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4-4 入院と手術

眠眠スネークの東京サバイバル
2024年4月22日~28日







 22月曜、もう歯の話ばかりつまらない。書きたくない。思い出したくない。

 昨日何故か奥歯が欠けた。糞じじい。処置がやたら強引で力任せで雑やと最初から思ってた。無事な歯まで割られたと思うと怒りがこみ上げてきたよ。

 朝電話し急遽見てもらったがなんと「どこも欠けてない」と言う。ほなちょっと待っとけと。一旦家戻り欠片取ってきて見せたが「これは歯じゃない」と言うんやから話にならなかった。最早お互いがお互いを信用できていない。敵同士。
 素人の僕が間違ってるのかもしれないしあくまでもこちらは断定していないのに、医者の方が短絡的な態度に出るのはおかしくないか。もういいよ。
「わかりました。間もなく僕入院するのでこれ以上問題抱えたくないんです。触らないでください」と言って診療を終えた。親知らずの虫歯だけは治療した方がいいと勧めてきたがもうお前になんか絶対触らせない。今度からは前通ってた中延の歯医者さんに診てもらおう。

 このやり場のない憤りはどうすることもできないんやろうか。あのじじいは実際ミスをしたのかしてないのか、驕りはあったのかなかったのか。ドラマに出てくるような天才ドクターに真実を聞いてみたかったよ。倍返しするつもりなんてない。僕はただ気持ちよく食事をしたいだけ。

 帰宅しテレワークをする。この日の夕礼ではM瀬さんにもブチギレそうになった。
 具体的な提案や解決策の目途もなしにとにかく打ち合わせばかり馬鹿みたいに入れてくる。文字通り馬鹿である。漠然とした不安に押し潰され、すがるように打ち合わせを開きがち。ロジカルに物事を考えられないリーダーが取りがちな行動や。それが他力本願であり時間の無駄だとどうして気付かないのか。

 ただもう色々面倒なのはよく判るよ。有識者と有識者をぶつけることであっさり問題解決することもあるもんね。どうせそういうラッキーパンチを期待してるんやろう。M瀬さんはいつもそうや。自分が重い腰を上げるのはほんまの最後の最後なんやから根性据わってる、いや腐ってる。

 この会社とこの仕事に全く興味がないのは擁護できる部分と言えるかもしれないが気合いが乗らないのは僕とて同じこと、これまでもずっとね。それを言い出したらほとんどのサラリーマンが実際そうよ。
 反論し諭すこともいちいち面倒なので3秒くらいキレたが「わかりました、じゃあ打ち合わせの日決めましょ」と従った。喧嘩したってどうせ翌日には何もなかったようにお互いへらへらしてるんやから。全ていつものこと。

 Mリーグ見ながらそうめんを茹でる。去年の夏あれだけ食べまくっていたのに一年空くと作り方頭からすっかり抜けていて驚いた。流水で揉み洗いし氷水で締め水気をよく切るその工程の詳細が全く思い出せない。力加減やタイミングが。今年もいっぱい食べて体に沁み込ませよう。
 入院手続きの紙を書き1時半に布団入るも全く眠れず朝方まで天皇賞のことを考えていた。





 23火曜、この部屋に越してきて2年が経つ、ということで更新料を不動産屋に振り込んだ。家賃一ヶ月分6万8000円の出費也。

 この日は対面で伝えたい引き継ぎ業務があったので2週間ぶりに出社した。後輩達のおかげで引き継ぎもなんとかなりそうや。ニュートンを始め3、4人の新しいメンバー達にこれまでの僕の仕事の全てが割り振られていってる。癖の強い作業もあるので無理させちゃってるかもしれないな。でも彼らが来てくれてなかったら僕が去ることは不可能やったと思うので感謝してるよ。きつくなったらその時は会社を恨んで辞めてくれ。

 週末は入院していて紙馬券が買えないので競馬好きの後輩に諭吉を託した。買い目は土曜に連絡する。持つべきものは毎週ウインズか競馬場に通う後輩や。
 仕事を終え御嶽山で飲んで帰る。これが最後の晩餐になるかもしれない。そう思い料理とお酒を噛み締めたよ。セロリのピザが美味しかった。深酒はせず一軒で帰り2時に寝た。





 24水曜、入院前日のPCR検査のため大学病院へ行く。見習い医師の若い男女に鼻の奥の粘膜をいじられてまた泣かされた。まるで不良カップルにいじめられてるようで気分が良くない。「げ、おっさん泣いてるよ、きっしょー」という心の声が聞こえてくる。にやにやするな若者よ。さっさと人生や社会に絶望してくれ。

 昼食にポポでペペ食べて帰る。最早ポポラマーマに来るためにこの大学病院へ通ってると言える。大盛りで690円也、最高。
 帰宅しコインランドリで洗濯してからテレワークを開始。入院前日まで働かせるかね。「色々準備もあるやろうから今日は無理せず上がればいいよ、頑張れよ手術」というM瀬さんからの労いをずっと待ってたが勿論あるわけがなかった。

 ただ実際の僕は能天気にも旅行気分。これから5日間ベッドの上で堂々と寝ていられると思うと楽しみでしかなかった。できるだけ眠眠を書いて、飽きたら小説でも読もうという計画。鼻中隔湾曲症の手術についてネットでいくら調べてもイマイチ具体的なイメージが掴めず、不安になりたくてもなれなかったのは有難かったか。

 テレワークを終え近所のラーメン屋で夕食を済ます。5日間家を空けるので食材や飲料はなるべく使い切り、ゴミも出したし洗濯もした。準備OK。
 家へ戻り羽田杯を見る。大雨の大井。ほんまにこれからダートが盛り上がるんかね。頑張ってほしいね。
 リュックに着替えを詰め旅の準備をし、だらだら動画見てから3時に寝た。

醤油ラーメン






 25木曜、早朝ふと目が覚めたがその後色々考えてしまいすぐには眠れなかった。なんの心配もしていないつもりでも、流石に生まれて初めての手術を全く意識していないと言えば嘘なのかもね。でも結局二度寝していて10時に起きる。髭を剃り大学病院へ。
 11時に受付し入院病棟へ案内され大部屋へ通された。六人部屋。イメージと違い漫喫やカプセルホテルのようにカーテンできっちり仕切られているので大部屋といってもほとんど自分ひとりのプライベート空間やった。時代やね。
 僕のベッドは一番奥の窓側で開放感ありとても快適。この日はごはん食べて寝るだけや。体は健康そのものなので罪悪感あるほどやった。

 すぐに昼食の時間になり食事がベッドまで運ばれてくる。こんなサービスまで付いてこの宿一泊いくらなんや。
 献立は麻婆豆腐定食。麻婆という調理法でマズくなるわけないのに「病院食なんて食べられたもんじゃないよ!こっちは栄養付けないといけないのにさ!もっと考えろよ!」と看護師さんにゴネてキレて結局ひとつも食べなかったおっさんがいて呆れた。まるで子供。「絶対ハンバーグがいいの!」と無駄に駄々こねる子供と同じやった。

 今時この日本でマズい食事なんて刑務所でも出ないんじゃないか。旨味と塩味がゼロなんていう献立を栄養士が考えるわけがない。どうせ他人の作った料理しか食べてこなかったんやろう。旨味の仕組みを理解してないからそんな台詞が吐けるんや。看護師さんは笑顔でクレーム対応していて偉過ぎた。

 午後は先生と話したり明日の手術の準備をする。天気良く暑い一日。
 溜まりに溜まった眠眠を少々書き、持参した安部公房を読みながら昼寝した。
 そしてあっという間に夕食の時間になる。魚のフライの餡掛け。出汁文化の日本食には旨味しかない。これの何に文句があるのか理解不能やった。正直僕的にはもっと粗食で良かったくらいよ。5分で完食しシャワーを浴び19時から正座してMリーグを見る。今日負けるともうアベマズの敗退は濃厚。22時に病室が消灯した後も多井松本の勇姿を見届けた。トップは取れなかったが惜しかったよ!まだチャンスはある。

 京都のマー君から「おしっこの管は尿道にさすんやで」という驚愕の事実を聞き急に怖くなった。あんな狭く繊細なところに何物かが入る隙間なんてない。意味が分からない。全身麻酔では必須とのこと。勘弁してくれ。嫌や!

 不安からじゃなく夜行性なので結局中々寝付けず。深夜1時頃ベッドでひたすら天皇賞の予想をしていたら懐中電灯を持った看護婦さんが見回りに来て咄嗟に寝たふりをしてしまった。ガキか。僕はタスティエーラの相手を探していただけで別にやましいことなんてしてないよ。
 病室からは東京タワーが見え、夜景が綺麗やった。





 26金曜、入院二日目手術の日。7時頃から起きて準備し8時半にはドラマで見たまんまの手術室に連れて行かれた。そこでようやく怖くなったよ。見学の学生や研修医も混じっていたのか沢山の人に見られていて恥ずかしかった。
 上半身裸にされ布がかけられたが手術台って温かくてこたつの中に入ってるみたい。点滴を打たれるとものの一分程でくらくらしてきて「くらくらしてきましたぁ」と呟いたがもうそこから記憶がない。


 次の瞬間には「終わりましたよー」という看護婦さんの呼びかけで目が覚めた。手術室内には何故か陽気な洋楽ががんがんにかかっていて今思うと相当謎。おかげで楽しい夢を見ていた気がするよ。少なくとも苦痛の記憶は一切なし。眠っていた時間はおそらく一時間半程度やった。
 鼻の穴にはパンパンに詰め物されていたが特に痛みはない。麻酔のせいで直後は乗り物酔いのような少々の吐き気があったが病室まで運ばれひと眠りするとそれも消えた。

 尿道だけはずっと気掛かりで、恐る恐る股間を確認したが特に異常なし。というか下半身いつの間にかフルチンにさせられていたんやから驚いた。手術前は自前のパジャマを着ていたはずが脱がされてる。あれだけ見学者がいて一体誰が僕のパンツを脱がしたのか気になった。でも脱がされたという事はやはり刺されてしまったのかな尿道に。眠ってる間に入って出たのね。

 18時には通常の夕食が運ばれてきた。ソテーしたカレイ。ずっと寝ていたし微熱もあるのであまり食欲はなかったがひと口食べ出すと白ごはんがやたら美味しくて普通に完食できた。最近一切食べなくなった白飯のパワーを改めて感じたよ。元気が出る。ただ喉の奥に傷があるのか飲み込む瞬間がズキズキ痛く、お茶を飲むことすらためらわれ苦しかった。

 深夜になるとやっぱりしんどい。どんな手術が行われたのか想像付いてないが血が止まるまでは我慢するしかないとのこと。鼻の奥なのか喉の奥なのかわからないがとても痛い。カロナールを飲むと落ち着くので先日発熱した夜のしんどさにかなり近かった。風邪程度のしんどさで良かったやんと思われそうやけどしんどいものはしんどいよ。
 果たして僕は鼻で息出来るようになってるんやろうか。それなら革命なんやけど。とにかく無事生きて戻ってこられた。今はまだしんどさしかないので何も考えられないが、Mリーグを見て紛らわせるしかなかった。






 27土曜、入院三日目。涙と涎が出続け苦しくて結局朝まで眠れなかった。横になってるだけで溺れそうになるのよ。夜中痛み止めが欲しかったがナースコールを押す勇気は出ず。

 8時、朝食は食パン。マーガリンとリンゴジャムなんて小学校ぶりに食べたかも。
 午前中術後の診察へ行くも受付の手違いで一時間以上も放置され泣きそうになった。もう文句を言う気力もない。まだ声もほとんど出ないので主張出来ない。されるがままよ。
 とてもじゃないが人に会える状況じゃなかったな。お見舞い来てもらえたら楽しいかもなんて思ってたが入院舐めてた。とにかくずっと横になっていたくて、一日に三度もやってくる食事の時間ですらウザかった。

 昼は餡掛け焼きそば、夜はかき揚げと海老の天ぷらが出た。
 鼻血は徐々にマシになってきてるがとにかく涙と鼻水と唾の分泌が止まらないな。顔が異常事態に驚いてるんやろう。関係ないがオナラも止まらなかった。

 血が沁みてくるので鼻に詰めた綿を定期的に交換しなきゃいけない。その際恐る恐る穴の奥を鏡で覗いてみたよ。するとプラスチックのチューブが差し込まれていたんやから驚いた。このチューブは両穴で繋がっているのか、それとも2本が喉の奥へと繋がっているのか。わからないが怖過ぎた。これ抜く時絶対痛いやん。憂鬱。

 木金はMリーグがあり土日は競馬があるので毎日少なからず楽しみがあって助かった。馬券は買えないがこの日もレース中継はちょいちょい見てたし、天皇賞の馬券も無事後輩に買ってきてもらえた、有難う。タスティエーラからブローザホーンとサヴォーナへのワイド2点で勝負。特にサヴォーナは病室のベッドで導き出した特選穴馬なので期待していた。

 消灯前に安部公房の『飛ぶ男』を読了。面白かった。刺激のない入院生活にエロ描写が沁みる。
 早く冷たいビールがごくごく飲みたいな。皆と乾杯できる夜は戻ってくるんやろうか。しんどさから気が滅入り期待と不安が入り混じる。YouTubeで音楽を聞いていたらこの日はいつの間にか寝落ちてたわ。





 28日曜、入院四日目。6時に体温計ることになってるからか隣のじいさんがアラームをセットしていて毎日うるさい。しかもその瞬間にはベッドにおらず既に起きてトイレかどこかに行ってるんや。早くに目覚めるなら止めてからいけや。毎日同じ過ちを繰り返してるというのにどうして改善しないのか。お前のマナーモードはどこへ行った。
 この六人部屋の病室には僕より若者は一人いるだけで残りはおそらくジジイばかり。看護師さんとのやりとりを聞いていても僕と若者は小声で必要最低限のことしか話さないのにジジイ達はとてもうるさい。「ぶりゅりゅりゅりゅううう」とえげつない放屁もかましてくる。僕も20年後こうなるというのかね、まさかね。

 8時に朝食。ブリの煮付け。飲み込む瞬間の痛みのせいで食事を楽しめない。歯の痛みなんてもう忘れてるよ。微熱も続いてるので休み明けから仕事復帰なんて無理としか思えなかった。

 10時、本日の診察。鼻の中に詰め込まれているものを全て抜き取るとのこと。覚悟はしていた。昨日目視したパイプの他には一体何が詰まっているのか。「苦しいけど頑張って」と言われ腹を括る。思い切ってやってくれ。
 目を瞑っていたので見てないが左右からまずパイプ2本が抜かれた。繋がってなかったのね。ビクビク感じてしまう。「次にガーゼ抜きますね」とピンセットが突っ込まれぬるぬるぬるぬるーっと5秒ほどかけてとてつもなく奥の方から何かが引っ張り出された。まるで巣穴から引っこ抜かれるうなぎやった。もうそれが痛くて気持ち悪くて両目から涙が溢れ出たよ。こんなに瞬時に涙って大量に出るものなのね。
 辛かった。元々鼻の粘膜敏感でしんどい方やったけど、数秒もかけて鼻と喉の奥の方を何かが移動する感覚は地獄でしかなかった。よく芸人さんがうどんを鼻と口で出し入れするがほんとよくやるよ。プロの仕事や。

 とめどなく溢れる涙と鼻水を押さえながら「ひと目でいいので今抜き出した物を見せて下さい」とお願いする。感じた苦痛から大袈裟に表現してしまう気がしたからや。エッセイストとしてはありのままを伝えなきゃいけない。
「いいですよ」と目の前に持ってこられたバットの中の物体を見て驚いた。それはスペアリブ食べた後の骨やった。10センチ程の固まったガーゼ。巨大過ぎる。こんなものが僕の鼻の奥に詰め込まれていた。そりゃしんどいはずやった。
 代わりに小さな綿を詰め、病室に戻り窓から空を見上げる。この日は気持ちよく晴れてたな。スペアリブ抜かれた時に一瞬感じたが、完全に鼻から呼吸が出来た。世界が変わったかもしれない瞬間やった。

点滴するのも今回人生初めてのこと。
入ってくる時冷やっこいね。同じ色のおしっこが出るので人体って面白いね。


 診察後最後の点滴をセットしてもらったが昨日まではスムーズにいってたのにこの日は管が詰まっていたのか液体が流れ出さず看護師のお姉さん慌て始めた。
 僕はもう3日も風呂に入っていないのであんまり寄られると恐縮してしまう。
「あれれどうしたんだろう」とお姉さん四苦八苦していて申し訳ない気持ちになったが、前屈みになった胸元が僕の目の前で露わになってしまい小さく可愛いおっぱいの膨らみがつい目に入ってしまったんや。
 名をなっちゃんという。思い返してみれば一番優しく一番可愛い看護婦さんやった。好きになった。結局管は詰まっておらず僕の腕の角度の問題やった。こんな技があったとは。

 12時に昼食。豚の味噌焼き。なんと喉の痛みは完全に消えていた。というか体のダルさや顔面の痛さや違和感全てがなくなった。苦痛の元凶であったスペアリブを取り除き、なっちゃんのおっぱいを拝んだ今この体にはもう何の問題もなかった。元気を取り戻した。

 午後は寺山修司の競馬エッセイ読みながら天皇賞発走の時間を待つ。これだけジジイがいたら誰かしら競馬中継見てるやろうと思ったがファンファーレはどこからも聞こえてこなかったな。
 世界が変わったついでに馬券も的中することを信じていたのに本命のタスティエーラはまたまた伸びずに7着敗退。やっぱり弱いのかなぁ。今回の入院中一番心臓がドキドキした3分やった。この瞬間に血圧測ってみたかった。

 18時に夕食。カレイのトマト煮。明日には退院する。できそう。熱も完全に下がった。歯と鼻の問題にもようやくけりが付いたか。本当にこれで世界が変わることを期待したい。痛い思いをしてこちらは体を変えたんやから。
 入院最後の夜が消灯。長い夜でも結構。もう苦しむことは何もない。ファブルのアニメが無料公開されていたので3話まで見てから寝た。


春のG1一万円勝負




不的中







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