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かもめの玉子


イギリスに、ロンドンにやってきた最初の目的は語学学校だった。だいたい学校は1年ちょいくらいしかいなかったが、なんだかんだでだいたい2年くらいは学生としてロンドンにいた。

語学学校はある程度はちゃんとした学校だった。毎日ちゃんと授業はあったし、自腹で行ったからお金は無駄にしたくなかったからちゃんとは通っていた。

ただ、授業が終わった後は絶対に家にまっすぐなんか帰らなかった。だいたい、朝仲間と会ったらランチ場所を決め授業、ランチに仲間と集合し、ランチを食べながら、授業が終わったらみんなで何するかを話し合い、授業が終わったらそこへ直行。閉店までカフェで話している時もあれば、河岸を変えてパブに行く日もあれば、誰かががっつりごはんを食べたいとなれば、レストランへ行ったり、いきなりミュージカルを見にセンターへ出たり、2部チームのサッカーの試合に行ったり、深夜まで開いている中国系のスーパーにぞろぞろ連れだって買い出しに行ったり、そしてまた酒を飲む場所に集まってしゃべって一日終わり。朝は眠い目をこすり、ギリギリで学校へ行って、という感じでとにかくなんかもう、とにかく仲間で集まってしゃべってばっかりいた。

仲間は日本人で決まっていたが、時々韓国人や台湾の人が混じったりしていた。そしてメンバーは常に出たり入ったりすることはあった。語学学校生は圧倒的に女性が多かったが、時々男性が混じってきた。

話すことは、男性の品定め、誰と誰がつきあってるか、自分が今デートしている男性の話、クラスメートの男性がどうのこうの、って全部男の話だった。一応語学学校はしっかりしていたから、ヨーロッパ大陸からの企業派遣の英語学習に来ている大手の銀行員やら会社員がクラスには必ずいた。「クリスのクラスにいるティモってxx銀行の派遣で来てるスイス人、ちょっとイケメンだよね」「彼女いるって話だけど」「あのクラスならアントニオっていうイタリア人の方がよくね?」とかまいんちそんな話ばっかりしていた。

しばらく最初はそんな話ばっかりしているが、だんだんみんなステディな彼氏ができていく。私はずっと仲良しにしていた子が2人いたが、一人は韓国人の彼氏ができ、もう一人はインド系イギリス人のエンジニアの彼氏ができた。そうなると彼氏の話ばっかりになった。

私たちのグループに日本人男性2人がいつもいた。一人は企業派遣で、半年語学学校に行き、半年はある仕事内容に関係のある大学のコースに編入するというカリキュラムで来ている駐在員だった。が、彼の場合、大学に編入するはずが、彼が編入する年に限って定員だか、教授のやりくりがつかず、コースが開かれなくなり、語学学校で1年、そして地方の大学のコースに一年通うことになった駐在員で、語学学校にも飽きている感じだった。彼は日本に婚約者がいる、かなり身ぎれいでハンサムな日本人男性だった。

もう一人は1年語学学校、そして半年大学のファウンデーションコースに通うという内容で来ていた。この人も独身だった。どちらかというと、日本で会社でかなり莫大な利益をもたらした人らしく、ご褒美で来ていた感じで余裕のある人に見えた。見てくれは日本でいうところのかわいい感じの系列の子だった。私たちはぼうやとか少年と呼んでいた。

2人とも酒が入ればかなりタチの悪い酔っ払いだったが、気前もよく、そこまで性格も曲がっておらず、多少したたかさはあるものの、普通の子たちだったような気がする。

私が強烈にこの二人を覚えているのは二人とも同時期にタチの悪い女にひっかかって大騒ぎしたからである。

ご褒美駐在の男の相手は、東欧系の女性だった。語学学校に一カ月だけ来ていた女性で、英語の勉強を多少してから、イギリスの美容系の会社のインターンになっていた。ものすごいグラマーでスタイルはよかったが、顔はなんか丸っこい顔をしていて、なんだかあか抜けないもっさりした感じの女だった。とにかく理屈っぽくて、一回話すと自分の話ばかりで話が長く、面白くなかった。そして人の話は全く聞いておらず、あきっぽく、すぐにイライラしていて、何かあると外へ行ってたばこを吸いに行っていた。

喫煙者の彼はたばこを吸いに行った際にその魅力にやられてしまったらしい。二人は付き合うことになった。

もう一人の駐在の彼は、クラスメートのロシア人の女性と付き合うことになった。仮名でアナとでもしておこうか。語学学校を終えたら大学へ行くという女性だった。顔はかなり綺麗で天然のブロンド、英語も訛りが少なく、うまかった。いつも白い高そうなワンピースを着ていた。そして靴もそろえたような白いハイヒールか、白いサンダルを履き、真っ赤なペディキュアに真っ赤な口紅を塗っていた。そして会社には、高そうなイタリア車を運転してやってきた。

アナは謎に羽振りがよかった。大学入試に英語が間に合わないとなると、学校内で一番レートの高い先生が個人教師でつき、週末になるとやれブライトンじゃ、ボーンマスじゃ、ブラックプールだ、と海辺のリゾートタウンの貸別荘を借り切ってそこで過ごしてまたロンドンに戻ってきた。

あとあと聞いた話だと、スポンサーがちゃんといたらしかった。どうやら地元の金持ちの愛人だったらしい。地元の旦那の本妻が赤ん坊を産んだ。愛人の世話している場合じゃなくなったから、厄介払いで英国へ追いやったらしい。そして、時々出張と称して、アナのところへ行けばいいと思っていたらしい。私たちはアナのその旦那を一度も見たことがなかった。

ある時、アナがイーストボーンだかの別荘へ行く時に私たちにもお誘いが入った。たまたまだったが、その週末、日本でお世話になっていた会社の上司だった方が旅行でイギリスに来るというので、観光案内をすることになっていたので私は断った。そして私の友達たちも結局イーストボーンへ行かなかった。そして、結局そこへ行ったのは駐在の彼だけ、彼とアナはめでたく別荘地で結ばれ、ロンドンへ帰ってきた。

彼から海辺で二人で撮った水着姿の写真を見せてくれた。アナは顔は大変綺麗だったが、体型はかなりの幼児体型で、足が短く、胴がかなり長かった。なんだか、ちょっと気の毒な感じがして、別に二人がくっついたときには何も感じなかった。

しばらくは二人は恋に浮かれていた。男の方は婚約者が仕事を辞めてイギリスに合流して、語学学校へ行く話が出ていたが、なんとか説得して、日本にとどまらせ、二人は愛の世界に生きていた。

ある時だった。私は、夜の夜中、パジャマ姿でなんとはなしにこれからねんべという感じでテレビをボケっと見て居たら、携帯が鳴った。「ちょっとさ、一緒にいてほしいんだけど、あんたの家の近くまで来てるから」ということで、駐在の方からの電話だった。家の近くにかなり遅くまで開いているアイリッシュパブがあったはずなので、慌てて着替えてそこに彼に来てもらった。

「どしたの?アナのところじゃなかったの?」と言ったら、一言「オレ、彼女のことで脅されてるんだ」と言うではないか。「お金の元になってるロシアの男のこと?」「いんや」「じゃあなんなのさ。」よくよく話を聞いていると、アナは、なんと、日本人の駐在で来ているサラリーマン、そして、アジアのある国とイギリスのパスポートを持っているというアジア系のイギリス人と私の友人とで、3人ボーイフレンドがいたらしい。アジア系の男がかなり彼女に入れ込んでいて、まず、日本人の駐在を脅して金品を取ろうとしたらしい。その日本人の駐在は妻子がイギリスにいるもんだから、手を引いた。ただ、日本人のこの駐在さんはアナの携帯をこっそりチェックして、私の友人に連絡を取ってきた。「今お前が付き合っているロシアの白いワンピースのあの子アナっていう子、バックにやばいのがいるから手を引いた方がいい」と言ったという。

こういう時は「ぼうや」のところへ行くんじゃないの?と言ったが、「ぼうや」は東欧の彼女にかかりきりになっていて、オレどころじゃないから、というのが返事だった。

ぼうやの彼女は、自分の国にヒモがいるらしかった。そしてそのヒモ、お金がない癖になぜかいつの間にかイギリスまでやってきて、彼女を殴るけるしてお金を引き出そうとしてるらしい。そして、案の定、ぼうやに手を出してきて、ぼうやは奥歯を失い口の中を切ったとかなんとかで病院沙汰になっていたという。そして、彼女はヒモと坊やを捨て、会社で知り合ったイギリスの男と付き合うことになったらしいが、イギリスの男はそこそこいいとこの出で、その親にはっきり「家に入れませんから」と言われたという。遊びで付き合うならいいけど、私たちとはかかわりあいにならないでくださいと彼の母に言われたらしく、投げやりになった彼女はまたぼうやを呼び出し、再度つきあったはいいが、またヒモが登場という地獄絵図が広がっているらしかった。

そうか、ぼうやが全然姿を見せなかったのはそういう理由があったのね。そして、目の前の男は憔悴しきっていた。そして男の携帯は5分に一回くらいブーブーなっていた。携帯はしばらく放っておくと、テキストメッセージが入ってきた。アジア系の男は、駐在員の彼に別れろと執拗にメッセージを送っているようだった。

話を聞いている限りだと、どうも、駐在員の彼の家や学校も割り出しているらしかった。あんまりいい話じゃないね、どうするの?という話になって、結局、しばらく私の家の近くのホステルに彼は滞在することになり、夜は私の家に来て飯を食って、アイリッシュパブへ行き私とくっちゃべって、ホステルへ帰っていった。

結局、彼女は彼に別れ話をしてきたという。話の言い分がなんかこの時ものすごかったので覚えている。「アジア系の男はイギリスのパスポートを持っている。だからとどめておきたい。ロシアの旦那のことも知っていて、別れて俺と一緒になれば、イギリスのパスポートも上げると言われている」と言われたという。「俺はお前を愛している。どうしてもお前じゃなくてはだめだ。オレはお前のためならなんでもする。結婚して日本へ行ったっていいじゃないか。もしくはオレは会社辞めてロシアへ行ったっていい。それか今の会社辞めて、イギリスでローカルとして働くようにしてビザ取るから」と彼は言ったら、はっきりアナは「駐在員辞めたあなたに何ができるの?」と言って来たという。「英語もへたくそでイギリスで何の実績もないあなたをローカルで雇うなんて会社ないわよ。それに、ローカルになったら今みたいにいいフラットを借りることもままならないわよ。私は高い女なのよ。何を夢みたいなことを言っているのかしら。あきらめが悪いわね。xx(もう一人の日本の駐在)は別れたいと言ったらすぐに別れてくれたわよ」とのたまったという。「xxは妻子がいたじゃないか。そっちをやつは優先したんだ。あいつと一緒にしないでくれ」と言ったら「あなただって婚約者いたじゃない。xxは分をわかっていたわよ。遊びで引き下がってくれたんだから。私はああいうのをあなたに期待していたんだけど」と言ったらしい。アナの言い分に腹がたった彼は、その場で婚約者に電話、好きな女ができてその女と一生暮らしたいと言って別れ話を強引にして電話を切った。それでも、アナは引き止められなかった。

なんだかゲップの出るような話だ。しかし、まあ、アナの言い分は数学的には合っているとも思われる。実際的に愛は役に立たず、お金かステイタスが役にたつとなれば、イギリスのパスポートをくれる男か、お金の元を優先するのはまちがってはいない。駐在の彼がいう愛なんてものは

このロシアの彼女とは、この話合いで縁が切れた。なぜかこの彼女、別れ話のあとに彼に一枚だけ写真を添付した空メールを送ってきたという。その写真は彼が取ったイーストボーンの海辺の白いビキニの彼女の写真だったという。彼は、イギリスを離れるまで携帯の待ち受け画面をこの写真にし、薬局のブーツでわざわざ写真に焼き直してもらい、それをパスポートの見返し、いつも持ち歩いている手帳の中、そしてもう一回拡大して借りていた部屋に貼っていた。

あとあとぼうやに聞いた話だが、坊やの彼女だった女も、アナもイギリスのもっとステイタスのある男を最初は狙っていたそうだ。しかし、坊やの彼女は顔に難があり、その手の男のレーダーにはひっかからなかった。アナも、正直顔はきれいだが、イギリス人が好きそうな体つきではなかった。ふたりとも猟場を変えて、アジア系をターゲットにしていたらしい。彼女たちは、たわいないロマンスを夢見る私たち日本人の語学学校留学生なんかより一枚も2枚も上手だった。

奥歯を失って顔に傷が残った坊やも、そして一人ボッチになった駐在員も、大騒ぎした割には何も残らなかった。あの二人の女がそれだけの女だったかというと、わからない。私には価値があるようにはあまり思えなかった。だけど彼らにとっては一世一代の恋だったんだろうと思う。なんだかあのすごい入れ込みようは、恋と言う名のジェットコースターに乗ったんだねと周囲は思うしかなかった。誰かが昔のルイ・マルの映画、「ダメージ」みたいだね、と言っていたが、そんな感じだった。「ダメージ」も息子の婚約者に入れあげた国会議員が、それがスキャンダルになって何もかも失ったのに、最後の独居の家には息子の婚約者の写真を壁に飾っていた。

私たちにとって、この彼女たち、特にアナは強烈だった。何かあると必ず話に出てきてみんなアナの話をしていた。ある時、仲間が里帰りした際に自分の故郷のお菓子を持ってきてくれた。それは岩手銘菓のかもめの玉子のごま餡だった。かもめの玉子は玉子の形をした饅頭で、そとにはホワイトチョコレートがかかっていた。チョコ掛けの饅頭を割ると、中から真っ黒なごま餡が出てきた。

仲間の一人が「なんだか、この饅頭、まるであの女みたいだね」と言った。「いつも白い服着てたけど、腹黒だったわね」ともう一人仲間が言った。それからアナの呼び名はかもめの玉子になった。

「でもかもめの玉子、おいしいわよね」「そりゃおいしいわよ」「お菓子に罪はないわよ」




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