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【嗚呼、人生 vol.08】〜小説に出てきそうな日①〜

連れ合いと久々にあった。久々と言っても1週間ぶりくらいだけれど。そして久しぶりに町をのんびり歩いた。お気に入りのお店をいくつか回って、それから本屋さんへ行った。
さっきまではくっついて歩いていたけど、本屋さんに着いたら自然とそれぞれの興味の本棚へと導かれていった。
私は新刊小説の棚から、あてもなくのんびり書棚をみて回った。歩き進めるとふと目に止まった本があった。カミュの『異邦人』だった。裏表紙のあらすじを眺めてみたけど、今の私にはちょっと違う気がしてそっと棚に戻した。それからまたのんびり棚を見て回ると、ある棚の前で足が止まった。『日本語と日本語論』とあった。ふと手に取ってみて、日本語教員資格習得に奮起してる学生らしくなってきたなと思った。その書棚には他にも興味深い背表紙がいくつも並んでおり、いつの間にか時間が経過していた。連れ合いに呼ばれ我にかえったときに初めて書棚名をみてみると、「ちくま文庫」の文字。中学生のときには伸びなかった足がここまで伸びて少し嬉しくなる自分があった。
それから連れ合いが「日本語教育」書棚まで案内してくれた。なるほど、日本語教員としての知識を得るにはもってこいの書棚だ。そこでまた少し時間をかけたあと、我々は本屋さんを後にした。

外に出てみると、大雨だった。傘を持参するか迷った末に置いてきてしまったことを思い出した。走って帰るには雨が降りすぎている。天気予報をみると30分ほどで止むらしいが、本屋さんの入った建物はあと少しで閉館してしまうらしい。新しい傘を購入しようかと話していたところに、連れ合いが近くにジャズ喫茶のあるのを思い出した。
ほんの30mほど離れたところにあるとのこと、位置を2人で確認したあと、先を走る連れのあとを追いかけた。少し濡れてしまった服をタオルで拭きながら屋根の下で息を整えていると、そこにはジャズ生演奏の文字。なんという幸運!またもや導かれるように地下へと続く階段を下りた。

店内を見渡すと演奏に聴き入るお客さんがあった。ざっと10組はいたんじゃないだろうか。

予約をしていないことを伝えると、2階の席へ通された。音はバッチリ聴こえるが、かろうじて演奏家全員を見られるような場所だ。
構成員はドラム、フリューゲルホルン、アルトサクスフォン、コントラバス、ピアノだ。

赤サングリアとクラフトビールをそれぞれ注文し、ちびちび飲んでいると、どれも耳に心地よい。薄暗い店内にぼんやりと照らし出される演奏家と、彼らが奏でる音がマッチしており、実に心地良い空間が出来上がっていた。
雨宿りに思い付いたにしては上出来すぎる。

演奏は2部構成で、合間に30分の休憩があった。せっかく偶然出会えた素敵な空間だし、最後まで楽しもうということで、第2部も聴くことに決めた。休憩の間は、オンライン授業のことや大学のことや好きなお店やありとあらゆる話をした。やがてジャズ演奏が聴こえてきて、自ずと演奏に耳を傾けた。
目をつぶって全身で演奏を楽しみたくなるほどの高揚感と安心感に包まれていた。

目を開けると、さまざまなものが見える。目をつぶって音を楽しんだり、コントラバスの手つきに感心する連れ合いの姿。

また、客のグラスの空きに気づき、慣れた手つきで水を注ぐプロのウェイトレス。

そして、演奏者たちの思い合い。
それぞれのパートにソロがあって、そこで各演奏者が連符や高低音を出している横で、他の演奏者が静かに支えている様子がなんとも愛らしく、楽しみながら、かつ相手を思いやっている感じがうかがえ、その様子をみるのも満たされる気持ちがした。

演奏が終わり席を立つと、なんとも言えない充足感に包まれていた。少し前からジャズの虜になりつつあったが、特にアルトサクスフォンの音が私を満たすことを知れた。そして、一緒に楽しめる連れ合いがいることを想い、頬が緩み胸が熱くなった。

お愛想をして外に出ると、雨は止んでいた。私たちは手を繋いでのんびり歩いた。雨宿りにしては贅沢すぎたけれど、小説みたいな1日だった。

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