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もも太郎のために - X Talks 8.3 -

山口大学の伊賀瀬雅也先生をお迎えしたVET X Talks(ベットクロストークス)の第8シーズン。前回は、たくさんの動物たちを救うために重要な、医学と獣医学の協業について前田先生と語っていただきました。今回は、伊賀瀬先生が研究者をめざしたきっかけを中心に聞きます。「もも太郎がいなかったら、今の僕はありません」という言葉は、愛犬家の皆さんも共感するところはあるのではないでしょうか?


全能感から「何も知らない…」を経て

 --:VET X Talksでお会いすると、研究者の皆さんがすごく謙虚なのに驚きます。これまでも話題に出ましたが、研究をすると「知らないことを知っていく」から、そういう姿勢になるんでしょうか?

 前田:なると思います、やっぱり(笑) 僕も若い頃は、今よりも全然傲慢だったと思います(笑)

 伊賀瀬:僕もそうですよ(笑)傲慢でした!僕が一番で、「何でも知ってる」って思ってました(笑)

 前田:研究すると、知らないことだらけっていうことがわかるし、ひとつわかっても、そこからまた10個わかんないのが出てくるみたいな…。

 伊賀瀬:臨床って、臨床医と研究者が積み上げてきたものの成果で成り立っているじゃないですか。なので、わかることがほとんどなんです。基本的には、勉強すればすべてて答えがある。実際にはそれほど単純ではありませんが、学生時代にはわかった気になるんですね。全てを理解した気になる。

 「この病気はこうやって診断するんだ」とか、「この病気のときはこの治療をするんだ」っていうことだけで、わかった気になっちゃうんです。ちょっと傲慢になっちゃって、「自分すげえ」みたいな(笑)

 前田:特に、国試(獣医師国家試験)が終わった頃は、学生同士で「おれたちって、今の獣医界で一番賢いんじゃないか!?」みたいに言ってたな~。

 伊賀瀬:全能感に包まれるんでしょうね(笑)

 前田:今思うと、恥ずかしい…。

 伊賀瀬:臨床も、自分1人で診断するようになって、自立していくと色々気づきます。研究は特にその傾向が強いはずです。わからないことがあるから研究するわけで…答えはないですよね。そうなった時に、「あれ、全然わかんないじゃん」みたいになって、急に辺りが真っ白になっちゃうんです。気づいたら、「自分、こんなできないんだ…」って感じです。

 前田:大学受験までは、答えが存在する方法で勉強するからだろうね。世の中は「答えがない問題」がほとんど。それにどうアプローチしていくかを問い続けることが、すごく重要だよね。

 伊賀瀬:誰が言ったのかは忘れましたが、“知識という円”の真ん中にいると、すべて知った気になって何でもできるように思っちゃう。でも、その“円”の周囲、つまり知識の端に来ると、何もできなくなっちゃう。そこから(先の見えない所まで)もう一歩踏み出せるかどうかが大切だと思います。

 --:一歩踏み出して追求していくか、それとも真ん中の方に戻るか…。

 伊賀瀬:戻るのも良いとは思います。でも、先に進んで世界を広げていけば、色んなことに対応できるようになります。前田先生や僕はその端に立った時に、「もう一歩広げたいな」と思って研究者になったんだと思います。そういうことを学生さんに伝えて、一緒に研究しながら「今ある知識のその先を広げてくれる」ような仲間が増えたらいいなって思います。

 僕自身は、ひょっとしたら何も広げられないまま終わるかもしれません。でも後進を育てておけば、後輩たちは僕の失敗を見て「この道に進んじゃいけない」ということはわかります。別の方向に進んでくれれば良いんです。だから、後輩の育成は僕の中の大きなテーマの一つです。

 前田:すごいね!

 伊賀瀬:え?前田先生も同じだと思いますよ。

 前田:意識はしてるけど、あんまり“育成”って感じではないっていうか…。シンプルに「一緒にやってくれる人たちと楽しく研究やってる」みたいなノリなので。でも根本のところは、前回話にでたけど、学び合う関係っていう感じで(伊賀瀬先生と)一緒かなとは思う。結局、教えているようで、実は教えられている部分もあって、お互いが学び合っている感じだよね。

 伊賀瀬:「教えているようで、教えられてもいる」ってなんだか素敵です。

 きっかけは水野先生と2頭のダックス

世界獣医がん学会(WVCC 2024)にて、伊賀瀬先生と水野先生

前田:ちょっと伊賀瀬君の過去に遡って話を聞きたいんだけど、研究に興味を持ったきっかけは何だったの?

 伊賀瀬:僕の場合、やっぱり水野先生との出会いが大きいですね。学部時代、研究室に入る前は卒業後に開業したかったんです。病院を建てて、自分で手術もやりたいっていう夢を持っていました。そのためにしっかり頭を使って考えて、自分で系統立てて診断できるようになりたいと思っていました。かつ、研究もちょっと触れておきたいと思って選んだのが獣医内科学研究室でした。

 --:水野先生を指導教員に選んだのはなぜですか?

 伊賀瀬:当時の内科は水野先生と奥田先生(現、東京大学獣医内科学研究室の奥田優教授) のW教授体制でした。なかでも水野先生が臨床と研究の両方をやるぞ!という姿勢に魅力を感じたんです。

それと、先生方が学生に自分の研究室の魅力を伝える説明会が特に印象的でした。水野先生は、「やる気がない奴はうちにはいらない!」っておっしゃったんです。その後で、「興味がある人は手を挙げて」って言われたんですが、誰も手を挙げなくて…(笑)僕も「何なんだ、この人!」と最初は思いましたが、若さの勢いもあって「僕、行きます!」みたいな(笑)

 前田:水野先生、キレッキレの頃だね(笑)

 伊賀瀬:ですね(笑)研究室に入ってからは、最初に臨床に出ました。山口大学には研修医がほとんどいないので、教員と学生で診察するのが内科のスタイルでした。学生も「自分で診断する」っていう環境にいるので、臨床の勉強は自分なりにかなりしたつもりでした。

でもある時、リンパ腫のわんちゃんが僕の手の中で亡くなるという経験をしたんです。いろんな抗がん剤で治療をしたのですが、残念ながら…。でもその子の飼い主さんから、「臨床の役に立てて欲しいから、解剖してください」というお申し出をいただいたんです。

 前田:それは何年生の時?

 伊賀瀬:4年生です。ご遺体を返す時に飼い主さんから、「役に立ったなら、嬉しいです。良かったです」と言っていただきました。

でも、当時は研究の「けの字」も知らなかったので、ただ解剖しただけで…。 確かに病気の診断はついたんですけど、それを将来に生かすことができませんでした。それが自分の中では、負い目というか後悔で、「研究をしっかりやりたい」と思うようになりました。

 同時に、水野先生と一緒に取り組んでいた研究で結果も出るようになっていきました。臨床での悲しい出来事と研究での嬉しい成果がうまく重なって、研究の道に進むことになりました。

 --:そのわんちゃんのことは今でも覚えていますか?

 伊賀瀬:はっきり覚えてます。クリーム色のダックスさんでした。実家にもダックスがいたので、ミニチュア・ダックスフンドは大好きな犬種なんです。僕の人生の中で、大きなきっかけの1つをくれました。あと、大学院に入る直前に、今度は実家のダックスがリンパ腫になったんです。

膀胱粘膜にできてしまったリンパ腫で、非常に珍しいタイプでした。腫瘤による尿道閉塞で具合が悪かったんですが、抗がん剤を使った治療でかなり良くなりました。その時に、「臨床研究を通して病気のことを深く理解していれば患者さんを助けられるんだ」ということを実感しました。「やっぱりちゃんと研究をしたい」って思い、大学院でもがんの研究をすることに決めました。

もも太郎くんにもらった「ファイト!」の気持ち

伊賀瀬先生の愛犬、もも太郎くん

 --:その後は臨床研究一筋なわけですね。

 伊賀瀬:実は1度、「アカデミアに残って研究を続けることはあきらめようかな」と思った時期もありました。でもそんな時、うちのイヌが今度はメラノーマになったんです。さらに多発性骨髄腫も発症してしまって…。治療を続けて1回良くなったんですけど、再発して…。最期は何も打つ手がありませんでした。

そんな場合でも、人間なら治療法があったんです。それが、水野先生と一緒に研究をしている免疫チェックポイント阻害剤だったんですが、当時はイヌにその選択肢はありませんでした。それで、「何で獣医療では、その治療ができないんだろう」って思ったんです。獣医学の研究がもっと進めば、こういう思いをしなくて済むんだと思いました。「自分の手で薬を作りたい」って強く思ったんです。

その頃、ちょうど水野先生が抗体薬の研究に取り掛かっていた時だったので、今度も僕の思いと合わさったというのは大きかったですね。結局アカデミアに残り、今までずっと、水野先生と一緒に研究をさせてもらっています。

 僕の場合、人生のイベントごとに必ず臨床的な何かが起きて、研究に導かれていた気がします。同じタイミングで、水野先生との研究にも惹かれるものを感じて。臨床をやってなかったら、たぶん、アカデミアには残っていません。

 --:水野先生の存在も大きいですが、ダックス2頭に導かれた獣医学研究人生なのですね。ちなみに、伊賀瀬先生の愛犬のダックスさんのお名前は?

 伊賀瀬:もも太郎でした。

 前田:お~、可愛い!いい名前!

 伊賀瀬:伊賀瀬もも太郎(笑)。めっちゃ可愛かったです。あの子に出会わなければ、今の自分はないでしょうね。間違いなく、僕のモチベーションになっています。

 --:もも太郎くんの存在は大きいですね。

 伊賀瀬:今でも思い出すと泣いちゃうんです…。

 前田:治療は壮絶だっただろうね…。リンパ腫にメラノーマに、多発性骨髄腫って…。そんなにいろんながんになってしまったということは、がん抑制遺伝子に何か変異があったのかもね。

 伊賀瀬:ゼッタイに何かの遺伝子変異があったと思います。実際にゲノムを調べてはいないんですが…。でも本当に頑張ってくれました。

 --:でも、ご自身で治療できたということで、心残りはないですよね?

 伊賀瀬:そうですね。当時としては、できることはすべてやってあげられました。その分、獣医療の限界を感じたのも大きかったです。研究を頑張って、獣医療の限界値を上げていこうってファイトが沸きました。悲しい思いはしましたが、(もも太郎くんを通して)実際に経験したのは大きかったですね。

 前田:本当に、そう思うよ。僕も印象深く残っている症例が何頭もいて、その経験が今の研究や診療への想いに繋がっていると思う。

 伊賀瀬:多くの先生たちは、みんな何かしらそういうイベントがあって、強い思いを持っておられると思います。アカデミアって、ぶっちゃけた話、給料もすごく良いわけじゃないじゃないですか(笑)アカデミアで頑張っている先生方は、本当に「研究で何かを変えたい!」っていう、そんな想いに突き動かされているんだと思います。

 アカデミアの魅力:やりたい事と現実のはざまから

伊賀瀬:アカデミアに行くか迷っていた時、企業のインターンシップに参加したこともあったんですけど…。

 前田:そうなの!?大学院の時?

 伊賀瀬:はい。(その会社では)みなさん「薬を作りたい」という思いはあるんですけど、何と言うか…。「会社から言われてやっている」っていう印象を受けました。

 前田:そうなんだ。たまたまそういう人に当たっただけなんじゃないかなあ。製薬企業で働いている方でも、自ら積極的に動いている先生もたくさんいると思うけどな。でも中には義務感というか仕事感でやっている人もいる感じなのかな?

 伊賀瀬:はい、たまたま出会った方がそうだっただけかもしれませんが…。僕にはその仕事感が、「う~ん」という感じでした。

 前田:アカデミアの良いところは、裁量権が大きくて自分が本当にやりたいことができるっていう点だよね。そこがやっぱり一番の魅力だと思うなあ。もちろん、なかには仕事感でやっている先生もいるかもしれないけど(笑)

 伊賀瀬:そうですね(笑)。でも実際に企業に行ってみて、アカデミアの裁量権の大きさはすごく感じました。その一方で、企業とは違ってアカデミアにはお金がないんで…(笑)。研究の規模の大きさはアカデミアよりも企業のほうがいいですよね。だからこそ、自分がやりたい研究をやるためにどこで働くか?っていうことをよく考えることが大切ですよね。

研究者としての道を歩むことを決断させたのが2頭のダックスだったという伊賀瀬先生。今も研究を頑張る最大のモチベーションになっているそうです。優しい空気感は、そんな経験も大きな要因なのでしょう。最終回の次回は、臨床獣医師として大切なことについて前田先生と語っていただきます。「病気を診るよりも動物をみる」って、どういうことでしょうか?

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