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ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調 パーカッションヴァージョン

5年前にオープンし、演劇、音楽、サーカス、ワンマンショーなど色とりどりのプログラミングで好評を博しているコンサートホール、ラ・スカラ・パリ La Scala Paris。ここで、20日の日曜日に面白いコンサートを聴いた。
メインはラヴェルのピアノ協奏曲ト長調なのだが、これがレア。オーケストラ部分を全てパーカッションに編曲したヴァージョンだ。

このコンサートは、1998年生まれのピアニスト、トム・カレ Tom Carré のCD発売記念イベントになる予定だった。が、1週間ほど前から腱鞘炎が悪化。金曜日に結局弾くことができないと言うことになり、急遽ガブリエル・デュルリア Gabriel Durliat という20歳のピアニストが代役で出演した。

もともとのプログラムでは、協奏曲の前にラヴェルの『鏡』を演奏するはずだったが、これを『クープランの墓』に変更。最初に『鏡』から「鐘の谷」を1曲だけ演奏した。

デュルリアは非常に繊細な感性の持ち主で、それは最初の「鐘の谷」ですでに雄弁に表れていた。『クープランの墓』でもデリケートさが惜しみなく発揮され、「プレリュード」、「フォルラーヌ」、「メヌエット」と、旋律を歌わせる曲で細やかな表情をさまざまに見せる。それには優雅という言葉がぴったりくる。しかし、音にいまひとつ芯がなく、深みにかけるというのが第一印象だった。「トッカータ」ではクライマックスに至る大きなうねりをまだ表現しきれていない。
実は筆者はこの前の週1週間、例年になくレベルの高かったロンティボーコンクール(亀井聖矢くんが韓国のイ・ヒュクくんと一位を分かち合って話題となった)で、予選の課題曲の一つだったこの「トッカータ」を何度も聴いていたので、そういう印象を受けたのかもしれない。

会場は最新の音響設備を搭載し、多くの小さなアンプがホール全体を取り巻くように設置されていて、電子音楽などには最高の場所だ。ただ通常の楽器の場合響きはかなり乾いていて、演奏家の意図がそのまま伝わりにくい。これによって聴く側の印象も大きく左右される。この日のデュルリアの演奏に対する印象が、これらの条件の中でのものであればいいのだが。

 © Victoria Okada

さて、ラヴェルのコンチェルト。これは、パリ10区と郊外のドランシーという街の音楽院で学ぶパーカッショニストたちとの共同プロジェクト。プロジェクトを立ち上げた打楽器教授で、編曲も担当したピエール=オリヴィエ・シュミット Pierre-Olivier Schmitt が、12歳から20歳前後までの14人の若い音楽家を指揮した。
楽器編成は、マリンバ、ヴィブラフォン、グロッケンシュピール、ベル、ティンパニなどに、スチールドラムやカリンバなども加わっている。演奏前にピアノの蓋を取る間、シュミットは舞台袖で簡単な説明を行った。それによると、2楽章のコーラングレのソロなど、聴かせどころをどうするかという問題で、原曲の楽器にとらわれない、全体的に調和する全く新しい音色を目指したという。

プロジェクトと編曲を説明するシュミット(左)。右は作曲家でラ・スカラの音楽部門芸術監督、かつラジオ局フランス・ミュージックで毎朝ディスクの紹介をする番組も担当するロドルフ・ブリュノ=ブルミエ。


オーケストラの厚みは失われるものの、確かにそれぞれの楽器がうまく調和して興味深く仕上がっている。
演奏は、中心となるマリンバとヴィブラフォンに最上級の課程に在籍すると思われる生徒を起用し(かなり上手い)、その他の楽器は生徒のレベルと頻度や難易度をうまく考慮して配置している。

デュルリアは現在コペンハーゲンに住んでおり、急遽このコンサートが決まってから当日の朝の飛行機でパリに向けて出発。午後に合わせのリハーサルを行っただけで本番に臨んだ。曲をよく知っていても、オーケストラパートが全く異なるため、感覚をつかむのがかなり難しいと察するが、無難に弾ききった。ここでも、2楽章の美しいメロディラインをよく歌い、細やかな表情を見せた。快活な1楽章と3楽章でも、第一部の独奏時よりふんだんな創意が見られた。

アンコールはもちろんラヴェル。『亡き王女に捧げるパヴァーヌ』で、とくの繊細な感性を存分に披露する演奏だった。

このコンサートは配信プラットフォーム RecitHall で14日間視聴可能。

2022年11月20日17時 ラ・スカラ・パリ

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さて、トム・カレのCD発表となるはずだったこの演奏会では、もちろんCDの販売もしており、1枚入手した。プログラムはシューマンの『フモレスケ』とラヴェルの『鏡』。早速聴いたが、確かな技巧でエネルギーにあふれ、ピアノの底に届くような確固とした打鍵とダイナミックな音楽づくりに全く感心してしまった(詳しいレヴューはまたの機会に譲る)。実はカレは先だってのロンティボーコンクールに出場したのだが、予選のみでセミファイナルには進めなかった。あいにく会場で彼の演奏を聴くことはできなかったが、このCDで判断する限り、なぜ予選で落とされたかが全くの謎だ。もしかしたら、すでに腱鞘炎を患っていて、それが影響してしまったのかもしれない。
何れにせよ、名前を覚えておくべき若手といえよう。
CDはラ・スカラが立ち上げたレーベル、ラ・スカラ・ミュージックから発売されているが、そのWebページには2月5日のリサイタルの予定が掲載されている。

以下はおそらくロンティボーコンクールの予備予選用に収録されたビデオ。


2020年収録の『道化師の朝の歌』




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