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フミオ劇場 19話 『フミオ。母との最後の別れと独り暴れ』

 フミオの母孝江、享年91歳。最後の数年間は病院と施設を出たり入ったりだったが15年以上前なら、大往生だ。告別式は子供とその家族、孫、曾孫たちに見送られた。


   孝江の晩年、介護から入院の世話まで寄り添っていたのは、フミオの弟夫婦である由紀男と純子である。

 そんな二人にとって、孝江の告別式は最後のおつとめだ。厳かに送り出してあげたいという願いで準備を進めてきた。

 しかしながら案の定。
 物語の最終回まで予想通り。

 フミオにより
 【厳か】とは、相成らなかった。

 気の強かった孝江に真っ向から逆らって、激しい親子喧嘩を繰り返したのが次男のフミオ。(第2話『フミオは次男』第9話『嵐の新婚生活』に詳しくあります)

 孝江とフミオの仲は、親戚一同の間でも有名だったが、まさか、永遠の眠りについた孝江の前でまだ暴れるとは誰にも予測できなかった。
 
 喪主である由紀男の挨拶、弔辞、坊さんの読経などが済み、参列者たちが順々に棺の中へ花を手向けていた時だ。

 フミオは、自分の花を入れ終わったあと、祭壇の果物籠を指差して隣りに立つ息子の和彦に言った。
 
「お、あそこのリンゴ取って来てくれ」
 
 こんな時にリンゴが食べたいのかよ?と驚きながら、和彦が祭壇のリンゴを手渡すと

 フミオは、そのまま棺に入れようとした。

 義妹の純子が慌ててフミオの下へ駆け寄る。
 
「あ! お兄さん、すみません、果物は入れたらあかんのです」

「なんでや」

「あのぉ〜決まりみたいです」
 
 フミオの点描眉が吊りあがる。

「決まり? 何があかんのや? お母やんに、リンゴやったらあかんっちゅうんか!」
 
「係りの人が言うてはったんです」
 
 喪主の妻として、今日の式はスムーズに運ばせたいという思いがあった。

 それに、前日の打ち合わせ時、

「とくに果物を入れるのは、おやめください」

 と、注意を受けていたから余計に気にしていたのだ。

 いくらフミオ兄さんでも、あかんもんはあかん。今日は、私は負けへんよと、かつてない強気でもって果敢にもフミオからリンゴを奪い取ろうとした。
 
 フミオがその手を払い退け荒ぶり始める。
 
「やかましい!」

 
 参列席に戻っていたフミオの兄、妹の信子、由紀男ら兄弟みなが急ぎ棺へ駆けつけた。
 
「もう〜兄ちゃん! 純子ちゃんの言う事ききや。果物は、あかんて言うてるやんか」
 
「うるさい! なにがあかんのじゃ!」
 
「兄貴。兄貴の気持ちは、お母ちゃんも分かってるから、な。リンゴはもうええやろ」 
 
「気持ちなんか食われへん!」
 
「フミオ! 葬式やぞ分かってんか!」
 
「お兄さん、暴れんといてください! こんなんお義母さん、ゆっくり逝かれへんわぁ」
 
「やかましい! 離せ!」
 
 棺に眠る母を囲んでの大騒動である。


 呆気に取られ、その様子を眺めていた樹里は、気が気でなかった。

 孝江お婆ちゃんが、今にも生き返ってフミオに怒鳴り出すかも知れないと、本気で考えた。
 
 遠巻きに見ていた親戚一同も、このさき、今日の葬式は無事に済むんだろうかと不安そうな面持ちである。
 
 棺の周りで擦った揉んだするうち、フミオはようやく種だけは入れたらダメなのだと、理解したようで

「分かったから手離せ。分かった」

 と、おもむろにリンゴをガリっと噛んで、その果肉を孝江の口元へ置いた。



「お母やんはな、お母やんはな、リンゴが一番好きやねん。ウウウォ〜!」

 それから棺にすがって、泣き崩れた。

 
 告別式はリンゴ騒動をもって幕を閉じた。そして霊柩車と家族の車、マイクロバスなどが連なって、今度は火葬場へと移動。途中、孝江が住んでいた家の前を迂回した。
 
 
 樹里は、孫たちが乗るマイクロバスに揺られながら、なんとか告別式が終わったことにホッとした。

 あと少しで本当にお別れのときだ。フミオだってそこは分かっているだろう。頼むで。

 だがそんな子供の願いをものともせず、フミオは最後まで精一杯やらかしてくれた。
 
 火葬の直前。

 誰の時でも、この瞬間がいちばん辛い。
 
「お母さん、ありがとうございました」
「お婆ちゃん、安らかにね」
「長い間よう頑張った母さん。お疲れ様」   

 皆が手を合わせ
 静かに心の中で声をかけた。
 
 棺がベルトコンベアーで運ばれる。頑丈な扉が、大きな音とともに閉じられた。

 樹里も涙で最後のお別れをする。

一一お婆ちゃん、ありがとう。パパがいつもいつも迷惑かけてごめん。天国でお爺ちゃんと会って、ゆっくり休んでね。バイバイ。


 式場の係員が

「それでは、喪主の由紀男様に最後のお勤めをして頂きます。由紀男様、こちらのボタンを押して、どうぞお母様をお送りください」 
 
 火葬スイッチのところまで由紀男を誘導。由紀男が頷き手を伸ばす。

 その時だ。


 「どけっ! ワシが押す!!」


 後列から走って来たフミオが、由紀男の身体を突き飛ばし


「おかーーーやーーん!! ウォ〜!!」

 スイッチに体ごとぶつかっていった。

 こうして


 孝江は
 いちばん可愛いがっていた末っ子
 最後まで孝江の傍にいて、喪主をつとめあげた由紀男でなく

 孝江の永遠の問題児
 次男のフミオに送り出された。

 手を合わせて俯いていた全員が
 ぶったまげた。

 係員も
 突き飛ばされた由紀男も
 樹里も
 和彦も

 観客全員が
 目の前で繰り広げられる
 最終章の衝撃に思考停止状態のなか

 フミオの地鳴りのような泣き声が
 天井の高い火葬場のホールにいつまでも響き渡っていた。

 オペラか?

 

 約1時間経ったころ

「お、樹里、これが喉ぼとけやぞ。和彦、ここの骨はどこかわかるか? おい由紀男、こっちや、壺には、この辺りから先に入れろよ」

 フミオはケロッとした顔で、骨の解説をしながら生き生きと場を仕切っていた。


 感情どないなっとんねん。


 樹里は窓から空を見た。 

「ほんまに最後までアイツは……」
 と、フミオに文句を言う時のお婆ちゃんの顔が浮かぶ。天国への土産話がまたひとつ増えたと、今頃あの雲のあたりで、大きなため息をついているだろう。


          フミオ劇場 終わり

🟣今まで読んでくださり、ありがとうございました。来週はフミオ劇場の総括、今後のテーマなど書こうと思います。また、引き続き覗きに来てください。🟣

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