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抄訳・源氏物語〜帚木 その六〜

「あまり急なことで」と紀伊守は迷惑がるが、源氏の家従たちは聞いてもいない。寝殿の東面を片付けてきれいに掃除をさせて、源氏の宿泊所の支度ができた。庭に引き込んだ水の流れなどが、地方官級の家としては趣味よく作られている。田舎風の柴垣があったり、庭の植え込みなどの手入れが行き届いている。風が涼しく吹き、虫の声なども聞こえて蛍が沢山飛びかっていてなかなか風流である。
源氏の家従たちは、渡殿の下にある泉を眺めながら酒を飲んでいる。源氏は紀伊守が忙しそうに自分のご馳走を用意している間、家の中をゆっくりと眺めていた。
左馬頭たちが話していた中流貴族の話を思い出して、こんな家がそれに当たるのかな?などと思っていた。
ここにくる前にどんな女性がいるのか興味があり調べさせていた。
伊予守の妻が気位が高いと聞いたので、どんな女性なのかと知りたくて、耳を澄ませていた。この部屋の西面に人のいる気配がする。衣がすれる音がさらさらと聞こえて、若い女性の可愛らしい小声や笑い声も聞こえる。少しわざとらしく聞こえてくるが悪い気はしない。
せっかく格子が上げてあったのに、紀伊守が「不用意だ」と言って女房たちをしかり、全ての戸を下ろしてしまった。でもその部屋を灯している明かりが障子の隙間から赤くもれている。それを頼りに源氏は静かに近くまで行って、その隙間から中が見えないかと思ったが、それほど隙間はなかった。しばらくそこに立って聞いていると、今源氏がいる近くの母屋に集まっているらしく、なにかひそひそ話している内容が、源氏の噂話のようだった。
「真面目な方で、もう高貴な正妻がいらっしゃるそうですよ。本当につまらない」
「でも、人の知らないところでは、上手く隠れて通っているそうですよ。」
などと言われて、源氏は思うところがあったので、どきりとして
「このような噂話であの秘密の恋が知れてしまったらどうしよう」
と心配したが、ただの噂話ばかりだったので、途中で聞くのをやめてしまった。
式部卿の宮の姫君に、朝顔の花を添えて送った歌のなど、少し違う風に語られているのを聞いて「こんな風に、話の途中で歌を入れるなんて、やはり中流は見劣りしてしまうな」と思っていました。
部屋に戻った源氏のところに、紀伊守が来て、灯籠の数を増やして部屋を明るくし、源氏にはお菓子など出したら、
「とばり帳の準備はどうした、そういう方面の趣向がなくては、つまらないもてなしになってしまうじゃないか」と源氏が言ったので、
「どのようなものが好みか私ではさっぱりわかりませんので」と、紀伊守がいいながら縁側でかしこまっていた。
源氏は寝る前にある女性の話を聞いたので、それが気になってなかなか寝られないでいたが、源氏が端に近い場所でうたた寝といった感じで横になったら、お供たちが寝静まった。

紀伊守の家には可愛らしい子供が沢山いて、その中には伊予守の子もいた。源氏はその子供たちを眺めていて、何人かは殿上童で見たことがある子がいた。大勢いる中でとても感じの良い上品で十二、三歳の子がいた。
「どの子が誰の子」と源氏がたづねると
「この子は亡くなった衛門督の末の子で、大変かわいがっていましたが、小さなうちに親に先立たれてしまって、姉につながる縁で、今はこちらで預かっています。学問などのできも、そう悪くはないので、殿上童なども考えていますが、なかなか上手く運びません」と紀伊守が説明した。
「あの子のお姉さんが君の継母になるのか?」
「そうでございます」
「年に合わない継母を持ったんだね。父の衛門督が娘を宮仕えに出したいと言っていたのを帝が覚えておいでで、衛門督が亡くなった後『娘はどうなったのか?』といつか言われていたことがあったよ。人生はどうなるか分からないものだね」と大人のような口ぶりで源氏が話した。
「不意にそうなったのでございます。男女の仲というのは今も昔もどうなるかは分からないものです。中でも女の運命はあわれであります」
「伊予介はとても大事にしているのだろうね。まるで主君のように」
「さぁ、どうなのでしょう?自分の主君のように大切のしていたとしても、私はじめ兄弟たちは、継母として納得はしていませんが」
などと紀伊守がいった。
「そうは言っても、年相応のあなた達に譲ってはくれないだろ、伊予介はあれでなかなかの風流心があって気取っているからね」などといいながら「で、どこにいるの?」とかなり興味津々で源氏が聞いた。
「皆、下屋に下がらせましたが、まだ何人かは残っているかも知れません」と紀伊守が言った。
伊予介の妻の空蝉の話が気になった源氏は、なかなか寝られなかったのである。


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中流の家でも結構大きそうです。庭に水を引き込んだり、家の廊下の下に泉があるって、どんな家?
きっと源氏もそれなりに中流の家には行った事があったと思うけど
昨晩に中流の女性はいいよ〜なんて聞いたものだから、もう興味深々って感じですよね。紀伊守的には本当にいい迷惑なんだろうけど。
高貴な源氏でものぞきをして立ち聞きもするんですね(笑)
自分の噂をされてドキドキするって、しかも秘密の恋がバレたらどうしようと思うなんて。
この秘密の恋と言うのは「藤壺との密会」になるんだけど、
「輝く日の宮」に書かれていた話らしく、その帖はないので想像しましょう。
初恋の人と言われる「朝顔の君」も出てきました。この人との馴れ初めも
「輝く日の宮」にあったそうです。

そして「とばり帳」会話は実は下ネタです。
我家は帷帳も垂れたるを大君来ませ聟にせむ御肴に何よけむ鮑栄螺か石陰子よけむ 鮑栄螺か石陰子よけむ(催馬楽、我家)
どこが?ってなるけど、アワビです鮑。なんじゃそりゃでしょ(笑)
「催馬楽の我家のように、几帳が垂らしてそこに婿に迎え入れましょう。酒のつまみはなにが良いですか、アワビ?サザエ?それともウニですか?的に用意できないなんて、超つまんないおもてなしじゃないか。それにつまみが果物ってないわ〜」という風に源氏が言ってるらしい。
そして紀伊守の返答が「アワビ、サザエ、ウニ。そんな海産物を京都市内で、いきなり来た人に用意できるかいな、特に女の趣味なんてめっちゃむずいくせに!」と言うニュアンスで返していたのかもしれません。(私の想像)
年若い継母をもらった紀伊守に年下のくせに、上から目線で「男女の中って本当わかんないよね〜」なんていいながらその女性に興味津々な源氏。
若さって怖いもの知らずですよね。

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