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つれづれ#10『福島大学にも洋館時代が!』

こんにちは、véritéです。
まもなくお盆ですね。

この時期はいつになく、故人との再会や、幼少期の夏休みの出来事が色々と思い出されます。

幼少期、福島盆地の真ん中ににぽつんと佇む信夫山のふもとに住んでいました。

ふもとの自宅へは、最寄りのバス停から徒歩で30分ほど。
途中には、マグマ大使の頃の古い江木俊夫のパネルが掲げられた八百屋さんや、いつもインコを肩に乗せたおねえさんがいる文房具店、そして福島大学のキャンパスがありました。

福島大学のキャンパスにはたくさんの思い出があります。
福島大学は、1949(昭和24)年、福島師範学校・福島青年師範学校・福島経済専門学校の3校を包括して設置されました。

そのため地域の人々の間では「経専(けいせん)」と呼ばれていました。
そんな「けいせん」は、1979(昭和54)年、2カ所に分かれていたキャンパスを統合するため他所へ移転し、跡地には「美術館」が建てられました。

「けいせん」には複数のレトロな洋館があったと記憶しています。
キャンパス内はいつでも誰でも入れたため、鬼ごっこやかくれんぼをしたり、シロツメ草で首飾りを編んだり、音楽ホールにあったドラムを叩いてみたり、地域の子ども会で、運動会やキャンプを行ったり、また夏休みには紙芝居や早朝のラジオ体操もキャンパス内で行っていました。

そういえば、ラジオ体操のスタンプが貯まって、リボンシトロンの可愛いグラスをいただきめちゃくちゃ嬉しかった記憶が✨

それから、「けいせん」の北側にはボート部の部室があり、部室前にはボートを漕ぐ動きを陸で練習するためのロ―イングマシーンが置いてあったのですが、前後に動く摩訶不思議な座席に魅了され、マシーン前で佇んでいると、ボート部の素敵なお兄さんが笑顔で乗せてくれたことも思い出されます。

(ボート部のお兄さん、お元気かしら?)

一方、正門や東門には、政治的なメッセージを掲げた看板が掲げられ、拡声器を握った学生が何やらメッセージを発していたような記憶も。

いずれにしましても、そうした思い出の場所が跡形もなく消えてしまうのはとても寂しいですね…

福島市公会堂しかり
福島市図書館しかり
福島県農工銀行しかり
日本銀行福島支店しかり..

せめて今ある郡山市公会堂や、旧亀岡家住宅、旧伊達郡役所など、美しい日本の文化財として大切に次世代へも繋げていただきたいものです。

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