見出し画像

【書評】読書猿『独学大全』―「技術」を考えるということ

こんにちは。今日は読書猿さんという方が書かれた、『独学大全』についてご紹介いたします。

画像1

さっそく内容の紹介と行きたいところですが、「著者が猿とはどういうことじゃ」と思われる方もいらっしゃるかと思いますので、先に読書猿さんについて簡単に説明しておきます。

読書猿さんは「読書猿Classic: between / beyond readers」という、学問の方法や本の紹介を行うブログを書いていらっしゃる方です。具体的なプロフィールには謎が多いのですが、在野でひらすら「独学」を続けておられるらしく、ブログや本を読む限りおよそあらゆる学問について一定の知識を有しているように見受けられます。「猿」などと謙遜しておられますが、「碩学」という言葉がぴったりですね。

これまで読書猿さんは『アイデア大全』と『問題解決大全』という、アイデアの出し方や問題解決術を集めた本を書いた本を出していたのですが、このたびいよいよ専門(?)である独学の本が出ることになり、発売前からファンの間で期待が高まっていました。それがこの『独学大全』です。

2020年9月29日発売ですから、出たてほやほやといってもいいでしょう。僕は予約注文して発売日に手に入れ、先日読み終えました。ファンの1人というわけです。

〇『独学大全』とは

『独学大全』は索引抜きで約750ページ。その中で55の学習技法が紹介されており、「学ぶ」ということに関するコラムなどもあります。索引は充実の34ページ(しっかりした索引がついているのはいい本であるというのは定説です)、それとは別に「独学困りごと索引」という少し変わった索引もあります。

しかし『独学大全』ですから、やはりメインは55ある独学法の部分でしょう。中には自己啓発本の記事でも紹介したポモドーロ法などもあり、バラエティーに富んでいますが、ここでは55の技法のうちで特に僕が気になっているものについてご紹介いたします。

①「習慣レバレッジ」

学びを習慣づけるための技法です。あること(Aとしましょう)を習慣づけるために、いますでに習慣となっている行動に注目し、その行動の直前にAを行うことで習慣化を目指します。Aは最初軽めで、慣れてきたら徐々に重くしていきます。

ポイントはすでに習慣となっていることを利用する点で、これは出現頻度が高い行動が出現頻度の低い行動を強化(レバレッジ)すること発見したプレマックの研究に基づいていた技法です。頻度が問題なので、そのために用いる習慣は、必ずしも「ご褒美」である必要はないとのことです。

たとえばいま僕は、twitterをひらく前に西脇順三郎の詩を少し読むことにしています。詩作品は1つ1つが短いので、この技法との相性がいいのです。

この技法のいいところは、人間の意志の弱さが前提となっているところです。これが「twitterを我慢しろ!」とかだったらたぶん続きませんが、習慣レバレッジはむしろついtwitterをひらいてしまう意思の弱さを利用しています。

②「問読」

速読法です。文献の章見出しなどからキーワードやポイントとなる箇所を拾い出し、それを問いの形に変形します。そして本文から問いの答えとなる記述だけを拾います。最初に作ったいくつかの問いに答えていくことで、文章をすばやく読みつつ要約することが可能になるというわけです。

ただし「速度と深度は自在に調整できる」(p482)とあるように、この技法は精読法にも使えます。

僕は斎藤環さんの『メディアは存在しない』という本を読むときに、全部読むことを前提に各章で問いを立ててノートをとり、自分の理解を確認しながら読み進んでいきました。最近、読んだことを自分のなかでしっかり残していく意識が足りていないように感じたので。

たとえば、「メディアとは何か」「なぜメディアは存在しないのか」などを問いとして立てていました。これをさらに論文執筆法などに応用すれば、「この資料に対して筆者はどのようにアプローチしているのか」「この主張をどのような論理で導いているのか」というhowの部分に焦点を当てることで、論文の書き方を「盗む」ことも可能だと思います。

③「鈴木式6分割ノート」

語学学習用のノート術です。ある文章を精読するために、ノートの見開きを(1)原文(コピー)、’(2)単語、構文、(3)内容についての注、(4)質問・疑問、(5)訳、(6)原文を手書きで写す部分に分けます。フランス語を教授していた鈴木暁氏が考案したという、「「ノートを取る」のではなく「ノートで思考する」」(p550)ためのノート術です。

個人的には(4)と(6)がポイントだと思います。ただ訳出するだけでなく、それに対して分からないところをはっきりさせること、もう一度原文を書くことで文構造を身体で理解しながら読むこと、どちらも語学に取り組むうえでぜひ見習いたい姿勢です。

僕自身がまだ使っていない技法なので細かい感想は言えないのですが、どこかのタイミングでフランス語をやりたいと思っており、その際はこのノート術を使おうと思っています。

応用すれば、文学研究にも使えるかもしれません。ある文章に対して注をつけ、疑問点を明確にし、「訳」の部分は自らの解釈を書く。そして文章を筆写することで文体を体感する。実に作品研究向きだと思います。

〇「技術」を学ぶということ

55の技法のうち3つしか紹介していませんが、なんとなく本書の雰囲気を理解していただけたのではないでしょうか。もちろん人によって合う技法は違うでしょうが、そこは「大全」の強みで、1つの技法に対しても様々な亜種や応用パターンがあります。

自己啓発本のススメ」でも自己啓発本からハウツーが学べるのだというメリットについて述べましたが、その時はそれらの本の欠点には触れませんでした。ああいった本は基本的に「私の成功法」であって、経験則の域を出ません。その結果として多くの本が、「毎日頑張ることが大切だ」「やりぬく力が大切だ」、「そうすれば私は成功できた」という精神論に行きつきがちです。

「大全」であることの凄さはそこにあります。様々な技法を網羅しているということは、「私」を離れているということだからです。1つ1つの技法は読書猿さんが実際に用いているものなのですが、「大全」として僕たちに合ったものが探せるような形で提供されています。

また、それぞれの技法には研究的な裏付けがあるものが選ばれており、注で示されている書誌情報を通じて論文や文献にアクセスすることも可能です。そういう意味でもこの「大全」は、「私」を離れたところで構成されています。

つまり、この本で提供されているのは「技術」なのです。「技術」とは何か。様々な方向から説明できるでしょうが、僕はそれを「反復可能なもの」と定義します。たとえば僕には村上春樹のレトリックを反復することはできませんが、彼の1日に書く分量を決めて毎日机に向かっているという小説執筆法なら真似することができます。

長編小説を書く場合、一日に四百字詰原稿用紙にして、十枚目当てで原稿を書いていくことをルールとしています。僕のマックの画面でいうと、だいたい二画面半ということになりますが、昔からの習慣で四百字詰で計算します。もっと書きたくても十枚くらいでやめておくし、今日は今ひとつ乗らないなと思っても、なんとかがんばって十枚は書きます。なぜなら長い仕事をするときには、規則性が大切な意味を持ってくるからです。書けるときは勢いでたくさん書いちゃう、書けないときは休むというのでは、規則性は生まれません。だからタイム・カードを押すみたいに、一日ほぼきっかり十枚書きます。(『職業としての小説家』、p154)

※村上春樹は気取った文体や神話的な物語構造という面が注目されがちですが、『職業としての小説家』という書名に典型的なように、文章を書く技術を持ったプロとしての意識の強さが特徴的だと思います。

「技術」が大切なのは、それが誰にでも使用可能であり、かつ自分の調子にも左右されないからです。後者は無視されがちですが、重要なことではないでしょうか。誰にでも反復可能だということは、未来の自分にも反復ができるということです。「なんとなく」や「感覚」でやっていると、いつかうまくできなくなったときに対応に苦慮します。

僕は国語の問題がセンスで解けるタイプでしたが、自分に合わない文章のときには大幅に点数を落としていました。おかげで受験生の時には大いに不安でした。もし本番で合わない文章が出たら、普段どれだけ点数がとれていても無意味です。僕は、解くための「技術」を持ち合わせていなかったのです。

また、「感覚」や「調子」を修正することは難しいですが、「技術」は切り替えや調整が可能です。多くの手札を持っていれば、今までの方法論が通用しないような新しい分野に挑戦する時の助けにもなるでしょう。

「技術」論についてこれ以上の詳しいことは後日に譲りますが、「技術」の「大全」としての『独学大全』の重要性がある程度説明できたのではないでしょうか。通常自分の普段の学習法を「技術」化するのには高度のメタ認知が必要ですが(ちなみに『独学大全』では、メタ認知の技法についても扱われています)、『独学大全』の紹介している技法に似たようなものがあれば、それを指針に自分の学習法を見直すことも容易になります。

僕自身、「書くこと」に関する「技術」をもっと磨いて、このnoteの記述もより分かりやすいものにしていきたいと思います。


よろしければサポートお願いします。