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もしこの公会議が私たちの信仰を変えなかったなら、聖ピオ十世のカテキズム、聖ピオ五世のミサ典書に戻り、ご聖櫃の前で、告解、償いの精神、悔悛と苦行を実践しよう。(2020年7月1日)

ライフサイトニュースのジョン・ヘンリー・ウェステン氏は、ヴィガノ大司教に第二バチカン公会議に関して質問をしました。

ヴィガノ大司教は彼の質問に答えているので、その日本語訳をご紹介いたします。英語訳の意味が取りにくい個所については、原文のイタリア語を参照しました。

ヴィガノ大司教の主張の要点は次のように考えます。

* ヴィガノ大司教は、第二バチカン公会議が無効なエキュメニカル公会議であると考えたことは決してないし、そう断言したこともない。第二バチカン公会議は最高権威者である教皇によって招集され、世界のすべての司教がそれに参加し、第一バチカン公会議やトリエント公会議と同じ権威に支えられた有効な公会議である。

* しかし、第二バチカン公会議は最初から、裏切りにより、その目的を捩じ曲げる深刻な操作の対象とされた。

* 第二バチカン公会議の中に、正統的な内容が存在しているからといって、それが他の異端的な命題の存在を排除するのでもないし、異端的な命題の深刻さを軽減するものでもない。

* 教会を破壊することを目的として、一部の者たちによって考え出されたイベントに「公会議」というレッテルが貼られ、陰謀家たちは悪意と破壊主義的な目的を持って行動した。首謀者たちの一人は告白している:「われわれはそれ【=陰謀】を【公会議文書では】外交的に【=曖昧に】表現しているが、公会議の後には、その暗示している結論を引き出す。」

* 第二バチカン公会議は、今までの教会を破壊し信仰そのものを変え、新しい教会を再構築しようとしていた。ラッツィンガー枢機卿もこれを証言している。

* 第二バチカン公会議を破壊主義的な出来事としようと企画した人々は、公会議までは教会法による懲戒によって活動を制限され、教えることを禁じられていた、いわゆる神学者たちであった。

* 疑惑の解釈法は、疑惑について正当な根拠があることを示し、その疑惑が意図的な欺瞞の確実性を論証するに役立つのならば、歓迎すべきだ。

* 近代主義の異端に染まり、道徳的に不品行な人々の狡猾な欺瞞によって、良き司教たちは誤謬へと道を誤らされてしまった。この欺瞞は、破壊工作の容器として公会議を利用した。パッケージに貼られた「公会議」というレッテルは、その内容を反映しない。

* 「公会議の精神」とは「妥協の精神」だ。新しいミサを作ったブニーニの発言から、典礼改革の意図は、異端者たちの気持ちを害さないためにカトリックの真理の隠すことだったとわかる。エキュメニズムの名の下に恐ろしく醜いものとされたミサだけでなく、教義の表明についても同じだ。

* 公会議とは、そもそも、信仰と道徳についての明確であいまいなところのない規範でなければならない。従って公会議の正しい「解釈」を望むこと自体が不条理だ。

* 第二バチカン公会議の中には、宣言された誤謬、あるいは、わざと行間で理解されるように仕組まれた誤謬が、事実上数多くあるのだから、この公会議を正規の公会議の目録から削除することが正しいかどうか問うことできる。

* 私たちは、法律のことよりも、永遠の救いを、すべての人に救いの真理を宣べ伝えることをまず求めるべきだ。

* もし第二バチカン公会議が本当に私たちの信仰をいささかも変えなかったのであれば、聖伝の信仰をそのまま実践しよう。聖ピオ十世のカテキズムを手に取り、聖ピオ五世のミサ典書に戻り、ご聖櫃の前にとどまり、告解室を捨てることなく、償いの精神をもって悔悛と苦行を実践しよう。

ヴィガノ大司教
「第二バチカン公会議が無効であったとは思わないが、深刻な操作が行われたと思う」

「私は、第二バチカン公会議が無効な公会議であると考えたことはこれまで決してありませんでしたし、ましてや、そう断言したこともありません・・・公会議は深刻な操作の対象とされたのです」。
2020年7月3日(金)米国東部標準時間午後3時30分
(編集者注:前駐米教皇大使カルロ・マリア・ヴィガノ大司教との以下のやりとりをご紹介するのは、教会において考えるべきこの重要な問題についての大司教の立場を明らかにするためです。)

【ジョン・ヘンリー・ウェステン氏のヴィガノ大司教への手紙】
親愛なるヴィガノ大司教様、
第二バチカン公会議に関するあなたの最新の文章について、あなたに明確にしていただきたいと思っているところがあります。

6月9日付の文章の中で、あなたは「第二バチカン公会議以降、キリストのまことの教会の上に、それに真っ向から反対する並行の教会が建てられたことは否定できない」と述べられました。その後フィル・ローラー氏のインタビューで、彼はあなたにこう尋ねました

「何が解決策なのでしょうか。シュナイダー司教は、将来の教皇が誤謬を否認しなければならないことになると提案しておられますが,ヴィガノ大司教はそれでは不十分であると考えておられます。しかしそうすると、教導権の権威を維持しつつ、いかにして誤謬を訂正することができるのでしょうか?」。
あなたは、こうお答えになりました。「キリストの代理者である彼の後継者の一人が、その使徒としての権能を十分に発揮して、切れた聖伝の糸をつなぎ直すことでしょう。これは敗北ではなく、真理と謙遜と勇気の行いとなるでしょう。使徒のかしらの後継者の権威と不可謬性は、無傷のまま、再確認されることでしょう」。
このことからでは、あなたが、第二バチカン公会議は無効な公会議であり、従って完全に否認されるべきだと信じておられるのか、それとも、有効な公会議ではあるが多くの誤謬が含まれているため、信徒はこの公会議を忘れ、むしろ第一バチカン公会議や他の公会議を頼りにした方がよいと信じておられるのか、が明確ではありません。
私は、これを明確にしていただくことが有用だと思います。
キリストとその愛する御母において。
JH

【ヴィガノ大司教のジョン・ヘンリー・ウェステン氏への手紙】
2020年7月1日
私たちの主イエズス・キリストのいと尊き御血の祝日に

親愛なるジョン・ヘンリー様、
お手紙をくださり感謝します。あなたはこの手紙によって、第二バチカン公会議について私がすでに述べたことを明確にする機会を与えてくださいました。この微妙な議論には、教会における著名な方々や、少なくない博学な平信徒の方々がかかわっておられます。私のささやかな貢献が公会議に重くのしかかっているあいまいさの覆いを取り去り、共に合意できる解決策に導く一助になると信じています。

あなたは、私の最初の見解を取り上げられます。「第二バチカン公会議以降、キリストのまことの教会の上に、それに真っ向から反対する並行の教会が建てられたことは否定できない」。そして、今日私たちが直面している行き詰まりの解決策についての私の言葉を引用されます。「キリストの代理者である彼の後継者の一人が、その使徒としての権能を十分に発揮して、切れた聖伝の糸をつなぎ直すことでしょう。これは敗北ではなく、真理と謙遜と勇気の行いとなるでしょう。使徒のかしらの後継者の権威と不可謬性は、無傷のまま、再確認されることでしょう」。

その後あなたは、私の立場が明確ではないと述べられます。「第二バチカン公会議は無効な公会議であり、従って完全に否認されるべきだと信じておられるのか、それとも、有効な公会議ではあるが多くの誤謬が含まれているため、信徒はこの公会議を忘れた方がよいと信じておられるのか」。

私は、第二バチカン公会議が無効なエキュメニカル公会議であると考えたことはこれまで決してありませんでしたし、ましてや、そのように断言したこともありません。実際第二バチカン公会議は最高権威者である教皇によって招集され、世界のすべての司教がそれに参加しました。第二バチカン公会議は、第一バチカン公会議やトリエント公会議と同じ権威に支えられた有効な公会議です。

しかし、私がすでに書いたように、第二バチカン公会議が、その始まりから、教会のまさに中心にまで浸透した第五列【味方であるはずなのに敵に味方するスパイや裏切り者のこと】によって、その目的を捩じ曲げる深刻な操作の対象とされたことは、その悲惨な結果から誰の目にも明らかです。フランス革命では、1789年5月5日にルイ十六世によって「三部会」が合法的に招集されたという事実があっても、事態が革命やテロへとエスカレートするのを防ぐことにはつながらなかったことを忘れないでおきましょう(スーネンス枢機卿がこの公会議という出来事を「教会の1789年(フランス革命)」と呼んだので、このたとえは場違いではありません)。

ヴァルター・ブラントミュラー枢機卿閣下は、最近の発言で、公会議は聖伝との連続性の内にあると主張し、その証拠として次のことを挙げておられます。

「本文の注釈を参照するだけで十分です。そうすれば、この本文は過去10回の公会議を引用していることが分かります。その中で、第一バチカン公会議は12 回、トリエント公会議は16 回引用されています。このことからだけでも、例えば、『トリエントから距離を置く』となどという考えが絶対的に排除されていることは明らかです。教皇では、ピオ十二世が55回、レオ十三世が17回、ピオ十一世が12回引用されていることを考えれば、聖伝との関係はさらに密接なものだと思われます。これらに加えて、ベネディクト十四世、ベネディクト十五世、ピオ九世、ピオ十世、インノケンチウス一世とゲラシウスも引用されています。しかし、最も印象的な面は、『ルーメン・ジェンティウム(Lumen Gentium)』の本文の中に教父たちからの引用があることです。公会議は、アウグスティヌス、アンティオキアのイグナチウス、チプリアヌス、ヨハネ・クリゾストムス、イレネウスを含む教父たちの教えを44回も参照しています。さらに、教会の偉大な神学者たちや教会博士たちが引用されています。たとえば他の7人の大神学者たちとともにトマス・アクィナスの12の節が引用されています」。

しかし、ピストイアの司教会議(シノドス)という類似の事例で私が指摘したように、正統的な内容が存在しているからといって、それが他の異端的な命題の存在を排除するものでも、それらの異端的な命題の深刻さを軽減するものでもありませんし、また、たとえただ一つの誤謬であっても、真理を使ってそれを隠すことはできません。その反対に、他の数々の公会議や教導権の決定、あるいは教会の教父たちを多数引用することは、悪意をもってすれば、物議をかもす諸点をまさに隠蔽するのに役立ち得ます。この点に関して、レオ十三世が回勅「サティス・コニトゥム(Satis Cognitum)=十分に知られている」の中で引用した、以下の「アリウス派に反駁する正統信仰についての論(Tractatus de Fide Orthodoxa contra Arianos)」の次の言葉を思い出すことが有益です。

「教理のほぼ全体を認めながらも、一滴の毒を使うようにただ一つの言葉によって、私たちの主によって教えられ使徒の聖伝によって受け継がれてきた真のかつ素朴な信仰を汚染させる異端者たちほど危険なものはありません」。

Nihil periculosius his haereticis esse potest, qui cum integre per omnia, decurrunt, uno tamen verbo, ac si veneni gutta, meram illam ac simplicem fidem Dominicae et exinde apostolicae traditionis inficiunt

そう言ってからレオ十三世は、こう述べています。
「教会のなしてきたことは、教父たちの一致した教えに示されているように、常に同じでした。その教えによれば、教会の権威ある教導権によって提案された教理のどのような点からも、いかに少しでも離れる者は誰であれ、カトリックの交わりの外にあり、教会に無縁の者であるとされます」。

Idem semper Ecclesiae mos, idque sanctorum Patrum consentiente iudicio: qui scilicet communionis catholicae expertem et ab Ecclesia extorrem habere consueverunt, quicumque a doctrina, authentico magisterio proposita, vel minimum discessisset.

ところで、2013年4月14日付の教皇庁機関紙「オッセルバトーレ・ロマーノ(L'Osservatore Romano)」の数ページにわたる記事で、カスパー枢機卿は次のことを認めました。
「多くの箇所で[公会議の教父たちは]妥協の表現を見つけなければなりませんでした。そこではしばしば多数派(保守派)の立場が、それを限定することを目的とした少数派(進歩派)の立場と併記されていました。従って、公会議の文章自体が衝突に向かう大きな可能性をはらんでおり、双方に選択的に受け入れられるようになっています」。

[Un concilio ancora in cammino di WALTER KASPER
"... In molti punti, [i Padri conciliari] si dovettero trovare formule di compromesso, in cui, spesso, le posizioni della maggioranza [conservatori] si trovano immediatamente accanto a quelle della minoranza [progressisti], pensate per delimitarle.
Così, i testi conciliari hanno in sé un enorme potenziale conflittuale; aprono la porta a una ricezione selettiva nell’una o nell’altra direzione."]

これが、問題に関するあいまいさ、明白な矛盾、そして深刻な教義上かつ司牧上の誤謬の起源なのです。

教導権は信仰において信徒を固めることが目的でなければなりませんから、教導権の行為に悪意があるという前提で考えをすすめることは完全に拒絶すべきだ、という異論があり得るでしょう。しかし、おそらく、まさに意図的な欺瞞のゆえに、ある行為が教導権によるものでないことが証明され、その行為を非難することが認められ、そしてその無効性が宣告されるのです。【注:「教導権の行為だから悪意はない」というよりは、むしろ「悪意があったので教導権の行為ではなかった」というべきだということ。】

ブラントミュラー枢機卿閣下は次のようにコメントを締めくくられました。「最初から対話の相手が異端の概念を持っていると非難する『疑惑の解釈法』は避けるのが適切でしょう」。私は確かに抽象的にも一般的にもこの気持ちを共有してはいますが、この【第二バチカン公会議という】具体的なケースをもっと分かりやすい形にするために、ある区別を定式化することが適切だと思います。これを行うためには、律法主義的な考え方を捨てる必要があります。つまり、教会に内在するすべての教理上の問題を、主に規範への参照によって単純化し解決することができる、という考え方です。【注:ある文書が正統であるか否かは、その中身の吟味がなくても、過去の権威的な文献を参照しているから良いものであるとか、ある文書は内容が疑わしくても「規範」だから従うべきだ、という考え】

法は真理に奉仕するためのものであって、その逆ではないことを忘れてはならないからです。また、法の役務者にして真理の守護者である権威についても同じことが言えます。一方で、私たちの主がご受難に直面なさったとき、当時の衆議所は、旧約に忠実な、選ばれた民の導き手としての本来の機能を放棄してしまいましたが、それはちょうど高位聖職者たちの一部が過去60年間にわたってしてきたことと同じです。

この律法主義的な態度が、革命を始めるための非常に簡単な方法を考案した革新主義者たちによる欺瞞の根底にあります。その方法とは、信仰の真理を「聴従教会(Ecclesia discens)」を拘束する強制力をもって定義するために「教導教会(Ecclesia docens)」が使う行為をもって、権威の力によって、それ(革命)を強制するというもので、等しく拘束的な他の文書の中での教えを、それとは異なる程度の拘束力ではあるけれども、繰り返し述べながら行いました。要するに、教会を破壊することを目的として一部の者たちによって考え出されたイベントに「公会議」というレッテルを貼ることが決定され、それを実行するためにその陰謀家たちが悪意と破壊主義的な目的を持って行動したのです。エドワード・スキレベークス神父(ドミニコ会)は、次のように率直に述べています。「われわれはそれを外交的に表現しているが、公会議の後には、その暗示している結論を引き出すことになる」«Nous l’exprimons d’une façon diplomatique, mais après le Concile nous tirerons les conclusions implicites.»(De Bazuin, n.16, 1965)と。

したがって、これは「疑惑の解釈法」の問題ではなく、それどころか、疑惑よりもはるかに深刻な問題であり、そのことは事実の冷静な評価とその首謀者たち自身の告白によって裏付けられているのです。この点で、彼らのうちで当時のラッツィンガー枢機卿【公会議時代は神学顧問】よりも権威がある人がいるでしょうか? 誰もいません。

「教会の中には今や不動なものは何もなく、すべてが修正される余地があるという印象が着実に強まっていきました。ますます公会議は、自分たちの望みに従ってすべてを変え、すべてを再構築することができる、教会の大きな議会のように見えてきたのです。非常に明らかになってきたのは、ローマと教皇庁に対する憤りが強まり、ローマと教皇庁が新しく進歩的なものすべての真の敵であるように見えてきたことでした。公会議での論争は、ますます近代の議会制度の党派モデルに沿って描写されるようになりました。情報がこのように提示されると、それを受け取った人はどちらかの一方の党派に味方せざるを得ないと思ったのです。・・・もしローマにいる司教たちが教会を、そして信仰そのものさえも変えることができるとしたら(それができるように見えていました)、なぜ司教たちだけができるのでしょうか? いずれにしても、それ以前に私たちが思っていたすべてのこととは違って、今や信仰を変えることができる、ないしはできるように見えたのです。信仰はもはや人間の決めることから免れているようには見えず、今やむしろ人間の決めることによって決定されているように見えました。そして私たちは、その司教たちが今提案している新しいことは、神学者たちから学んだことを知っていました。信者にとって、自分の司教たちがローマにおいて、地元で見せていた顔とは異なる顔を見せているように見えたことは、驚くべき現象でした。[ヨゼフ・ラッツィンガー『新ローマ教皇 わが信仰の歩み』春秋社 2005, La mia vita, Edizioni San Paolo, 1997, pp. 99, 英訳 Milestone, Ignatius Press, 1997, pp. 132-133]」。

今、世界情勢の中で繰り返される矛盾点に注意を向けるのは正しいことです。つまり、いわゆる主流派は、主流派自身が考案した陰謀を明らかにして糾弾する人々を「陰謀論者」と呼びますが、それはその陰謀から注意をそらし、その陰謀を糾弾する人々を非正当化するためです。【そのような態度は】同様に、公会議の欺瞞を明らかにして糾弾する人々は誰でも、まるで「対話の相手は最初から異端の概念を持っている」と不当に非難する人々であるかのように、彼らを「疑惑の解釈法」として定義する危険性があるように思えます。

そうではなく、公会議の主役たちの行動によって、彼らに向けられた疑惑についてその疑惑が正しいことを証明するには至らないとしても、その疑惑を正当化することができるのかどうか、また彼らが得た結果によって公会議全体あるいはその一部に対する否定的な評価が正当化されるのか、あるいはそうではないのか、を理解する必要があります。

第二バチカン公会議を破壊主義的な出来事としようと企画した人々が、敬虔さにおいては聖アルフォンソに、教理においては聖トマス・アクィナスに匹敵していたと考え続けるならば、私たちは福音の命令とは合致しないナイーヴな素朴さ(un'ingenuità)を示していることになり、また実に、共謀とまではいかないまでも、確かに愚かさ(la sprovvedutezza)のぎりぎりのところにいると言うことができます。【注:ここでの福音の命令とはマテオ10:16にある「私が、あなたたちをおくるのは、羊を狼の中に入れるようなものだ。だから蛇のようにさとく、鳩のように無邪気であれ。」のことだと思われる。】

当然、私がここで言及しているのは、疑いなく敬虔で聖なる意向を持っていた大多数の公会議の教父たちのことではありません。そうではなく、私が話しているのは第二バチカン公会議までは教会法による懲戒によって活動を制限され、教えることを禁じられていた、公会議イベントの主役である、いわゆる神学者たちのことです。ところが彼らはまさにこの理由から選ばれ、昇進し、助けを得ましたが、その結果、彼らの異端としての資格が彼らの功績の理由となったのです。一方、オッタヴィアーニ枢機卿と検邪聖省の協力者たちの紛れもない正統性こそが、ヨハネ二十三世の同意のもと、公会議の準備草案を廃案とするのに十分な理由だったのです。

一人だけ名前を挙げるならば、ブニーニ大司教については、彼に対して慎重な疑念を抱く態度がとがめられるべきだとも、あるいは愛徳に欠けるとも思いません。逆に、この「ノブス・オルド・ミサ」の作者が自分の目的を追求するにあたっての不誠実さ、フリーメーソンへの固執、そして報道機関に提供した自らの日記における彼自身の告白が、パウロ六世が彼に対してとった措置があまりにも甘く、効果のないものであったことを示しています。なぜなら、彼が公会議の(任意)委員会や典礼省で行ったすべてのことはそのまま残り、それにもかかわらず、それらが公会議の決定(Acta Concilii)やそれに関連する改革の不可欠な一部となったからです。

したがって、疑惑の解釈法は、これが疑惑について正当な根拠があることを示し、そしてその疑惑がしばしば意図的な欺瞞の確実性において実際のものとなることを論証するのに役立つのならば、非常に歓迎すべきものです。

では第二バチカン公会議に話を戻して、善き司牧者たちが陥ってしまった罠を示すことにしましょう。近代主義に酷く感染して悪名高く、自分の道徳的な品行でも頻繁に道を誤った人々によってなされ最も狡猾な欺瞞によって、良き牧者たちは自分の群れと共に誤謬へと道を誤らされてしまったのです。先に書いたように、この欺瞞は、破壊工作の容器として公会議を利用すること、そして、公会議が招集され、公会議の教導権が行使されるまさにその目的に存在論的に反する教義的、道徳的、典礼的、霊的な革命を強制するために、教会の権限を利用することにあります。繰り返しますが、パッケージに貼られた「公会議」というレッテルは、その内容を反映するものではありません。

私たちは、カトリック用語の同じ単語を理解する、新しく、これまでと違う方法を目撃しました。トリエント公会議に与えられた「エキュメニカルな公会議」という表現は、第二バチカン公会議の推進者たちが与えた意味とは一致しません。彼らにとっては、「公会議 concilio」という用語は「和解・協調 conciliazione」を、「エキュメニカル」という用語は宗教間対話をほのめかすものです。この集会【第二バチカン公会議】が教会の歴史上初めての、この世との協調的対話についての荘厳かつ公の証明であったように、「公会議の精神」とは「協調の精神、妥協の精神」なのです。

ブニーニは次のように書いています。「私たちは、カトリックの祈りとカトリックの典礼から、私たちの分かれた兄弟であるプロテスタントにとって、ほんのわずかでもつまずきの石となる可能性のあるものすべてを取り除かなければならない」[オッセルバトーレ・ロマーノ『L'Osservatore Romano』1965年3月19日号参照]。これらの言葉から、公会議の精神(mens)の実であった改革の意図は、異端者たちの気持ちを害さないためにカトリックの真理の宣言を減らすことだったのがわかります。そして、これこそがまさに実行されたことであり、(エキュメニズムの名の下に恐ろしく醜いものとされてしまった)聖なるミサだけでなく、教理的な文書における教義の表明についても同じでした。「subsistit in」の使用は、その非常に明確な例です。【注:subsistit in という表現については、例えば「第二バチカン公会議の文書の曖昧な性格は何に由来するのか?」の記事参照】

おそらく、教会に大きな影響を及ぼしたこの前代未聞の出来事を引き起こした「動機」について議論することがいずれ可能になるでしょう。しかし、私たちはもはや証拠を否定したり、第二バチカン公会議が第一バチカン公会議とは質的に異なるものではなかった、という偽りの主張をしたりすることはできません。第二バチカン公会議を無理やり正常な公会議と解釈するために、最高の権威によってさえなされた、英雄的かつ記録に残る様々な努力にもかかわらず、それは変わりません。公会議は信仰と道徳についての明確であいまいなところのない規範であり、またそうでなくてはいけないのですから、公会議を「解釈」したいと望むことが不条理であることは常識のある人なら誰にでもわかります。

第二に、もしある公会議の行為がそれ以前の公会議の行為との教義的な一貫性を欠いているかもしれないという重大かつ熟考された議論が提起されるならば、異端的な点がただひとつでも存在することが宣告されたならば、いずれにせよその文書全体の信用が失墜することは明らかです。さらには、宣言された誤謬、あるいはわざと行間で理解されるように仕組まれた誤謬が一つや二つに限定されず、確言された誤謬が、膨大な量の確認されなかった真理に劣らず数多いという事実をも踏まえれば、この最後の会議を正規の公会議の目録から削除することが正しいかどうか、自らに問うことが可能です。

その判決は、公的な文書によって下されるより前に、歴史によって、そしてキリスト教の民の信仰の感覚(sensus fidei)によって下されることでしょう。木はその実によって判断されるものであり、教会を苦しめている厳しい冬を隠すため「公会議の春」を語ったり、召命を崩壊から救うため既婚司祭や女性助祭を考案したり、より多くの合意を得るため福音を現代のメンタリティに適応させたりするのでは不十分です。キリスト教徒の生き方は兵士であって、田舎の楽しい遠足ではないのであり、このことは司祭の生き方にさらによく当てはまります。

最後に、公会議に関する議論に実りある発言をしている人々へのお願いを申し上げます。私たちは何よりもまず第一に、すべての人に救いの真理を宣べ伝えることを望むようにしましょう。なぜなら、彼らと私たちの永遠の救いはそれにかかっているのですから。また、私たちは第二バチカン公会議によって提起された教会法上かつ法律上の意義には二次的な関心しかもたないからです。「アナテマ・シット(anathema sit)=排斥されよ【異端排斥文】」であっても、「ダムナチオ・メモリエ(damnatio memoriae)=記憶の断罪【その記録を完全に抹消すること】」であっても、ほとんど変わりません。

もしこの公会議が本当に私たちの信仰をいささかも変えなかったのであれば、聖ピオ十世のカテキズムを手に取り、聖ピオ五世のミサ典書に戻り、ご聖櫃の前にとどまり、告解室を捨てることなく、償いの精神をもって悔悛と苦行を実践しようではありませんか。それこそが、聖霊の永遠の若々しさが湧き出る泉です。そして何よりも、私たちの行いが、私たちが説くことの堅固で首尾一貫した証しとなるようにしようではありませんか。

+大司教カルロ・マリア・ヴィガノ

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