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ノラガミ設定考察 終レポート 完全版②

前提
・日ユ同祖論では、高天原/タカマガハラの語源を、聖書におけるタガルマ、ハランという二つの地名(現在のシリアあたり。イスラエルの北方に国境を接する。アブラハムの出身地)に由来するという説がある。
・鳥居はノラガミの裏表紙に必ず書かれているが、ヘブライ語でトリイは門を表す。出エジプトの記念日には、旧約聖書の記載に準えて、門を山羊の血で赤く染めて、災厄避けとする風習がある。(神が、エジプトの男子の赤子を皆殺しにするために天使を遣わし、イスラエル人は災厄に遭わ無いよう、門を血で染めて目印にせよと命じた。)
・桜はヘブライ語でアーモンドを表すシャーケードが由来と言う説がある。モーセの兄アロンの杖がアーモンドである。
・雪はヘブライ語でシェルグであり、シルクの語源である。
・ヤボクという言葉は世界中の神話の中で、旧約聖書にしか登場し無い。ヘブライ語で青という意味である。

雪音
・雪はヘブライ語でシェルグといい、英語の絹、蚕、シルク、の語源である。朝鮮半島には新羅/シラギ、百済/クダラという国がかつて存在し、ヘブライ語の雪の玉/シェルグ・クダルから来ているとされる。新羅と百済は絹の産地であったが、半島の戦争ののち、特に百済人は親交がある日本に多くが移住してきたという。陸の絹の道/シルクロードは、イスラエルとその隣の古代バビロニア帝国(現在のシリアあたり)から、朝鮮半島を通じて日本の平城京まで通じていた。また海のシルクロードもインド洋経由で日本まで来ていた。シルクロードの中心地、古代バビロニアの首都はある時代において、現在のイスラエルの首都テルアビブの位置にあった。テルアビブはヘブライ語で「古城の春」という意味で、エルサレム同様、丘の上にある。バニロンの時代にはエルサレムではなくテルアビブに聖櫃が置かれていたこともあるが、ダビデが再びエルサレムに聖櫃を取り戻している。旧約聖書では丘と山を区別せず、どちらもハルと言う。旧約聖書ではエルサレムを擬人化し、神が血まみれで打ち捨てられていた彼女に『生きよ』と2度語りかける文章がある。その後、神はエルサレムに自分の衣をかけて、『お前は、わたしのものになった』と言う。だがこの後々、エルサレムが他国との交易で文化的に聖書の教えから離れていく様子が、姦淫に例えて語られ、神の赦しと共に再び、新しい永遠の契約が立てられるシーンが続く。(文末に抜き出し全文を掲載)これは預言であり、新しい永遠の契約と言うのが、十戒に代わってキリストがもたらした愛と信仰と希望であるとされる。

 エゼキエル書/ 16章 5〜6節
 だれもお前に目をかけず、これらのことの一つでも行なって、憐れみをかけるものはいなかった。お前が生まれた日、お前は嫌われて野に捨てられた。しかし、わたしがお前の傍らを通って、お前が自分の血の中でもがいているのを見たとき、わたしは血まみれのお前に向かって、『生きよ』と言った。血まみれのお前に向かって、『生きよ』と言ったのだ。

・雪 雪ぐ/すすぐ 濯ぐと雪ぐは同じ意味を持つ。雪音の名が持つ性質は清めである。雪は僅かながら上空大気のオゾンを含む。オゾンは強力な酸化力を持ち、あらゆる有機物を分解し、漂白効果、殺菌効果を発揮する。高濃度では人体も溶かす。新潟では麻布を漂白する伝統の雪晒しという技法がある。晴れた日の新雪に麻布をさらすと、日光の紫外線により、オゾンから酸素が分離しやすくなり、より酸化しやすくなるため、漂白効果が上がる。高濃度オゾンによるオムツの再利用が行われている。また空間消臭用の超小型のオゾン発生器が空気清浄機として発売されている。空気中の酸素に電磁波をかけ、人体に毒性が無い程度にオゾンを発生させるため、効果は限定的であるが、ランディングコストが低い。また除菌、ウイルス分解効果もあり塩素など薬剤を放出するものよりはるかに安全性が高い。(我が家の介護用トイレに置いてあります…空気清浄機はデカくて置けないので気休めにオゾン。全く無いよりは断然匂わない)
 狼/大神になった雪音がペットボトルを噛むと、清水などないはずのあの空間で、中の液体が夜トの穢れを清める効果を発揮した。また、最終的に本作の中で、かすり傷でも雪器に斬られた経験のあるものは皆、堕ちることが無く危機を乗り越え、最終的に救われている。これが雪/すすぐの効果と考えられる。夜ト、ひより、野良、くらは、兆麻、黄云、毘沙門天など。例外は父様と陸巴である。
 雪は六角形の水の結晶である。イスラエルの紋章も三角を二つ重ねた六角形である。和紋様では、雪は雪輪という飾り縁のついた円形の紋様で表現される。雪輪の中に霰紋様や雷紋様を配したコラボや、猫と雪輪という紋様もある。雪輪は江戸後期には盛んに刀の柄に用いられた。黒猫と椿も頻繁に見られる和紋様である。麻の葉紋様、毘沙門亀甲も六角形である。
 雪の漢字の成り立ちは、手で羽を持って天を掃き清める様を表す。冠は天、中の点々が羽、ヨが手である。夜トがその手に蚕の羽を片方ずつ持って、この世を清めるということかもしれない。また、刺青の位置によると、鎖骨の刺青はその人の本質を表す。二の腕の刺青は強さと力を表す。
・雪器は剥き身の刀、長短二本で、柄も持ち手はなく帯が巻き付けられているのみである。これは糸紡ぎに使用する西ユーラシア地域で用いられるディスタフ/distaffとスピンドル/spindleであると考えられる。distaffが太刀、spindleが脇差の象形である。ディスタフは羊毛など糸の原料となる繊維を巻き付けておく道具、スピンドルは糸を紡ぎながら紡いだ糸を巻きつけていく道具である。
・distaffは40cm〜180cm前後の長い棒状で、形態はストレート、彫刻の入ったもの、棒の先にフットボール型の構造を持つもの、錫杖型のもの、木を曲げた布団叩き状のもの、木刀のように弓反りになっているもの、平たい板のついた羽子板状のもの、土台がついたスタンド型のもの、糸車に装着するものなど地域によって多数ある。極端に長い物は分解と組立ができるものもある。distaffは主に女性が使用し、リボンや革紐で先端に羊毛を巻き付けて腰に刺し(あるいは片手に持ち)、頭上に羊毛を掲げて、spindleを吊り下げるようにして糸を紡いだ。distaffは日本では糸巻き棒と訳されるが、本来の意味にはそぐわない訳である。羊毛巻き棒が正しい。羊飼いの杖に羊毛を引っ掛けておいたのが原形と考えられている(現在の杖の正しい使い方は、曲がった取っ手を羊の脚に引っ掛けて羊を捕まえる)。
 北欧地域では羽子板状のdistaffが使用されていたが、糸車の発達とともに本来の役割が薄まり、女性を象徴する装飾的な芸術品となっていった。男性は木工細工の腕を競い、distaffに彫刻し絵を描き、意中の女性や妻に贈るのが伝統となっていた。日本の羽子板もラケット本来の役割が減り、験担ぎとして装飾的な物が女子の健康を願う贈り物になっており、偶然の類似である。
 雪音と野良がわざわざ羽子板で遊ぶシーンが描かれて、双方とも神器としての姿がdistaffに酷似しているのは意図を感じる。
 また、distaffは西洋絵画において、怒った妻が夫を殴る道具としても登場する。現在、distaffという言語は女性らしさの形容となっており、雌馬限定のアメリカ競馬にBCディスタフというカップがある。雪音が夜トを殴るのは以下略。ディスタフデイという女性たちの集会の日もある。1月7日で、カトリック圏では祝日。クリスマス明けに、女性たちが糸紡ぎ始める仕事初めの日である。January 7 is Distaff Day で画像検索するとヒットする。ノラガミは2011年1月6日連載開始、2024年1月6日完結であるが、その翌日である。
 リングディスタフという指に通して使う小型のdistaffもあり、金属製のものは先端に鳥やボールなどの意匠がつくことが多い。別名ローマンディスタフ。ご縁の糸を創造させる外観である。
 リストディスタフという、手首に巻きつけて使用する、帯と重りで作られたdistaffもある。野良の手首につけられた呪詛に似ている。
 その時代、その国にない姿をした神器は主人と相性が良いという。distaffは現代の糸紡ぎ、手紡ぎにおいて、廃れた道具である。使う人はほとんどおらず、博物館かアンティークものしかない。それも装飾品として求める人がほとんど。ある記事では、海外でさえdistaffを実用するために買った人は古物商に驚かれたという。実際、日本の読者の誰が、雪音が蚕であるなら、雪器は糸紡ぎの道具のdistaffと spindleだと気がつくだろう。日本でもspindleやハックル、ハンドカーダーは作っている人がいる。しかしdistaffを作る人はどれだけ探してもいなかった。雪器は日本において存在し得ない道具であると言えるだろう。(2/8にこの考察をUPするためにディスタフの使用動画をあげたら、2/10さっそく宵市様が木工ろくろで作ってくださいました!出品待って買います!)
・spindleは日本では紡錘と呼ばれる。30cm前後の棒に、円盤または球形のホイールを取り付けた長い独楽や短剣のような道具である(チベタンスピンドル)。ホイールがなく、下方に向かって太くなる涙滴型のロシアンスピンドルもある。繊維は捻りながら引っ張り出すと糸になる性質があり、紡錘に紡いだ糸を巻き付けつつ、引き続き回転させることによって糸紡ぎが効率的に行われるようになった。日本でもヨーロッパと同様の紡錘が縄文時代の遺跡からも出土している。spindleは使い方によって、サポートスピンドル、ドロップスピンドル、フレンチスピンドル、ナホバスピンドル(その他、ターキッシュ、バスク、エジプシャン等々)などがある。ドロップスピンドルは紡ぐ繊維の長さや、紡ぐ単糸の太さによって、全体重量を変える。短い繊維や細い単糸を紡ぐ場合は軽いスピンドルを用い、長い繊維や太い単糸を紡ぐ場合は重いスピンドルを用いる。2世紀頃のインドで、回転をホイールではなく車輪によって行う糸車チャルカが発明された。日本で絹や真綿(蚕の繭を引いた綿)、木綿などを紡ぐ際にも用いられた。昔話たぬきの糸車や、番外編で夜トが使っていた糸車はチャルカである。
 また、かつては動物や人間の骨でスピンドルを作っていたともいう。程よく太さの違いがあり、紡錘に加工しやすかったと考えらえれている。また木製のシャフトに骨のホイールをつけたスピンドルがよくアンティークで販売されている。また映画などで骨性の紡錘に眠り姫が指を刺したなどの表現が散見される。エジプシャンスピンドルは、ホイールが長くボビンを兼ねており、これは骨で作られていた。ボビンレースのボビンも昔は骨を削って作っていたため、ボーン・レースとも呼ばれた。骨は輪切りにすると中央に穴が空いているため、ホイールやdizに転用しやすかった。ディスタフも羊などの骨を使って作られていた。とくに指に嵌めるリングディスタフは、関節部をリングに転用したものが博物館に複数残っている。
雪器がスピンドルとディスタフであるなら、その材質は骨であり、夜トが雪音の骨を拾って供養することが、名付けた時に運命づけられたとも考えられる。また左手のディスタフは、リングとしてすでにある契約を示し(既婚)、右手のスピンドルは未来に向かう新しい契約(婚約)を表すと考えられる。
導き糸 紡錘に最初に巻きつけておく糸。この糸に続けて、ディスタフに巻き付けた目的の繊維を紡ぎ出す。糸車ではオリフィスに糸を通してフライヤーを経由しボビンに引き込まれるため、特に重要なアイテムである。雪音が夜トの道標となり、自分を導けと言われるのは、導き糸や絹の道/シルクロードに由来する可能性がある。
・紡績 紡はつむぐ、績はうむ、と読む。羊毛や綿花などの比較的短い繊維は紡がれ、麻などの比較的長い繊維は績まれることが多かった。生糸は、蚕が吐いた通り一本の糸のまま取り出し、数十玉分以上引き揃えたもの。繭ひと粒1500mも蚕が紡いであるので、人の手で紡がなくても最初から糸としてとれる。繰り取った糸はさらに撚りを加えて生糸にする。生糸をお湯で生成すると艶やかな絹糸、正絹になる。絹紡糸は生糸をとった後に残る繊維を整えて紡いだもの(繭の糸は一個一個長さが違うため、引き揃えたあと長いものは余る)。紬はさらにその後に残った繭の外郭の繊維やくずを集めて紡いだもの。紬は、繭を四角く引き延ばして6枚重ねた角真綿からも作られる。
 天照は神は産霊(むすひ)、結ひて死へと誘うという。生す(むす)、結びは紡績も表す。
・刀杼/とうじょ(ヘブライ語でシャトル、往復するものの意。スペースシャトルも宇宙と往復することから) spindleは杼、横杼あるいは刀杼として織物にも用いられた。原始機では、縦糸の間に横糸を通す際、横糸を巻き付けた杼を通すと同時に、通した横糸を打ち込む刀(高機では筬羽)として杼を用いる。ボートシャトルの場合は糸を大管や小管に巻き付けて搭載する。
 天照が天岩戸に入ったのは、妹のワカルヒメノミコト(あるいは天照自身)が驚いて転んだ拍子に、誤って女陰を杼で刺して死んでしまったからだと言われる。杼は太陽神を殺す道具ともなる。杼やスピンドルは、クヌギやミズナラ、コナラ、栗、桑、梨などの硬い広葉樹で作られる。夜トの女性神器が短刀になるのは刀杼である可能性がある。
・蚕 蛾の一種。蝶は昼に活動し、蛾は夜に活動する。家蚕は世界最長の生物性の単繊維を生産する。一個の繭から約1500mの一本の絹糸が取れる。一本の絹糸は、同じ太さの鋼鉄よりはるかに強度を保つ。家蚕は山桑のみを食する、桑蚕の一種である。5000年以上前にすでに家畜化されており、野生の能力は退化し、自力では餌を探すことも逃げることもできない。羽ばたくことはできるが飛ぶことはできない。家畜であり、一頭、二頭と数える。繭を取ったあと、中の蛹は食用になる。高タンパク高ビタミンで美容に良い。
 蚕の漢字は、虫が部首で、天が音符である。部首ではないが、天冠の字である。雪の字もウ冠が天を表す。よって夜トのトレードマークが冠である。
・眠 蚕は幼虫であるうち、4回休眠し、餌を食べずほとんど動かなくなる。これを眠という。眠によって蚕は成長、脱皮する。蚕は回顧、懐古に通じる。雪音や紹巴が、記憶が戻ろうとするたびに眠くなったことや、最終話でも眠そうな雪音とともに成長が語られたことにも通じる。
・春蚕 春いちばんに育てられる蚕。最も上質な繭が取れる。春樹の名に通じる。
・野蚕 野生の蚕が何種類か存在する。クワコ、オオミズアオなど。桑科の他、栗の木や歴木などドングリの成る木を好む。天蚕以外の野蚕は、家蚕ほど上質な繭は取れない。インドでは風合いの出る野蚕も人気で、定番の繊維の一つ。雪音が野良化したことに通じる。
・家蚕 人間が糸や真綿を取るために品種改良し家畜化された桑蚕。無数の種類がある。夜トが雪音を「ウチの子」というのは「家の蚕」に通じる。また蚕をお蚕様/おこさまともいう。雄略天皇の配下のスガルが、蚕/こを子/こと間違えて子供を集めたという逸話がある。
品種改良の技術である一代交雑種による優位性の強調、雑種強勢、F1は日本が蚕の研究から発見し、開発された。病気に強い蚕などが生み出された。現在、一代交雑種(F1)の技術は蚕や作物のみならず、羊や牛などの家畜にも用いられている。
・捨て蚕 蚕の感染症などにかかったものを、廃棄処分すること。またその蚕。主にカビ類が病原菌となる。ネズミが病原菌を媒介する。蚕蛆や寄生蜂も天敵である。雪音が病み、捨てられることに絶望した様子に通じる。
・蚕児 蚕の幼虫のこと。孤児に通じる。
・蚕塚 養蚕農家が建てた、殺した蚕のための供養等。過去のテレビインタビューで、養蚕農家が「今までに何万頭も蚕を殺してきた。祟られるかも」と言っていた。養蚕と絹織の神である天照にとっても、蚕を殺すのは宿命であり罪である。よって、雪音のように救えなかった人間を神器として活用するシステム、蚕を殺して美しい糸をとる世界のシステムを作った罪を、天照は思い出していたのかもしれない。
・黄繭は日本古来の家蚕の繭。黄色みが強く、クリーム色の真綿や絹糸となる。
・天蚕 またの名を山蚕。非常に貴重な日本原産の野蚕。美しい黄色がかった緑の絹が取れる。江戸時代は飼育方法が秘匿されていたほどの高級品。繊維のダイヤモンドと評される。元は長野県安曇野市穂高町の山中で発見され、人が飼育を研究して現在に至る。桑以外も、クタギ、コナラ、カシワ、シラカシなどを好んで食べる。
 雪音の髪の色から天蚕とも考えられる。黄繭である家蚕から、祝になって天蚕やムガ蚕へ進化したともとれる。あるいは、コートの緑系のカーキ色が天蚕、髪の色がムガ蚕を表すともとれる。
・魑魅魍魎の後ろ二文字の魍魎をすだまと読む。山の妖怪という意味である。作中の素魂に通じる。
・ムガ蚕 インドで飼育される上品な淡い金色の糸を作る貴重な野蚕である。天蚕と並ぶ貴重品。ホオノキなどモクレン科の木の葉を好む。世界の絹の生産量の0.5%しか採れない。夜トは朴の木であり、雪音が進化できたと考えられる。
 このように、家蚕は桑、天蚕はクヌギ、ムガ蚕はホオノキと、特定の植物のみを食し、他の作物に被害を与えることが無い。これはなんでも食害するヨトウムシとは対照的である。雪音が明確な線引きができるのは、蚕の食性が非常に限定的であることと通じる。
・シンジュサン シンジュサンは日本語で樗蚕、神樹蚕。中国語で椿蚕。カイコカの昆虫。日本書紀において、「常世の神」として祀られたが、聖徳太子によって排斥された。夜トの由来。詳しくは父様の項。
・蚕時雨/こしぐれ 蚕が桑を喰む音。大雨が降る様なサーーという音がする。雪音、シルクの音。
・絹鳴り/きぬなり 絹を擦り合わせたときのキュッキュッという音。新雪を踏みしめる時の様な音がする。
・玉の音 糸の取りごろに蚕の繭を振ると、繭の中の蛹がカラカラと鳴る。この音がすると繭の出荷時期と言われる春の風物詩。まさに雪(シルク)の音。万葉集に大伴家持の「初春の初子(はつね)の今日の玉箒(たまはばき)手に取るからに揺らく玉の緒
(初春の初の子(ね)の日である今日、いただいたこの玉箒(繭玉を飾ったほうきのこと)を手にした途端に、妙なる音を立てる玉の緒です)」という和歌がある。玉の緒は命という意味もある。玉繭は二頭の蚕が入っている。このため桜/玉の音の髪飾りは白い玉が二つ付いていた。
・三味線 三味線の弦は絹糸である。はつね糸や寿糸など。また箏/ことの弦にも絹が用いられる。テトロンという化学繊維の弦と、絹糸の弦で箏を弾き比べた動画があるが、絹はより余韻が長く、柔らかにうねりがあり、ビビリが少なく、優雅で古典曲向きである。和楽器用の絹糸は黄色味を帯びている。
・数珠 数珠を繋ぐ糸や飾りの房は、正絹を使って作られる。房は梵天房という丸いものがあり、絹を刈り込んだふわふわの刈り込み梵天と、紐を編み込んだ小田巻梵天がある。刈り込み梵天は雪音の帽子の房、また素霊の雪音にも似る。雪音の帽子はチュリョという南米の帽子が原型である。またお守り袋も正式なものは正絹である。雪音のお守りも夜トなら、祝の着物同様、絹から織って絹糸で刺繍したのであろうことは想像に難くない。中身は御神璽や内符といい、神の力の籠ったお札である。神棚のお札の単に小さい版とも言えるが、神棚に神をお迎えするお札であることに変わりはない。実は小さな夜トがいつも雪音のポケットに入っていたのである。雪音/シルクのお守りの中に夜トがいたことは、雪音という繭の中で夜トが守られている様子も連想させる。
・織機 織るという漢字は、糸と音と木の枝を掲げて支柱を添えた状態を表す。原始機の形状にも似ている。意味はまた糸とは絹糸である。右の戠/しょくは印をつける様子を表し、杭を打ち込む様と音の意味がある。糸に目印をつけて模様のある布を織る様子を表している。
・音 立は取手のある刃物で、口に一を加えた形で声を表す。また言に刀を添えた形。全体として、刀を掲げて神に祈り、あるいは誓いを立てて、その返事が音で返ってくる様子を表す。言と音は対になっており、言は人間の祈りで、音は神の返事を表す。夜トの神器がみな刃物になる理由。
・水 繭から糸を取るためには潤沢な清水が必要である。繭は茹でたあと、水を加えて急速に冷やすと、繭の中にまで水が入り、糸取りや糸繰りがしやすくなる。そのままぬるま湯の状態を保ちつつ、数十玉から糸繰りする。取り出した生糸はさらに撚りを加えて、精錬という作業で再び茹でられる。セリシンが程よく落ちると光沢のある正絹になる。また真綿から引く紡ぎ糸も、繭を水につけてから広げる。絹になるまでとにかく水が大事である。よって清流や湧き水が必要とされた。
・蚕紙/こし 古代中国の頃、蚕の繭のうち、糸にすることができない繭や糸のカケラであるくず繭を使用して作られた人類最初の紙。くず繭を水に混ぜてスノコで漉くと紙になる。紙縒/こよりもここから作られた。雪音が姉に手紙を書くという要素は蚕紙から来ている。その手紙をひよりが姉に届けたのは、ひよりも紙縒りという紙の性質を持つから。
 雪音という蚕の紙に、夜トが名付けて字を入れた。蚕紙は蚕神に繋がるため、夜トは雪音を手に入れたことで害虫の蛾から蚕神に昇格し、天照に選ばれたと考えられる。
・蔟 蚕が繭を作る際に入れられる長方形の仕切りが無数についた箱。ひとマスに一頭蚕を入れる。この箱に入れられた蚕は外から綺麗に繭を作るために、一本の絹糸として糸取りしやすくなる。雪音が冷蔵庫に入れられて雪山に放置されたのは…。蔟から取り出された繭は、乾燥や冷凍によって中の蛹を殺す。こうして羽化で傷つかない繭から絹糸を取り出す。また雪音が天によって石棺に封じられそうになったのも、蔟を連想させる。蔟は紙でできている。
・「霜柱氷の梁に雪の桁 雨の垂木に 露の葺き草」火伏の歌として知られる。読み人知らずで、口頭伝承として東日本に伝わる。家の屋根裏などに札に書いて貼る習慣が建設業にはある。弘法大師や日蓮の作という説もある。また、蚕にとって火事は大敵のため、養蚕部屋の天井にもよく書き記された。
・玉繭 二頭の蚕が一緒にひとつの繭を作った状態。一匹の繭は楕円形になるが、二匹の玉繭はまん丸の球形になる。または丸みを帯びたピーナッツの様に、中央に少しくびれがある。この繭からは綺麗に一本の絹糸を取り出すことはできないため、綿とする。稀にひとつの蔟に2匹入ってしまってもできる。夜トと雪音は同室で寝ている。また雪器は二本である。
結城紬/ゆうきつむぎ 紬は蚕の繭を広げて角真綿にしたものから引いた糸や、生糸や絹紡糸をとった後のくずから紡いだ糸で織られた布。角真綿から紡ぐには、相当な力で繊維を引き出す必要がある。特に、結城紬は、繁殖のために蚕を羽化させた後の穴が空いた繭や、玉繭という2匹の蚕が一緒に一つの繭を作ったものを選んで使用する。結城紬は伝統的に、引き出した繊維に唾液を付けて補強しながら紡ぐ。四コマで夜トが雪器をカッコつけて舐めようとしたり、表紙で雪器の刀身に口付けたり、白い帯を咥えていたりするのは、玉繭から作られる紬を意味する可能性がある。あるいは椿笛かもしれない。真喩も道真公のキセルになって咥えられているのは、同じく繭から作られる紬を意味している。それぞれの関係が、蚕と人間のような永続性を持つとも取れる。
 また、夜トの手が手汗なのは、実は細い糸を紡ぐためにはとっても有利である。わたしは手の乾燥で悩んでいるのに…。細すぎる繊維は皮膚の僅かなささくれにも引っかかる。夜トの手はいつもしっとりツルツルお肌で、極細の真綿も水分で補強され切れることなくスルスル紡げるのであろう。でなければ祝の羽織袴1着など仕立てられるか。羨ましい。
・割愛 蚕は羽化するとすぐに交尾ができる。一度交尾が始まると半日以上雌雄が繋がったままになり、スムーズに産卵が始まらない。蚕の寿命は10日から14日であるが、交尾した後放っておくと、1週間も繋がったまま、十分に産卵できず死んでしまうこともある。
このため人の手で雌雄を引き離す。この作業を割愛という。もっと語りたいのに省略する、割愛の語源と言われる。
・歴木/くぬぎ ドングリの木。古来より、僧衣などを作る時は、どんぐりを焙煎し煮出した汁で絹を黒く染める。また野蚕はクヌギの葉も食べてしまう。クヌギは椎茸の原木にもなる。暦器の存在によって雪音/シルクが黒く染まったという解釈ができる。雪に漂白効果があるのに対し、歴木には染色の用途がある点で対照的である。
・桑 家蚕の主食。バラ目桑科。日本に自生するものは山桑。クワ科の植物にはイチジクがある。イチヂクはキリストの大好物。クワ科の植物は花らしい花はつけない。桑の花は一見して芋虫様である。桑の実はマルベリーと呼ばれる。土留色(黒っぽい赤紫)で甘く、赤とんぼの歌にも登場し、食べられる。白い実をつけるものもある。葉はお茶になり薬効がある。木材としても用いられる。桑の花言葉は「あなたの全てが好き」「ともに死のう」桑の黒い実の花言葉は「わたしはあなたを助けない」「あなたより生き延びる」桑の白い実の花言葉は「知恵」。ギリシャ神話のピュラモスとティスベに由来する。駆け落ちするために2人の男女が桑の木の下で待ち合わせした。その場所にライオンが出たため、娘は被っていたベールを落として逃げた。後から来た男は、ライオンの足跡と引き裂かれたベールを見て、娘は食べられたのだと思って、短剣で胸を突き刺してしまう。戻ってきた娘は、自分のベールを握りしめて死んだ恋人を見て、自分の胸にも短剣を突き刺して死んでしまった。2人の血が白い桑の実を染めたので、黒い桑の実ができた。
 夜トが雪音を酷い目に遭わせたのは自分だと思い込んで自殺行為に及ぶ様子と、夜トが雪音が落とした帽子を抱きしめて死にかけていた様子、雪音も捨てられたと思い堕ちて死の秘密に惹かれていく、すれ違いの様子に重なる。桑とライオンの繋がりがある珍しい伝説で、ライオンくら巴の存在に暗示されている。
・無毒化 桑は芋虫に対する2種の毒を持つ。ほとんどの芋虫は桑を食べると、食べたはいいが数日で死んでしまう。家蚕は桑が作る糖類似アルカロイドや新規耐虫性タンパク質に対して高い耐性を持ち、成長阻害作用を一切受けなかった。またこれらの毒を無毒化するため、クワの葉を食べている蚕の体には毒が残らない。例として、同じくアルカロイド系の毒を持つウマノスズクサを食べるジャコウアゲハは見た目にも毒々しく、幼虫が食べた毒を濃縮して自衛しているが、家蚕は無毒である。体内の毒は食べられないと発揮されないので、自衛というより、仲間のために捕食者を減らす目的である。毒がありそうな外見でしか自衛できていない。よって毒があってもなくても食べられてしまうので、蚕はあえて毒を持とうとしなかったと考えられる。そのため家蚕は糸をとった後の蛹を食用や飼料とすることができる。桑のアルカロイドは人間にとっては血糖値を下げる作用があり、薬剤の研究が行われている。
 雪音/すすぐという蚕が、この世の魔をただ祓い清める道を夜トに示したのは、蚕が桑の毒すら無毒化し浄化するから、と言える。
・初絹/はつぎぬ 年の初めに初めて身につける絹織物のこと。服と福をかけ、福が舞い込むとされる。また誰かから送られるその年初めての衣服を総じて初絹という。主に肌着や襦袢であり、神器が初めて名付けられた時の死装束に通じる。
・田島弥平 養蚕に最適な建築法、清涼育の発案者。富岡製糸場、田島弥平旧宅、高山社跡、荒船風穴の4つの資産で構成する「富岡製糸場と絹産業遺産群」は、平成26年6月25日、世界遺産に登録された。田嶋春樹の苗字の由来と考えられる。また荒船風穴は蚕の卵「蚕種/さんしゅ」の保管場所である。風穴により年間通して繭が取れる様になった画期的史跡である。遺産群の敷地内には冷蔵庫もあり、見学可能である。
・鼠または蝙蝠(天鼠) これらは蚕の天敵である。捕食するだけでなく病原菌も媒介する。一方で、コウモリは病害虫を捕食するため、フランスのブドウ農家はコウモリの巣箱を設置するなどして、ブドウを蛾の被害から守ってもらっている。コウモリは一頭で一晩に500匹の虫を食べると言われており、農家の味方、益獣である。妖化した雪音に蝙蝠の翼が生えたのは、天敵(心の病)に侵食されている表現ともとれる。夜トがヨトウムシであるなら、蝙蝠化した雪音によって障が生じたのは雪/蚕やヨトウムシが、食べられている様。
・猫 猫は蚕の天敵である鼠の天敵である。古くから養蚕農家では猫が珍重され、養蚕部屋に猫が紐で繋がれていることもあった。養蚕農家が猫を馬一頭と同じ価値で取引したという逸話も残っている。太平洋側の養蚕が盛んだった地域には猫神社が建っているところもある。ちなみにマーキングなどで猫の尿に触れてしまった鼠はストレスにより、個体寿命が縮まり、一生に産む子供の数が極端に減少する。
・鈴 猫が首につけている鈴の音でも鼠が危険を感じて逃げるとされ、養蚕部屋に土鈴をぶら下げる風習があった。
・天照 機織り神であり、紡績の神でもある。お蚕育て、糸取りは御養蚕儀といわれ、現在でも宮中行事である。また稲作や農耕の神でもある。
・雪椿 椿は春の木と書く。日本原産のヤブツバキの変種が雪椿であるとされる。枝が硬いヤブツバキに対して、雪椿は枝が柔らかく、雪に埋もれても枝が折れないしなやかさと強さがある。樹高はやや低い。椿は魔除けの木である。椿は花から滴るほどの蜜を出す。椿の大木の下で小雨が降っている様に感じたら、それは滴る蜜である。まるで蚕時雨である。雪音の泣き虫に通じる。また通常の椿の花は無香である。香りのする珍しい椿は香り椿と呼ばれる。「祝の盃」という香り椿の品種が存在する。白と赤のまだらの小ぶりな花を咲かせる椿で、芳醇な香りがする。「卜伴椿」という品種は、中央の雌蕊雄蕊が無く、フリルの様な花びらがまとまってボール状になっている。白と赤がある。卜伴椿の外見は、さながら初登場時のケセランパセラン雪音である。生きてる時の雪椿/春樹は無香で、「祝の盃」となった雪音は香るということかも知れない。新潟には雪椿という、雪椿の花粉から採取した酵母で発酵させたお酒がある。
 雪椿の花言葉は「変わらない愛」「私の運命はあなたの手に」
 椿は油分を多く含み、椿油は高級なヘアオイルや化粧品、食用油、油煙墨として用いられる。木材としては硬さを利用して櫛や床柱になる。椿の葉は燃える時、油分がパチパチと音を立て、その音が魔を退けるとして山伏に珍重された。
・椿笛 ヒヨドリ等に受粉されたあと、椿の実は赤いボール状の実をつける。小さいリンゴのように硬いが、やがて綿の実のように裂けて弾ける。中の黒い実は巨大な朝顔の種のような形状である。椿の種が地面に落ちてしばらく経つと、虫に食べられて中が空洞になり、椿笛となる。椿笛は鳥笛として鳴らすことができる。実際に吹くと、瞬く間にスズメなどの鳥が複数寄ってきて、我が家の猫が興奮状態になった。雪音の元にひよりが来るのは、椿の蜜のほか、夜トが雪音という椿笛を吹いて呼び寄せていたのかも知れない。椿笛は人の手で種を削って、中身を取り出して作ることもできる。空っぽの椿笛は、成虫が出ていった後の穴が空いた繭によく似る。これは狼となった雪音の片耳が欠けている様子と重なる。椿笛の哀愁ある音が、狼の遠吠えの哀愁を思わせる。
・チャドクガ 椿にはチャドクガという長い毒毛を持つ毛虫がついて、葉を食い荒らす。エノコログサの穂の外見に似る。一見、ストラップの様に茶色くふわふわしているが、触れると激しい痛みと痒みが出る。1匹の毛虫に50万本の毒毛をもつ。幼虫ばかりではなく脱皮殻やサナギ、成虫、卵、全ての段階で毒針をまとっている。椿の性質を持つ雪音が番外編で「毛の生えてるものが好きなんだ」と言いつつ、コタツの妖にやられてしまったのはこのためかもしれない。なぜならヨトウムシな夜トも「ふふん?(俺にも毛が生えてる)」とやっていたからである。椿の葉っぱの上で、毛虫が毛虫に張り合っていたのかもしれない。
 莠器によって人々は正義感に駆られ、時に怒りに駆られた。チャドクガの毒針には免疫成分のヒスタミンが含まれており、人間が刺されると炎症反応が励起され、腫れや赤み、痒み痛みが出る。またドクガのアレルギーのある人は、傷が悪化して化膿することもある。
 莠がチャドクガで、毒のある繭なら、それを父様が螭器でクルクルと巻き取っていた様は、まさしくdistaffの使用法である。毒の蛾の繭と糸を網としたのである。
 また莠の黒い槍のような形状は、綿花を紡ぐための金属製の尖った細いクイルスピンドルやタクリスピンドルによく似ている。また綿花用のdistaffも金属製で小さなコーンを持つ。いずれかである可能性が高い。ちなみに眠り姫が指を刺したのはこのクイルスピンドルであると言われている。クイルとは英語で鳥の羽の芯を意味する。莠の武器形態がクイルスピンドルなら、堕ちた雪音に鳥の羽が生えたことにも通じる。
 クイルスピンドルはアシュフォード社のトラディショナル糸車にオプションとして追加可能であるが、私は残念ながらクロムスキー社の糸車2台(ディスタフ付きミンストレルとプレリュード)も所有しているので、購入の予定が無い。
・椿象/カメムシ ちなみに香り椿と「香椿/センダン」は全く異なる植物。センダンは中国原産で木全体が独特の青っぽい香りを放つ。その香りに似ていることから、椿象/カメムシと書く様になった。植物の青っぽい香りはヘキサナールという成分による。南京虫はカメムシの一種で、ベッドにいて血を吸う害虫。カメムシの匂いの主成分はヘキサナールである。雪音がカピパーランドで調子に乗った夜トに向けて放った刺客は、カメムシかもしれない。横から見たシルエットは近い(国内最大のカメムシはキマダラカメムシで体長2cmほど。虫好き曰く美しい。パクチー臭を放つ)。大黒さんは不運だった。カメムシは米や果樹を食害する害虫だが、中にはコナジラミ、アブラムシ、アザミウマを食べて退治する種もあり、ナス畑等の有機栽培に利用されている。カメムシが多い年は大雪になると言う。カメムシが寒さを凌ぐため人家に侵入するため。(祖父の家は山沿いの亜寒帯にあり冬はカメムシ祭りで眠れない)
・椿油煙墨 高級な習字や水墨画の墨。椿油は椿の種を圧搾して搾られる。椿油を油皿に入れ、灯芯を浸して火を灯し、上に傘を掲げて火の先から出る煤を集める。集めた煤をそのまま水に溶かしてみたが、十分綺麗な線が引ける。固形の墨にする場合は、牛や山羊などの皮と骨を煮込んで作った膠(コラーゲン)で練り上げ、数年乾燥させて完成する。墨に五色ありと言われ、原材料によって黒の風合いが違い、椿油煙墨は赤紫味のある妖艶さのある黒となる。雪音/春樹が、手紙/蚕紙に文字を綴ったことから。また雪音が勉強熱心であること、漢字の書き取りを頑張ったことに通じる。そして莠の能力は墨のように自由に思い描く通り攻撃できる能力である。クヌギの木のドングリを焙煎した染め液に相対する。
・椿炭 高貴な人が手を炙るに相応しい炭とも呼ばれた。よって椿の大木はかなりが江戸時代に炭材として刈り取られてしまい、現在は超貴重である。また、観賞用の椿までもがあまりに庶民に流行し、椿の価格が高騰したため、武士の手にも入らなくなった。そのため上流階級が「椿の花は散らずにポトンと落ちるから、首が落ちるようで不吉である」という噂を流した。タケミカヅチが祝を欲しがるのに、黄云が不吉な面もあると諭す様に近い。確かに椿「祝の盃」は希少品種である。
・蚕の社 蚕の社という神社が京都にあり、敷地内には椿社もある。珍しい三本柱の三角形の鳥居がある。日ユ同祖論ではキリスト教の三位一体や、ユダヤ時代の天幕の柱が3本であったことに通じるのではという説がある。三種の神器についても、イスラエルにも三つの重要な宝物があるからである(アロンの杖、マナの壺、十戒と聖櫃)。七支刀も、メノーラーと酷似する。だが、大昔の人は単に絹糸の断面が三角形であることに気がついていたのでは?とも思う。蚕に社には末社に椿社がある。「常世の神」と関連する可能性がある。
 神器を禊する際、3人で一線を引いて閉じ込めるところが、蚕の社に通じるものがある。
・蚕/コメ 蚕はコメとも読む。主な理由は蚕の卵が米粒のようだからである。
・酢 酢は米から作られる媒染液である。染料を酸性にして色素を繊維に定着させやすくする。酢はウールやシルクが傷付きにくいため媒染に適している。もちろん麻や綿も染めれる。いっぽう、塩はウールやシルクを痛めてしまうため、麻や綿にのみ向いている。日本茜の染めを復活させる事業があったが、当初米で染めるという古文書の意味がわからずに苦戦したが、のちに米から酒を作り、酒の発酵を進行させて酢を作るという回答に至った。よって日本茜染めは再生された。
 雪音は蚕/米であり酢であり、よって兆麻とも野良/綿花とも仲良くなれたと考えられる。雪音/シルク/米は麻を信じていたのに、麻は塩で対応して雪/シルクと夜ト/ジャコブ羊を傷つけて裏切ったのである。特にシルクが傷ついてしまった。
・絓糸/しけいと 繭から生糸を繰るときに、はじめに出てくる毛羽という部分から作られる粗糸で、玉節があり、太さが不ぞろいの糸のことで、熨斗糸ともよばれる。対:水引
・天蚕糸/テグス 綿打ち弓の弦はテグス/天蚕糸である。面打ち/綿打ちである父様が雪音はいずれ自分のものになると言った理由に繋がる。
・莠 狗尾草 イヌころ草が転じてエノコログサになったと言われる。別名猫じゃらし。稲科植物で、アワの原種であり、羊が好んで食べる。またヨトウムシ類のアワヨトウにも食害される。栄養価は高いが、やや苦味があり、大量に食べると人間は中毒を起こすことがある。父様は蚕/コメである雪音を貶めたとして、同じ稲科ながら、食糧的には非常に価値が劣る野草の狗尾草と名付けた可能性が高い。毒麦は新約聖書に登場する。エノコログサの花言葉は「遊び」「愛嬌」
・狼 大口真神というオオカミの神はよく知られてはいるが日本神話には登場しない。日本書紀に出てくるのは「白い狗」である。ヤマトタケルの案内をすることでよく知られている。日本神話においても白い狗は神を導くものである。
 また、十二支における戌は、安産を守護する御利益があるとされ、戌の日や方角が有り難がられた。妊娠5ヶ月目の戌の日に腹帯を巻くと安産になるという伝説がある。雪器の白帯との関連が考えられる。
・犬頭糸 今昔物語の蚕の逸話である。昔、とある郡司が2人の妻がいた。一方の妻には養蚕をさせていたが、ある日蚕が病気に罹って全滅してしまった。そのため夫は家に寄り付かなくなってしまった。残された妻は一匹だけ残った蚕を大事に育てていたが、飼っていた白い犬がその蚕を食べてしまった。すると犬がクシャミをし、両の鼻の穴から糸が出てきた。二本の糸を引っ張り出すといつまでもなくなることなく、竹の竿や樽、枠に巻き取り続け、蚕何万匹分にもなったと言う。ついに糸がなくなると、犬はぱったりと死んでしまった。犬から出てきた絹糸は、通常の糸よりさらに美しく、犬頭糸と称して天皇に献上した。妻は犬の死を悲しんで、犬は仏の化身だったとし、桑の木の根元に埋葬して犬を祀った。その話を聞いた夫は神仏のお恵みを受けた妻を見直して、もう一方の妻のところに行くのは止めた。すると翌年の春、桑の木の葉から無数の蚕が出てきて、鈴なりに繭を作り、妻は以後、養蚕を復活させて豊かになっていった、という。蚕(天軍の神器たち)が全滅したことは流行病に関連すること、主人に冷遇されたこと、雪/蚕から犬への化身と、糸を竹に巻き付けたこと、木の下への埋葬という点で雪音に共通する。
・蠶/かいこ 蚕の異体字。牙が二つある日の虫とある。蚕のもう一つの姿が狼であることを示唆する。
・牧羊犬/シープドック イヌころ草より転じて。狼は大神とも書き、日本では古来より山岳信仰の一つとされる。牧羊犬は紀元前4000年頃、イランあたりが発祥である。狼となった雪音の左耳が欠けているのは、父親に殴られて鼓膜が破れた状態を、癒やされない傷として心のうちに抱えているからともとれる。椿笛の種が抉られ欠けた様子も想起される。牧羊犬は野生の狼やコヨーテや盗賊などから羊を守る他、敷地の境界内に羊を留めておく。また羊飼いと協力して目的地まで羊を導く。羊を護り、境界し、導き、主人に遣えるのが牧羊犬である。たった一頭の牧羊犬が命懸けで闘い、計8頭のコヨーテを討ち取って、満身創痍で帰還したニュースは記憶に新しい(カラパイアの記事参照)。しかもこの牧羊犬はまだ2歳にならない若さであった。犬の毛は羊毛の様に絡みやすく、紡ぐのに適している。
 山羊座のパーンは牧羊神であり、普段は半神半獣である。しかし、慌てて川に逃げ込んで、上半身が山羊で下半身が魚になったとされる。牧羊と半身半獣の繋がりは深く、映画ラムでも語られている。
 人類が羊を追いかけ始めた頃より、狼が犬になっていったとされる。狼は犬とは異なり、骨格の関係上、足跡が一直線になる。また手のひらが大きく、狼爪が発達している。山で暮らしていた日本犬には狼爪がはっきり残っている種もある。芝犬は遺伝上もっとも狼に近い。ウルフドッグという狼と犬を混血させた品種もある。ウルフドッグは雑種強勢により、狼や犬より病気に強く健康である。ウルフドッグのF1(第一世代)は日本では特定動物のため、愛玩目的の飼育はできない(動物園のみ)。F2以下は飼育できるが、狼と戻し交配されたハイパーセント・ウルフドッグ(狼が75%以上)は県の条例等により飼育できないと思ったほうがいい。穏やかで家族には優しく、主人に忠実であるが、主人以外には懐きにくい。野生の気質が残り、狭いところが苦手で、家族や群れから離されるのは苦手なため、お留守番には向かない。(筆者のオススメは「白い牙」というウルフドッグのドキュメント小説である。小学生ぶりに読みたいがティッシュの用意が欠かせない。人に振り回されて野生にも闘犬にも番犬にもなった)
・ウールコーム/Wool Combs 羊毛を繊維をコーミングする道具。ウールとシルクのブレンディングにも使用される。無数の釘がついた櫛のような道具。この釘は歯と呼ばれ、1列のみの1歯列と、2列重なった2歯列がある。狼の牙にも通じる。ペットレーキ(鋤)のように、櫛に横向きの持ち手のついた形状をしている。ウールコームは2本1組で使用する。コーミングする場合、机に固定した一方に繊維をかけ、もう一方で溶かし、全ての繊維が手元に来ると、もう一度同じ作業をくりかす。まるで噛み砕くかのような作業である。またはロービングする場合、ウールとシルクを歯に交互に重ねてかけておき、ディズ/dizという小さな丸い板の穴を通して繊維を引き出して混ぜ合わせ、長いスライパーにする。スライパーはすぐに糸を紡ぎ出せる状態になっている。カラフルなスライパーを作ることもできる。スライパーをディスタフに巻き付けてリボンで縛れば、梳毛にも紡毛にも自在に紡げるようになる。ハックル/hackleという道具もあるが、これは机に固定する大型の櫛のようなもので、羊毛に使用するには必ずウールコームが必要である。
・ディズ/diz 大小の穴が複数空いている小さな丸い板。3個前後の穴があるものが多い。木や金属、動物の骨、羊の角、陶器などから作られる。コーミングやカーディングをしたウールの端を穴に通し、引っ張り出して細長く伸ばすことで、繊維を紡ぎやすくする道具。スレッダーという紐を使うことで簡単に穴に繊維を通せる。いわゆる糸通しで、dizとスレッダーはセットになっていることもある。引き伸ばされたウールはロービングという。ディズには色々な大きさの穴が空いているが、これは紡ぐものに合わせた太さのロービングにするためで。
・ファングタイプスピンドル 両端が細く、重心が中央にあるタイプのスピンドルを言う。フレンチスピンドルなどが含まれる。雪器は短い方がスピンドルを表しており、雪器の刃が狼の牙に転化されていることがわかる。
 狼となった雪音が次々と妖を刈っていったが、その上下の牙はウールコームを思わせる。また雪音のもふもふの毛皮から、夜トが雪器を引き抜く様は、ウールコームで梳かされた繊維から糸を紡ぎ出す様子を連想させる。また、狼の雪音の左耳の位置に大きな目玉とたくさんの小さな目玉があったが、これはディズに相当すると考えられる。distaff、spindle、Wool Combs、Diz、この4つがあれば、他に何もなくても羊毛から糸紡ぎが始められる。もちろん他にも色んな道具はあるが、ひとまず十分である。蚕/コメは酢となり染め物にも使えるとあれば、夜トが機織り神である上で必要なものはひと揃いしている。
・単眼 蚕の幼虫には単眼が6個あり、これが初めて狼になった雪音の左目が複数になっていた理由である可能性がある。成虫は2個の複眼を持つ。
・埋葬 推測に過ぎないが、夜トが作った雪音のお守りの中身は、雪音の骨や灰でできた何かかも知れない。骨は輪切りにすると中央に穴が空いているため、スピンドルのホイールやdizに転用しやすかった。日本における埋葬は基本火葬である。聖書では骨に霊が宿ると考えらえている。生贄の羊は神の天幕で火にかけられ、灰になるまで焼き尽くす。その煙の香りが神を慰め、罪を犯した人間と神を和解させるとされる。灰は園芸においては土の酸性化を防ぐ肥料であり、害虫避けとなる。木の下に灰が撒かれると地面が強アルカリになるため、土の中に住むヨトウムシは堪らず逃げ出す。雪音の死の灰と煙が、神である夜トと人である雪音の間で和解となり、夜トの内からヨトウムシ・禍ツ神としての性質を祓っていったのかもしれない。
・祝 神職の一種 葬るに通じると黄云がいうが、雪音も兆麻も、祝という二心なく主人に使える、という部分を一度失ったため、主人が死ぬほどのことは無いと考えられる。一方、主人のために名(存在)を賭し祝として進化した雪器、兆器の形態は、一度進化したのち、元に戻ったり変形したりすること無く持続している。これは過去に主人のために名という命を賭けたという事実は変わらないことを示している。
 緋器、莠器、暦器などは可変形のギミック機能を持つが、あくまで元々付属しているギミックで、ギミックを発動した後再び元の形状に戻っているため、根本的進化ではなく祝でも無い。加えてそもそも、その名をつけた主人のために名や命を賭けていない。七もイナゴを出したりと変形分散するが、毘沙門天の祝では無いと黄云に言われており、どうやら祝になるのは1人の主人に対してのみであると考えられる。夜ト曰く、暦器は折れたのではなく分散機能がもう一つあったということらしい。
 雪音は転化し狼の姿になるが、祝として獲得した雪器の形状も能力も変化は見られない。
 結局のところ、毘沙門天にどれだけ多くの神器がいても兆麻が唯一無二だったように、夜トにとっても自らの手で遺体を弔った雪音こそが唯一無二であり続けるのだろう。あの桜の丘のたんぽぽは、雪音か夜トか、あるいは雪音が夜トからもらったものかもしれない。
 そして祝は、生うる、栄うる、羽得る、羽織、とらえることができる。であれば、羽をもつもの、蚕である雪音と、蝶である兆麻のみが祝であることの理由になる。
・禊 本作の禊は、自らの罪を吐露することで救われるという点が、キリスト教カトリックの告解に似ている。またカトリックは入信すると洗礼名を授かるという伝統があり、これも神が神器に仮名を付ける様子に似ている。身を清めるため、また祝福を授けるために洗礼に聖水を用いる。悪霊退治にも聖水を用いる。これも湧き水で清められるという設定に似ている。雪音が夜トに「この子を救えると信じている」と言ったが、キリスト教における信仰とは、神への信頼感である。存在するかしないかを議論するものでは無い。キリストという人間、そして神への信頼を持つかどうかという話である。雪音の言った信じるとは、根拠もない夜トへの信頼である。だが必ず果たされるのが信仰である。
・悪霊払い キリストとその使徒たちは、キリストの名の下に多くの悪霊払いを行った。キリストが「出ていけ」というと悪霊は堪らず逃げ出して浄化され、取り憑かれていた人間はすっかり憑き物が落ちて正気に戻ったり病気が治ったりしたのである。使徒も同じことをキリストの名の下に行った。この悪霊を払うと助かるという描写がノラガミと近い。
・蚕/回顧 であるため、雪音は眠る(眠に入る)たびに、回顧して苦しんでいるのかもしれない。
・桜 モーセの兄アロンが、数人の首長たちと、杖を掲げてこの中の誰が指導者に相応しいかを神に問うた。すると、アーモンドの木でできているアロンの杖が、枝葉を伸ばして花を咲かせたため、アロンが神に選ばれたことがわかった。桜の語源はヘブライ語でアーモンドを表すシャーケードである。現在もエルサレムには多くのアーモンドの木が春に花を咲かせる。桜と瓜二つだが、アーモンドは桜と違ってすぐに散ることがなく、花も大きい。
 雪音の遺体は桜の下に夜トが葬った。そこから桜は咲き、夜トは桜が春の木だから、と雪音の真名に言及した。つまり、名付けてすぐ雪音を桜の元に葬ったとき、夜トが雪音に唯一無二となって欲しい思いを固めたととらえることができる。夜トは桜が雪音自身と同一であるかのように守った。雪器は糸紡ぎのための杖(スタッフ)であり、ディスタフがモチーフである。それが桜からきた杖であるなら、その時雪音は夜トに道標として選ばれている。
これが暗喩されていることは、木花開耶姫神が枝葉を伸ばし花を咲かせる神器を使うシーンに現れている。また作中でモーセの名も雪音が口にしている。

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