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お父さんの話

私は三姉妹&末っ子長男という兄弟構成の次女として生まれ、農家の爺ちゃん婆ちゃんが同居する大所帯の中のびのびと育ちました。


父は長距離トラッカーで家にいないことも多く農業もしていたので幼少期に遊んでもらった記憶はありません。ゴールデンウィークはちょうど田植えの時期にあたり親は田んぼ、子供たちは家の前の川で苗を入れる箱を洗うというお手伝いがあり、忙しくも楽しい生活を送っていました。そんな中、一年に一度だけ両親と子供たちで行く一泊の温泉旅行がとても楽しみでした。


弟が10才離れていて小さかったこともあり、父がキャッチボールをする時にいつも誘われるのは私でした。私は小学校三年生からバレーボールをやっていたので肩が強く、投げるのも受けるのも問題なくできてよかったんだと思います。家の前の道路でこれでもかというほど離れて思いっきり投げるのがすごく楽しかった。


学校を卒業してお酒が飲めるようになると毎晩一緒に晩酌するようになりました。兄弟4人の中で父と一緒に飲んでいたのは私だけだと思います。毎日何かを討論しながら一緒にビールを飲みました。その頃の私は何とか父を論破したいという思いでいっぱいで、話し合いが白熱するのでした。一度だけ討論が激しくなりすぎた結果、私は父の禿げた頭をぺちんと叩いたことがあります。何年も後に父がその時のことを話していました。「俺は子供が4人いるけど、俺の頭を叩いたのは私ちゃんだけだ」と笑いながら。


私が結婚して別々に住むようになると時々顔を合わせるたびに父が聞いてくるのは「そこまで言って委員会を見てるのか」ということ。私は読売テレビのそこまで言って委員会が結構好きで、実家に住んでいる頃からよく見ていたんですね。多分父もこの番組が好きなんでしょうね。若い娘が政治に興味を持っているなんて、嬉しかったんだと思います。


あとよく言われたのは「子供たちの中で俺といちばん食べ物の好みが似ているのは私ちゃんだ」ということ。私はいつも晩酌しながら父のつまみを横から食べていましたからね。


一見仲の良い父娘ですが、私は一度だけボコボコにされたことがあります。あれは確か車の免許を取ったばかりで新入社員だった頃。当時付き合っていた彼氏がいていつも遊ぶ大きなグループがあったので毎晩夜遊びばかりしていました。仕事が終わると車でそのまま遊びに行って夜中に帰ってくるという生活。図面を書く仕事なんてただでさえ眠くなるのに当時は毎日寝不足でよく働けたなぁと思います。若かったからできたんでしょうね。事件があったのはゴールデンウィーク中でした。連休中、私は毎日遊びに行って全然家にいませんでした。入浴して着替えをするため昼間にちょっと帰って来てはまた出て行くという生活。最終日の夜帰宅すると父に腕を引っ張って和室へ連れて行かれ、そこでボコボコに殴られました。父が人に手をあげるのを見たのは初めてです。私を叩く父の目からは、涙が溢れていました。
何十年経った今でも皆その時のことは鮮明に覚えていて時々母や姉と話したりします。でも肝心の父は全く覚えていません。「へぇ〜そんなことあったっけ」って感じで調子が狂ってしまいます。でも父にとって苦しかったその思い出は、消してしまった方がよかったのかもしれませんね。


当の私はというと、夜遊びばかりしていたことに対して後悔はありません。今は私も年頃の娘を持つ親なので両親が心配する気持ちは痛いほどわかります。でも私が成長していく上で「親の反対を押し切ってまで遊びに行く」ということは良い経験になっているはず。当時は携帯電話もなかったし、もう少し心配をかけないようにうまくやれなかったのかなとは思うけど、必要なことだったんだと思います。なので私は自分の娘にこう言います。「(娘が夜遊びすることに対して)私は親なので建前上あなたに注意はするけど、遊びに行くのは必要なことなんだと思うよ。でもちゃんと自分の行動に責任を持って無事に帰って来なさい」と。


ここ何年かは我が家が遠く離れた県外に住み、実家に帰ることができるのは一年に一度あるかどうか。最近の父は背中が小さくなって爺ちゃんになったなと思います。電話で話す時もしょぼくれた感じで、昔のような勢いはありません。一度脳梗塞をやっているので母と一緒にリハビリに行ったり、ご飯を食べたりまたご飯を食べたり…。何か楽しみはあるのかな、昔みたいに囲碁や盆栽をやったりしないのかな、ご飯食べたの覚えているのかな。離れているだけにとても気になります。ただ嬉しいのは弟夫婦が実家の敷地内に家を建て、今年に入ってから赤ちゃんが生まれたこと。我が家の三女以来、9年ぶりの孫誕生です。先日お食い初めの写真を見せてもらいましたが、父も一緒に嬉しそうに写っていました。


子供が幸せになることがいちばんの恩返しだというけれど、それを差し引いても私は親に心配と迷惑をかけすぎたと思っています。まだちゃんと親孝行できていないし、父にはまだまだ長生きして欲しいと思っています。もう病気の関係でアルコールは禁止されているけどもう一度一緒に飲みたかったな、また家族でカラオケに行きたいななんて考えたりします。できることから少しずつ動こうと思います。後悔しないために。

未来はいつも面白い!