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抄訳・源氏物語〜空蝉 そのニ〜

灯火が近くに灯してある。母屋の中柱に横向きになっている人が、自分が思いを寄せている空蝉かもしれないと、すぐに目に止まった。濃い紫の綾の単重襲の上に何か上着をかけている。頭が小さく小柄な人で、何か物足りない感じがする。顔などは向かい合っている軒端荻から全部が見られないようにと、注意をしながら座っている。細くて痩せている手が恥ずかしいのか、袖の中に隠してはいるが、少しだけ見えている。
軒端荻は東向きに座っているので丸見えだった。白い薄衣の単重襲に淡藍色の小袿らしいものを引っ掛けて、紅の袴の腰紐を結んである際まで胸を露わにしている。あまり上品ではない格好をしているが、とても色白で体つきもふっくらと豊満で、大柄で背が高そうである。頭の形が良くて額の形も良い。くっきりしている目元や口元など、とても愛嬌があり華やかな容姿は美しい。髪はとてもふさふさとしていて長くはないが、肩にかかった感じがとても綺麗で全体的に朗らかな美人に見えた。源氏は親がこの上なく可愛がっている意味がわかり、興味をそそられたが、もう少し落ち着いた雰囲気が加わればもっと良くなるのに。とも思っていた。でも才覚がないわけではなさそうだ。碁を打ち終わり駄目だしをする辺りは機敏に見える。勝ったように陽気に騒ぎ立てると、空蝉がとても静かに落ち着いて、
「ちょっと、待って。そこは両方とも一緒の数でしょう。それならここあたりを先に数えましょう」などと言うが
「もう、今度は負けてしまいましたわ。そうそうこの隅を数えないとね」と言いながら指を折って「十、二十、三十、四十」などと数える様子は、
伊予の湯桁もすらすらと数えてしまえそうに見える。こういうのは、たどたどしく数える方が可愛げがあるのに、少し下品な感じに思える。
空蝉は口元を十分に隠して、はっきりと見せない。源氏が目を凝らしてよく見ると、横顔が少し見えてきた。目が少し腫れぼったく、鼻筋などもすっきりと通っていないからか老けた感じで、華やかさがない。どちらかと言えば不美人になる。でも、空蝉の上品さは見た目が美しい継娘よりも優っていて目が離せない。
華やかで愛嬌のある軒端荻は、自分の美しさに自信があるからなのか笑い声を上げてはしゃいでいる。『普通に見ればこちらの娘も捨てがいたな』と、源氏は軽率だと思いながらも関心を持った。
源氏が知っている女性たちは、上品で行儀よく、少し気取った人たちであった。こうした普段の気の緩んだ態度を見るのは初めてだった。こんな風に覗き見されているとは知らないから、気の毒にと思った。それでもしばらく見ていたかったが、小君が戻って来そうな気配がしたので、そっとそこから下がった。
渡殿の戸口に寄り掛かって立っていると、小君が済まなそうに
「珍しいお客が来ておりまして、姉の近くには行けません」と言うと
「今宵もまた、空蝉に会えずに帰すのか」
「いいえ、そんなことはいたしません。あちらの人が帰られたら、私がなんとかしますので」と言った。
『まだ子供なのに、なんでもできそうな事を言う。でも物事の事情や人の気持ちを読み取れるほど落ち着いているから、今度は上手く行くかもしれない』と思った。


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伊予国(愛媛県)道後温泉の湯の周囲に渡した桁(けた)。その多さから、数の多い物の例えに使われていた。それすらもすらすらと数えてしまいそうだと源氏は思って見ている。父は「伊予介」で「伊予の湯桁」の例えをするあたり、紫式部はちょっと遊んでいるように思える。と言うかややこしいねん‼︎

平安時代の美人の基準は今と違って、ムチムチの下ぶくれが良いとされていた。空蝉のように痩せているのは物足りなとされて不美人扱いです。
でも、源氏は空蝉のような上品な振る舞いのできる内面重視系のようです。
源氏は17歳と若いのに玄人好み。
今までの恋の相手がやんごとない(高貴な)人たちだからなのか、
キャピキャピの軒端荻よりも、落ち着いている上品な空蝉が良いと思ったみたいですね。

小君は上手くことが運べるのかな?

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