを得ない。
ただ少なくとも僕の好みとして、上モノのプレイヤーに求めることはまったく違う。ギターの人はとくにだが、がっちがっちに練習して音もばりばり作ってくるような人よりも、できればコードだけだいたい覚えてきて、その場で弾くたびに適当に穴を埋めてくれるようにおもしろいことにトライしてくれるような、融通のきく練習ができるプレイヤーのほうがありがたい。なので、ギターやキーボードの人が初回練習で途中で弾くのをやめたり、ろくに弾けなかったとしてもそれを責めたことはないし、自分もなにを弾くかを決めてすらいない。そこに力をいれる意味がないからだ。断じて僕が初回練習でほとんど弾けない言い訳ではない。断じて。
「ドラムとベースはバンドの骨組みだからね!」
というようなセリフを耳にタコができるくらい聴いた気がする。バンドをはじめた人は僕とおなじで、初心者のころから先輩や友達のわかっていそうな人に、みんなそう言われて育ってきたんじゃないだろうか。
僕にそのセリフを吹き込んだみんなが果たしてどういう理解をこめて発言をしているかは往年の謎だが、僕の中では、これはまさにハードウェアからOSまでを決めている行為と言っていいと思っている。先の音域図の例でちらっと述べたように、ドラムとベースがキーボードやギターと違い音域に対して柔軟な動的アプローチをしにくい楽器である点と、音楽で最重要といっても過言ではない部分を締めるリズムをハンドルする、という2点から、上位層で何ができるかの方針がここで決まってしまうわけだ。
ダブ/スカなどといった一部のジャンルを除いて、上位層に位置する楽器がリズムそのものに直接的に影響をあたえ、設計指針を変えることが難しいことを、すべてのバンマスは認識しなくてはならない。
なんだかうまそうに見えるから、という理由などでやりたい音楽に対してスキルマッチしていないドラマーを選定するというのは、あきらかに検証不足によるハードウェアの選定ミスだ。どうせYouTubeしかつかわないのに、fedoraとかUbuntsuとかのイメージを自分でつくろうとしたりMacを買って、フルパッケージでインストールしたあとに、UIも慣れないしブラウザも使いにくかった。これならWindowsでよかったですね、と言う感じの愚かな行為だ。
※ちなみに、ベースがOSからミドルウェアという喩えは、海外・おもにアジア勢のベンダにしばしば見受けられる、なぜかOSなしのシングルスレッドという不思議な選択をする行為を鑑みるとしっくりくる。これはまさにバンドでいうところの、ベースレスのバンド編成なのでは?と、かなり的を得ている表現だと自分では思っている。きちんと成り立つがやりかたにはじゅうぶんな注視とスキルが必要、という意味で。
僕がスタジオでベースドラムに要求していることはたった1つだけだ。
・彼らが音符上のどこで(前ずらしで、後ろずらしで)リズムをとらえていて、その解釈が曲とあっているか
反対意見もあると思うが、僕個人的には、音楽においてテンポキープはたいした命題でないと昔から思っている。アンサンブルの明暗をわける際には、さして意味のないことで優先度は低い。たとえば、ギターなどの上物がひく美味しいフレーズに脂をのせるために、このbpmで弾くこと・弾かせることががいちばん格好よい、というような理由があるときや、まわりの人が速すぎてついてこれない・弾くのが苦しくて魅力を損なう、というときは仕方なくテンポキープについて提言することはあるが、その他の理由でテンポをキープする意味はとくにないと思っている。結局のところ、聞いていておもしろく、気持ち良ければ、はやくても遅くても波があったってなんだっていいのだ。
※テンポについては機会があればどこかで別途書くが、大学1年生のときの合宿で「テンポキープは重要です」という趣旨の先輩からのアドバイスがあり、自分の中ではなぜ重要なのかがわからずいまだにクエスチョンがついている。自分自身、YMOやコーネリアスなどの別音源と同期する必要があったコピーバンド以外では、テンポキープの重要性を意識したことはない。単に自分がいたらずに了見が狭いだけの話かもしれないので、意見があればご指導いただきたいと思う。
製品デバッグや問題が起きたときの不具合解析の際、僕たちソフトウェアエンジニアは、下位層から疑うのが定石だ。
まずはハードウェアに問題がないか。設計上、電力や環境温度該当条件においてOSCは安定して確実に意図したクロックをだせているのか、CPUはクロック供給で確実に動作しているのか。もし問題がコマンドなどのデータ起因ならば、まずは波形がきれいにCPU側ポートに入っていっているのか。その後、波形をパースするのはハードウェアブロックでのデコードなのか、ソフトウェアのデコードなのか、ソフトウェアならデバイスドライバのコードには問題がないのか、といような具合に、下からクリアにし、だんだん上位層へと疑いの視点をあげていく。
これもアンサンブルのデバッグには同じ考え方が使える。
やってみてなんとなく乗れない、というリズムに起因するような心地悪さは、たいていはドラムとベースやそれぞれのプレイヤーの解釈のずれが要因だ。そんなときには、まず曲の中で最も違和感のある箇所を抜き出してリピート演奏してもらい、上記のように、ハイハット→ バス→ スネアの順に注意深く音をきいたあと、最後にベーシストのピッキングタイミングを聴く。ちょうどハイハットはクロック、バスドラム・スネアはデータ波形かのような考え方だ。そうすると、2人の時点でどこかにあきらかに聴いていておかしい箇所があるので、みんなでどうしたら良いかを考慮する、といったようにすすめていくべきだ。(たいてい僕がバンマスの場合は、みんなに相談するまでもなくこうしてほしい、といってしまうが。)
こんなところが、自分が思うベースとドラムの組み立て方の覚えがきだ。
ハードウェアからOSまでが決定されたあとは、上位層でなにをするかを描き、バンドに色をつけていくのが上モノと呼ばれるギターやキーボードの役割だ。ここで、ギターやキーボードの人ががちがちに音域もリズムも解釈してくるような人だと、ぶっちゃけハマっていないときに使いづらく、申し訳ないような気持ちになってしまう。なので、某たべもの大好き食べ太郎先輩のように、はじめはスカスカで繰り返しのうちに急にトリッキーなことをやりだし、最適化していくようなタイプのほうが使いやすいのだ。
逆にいうと、ドラムとベース選定・リズムさえしっかり設計していれば、例外を除いて、もうこの段階で、アンサンブルが目も当てられない状態になることはないと言っていい。
※これまた、完全な余談だが、リアルさを持たせるために内輪なことをあえて言えば、骨組みの設計さえできていれば、上モノに初心者がいようが、僕が多少へただろうが、それなりの演奏が約束されているようなものだ。
僕が学生のとき所属していた軽音部では、全員の投票による点数・順位付けみたいなイベントがあった。大規模な団体なので100人以上でずーっと演奏を見取り稽古したあと、審査をして各々が“いい”と思ったバンドに投票を行い、投票数に応じて上位からライブハウス出演権を勝ち取れるというような趣旨のイベントだ。僕はスポーツっぽくて非常におもしろかったので軽音部のこういうところは大好きだった。
僕が3年生になったとき、その年に入ったばかりの1回生を3人も上モノ(ボーカル、ギター、ホーンセクション)として誘い、70バンドくらいの中で5位をとったことがある。これはそれまでの先輩の感覚から行けば希少な出来事だろうが、僕はとくに不思議とは思わなかった。きちんとリズムが設計できる範囲の曲を選定していたし、もちろん上モノもスキル的に下手ではあれどきちんと色付けができる上位層たる芽があるひとだけを見わけて誘った。1回生は3人とも全員が上手いわけではなかったが、役割を見込んでまっとうできると思ってたし、それらの後輩たちは事実、きちんと期待に答えてくれた。このことは、自分の中ですでに確立しかかっていたアンサンブルのいい方向への持って行きかたのようなものを、昇華させるいい経験になった。
※最近東京スカパラダイスオーケストラのコピーをしたが、スカはこの上記の階層ルールが通用しない典型例だと思った。なんと上モノとホーンセクションまでもがウラを意識してリズムそのものにアプローチできるというように設計されているという異質な音楽で、いつまで経ってもリズムがそろわず、かなり苦労した。
次回はキーボードプレイヤーである自分を含めた、
ギターとキーボードの層について書いていくことにする。
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