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"三方よし"をめざす獣医学と医学のコラボ - X Talks 8.2 -

山口大学の伊賀瀬雅也先生をお迎えしたVET X Talks(ベットクロストークス)の第8シーズン。前回は、代謝に注目して色々な動物の様々ながんに対する治療法の研究を中心にうかがいました。今回は、たくさんの動物たちを救うために重要な、医学と獣医学のコラボレーションについて前田先生と話が盛り上がります。


獣医学研究が"三方よし"をつくる

--:飼い主さんがサプリに頼るのも、ご自身が良い薬を開発できていないせいだというお考え…。ものすごくプロ意識を感じます!
 
伊賀瀬雅也先生(以下、敬称略)プロ意識かどうかはわかりませんが…、「何とか病気を治したい」とは、すごく思います。
 
前田真吾先生(以下、敬称略)そこは僕もすごく共感するな。臨床系の獣医学研究者は誰でも、まずは「目の前の子たち(=動物)を治したい」っていう気持ちが強いよね。それが、ヒトの治療にまでつながったら 「ラッキー!」くらいのスタンスです。
 
--:伴侶動物って、もう飼い主、つまり人間の一部ですから。常に、ヒトにもつながっていると思います。
 
前田:確かにそうですね。海外の研究者が書いたレビュー論文の中に、個人的に印象に残っているフレーズがあるんです。“Win-Win-Winシナリオ”というもので、日本語だと“三方よし”って言葉になるかと思います。イヌやネコの臨床試験を通して、患者さん(動物)は病気が良くなってハッピー、飼い主さんは愛する家族が元気になってハッピー、そして将来的には人間の患者さんの治療にもつながることがあればさらにハッピー、というものです。
 
伊賀瀬:それ、すごく共感します。
 
--:ラボでの実験よりも、自然発症の病気を研究した方が人間の治療に応用しやすいメリットもありますよね。
 
前田:おっしゃる通りです。マウスを使う研究も大事なんですが、人工的な状態と自然発症の病気にはやっぱり乖離があることが多いんです。イヌやネコの自然発症の疾患を扱う研究が注目され始めて、アメリカでは大きな研究費が出るケースもあります。医学と獣医学の間で共同研究も進んでいます。
 
--:日本ではどうですか?
 
前田:日本では…。まだまだ進んでいないのが現状です。
 
伊賀瀬:たぶん獣医学自体が知られていないんですよね。医学分野の先生方(=ヒトのお医者さん)はイヌやネコにがんが多いことも知らない。
 
前田:たしかに…。以前、医学の学会で発表したときに、「イヌやネコも、がんになるんですか?」っていう質問を医師の方からいただきました。
 
伊賀瀬:ペットを飼ったことのない方は一定数おられるので、知らない方も多いんだろうと思います。
 
前田:あー、それはあるかもね。あとは(医学系の先生方は)目の前の患者さん対応で忙しいのも理由のような気がします。
 
--:アメリカはその辺に少し余裕があるのかもしれませんね。
 
前田:かもしれません。それと寄付の文化が大きいと思います。アメリカの大学では、寄付で成り立っているケースも少なくないようです。寄付を活用して、医学部と動物病院が合同で大きなセンターを建てて一緒に診察している所があるようです。
 
伊賀瀬:そうなんですか!それはすごい…。というかうらやましい!

医学と獣医学によるシナジーの創出

--:イヌやネコとヒトが一緒に診察しているんですか?
 
前田:”Zoobiquity(ズービキティ)”、日本語だと汎動物学って言います。人間も動物の一種とみなして、医学と獣医学が一緒にやっていこうとする考えで、共通点と相違点に着目して研究することが提案されています。少し前ですが、バーバラ・ナッターソン・ホロウィッツ先生という方が"TED Talks"でプレゼンをしたのが話題になりました。

--:Zoobiquity…。初めて聞きました。中心は、獣医学と医学のどちらですか?
 
前田:医学部から出てきた考えです。医師が知らないことが獣医師にとっては常識なことがしばしばあります。もちろん、その逆も。だから医師と獣医師がコラボレーションすることで、発見や新たな着眼点が見つかるというアイデアです。

この考え方は本当に素晴らしいなあと思っています。日本でも、獣医学に興味を持ってくださる医学部の先生もいらっしゃると思います。水野先生も、医学界とのコラボを精力的に進めていますよね。
 
伊賀瀬:岐阜大学でも、医学部や工学部などと獣医学部が一緒に研究を進めていますよね。前田貞俊先生の…
 
前田:COMIT(コミット)だね。これも本当に素晴らしい取り組みだと思います。
https://comit.gifu-u.ac.jp/

伊賀瀬:まさに分野を超えた組織ですね。
 
前田:日本だと、あれが初めてじゃない?
 
伊賀瀬:医学部と(獣医学部が)一緒にやるのは初めてですね。山口大学でも去年の11月に、水野先生と医学部の玉田先生(山口大学医学部大学院医学系研究科・免疫学の玉田耕治教授)が「細胞デザイン医科学研究所」を立ち上げました。

前田:おぉー、素晴らしい!この流れがもっともっと進んで欲しいね。
 
伊賀瀬:僕らがもっと医学界に向けて情報発信しないといけないと思います。現実的には医師が獣医学を見に来ることってないと思うので、僕たちが医学系の学会などに参加して「こういうのをやってるんだ!」って主張していくべきでしょうね。
 
前田:たしかにね…。でも、どうやったらいいんだろう?

ネコ好きのゲノム研究者が突破口?

伊賀瀬:それは…たぶんですが、イヌやネコが好きな医学研究者と知り合いになるのが一番だと思うんですよ。
 
前田:なるほどー!そう言えば、ゲノム医療の研究者にはネコ好きが多い気がする!
 
--:猫教授とか。
 
前田:猫教授!まさにそれです!X(旧Twitter)で知り合いになって、仲良くさせてもらっています。遺伝研の中村先生(国立遺伝学研究所・中村保一教授、ハンドルネーム:猫教授)は、アニコムの松本さん(アニコム先進医療研究所・松本悠貴博士)と一緒に4年前からゲノム医療の研究会をやられています。

先月、静岡県の三島にある遺伝研で開催された第4回の研究会に僕も参加してきました。ゲノム解析で有名な理化学研究所の桃沢先生(桃沢幸秀チームリーダー)も参加されていて、獣医学と医学の連携がここから広がっていけばいいなと期待しています。
 
--:「動物好き」という接点から糸口が見つかれば良いですね。
 
伊賀瀬:ゲノム関係はコラボしやすそうですね。ヒトとイヌ・ネコって遺伝子は共通するところが多いので。それから、ヒトの場合は遺伝性疾患って、(倫理的な課題もあって)色々な研究ができるものでもありません。マウスモデルだとヒトの治療に繋がらないこともあるので、自然発症のイヌやネコで研究する意義があると思います。
 
もう1つ、医学とのコラボで可能性が高そうなのは再生医療だと思います。ヒトで研究は進んでいますが、臨床応用はごく一部ですよね。それを先にイヌやネコでできれば、医学界から注目してもらえると思います。
 
--:椎間板ヘルニアで下肢麻痺になったイヌに幹細胞を点滴で注入するという治療を聞いたことがあります。
 
前田:間葉系幹細胞療法ですね。有効だとされていますが、厳密に治療効果を確認するのが難しいところはあります。
 
--:リハビリだけで同じように回復したかもしれないということもありそうですね。
 
前田:その通りです。幹細胞を投与しなくても、オペとリハビリで改善することも多いので、どこまでが幹細胞治療の効果なのかはまだわかっていないというのが現状だと思います。脊髄損傷やヘルニアの場合、まったく同じ症状の子(イヌ)はいませんし、同一個体で比べることもできないので検証が難しいんです。

臨床試験のデザインをきっちりと組めば比較ができそうな気もしますが…。例えば、最初にプラセボの治療をやって、その後で幹細胞を投与してみるとか。いまのところ、細かく設計した臨床試験が行われていないので、本当に効果があるのかはキッチリ証明できていない段階です。
 
--:なるほど。では逆に、獣医学の方が医学よりも進んでいる分野はありますか?
 
伊賀瀬:人工授精は圧倒的に獣医学の方が進んでいます。生殖医療に取り組んでいる医学部の先生が獣医師の研究を見に行く、という話は聞いたことがあります。獣医学は昔から良い牛をつくるとか、速い馬をつくるとか、生殖に関しては知見を蓄積してきました。それに注目しているお医者さんはたくさんいます。

僕たちが研究している小動物臨床の分野でも、いつか医療に役立つ時が来ると思うので、頑張りたいなと思いますね。
 
--:継続的に積極的に情報発信して、イヌ・ネコ好きな医学研究者を突破口にする戦略ですね!
 
前田:そういう意味では、やっぱりSNSはすごいですね!猫教授の中村先生ともTwitterで繋がりましたし、他にもTwitter経由で共同研究まで発展した先生が何人もいます。
 
--:医学の学会に獣医学研究者が出る機会は増えているんですか?
 
伊賀瀬:昔から医学への学会発表を意識されている獣医学研究の先生方はいらっしゃいます。数は少ないですが、コンスタントに医学系の学会に出席しておられますね。そういった先生から教わった人たちも、同じような意識をもっている人は多いと思います。

一緒に"たたかう"仲間を増やす

--:将来的にはそうした交流が広がっていきそうですね。
 
伊賀瀬:はい。だから、後進の育成はすごく意識しています。僕は自分の能力が高いとは思っていません。僕が出したデータを使って、研究をどんどん先に進めてくれる人を育てたいですね。
 
学問を変えるような研究成果を残すとか、すごい薬を作れるような研究者って本当に一握りだと思ます。だから、後輩の育成ってすごく大事です。僕もまだ若いんですけど、周りの人たちに研究の面白さや重要さを伝えるように心がけています。その辺り、前田先生はどうお考えですか?
 
前田:前回の栗原先生もそうだったけど、みんな「教育をがんばろう」っていう意識が高くてすごいなあと思います。以前から言っているのですが、正直なところ僕は教育が苦手…(笑)。人に教えられるほど何かを詳しく知っているとは思っていないので、居心地が悪いっていうか…。だから一方通行になりがちな授業とか講義は実は苦手ですね。
 
伊賀瀬:なるほど…。たしかにそう言われると、僕も人に教えられるほどの自信はないです。「教育」ってなるとムズカシイかもです。うーん…、でも研究ではどうですか?僕は「教える」というか、自分について来てくれた人たちを全力でサポートしようと心がけています。
 
前田:あー、そこは一緒だね!「教育」って言葉は「教える」に「育てる」って書くじゃない。教えるって言葉には、上から目線な感じがあって僕は好きじゃないんだよね。前回の栗原先生にも話したんだけど、「教え育てる」じゃなくて「共に育つ」と書いて「共育」の方がいいんじゃないかと。
 
伊賀瀬:共に育つ、良いですね!
 
前田:一緒に学ぶ。一緒に議論する。そういうアプローチが好きだから、共に育つと書いて「共育」!
 
伊賀瀬:あー、前田先生に言われて気づきましたけど、僕も「授業をしたい」とか「教えたい」って言うよりは…
 
前田:ディスカッションがしたい、だよね?
 
伊賀瀬:それです!結果的に、それが研究者人口の増加にもつながると思っています。伴侶動物に関する獣医学研究者は少ないので、1人でも増えたらいいなと思っています。なので、学生に対してのコミュニケーションは普段からすごく意識してます。そういった思いはありませんか?
 
前田:それはめちゃくちゃありますね!…というか、研究者はみんなそうなんじゃないかなあ。僕も「一緒に研究したいです!」って研究室に来てくれた学生さんや大学院生のみんなには、本当に感謝しています。1人じゃ何もできないんで。大学院生と“一緒にやらせてもらってる”、という感覚です。
 
伊賀瀬:一緒に戦ってくれる仲間を増やすみたいな感じですよね。
 
--:おふたりとも、それぞれの得意分野を生かしながら、みんなでやっていこうという意識が強いですね。
 
前田:一人じゃできませんから。
 
伊賀瀬:研究をやっていると、ひとりじゃできないっていうことを、より痛感しますよね。

獣医学と医学が協力する「ズービキティ」という考え方には、共に歩むことで効率の良い進化の可能性がありそうです。日本でその考えを広めるためには、イヌやネコの好きな医学者を突破口にするというのは有効な手段の1つとなりそうです。また、「共に育つ」仲間を増やす大切さは、VET X Talksでよく話題に上ります。

伊賀瀬先生にとって、そうした様々な活動のモチベーションになっているのは、獣医師になる前の2つの出会いだったそうです。次回は、そのエピソードを中心に話が進みます。初回に感じた「研究者というよりも、かかりつけの獣医さん」という印象は、そんなところからも来ているようです。

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