見出し画像

【エッセイ】小学生、不信感を学ぶ

私は“センセイ”という響きが苦手だ。
胸の所々ざわつくのだ。
その理由となった出来事をお話ししよう。

*****

 ある日、私は母親から転校を伝えられた。
小学3年生。学校では自分のコミュニティが出来上がり、学校帰りに遊ぶ約束をする友人だっていた。
学校生活では特に先生に対して違和感や不信感なんて感情を抱いたことなどなかった。
平和な学校生活だった。

 転校先は母の地元だった。
保育園も母の地元の保育園に通っていた。
つまり、転校先の小学校には保育園の同級生が在籍している。
案の定、クラスには見知った名前に、見知った顔。
しかし、卒園して3年間で築かれたコミュニティに割って入るほどの図々しさも、器用さも私は持ち合わせていなかった。
前途多難だった。

担任の先生からクラスで紹介をうけ、幼少期から知っている男子がニヤつきながら手を挙げた。
保育園時代にガキ大将的存在だった人物だ。

「どうして苗字が変わったんですか?」

担任の先生はどう答えて良いのか解らないのか、口元でモゴモゴと何かを言っている。
上手な返答が見つけられないまま、担任の先生はその場を誤魔化して私に席につくように促した。

私は担任の様子に呆れてしまい、質問した男子の席の近くで立ち止まり、その子に伝えた。

「親が離婚したんだよ。」

先程と変わらずニヤつく顔と、背後から聞こえる担任の
「早く席に着いてね〜。」という間延びした声に絶望感を抱いた。

 その後は、それなりに気が合う友人も出来て平和に過ごせていた。
少しずつ転校先に慣れた私を見て、母はバレーボールクラブに入るように促した。
妹は先に入部しており、ボール拾いをしている様子を見た事があった。

しかし、私は妹と比較して運動神経がない。
いや、運動神経は皆無に近い。
それを幼少期から知っているはずの母は正気の沙汰だろうかと本気で思った。

母曰く、バレーボールは背が伸びるという。
以前より小柄な身体にコンプレックスを持っていたため、それが補えるのであれば…と入部を決めた。

考えが甘かった。

絶望的な運動音痴は、絶望的なプレーを生む。
最初は私の様子を見て笑っていた男子チームの同級生も、必死な私の姿を見続け、「こいつは本気で頑張って、このプレーしか出来ないのかもしれない。」と判断し、不憫に感じたのだろう。
プレーの事を色々と教えてくれた。

だが、男子の優しさを私はプレーに反映できなかった。
漫画や小説ではないため、絶望的な運動音痴の努力は奇跡を起こす事はなかった。

 当時の顧問は指示したプレーが出来ないと、叩く、蹴る、パイプ椅子を投げ倒すという事を当たり前に行なっていた。
私は毎日、叱られた。

それでも退部する事なく、小学6年生を迎えた。
顧問からは「6年生が1人しかいないから。」という理由でキャプテンに任命された。
2年間補欠で、ベンチ組だった私は青冷めた。
チームのリーダー的存在であったエースアタッカーの子が私を凄い形相で睨み付けていたのだ。
保護者会でも、その子の母親は「自分の子は5年生だが、キャプテンに相応しい。」と不満を訴えていたらしいが顧問は訴えを受け入れなかったらしい。

キャプテン就任。

 その後から、チームメイト全員から無視を受けた。
その中に妹も含まれていた。
放課後から顧問が来るまでの時間、キャプテンの指示でアップメニューを行う。
顧問が来た時には、男女で練習試合が出来るように準備しておく必要があったのだ。

しかし、無視されていては準備が出来ない。
エースアタッカーの子が代わりに指示を出すと、即座にアップメニューが開始された。
その後、何も知らない顧問が来た。

そんな日が、半年続いた。

 半年以上も経過すると、流石に慣れてきた。
気付きもしない顧問や周囲の大人達には何も期待していなかった。
毎日、大人に対する不信感だけが蓄積されていった。

精神的にきていたのだろう、表情が死にかけている私を見ていて辛かった(本人談)らしく、男子チームのキャプテンが自分の顧問に私の事を話してくれた。

直ぐに、その日の練習は中止となった。
急遽、保護者会を開き、その中に私達も呼ばれた。
男子チームと女子チームの顧問から、その場の全員に何が起こっていたのか説明がなされた。
顧問は事実なのかをリーダー的存在の子に問い、彼女は事実である事を全員に告げた。

心底、楽になり、涙が出た。
キャプテン就任から8ヶ月が経過していた。
「疲れた。」という言葉が脳内を埋め尽くした。

だが、隣で顧問が私の倍以上に泣いていた。
大人の号泣する姿を初めて見て、驚いた。
大きな声で「気付いてやれずに済まない!」と私の前で泣いて、土下座した。
他人の土下座も初めて見た。驚いた。

その後直ぐに、私を力一杯抱きしめた。
「お前はよく耐えた。強い心の持ち主だ。お前は俺の誇りだ。」と大声で叫んだ。

周囲の大人も泣いている。
チームメイトも泣いている。
妹も、母も泣いている。

私の脳内は混乱していた。

保護者会の後、母は私の大好物を夕飯に作り、今までのことを労ってくれた。
「良く耐えたね。頑張ったね。」と涙ながらに言ってくれた。

私は心が冷えていくのを感じた。
トイレの中で、今日の出来事を思い出した。
どんどん心が冷えていく。
私は呟いた。

「全て消えてしまえば良いのに。」

狭いトイレの空間が、自分が、真っ黒に染まっていくような気がした。

*****

私は今も、胸をザワつかせながら“センセイ”と呼ぶ。

山中雪子

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?