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X Talk 2.3-自分がいなくなっても「僕の勝ち」

獣医学研究者による対談シリーズ、“VET X Talks” (ベット・クロストークス)。ふたり目のゲストとしてお迎えしたボストン大学(Boston University School of Medicine)の茂木朋貴先生は、獣医学研究を "砂漠でオアシスを探す旅" に例えておられることを前回ご紹介しました。今回は、「自分がいなくなっても "僕の勝ち"」と言う、茂木先生ならではのスパンの長い人生観(?)をご紹介します。

みんなに役立つことが近道

前田:これから茂木君が行くボストン大学のラボは、まさにヒトの前立腺がんを研究しているトコロだよね。今回のイヌの前立腺がんの研究が少しはアピールの役に立った?
 
茂木:おかげさまで、すごく興味を持ってもらえました!
 
前田:いつもヒントをもらってばっかりだったけど、たまには茂木君の役に立てて良かった!(笑)
 
--:イヌのがん研究が、ボストンへの道を開いてくれた部分もあるわけですね。
 
茂木:結果としてそうなりました。留学先がなかなか決まらなかったので、ちょうどいいタイミングで論文が公開されたので助かりました(笑) でも、僕は単純にみんなで研究をやりたいんです。なるべく多くの仲間に役立てると嬉しいんです。一人でできることには限界があるので、みんなに使って欲しいですね。
 
前田:すごいよ。そんな人なかなかいない!研究者って「オレが!オレが!」って人が多いから。僕も含めて(笑)
 
茂木:僕は、データは全部オープンで良いと思ってます。誰かの研究に協力しておけば、そのテーマが花開いた時に声を掛けてもらえるし。
 
前田:器がほんとに大きいなあ。利他の精神が半端ない。
 
--:ご自身にとっての種まきにもなりますが、最終的にどこかで病気を治すことにつながれば良いわけですよね?
 
茂木:やはり僕の目標は病気を根絶することです。でも、独りでは絶対無理。誰かが(一緒に)やってくれれば良いなと思っています。そうなるように、あちこちにボールを投げ続けているんです。
 
--:目標が明確で、それを効率よく達成するために自分は何ができるか、といったことがはっきりしていますね。
 
前田:僕たち研究者って、やっぱり変な人たちなんですよ。少し前に茂木君と話したんですが、お金は大事だけど、それが目標になっちゃうとつまんないねって。どこかで虚しさを感じるだろうなって。
 
茂木:お金がないと生きていけないので、ある程度は必要です。ただ、稼ぐことを第一にしたら、つまらないと思うんです。お金は添い寝とかしてくれないし(笑)

こだわりと楽しみを追求する職人

前田:(動物病院の)院長先生とか、お金を持っている人がドクター(博士課程)に入り直すケースもあるよね。
 
茂木:いますね。若い頃は頑張って稼いで。ある程度まで行った時に、ふと、やることを見失うらしいです。十分稼いだら、「さて何をしよう」となるらしくて…。病院を縮小して勉強したり、新しい事業を始めたり。ひたすら “チュール” の開発を無償で手伝っている人もいます(笑) 
 
前田:研究者には、「オレ、何してるんだろう?」って悩みはあんまりないよね。
 
茂木:やることは次から次へと見つかるんで(笑)
 
前田:ほんとそれ!
 
茂木:常に新しい情報や課題が見つかりますよね。それについて考えたり、組み合わせて新たな仮説が生まれたりするので、研究は飽きないですね。
 
--:1つのものをずっと追及する姿勢からは、職人と同じようなものを感じますね。
 
前田:職人さんも “研究者” ですよね。
 
茂木:外科手術を極めようとしている人も “職人” であり “研究者” ですね。例えば、首へのアプローチで、気管を開ける時にどのあたりを切開するかという議論もあるんです。太い血管が走っているけど、下側の切開が楽だということを突き止める人もいます。1センチ下を切った方が良いって。
 
前田:マニアック(笑)
 
--:そういったこだわりの追求に比べると、お金の優先順位は高くないのですね?
 
茂木:まぁ、生活さえできれば。
 
前田:もちろんお金にまったく興味がないわけではありませんが、優先順位は比較的低いかもしれませんね。

1億円当たったら研究機材を買う!

茂木:もし宝くじで1億円とか当たったら、僕たちは研究費につぎ込みますよね。
 
前田:確かに!
 
--:「家を買おう」とかではなく?
 
茂木:「これだけあれば大きい機材が買えるな」って(笑)
 
--:前田先生は、研究する上でのプライオリティは何ですか?
 
前田:僕は茂木くんのように「全部オープンにしてみんなで進めていこう!」みたいな崇高な気持ちは全然ありません(笑)。自分が楽しいと思えることが一番ですね。まず自分自身がおもしろいって思えることがあって、それがいつか誰かの役に立てれば良いなって思います。僕は飽きっぽいので、面白くないと続かないですね。
 
茂木:楽しいのは大切ですよね。ただ、僕がやっている作業を前田先生が楽しいと思うかというと、それは違うかもしれません。
 
前田:そこは、人によって全然違うからね。
 
茂木:例えば、砂場でお城を作っている子がいれば、その横で、穴を掘ってダンゴムシを探している子もいる。お城を作っている子はダンゴムシに興味はないだろうし、ダンゴムシを見つけたい子はお城よりこっちの方が面白いと思っているし。
 
--:データ解析も臨床研究も両方必要で、バランスよく役割分担しながら最大のアウトプットを出すのが理想ですよね。やはり前田先生と茂木先生は良いパートナーだと思います。ジグソーパズルの、隣り合ったピースみたいに。
 
茂木:僕の仕事は「並べる」こと、ですね。科学の基本は博物学なので、並べて置くことから始まると思っています。違いが見えるように、並べておくことが何かのきっかけになるはずです。
 
前田:獣医学も本質は比較生物学なので、 “並べて比べる” ってことはすごく大切だよね。
 
茂木:僕はそれが好きなんでしょうね。だからヒト(の研究)に行かなかったんだと思います。ヒトは1個(一種類)だから、同じものをずっと見続けていることになります。性に合わなかった。

失敗もまた楽しい経験

--:おふたりとも色んな道をたどったうえで、納得できる研究に携わっておられるわけですね。茂木先生からは、すごくポジティブなエネルギーを感じます。フラストレーションを感じることはありませんか?
 
茂木:前回、博士論文のケースをお話しましたが、正しいとされている情報が間違っていると、いら立ちは感じますね。「そこから調べなきゃいけないのか~!」って…。ある程度のフラストレーションはありますが、研究している中で苦痛はあまり感じないかもしれません。
 
期待した結果が出なくても、その方法でダメなことが分かったのも一つの成果です。次は、それをどう回避すべきなのか、違うルートを考えるのも楽しいんです。研究していて辛いことはありませんね。
 
--:苦労は感じない?
 
茂木:そうですね。それから、何かあっても最後は「打ち返せる」と信じてます。"9回裏ツーアウト満塁" に追い込まれてからがスタートです。ボストンに行くのも、だいぶ前からあちこちに応募していたんです。メールは全部で20カ所くらいに送りましたが、18通は返事も帰って来ませんでした。2通だけ返信があって、「無理」って…。
 
でも、あきらめずに続ければ何とかなるんです。大学の早期卒業や編入もそうでした。(理学部の)教授会では、 “すったもんだ” があったみたいですが卒業できました。(獣医学部への)編入も、いくつか受けてみて最終的に岩手大学に入れました。途中で何かあっても、楽観的にやってます。
 
前田:素晴らしい!楽しんじゃうんだね。
 
茂木:まぁ、世の中こんなこともあるよね~って。

「自分が死んでも "僕の勝ち"」

前田:それはすごいね。僕も楽観的な方だけど、負けます(笑)
 
--:前田先生は落ち込むことがありますか?
 
前田:実験が上手く行かなかったら、普通に落ち込みますよ。でも、「これじゃダメなんだ」っていうのが分かった…ってことにしようって、切り替えるように努めています(笑) 学生の頃は、なかなかそう思えませんでしたけど…。茂木先生の場合、それが自然にできるんだろうと思います。
 
落ち込みはしますが、失敗って必要なんです。できる範囲のことしかやらなければ、失敗はしません。自分の枠を超えて何かに挑戦したから失敗するわけです。経験を積んで分かってきましたが、そもそもチャレンジしないとつまらないです。
 
--:チャレンジして、オアシスがなかったら別の方向へ行けば良いんですね。
 
茂木:最後までたどり着かないで死ねたら最高ですね。充足感が得られるような気がします。僕の場合、たどり着けた時が問題ですね。病気が無くなった時、モチベーションが維持できるのか…。
 
前田:確かにたどり着いちゃったらね…。
 
茂木:でも、オアシスはかなり遠くにあるので、生涯かけてもたどり着けないだろうと思います。
 
--:夢は「叶えたい!」というのが一般的だと思います。でも、「もうちょっと、遠くまで行きたかったな~」、くらいが満足度が高いかもしれませんね。
 
茂木:それが一番良いパターンじゃないですかね。
 
--:茂木先生が集めて解析したデータは、未来永劫、ずっと誰かの役に立っていきますからね。
 
茂木:僕が死んだ後も、誰かが継続できるのが大切です。僕はひたすら種をまく。仲間を増やしていけば、数百年後には病気が根絶されるかもしれません。そうなれば、「僕の勝ち」です。
 
前田:いやー、ほんと茂木くんはすごいわ(笑)

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信念をもって獣医学研究という砂漠を歩き続けながら、最も効率の良いルート(= 研究者仲間とのネットワーク)も考えながらオアシスをめざす茂木先生。その行程で大切なのは、"楽しむ" ことのようです。また、自分が死んだ後も、次の世代がそのオアシスを見つけてくれれば「僕の勝ち」という生き方からは、研究者のみならず誰もが学ぶモノがあるでしょう。

最終回の次回は前田先生と茂木先生の間で、「人生そのものも研究と同じだよね」という話題で盛り上がります。 

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