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【おい、ホントか!?/ 子供達の夢を親御さんが安心して後押し出来る業界に向けて #情熱編 】

 「おい、ホントか!?」この数秒後、迷っていた私はベルテックスへの移籍を決めた。それはまだ契約前、一通りのオファー内容の説明を受けた後、

「ちょっと現場を見せて下さい。」

と頼んで行った体育館でのことである。チームはちょうど練習をしていた。シューズが床にキュッ、キュッっと擦れる音、選手達が練習の合間にやり合う大声…外は2月でまだ寒く冷たい雨が降っていたが、体育館内では選手達の身体から白い湯気がふつふつと沸き立っていた。

「メチャメチャ気持ち入ってますね。事務所に帰ったらちょっと報酬一覧、見せてもらえませんか?」

 あらかた予想はついていた。同じ静岡のエスパルスの年商が43億弱、ベルテックスが1億少々。チーム人件費も18億を超えるエスパルスに対して1億円に届かないベルテックス。保有人員がエスパルスの4割程度だとしても、一人当たりの人件費はかなり少ないだろう。J1とB3であるから仕方ないという理屈は身を粉にして日々を送っている現場の選手達には通用しない。ましてや、双方のクラブで仲の良い選手達も少なくない中で、両クラブを知る男として現実に目を背けずキチンと見ておきたかった。

 事務所に帰り、手渡された報酬一覧表の中身を見て、あらためて慄然とした。NBAのチャンピオン経験者がコーチであり、地元に出来たクラブのために、上のカテゴリーを捨てて戻ってきた選手達も含まれるその一覧表を見ながら、何ともやり切れない思いを抑えることが出来なかった。

「おい、ホントか!?……」

心の中でそう叫んでいた。出来たばかりのプロクラブとして精一杯頑張ってくれていることは重々わかってはいたが、あらためてそこに並んでいた数字は冷酷なものだった。同じ地域に在する両クラブ選手達をして、地元の方々を夢中にさせたい、競技の魅力をもっとアピールしたい、対戦相手に何としても勝ちたい、子供達に夢を与えたい、と思う気持ちにいかほどの差があるのだろう。その想いにJ1もB3もカテゴリーの差など何の意味もなさないだろう。

 知らず知らずのうちに、私の闘争心に相当な勢いで火がついていた。選手だけじゃない。社長を含むフロント社員も若いながら何でも吸収しようとする飢餓感が身体全体にみなぎっていた。

「誰にも舐められないよう、もっとプロ選手らしい、プロフロントらしい、処遇を受けられるようにしてあげたい。」

 契約内容の詳細を見るでもなく即移籍を決めた。このクラブを営業努力でデカくして、しぶとく強いチームの原資を叩き出す。そのための経験、ノウハウ、仕組み、執念の全てを注ぎ込む。現場を見せてもらったお陰で、戦闘準備完了まで、然程の時間をかけることもなく、3月スタート時には既に外回り営業を始めていた。 

 暫くして、地元出身の大石、大澤と話しをした。2人とも期待に違わぬナイスガイだった。その上礼儀正しいし、キチンと喋れる。そして何より、溢れんばかりの向上心もある。無論チャラチャラしたところは微塵も感じない。そこで敢えて2人に訊いてみた。

「今の境遇はキツいだろ。悔しくないか?」

2人とも異口同音に、バスケットボールをもっと地元に浸透させるために、ドブ板営業でも商店街周りでも何でもやるとせがむように言う。私がエスパルスの代表だったことを知っているからこそ、エスパルスくらいの認知を得るまでは絶対に諦めずに何でもやると…さぞかし悔しいのだろう。だがその言葉をグッと飲み込み、出てきた言葉は実に健気で泣かせるものだった。その純粋で実直な姿勢に、サッカー界に長くいて、半ば忘れかけていた現場もフロントもないシームレスで圧倒されそうな一体感を強く感じたことは言うまでもない。

「わかった。クラブをデカくするための小難しいことはこっちでやるから。ここの選手達がもっと厚遇されるようになれば、自分の子供が将来プロバスケットボーラーになりたいと言っても、親御さんが安心して後押し出来るようになるし。でなきゃこの地にバスケットボールは根付かない。そのためには、当然お前達の力も要る。」

 2人の目は力強く輝いていた。その眼光は生涯忘れないだろう。私の場合、闘争心に火がつくのは、大概「頑張ってそれなりの実績もあげている者が報われていない」場合である。例えば、正味で言えば物凄い稼ぎを叩き出しているエスパルスフロント社員、また世界的に認知されるほど、ワークスを叩きのめすプライベーターとして実績を残し続けている地元生え抜きの二輪生形、そして今回の大澤や大石のように自らの処遇が厳しくなることをもかえりみず地元に戻って来てくれた選手のいるベルテックス。こういう連中は地元でもっと評価されて然るべきだと強く思う。もうこの想いはお金では買えない貴重なものだと強く思っている。でなければ還暦を過ぎた男が単身で狭いアパート暮らしなどしない。

 今は来る日も来る日もひたすら営業をやる。数字で会社が変わったと実感出来るまでとにかく営業をやる。当座、会社を引っ張り上げるのは法人さんからの協賛だが、下のカテゴリーにありがちな「お手並み拝見」と高みの見物を決め込む法人さん達も少なくない中で「お手並支援」を訴え続ける。手応えはある。静岡の法人さん達は、地元を守ろうとする意識が強い。とてもありがたいことだ。全国的にもある程度の実績を残した連中の集まるクラブの生の姿を丹念に説いて周れば、身を乗り出してくれる法人さんも少なくない。こちらが身を切ってお願いをすれば、相手も身を切って応えてくれる手応えはある。

「あいつらに少しでも良い思いをさせてあげて下さい。」

 世はまさにコロナ禍の真っ只中。スポーツ業界には逆風かもしれない。本当にそうか。私はそうは思っていない。生活の全てが自粛ムードの中、先ず身体に変調を来す者も出てくるだろう。まだその程度なら良い方だ。最も怖いのは「心の疲弊」だろう。今現在でも心の病に苛まれる方も出始めている。心の疲弊は、全ての停滞に繋がり、やがて少し大袈裟に言えば不毛の人生の扉が開くことになる。そして、人々の顔から表情が失せていく。そんな暗い世相の中、その対極にあるのがスポーツだと思っている。スポーツには喜怒哀楽を増幅させる魔力がある。好きなスポーツに興じた経験をお持ちの方には理解出来るはずだ。どのような形でも、withコロナの時期ほど、スポーツの灯を絶やしてはいけないと思う人達は少なくない。あの熱狂と興奮は、必ずコロナ禍を乗り切る切り札とも言うべきエネルギー充填ツールだと私は頑なに信じている。
 
 それを、彼らが必ず競技を通じて証明してみせる。街と人々の活気を取り戻すために、渾身の力で競技を通じて見えない敵と闘うさまをお見せする。ならば、そのさまと引き換えに、皆様からのご支援を戴くことが叶うのであれば、これほど嬉しいことはない。

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