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欲しかったもの

 小学生というのは恐ろしく残酷な生き物だ。人より少し前歯が出てればあだ名は出っ歯だし、家の外観が少し古ぼけていればあだ名は貧乏だし、ちょっと足が短ければあだ名は胴長だ。
そんな地獄みたいな世界でも、私の母の”みんなと違うのは素晴らしい教”は続いた。

絵の具セット、リコーダー、彫刻刀セット・・・小学生は定期的にそういう類のものを買う必要がある。当時は、学校からパンフレットと、申込書と現金を入れる封筒が一緒になったものを渡されて、買いたいものに丸つけてお金を一緒に持ってきてねというスタイルだったと思う。
そんなものをおうちに持って帰って母に渡したらどうなると思う?
読まずに捨てられる!?
いや、いつだって母は優しかった。
一通りパンフレットを眺めたあとニコニコしながらこう言うのだ。

「よそはよそ、うちはうち。ちゃんと準備してあげるから大丈夫だよ」って。

だから私の絵の具セットは、みんなのピンクや水色のパステル調のスポーティーなものと違っていて、真っ赤でやたらかくかくしていたし、おまけにロッカーから少しはみ出ていた。
みんなの茶色いリコーダーに比べて、私のリコーダーは嘘みたいに白かった。
みんなの彫刻刀セットはカラフルなプラスチック製だったのに、私の彫刻刀の持ち手には何だかよくわからない人の名前の焼印が押されていた。


小学5年生のある日、私は事件をおこす。
その日、裁縫セットの申込み書を渡すと、母は、針も糸も針山も裁ちばさみもチャコペンもボビンも全部あるよとすぐに用意してくれた。でも、それを入れるケースはなかったから、素敵な缶だか箱だかを持ってきて、これでいいよね?と嬉しそうに尋ねた。


私は、私は、

大丈夫


と答えた。

夜中といってもきっと10時とか11時頃だったと思う。そこには、2階の自分の部屋で泣きながら床を叩く私がいた。
何事かと起きてきた母に、私は泣きながら訴えた。


みんなと一緒がいい・・・


母は、ごめんね。好きなもの買っていいよと申込書を渡してくれた。
こうして私は念願の裁縫セットと、”みんなと同じ”を手に入れた。

その裁縫セットで味をしめた私は、手作りナップサックキットも無事みんなと同じものを買ってもらうことに成功し、家庭科の授業で作った猫だか犬だかわからないキャラクターの描かれたクソダサいナップサックが嬉しくて、毎日のように学校にもっていった。


それでも時々、”みんなと違うのは素晴らしい教”の母とその二世(クレープ弁当賛成派の姉である)が現れて、二人して私を丸め込むので、みんなと違うスニーカーとか、みんなと違うエプロンとか、そんな学校生活はもう少しだけ続いた。

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