短編小説:金色の夕暮れ

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たくさんの男女が都会の街に流れ出ていた夕暮れの風景。
何か新しいこと、楽しいことが始まる予感がするあの期待に満ちたあの懐かしい風景。
人々の話し声や道を歩く足音が波のように寄せては返す巨大なざわめきが街中を満たしていた。
毎日毎日繰り返されていたあの当たり前の風景はまるで歴史の教科書に載っている話のように人々の記憶の中に閉じ込められてしまった。
夕闇と星空の下に金色に満ちたあの夕暮れの風景には、絶望と陰鬱と息苦しさに満ちた静寂にとって変わり、重く垂れこめた空気が街を覆いつくした。人々は今まで経験したことがない状況が来るのだという予感に恐怖しパニックに陥りながら家路を急いだ。マスクで顔を覆っているので顔から表情が消え声も発することがなくなった。
コロナの正体は誰にもわからず、いつ収束するのか全くわからない人々の気持ちと共にくる日もくる日も足踏みを続けたままだった。それは一般の人々だけではなく専門家も政治家もタレントもアスリートもカリスマロックスターも皆同じだった。相変わらず今までと同じ生活を続けているのは鉄塔やビルの谷間を飛んでいるカラスの群れだけだ。
20年ほど遅れてきたこの世紀末のような風景が繰り返され、毎日が果てしなく果てしなく息苦しい足踏みをならす夕方に変わった。このまま人の気配がなくなるのでは?この風景が日常の風景になってしまうのでは?という絶望感が何日も何日も人々の心に襲ってきた。そんな生活が1年以上続くなんて全く信じられないことだ。
だが人間はどんな状況でも慣れ順応して生きていくことができる。絶望に慣れることは絶望そのものよりも悪いことなのだと先人が言っていたが、人々は新しい生活スタイルにシフトして生きていくことを決意しウィルスと共生していくことを決意した。決意すれば未来は変わるということを自分に言い聞かせたんだ。
もはや人々の心にずっと巣食っていた絶望は終わりを迎え、期待と希望を取り戻しつつある街には人の話し声、笑い、そして足音が戻り始めた。

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