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X Talk 5.3- 日本の獣医療がもっと良くなるためには?

獣医学研究者による対談シリーズ、“VET X Talks” (ベット・クロストークス)。5人目のゲストとして、「どうぶつの総合病院 専門医療&救急センター」(https://vsec.jp/)の福島建次郎先生をお迎えしています。

前回は、米国獣医専門医について福島先生の実体験も踏まえて少し詳しくご紹介しました。高度な専門性を持ちながら、レジデントを対等な獣医師としてリスペクトする姿勢からは、その他の仕事や日常生活においても学ぶべきものが多そうです。

今回は、そんなアメリカから日本の獣医療が学ぶべき事柄について語り合っていただきます。


進路を決めるシステムにも学ぶべきものが

--:ところで、アメリカでは獣医師の給料が高いと聞いたことがあります。
 
福島先生(以下、敬称略)僕が教えていた学生の1人は、救急病院に就職しました。週4日勤務で、日本円に直すと1200万円くらいの年収だそうです。救急は忙しくて人気がないから給料が良いらしいですが、新卒で救急の専門医でもないのに、そのくらい稼いでいる獣医師は実際にいます。
 
前田先生(以下、敬称略)ひえ~、新卒でそのお給料はすごい。為替が円安なのもあるとは思いますが…。救急だと夜勤もありですか?
 
福島:そうです。でも、残りの3日はのんびり過ごせるそうです。
 
--:アメリカの場合、そこにいくまで、つまり獣医師免許取得までの学費も高額なんですよね?
 
福島:すごくかかりますね。それも学生のモチベーションが高い理由の1つです。4年制大学を卒業して、そこからさらに獣医大学に4年行くので、ほとんどの学生が借金して通います。卒業したら、すぐにバリバリ働いて返さないといけません。
 
あと、動物に関わった経験が1年以上ないと、獣医の大学には入れないんです。例えば、動物看護師として1年働いたり、シェルターで犬の保護活動をしたり。動物業界の色々な面を見て、それでも「やりたい」と思った学生だけが入学します。それも、モチベーションが高い理由でしょう。
 
前田:その仕組みは良いですね。
 
福島:いいですよね。「合わない」と思えば、別の道に進めばいいんです。
 
前田:日本は高校を卒業していきなり獣医学科に行きますが、高校生の段階で将来の進路を決められる人は多くないですからね。
 
福島:ほんとに。無理だと思います。
 
前田:僕はノリで決めました(笑)。なんとなく医療関係がカッコイイなあって。でも「医者はちょっと…」って思って、「じゃあ獣医かな」なんてノリです。
 
福島:僕も「医者はちょっとな~」って思いました。人とコミュニケーションを取るのがあんまり得意じゃないと思ってたし…。
 
前田:でも、実際に獣医師になってみると、結局、人とのコミュニケーション(が仕事)でしたね(笑)
 
福島:ほんとに、高校生の時はそんなこと知らなかった(笑)
 
前田:僕もまったく知りませんでした。そんなこと、高校生は知らないですよね。
 
福島:知らない、知らない(笑)。「動物としゃべってりゃいいんでしょ?」って思ってました。
 
前田:そう考えると、やっぱり高校生の段階で将来の進路を決めるなんて非現実的ですよね。福島先生が話してくれた、アメリカのシステムから学べることは多いと思うんですよね。

良い獣医師とは?日本の獣医療が抱える課題

--:アメリカの場合、教育のシステムも学生さんのモチベーションを高くするのに役立っているのですね。モチベーション、大切ですよね。イチ飼い主としては、知識や経験に加えて熱意のある先生に診ていただきたいです。
 
福島:飼い主さんからすると、良い獣医師にめぐりあえるかは賭けみたいなところがありますよね。でも、そもそも「良い獣医師とは?」って何ですかね?自分の限界を知っている人?
 
前田:それは大事ですね。あとは、話を聞いてくれるかどうかじゃないでしょうか?
 
福島:そうですね!日本の獣医療の大きな問題は、検査ありきになっているところじゃないかな。若い先生に、「こういう症状の子が来たら、どうする?」って聞くと、「この検査と、この検査をやって、こうします」という反応が返ってきます。とりあえず採血して、レントゲンを撮って、お腹の超音波検査をやって…。
 
そうじゃなくて、まず患者さん(= 動物)がどういう状態で、飼い主さんは何に困っていて、今までどういう病歴があって、といったことをよく聞くことから始めるべきなんです。
 
前田:飼い主さんに話を聞くのは大事ですよね。
 
福島:話をしっかり聞くと、その中にヒントがたくさん見つかるんです。最終的に、「じゃあ、この検査だけで十分」と見えてきます。
 
前田:よくあります。「どうする?」って聞くと、「とりあえず血液検査」って。「とりあえず」って何?(笑)
 
福島:(笑)そうそう。
 
前田:「なぜ、それをするの?」ってところが大切ですよね。

福島:レジデント・トレーニングの中で、justification、つまり“正当化”というのがあります。血液検査をやるとして、「理由は何ですか?」と問われます。「飼い主さんは、なぜ、この検査にお金を支払う必要があるんですか?血液のどの項目を調べて、何を探すのですか?」ということをすべて明確に説明できないと、検査はやっちゃダメなんです。
 
あと、日本の臨床医には、もっと教科書を読んで欲しいと思います。(アメリカの)臨床の本は専門医が書きます。1つの章のために何百本もの論文を読んで、その中から抽出したことを書きます。著者の主観が入っていることはありますが、比較的確かなことが載っています。
 
教科書を理解した上で、理由があってそこから外れるのは良いと思います。でも、十分に理解せず、「何とか先生が言っていた」など深い裏付けなしに基本から外れるのはとても危険です。まずは標準治療を遵守すべきです。
 
前田:教科書を精読して、まずは基本・スタンダードに忠実に。僕もまだまだできていないところもあるので、反省です…。
 
福島:臨床獣医師としては、正しいとされていることをよく理解して、咀嚼して、それを現場に適用すべきだと思っています。標準治療を遵守して、それでもどうしようもない状況であれば、そこからはみ出すこともあると思います。でも、まずは教科書に書かれた基本を、ちゃんと理解して実践することが大切です。
 
前田:はい!先生、すみません!教科書をイチから読み直します!

自ら考える大切さ

--:日本の場合、学ぶということが、疑問を感じることなく「こんな時はこう」というシンプルで受け身な“暗記”の傾向もあるような気がします。
 
福島:そうなんです。少なくとも獣医学では、日本の教育に改善の余地があると思っています。僕が学生さんに教える時は、「ある現象があった時、まず、なぜその現象が起こったのか?」を生理学的、解剖学的に考えてもらうことから始めます。そこから、「こういう機序だったら、この治療が効くよね」っていうところまで落とし込んでから、具体的な治療方法につなげるようにしています。
 
前田:アメリカの教育も、そんなスタイルですか?
 
福島:僕が受けたレジデント・トレーニングでも同じです。(初めて患者さんに会った時は)一旦、基礎生理学まで話を落とし込んで(≒生理学・薬理学などで習う病気の分子メカニズムの観点までさかのぼって考えて)、そこから、また臨床に戻る(≒分子メカニズムに基づいた診断や治療法のアプローチを考える)というプロセスを踏みます。そんな作業を、何百回・何千回と繰り返すのがレジデント・トレーニングです。 
 
前田:基礎に戻るのが大切ですね。
 
福島:そうすると、1~2年生で習った生理学の知識が、「こういう事だったんだ!」と理解できます。そうなれば、応用が効くんです。1つの治療方法がダメだった時に、「じゃ、こっちの薬は効くかもしれない」とか「こんなアプローチもあるかもしれない」となるわけです。
 
「この症状ならこの薬」という風に、シンプルな1対1の対応で覚えていると、その薬が効かなかった時、お手上げです。そういった傾向が日本は強いと思います。
 
前田:以前、前田貞俊先生との対談でも似たような話題がでました。「単語とかキーワードで覚えちゃう」んですよね。

福島:まさにそれです!YouTubeで生理学を検索すると、勉強になる情報が英語ではたくさん出てくるんです。日本語だと、あまりありません。日本語で獣医学を勉強しようとすると、本はあります。でも、日本語の本は、前田先生が言うような「単語で覚える」感じなんです。深いところまで触れずに、「この病気にはこの薬」といった“治療インスタントブック”の様なものがもてはやされています。
 
本当は、学生時代に読んだ生理学の教科書をもう一度開くのが大事なのに…。表層的な知識だけで、生理学や検査の正しいやり方がきちんと理解できていないと、誤診にもつながります。

前田:僕も自分の専門外の領域では、インスタントブック的なものに頼ってしまうことがあります…。反省です。時間がないときにはすごく便利なので、つい使ってしまうんですよね。

--:問題はどこにあるのでしょうか?獣医師免許があるわけで、ある程度のレベルは担保できているはずですが。
 
福島:一番の問題は、免許に更新制度がないことだと思います。アメリカは、continuous education(筆者訳:継続的教育)の単位をとっていないと更新ができません。
 
前田:学会への参加も必要ですよね。
 
福島:学会に出たら「ここに参加したので、何単位あげます」という仕組みがあります。アメリカでは、命に関わる仕事は知識をアップデートしていないと免許が維持できません。

前田:日本の先生方も、勉強熱心な方はすごく多いと思います。ただ、福島先生がおっしゃるようなシステム化された教育やアップデートの仕組みが日本にはないですね。
 
福島:そうですね…。個人でやれることに限界はありますが、僕のところに来てくれた人たちが優秀な内科医に育つためのサポートには全力で取り組んでいます。そして彼らが巣立った後、色々な場所でまた若い人を育ててもらう、ということを地道にやっていけたらと思っています。

「アメリカでは、命に関わる仕事は知識をアップデートしていないと免許が維持できません」という福島先生のコメントが特に印象的でした。どんな分野においても、技術は日進月歩です。日々、新しいことが発見され、知識は蓄積され続けています。"アップデート"した知識をもって、しっかりとコミュニケーションを取ってくれる獣医さんに出会いたいですね!

大切な家族の一員である動物たち。この子たちは、自分でお医者さんを選べません。獣医さんを見極めるのは、私たち飼い主の責任であり、義務でもあると思います。かかりつけの先生は、あなたの話をよく聞いてくれますか?何の検査をするのか?何の注射を打つのか?どんなお薬を飲ませるのか?何の手術をするのか?そして、それが「なぜなのか」を理論的に丁寧に、納得できるまで説明してくれる獣医さんにお世話になりましょう。

さて、次回は最終回です。アメリカでの生活について、プライベートなことも少し聞いてみたいと思います。福島先生、"貧困層"だった時代があったそうなんです!

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