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人と動物の体を比べてみよう①咀嚼のひみつ



人間とはなんでしょうか?どのような角度から考えるかによって定義は異なってきますが、ここでは科学的な意味としての人間Homo sapiens と捉えていただければと思います。

人間は生物の分類に従うと動物界脊索動物門哺乳綱サル目ヒト科ヒト属Homo sapiensという動物になります。
この綱に属する動物は頭があって四肢があって子供を胎盤で育てて生まれた後はお乳で育てて、、、と多くの共通点がありますが、他の哺乳綱の動物との違いはなんでしょうか?

今日は咀嚼についてみてみます。
動物の頭蓋骨の標本を作ってみたり、図鑑を眺めているときに動物の頭蓋骨の頂上の真ん中にでっぱりがあるのに気がついた方もいるかもしれません。これは外矢状稜といって、側頭筋という筋肉がおさまっている部分です。
人間にもある筋肉で、下顎をあげたり、片側が動けばそちら側に動くといった食べ物を噛み砕くのに役立つ筋肉です。
特に馬と犬で発達している筋肉で、わんちゃんの頭を撫でるときに触ってみると外矢状稜の存在がよくわかります。
馬に乗る方は、たまにこの部分を優しくマッサージしてみると馬によってはうっとりすることがあります(私がいた馬術部では側頭筋マッサージが好きな馬がいました)。

さて、自分の頭を撫でてみるといかがでしょうか?犬や馬と違い私たち人間の頭はつるりとしています。
そう、人間には外矢状稜はないのです。他の動物でも外矢状稜の発達があまり良くない動物もいますが、頬骨弓が発達していて側頭筋をおさめる部分が深いため、基本的にどの動物も側頭筋は発達しています。
人は外矢状稜がなく側頭筋をおさめる部分が少ないため筋肉の発達はこれらの動物より劣っています。しかし、200〜250万年前に存在していた古い人類であるパラントロプス・ロブストスParanthropus robustusは外矢状稜があり、頬骨弓も広く発達していた側頭筋を持っていたと考えられます。

なぜ人類は発達した咀嚼筋が退化したのでしょうか?何らかの理由で発達した咀嚼筋が必要でなくなったからと推定されており、火を利用するようになって線維の多い食物を調理して柔らかくする技術を身につけることで食物を煮たり焼いたりする必要がなくなったのではと考えられています。

さらに咀嚼に必要な歯も退化といえる変化をしています。200万年前の人類の下顎第二臼歯の大きさが15mmあったのに対して現代人では11mmです。
50万年前の北京原人の遺跡からは火を使った痕跡が見つかっており、技術の発見とともに咀嚼に必要な筋肉や歯の形が変わってきたことがわかります。

人の咀嚼に関わる骨や筋肉、歯の形態に大きな区別をもたらしたのは技術(火)の発展だったのですね!この夏はぜひペットや自分の頭を撫でたり博物館などで骨をみて思いを馳せてみてください。

・加藤嘉太郎, 山内昭二, 新編家畜比較解剖図説 上, p189養賢堂, 2003年
・燃焼科学, 物質と火のからくり塾,東邦大学メディアネットセンターhttps://www.mnc.toho-u.ac.jp/v-lab/combustion/comb01/basic01.html 2022/08/03参照
・馬場悠男, 化石形態から見たアジアにおける人類の進化—ジャワ原人の最近の研究から,Anthropol. Sci.人類誌 101(5),465-472,1993


犬や猫、ウサギの獣医師です。色々と勉強中の身ですが、少しでも私の経験や知識を飼い主さんや動物に還元していきたいと思います。