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【クラブ買収で問われるスポーツクラブの価値】

 先日ある不動産会社の幹部と話す機会があった。彼曰く、「ここんとこ、社宅マンションや工場敷地みたいな法人売却物件が増えてるんですよ」と。コロナによる操業低下や資金繰りに行き詰まり、資産の現金化が始まったことは容易に想像がつく。雇用を守るために、切り売りせざるを得なくなった経営者達のご苦労はいかばかりか。

 プロスポーツ界も他人事ではない。試合が出来ない、出来たとしても無観客試合ではチケットや物販、飲食、場合によっては放映権料や広告協賛料の一部にまで減収が及ぶ。その額は動員力のあるスポーツ業種ほど大きく会社に与えるダメージは大きい。また、財力の有る大手法人を親会社に持たないクラブは、僅かな減益でも資金ショートの危険性すらある。大手法人が親会社となっているクラブの場合は、大減益によるクラブ破綻というイメージダウンを回避しようと、親会社による損失補填を見込めるかもしれない。しかし、そうした財力のある親会社を持たないクラブの場合、損失規模によっては残念ながら、破綻の道を歩まざるを得ない苦境に追い込まれるケースも想像に難くない。

  一方では、こうした苦境に陥ったクラブを買収しようとする企業も出てくるだろう。クラブ救済と言えば聞こえはいいが、買収する企業がそのクラブにどう関わるかで、その良し悪しが決まると私は考えている。当社の場合、この点の心配がない体制なのは心強い。

 一般的に、企業活動の本来的な目的は、主に「自社収益、損益の増大、そのための自社ブランド力向上」であり、言わばそれが買収する上での道理となる。破綻しかけたクラブを救済するにも、この道理に叶ったものでなければ、それは一般企業の理屈から言えば投資ではなく浪費とみなされるかもしれない。特に上場企業の場合は、不特定多数の株主に対して、そのクラブを買収することで如何なるリターンがあるのか、収益増大なのか、自社ブランド力向上(世間からの認知度好感度向上)なのか、それとも社員やクライアント、株主達のモチベーションアップなのかを証明する責務が発生するので、簡単にはことは運ばない。また、非上場企業でも、上述内容をないがしろにして、露骨な買収をすると社員やクライアントからの不信をかうことになるだろう。買収には「本来そのクラブが存在している意義とは別に、買収する側の道理」があり、この意義と道理がうまく噛み合わないと、例えクラブが生き残ったとしても、必ずしも良い方向には進まないことも覚悟しておかねばならない。

 例えば、買収する側の道理の一つに、ターゲットユーザーが大体同じという場合、その利点を活かし、クラブのお客様への商いを通じた収益拡大が見込めるとしよう。だが、収益拡大が思うに任せぬ結果となった場合、悲しいかな手放されてしまう可能性もなくはない。また、別の道理として、ブランド力を上げる、社員モチベーションの向上、クライアントからの支持を取り付けるために、チームは強くあるべきということに異論はないだろう。だが現実はそう甘くなく、買収したチームがテコ入れをしたとしても、低迷することもあり得ることで、更に長きに亘る低迷はそれがもとで手放されてしまう可能性もなくはない。買収する側の道理が通らなかった際に、その企業はクラブをどう扱うのか、買収される側のクラブは予めよくよく想定しておく必要がある。

 一方、クラブが存在する意義とは、「その地域の全ての方々がクラブを通じて幸せで豊かな時をすごす」ことにある。そのために、買収する側の企業の道理と同じチームが強いこともあるだろうし、クラブ愛の表れの一つとして物がよく売れるということもあるだろう。では、スクール事業はどうか。赤字ではないにしろ、インフラ整備やサマーキャンプ、クリスマスパーティー等々、スポーツ以外のイベントで、子供達や親御さん達が満足のいくサービスを得るために損益トントンで運営することを、買収する側は受け入れてくれるだろうか。立派な大人になり、ビッグコンシューマーになり得るスクール生ではあるが、それまで待ってくれるだろうか。また、育成事業はどうだろう。将来的には生え抜きのトップアスリートとして、多くの地元お客様を呼び込む可能性を秘めた宝ではあるが、事業の殆どは未来への投資として持ち出しで運営している。スクール同様、買収する側の道理に当てはめれば、成果を見るまでには時間のかかる事業群である。更にはホームタウン活動はどうだろう。様々な催事や福祉施設、学校等の教育機関との通年の取組みは、社会貢献としての価値を生み出すものの、労務費の持ち出しも少なくない。果たして買収する側はどこまで理解を示してくれるだろうか。こうした活動は、地域の方々には欠くべからざるクラブの生命線の一つではあるが、それを買収する側はどこまで享受してくれるかどうか、そこを含めての買収の難しさというものを感じずにはいられない。

 以上、企業の道理とクラブの存在意義を踏まえ、クラブ側から見た理想の買収像は、「強いトップチームの実現」「育成事業、スクールを含む教育、福祉、地域事業の尊重」「それらを上手く活かすスポーツビジネススペシャリストによる自立経営」を認容出来る企業との出会いから形成されると考えている。そして、その思い描く具体的姿は、買収されるクラブの地元に所在する大手法人ならば、マネタイズに時間のかかる地域貢献事業もその企業の株主や社員だけでなく、広くその地域で暮らす全ての人達を大事にするブランドとして理解戴けるのではないかと期待している。また、フェールセーフを考え、筆頭株主以外でも地元の企業が複数社参加すれば、相互牽制が働きコンプライアンスも担保され、且つ財務的なサポートも責任分散により容易になるのではないかと考える。勿論、地元でなくとも上記要件に理解を示してくれる企業であれば、十分クラブの本分を果たしていけるものと考える。総じて、社員や株主ばかりを気にするあまり、地域の方々が日常の中で育んできたクラブとの本来的な関係をないがしろにしないことを祈るばかりである。

 そうは言っても、破綻の秒読みが始まったクラブにしてみれば、そうも言ってられないかもしれない。存続第一で考えれば、目を瞑らなければならない追い込まれた状況も容易に想像出来る。ただ、そうだとしても、少なくとも企業の道理と相反する部分となるクラブの存在する意義、言い換えれば市民と向き合う地域スポーツクラブの価値や地域事業そのものに明るい理解者を組織内には残しておいて欲しいものだ。昨今の買収劇を見る限り、その辺の見識は十分有した法人トップの方々による買収ではあるかなとは拝察しているが。

 最後に、本稿は買収対象となり得る苦境に立たされたクラブ幹部へのメッセージではないことを付け加えておきたい。何故なら、このようなことは幹部の皆さんは先刻承知しているだろうと思っているからだ。私はむしろ、苦境に立たされたクラブを支援してくれている応援者の方々が買収という一大行為を考える上で、本稿が羅針盤になってくれればという一念で、記しているということを申し添えておきたい。勿論このような事態に立ち入らないことに越したことはないのだが、このコロナ禍での状況下、何があってもおかしくないことだけは覚悟しておく上での書き物とご理解戴ければ幸いである。

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