見出し画像

You are beautiful

2005年の晩夏、私は語学学校の生徒としてロンドンにやってきた。最初は、語学学校があっせんするホームスティの制度で一部屋確保してもらった。

ホームスティ先は、シングルマザーの美術教師のおうちで子供が二人、長女が家を出て、長男と暮らしていた。余っている部屋を語学学校の生徒に貸していた。

今から考えてみれば、かなりありがたいホームスティのママだったと思う。ついてその日のうちに、車に乗せてくれて、携帯を一緒に買いに行ってくれたり、通学路を一緒に歩いてくれたり、至れり尽くせりだったと思う。

語学学校との取り決めだったらしく、部屋には小さいテレビが置いてあった。テレビは安物の日本のブランドMATSUIと書いてあるやつだった。部屋を案内してくれたホームスティママはテレビをつけて、リモコンの黄色いボタンを押すと字幕がでるから、どんどん英語の番組を見なさい、ひとりでいるときは無音にしないで、テレビを見るか、ラジオを聴きなさいと言っていなくなった。

翌日からテレビのニュースを見ようとしたが、字幕を出しても全然わからなかったし、英語のスピードにもついていけなかった。絶望した私は、ニュースのチャンネルの隣のチャンネルの、朝から一時間ミュージックビデオを流す番組をよく見ていた。

一応UKチャートをベースにビデオを流していたが、時々プレイバック企画というか、昔のビデオ流すこともあり、あとはチャート入り寸前の曲のビデオなどを流す時もあった。が、基本はチャートのトップ20くらいの音楽のビデオを流していた。

そして、この時期、毎日毎日延々ビデオが放映されていた曲がある。James Bluntの you are beautifulである。

ビデオとしては完全にシンプルである。フード付きのパーカーを着た男が雪の中、寒中水泳をするために服を一枚一枚脱いで、上半身裸になって海に飛び込むというやつである。(今ビデオを見たらなんかちょっと私が覚えているのとは違うのであるが)一枚ずつ服を脱いで、ポケットから持ち物を出して綺麗に並べて、そして、靴をそろえて冬の海へドボンというビデオである。(私の記憶だと雪の湖の氷の張った場所が舞台で穴を掘ってそこに飛び込むってイメージだったんだけど。)まあ、これが寒中水泳とみるか、それともまた別の意味と見るかは、はっきり言って見る人に委ねられる。

よく見れば意味深ビデオだったが、当時はあまりそんなこと思わなかった。とにかく、暴力的なまでにシンプルで完成された歌詞、プロのお仕事と言える作曲のスキル(最初の静かな始まりからサビまでの持って行き方とか)、サビのyou are beautifulのメロディの究極の覚えやすさ、そして、どこへ行ってもどこまで行ってもとにかく街中そこらでかかっていて、イントロがちょろっと流れるとすぐに「またこれか」と思ってしまうくらいだった。ビデオなんか、真剣に見る余裕もなく、とにかく曲とサビが押し寄せてくる。そういう曲だった。そして、とにかく、この年、ロンドンはこの曲一色だった。

学校へ入学したあと、時々、最寄の駅にあったHMVでCDを見ていた。ロンドンへついてからすぐあとの頃だったと思うが、平日の昼下がり、you are beautifulが入ったJames Bluntの1 st アルバム、「Back to Bedlam」は飛ぶように売れていた。CD屋の一番いいところに置いてあったし、レジの後ろの棚みたいなところに、袋に入れられて平積みされていた。買っていく客が多いから最初からすぐに客に出せるようにしていたんだと思う。40分くらいCDをレジの近くで見て居たが、たぶん大げさではなく、10人くらいがレジの人に「you are beautifulのやつください」と言って買っていった。老若男女問わずといった感じだった。そのうち、私にもこのCD回ってきた。語学学校の誰かが買って、帰国することになったから置いていくとかなんかでもらったんだと思う。CD時代には短い40分程度なのがちょうどよかった。あと、個人的には、you are beautifulのあとに入っていたgoodbye my loverの方が好きだった。

とにかく、この年はJames Bluntの年だった。

今になって思えばなんであそこまで売れたのかちょっとわからないくらいの売れ方だったと思う。

あの頃でもそういう言われ方はしていた。「大した曲じゃないべ」「歌詞は簡単でレベルが低い英語である。」「歌ってる野郎だって、そこまでかっこよくないだろう。」(イギリス人、デビット・ボウイなどで美男子には慣れてるのでルックスについてはハードル高め)という感じだった。「いい加減にしてくれ、あの歌は聞きあきた」。

なのに、であるが、街でかかっていれば、誰かしらが鼻歌歌っているし、パブでかかれば、パブ中で大合唱。だれもが彼のCD買って、あの歌を聞いていた。

このあと、9月くらいにPussycat dollsというガールグループの「Don't cha」というシングルが出てきて、これも1年くらいずっとチャートに居座った。そしてこれはなんというか、あの頃のガールグループができる最大限のチャートを重視しながらの、クラブ向けに作られた「ダンスミュージック」と言う印象だった。かなり品のない歌詞と音楽、ビデオだったが、今見てみると全然である。ガールズは全員綺麗だし、カッコもキレイ目、踊りもかなりうまい。(このグループは踊りのフォーメーションがかなりいつも決まっていて好きだった。スパイスガールズのような素人臭さやダンスのドタバタ感がなくて好きだった。)

2005年は、you are beautiful とdon't chaが入り混じった年だった。過剰なまでに感情的でメロディアスな曲とミニマルなメロディにビートが聴いたダンスに振り切った曲という対照的な曲が、チャートを、そしてUKをにぎわせていた。

you are beautifulは、チャートアクションから言うと、ちょっと私の印象とは違う。

(ありがたいことにUKチャートはこうやって曲ごとにチャートの動きがわかるようになっている。)
新人のシングルがトップ100に入るか入らないかから始まって、じわじわトップにと思っていたが、初登場でいきなり12位、すぐにチャート一桁取って3位、2位と言って1位に5週にわたって居座り、結局初登場から43週間(約10カ月)トップ100に居座っていたモンスターヒットソングになった。まあ、それなりにだが、レコード会社などはプロモーションについてはそれなりに頑張ったのだろうなと思わせるチャートアクションである。(初動でベスト30に入ってくるのは、相当会社ががんばったと思われる。)あまり期待してなかったという感じではない。

まあ、会社としても売れるだろうなとは思っていたみたいだが、こんな売れ方すると思っていたのかな?と思う。その辺の感想は聞いてみたい。

一応アルバムは2004年の11月に発売されている。you are beautifulはアルバムから切られた3番目の曲だったらしい。

一応James Bluntさんは軍人上がりである。ミドルクラスの軍人家庭出身、サンドハースト出身なので、皇族が行く軍事学校上がりということは空軍のエリートが行く学校へ行って従軍していたという話であるので、正直、バッキバキの経歴の御仁である。なので、ビデオで見せた寒中水泳なんかお手のものだろうとみんなが言っていた。まあ、こういう余計な情報が余計に、ビデオなんかをまともに見たり、音楽をまともに聴いたりさせなかった。それくらい、サンドハースト出て、なぜかポップミュージックに出張ってくるというのが信じられないかったのである。まあ、英語の発音なんかでわかるが、結構いい家庭の人で、ちゃんとした教育を受けたという印象のある人である。その辺の兄ちゃんとはちょっとものが違うな、と思わせるところがあった。

(正直、イギリスで売れているシンガー特にソロシンガーでやってる人は皆さん「モノ」が違うというかバッキバキだなと思う。エイミーワインハウスとか、アデルとか。)

正直、この曲は散々聞かされてきて「飽きた」曲ではあるが、私のある時期を彩った名曲であるのは間違いない。そして、なんというか、ああ、これを聞くとあの頃を思い出すという打ち止めの曲でもあるような気がする。

正直、この曲のあと、メロディがあって、なんか歌詞があって、ビデオの映像が割に曲にばっちりはまって、そしてみんなが知ってる曲ってもう絶滅状態になってしまったような気がするのである。

「Don't cha」なんかもそうなんだけど、ダンス音楽にももちろん思い入れがあるし、かかればなんというか、あの頃あの時を思い出すのではあるが、you are beautifulほど感傷的にならないというか、ああ、それよ、それみたいな気持ちにならないのである。
(でも、ダンス系の音楽も好きであるが。)

まあ、なんだろう、他にもいい曲がたくさんあるのだが、you are beautifulはなんというか、あとにも前にもこれしかない、この曲しかないんだよ!空前絶後なんだよ、という思いにさせる破壊力がある曲であるのである。

そしてもっとびっくりするのが、あれからもう約20年経ってしまっているという事実である。

でもっとびっくりするのが、破壊力は20年間ずっと変わらない。それくらいパワーのある曲なのである。まだ聞いたことのない皆様は耳がやられるのを覚悟して聴いてみてくださいませ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?