ソムリエ一年生への祝辞 【裏】

ソムリエ試験合格おめでとうございます。皆さんは 激烈な試験を乗りきって今の場所に来ることができました。

コンピューターの導入や3次試験まである実施形式などその姿が変わっているソムリエ試験ですが、その試験が公正なものであることをあなたたちは疑っておられないと思います。僕が受けたときは40%はあった合格率が、2016年以降は25%前後の合格率になりました。この数字についてどんな感想をいだいているでしょうか。先輩たちよりも過酷な試験を勝ち抜いたことに自信と希望を抱いているのでしょうか。それとも選抜された人数の少なさから来る重圧に震えているのでしょうか。僕からは皆さんにお祝いの言葉と共にお伝えしたいことがあり、本音でこのnoteを書くことにしました。もしよろしければお付き合いください。

口にするもの全てが勉強

僕の酒の師匠は容赦ない人でした。作るカクテル一つ一つに意味があり、意図がありました。「ジントニックを薄く作ってほしいそうです」とオーダーを伝えると「薄くは作れるけど、それを君は美味しいと思ってオーダー受けたの?どうなの?」と問い詰められました。何も考えていないで仕事をすると常に叱られました。

たとえばその師匠は、駆け出しの僕に対して「何も知らないのにボトル拭いてるだけで、何で色々聞かないんだ。わしから課題を課すことにする。毎日100個質問しろ」と言いました。

やってみれば分かるんですが、毎日100個質問するのってめちゃくちゃ大変なんですよ。まず質問100個をノートに書いて用意しないといけない。だいたい30個くらいで止まる。あ、このカクテルのレシピ聞いてみよう、となってもカクテルの種類すら知らないからいくつか考えたら終わる。仕方ないのでカクテルブック見てよく出そうなカクテルから店のレシピを聞いていく。でもそれも一週間もすればネタがなくなる。じゃあ次は何を聞こう、ってなる。そうすると次は店にあるボトルのことを聞こうってなるんですけど、インターネットで調べてわかる程度のことは質問として認めてくれないんですよね。「それ調べたらわかるでしょ?なんでわしに聞くの?」って。だからまず店の売価を全部聞きました。メニューあるようでなかったような店だったので。それが終わると今度は一生懸命店の中で質問を探したりしてました。「このウイスキーは同じ銘柄で陶器とビンとあるんですけど何でですか?」とか「このウイスキーは一般的な価格だとこのくらいで出してるとこが多いみたいですけどうちではどうしてこの値段なんですか?」みたいに。 それでも見つからないから朝起きたらまず枕元に置いてあるウイスキーブックを開いて店にあるものなのかどうか調べるような毎日でした。

その師匠が、ある日の営業中僕に言った言葉があります。

「わしは今でも君より詳しいし、君より勉強してるから、一生追い付けないんだよね」

いやもう絶望ですよ。
こんなに頑張ってんのに全然評価してくれないんかって。でも実際詳しいのは事実だし、しかも聞いたことには何でも答えてくれるくらい誠実だし、ぐうの音も出ないわけですよ。

ある日にはこんなことも言っていました。
「レストランで働こうがバーで働こうが君が飲食に関わる限りは、口にする全てのものが勉強だから」

これを言うからだけあるというか、何か珍しい食材が入ったときは必ず声をかけてくれて味わう機会を作ってくれたし、ワインの試飲会に行けば一緒に全てのワインを試飲してぶつぶつ感想を言ってくれるわけですよ。んで僕がそれをメモしてたりすると、今度は僕がわからない高度な話を僕に聞こえるようにシェフとしてたりするわけなんですよ。
あるシャンパーニュのセミナーに行った時に、一口飲んで「あー、これお腹すくなぁ!」とかシェフと話してて、僕は(なんでだろ?)と思い「お昼食べてないんですか?」って聞いたら師匠は真面目に「トースト焼いたような香りがするでしょ?これ嗅ぐと人間お腹すくんだよ」と噛み砕いて説明してくれたりしていました。今思うと、めちゃくちゃ厳しい人だったんですけど本質的に優しい方だったんだろうなと思っています。

師匠は僕より常に何でも知っていたし、師匠でいたわけですよね。だから僕はそこを目標にできたんだなと思っています。

東京にきて見いだした道

僕が地方から東京にきて知らない人だらけの中で仕事を始めたとき、まずとりくんだのはワインセラーの把握でした。

マネージャーがある時お客様から頼まれていたワインを探していたのを見て、あ、この店誰もワインの位置完璧に把握してないんだと思い、空いた時間にメモして数日で全部覚えました。師匠の店のボトルはたぶん200はゆうに超えていたのでたいした苦労ではありませんでした。マネージャーがワインを探しにきたときに、「何探してますか?」「◯◯だけど」「あそこの右上にありますよ、取りますね」とやりとりをして、すぐに僕は店のワインをどこに置くかの仕事を任されました。それは小さな仕事でしたが、結果的には次に行った店ではその仕事を見ていたスタッフ(のちの店長)が僕にワインの仕入れを任せてくれるようになりました。

試食の機会なんてなかなかなかったので、お皿を下げてソースが残っていればそれを舐めました。もちろんキッチンの人と仲良くなれば調理中のソースを分けてもらうこともありましたが忙しい店だとなかなかそれも毎回できませんでした。
ワインは積極的に売りました。売るほど開ける機会が多くなります、自然とブショネと出会う機会も増えます。おかしいなと思ったらすぐ店長にブショネを確認してその感覚を覚えました。最後にちょっと残ったワインを自分のグラスに注いでおいて後で味を確かめたりしました。
それらは質問を100個するのに比べたら大した努力ではありませんでした。

先輩に聞きたいことがあれば、早く出社して先輩がするはずの雑用を終わらせて暇にしておいて質問しに行きました。僕は自然派ワインはあまり強くないのですがイタリアの自然派に詳しい先輩をそうやって捕まえて営業前に15分くらい質問漬けにしていました。お陰で具体的な作り手の名前はそれほどですが、イタリアの自然派の概要は感覚的に掴めている方だと思います。

生きていること全てが勉強

今思えば最初に働いた店でも先輩から努力しろと言われたことの中で実になっているものがたくさんあります。
僕は喋ると噛む癖があるのですが、きちんと電話対応もできなくて「シェフから高級旅館に電話して問い合わせしてみろ、それで全部会話覚えろ」と言われたことがあります。僕やりました。10件くらい電話して、何月何日くらいに予約を考えているのだけど空き状況はどうか、近くに遊びにいくところはあるか、とか電話で聞いてノートにメモして言い回しを覚えていました。

一つ一つがすごくためになりました。それでもやっているうちに、なんか違う、みたいな感覚って出てくるんですよ。これだけやっててもなんかなりたい自分になれない、というか。

僕はそこから自分の興味ある分野にさらに足を広げました。美術館に絵画を見に行ったりハイブランドの店舗に通ってみたりと。多分それが今の僕の発言のベースになっている気がします。「守・破・離」とはよく言ったものですが、言われたことをやりきってそれでも自分のやりたいことをやり始めて、そこまでやって人って自信を持てるんじゃないのかなと思います。
エル・グレコの絵について知っているのがワインを売る役に立つのか?中性ヨーロッパ史を知っているのがワインの理解の役に立つのか?カルティエのお兄さんと話したことが接客の役に立つのか?
意味がわからないかもしれませんが、僕は全部イエスと言えます。僕が売るワインは新人のあなたが売るワインの何倍も価値がある、と言えます。むしろ言うべきなんじゃないかと思うくらいです。

僕が贈る「呪い」

師匠の言った「口にするもの全てが勉強」とは言い得て妙です。しかし僕が今言うのであれば「生きていること全てが勉強」になるでしょう。

僕ですら今まだサービス・接客という分野での興味尽きることなく出会うもの全てから学ぼうとしています。僕の先輩方もきっとそうしているんだと思っています。そういう努力をしなくなったらもうサービスマンとしては終わります。人は変わりますし時代は変わります。

僕をはじめ、あなた方の先輩たちがそこまでしているのだから皆さんはもっと頑張らなきゃいけない、という呪いをここに贈り締めることにします。最低限僕がしてきたことくらいはしてくるよね、と。

さて、今回の2つの文章にはちょっとした、あるジャンルの人でないと気付きづらい秘密を隠してあります。それに気づけたらもっと話しましょう。もし気付いた方は他の方に知られないようにDM送ってください。そういうハイコンテクストな対話ができるようになればサービスマンとしてはまた一つランクが上がると思います。サービスは楽しいし奥が深いです。ついてきてくれるならぜひどうぞ。
ではまた。

【表】バージョンがまだの方はぜひこちらもどうぞ。


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