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抄訳・源氏物語〜帚木 その十〜

家に着いてからも、源氏はなかなか寝付けなかった。
もう一度会いたい、会ってみたいという気持ちではあるが、
相手の空蝉はそれ以上に色々と悩んでいるかもしれないと考えると、
気の毒なことをしたのかもとさえ思ってしまう。
特に優れた所があったかのかと考えると、そうでもないが、
でも立ち振る舞いなど品格があって、忘れられない感じの良さがあった。
『皆が話していた中の品とはこう言うものか、色々と知ってる人の言うこと本当だったな』と、品定めの夜の話を思い出して納得していた。

最近はずっと左大臣家にばかりいる。あれっきりになってしまって、
『彼女はどうしているだろう、どう思っているだろう』
と、彼女の身になって心配で悩んでいたので、紀伊守を呼び寄せた。
「先日会った、あの可愛らしい中納言衛門督の末の子を、私の手元に置きたいのだが。殿上童の事も私の方から主上に口添をしてやろうと思っているのだよ」と、源氏が言うと、
「とてもありがたいことでございます。あの子の姉にも伝えておきます」
と紀伊守が空蝉のことを話しただけで、どきりと胸が高鳴った。
「その姉君は、君の弟を産んでいるの?」
「いいえ、ございません。二年ほど前に私の父と結婚をしましたが、亡くなった彼女の父親が望んでいた結婚とは違っているので気が進まなかった、と聞いております」
「気の毒なことだ。評判も良い娘だったと思うが、噂どおり美しい人なのか」
「さあ、どうでしょう。悪くはないとは思いますが。年の近い息子と義理の母は親しくしないものだと世間では言われていますので、私は何も詳しいことは知りません」と、紀伊守は答えた。

五、六日後、紀伊守はその子を連れてきた。整った顔というわけではないけど、良家の子らしく気品がある。源氏は側へ呼んで、親しげに話しかけた。
子供心に美しい源氏が自分に優しくしてくれることを喜んでいた。
源氏が姉君のことを詳しく聞くと、返答できることは答える。
色々と聞いている源氏の方が恥ずかしくなるくらい、きちんとかしこまって返事をしてくれるそんな子に、秘密を打ち明けにくかったが、言葉巧みに姉君とのことを話して聞かせた。
そんなことがあったのか。と子供ながらにぼんやりとわかることも意外ではあったが、それがどういう事になるかまではあまり深く考えてはいないようだった。

源氏の手紙を持って小君が空蝉の元へ帰ってきた。手紙を受け取った空蝉はあきれて涙が出てきた。弟になんて思われたのだろう。と決まりが悪かったので、顔を隠すように広げて手紙を読んだ。とてもたくさん色々と書き連ねてあって、

〜見し夢を逢ふ夜ありやと嘆くまに 目さへあはでぞころも経にける〜
(私の見た夢が正夢となって、あの夜あなたに逢えたのに、再び夢で逢えたらと嘆いているうちに、まぶたさえも合わさらないようになってしまって、眠れない日々を過ごしています)

「夢の中でさえあなたに逢えない。眠れる夜がないので」
などと、見たこともないほどの素晴らし字で書かれている手紙も、涙で曇ってなにも読めない。終わったと思っていたこの辛い思いがまた蘇るなんて。と思い具合が悪くなった。
翌日、源氏に呼ばれてた小君が空蝉に、「お返事を」と催促にきた。
「このようなお手紙を見る人はいません。と申し上げなさい」と空蝉が言うと、自信のある顔つきで「源氏様が間違えるわけありません。そんな返事はできません」と小君が答えた。
空蝉は源氏が弟に全てを話してしまったと思って辛い気持ちになった。
「そんなませた口をきくものでありません。それならもう源氏様の所に行くことは許しません」と不機嫌になったが、小君は「お呼びにななれているのに、伺わないわけには行きませんから」と言ってそのまま紀伊守と源氏の所に向かってしまった。
紀伊守はこの継母を父の妻にしておくのはもったいないと思っていて、なんとか取り入りたいので小君にも優しくして、色々と連れて歩いている。

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源氏は今まで上流貴族の女性たちしか相手にしていなかった。
でも、頭中将や左馬頭たちと色々な女性の話を聞いて、中流にも興味を持った時に、空蝉に会った。
自分のものにならないからこそ、余計に気になる存在。
でも空蝉の方は嫌がっている様子。
でもこれって周りからなんと思われるかばかりを気にしていて、空蝉の本心は書かれていません。

源氏は空蝉の弟を使ってなんとか取り入ろうとする。
そして紀伊守も狙っているなんて…。
空蝉にしたらもう、うんざりなのかも。

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