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抄訳・源氏物語〜空蝉 その三〜

碁を打ち終えたのであろうか、衣ずれの音がして女房たちが分かれ分かれに、各部屋に下がっていくようだ。
「若君はどちらにいらっしゃいますか。この格子はしめておきますよ」
と言って閉めている音が聞こえる。
「静かになったみたいだ。部屋に入って上手く事を運んでおくれ」
と源氏は小君に言った。
小君はかたくなな姉の心を変えさせることはできないとわかっていたので、もう相談はせずに、空蝉の側から人が少なくなったら、源氏を部屋に入れようと考えていた。
「紀伊守の妹もこちらにいるのか。それなら私に見せておくれ」
と源氏が言うが
「どうしてそのような。格子には几帳が添え立ててありますので無理です」
と、小君が言った。
もっともだとは源氏は思ったが、しかしもうすでに軒端荻を見ている。そのことを言うと小君が可哀想なので、夜更けまで待つのは苦痛だと言って誤魔化していた。
小君は今度は妻戸を叩いて、開けてもらって中に入って行ったが、皆は寝静まっていた。
「この障子の口の所で、僕は寝るよ。風が通って気持ちがいいからね」と言って板間に上敷を広げて寝た。女房たちは東廂に大勢寝ていて、扉を開けてくれた女童もそっちに行って寝てしまったので、小君はしばらく寝たふりをした後に、灯火の明かりを屏風で隠して薄暗くしてから、源氏を中に引き込んだ。
源氏は、誰かに見つかって恥をかきそうな不安があったが、小君の手引きにしたがって、母屋の几帳の垂れ布を引き上げて、静かに中に入ろうとしていたが、皆が寝ていて、部屋が静まりかえっているので、源氏の柔らかな衣ずれの音が余計にはっきりと聞こえてしまっていた。

空蝉は近ごろ源氏の手紙が来なくなったのを、嬉しく思おうとしていたが、
あの夢のような出来事が忘れられず毎晩思い出してなかなか寝付けずにいた。
昼間は物思いに耽り、夜は寝覚めがち。人知れず恋に悩んでいた。
継娘の軒端荻は今夜は空蝉の所に泊まると言って、若い娘だからしゃべるだけしゃべって寝てしまった。
軒端荻は無防備に寝ている。その時とても良い香りが空蝉の近くまで漂って、顔をあげた。夏の薄い几帳越しに、よく見えないけれど香の主がにじり寄ってくるのがはっきりとわかった。空蝉はゆっくりと静かに起きて薄衣の単衣を一つだけ着てそっと寝室を出た。
空蝉と入れ替わるように源氏が入ってきた。帳台より下の方に女房が二人寝ていたが、女が一人で寝ていたの安心した。
上に被っていた着物をのけて側に寄った時、以前より大きい気がしいたが、
空蝉と思い込んでいる源氏は気にならなかった。でもなかなか起きない様子を不審に思い、よく見ると人違いであることに気がついた。
源氏は呆れる思いと同時に悔しい思いがした。
人違いだから出て行こうと思ったが、変に怪しまれるのも嫌だし、もう一度空蝉を探そうかとも考えたが、これほど避けられているのに間抜けな思いもする。色々と考えたがこの今側にいる人があの美人なら、もうこの人で良いか。と源氏は思った。

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この時代は女房たちはそのへんで雑魚寝です。適当にそのへんで寝ています。
夜這いをして人違いと言うことは結構あったみたいですね。
暗がりで、手探りでしかも昼間の明るい時にじっくりと見た人でもない場合が多く、噂話の段階で夜這いをすることもあるから、そりゃ人違いもするでしょう。
で、人違いだからと言って速攻で部屋から逃げるのは恥ずかしいことだったみたいです。なので目の前にいる人を最初から好きだったんだ〜的にことに及ぶなんてこともありました。空蝉に逃げられたからといってそんなに簡単に切り替えられるものなのか?
空蝉は上手く逃げました。毎晩毎晩源氏のことを考えていたから、
すぐに逃げ出せました。
でも、本当にそれでよかったのかな?寝られないほど気になる男性が
夜に危ない橋を渡って会いにきてくれたのに。
しかも、継娘を身代わりにするなんて。空蝉も結構色々とやらかしてますね。

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