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大学付属語学学校のもう一つの魅力――進路相談リソースの豊富さ

大学付属語学学校の別の魅力は、語学学校で勉強した後の進路相談というリソースがあることだと思います。大学付属の語学学校を選ぶ人たちは、やはり大学や大学院への進学を目的にしている人たちが多いです。今までのエピソードに書いたように大学のキャンパスという環境に身を置けるので、英語を勉強している段階から大学生の生活ぶりが観察できたり、大学生と友達になれたり、大学の施設に詳しくなれたり、大学に関する情報が得やすいという利点がありますから。
今回書くのは大雑把なグループとしては「大学に関する情報」の一部になるのかもしれませんが、私が大学付属語学学校で得られた進路相談リソースについてです。

英語を学ぶ目的は色々でしょうが、私のクラスメートたちは日本の大学はもう卒業しているか在学中かで、その先に「アメリカの大学院に進学する」という目的があって英語を勉強している人たちが大半でした(中には仕事に生かしたいという人もいましたよ、もちろん)。ですから、語学学校のコースが終わってからの進学相談、特に大学や大学院に進学したい人にとってはこのリソースが充実しているのは魅力ですよね。

私がインディアナ大学ブルーミントン校付属の語学学校に行ってよかったなと思うのは、進路相談に向き合ってくれる先生やスタッフとの出会いがあったことです。ただ、それは前に紹介した週末ホストファミリー制度のような「制度」としての素晴らしさというよりは、個々の教授やスタッフの良さだったかもしれません。ですから、ブルーミントン校と似たような環境の、つまり大学付属の語学学校だとしても、私が出会ったような教授たちがいるとは限りません。ただ、環境的にそのような教授たちに出会う可能性や確率が高いと思います。

インディアナ大学付属語学学校で英語を学び出した頃の私は、アメリカ人に日本語を教えるための勉強をするために大学院に留学したいと考え始めていました。でも、それまで「留学」とはほど遠い世界で生きてきたので、アメリカで日本語の先生になるには何をどうすればいいのか検討もつきませんでした。日本語の先生という求人がどの程度あるのか、何をどの程度勉強すれば先生になれるのか、どの学部に入るのが近道なのか…。「留学」だけでなく、「外国人に教える日本語の先生になる」ための方法についても「???」の状態でした。日本の大学では法律の専攻だったし、仕事は編集関係だったし、まわりの友達も「日本語教師」とは縁遠い人たちで、本当に何も情報がありませんでした。それに現在のようにネット検索が一般的ではありませんでしたから、情報収集はまだまだ「紙」ベースで、手間も時間も今の何倍もかかる状況でした。

そもそも私は文化交流ボランティアプログラムでアメリカに行くまで、「日本語を教える」ことを仕事にしようなどと考えたこともありませんでした。アメリカで知り合った日本人が、私の文化交流活動を見て「このままボランティア活動の『いい思い出』だけで日本に帰るのはもったいない。アメリカの大学院で本格的に勉強して先生になるべき」と言ってくれました。それがきっかけで「留学」について考え始めたのです。
もしも日本にいる時に「日本語を外国人に教える仕事をしよう」と思っていれば、大学に学士入学でもして日本語教育を主専攻か副専攻にするとか検定試験を受けるというような方法もあったようです。わざわざ留学しなくても、いくつかの方法はあったわけですが、その当時は本当に何も知りませんでした。

私は交流活動を通じて、「日本語を教えて」というアメリカの小学生からの要望にほぼ応えられないのが分かり、「せっかく興味を持ってくれているのにもったいない。何とか教えられる方法を学びたい」と強く思い始めていました。生徒たちにはカタカナで彼らの名前をどう書くかとか、日本語の簡単な挨拶などは教えましたが、日本語を体系的に教えるとなると私には全く未知の世界で、どうすればいいか分かりませんでした。

ですから、語学学校に在籍中、自分の進路についていろいろ相談して回りました。まずは語学学校の事務局に相談しました。「〇×学部に進学したい」という一般的な質問でなく、「日本語を教える先生になるためには何学部に入ればいいのか」というような質問でしたから、事務局の人たちもちょっと戸惑っていました。でも「うちの大学にも日本語プログラムがあるから、そこの先生に相談してみたら」とのアドバイス。大学の資料を調べて、日本語プログラムについてどこかの事務局に電話をしてくれて、インディアナ大学の日本語プログラムのディレクターをしている教授の名前とそのオフィスがある建物や部屋番号を調べてくれました。

 早速その教授のオフィスに行ってドアをノックしました。運よく教授が部屋にいたので、自己紹介していくつかの質問をしました。最初はつたない英語で話していたのですが、「日本語でいいですよ」と言われたので(その教授は日本人でした)、遠慮なく日本語で。一番気になっていたのは「就職できるか」ということでした。「アメリカの大学院で修士を取れば日本語の先生として働けますか」「日本語の先生の仕事は十分にあるんでしょうか」などについて聞いたと思います。いずれも肯定的なお返事で、「私の未来は明るい!」と嬉しくなったのを覚えています。

そして日本語の先生がアメリカの大学で大学生を相手に教えるコースはどんな感じなのか見たいと思ったので、授業を見学させてほしいというお願いまでしました。まだ大学院生ですらないのに、大胆ですよね。付属の英語学校で勉強しているだけの存在なのに。でも、そんな私のリクエストに快く応えてくださって、その先生が教えている初級レベルのクラスとアメリカ人教授が教えている上級の日本文学のクラスの二つを見学させてもらえることになりました。後日指定されたクラスにお邪魔して、教室の隅っこで日本語クラスの初見学をしました。本当にありがたかったです。

 本来、教授に会うには、普通はその先生のオフィス・アワー(学生たちの質問や相談などにのるために設けている時間)を調べて、その時間にお邪魔して話をするのですが、そんなことを知らない私はいきなりオフィスを訪ねて、質問をして、見学予約までしたというわけです(恥ずかしい…)。教授もそんな無礼を非難することもなく、「短い時間ならいいですよ」と淡々と質問に答えてくださり、見学も快諾してくださいました。当時の私は無知も手伝い、怖いもの知らずでした。

 日本語プログラムのディレクターとの面会は時間の制約もあり、何学部で勉強すればいいのかといったことは聞きませんでした。私なりに「先生になるんだから当然『教育学部』でしょ」と思い込んでいたせいもあります。ということで、次に向かったのは教育学部です。そして教育学部の事務局に行って、「日本語の先生になりたいけど、教育学部のどんなプログラムに入ればいいのか」的な質問をしました。

この事務局のスタッフたちも相当戸惑っていました。お互いに顔を見合わせてしばらく何やら話して、あちこちに電話してくれて、「グッドマン教授(仮称)は特にそういう専門家ではないけれど、たぶん相談にのってくれると思いますよ」と教授の名前と部屋番号を教えてくれたのです。その教授がオフィスにいることも確認してくれました。

 グッドマン教授は穏やかに私を迎え入れてくれました。私は自己紹介の後に「何学部に進むべきか」「どんなプログラムに申し込むべきか」などいくつかの具体的な質問をしました。でも彼の返事は、私が予想したものとはかなり違っていました。私は「修士課程に進む」という前提で質問をしたのですが、彼はその点に異論を唱えたのです。
グッドマン教授は「私は日本語講師になるために進むべきプログラムについて詳しくない」と言いました。でも、どの学部に進むにしても「修士」ではなく「博士(Ph.D.)」を目指すべきだと言うのです。

「アメリカでは日本語はそれほど多くの人が学んでいる語学じゃないですよ。スペイン語なら高校でもたくさんクラスがあって、そこで教えることもできるでしょう。でも、日本語の場合、習いたい人がいる一番大きな市場はどう考えても大学です。大きい大学なら日本語コースがあるでしょう。そして大学で教えようと思うならやはり博士号を取るべきです」と言いました。

私が「でも日本語のディレクターは修士で仕事があるって言ってましたけど」と反論すると「もちろん仕事はあるでしょう。でも修士を持っているだけでは小さい大学の仕事だったり、パートタイムの仕事だったり、運よくフルタイムの仕事に就いたとしても雇用期間も短かかったり、身分が定まらないと思います。大きい4年生大学で安定的な雇用を求めるなら博士号を取るべきです。これはあなたの一生にかかわる問題ですよ」と切々と語るのです。語り口は穏やかでしたが、確固たる響きがありました。その時に書いてくれたメモは今も大事にとってあります。この記事の冒頭写真がその時のメモです。

 でも正直、その時の私はただ戸惑うばかりで、せっかくのアドバイスにも消化不良を起こしていました。アメリカの大学院に進学するということですら自分にとっては未知の世界で、申し込む学部やプログラムでさえ不確かで聞いて回っているのに、さらにその上を目指せと言われても…という気持ちでした。

ただ、突然訪ねてきた語学学校の一受講者の私に、こんなに熱心に取るべき学位について語ってくれた教授の「思い」に対して本当にありがたいと思いました。グッドマン教授は真の教育者であり、人格者なのだと思います。この出会いを通じて、私の頭の片隅にそれまで考えたこともなかったPh.Dという文字が刻まれたのは確かです。

 振り返れば、こんな教授たちとの出会いがあったり、彼らから進路について話が聞けたというのも大学付属の語学学校ならではだったと思います。ただ、これはこちらから積極的に動いたからこそ道が開けたという側面もあるので、自分でできる努力(今ならネット検索も含めて)の一端として、大学付属の語学学校ならではのリソース活用にも積極的になってほしいですね。

次回はアメリカYale大学の英語の夏期集中講習(サマーコース)についての思い出を書こうと思います。お楽しみに。

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