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リド2の『キャバレー』

前回の記事では、現在パリでは年末年始公演としてミュージカルが多く舞台にかかっており、その中から『キャバレー』、『42番街』、『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』を観た、と書いたが、今回は『キャバレー』について。

数々のバージョン

『キャバレー』はオスカー賞複数受賞のライザ・ミネリ Liza Minnelli 主演の映画(1972封切り)が有名だが、元々は1939年出版のクリストファー・イシャーウッド Christopher Isherwood の小説『さらばベルリン』で、1951年に、ジョン・ウィリアム・ヴァン・ドルーテン John William Van Druten の戯曲を演劇上演。その題は小説の最初の文章からとった『 I Am a Camera 』だった。55年に封切られた最初の映画もこの題だ。これが『キャバレー』になるのは1966年にブロードウェイで初演されたミュージカルから。1972年、ボブ・フォッシーの監督のもと製作された映画が翌年8つのオスカーを受賞したことから爆発的にヒット。これにあやかってミュージカルもこれまで何度もバージョンを変えて再演されてきた。

フランスでの『キャバレー』

フランスでは1986年に劇場版ミュージカルがまずリヨンで、次にパリで舞台にかかり、翌年の「モリエール賞」(仏演劇界でもっとも権威ある年間賞)を受賞。パリ公演ではウテ・レンパー Ute Lemper がサリー役を務めた。2006年には英国の演出家サム・メンデス Sam Mendes がロンドンで上演した版(1993)が、欧州ツアーの一環としてパリのフォリー・ベルジェール劇場 Folies Bergères で上演され、やはりモリエール賞を獲得している。

リド2での今回のバージョンは英語上演で、ジョー・マステロフ Joe Masteroff の台本、とフレッド・エブ Fred Ebb のリリック、ジョン・ケンダー John Kander の音楽による1966年バージョンに、ロバート・カーセン Robert Carsen が新しい演出をつけた。カーセンの演出では、人々の記憶の中に今でも鮮やかに生きている過去のヒットバージョンを下敷きに、現代的なタッチを取り入れられている。

カーセン版のスペース配分の良さ

もともと実際にキャバレーだったリドは、普通の劇場に見られるような、客席空間と明確に隔てられた長方形の舞台ではなく、舞台の大部分が客席にせり出している。これを利用して、物語そのものは全てこのせり舞台で演じられ、その後方は鏡が連なるキャバレーの楽屋など、二次的な、しかし物語の進行上重要な空間に当てられている。通常舞台のそで部分、つまりせり舞台の左右後方に当たる空間には、高めのスペースを設けてここにミュージシャンが陣取っている。

開演前。「KLUB」の前にせり舞台が見える。© Victoria Okada

中央のせり舞台は、キャバレー「キットカット・クラブ」の舞台、主人公サリーとクリフの住むホテルの部屋、フロウライン・シュナイダーが営む借家と、シーンによって様々に変わる。幕を締めて装置変換することが不可能なので(せり舞台なので幕がない)、ホテルの部屋と借家の装置は舞台下から出てくるようになっている。舞台変換のタイミングとスムーズさは、全体を通してまるで手品を見ているように楽しかった。

きわどくとも決して俗っぽくない演出

カーセンの演出のもう一つの特徴は、低俗さがないことだろう。キットカット・クラブでのシーンや踊りにはきわどさは多くあるが、それが決して俗っぽくならず、あくまでクリフとサリーの恋愛と別れ、そして彼らを取り巻く人物模様を描いてゆく。またホモセクシャルな描写も、とくに強調することなく、それがキットカット・クラブの特徴だと分かるだけに留められている。これは、これらの要素をむやみに誇張する動きがある中で、カーセンの演出が的を外さない的確なものとして評価される一因でもある。

キットカット・クラブのダンサーたち © Julien Benhamou 

歴史は繰り返す

カーセンの演出で最も印象的なのは、ナチが台頭してくる様子を、当時の映像で表現していることだ。それも、エムシーEmcee がわざわざ椅子を持ち出して映画を見るようにしている。そして同じ映像が、最後の場面で、現在ロシアがウクライナに侵攻している映像とともに再び流される。物語の底流にある政治危機は、決して遠い過去のことではないことが痛烈に感じられるのだ。ナチズムによる暴挙を直接体験したフランスでは、その記憶はまだ新しく、集団深層心理として根付いている。登場人物がコートを脱ぐとナチの腕章がついた腕が現れる場面で、一種の気まずさと不安を感じたのは私一人ではないはずだ。最初に「全てを忘れて楽しみましょう」と歌っているにも関わらず、最後には得体の知れない不安感をぬぐい得ないのは、脚本の皮肉さはもとより、演出の巧みさによることは疑いない。

エムシー Emcee 役のサム・バタリー Sam Buttery © Julien Benhamou

的を得た配役

配役は、何と言ってもエムシー Emcee 役のサム・バタリー Sam Buttery の圧倒的な存在感が印象的。メトロの至る所に貼られているポスターも、彼の顔をドアップにしたものだ。独特な化粧とキャミソールのような衣装で、男性とも女性ともつかない人物設定になっている。大きな体とよく響く声に加え、時に哀愁的な雰囲気を見せる彼は、キットカット・クラブのボスかつ物語の進行役という以上の、象徴的な役柄で光っている。

 『キャバレー』のポスター。写真はリド2の入り口の電光広告。© Victoria Okada

以下主要人物は皆、歌も芝居も完璧と言っていい俳優たちが演じている。その中でヘル・シュルツ役のゲーリー・ミルナー Gary Milner は芝居は文句ないが歌、詳しく言えば声の置き方に少々難があるように感じた。キャバレーのボーイズ・ガールズも、次々と変わる「場」とそこで繰り広げられるダンスをよくこなし、第二の主役となっていた。

サリー役のリジー・コノリー Lizzy Connolly と
クリフ役のオリヴァー・デンチ Oliver Dench
© Julien Benhamou


俳優兼ダンサーたちはイギリスで学んだ人が大部分で、歌はどちらかというとオペラ的な歌唱法が基本となっているようだ。英語もイギリス英語なので、ヨーロッパ人としては聞き取りやすい。次回に触れる『42番街』の出演者たちとは、芝居でも歌でも発声などのテクニックがかなり違う。

次回は『42番街』を見てみよう。

« Cabaret »
台本 Joe Masteroff
(John Van Druten の戯曲と Christopher Isherwood の小説による)
音楽 John Kander
リリック Fred Ebb
演出、セノグラフィー、照明 Robert Carsen
衣装、セノグラフィー Luis F. Carvalho
振付 Fabian Aloise
照明  Giuseppe di Iorio
サウンドデザイン Unisson Design
指揮 Bob Broad
ビデオデザイン Will Duke
キャスティング Will Burton (Grindrod and Burton)

出演

Lizzy Connolly, Sam Buttery, Oliver Dench, Sally Ann Triplett, Gary Milner, Ciarán Owens, Charlie Martin
Carl Au, Rhys Batten,
Hannah Yun Chamberlain,
Anya Ferdinand, Elizabeth Fullalove, Fraser Fraser, Luke Johnson,
Dominic Lamb, Darnell Mathew-James, Natasha May-Thomas, Nic Myers, Rishard-Kyro Nelson, Oliver Ramsdale, Clancy Ryan, Charlie Shae-Waddell, Kraig Thornber, Poppy Tierney

オーケストラ Orchestre du Lido2Paris
制作 Lido2Paris
2022年12月1日〜 2023年2月3日




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