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恐怖の掲示板

確か、夏の暑い日だった。近所のとらんぷというパブに入った。いつものウィル君がバーテンだったが、電話中だった。かなり激しい口調で電話していた。電話が終わるまでは飲み物は出て来ないかと思ったが、その辺はバーテン歴が長いおかげもあって、電話しながらこちらがいつも頼むものをちゃんと出して来た。一件終わってまた電話、かなり激しい口調の応酬が続く。

しばらく電話していたが、それがやんでから、ウィル君の幼馴染の友達、ボロ君が老夫婦を連れてパブに入ってきた。

ボロ君に聞いたところ、結構面倒臭い事件?にウィル君が巻き込まれているらしい。

パブを開けるためにウィル君は自分の家をスクーターで出た。しばらく走っていたら、家の前でおじいさんとおばあさんが立ち尽くしているのを見つけた。おじいさんに呼び止められ、ウィル君はスクーターを止めた。おじいさんとおばあさんは避暑のため、イギリスの田舎の方に行っていたが、今戻ってきた。家に鍵を残したまま、避暑にでかけたらしい。家の中に入れないらしかった。鍵は一応、娘に預けているが、よくよく聞くと娘はレスターだかバーミンガムにいるらしく、すぐ鍵は手に入らない。2階の窓がちょっとだけ開いている。はしごをかけて、窓をあければなんとかなる。若いの、ちょっとやってくれないか、という話だったらしい。はしごは隣人から借りればいいんじゃないのか?と言ったらしい。(隣人がはしごを持っているという保証はないらしい。)

正直、ずうずうしいお願いだとは思う。ロックスミス(イギリスの鍵110番みたいなもの)を呼んでガキを壊してもらって中に入ればいいじゃないか、避暑に行くくらいなら、鍵屋を呼ぶお金くらいあるだろう。正直、私だったら、急いでいるからと言っていなくなる案件である。が、ウィル君は、その場でウィル君の家の近所で外壁にペンキを塗ってる仕事をしているボロ君を電話で呼び出し、ボロ君ははしごを持ってやってきたという。ボロ君は「はしご使い終わったら回収に行くから電話くれ」と言って、すぐ現場に戻ったという。

ウィル君ははしごに上って窓を開け、家の中に入り、ドアの鍵を開けてあげた。そして、ボロ君に電話し、職場であるパブに行った。

パブの掃除をしていたら、パブの鍵を持っている弟が息せききってやってきたという。「兄貴、大変だ、兄貴が泥棒したことになってるぜ」というのである。弟が、携帯を見せてくれて、ウィル君はびっくりした。

xx地区近隣掲示板というこの辺の近所の地域の掲示板グループがフェイスブックにあるが、そこにウィル君がはしごから窓を開けて家の中に入っていくムービーが投稿されており、「泥棒が出現、xx地域、注意されたし」と書いてあったという。そして、弟がお知らせしてくれたのと同時くらいに携帯が鳴り始め、近所の人から「泥棒してたの?」などと質問攻めにあっていた。

ウィル君はあわてて、この掲示板グループの責任者に連絡をとったが、「いっぽうの意見では、記事の取り下げはできません」と言われたと怒っていた。投稿者の連絡先も教えてもらえない。弟がボロ君に連絡を入れたらしく、ボロ君は自分のバンでパブにかけつけた。この仕事をウィル君に頼んだ老夫婦をバンに乗せていた。ウィル君はもう一度運営に連絡をし、仕事を依頼した人が今から事情を話すからこの記事を取り下げてくれと電話をしていたらしい。それでも運営は取り下げられないの一転張りで、投稿者に連絡をとっても無視されているらしかった。

「オレは客商売なんだ、ちょっとした記事でも商売に差し障ることがあるんだよ。迅速に対応してくれよ」と電話口で怒鳴っていた。

結局、運営から投稿者に連絡が行ったらしく、投稿者が記事を取り下げて話は終わったが、投稿者から謝罪も何もなく、運営者も何も言ってこなかったという。

ウィル君にこの仕事を頼んだ老夫婦はことの行方におびえてしまったらしく、ウィル君にごめんね、ありがとうと言って、すぐにいなくなってしまった。(後程、改まってのなんのお礼もなかったとは言っていた。)

「いやな世の中になったよ、人助けも慎重にしないといけないような、ね」とウィル君は年に似合わない老成した口調で話をしていた。正直、この話は議論を呼んだ。ウィル君のお父さんは「ロックスミスに電話してやりゃよかったんだよ」と言ったというし、パブの仲間も「老夫婦もあまり物事を考えてないで言ってる感じだよね。はしご用意してあげて上ってくれならわかるけど。」と言っていた。

正直、この手の掲示板、猛威を振るっていると言っていいだろう。恐ろしいことになっている。何かあるとすぐに掲示板に投稿である。泥棒がどこどこに出た、車上あらしがあったとか、家に変な勧誘が来たのでドアベルにしかけているカメラで記録した変な勧誘者の顔であるとか、首輪がついているが、家なき猫に見える猫の画像、家の前に落ちていた財布の中身の画像、花火大会のあと、公園で誰かが食べ散らかしたピザの箱の残骸(箱の写真をとっても片づけはしない。)、物乞いの画像、近所でヤク中毒で有名で施設と刑務所に出たり入ったりを繰り返し、コソ泥をする女性と男性のカップルの画像、近所にできた新しいレストランの食事の画像などなど、である。あとはだいたい誰かが質問をし、それにこたえるのがこの掲示板の主な構成内容である。あとはたまにだが「xx日のサッカーの試合、一緒に行く予定の人がコロナになったので余ってます。xxポンドで売ります。早いもの勝ち」みたいなスレッドもあり、私も一応メンバーになって時間のある時などにちょこちょこは見ている。

正直、毎日見てしまうと頭がおかしくなってしまうことが多いので、あまり真剣に見ない。車上荒らしでよくある応酬だが、「車上あらしがたくさんあるのをわかって、車の中に貴重品を入れているお前が悪い」みたいな投稿が続き、運営が中に入って「被害にあったことをシェアしてくれてますのでそういう意見は控えてください」みたいな注意が入ってまたそれから喧々諤々始まるので、正直、スレッドに終わりがなく、読んでいて頭が痛くなることこの上ない、そして日本人とは人種が違うので、結構口調がみんな厳しい。なので、そういう投稿は見ないにこしたことはない。

私の連れは、「ローカルの水道屋求む」「ガスボイラーの修理を親切価格でやってくれる人募集」というスレッドに、飲み仲間の名刺を投稿しているが、本当にそれくらいにしておかないと病んでしまう。しかし、だ、この手のレコメンデーションはかなりの確率で後程電話が来ることが多く、ビジネスにかなりつながっているので、水道屋とガスボイラー屋はビジネスがつながると、連れにビールをおごっている。

この間だが、いつも行くパン屋さんにパンを買いに行った。パン屋の前に女性が犬をつないでいて、犬に何やら話しかけている。それを横目に見てパン屋に入ろうとしたら、その女性に怒られた。「私が先なんだから」というのである。犬と話してるんだから、先に入っていいのかと思ったが、そのあと女性が「この犬は私の家に来て、すぐなの。私と離れると泣いてしまうから、泣かないように言ってるの」と言った。だから言い聞かせてる間お前は待てということらしい。私は待つことにした。

しばらく女性が犬と話している。パン屋のウィンドウからパン屋の店員さんが私に向かって、私がいつも買うバゲットを袋に入れてくれて、メガホンみたいにして振っているのが見えた。ありがとう、という感じで手を振り返した。

女性はずっと犬と話していてラチが開かない。そのうち男性が一人やってきた。「なんでパン屋の中に入らないの?」と言われたので、私は女性に言われたことをそのままオウム返しに答えたら、女性が犬からすぐ離れて舌打ちして店に入って行った。あっけにとられて、私は男性の顔を見たら男性は頭を指さしてから、両手を広げ「パン買おうぜ」と言ってドアを開けてくれた。

時々こういういことがある。たぶん、私が連れと一緒にいたら、女性はこういう態度はとらなかっただろう。(絶対にこれはありうる反応。特に白人と一緒にいたら、そうなると思う。)まあ、よくあるからと思うことにしているが、これ、下手に私が「先来たんだから先にパン買うわよ」と彼女を押しのけてパン買ったら「パン屋の順番を守らない女性がいます」「ペット連れに理解を示さない女性がいます」などと掲示板に書かれてしまうのではないか、と考える時がある。なんだか、本当にいやなのだが、時々こういうことを考えてしまう。(写真などをつけられたら本当に最悪の事態になるであろう。おまけに東洋人なので、絶対に偏見も入ったコメントが応酬されるにちがいない。)

まあ、私が普段から行っているパン屋はそれなりの価格で、そういう掲示板とかに投稿しそうな人達が通っているぽいので、なんというか、結構警戒してパンを買いにいっている。お店の人達も、結構お客扱いには苦慮している感じが見受けられる。

なんだか、そういうのを見るとちょっと大変だなとは思う。

掲示板では時々はものすごいいい話が投稿されている。私も投稿したいいい話があるが、めんどくさいのでここで書いておこうと思う。

いつも行っているそのパン屋で、時々黒人の結構体格がいい男の人がパンを買いに来る。申し訳ないのだが、この人がいると、買い物に時間がかかるので、急いでいる時などはあまり居合わせたくない。それくらいよくしゃべって、たくさん買っていく。

ある日もそんな感じだった。紙袋2枚分くらい、結構パンを買って帰って行った。

「ごめんなさいね、お待たせして」と店員さんが言ってくれた。「いいえ、別に大丈夫です。」と言ったら、「あの人はいつも長いでしょ」というので「それっぽいですね」と返した。

長いのには理由があった。建築現場や建築事務所に勤めている人らしい。大量のパンが自分や自分の家族が食べるだけではなく、建築現場に持って行っているらしかった。
「ああいう現場はいろんな人が集まって働いているのよね。その中で家族に仕送りしたりして、かつかつで生活してる人もいるし、若い子はギリギリまで寝てて何も食べないで会社に来る。そういう人が安心して朝ごはんを食べられるように、ここでパンを買って差し入れしているらしいのよ、自腹で」お店としても売れ残ったら面倒になりそうな総菜パンあたりから買って行ってくれるし、自腹なのも知っているので、ある程度値段を調整したりして、パンを買って行ってもらってるらしかった。

「他人のことを考えられる人は立派な人よね、なかなかできないことだと思うわ。」とパン屋の女性は言っていた。
他人のことを考えられるのは立派、本当にそうだよなあ、と思う。特にこんなご時世だと、、、、、、




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