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夫と出会った日、私は最低な女だった

朝起きたら夫が、そろそろ結婚記念日だね、という。


そうか、忘れてた。そろそろだ。


私たちは、記念日を祝うことはしない。なんとなく二人で、今日だね、みたいなことを言い合うだけだ。


でも、今回はその記念に、夫と初めて出会った日のことを書いてみようと思う。





(私たちは言語を学ぶ者同士、タンデムパートナーとしてある人に紹介されて知り合い、ラインのやりとりをしていた。話が弾んで、すごく優しい人。顔は知らないけれど、ぜひ会って見たいな。かっこいい人だったらいいな。なんて想像をぶくぶくに膨らませて行ったベルリンだった。)



2017年11月。待ち合わせはフリードリヒシュトラーセ駅のホームだった。人混みの中、身長2メートル(と事前に言われていた)の人を探すのは簡単だった。


第一印象:貧乏くさい。


夫は当時、本当に貧乏だった。ここには、ちょっと書けないくらいのひどい事情で、とても狭い国営のアパートに母と兄弟で住んでいた。家族で収入が一切ないため、アルバイトをしようとしていたが、ドイツの大学は単位修得が結構厳しいのでそんな時間はないそう。生活保護で暮らしていた。


駅で初めて彼を見たとき、なによりもその格好から目が離せなかった。ダウンジャケットからは中の羽根が飛び出していて、デニムは膝とお尻部分が破れていた。スニーカーはもう何年も履いていて、いわゆる「履きつぶしたし、いい加減捨てるか」状態のものをこれからもまだまだ履くぞ、っていう勢い。


そして、近づくと嫌な臭いがした。


第ニ印象:ないな。


友達ならギリいいけど、彼氏としては、ない。


残念、とおもった。ちょっとの間なら付き合ってもいいかなと思っていたから。



少し話を遡る。それから2年前にわたしはある男性から婚約を破棄されて、心身ともに崩れ、クッタクタの抜け殻だった。それでも、日本に帰らず海外に住み続けたのは、友達に「婚約破棄されて帰国した女」と思われたくないから、と言うくだらない理由だった。


それから色々な人と付き合った。女、男関係なく手当たり次第。どれも楽しかったが長続きしなかったのは、みんなを元婚約者と比較していたからかもしれない。元婚約者以上の人と出会わなければなんだか自分が惨めな気がして。


だから、ベルリンには、今度こそ、と言う気持ちで会いにきていた。


わたしは別に、高望みしているわけではなかった。すごいイケメンと付き合いたいわけでも、全身アルマーニでキメている人と出会いたいわけでもなかった。普段だって、外見で人を判断することはない。そんなことはしちゃいけないって知ってる。


ただ、さすがにこりゃねぇよ、とおもった。


ケルンからベルリンまではドイツの新幹線で4時間ちょっと。それだけ時間をかけて、狭いぎゅうぎゅうの列車に乗ってきたのに。高い運賃を払ってきたのに。なんだか腹が立ってきた。今すぐ帰っちゃいたい。


その時、夫は、生まれて初めて日本語を話す、ということで、すごく緊張していた。口数が少なくて会話も弾まず、もうドイツ語で話せばよくない?と聞くと「もうちょっと日本語で頑張ってみる」というので正直めんどくせえな、と思った。


後日談だが、夫が日本語を話していたのは、私が毎日ホームシックで泣いているという話をしたからだった。少しでも母国語が話せたら楽しいかな、と思ったそうだ。でも私は、「なんでこんな時まであんたの日本語の勉強につきあわされなきゃいけないんだよ」と腹を立てていた。




言い訳させてほしい。


あの頃、わたしは慢性的にイライラしていた。怒りが体の中を駆け巡っていて、頭がはち切れそうな感覚がいつもあったことを思い出す。


人生が思ったように運ばない。それが1番の理由だったと思う。ハタチで躁鬱病になり、やっとの思いで大学を卒業し、海外でさんざん苦労してようやく手に入れた幸せが目の前で吹き飛んだ景色は今でも忘れない。


景色。いや、そんなものなかった。真っ暗だった。それは、暗闇の中でたった一本灯っていたロウソクが、最も愛する人によって吹き消された、という闇だった。


また振り出しに戻った。


そう思いながら毎日を過ごしていた。そんな日々も、捨てられた惨めな自分も、すべてが心底嫌だった。


そしてこれだけは言える。イライラしている女は、優しい男を見つけるとさらにイライラする。わたしは、夫と会って、自分でも驚くほど怒りが身体中に行き渡るのを感じていた。





行きたいところがある、と夫はいう。寒いから電車に乗ろう、と提案したら「お金がないから切符が買えない」。


切符が買えない?まじで?


それはさすがに引いた。だって2、3ユーロだよ。


じゃあわたしが買うから。「初デートで相手に買わせるわけにはいかない」
じゃあどうすんの。「歩こう」


冬、小雨がしとしと降るベルリンの街を何時間も歩きながらわたしの頭の中は「寒い」「座りたい」「帰りたい」の3語で埋め尽くされていた。石畳みの古い道は、普段歩かないわたしの足腰に響いた。路面電車に乗ればすむところをまさか歩くなんて。


夫は、ほかのベルリン人と同様、ベルリンを誇りに思っている。歩きながら雨に濡れた美しい街にうっとりしていた。まさか、この人・・・これが観光だと思ってるんじゃないよね。これで初デートとか言うんじゃないよね。気づいたらわたしは、歩きながら泣いていた。


元婚約者はこんな風じゃなかった。こんなに貧乏じゃなかった。仕事があり、お金があった。タクシーに乗せてくれた。わたしを歩かせたりしなかった。素敵なレストランを予約し、ご馳走してくれた。こんなはずじゃなかった。


散々歩かされ、あと少しでも歩くというのならこの場から立ち去ってやる、と思っていたら夫が立ち止まった。ベトナム料理店だ。私がずっと来たかった店。明るい店内からは、ニョクマムのいい匂い。ああ、お腹すいた。


「なに?入るの?」という(というか睨む)と夫はわたしを見、意を決した様子で店に入っていった。


夫は店員となにやら話をしている。席があるようなので、中に通してもらった。すごい混みよう。満席。心なしか、ちょっとセレブな人たちが集まっている印象だった。


メニューを見て、それは確信に変わった。アジア料理なのに価格が張る店なんて、日本料理以外では珍しい。


「出よ」とわたしは言った。うちらがくる場所じゃないよ。わたしは、初デートなのに食事を自分で払うなんて御免だったし、だからといって夫が払えるとは到底思えなかった。


しかし、夫は下を向いたまま動こうとしない。わたしはわざと大きくため息をついて、座りなおす。嫌な女。


どうせ奢ってもらえないんだから、好きなの頼んで好きなだけ食べよう。自分で払ってさっさとこの店を出よう。この男とも、これで最後。


そう自分に言い聞かせて、値段をできるだけ見ないようにしながら好きなものを注文した。青パパイヤとピーナッツのサラダ・ゴイドゥードゥー、5種類のハーブの生春巻き、牛肉たっぷりの麺・ブンボーフエ、ソフトシェルの蟹の唐揚げ、ベトナム風レバーパテ、デザートに冷たいチェー。ドリンクはスペアミントたっぷりのサイダー。夫には一口もあげないで、全部一人で食べた。


夫は小さな声でベトナムコーヒーを頼んでいた。ベトナムコーヒーはこの店で一番安いメニューだった。


わたしのイライラはピークだった。「何か頼みなよ、恥ずかしいから」

返事がない。

聞こえなかった?恥ずかしいから何か頼んで。

すると夫は、こういった。「自分の食べるものは自分で決める」。


頭の後ろの方で、わたしの怒りが出口を見つけたのを感じた。


わたしは相手がいまいち理解できない言葉でキレるのは損だと思った。でも、ドイツ語でまくし立てるほどの語彙力もなかった。結果、お互いの第二言語である、英語を使うのが適切、と判断した。気づけば、周りの人が振り向くくらい、大きな声で怒鳴っていた。


早くなにか頼みなさいよ、さっきから恥をかいてるのはわたしなんだから。

僕はコーヒーでいい

私が良くない。何か頼んで

頼まない

は!?なんで

微熱の分をすべて払いたいから


そういってポケットから100ユーロ札を出した。


今日は、僕が払いたい。今日のために、金を貯めてきた。


見慣れた100ユーロ札。緑色で、どこかの有名な橋の絵が描かれている100ユーロ札。1日ポケットの中で温められてくしゃくしゃになったそれを見た時、わたしは思わず泣き出してしまった。


100ユーロではね、この店では足りないんだよ


わたしがしゃくりあげていうと、夫は、わたしの肩に手をおいて、いった。


カイネ・ゾーゲ(心配ない)。足りなかったら後日、また払いにくるよう話をつけてあるから。


夫は、メニューをわたしに手渡して言った。


ずっと来たい場所だったよね。まずは微熱が好きなだけ食べて、お腹をいっぱいにして。


後で知ったことだが、夫はあらかじめ予約を入れに来ていた。その時店長に、もし一括で払えなかったら後日、残りを支払いにくるということでもいいか、という確認をしたそうだ。入店した時に店員と話していたのは、その確認だったのだ。


店長はなんて言ってたの、と聞くと

貧乏学生の初デートなら仕方ない、一肌脱いでやる、って。


わたしは泣きながら、残りの料理を全て平らげ、夫はそれをみながら満足そうにベトナムコーヒーをすすっていた。



店を出るころには雨はすっかりやんでいた。街灯が雨で光る街を照らし、夜の闇を一層美しく映し出した。

あんなセレブだらけのレストランで騒いだりして。恥ずかしかったね。

というと、夫は、そんなこと気にしなくていい、また来よう、という。


わたしが夫と腕を組もうとすると、夫は、少し警戒したように
「これは長期的なもの?それとも短期的なもの?」と聞いた。わたしは、君さえよければ結婚することにしようよ、と答えた。


結局わたしが爆食いしたせいで、会計は全然足りなかった。


後日、残りのお金を払いにいったら、僕たちは結婚することになりました、って、ちゃんと店長に伝えておきなよ、というと、夫はとても嬉しそうに笑っていた。


どうかな、僕は内気だからそういうことはあまり言わないけど。微熱がどうしてもって言うなら、勇気を出して伝えておくよ。


雨に濡れた石畳みのストリートをまた何時間も歩いて、夜中まで公園に座り、話をした。


終電。アレクサンダープラッツ駅で、夫は、今日ほど楽しかった日はないよ、と言って涙目になっていた。わたしは、あれほどひどい八つ当たりをしたのに、何が楽しかったのかまるでわからなかったけれど、なんども失礼を詫び、わかれた。



この話を幾人かの友人にしたことがある。すると、ほとんどの人からこんな反応が返ってくる。


切符も買えない人が背伸びしてレストランで奢ろうとして、結局足りなくて…ん!?惚れポイントあった?!


そう、わからない人にはわからないとおもう。でも、私にとっては、人生で一番嬉しい出来事だった。


夫は貧乏だった頃の自分のために、今でもお金はとても大切につかう主義だ。現在はプログラマーとして働いていて、十分お金はもらっているけれど、まだあの羽根が飛び出したダウンジャケットを捨てられない様子だ。


あの日、ボロボロの格好の夫に幻滅していたはずのわたしなのに、いまでは物を大切にする夫を心から尊敬してやまない。びろんびろんのTシャツと破れたスニーカーで闊歩する夫の隣を歩けることを、誇りに思っている。


※サムネは、散々歩かされて私のイライラがピークに達しようとしてる時に、夫が呑気に記念撮影した湖の写真。あんな美しい街を歩いていたのに、怒ってばかりで損した。このすぐ後にレストランに着いて、食事をしました。






コッシーさんの企画(ではないみたいだけれど出会った日のエピソードを募集されています)に参加しました。コッシーさんと奥さんの出会いのお話があまりにも素敵で、わたしも書いてみたい(けど、わたしの性格の悪さが露呈する話だな、やめとこうかな)と思い、さんざん迷った挙句、書いた次第です。最後まで読んでくれてありがとうございました。




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