ベフゾド・アブドゥライモフ ピアノリサイタル at ルーヴル美術館オーディトリアム
NHK交響楽団の6月定期公演Aプログラムの出演者変更でプロコフィエフの協奏曲2番を演奏するウズベキスタン出身のピアノスト、ベフゾド・アブドゥライモフ。初来日は2014年という。しかしヨーロッパではすでに広く活躍しており、毎回、ピアノファンをうならせている。
2月22日にルーヴル美術館のオーディトリアムで彼のリサイタルが開かれた。これは、3月6日まで同美術館で開催されていた『ウズベキスタン オアシスの秘宝 Splendeurs des oasis d'Ouzbekistan 』展との関連イベント。
私が初めて彼の演奏を聴いたのはやはりルーヴル美術館のオーディトリアムで、2015年5月だった。確か横に福間洸太朗さんが座っていて、演奏後感想を述べあったのを覚えている。
ルーヴルでのリサイタルは大曲を並べたプログラム
さて、この日のリサイタルのプログラムはシューマンの『クライスレリアーナ』、1943年にアブドゥライモフと同じタシュケントで生まれた作曲家ディロロム・サイダミノヴァ Dilorom Saidamnova の『古代ブハラの壁』、そしてムソルグスキーの『展覧会の絵』。演奏者の力量を問われる大曲を並べたプログラムだ。
シューマン『クライスレリアーナ』
いきなり『クライスレリアーナ』というのが、アブドゥライモフのピアニストとしてのスケールの大きさを物語っている。この曲は高度な分析力に加え深い詩情が要求されるため、第二部でじっくりと演奏されることが多い。
ところが彼は最初から確かな技巧で楽想を前面に押し出すように弾いていく。音の芯が強く塊のような重力感があるが、軽さや柔らかい音色に欠けるということでは全くない。3曲目冒頭部のリズムは鋭く、第4曲目はなんとも言えないノスタルジー表現が素晴らしい。5曲目でリズム感はさらに研ぎ澄まされ、その上、ポリフォニー的な明瞭さが加わっている。第6曲は子守唄のように、または内に秘めた情熱の嵐のように(そしてこれが第7曲で外に吹き出す)、曲想を見事にコントロールしている。終曲の、謎に満ちた付点テーマの扱いも見事だ。
サイダミノヴァ『古代ブハラの壁』
サイダミノヴァの曲は6月のトッパンホールでのリサイタルのプログラムにも入っている。8曲からなる組曲で、英語の題名は The Walls of Ancient Bukhara 。2曲めは「サーマーン王朝」と題されているが、これは紀元9〜10世紀にあった王朝、3曲め「イスマーイール・サーマーニーの墓」のサーマーニーは10世紀にこの王朝を統治していたアミールだ。この都市は古都で紀元前5世紀には城塞が築かれていたということだが、それぞれの曲の題名となっているインスピレーション源を総合すると、「古代」というよりも「いにしえ」「昔」というイメージを強く感じる。題名の英訳・仏訳でも、そちらのニュアンスの方が強い。あくまで個人的なイメージだが。(あと、翻訳家としての癖でどうしても訳のソースとなる背景を調べてしまいます。)
1973年作曲の8つの曲はそれぞれの場所や遺跡にインスピレーションを得ており、口伝による伝統的なメロディー(とくに祈祷のイントネーション)と思われる旋律があちこちに出てくる。はっきりした調性と、絵画的な要素が特徴。技巧的な第2曲「サーマーン王朝」や「第5曲「死のミナレット」(最も動きが激しく、全体の中心となる曲と思われる)、ドビュッシー的な第6曲「ブハラの星」など、それぞれの曲の性格はさまざま。最後の「古代ブハラの壁」で最初の「カロンのモスク」で聞いたイスラムの祈りを模した旋律に戻ってくるまで、まるで人間の心の移り変わりを描いているかのようだ。アブドゥライモフはこれを、息を呑むような鮮やかなテクニックとドラマ性のある音で物語のように綴ってゆく。曲そのものもそうだが、彼の演奏は一聴の価値がある。
ムソルグスキー『展覧会の絵』
『古代ブハラの壁』の演奏後、舞台裏に一旦戻るがすぐに出てきて、休憩なしで、ピアノの前に座るやいなや『展覧会の絵』を弾き始めた。最初の「プロムナード」で高らかに鳴る音は、これから展開される絵画の万華鏡を予告するかのようだ。彼はこの曲をアルファレーベルから2021年にリリースしており、ピアノファンからも批評家からも高い評価を受けている。
「古城」の揺れ動く蜃気楼のような雰囲気、「雛」が踊る様子、「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」の二つの全く異なった性格、「リモージュ」の市場で見せる打楽器的な打鍵(特にコーダ)、「カタコンベ」のいかめしさ、「バーバ・ヤガー」で楽器のもつ音響的な可能性を最大限に引き出す様子、そして終曲の壮大さ。どれを取ってもアブドゥライモフの素質が存分に発揮されている.難を言うなら、「ビドロ」で少々まごついた部分があったことだろうか。それでもすぐに元の演奏に戻って彼の持つ多様性を楽しませてくれた。
オフィシャル招待客や有名演奏家がこぞって来場
このリサイタルは、なぜか事前の告知が行き届いていなくて、残念ながら満席ではなかったが、ウズベキスタンのオフィシャルな招待客がこぞって来場していた。ストラスブール交響楽団芸術監督で躍進中の、同国出身の指揮者アジズ・ショハキモフ Aziz Shokakimov (彼もタシュケント生まれ)が、バスティーユ・オペラ座での『ランメルモールのルチア』の公演の合間を縫って訪れていたほか、2001年生まれの若手ながらすでに巨匠の域に達しているヴァイオリン奏者のダニエル・ロザコヴィッチ Daniel Lozakovich や、ピアニストのイタマール・ゴラン Itamar Golan など、有名演奏家も何人も来場していた。
ウズベキスタン関連では、6月4日まで、アラブ世界研究所で『サマルカンドへの道 絹と金の豪奢 Sur les routes de Samarcande Merveilles de soie et d'or 』が開催されている。期間中にパリに来られるご予定の方は、ぜひご覧になることをお薦めする。
トップ写真クレジット© Evgeny Eutykhov
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